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10月26日(水) この国は 心で滅ぶと 人の言う されば向かわん 心の本丸

171026

 特別国会閉会を目前にして、この日も様々な会合が開かれた。港湾整備振興全国大会、清和研幹事会、科学技術情報懇話会、世界日本国会委員会、日本・アフリカ議連、日本の歌とお話の会、そして幾つかの部会である。

 この日私が特に思い入れのあった会は、夕刻からの教育懇談会であった。この会は、鍵山秀三郎先生を中心に、これからの日本の教育問題や青年育成問題を自由闊達に語り合おうという会であり、大体、2ヶ月で1度くらい開催をしているものである。国会議員と教育関係者が共に集い、色々な問題を論じ合い、情報交換を行う。

 主な議題は次の通りであった。

①「全国偉人サミット」開催について
②大分県への「励志碑林」建設について
③「大学生人間学研修会」の全国展開について
④「国会議員・人間学研究会」について
⑤その他

 この議題を見て頂いてお分かりの通り、この場では、人間教育をこれからいかに行えば良いか、それもただ単に学校教育においていかにあるべきかというのみならず、社会全体としてこの動きをいかに育ててゆけばよいか、ということを奔放に語り合っているのである。

 現代日本は、“物で栄えて、心で滅ぶ”と語った人がいる。確かにそういう部分が目についてきた。日本社会の多くの問題は、モノや環境の問題として論じられることが多いが、実は、日本人の心自身が生み出している問題がとても多い。心の問題は、心が動いて初めて捉えられるものであり、モノのように全ての人に同じように見せることが出来ないだけに問題解決はなかなか困難だが、力を尽くしてゆきたいと心に期す。

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10月24日(月) 財政の 再建図る 第一歩 人間理解と 大きな構想

171024

 午前中は、宿舎でOAK・TREE誌の原稿をはじめ、色々な文章の執筆。

 お昼から、私が、財務金融委員長に就任した関係上、私の財政問題や金融問題に対する考え方を、財務省、金融庁、日本銀行の中堅幹部の方々にお話をする会を開催。この日のテーマは、“山田方谷先生と8つの指針”というもので、幕末の政治家山田方谷先生が、いかにして、備中松山藩の赤字財政を立て直したかという点について、1時間余りのお話をして、その後、参加者と懇談。

 今、日本財政は極めて危機的状態にある。公式に発表された国債残高だけで、国の税収全てをここに注いだとしても返済に12年もかかるという莫大な借金である。もう小手先の対応ではとてもこの借金処理は不可能であり、長期的展望の下で、根本的、総合的に対応しなくてはならないということで、山田方谷先生の人生、思想を基に8つの視点を提起する内容であった。この話の内容は、好評であったようで、この問題を考える礎となる本を出版することを早速考えてみたいと思う。

 この後、事務所会議等を開催した後、もう一度宿舎に戻り、執筆。そしてまた事務所にて、仕事を片付けた後、夜は、清和研政策研究会の4期生、5期生の懇談会。

 今は、昼間お話をした財政問題が根底にあるせいか、政治もなかなか困難な時代である。もうお金を地方や団体に配分して、それで良しという時代ではない。仲間の中で色々な課題を語り合い、情報交換をする。

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10月22日(土) 宿舎発ち 藤枝・福山 新居浜と 国民運動 楽じゃないねぇ…

171022

 朝7時、東京駅から新幹線に乗って静岡駅へ。着くと、静岡2区選出の衆議院議員原田令嗣先生の秘書が迎えに来て下さり、焼津市の原田先生のご自宅へ。そこで、原田先生、そして韓国・国会議員の李成権先生と一緒に、藤枝市へ向かう。

 実は、この日、原田先生の地元で“韓国の若手国会議員と語ろう”と題した会合が藤枝市のお寺で開催され、私も、この交流事業を推進しているのが日韓議連21世紀委員会なものだから、その委員長として、会合冒頭に参加して、ご挨拶を申し上げた次第である。

 集まった人は約60名。膝を接する中で語り合おうとの企画であり、韓国では今年春の反日運動が起こり、また、少し前の小泉総理の靖国神社参拝後のギクシャクした日韓関係の中での会合のせいか、参加された方々はとても強い関心を持っておられる様子であった。

 尚、私は、挨拶後次の予定があって退出したが、とても良い会合であったと後で原田先生からお聞きした。

 私は、そこから再び新幹線に乗って、今後は福山市へ。“月刊「致知」愛読者の集い”であった。こちらは約1,200人の会でとても熱気があった。鍵山秀三郎先生と藤尾秀昭致知出版社長の講演会であり、私も最初に一言、致知運動の重要性をお話させて頂き、また乾杯の発声をさせて頂いたが、人間いかに生きるべきかということをテーマにして、これだけの方々が集まられる運動になっていることが、とても心強かった。

 私も、これから、色々な課題を背負って、全国行脚をして、国を動かす国民運動を育成することに努めなくてはならないと思う。政治家は国民にもっと真摯に語り合うことが必要だ。

