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こんなのやってます

★ヒショヒショ日記 ~by shino~★
何だか先週来、次から次と忙しくして、夜中に帰宅ってこともしばしば。
何が忙しいかったかと言えば、

◆平成17年度予算成立
→によって、愛媛県選挙区の首長・県市議会議員へ
 どこに何の予算が付いたかを全てデータ化して送付。
 今年は愛媛県内分700件分をを2事務所で手分けして作業をしたので、
 思わぬ時間がかかる。

◆4月にある議員連盟でパーティー。
→突然代議士からふってわいた話。別の所で企画や準備をやってくれるとばっかり思ってて、
 「ごめん、忙しいから“知らぬ存ぜぬ”でいさせてくれ~」と思ってた。
 でも、しばらくしたら、いつの間にか外堀が埋まってて、こっちが準備を進めることに。
 気付いたら1ヶ月切ってて慌ててるぅ~!

◆4月下旬から中国からお客様を招聘
→去年大変お世話になった、甘粛省の文化交流協会のお2人を、
 1週間の日程で日本に招聘することに。
 スケジュールの作成や、各訪問先での歓迎会のアレンジ等々・・・我、旅行社か?
 これも1ヶ月切ってる。ビザはやく申請してね~。

◆EUから欧州諸国議員宇宙会議のお誘いを「日本宇宙議員連盟」に頂く。
→うちはこの議連の事務局長だから、この会議へ出席を要請するために、
 資料準備の日々。当然だけど、あちらから送られてくるのは英語かフランス語。
 ひと手間かかるんだな、これが。

等々・・まだあるけど書いててヤになってきました。

ここだけの話、この議員会館周辺は何にもないから、
遅くなると食べ物にありつけません。

この前、夜中12時過ぎに近くのお弁当屋さんに駆け込んだら、
10人ほどの人々が明らかに仕事帰りって雰囲気で、お総菜を買い込んでる。
でもその10人てのはみんな女なんです、女!
私きっとその光景を外から見たら、自分のこと棚に上げて
「負け犬の集まりやなぁ・・・」って言ってたハズ(笑)。
まっ、自分もそこに入ってるわけですから何も言えませんけど。

明日も頑張りましょう。

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3月29日(火) 何故に 浮き草人生 引き込もり 若き生命を 枯らしちゃならぬ

170329

 午前中、元フィンランド大統領で、現在、世界の危機管理を研究する団体の会長を務めておられるアーティサリさんが来日中であり、村田吉隆防災担当大臣との面会を希望とのことであったので、大臣のところへご案内する。そこで約30分間の会談に同席。それから自民党総務会に出席していると、愛媛県議会の玉井実雄先生が来室とのことで、事務所に戻り、昼食を摂りつつ意見交換。その後、本会議、日本弁理士会皆さん方々との意見交換等。
 この日の夜は、日本の青少年を育成する国民運動を今後、いかに進めてゆくかということで、強い思いを抱いておられる方々が集い、第1回目の懇談会であった。日本を美しくする会会長の鍵山秀三郎先生を中心に、国会議員3名、学校団体の代表3名、文部科学省2名、出版社1名、計10名の会合であった。
 最近、引き籠もり、ニート、不登校等と、子どもや青年の精神のあり方が問題視されている。それらの問題を打開するために、学校のみならず、日本社会全体で、今後、国民運動を展開してゆこうとの趣旨であった。
 今回はとりあえず第1回目でもあり、参加者が自己紹介を兼ねた各々の問題意識を披瀝し合い、後は自由に語り合い、問題点を共有し合うことにした。その結果として、小学校入学前の幼児期における人間教育の重要性と自らの夢を持てず、あいまいな生き方になってしまっている青年層の育成をいかに行ってゆくかという点にほぼ議論が収束をした。しかし、考えてみれば、幼児期の教育は、主に家庭教育に期待しなくてはならないものであり、親がいかに子どもを育成するかという問題と捉えれば、結局、青年問題として捉えるべき問題ということになりそうである。
 そこで、青年育成運動と考えて、この国民運動を方向付けるということで次回の会合を持つことにした次第である。
 なかなか困難な課題であるが、困難なればこそ、その挑戦から知恵が生まれると信じて、進んでゆきたいと思う。

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3月27日(日) 人の道 説きつ歩みし 人影を 近江に求む 大したものだ

