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9月22日(木) 役職は 財務金融委員長 借金ズシリと 我が肩に乗る

170922

 午前10時から政審、総務会。そして正午より清和清和研区研究会の総会。
 午後1時から本会議が開催され、その中で、私は財務省と金融庁を所管して審議する財務金融委員会の委員長の指名を河野議長から受ける。

 実は、この仕事は、前国会でこの委員を務めてはいたが、これまで余り深く関与してこなかった分野でもあったので、最初は就任に躊躇したのであるが、この委員会で取り扱う財政再建の問題が日本国家の最大かつ緊急性の高い課題であり、この問題を避けては、“義を見てせざるは勇なきなり”となってしまうと思い直して、お引き受けした次第である。考えるほどに大変な仕事であり、力の及ばない点も多く出てくるかと思うが、多くの方々の御協力を頂いて、取り組んでゆきたいと思う。

 特にこれまでの財政再建論議は、いかに経費の節減を行い、財政支出を減らし、一方で、いかに国民の反発の少ない形で税収を上げてゆくかという論議に終始する傾向が強かったけれど、これは、幕末の財政家山田方谷先生流に言えば“財の内に屈した姿であり”財の外に立って論じる財政論議を巻き起こすには、願ってもないチャンスのようにも考えた。私自身が山田方谷の化身となる覚悟で、全力投球をしてゆきたいと思う。

 この日は、この本会議後、幾つかの打合せがあり、それからJRで地元へ。

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9月21日(水) 苦難越え 母港に戻る 気持ちなり されどこの先 嵐の予感

170921

 特別国会の召集日。正午から自民党の両院議員総会であり、それに合わせて登院する。国会議員にとってこの日だけ通ることの出来る国会議事堂中央入口より議事堂に入り、職員から新しい議員バッチをつけて頂く。そして、両院議員総会が開かれる講堂へ。入るなり、参加議員の数の多さに圧倒される。

 そしてそれから代議士会を経て、本会議。まず、正副議長選挙、そしてそれに続いて、総理大臣を選出する首班指名選挙。各々議長席前を堂々巡りしつつ行う投票であり、約2時間を要する本会議であった。結果は河野議長再選、横路副議長再選、そして、小泉総理は再指名という形となった。まずは円満な形で国会のスタートを切ることが出来たと思う。

 ここで会期が11月1日までの42日間を決められる。この間に懸案の郵政民営化法案をはじめ、前国会で解散と共に廃案になった障害者自立支援法等、幾つかの大きな法案が審議されることとなっている。また、私が責任者や事務局長を務める幾つかの議員連盟や諸活動もこれからいよいよ再開をして、新人議員等を勧誘しつつ、更に発展させてゆかなくてはならない。

 5期目とは言え、緊張を覚えると共に、これからの道のりを考えると、前途の多難さに身が引きしまる思いである。

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9月17日(土) ふるさとは 遠くにありと 思うもいいが 我にとりては 通勤範囲

170917

 午前中、宿舎の整理。14日(水)夜上京して以来、時間を見つけては整理をしてきたが、やはり1ヶ月余の間に積もり積もったものがあり、この日もその片付けにあたる。

 そして、正午より、目白にある椿山荘で、関東在住愛媛県出身者が集まる大園遊会。毎年400名か500名が参加している会であり、加戸愛媛県知事や森髙県議会議長も出席されていた。
私も、これから5期目の仕事となるが、よろしくお願いしたいとご挨拶をさせて頂いた。

 そして、余興の部に入って、加戸知事が自慢のノドを披露された後、私も、昨年CDとして出した「敦煌・心の旅路」を歌わせて頂いた。こういう場では、自分のオリジナル曲を持っているというのは良いことだ。少しはアピールできるものがあったのではないかと思った。

 この会で、全部のテーブルは無理であったが、時間の許す限り各テーブルを回りながら懇談をさせて頂くと、色々なご縁の方々にお会いすることも出来た。これから愛媛の発展を考える中で、これら関東圏在住の出身者の力をお借りすることも多いだろうと思う。今後、どんな形で、相互に交流し合う形を作ってゆけば良いかという宿題を感じた次第である。

