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1月31日(月) 韓国と 日本を結ぶ 虹の橋 永遠に消えざる 友情誓う

170131

この日は、偶然スケジュールが重なり合ったのであるが、
駐日韓国大使の羅鐘一氏と駐日アフガニスタン大使の
ハルン・アミン氏の2人の大使にお会いして、
文明問題を中心にじっくりと色々な問題について語り合った。

まず羅大使とは、今、日・韓・中3国で進めている新世紀文明国際会議の
今後の展開について語り合いつつ、東洋思想をどのように
全世界に理解して頂く活動をすれば良いかといった点について、幅広く語り合った。
羅大使は、この分野に深い造詣をお持ちで、この問題について、
中国で出版された本をプレゼントして頂いた。
尚、この本は、現在日本語でも出版を予定との事であった。

日韓両国の真の友好は、お互いをよく理解し合い、相手の欠点は批判するのではなく、
補い合い助け合うこととし、逆に、相手の長所にお互いが敬意を持って接し、より良く伸ばし合いつつ、
お互いがそれを活用し合うという基本姿勢から生まれてくるのだと思う。
その足場を築くことこそが両国の国会議員の仕事であり、
特に私は今年、日韓関係の長期的問題を取り扱う日刊議連21世紀委員長の役職であるので、
この取り組みを力を尽くして進めてゆきたいと考えている。
尚、この精神の下に、日本と韓国両国に、「志の道」や「中国・励志碑林」のような
取り組みを具体的に進めてゆくことも提案した次第である。

続いて、アミン・アフガニスタン大使とは、少し前に偶然新幹線の中で一緒になり、
色々な意見交換をした関係で、私の部屋をお訪ね下さったのであるが、日本とアフガニスタンの関係、
また文明運動における協力の可能性等幅広く語り合った次第である。
尚、アミン大使には、自民党国会議員で作っている「新世紀文明国会議員懇談会」に講師として
お越し願いたいと依頼をして、了承して頂いた。

この日は、こんな形で、国際的な友好交流と新文明創成について思いを巡らせた1日であった。

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1月24日(月) 誠実か 不誠実かと 揉めている 日本の国会 こりゃ何だい

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第162通常国会の代表質問が始まる。
質問のトップバッターは、民主党の岡田克也代表。
色々な分野からの問題を多く盛り込んだ質問を行ったが、
それに対する小泉総理の答弁が不十分だとして、再質問。
しかし、小泉総理が、この再質問に対して、“受けた質問に対して全て私は誠実に答弁している”
と突っぱねたため、本会議場は混乱。民主党の国会議員は、本会議場を退場してしまった。
この辺りのことは、テレビで皆さんも十分ご存知の通りである。

しかし、その場にいて、一部始終を見ていた者としては、民主党のふるまいは、
首をかしげざるを得なかった。答弁が不誠実だと言うが、
質問自身が必ずしも切れ味の良いものではなく、漠然としたものであるのだから、
答弁もそれに対応したものとならざるを得ない。
そして、総理の答弁が自分が期待した通りの答弁でなかったから、
その答弁は不誠実であると決めつけて批判するような議論をしている国がどこにあるのだろうか。
野党に対してオンブにダッコで面倒を見るのが与党や政権の責任だとでも
言っているような甘えを感じざるを得なかったのである。

加えて、こんなことで本会議場を退場してしまう政党とは一体何なのだろうと思った。
国会は言論の場である。言論によって政権を追い込んでゆくのが野党の務めであって、
簡単に言論を放棄して審議拒否カードを切ってしまう野党は、政党の名にも値しないし、
その政党に所属する国会議員も、議会の意味を理解していないと言わざるを得ない。

何にしても情けない姿である。民主主義制度というのは、脆い制度であると私は思う。
合意を簡単に反故にしたり、議論の場を軽視したりしていると、
アッという間に崩壊してしまうものである。今の日本政治を見ていると、
堤防の穴の一穴から水がチョロチョロに流れ出しているような姿を感じてならないのである。
杞憂であることを願うのではあるが・・・。

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1月22日(土) あの雲の 向こうへ行こうと 若者に 呼びかける人 上甲塾長

170122

午前中、東京の宿舎で仕事をした後、羽田空港へ。
12:15発の全日空便で松山へ飛ぶ。
松山では、まず、愛媛県内各地の地域興し運動を行っている人たちが
集まって開催していた“えひめ地域作り研究会議フォーラム2005”の
様子を覗かせて頂いた。各々に知恵を出し、工夫をしつつ、
心を込めて取り組んでいる様子が感じられ、とても心強く感じた。