170327

 朝7時23分新居浜発のJR列車で、滋賀県大津へ。
 実は、昨日、四国人間論ゼミで「中江藤樹の人生と思想」をテーマにお話をしたのだが、その準備を進める中で、今1つ書物を読むだけで中江藤樹先生の生き方・考え方に迫り切れない気持ちがして、一度その原点である生誕の地、そして、大洲から脱落して戻り、藤樹書院を開き、研究と教育にあたった場を自分の目で確かめておきたかったのであった。結局、日程としては、四国人間論ゼミの方が先となったが、改めて、機会を作り、このテーマを深めてみたいと考えている。
 丁度、私の娘も、25日から春休みになったところであり、教育的意味を込めて、一緒に連れて行く。
 大津着が午前11時頃。ここで、レンタカーを借りて、琵琶湖西岸を走る。折角の機会なので、比叡山延暦寺や小野神社、小野道風神社等を巡り、中江藤樹先生の故郷、安雲川へ。中江藤樹記念館を訪問すると、館長の中江彰さんが出迎えて下さる。そして、中江先生顕彰運動を進めてこられた福井俊一前・安曇川町長もそこに来られ、一緒に館内をご案内下さる。そして、最近作られた映画“中江藤樹”の撮影セット、隣の藤樹神社、更に、門人に指導した藤樹書院(火災の後に建て直されたもの)を次々に見せて頂いた。
 流石、近江聖人の名の通りで、先生が生まれられて約400年になる今も、地域の人によって、大切に先生の教えが守られている姿に深い感銘を覚えた次第であった。それと同時に、先生は日本陽明学の祖とも呼ばれている。乱世の学とも言われる陽明学を現代に活かすために、新しい形の顕彰のあり方も探ってゆく必要があると考えた次第であり、今後の御協力をお約束した次第である。
 それから娘の希望で山中のペンションへ行き、そこで一泊。
 滋賀県は京都の隣にあったせいか、どこを走っていても神社や寺が数多くあった。中江藤樹先生の思想家としての魂は、こんな風土から生まれたものかも知れないと思った次第。

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3月26日(土) 早春に 歩く道にて うれしきは 石碑の下に 花植えられしこと

170326

 午前中、自宅で新聞に目を通し、雑務処理を終えた後、新宮のヤング・リーフ・ハウスへ。暫くの間、午後に予定される「志の道を歩く会」と「四国人間論ゼミ」の準備を行う。
 「志の道を歩く会」は、午後1時半にスタート・霧の森駐車場の「志の道」標柱石のところに約60名が集まった。今回は、神戸や岡山、今治などからも参加者がいたが、新居浜シルバー人材センターと自民党新居浜支部の皆さんが団体で参加して下さったおかげで、大人数の歩く会となった。“早春の美しい志の道を歩こう”と銘打った会であったが、山里でもあり、3月末は、花の季節には少し早く、桜の木のツボミが少しふくらみ始めたくらいであったが、暖かい春の日差しの下で、約2時間、沿道に建てた石碑の言葉を一緒に味わいながら、のどやかな時間を過ごした。
 それから午後4時から、ヤング・リーフ・ハウスで、「四国人間論ゼミ」であった。今回のテーマとして、「近江聖人・中江藤樹先生の人生と思想」を取り上げ、特に、儒学がいかにこの時代に重要であるかということを論じ、お互いに意見交換を行った。
 今回、この行事を行って嬉しかったのは、段々と、この活動を理解してくださる方が増えてきていることであった。特に、志の道の石碑の回りに草花を植えて下さった方がおられたことである。後で聞いてみると、新宮の婦人会長さんが呼びかけて植えて下さったのだそうである。
 この新宮は、これから心の面で魅力を高める地域になってゆくだろうと思う。それには、色々な方々が、志の道やヤング・リーフ・ハウスの活動に関心を持って下さり、地域の方々がこれらに心の宿りを下さることが、何よりも大切なことである。この活動が進めば、自然と多くの人が心の豊かさや癒しを求めて、この地域にやってくることになるだろう。
 夜は、何軒か訪問後、自宅にて書類整理。

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代議士のクセ その1、誰にでも声かける

代議士の先生たちって、一様に、
 名前をフルネームで言う。
 握手を求めたがる。
っていう傾向があるように思うんだけど、 
うちのセンセイは、それらに加え、
誰にでも声をかけるってクセがあるんです。

ほらね。

SARUSHASHIN1

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連休明け

★ヒショヒショ日記 ~by shino~★
連休明けの初日は、1時から早速本会議が2時間コースで行われる。
IDA法・国民健康保険法・介護保険法施行法の採決の後、
介護保険法の趣旨説明質疑が行われる。
でも、お天気も悪い上、連休明けってのは、
なんかどよ~んとしてて、
議員会館も少し静かな感じ・・・。

その後、今週の日程、近々予定している多数の会合の打ち合わせ、
そして、逼迫しつつある「事務所運営費」のことについて代議士と打ち合わせ。
一応これについては問題解決の見通しが着いたから
代議士共々ホッと胸をなで下ろす。
良かった、芙美嬢の給料は何とか確保されたわ。

連休明けのボヤ~とした頭が未だ回復されず、
早く頭も体も仕事モードに切り替えなくちゃ。
ふ~しんど。

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3月18日(金) 金もなく 権力行使も ままならぬ ならば政策作りに 力注ぐなり

