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4月30日(日) 切山に 未来の使者が 現われる 平家の里の ロボット侍

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 午前中は、新居浜の自宅で、OAK・TREE誌5月号の最終修正と仕上げ作業。

 午後は、愛媛県と香川県の県境にある小集落、切山に向かう。ここは、その名が示す通り、山の中の集落である。総戸数30戸弱、人口は70名と聞いた。今は、立派な道路が出来ているが、昔は、川之江のまちからそんなに距離があるわけではないが、交通が不便であったらしく、今から800年以上前には、壇ノ浦の戦いに向かう道前の安徳天皇がここに隠れておられたという平家伝説のある村でもある。

 実はこの日、この切山の案内を行うロボット“切山侍”の披露式典があって、それに参加をしたのであった。この切山侍ロボットは、新居浜工業高等専門学校の出口助教授と生徒が一緒になって作ったもので、高さ180㎝、モーターで22箇所が動くようになっている。切山の中にある史跡12箇所を8分間にわたり、身振り手振りで語りかける。そして、霧山の歌に合わせて踊る。このロボットの手作り感覚が、また情趣をそそる。

 言わば、この切山は、先に述べた平家伝説、そして江戸時代の民家として国の重要文化財となっている真鍋家住宅等、古い日本を象徴する土地であるが、同時に、時代の最先端部であるロボットを備えた土地にもなったわけである。日本の過去を未来と同時に体験出来る村として、今後の新たな展開を期待したいものだと思う。

 尚、四国は山が多く、数多く山村があるが、その多くは、厳しい過疎に苦しんでいる。切山のように、将来に向かって新しい挑戦をしている地域は稀である。そこで、この地で“四国辺境サミット”開催を提案しておいた。またこの土地から新しい芽が生まれてくることを夢見た次第である。

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4月27日(木) 色々と 大事なことを 語ったよ 原子力から 心のことまで

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 朝8時より、フランス原子力庁のプラデル原子力開発局長、レデルマン次長を今後の日仏原子力協力に関するの意見交換会。フランスは、今の原油高という追い風の中で、新型原子炉開発と核燃料サイクルの確立に向けて、精力的に作業を進めている印象であった。そして、日本を含む世界各国と様々な協力関係を築くために、交渉を進めているとのことであった。

 エネルギー問題は、国家にとって基幹問題の1つである。特に日本の場合は、石油・石炭・天然ガス等、ほとんど産出しておらず、エネルギー源のほとんどを海外に依存している現状である。それだけに、原子力の問題は、安全確保が大前提であるが、更に技術開発を促進し、少しでもエネルギーの自立が促進出来るように、私も努力してゆきたいと考えている。

 それから、幾つかの部会に出席後、住友林業を訪問。林業経営の問題、そして、新居浜における住友の人物顕彰問題等について、意見交換を行う。

 午後は、清和政策研究会総会、部会、来客応対、雑務処理等。

 この日の夕刻は、「素心・師友会」設立総会後のパーティーであった。これは、安岡正篤先生の教えを受けられた方々が中心となって、精神面の荒廃の進む日本社会に対して、共に学び、共に何らかの働きかけをしてゆこうと設立された会であった。私も、挨拶の機会を頂いたので、次のように申し上げた。“善なる生き方を強く求めていない人は、利害だけで簡単に結びついて、徒党を組むが、善人は、心がきちんと響き合わなければ、結び合わない。だから、善人の運動がなかなか進まない。前人同士の心が響くためには、素心が大切である。これから素心を大切にする人が集い、日本のために働いて頂きたい“とお願いをしておいた。

 日本の基本問題に思いを巡らせた1日であった。

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4月19日(水) 経済の 心臓部なる 証券の 現場に思う It's Important!