その後、県社会福祉協議会長の鮎川先生にお会いして、
今後の青年・子ども育成について、意見交換。

そして、午後4時半から5時半まで、私が在籍した松下政経塾で
お世話になった上甲晃さんが全国の青年を集めて開催している
“志ネットワーク青年塾”へ。今回は、、松山市が“坂の上の雲のまちづくり”
を推進している中で、“あの壁のむこうへ”というテーマで研修会を開催しておられた。
参加者は、約110名。私からはその場で「日本人の使命」というタイトルで、
約1時間の講演を行った。

今、この日本の国には夢がないということがよく言われるが、
それは、若者たちが自分の人生を賭けて時代を切り拓こうとする
思いを欠いているからではないかとの問題提起を行い、
他に出来ない原因を求めてそれで良しとするのではなく、
あくまで自分自身の問題を見つめ、その解決を自らが努力して
行うという基本姿勢を大切にしようじゃないかと訴えておいた。
最後には、皆さんへの応援歌だと“夢追い人への応援歌”を歌ったりもしたが、
意外感があったせいか、話よりも歌の評判が良かったとの事であった(少し複雑な気持ち・・・)。

その後、場を椿神社に移し、松山OAK・TREEフォレスト。約40名出席。
昨年は余りに忙しくて、新年に1回しか開催できなかったが、
熱心に参加しておられる皆さんの顔を見ていると、
今年は何とか時間を作って、もう少し多く開催したいものだと思う。
 午後9時前に会合終了。それから新居浜の自宅に戻る。

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1月20日(木) 百聞は 一見に如かずと 人の言う つくばのまちは 特にそうだね

170120

自民党の衆参両院国会議員85名が加入してい
る議連「環境ビジネス議員連盟」で、
研究学園都市つくばへ視察に行く。
翌21日が通常国会の召集日であり、永田町も
慌ただしく、参加者が少ないことを心配したが、
9名の国会議員が参加して、挙行することができた。

午前9時自民党本部をバスで出発して、一路つくば市へ。
まずは、まずは環境省所管の環境研究所へ。
ここでは地球温暖化研究棟と、循環・廃棄物研究棟を視察。
続いて、経済産業省所管の産業技術総合研究所。
1メガワットという世界最大級の農業環境技術研究所と森林総合研究所で、
農地からの温室効果ガス発生制御施設と木材バイオマス研究施設、
またスギ材の高速乾燥技術研究を視察した。

つくばの滞在時間が4時間半しかない中で、これだけ多くの施設を見学したので、
駆け足で慌ただしく見て回るという形であったが、とても有意義な視察であったと思う。

いよいよ、京都議定書がこの2月16日に発効する。
そうなると、日本は1990年時点から6%温暖化ガスを減少しなくてはならないという約束になっている。
実は、1990年以降、約10%排出量を増加させているので、
これから5年後をめどに約15%も削減しなくてはならない計算である。
勿論、この中には森林吸収源の効果も参入されるので、
現実には少し緩和されるが、それでも大変な数字である。
環境ビジネスの育成を通して、この目標達成に私たちも力を尽くしてゆきたいと思う。

それにしても、“百聞は一見に如かず”というが、科学技術の問題は特にそうだと思う。
現実に、機械や技術を目の前にして説明を聞き、また議論すると、その技術の価値がよく分かる。
今後もこの様な視察を大切にしたいものだと思う。

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1月18日(火) 焦点の 合わざる国民 前にして 混迷深し 国民政党

170118

自民党大会の日。大会に先立って、午前9時か
ら四国選出の国会議員と四県の自民党県連
幹事長、政調会長がホテル内の一室に集まって
「自民党四国四県代表者会議」を開催した。
この会では、昨年四国には台風が6個も上陸して、四県共に大きな被害を受けているので、
その復旧と今度の防災対策に力を合わせて取り組んでゆこうというのが直進の課題であったが、
加えて、三位一体改革の中での財政窮乏県の財政問題、
四国内広域のインフラ整備や観光・経済問題への取り組み、
更に長期的には、四国四県が一体になって道州制を導入する
問題への対処をどうするかという課題もあった。限られた時間ではあったが、
活発な意見が出され、今後も情報ネットワーク等も活用しつつ、
議論の場を持ってゆくことが確認された。