170318

 午前9時半から、財務金融委員会。その審議を終えてから、急いで羽田空港へ向かう。実は、lこの日は、愛媛県議会の最終日にあたり、午後2時半から、県議会の大会議室で県議会議員の皆さんと、政策にかんする意見交換会を開催することになっていたからである。
 愛媛県議会には、丁度定刻に到着。会には、24名の県議が参加していた。早速私から約30分の話。テーマは、“国における道州制導入の議論と愛媛県に求められる対応”というものであり、市町村合併がこの春で一段落した後に、地方自治体の枠組みを巡って、これから国においてもこの道州制問題が大きな焦点ちおなる見込みである。そして、四国は、四県しかない上に、これまでも、“四国は1つ”という考え方が広く認められてきた地域でもあり、この道州制の先行地域となる可能性を持っているとも考えられる。
 それだけに、この愛媛県の将来ビジョンを描き出す上に、この道州制をよく研究して、そこに新しい可能性を見い出してゆく必要があるのではないかと訴えておいた。
 その後、約30分間の意見交換。道州制を巡る問題だけでなく、丁度島根県議会が“竹島の日”決議を行った直後でもあり、この問題も活発に論じられた。
 総じて言えば、とても実り多い話し合いではなかったかと思う。今は、国も地方も、財政的にとても厳しく、資金を潤沢に使って道路や施設を作るなどということは、なかなか出来ない時代である。だから、それに替わって、知恵を使う仕事を政治家はしなくてはならない時代である。だから、大きな施策方針について広く知っている国会議員と、地方の現実を見つめ、その土地の具体的問題解決を目指す地方議員が双方から知恵を出し合い、協力し合って、目的を達成するという政治がこれからの政治の姿でがなかろうか。
 今後も、この会合を継続的に持ちながら、愛媛県の未来を切り拓いてゆきたいと念じた次第である。

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頭にきた

★ヒショヒショ日記 ~by shino~★
今日はほんとに頭に来た。
全く難しい話ではないのに、
船頭が多すぎて決定されたはずのことが二転三転。

それも知らない所で二転三転するのは、
ビジネスマナーに反してるどころか、
それは人間としてしちゃいかんことだ。

「は?」ってほどの話のレベルなんだから
誰かがちゃんとその話を引き取って整理すれば済む話なのに、
誰もそれをしようとしない。
ホント、ちゃんと仕事しなさいよね~もう。

確かに永田町内っていろ~んな事務所のスタイルがあるんだろうけど、
一緒に仕事してると「えぇぇっっっ!!」ということも多々ある。
逆に他の事務所の方が、うちの事務所のスタイルを「えぇぇっっっっ!」と思う場合も、
そりゃかなりあると思うけど(そっちの方が多かったりして・・・笑)、
議員の先生と秘書の信頼度の深さとか、
それに伴って、秘書に与えられてる決定権の大きさとか範囲とかは
やっぱりかなり違っているみたいだな。

議員事務所なんて大げさに聞こえるけど、
家内制手工業的な色合いが強いのが現実。
事務所の人間はもちろん、
議員も車輪になって動かしてゆかなくちゃいけないんだから、超多忙なのは当たり前。
秘書が議員の体裁を繕ったり露払いみたいなことばっかりしているのはそもそも間違ってると思うし、
そういう体質の議員を今の国民は求めてない。
そっ、私も求めてない。

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韓国DAY

★ヒショヒショ日記 ~by shino~★
気付いたら今日は水曜日。
先週土曜日、何故か眠っている間に風邪ひいてて、
以後調子が悪い・・・。
2人しかいない事務所だから、まずもって仕事を休むなんてことは最後の手段。
そういえばこの4年近く、芙美嬢と私は風邪ひいたことなかったなぁ。

昨日は、韓国から「竹島」の問題と、「歴史教科書問題」で、
韓国から国会議員の先生方が続々と来日。
代議士が日韓議員連盟の21世紀委員会の委員長を務めている関係もあって、
立て続けに3人の議員が訪問される。
韓国の場合、今ほど国家間での交渉と民間交流の間での
温度差が大きくなっていることは、これまで無かったと思われるから
少し違和感を覚える・・・というのが正直なところ。
きっと書き始めると止まらなくなるから、あんましここでは立ち入らないけど、
こられの問題の「平和的解決」「適切な取り扱い」というのは、
言葉は易くともホントに難しい問題だよなぁ・・・。

今、現実に繰り広げられている民間交流が、
更にその層を厚くしていくことによってこそ、
両国間の様々な問題も次第に「問題」ではなくなってくるのではないかとも思う。
近頃の韓流(←すごい!「はんりゅう」と入力したら、ちゃんと出てくる。)ブームを眺めるにつれ、
政治的解決の限界も感じる。