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10月17日(月) 福岡で 終日丸々 宇宙漬け 我が心中は タクアンになる

171017

 この日は終日、福岡市での国際宇宙会議。実は、前日に、この福岡市で私が参加する会合が2つあったため、昨日の内に福岡にやって来ていたのであった。

 朝は、9時過ぎから宇宙開発の未来を語り合う会合。10時から国際宇宙会議の開会式。コンピューターグラフィックを駆使した演出、宇宙時代のファッションショー、子どもたちの音楽演奏、日本太鼓演奏と主催者・来賓の挨拶が交互に行われた趣向に富んだ開会式であった。ちなみに、この国際会議の日本開催は、25年ぶりとのことであり、世界中から約2000名の方々がこの会議に集まっておられるとの事であった。

 そこから、次は、宇宙関係展示会場の開会式。更に、IAF(国際宇宙協会)総会の開会式。私は、ここで日本宇宙議連事務局長として、英語での歓迎スピーチを行った。そして続いて今度は、宇宙開発を巡るシンポジウムであり、日本・宇宙議連から参加した3名の国会議員に宇宙開発委員会、産業界、行政(経産省)、若田宇宙飛行士がステージに上がり、議論を行った。このシンポジウムは少し時間が短かったせいで、深い議論を行うには至らず、改めて東京で議論をしましょうということで一応幕。

 それから、展示場内を見て回り、更に夜は参加者が集うパーティー。私も会場を歩き回り、色々な方々と意見交換をする。そして、9時過ぎの飛行機で上京。

 以上、“宇宙デー”とも言うべき1日であった。日本の宇宙開発も、今は激動の時である。そして世界各国と連携しつつ取り組んでゆかねばならない時である。政治の果たすべき役割を痛感した1日でもあった。

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10月15日(土) 涙雨 若葉観音 六地蔵 OAKの暦は 今日成人式

171015

 朝、暫く自宅で仕事をしてから、新宮のヤング・リーフ・ハウスへ向かう。今日は、ヤング・リーフ・ハウスに建立していた“若葉観音と六地蔵”が完成して、その開眼法要を行う日。
 午後1時頃、東京から、国際マンダラ教会会長の田中成明先生ご夫妻が新宮に到着され、昼食の後、ヤング・リーフ・ハウスで法要準備。

 午後3時から式典と法要が始まる。参加者は、主にヤング・リーフ・ハウスの活動に関係される方々や亡き妻若葉と親しかった人たち約50名。最初に私から、この観音像建立への思いと共に、ヤング・リーフ・ハウスの活動の考え方を語らせて頂いて、その後、田中先生による法要。この日は雨であったので、ヤング・リーフ・ハウス内の教室で開催したが、少し小雨になった頃、外に出て、若葉観音・六地蔵の前でも、読経をして頂いた。

 その後、西条から駆けつけて頂いた久門真理子さんによる歌、更に、田中先生の仏教法話と続き、終わったのが夕刻5時。それから、「霧の森」で簡単な食事会を行わせて頂いた。
 妻が亡くなったのが平成6年。その時4才だった娘も、もう15才になった。このヤング・リーフ・ハウスを作ったのが平成9年で、これももう8年である。時の経つのは本当に速いと思う。

 一筆特筆すべきことは、昭和59年4月からずっと作り続けてきたOAK・TREE誌が、この前日印刷が出来上がったのだが、丁度240号。時に休刊するときもあったが、年12号発行として計算すると丸20年。あぁこの観音像はOAK・TREE運動の成人式を記念するものでもあったのだと思った次第。

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10月12日(水) 坂上の 雲を目指して ゆかんとすれど 現実政治は ムカデの一歩

171012

 朝8時半より、新世紀文明国会議員懇談会。森喜朗会長をはじめとして、11名の国会議員が集まる。テーマは、この7月に日本で開催した“世界文明フォーラム”に関する報告であり、実質的にこの会議を企画、運営したNIRA(総合開発機構)の理事長である塩谷さんにお話をして頂く。

 今、世界は、国家間、民族間、宗教間に様々な対立が生まれ、多くの争いとテロが引き起こされている。これらは、単に利害における調整を行えばそれで良いというのではなくて、思想面においても、世界人類共通の調和を尊ぶ思想を築いてゆかねばならないと思うし、その思想を実際に現実社会の秩序にしてゆくためには様々な社会システムの改善を図ってゆかなくてはならない。これら課題をいかに国際的取り組みの中で解決してゆくかという、その入り口の議論がこの“世界文明フォーラム”の取り組みだと思う。遠く果てない目標ではあるが、動かなければゼロであるが、1歩でも進めば、そこから新た恣意ものが見えてきたり、動き始めたりするものもあるだろうと考えて、支援をしてゆきたいと思う。

 この日は、その後、委員会の関係で出席がかなわなくなった八戸市の会合のためのVTR収録。清和研幹事会等があり、午後は、3時間余の財務金融委員会。その後も色々な打合せや雑務処理等、世界文明を考えようなどと大風呂敷を広げても、現実の仕事は、目の前の仕事が多く、そのギャップの大きさに考えさせられる。毎日超多忙!