続いて、10時から党大会である。今年が自由民主党立党50周年の年であり、
これまでの歴史や伝統を大切にしつつ、新しい扉を開いてゆこうという
意気込みが感じられた大会であった。
しかし、実質的な部分は、これからの作業であり、11月15日の立党記念日に向けて、
色々な取り組みをしてゆかなくてはならないと思った。

この党大会に合わせて、永田町全体が始動し始めた印象である。
この日も、党本部で幾つかの会合が開催され、議論が始まった。
21日の金曜日に第162回国会が開会であり、これから段々と会合数が多くなってくる。
この国会は、三位一体改革を含んだ予算案が審議され、
その後、小泉総理が改革の本丸と唱う郵政民営化法案が議論される予定である。
教育基本法の問題や憲法の問題もある。なかなか大変な国会となりそうである。
嵐の中に船出するような気持ちである。心を引き締めて立ち向かってゆきたいと思う。

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1月10日(月) 国出でて 大阪・岡山・東京と 列島縦断 エンジン始動

170110

朝8時25分新居浜駅発のJRで大阪へ。
午前11時半から大阪駅の新阪急ホテルで、近畿愛媛県人会
主催の新年会であった。近畿地方在住の約200人が集まり、
旧交を暖めたり、また新しいビジネス情報の交換をする会であったが、
これに参加した国会議員は、私と山本順三参議院議員。
私からは、この新年の抱負を語ると共に、これからの愛媛の発展のために、
是非愛媛に事業家として戻ってきて欲しいとお願いを申し上げた。

それを終えた後、キッズプラザ大阪に丸部館長を訪問。
これは、以前から一度尋ねて欲しいとのお話を頂いていたので、
この機会にとお訪ねしたものであった。

そこから、次は、岡山である。午後5時から岡山人間論ゼミの新年会であった。
約1時間、私からこの年に必要とされる心構えについてお話をさせて頂いて、
それから懇親会。約50名の参加であったが、今年が岡山出身の儒学者
山田方谷先生生誕200年の記念年ということもあり、寸劇あり、歌もありと随分にぎやかな会であった。

この会を午後8時に失礼して、再び岡山駅から新幹線に乗って上京。
宿舎到着は午前0時を過ぎた。

考えてみれば、今年の正月は、地元での新年会や挨拶回りを続けていて、
今日が初めて愛媛県外に出た日であった。明日から、東京の仕事である。
12月23日に地元に戻って以来、2週間半ぶりの東京であり、書類や雑務処理、
また新年の各種会合準備等、これからフル回転で仕事に取り組んでゆかなくてはならない。
いよいよ平成17年の政治活動のエンジン始動である。今年は私も50才、
天命を知る年にふさわしい仕事に仕上げてゆきたいと心に期した次第である。

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1月8日(土) 完全な 計画なくとも まず一歩 踏み出す気力が 若さの特権!

170108

1月4日の仕事始めの日以来、選挙区内の新年
会に顔出しをしながら、企業や団体の新年の
挨拶回りを行う日程をこなしてきたが、
この日も午前中に今治市で
村上誠一郎国務大臣の新年互礼会があった。
そこから、松山市へ。

実は、愛媛県出身者で関東で働いたり、学んだりしている人に起業家教育を行い、
いずれ愛媛にUターンして事業を起こしてもらおうと一昨年に始めた
起愛塾(関東愛媛県人起業塾)の第2期正のビジネスプラン発表会が
松山市コミュニティーセンターで開催されたのであった。
今回は、若者の就業を促進するための国・県の施設も加わり、
昨年に較べるとかなり参加者数も多く幅広い取り組みとなっているが、
その反面、ビジネスプランの斬新さや熱度は少しレベルダウンしている印象であった。 

私は、公的なお金を受け入れてこの起業塾の活動を行う段階において、
塾頭を退いてはいたが、一応は生みの親ということになるので、
この発表会冒頭、祝辞と激励の言葉を述べた。
そして、前・早稲田大学総長の奥島先生の記念講演、そして、ビジネスプラン発表と続いた。