ところで、今週月曜日。
体調悪いから、韓国語学校に行ってさっさと帰って寝よう!
と、丁度教室を出たところで、「通知不可能」の電話が・・・。
「誰だろ?」と思ったら、私と芙美嬢の韓国の父[某国会議員]ではないか!
昨年末に、ソウルに私たちが出かけた時には、
夜11時の到着にも関わらず、
わざわざその時間に合わせて選挙区からソウルに戻ってきてくれた上、
空港まで迎えに来てくれた、私たちの優しき韓国のパパなのだ。

そんな義理堅いパパが東京に着いたというのに、
私は家に帰ることが出来るはずもなく、
延々と続くであろう、宴会蟻地獄へ・・・。
しかしあの韓国の方のお酒の飲み方は異常ですって~。

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3月15日(火) 世界には 国も色々 ありしもの 違いを超えて 仲良くありたし

170315

 国際色豊かな日。午前中政審、総務会。午後は本会議、財務金融委員会と、通常の日程の中に、4組、外国からのお客様が私の事務所をお訪ね下さった。
 最初は、ブルガリアの国会議員のジフコヴァ女史。教育問題に強い関心を持って、政治活動をしておられるとのことで、私を訪ねてこれらた。両国の教育問題について意見交換し合った後、今後、両国で協力し合って、次世代の若者を育成すると共に、国民間の交流を一層推進することを誓い合った。
 午後には、韓国から2組の国会議員が来室された。これは、この翌日16日に、島根県議会が「竹島の日」条例を制定する予定であり、この問題を巡って両国関係を大きく損ねないようにうまく処理して欲しいとの趣旨の訪問であり、併せて、日本の歴史教科書問題についても意見交換をした次第である。話し合いをさせて頂きながら、国の立場、考え方が異なる問題を扱う難しさを痛感。しかし、私は日本の国会議員であり、日本側の立場を譲るわけにはゆかず、きちんとその意を伝えた。その上で、お互いが相手の立場を尊重しつつ調和点を探る取り組みを進めたいと述べておいた。
 その後、オーストラリア大使館より、日本・オーストラリア間のFTA問題について来訪。4月にオーストラリアのハワード首相来日時に、この問題をどう扱うべきかという相談であった。私は、必ずしもこの問題に深く関与しているわけではないので、一般論として、幾つかのアドバイスをしておいた。
 外交というのは、基本的に、自国の国益を最大限守りながら、他国との利害調整を図る仕事である。それが、容易なものであるはずがなく、また理論だけで解答が得られるものではない。しかし、いかなる事態であれ、相手を尊重し、精一杯、相手の立場を汲み取った対応をしてゆかねばならないと思う。「人間の森文明」の早期育成を願った1日でもあった。

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3月12日(土) 硫黄島 還暦迎えし 大死闘 夢の兵士は 何故か笑へり

170312

 この日は終日、東京の南方約1250㎞にある硫黄島へ。この日開催された“日米硫黄島戦没者合同慰霊顕彰式”に参列するのが目的であった。同行の衆参両院議員は、私を含めて14名。
 硫黄島は、太平洋戦争中最大の激戦地とも言われた島であり、この島に駐留していた日本軍2万1,200名中、19,900名がここで散華された。一方、米兵側も、6,821人が戦死。
 自衛隊入間基地から自衛隊の輸送機でこの島へやってきたが、飛行機から眺めた島は、面積が22㎢しかなく、こんな小さな島でその激戦が行われたのかと少し意外であった。また、飛行場に着いた後、マイクロバスに分乗して島内を移動したのだが、島内には、低い木と草しかない。どうしたものかと聞いてみると、かつての戦闘時に米爆撃機から莫大な量の爆弾が投下され、更に陸上機で地表にあるもの全てが焼き尽くされ、その後潮風の影響もあって、なかなか木が育たないのだと言っておられた。今、この風景を眺めても、もう想像することもできない激しい戦いであったに違いない。
 式典は、少し予定時刻より遅れて、午前11時半からであった。20年前に日米双方の生存者がこの地で再会し、怨讐を越えて友好平和を誓い合った記念碑(再会記念碑)の回りに約500人が集い、双方からの追悼、挨拶、遺品返還、献花等、盛大にそして厳粛に取り行われた。
 その後、天山に整備された“日本戦没者将兵慰霊碑”前で戦没者名簿奉納式。それから、昔司令部が置かれていた地下壕や激戦地摺鉢山を視察し、往時の戦闘の様子を偲びつつ、日米の戦没者を追悼した。そして、その後再び、自衛隊機で入間基地へ戻った。
 その機中、朝5時に起きて移動したためか、また、輸送機中が光がほとんどなく薄暗かったせいか、眠気を催し、ウトウトとまどろんでしまった。その夢の中に、色々な人の顔が次々に浮かんできた。戦争のシーンも、脳裏に映し出された。不思議なことに、目覚めた時にその夢の内容は余り覚えてはいなかったが、何となく兵士たちがみんな笑顔であった印象が残っていた。戦後60年、英霊たちは今の日本をどんなに見ているのだろうかと、ふと思った次第である。