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10月7日(金) めくるめく 思いと共に 初舞台 吾は平成の 山田方谷

171007

 朝8時より、党本部で、地球環境問題特別委員会、総合農政調査会等の各種部会、調査会等の各種部会、調査会に出席。その後、一度宿舎に戻り、OAK・TREE誌の執筆。
 午後12時10分から財務金融委員会理事会。そして12時20分から委員会。これが、委員が揃った初めての委員会であり、冒頭に、以下のご挨拶を行う。

「この際、一言ごあいさつを申し上げます。このたび、財務金融委員長の重責を担うことになりました小野晋也でございます。
 江戸末期、備中松山藩の財政再建に辣腕をふるった財政家山田方谷は、「総じて善く天下の事を制する者は、事の外に立って事の内に屈しないものだ。しかるに当今の財政の当事者は、悉く財の内に屈している」と述べ、長期的・総合的・根本的に財務金融問題を捉える重要性を指摘しています。当委員会に課せられた使命は、まことに重大なものがあります。
 委員長としても、この職責を十分に認識し、国家の根幹である財政・金融の健全化と更なる発展を心に期して、甚だ微力ではございますが、委員各位の御理解、御協力をいただきまして、公正かつ円満な良識に基づく委員会運営に努めてまいる所存でございますので、何とぞよろしくお願いいたします。」

 ここに述べた山田方谷とは、江戸末期、備中松山藩の財政を見事に再建したことで知られる財政家である。それだけでなく、教育者、兵法家、政治家としても、傑出した能力ふるった人である。私は、今日の財務金融委員長に就任が決まった日から、あれこれと考える中で、この財政再建への取り組みを天命と考えて仕事をしてゆく覚悟を胸に持った。議会側からこの大業を成し遂げてゆきたいと思う。
 この日はその後、来客対応、各種企画の準備、書類整理等を主に事務所で行う。

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10月4日(火) 宇宙から 地球社会を 見る気分 いつしか心も 軽くなりけり

171004

 午前中、少し、宿舎で仕事をした後、10時から政審。そして11時から総務会。事務所でその後、来客対応や雑務処理等を行う。

 午後2時過ぎから日本・宇宙議連。今回は、この夏スペースシャトルディスカバリー号で宇宙へ行った飛行士達5名を迎えての会合であった。コリンズ船長からの地球期間報告の後、日本人宇宙飛行士野口聡一氏の簡単な報告の後、参加した国会議員と短い時間であったが意見交換。そして、その後、宇宙飛行士たちを囲んでの記念撮影。

 尚、夕刻からは、JAXA主催のディスカバリー号ミッション報告会とレセプション。これにも参加させて頂いて、話を聞かせて頂いた。

 地球全体を宇宙から眺める話を聞いていると、永田町で毎日論じていることが何だかとても小さな事のように思えてくる。宇宙から見える地球には国境線などないし、戦争やテロの中で争い合う民族を分け隔てる壁もない。政治家は時折、こんな大きな視点から自分の仕事を見直してみる必要があるのかも知れないと思った。 
 そこで、もう少しで宇宙ステーションが完成するが、そのステーションで各国首脳のサミットを開催してはどうかと提案をしておいた。まだ今は、実現性の薄い空想的な話と受け取られているが、案外近い将来にこんなことにも実現されるのではないだろうか。

 終日、宇宙問題に思いを巡らせていると、私自身の心も何かしら無重力状態となって、軽やかになった気がした次第である。

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10月3日(月) 日韓は 近きが故に 波も立つ 我は波間を 飛ぶカモメかな

171003

 9月中は、選挙とその後始末のために忙しくしていたので、OAK・TREE誌10月号が9月中に出稿できず、取り急ぎ、この日午前中に最終校正作業を宿舎で行う。

 正午には、永田町にあるホテルで、“明日の地域づくりを考える四国会議”。四国の経済団体関係者と懇談。その後、大韓民国建国記念レセプション参加、来客対応等を行い、午後3時から日韓・韓日議連合同幹事会。
 この合同幹事会では、この11月に予定されているソウルでの両国議連合同総会で議論するテーマについて、協議し合い、それを決定する。私からは、未来志向的諸課題について共同で行う研究活動と両国国会議員の交流事業について、報告し、その承認を得る。

 これら諸課題については、韓国側21世紀委員会メンバーがこの7月に日本を訪問された時に、合意をしたものであるが、その後、衆議院が解散され総選挙があったため、活動が停滞したものである。これから急ぎ日本側の態勢を整えて、これら約束事項の遂行に取り組み、両国間の信頼醸成に努めてゆかなくてはならないと考える。前にも述べたことがあるが、日韓関係は特に近い地理的関係にあるため、緊張関係に陥りやすいが、その時に政治的に解決する手段をきちんと備えておかないと戦争に向かっては、両国民が結局不幸になる。その仕掛けをどう築いてゆけるかということが私の仕事であると考えている。

 この幹事会後、懇親会。そして、日本学術会議や元日本留学生の会等に出席し、事務所に戻る。

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