私は、この塾生たちに、ともかく事業家となる一歩を勇気を持って踏み出して欲しいと願っている。
踏み出せば、そこは嵐の海かも知れない。しかし、その嵐の中で困難を乗り越えるために
実地に学んで欲しい。浮く知恵を出して欲しい。そして真の仲間を見つけて欲しい。
畳の上の水練をいくらしても、経営者としての実力はなかなかついてはこない。
それには、まず自ら困難を求めて乗り出すことである。

昨年の流行語大賞はアニマル浜口の“気合いだ~!”であったが、
この塾も“起愛だ~!”で頑張って欲しい。

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1月4日(火) 駆け巡る 寒き伊予路の 新年会は まだまだ春に 遠い気配だ

170104

正月3が日を終えて、日本社会が一気に動き
始める日である。私の身辺でも、色々な
新年行事が行われた1日であった。

私の選挙区は、昨年の市町村合併によって、
今は人口10万人前後の3つの市になったが、
その3つの市の各々で、新年賀詞交歓会。
ただ、困ったのはこれら3つの会合が全て午前11時開始であり、
会場の出入りも駆け足で駆け巡ったが、最後の四国中央市の会合は間に合わず、
残念であった。
それから、伊予三島商工会議所の代議員会で新年の挨拶の後、松山へ移動し、
愛媛県の新年互礼会。
更に、そこから新居浜へ戻り、新居浜建設業協同組合の新年会。

このように、1日駆け回りながら、新年の挨拶をし、参加者と言葉を交わし合った次第である。

全体的印象としては、多少景気の好転を肌に感じておられる経営者が多いのであろうか。
昨年よりは、皆さんの表情が明るいようである。しかし、必ずしも先行きが楽観できる状況ではなく、
不安を語られる方も多くおられた。この1年間、日本の国は、
そして、この地は一体どんな展開を見せる年となるのだろうと、期待半分、不安半分の気持ちになった。

恐らくこの1年も、多くの課題が噴出する1年となるだろう。
そこで悩み苦しみ考え、何とか活路を見いだしてゆこうと努力する年になるだろうと思う。
しかし、それが人生。問題があるからこそ、そこにその人の人間力が問われる。
新年にあたり、自分自身の成長を心に期した次第であった。

この日は少し暖かい1日であったが、まだまだ春は遠い。
春の訪れに向けて、しっかりと根を育む気持ちを大切にしてゆきたいと思った。

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1月1日(土) 去年のこと 覆い消したる 雪景色 このキャンバスに 何を描かん

170101

例年の如く、朝5時から実践倫理宏正会の元朝式。
昨晩も、除夜の鐘を聞きながら、産砂神である地元の
八幡神社に初詣に行ったから睡眠は約3時間半。
会では、会長である上廣英治先生の新年の言葉を
代読するのをお聞きした後、
私は、来賓代表で新年の挨拶を行った。

今年は、自分ということをよく考える年にしようとお話した。自分は“自らの分”と書く。
つまり、自らをよく知ると同時に、その良さをよく活かして、
どう社会の中で役立つ人間となるかと考えることだと思う。
地域も同じだし、日本の国もそうだ。何も、他の地域や国の真似ばかりして、
自分の特質を活かさないというのは、社会的罪悪だと言えそうである。
私も、日本らしい日本の国として、世界に貢献できる国作りを目指したいと語った。

そこから次は、西条市の伊曽乃神社である。6時からの元旦祭であるが、
前の会の都合でいつも遅れてしまう。自動車を走らせていると、段々と激しく雪が舞ってきた。
それでも、伊曽乃神社到着まではたいしたこともなく、この神事に参加。
ここでも、日本らしい日本の国作りへの思いを皆様にお話をした。

その神殿から外に出ると、一面、真っ白な雪景色であった。
しばらくの間に5センチメートルくらい降り積もっていた。その景色を眺めながら、
昨日までの日本の国がこの正月に白地に戻されたのだと感じた。
これから全く新しいキャンパスの中に、過去のゆきがかりに余り捉われないで、
自由に思いのままの絵を描いて良いんだよと、天から私に語りかけられている気がした。

平成17年、この白いキャンパスに、どんな絵を描き出すことが出来るのだろう。
多くの悩み苦しみ立ち竦んでいる日本国民に向かって、これが新しい日本の姿なんだと、
希望と共に示せるような絵を、全身全霊を賭けて描き出す1年にしよう。
祈りを込めて、この1年を始めようと、タイヤが滑りそうになる雪道を
ゆっくりと自動車を走らせながら考えた正月であった。

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