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波田陽区を見たぞ

★ヒショヒショ日記 ~by shino~★
今週も気付いたら金曜日・・・。
電話が立て続けにかかってきたり
お客様がいらっしゃったり、次から次に急ぎの用事が入って、
1枚の原稿を手直しするのに、半日もかかってしまいました。

昨日は、自民党音楽文化振興議員懇談会の関係もあって、
NHKホールにゴールドディスク大賞を見に行ってきました。
私はこの暫く見に行っていなかったんですけど、
今回ばかりは絶対見にいかなければならなかったのです。

・・・何故なら、それは、波田陽区が出るから。
私たちが見ていた座席周辺は、ファンの子たちのノリと違って、
業界のお偉いさんとか、官公庁の方とかが多くて、
これがホント静かに鑑賞してるわけです。
実のところ「波田陽区~!!」と絶叫したかったところですが、
さすがにはばかれたのでやめました。

今週は2日続けて6時起き。日中、自分が一体何をしているのか
分からなくなるくらいフラフラでした。
その上、意味不明な激痛が突然何度も私の背中を襲うため、
その憂鬱さが加わって、余計にフラフラ。
もしかしてこれって神経痛なのか?
だから、今日は仕事帰りに整体に行ってきます。

週末は、資金管理団体の収支報告を家に籠もってやりあげなくちゃ。
この収支報告の作業って毎年苦しむんだけど、
今年は比較的早めに始めたこともあって気分的には楽。
収支報告の信憑性がとやかく言われている昨今、しっかりやりあげなくては・・・。

しかし、うちの場合、例えば去年なんて、3400万円ほどの収入が
ありましたけど、その内訳と言えば、約半分の約1500万円が
代議士自身の寄付ですからね。
個人献金はたった4人に、パーティー開催は一切無し。
あとは、毎月の月刊誌の購読料年間5000円の収入等。
今年も収支報告完成したら、またご報告いたしましょう。

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3月10日(木) 国民の かゆいところに 手を伸ばし 解決目指す 合同会議

170310

 午後8時半から、厚生労働部会・ハクション議連合同会議。これは、ハクション議連が2月に花粉症・アレルギー医療の中核施設である国立病院機構・相模原病院を視察した中で、今後、花粉症に対する医療と臨床研究を進めてゆくために、厚生労働省としての更なる取り組みが必要であることが分かり、今回は厚生労働部会と合同の形で会合を開催したものであった。
 会合は、保利耕輔・ハクション議連会長、田村憲久・厚生労働部会長からの挨拶の後、内閣府の花粉症への取り組み、厚生労働省としての施策説明を受け、相模原病院・臨床研究センター長の秋山一男先生から、現状と今後の取り組みのご説明を頂いた。
 そして、それからが出席国会議員との意見交換であったが、そこで問題になったのは、大旨次の論点であった。
①現在、臨床研究を行う費用について、それが十分な額でなく病院会計から支出せざるを得ない状況にある。その結果、先端的な研究機材が導入されていても、それを使う人がいなくて、十分活用できない現実等もある。もっと経常的な研究費を何らかの方法で手当て出来ないものか。
②アレルギー・免疫異常に関係する病気は随分多く、これら病気に苦しんでいる人も多い。この現実を見ると、この臨床研究センターを、国立がんセンターや循環器センター等と同じナショナルセンターとして整備を進めてゆけないか。
③アレルギー・免疫異常に関係する医療費は現在も莫大な金額であり、今後益々増加してゆくことになるであろう。研究を推進することにより、将来の医療費を節減することができる見通しがあるならば、その節減額見込みを基に、研究費を算出するという予算編成スキームを導入できないか。
 この様な論点であった。今後は、ハクション議連の議論の中で、これらの点をどう実現してゆくかを考えてゆきたいと思う。それにしても、国民の3割の人が何らかのアレルギー症に苦しんでいるという。私たちの努力の中にできるだけ早期にこの病気の全面解決を導き出したい。

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明日は朝食会だ

★ヒショヒショ日記 ~by shino~★
ついに来たぞ。花粉の嵐。
代議士はいよいよ今日から花粉症の症状に見舞われ、
鼻声&くしゃみで苦しそう。
おまけに体も花粉でかゆいのか、
さっき伝えることがあって、議員室を振り返ったら、
物差しで背中かいてるし・・・(笑)。

今年は、「ハクション議連」のマスコミ露出が多かったもんだから、
全国から「これ効きます~」っていうサプリメントとかをたくさんお届け下さっているので、
一体何が一番効くか、これから代議士で人体実験にチャレンジしてみます。