 この日は、途中でこの会を退席して、地元へ。JR列車の中で、慌ただしく過ごしたこの暫くの期間を振り返りつつ、今回の選挙について、そこから得られた教訓をまとめる作業を行う。

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9月15日(木) お疲れさん ヤァ久し振りと はずむ声… 見合わす顔は 黒く輝やく

170915

 選挙後、翌12日は、松山で愛媛県内マスコミの選挙特別番組をはしごする。選挙翌日というというと、選挙の後始末で大変な日だが、これも有権者皆さんにテレビを通してのご挨拶という意味を込めて出演。続いて、13日、14日の2日間で、選挙区内各地と県庁、県議会へのご挨拶、夕刻上京した。

 そして、今回が5期目を迎えて初の東京での仕事である。事務所には東京を離れていた1ヶ月余の間の書類が山積みになっている。当選の祝電も多く届けられていた。また、各省庁の方々が次々に挨拶に見えられる。
 そんな中で、清和政策研究会では、在京者の昼食会が開かれた。40名くらいの議員が集まっていた。口々にお互いの健闘を称え合い、これからもよろしくと挨拶をし合った。真夏の選挙は厳しいもので、みんなの顔も真っ黒になっていた。

 しかし、同時にこれからの政治が大変だということも、お互いに共有する意識であった。今回の選挙で自民党は296議席を得た。しかも新人が83人である。経済界を中心に改革への要請が強まると共に、既得権益を守ろうとする勢力との間で様々な摩擦が生まれてくるに違いない。しかも小泉旋風の中心で当選した新人議員が3割弱を占めるという状況である。党内をどうまとめてゆけばよいかと考えるだけで、なかなか大変なことである。一方民主党は大敗という結果であったが、今後は党の存在意義をかけて対抗してくることだろう。この国会の動きも先行き不透明である。何にしても、心してこれからの5期目に臨まねばと思った次第である。

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ありがとうございました by スタッフ一同

小野晋也、五期目の当選を果たすことが出来ました!
皆さんに心から感謝を申し上げると共に、
必ずやこのご恩返しは、国政の場で、
日本の将来のために、誠心誠意働き抜いてお返ししたいと考えています。
どうぞ、これからも宜しくお願い致します!

お手伝いをしてくださったスタッフの皆さん、
どうぞお疲れが出ませんように・・・。
くれぐれもお体にはご自愛下さいね。

選挙中の様子は、ヒショヒショ話へどうぞ!

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→当選祝勝会で

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9月11日(日) 燃え上がる 永田町から 吹く風は 未来を目指す 船への追い風

170911

 第44回衆議院議員議員選挙の投票日。8月8日に突然衆議院が解散されてから1ヶ月余りの間、選挙区を駆け回ってきた。連日30度を超える日が続いた。特に8月中は、35度を超える日も随分多くあった。お盆もあったし、台風もやって来た。振り返ると、この1ヶ月間の間にも色々なドラマもあった。

 しかし、全体としてみれば、とても良い雰囲気で選挙を戦うことが出来たのではないかと思う。多くの方々から頂いたご支援、ご協力に心から感謝したい。

 そして同時に、この選挙ではいつも強い追い風を受けながら戦うことが出来たと思う。それは、8月8日の解散の夜、小泉総理は、郵政民営化法案は、国会では否決されたが、国民にその是非を問いたいと訴え、選挙中も、国民の側から政治を力強く語り抜いてこれたせいであると思う。情報社会が進展する中で、国民は、よりストレートに政治を見るようになってきているということだと思う。(この点はもっと詳しい説明が必要だが、興味のある方はOAK・TREE10月号にこの考えを掲載しているので、それをご覧頂きたい。)

 この日、当選確実が出たのが午後9時頃。最終得票は9万2245票であり、有効投票の54.5%を得て5期目当選を果たすことが出来た。

 新居浜の本部事務所で当選報告会を開催の後、各地事務所を回り、12時過ぎに帰宅、厳しかった選挙戦を終える。

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