明日は、うちの東京の支援者の方々にお集まり頂いての「朝食会」。
政治家の朝食会っていうと、参加費「2万円」とかで、
一体どんな朝食が出るんかいな~みたいなのが多いんですけど、
うちは、2千円。食事が1700円でコーヒー300円。
いわゆる実費のみで、こちらの儲けは一切無し。
それどころか、朝8時からなもんだから、
ついつい寝坊しちゃって・・・っていう方も毎月数名はいらっしゃるから、大抵は赤字。
「儲ける」なんて意識は、代議士にはきっとこれっぽっちもないから、
ただただ純粋に、政治の現状と様々な社会問題に対する見方・考え方を
皆さんにお伝えしたい!!という一心で、
ひたすら1時間30分余りをしゃべり続けてます。

基本的には誰にでも公開しているので、もし興味があれば是非どうぞ。
ちなみに場所は自民党本部でやってます。

月に一度のことと言え、
この朝食会の日は超早起きをしなくちゃいけないから、ほんと大変。
私なんて、大体朝起きるのが超苦手で、
毎朝、「今起きなきゃいけないくらいなら、いっそ殺してくれ~」
って思ってるくらいだから、
朝食会の日は、芙美秘書に私がちゃんと電話に出るまで携帯を鳴らしてもらう。
明日も頼んだぞ。

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3月8日(火) 暗雲を 吹き飛ばしたる 成功に 集える議員も ひまわり6号

170308

 午前中、種々の部会、政審、そして郵政民営化問題を巡る内々の打ち合わせ会。正午から、文部科学部会、午後1時から衆議院本会議と例の如くスケジュールが続く。
 この日、特筆すべきは、午後3時から自民党宇宙開発特別委員会を開催したことであった。ご存知の通り、一昨年暮れにHⅡA6号機の打ち上げに失敗して以来、日本の宇宙開発は、苦難の中に置かれた。そして、宇宙関係者は、大変な努力を重ねてきた。私も、こんな時こそ、後押しをしなくてはと、超党派の宇宙議連の結成、宇宙関係者による日本・大風呂敷クラブの活動開始等、側面から様々な取り組みを行ってきた。そして、昨年10年には、この宇宙開発特別委員会の委員長にも就任をしたのであった。それだけに、2月26日のHⅡA7号機の打ち上げ成功は感無量であった。そして、この日午前、そのロケットで打ち上げられたMTSATが静止軌道上の予定位置に静止し、「ひまわり6号」という名称がつけられたものであった。
 宇宙開発特別委員会は、これら成功報告に始まった。そして、今後の宇宙ビジョンについての報告をして頂いた。
 中川秀直先生からは、久しぶりに晴れ晴れとした気持ちで挨拶をさせていただくといった話があったが、参加された方々が等しくその思いを共有していたようである。今回の成功は、これまでの暗雲を一気に吹き飛ばしたようである。
 しかし、実際はこれからも難問山積である。特に、宇宙事業を巡る国際競争は激しく、これからも100%の打ち上げ成功を重ねてゆかねばならず、また、コスト・ダウンも引き続いて行ってゆかねばならない。民間への移行も進めてゆかねばならない。ここで、関係者には心を引き締めて取り組んで頂きたいものである。
 この日は、その後、情報産業国際競争力強化小委員会、郵政改革部会、本の打ち合わせ等。

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文明と予算。

★ヒショヒショ日記 ~by shino~★
今日は終日、代議士が地元と、上京途中に神戸で会合を持っているため、
午前中、科学技術館で「新世紀文明会議」の分科会の報告会と打ち合わせ会に代理出席。
そもそもこの会議は、現代の国際社会に見られる文明観の相違による様々な対立を、
多元的に文明を取り込んできた東アジア(日・中・韓)の歴史と知恵によって融合し、
多元的調和を尊ぶ新たなパラダイムを具体化していこうではないか・・・
との考えの下、日中韓3国の学者・政治家で構成している会議。
昨年は、まさに東西文明融合の地、中国の「敦煌」でこの会議を開催したのです。
今日のメンバーは、青学の山本吉宣先生、東大名誉教授の渥美和彦先生、
元文部科学大臣の有馬朗人先生、日文研の川勝平太先生、
拓殖大学の甲斐信好先生。

2年目を迎える今年は、文明ビジョン・安全保障・経済・IT・医療等々の
各分科会による研究が進められ、それらの成果を基に、来年は韓国で
国際会議を開くことになってます。

政治側はそれらの研究成果を施策に反映しつつ、
一体となってこの調和型文明への確立を目指すことを目的としているという観点では、
そのテーマの壮大さもさることながら大変に画期的な意義を持っていて、
この一連のプログラムが為しうる役割というのは、
今、国際社会的にも非常に注目されるべき
ものがあるのではないか・・・と思っている次第。
国会議員というのは、国のビジョンを描くことがお仕事ですからね。

その後大渋滞の中を大慌てて帰ってきて、
今度は、来年度予算の箇所付けの打ち合わせ。
いよいよ31日をメドに来年度予算が開示されるにあたって、
愛媛県内の首長、県議、市議等に対して
こういう予算が、こういうところにつきましたよ~っていうお知らせを、
愛媛県内の国会議員事務所共同して行うことになっていて、
その事務的な打ち合わせ。

壮大な課題への取り組みと、地道な地元対策の狭間に
一瞬頭が混乱?!

今日は月曜日。
私たちは、それぞれスポーツクラブと語学学校で汗をかいてきます。

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来週も怒濤の・・・

★ヒショヒショ日記 ~by shino~★
朝9時からの会合を皮切りに、
代議士との打ち合わせやら、会合のアレンジやら
あれこれと慌ただしい内に、気付いたら夕方・・・。
今週も無事終わり。
代議士も地元愛媛に戻っていきました。

代議士いつも愛媛に戻るときは、大概新幹線なんですけど、
いつも50分頃の新幹線に乗るのです。
でも、永田町の議員会館の部屋を出るのが、30分だとまだいい方。
下手したら、30分を過ぎていることもしばしばあって、
地下鉄に乗って行っているはずなんだけど、
一体どうやって間に合っているのか、かなり謎。

私が車で駅や空港に送っていくのは、よっぽど時間が迫っている時か、
代議士が車の中で電話や用事を済ませたいときだけ。
事務所に2人しかいないんですから、
「自分のことは自分でしよう!」というのが、
うちの事務所のモットーです。
代議士だからと言って甘やかしません(笑)。

来週は、うちの事務所が事務局や主催の会合が
日にいくつも重複していたりして、まさにフル稼働の毎日になりそう。
郵政民営化問題にH-ⅡAロケットの打ち上げ報告に、
医療問題に文明の議論・・・等等等。
ほんと、ボケ~としてるヒマはなさそうだ。

今週末十分鋭気を養って、また来週頑張ろ。
皆さんも寒いですから、風邪には気をつけて下さいね。

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秘書室はこんなのです

★ヒショヒショ日記 ~by shino~★
今日は、地元の市会議員さん6名が
陳情のため愛媛からご上京。

開口一番、「相変わらず汚い部屋じゃの~!」(↑2/23日参照。)
確かに、この数年で議員室は、
ほぼMAXに近い状態にまで崩壊危険度が高まってる。

私たちも十分それは認識しているつもりなのだが、
つっ、ついに言われしまった・・・。

「事務所に女が2人もいて、何やっとんだ!」

私、一瞬キレた。
が、なるほど、そういう側面からみれば、
こうなったのは私たち秘書の責任と言われても
仕方がない部分はあるんだよなぁ。

でも、別にこんな部屋を肯定するわけじゃないんですけど、
こういうのは、人間の「流儀」みたいな部分があるわけだし、
ましてや、政治家を評価するのに、
「部屋が綺麗か」なんてのは何の役にも立たないことなんだから、
別にいいんじゃないかと思う。
・・・そういうわけにはいかないんでしょうか。

ただ言っておきますけど、
私たち「片付けられない女」じゃないですからね。
秘書室も、プライベートなお部屋も普通に綺麗にしてます。
ほらね。

そういえば、昨日平成17年度の予算が衆議院を通過。
毎年、多少なりとも野党との攻防があった気がするけど、
今年はいつの間にか通り過ぎていきました。

heya2 衆議院会館の秘書室はこんなのです。狭すぎ。
heya1 秘書室にはロボコンはいません。

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3月3日(木) 信さんの トレードマークの 花柄模様 話を聞けば 人生そのもの

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 午前中は、政審、部会等。正午から清和研総会。そこから、イエローハット(株)本社に、鍵山秀三郎先生を訪ねる。中国の励志碑林の残事業やこれからの青少年育成国民運動について、相談させて頂く。そこから致知出版を訪問し、藤尾社長と今後の打ち合わせ。更に、アフガニスタン大使館にアミン大使を訪ね、今後のアフガニスタン復興と日本の役割について意見交換。そして、ブルガリア大使館のブルガリア建国記念日レセプションと、午後はずっと外回りであった。
 最後に顔を出したのが、学校栄養士議連の会合。昨年、長年の懸案であった学校栄養士教諭の問題にようやく決着がついて、今年の春から実現することになったのであるが、その制度が創設されたことの祝賀会であった。先に述べた通り、この会合の前に他の会合に出席していたので、少し遅れての到着となったが、会場に着くと、丁度、この運動推進の中心者であった田中信学校栄養士協議会名誉会長がお話をしておられるところであった。この運動が始まったところから、1つひとつ問題克服していった過程をユーモアを交えつつ思いを込めて語っておられた。10分、20分、30分と経っても話は尽きない。語っても語っても語り尽くせぬ一生涯をかけた取り組みへの思いがあふれている様子であった。話途中で、ようやく第1部終了と、回りから幕を引いて、ようやく来賓挨拶、乾杯と続く。その後にまた第2部として、田中名誉会長の独演会であった。しかし、参加者はそれも当然との暖かい目で見守る。
 田中信先生の今日の服は、ピンクを地色とする全面に花が咲いた服。花柄模様は先生のトレードマークであるが、その1つひとつの花が、先生の人生の中で咲かせてきた花のように見えた次第。

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3月2日(水) いつもなら 夜なべ覚悟の 本会議 今日は定時の 新幹線かな

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 午前中、宿舎と事務所で、雑務処理の後、午後11時から日本・スペイン議員連盟。12時から清和研幹事会。その後、教育基本法制定国民集会や各省庁からのレクなどが行われた。
 午後2時半からは、財務金融委員会が開かれ、平成17年度税制改正について、委員会の採決。
 そして、午後5時から7時前までが、衆議院本会議。平成17年度予算と税制の討議と採決であった。各党が各々の主張をした後に記名投票。議長席前に置かれた投票箱に、各議員が堂々巡りをしながら、投票を行う。例年と同じ光景であった。
 しかし、例年と異なることがあった。それは、この予算案採決は、通常国会中の最大のハイライト場面であり、直前まで与野党間で最後の駆け引きが行われることから、本会議の予定時刻が議運で事前に決められていても、多くの場合に、その開会時刻が遅れて、結局、夜の10時くらいになって、もうこれ以上遅れては、その日の内に採決できなくなるというギリギリの時刻に開会されて、予算の衆議院通過が午前0時直前というのが通例であった。とてもその日の内には間に合わなくなり、延会手続きをした上で翌日の未明に採決されることもあった。
 そんな体験からすると、今回は平穏無事。野党3党は、予算案に反対はしたが、全くと言っていいくらい混乱は無かった。これで、予算案は参議院に送られたが、年度内成立確実となった。予定通り、定時出発の新幹線という印象であった。
 その後、事務所で雑務処理と書類整理。そして、メールや手紙の返事書きとこれまで貯まっていた仕事の処理にあたる。

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ビジネスチャンス到来

★ヒショヒショ日記 ~by shino~★
昨日は、自民党の環境ビジネス議連を開催。
これまた、うちが事務局。
経産省・農水省・環境省から、
京都議定書目標達成計画についての説明を頂く。

日本は、1990年比で6%の温室効果ガス削減を義務づけられているわけですけど、
実際には、2002年度時点で1990年の30%近くもの温室効果ガスが増加しているわけだから、
その削減って、実は容易なことじゃないんですよ皆さん。

家庭での省エネはもう当たり前。
早速、私も待機電力対策として、DVDとビデオとテレビはコンセントから抜いてきました。
最近、何故か電気代とガス代が異常に高い・・・と思ってたから、私も、これを機に色々と対策考えよ。

でも、削減に向けては、やっぱり国民運動的に意識を向上していかなくちゃいけない。
・・・となると、排出に対してペナルティを加えるという形じゃなくて、
逆に、積極的な取り組みについては、こんなメリットがあるぞ!的な
アイディアが、その意識を促すことになるんじゃないかなと思う。
例えば、電気使用料が、前月よりも○%減ったら、その減少率に
併せて電気代の割引率も上げるとかね。

それに、役所は「省エネ機器の効果」を盛んに言うんだけど、
実際の生活の中で、じゃあ、今すぐ冷蔵庫を省エネ対応のものに
買い換えられるか・・・と言えば、それはとっても非現実的な話じゃないかと思う。
だって、まだまだ使えるものなのに買い換えるってのは、
何となく、「もったいない」感覚から脱しきれないし、
循環型社会の視点から見ても、却って環境に悪いんじゃないか・・・って思いませんか?

だから、ここにいわゆる「環境ビジネス成長のカギ」みたいなものが生まれるわけで、
“買い換えなくても、これを付けるだけで省エネ出来る!”
な~んていう商品が開発されたら、絶対売れると思うんですけど、
まだまだそういうのって開発されていないんでしょうか?
将来的には、環境ビジネスは40兆円産業へ成長する見通し。
アメリカが議定書に批准していないうちに、
日本でどんどんこの分野の産業を育成してゆけば、
名実ともに、世界に冠たる輸出産業になっていくはず。
そう、まさにビジネスチャンスがここにあるのです。

ちなみに、我が環境ビジネス議員連盟では、
議員連盟として「10の提言」をとりまとめて、
今後の議定書目標達成計画の策定に反映して頂くべく
来週、内閣・担当大臣等々に要望する予定です。

ちなみに、昨日から地元の新しい秘書が上京してて、初顔合わせ。
歓迎を兼ねて、ひっさびさに代議士と4人でご飯に行ってきました。
確かこの前は、「吉野家」で「豚丼」だったんですけど、
昨日はどこだったと思います?

代議士:「どこ行きましょうか?」
秘書:「○々苑○玄亭~!」
私たち、前から今度の食事は、絶対ここしかないと心に決めてましたから・・・(笑)。
あ~おいしかった。

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