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 午前中は執筆、雑務処理等。

 正午より、清和研幹事会。
 
 午後は、衆議院財務金融委員会の視察であった。これから委員会で証券取引法改正案等が審議されるのを前にして、証券業界の現状、そして関係者の意見聴取のためであった。

 まず訪れたのが、東京証券取引所。ここは、ニューヨーク、ロンドンと並んで世界の三大証券取引所と言われているが、昨年末以来、色々なトラブルが生じている。その改善がいかに行われているかについて説明を受ける。また、ここでは、昨年暮れのみずほ証券の誤発注問題への対策として、いかにチェックを行っているかについて、問題部署も見せて頂いた。

 続いて訪れたのが、ジャスダック証券取引所である。ベンチャー企業の育成を目的として設立された取引所であるが、聞いてみると、この取引所に国会議員が訪れたのは、今回が初めてのとのこと。この証券取引所に企業が上場を果たした時に鳴らす鐘を、私が委員会を代表して鳴らさせて頂いた。現在、取扱量が急伸しているとのこと。ここでも、トラブル防止策をお聞かせ頂き、その対応をしている部署の視察を行う。

 最後に訪れたのが、野村證券である。今度は、証券会社サイドからのお話をお聞かせ頂く。そして、ディーリングルームを見せて頂いたが、広大な部屋でディーラーたちが世界と国内証券会社を相手にコンピューター端末等を前に仕事をしている様子に、今の証券取引が、コンピューターに依存して行われている様子がよく分かった。
 以上がこの日の視察内容であった。株価が上昇している中での視察で、全体的には活気にあふれ、明るい印象であった。

 これから法案審議。金融は日本経済の心臓部であり、この視察を生かした有意義な審議を期待したいものである。

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4月15日(土) 石碑の回りに きれいな花を 植えし人あり あぁこれこそが 志の道なんだと思う

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 この日は、午後から「志の道を歩く会」。
 
 この山村では、この時期がちょうど桜の花が満開となり、路傍に様々な花が咲き誇る季節である。その美しい自然の中で、先人の思いを胸に響かせつつ、人生を見つめ直そうという趣向の会であった。合わせて、ヤング・リーフ・ハウスで、地元のOAK・TREEフォレストも開催することとした。
 
 新居浜シルバー人材センターと宇摩史談会の皆さんが、この「志の道を歩く会」を研修と位置づけて駆けつけて下さった。お陰で、総勢40名余の歩く会となった。天候は、春雨と呼ぶには少し雨粒の大きな天候であったが、周囲の山々に、たなびく雲がかかり、この地の幽玄さを更に引き立てていた。嵐の日々を乗り越えて人生を生きてきた先人の心を偲ぶには、むしろこんな天気の方が好ましいと思った次第である。

 約1時間半かけて石碑を訪ね歩き、それからヤング・リーフ・ハウスへ。そこで人生と社会を語り合って、夕刻5時頃に行事を終了。後で参加者にお礼の電話を入れると、みんな喜んで下さっていた。心の時代がやってくると言われて時久しいが、今、まさにそんな時代になってきていることを肌に感じた次第である。

 それにしても、嬉しかったのは、各々の石碑の回りに、この地域の皆さんによって、美しい花を植えて下さっていたことである。パンジーにひな菊、スミレ、水仙等、その花の美しさは勿論であるが、その心遣いに、参加された方々も心打たれていた様子であった。そして私は、この「志の道」は、確かにこの花を植えて下さっている方々をはじめとして、色々な方々の心に少しずつ影響を及ぼし始めていることを感じたのであった。そして、自然と人と時の流れが響き合う「心のふるさと」をこの地に作りたいという願いが、段々と現実になってきていることを感じたのであった。

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4月10日(月) 花吹雪 京都のまちに 敷島の 大和心を 問いかけてたよ

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 朝8時から新幹線のぞみで京都へ向かう。実はこの日、京都で3つの用件があった。1つは、世界的に著名な人文学研究機関である「国際日本文化研究センター」の視察と意見交換である。少し前に国立系の人文系研究機関が統合的に運用される形になった後、どんな問題が生まれているのか、更に、今後の展望はどんなものを持っているのか等、実態を見てみたいと考えて訪れたものである。片倉所長はじめ、役員皆さんと率直な懇談を行い、施設を見せて頂く。

 それから2つ目には、托鉢修行を旨とする「一燈園」の経営する学校の視察であった。ここは、幼稚園から小・中・高まで経営しているが、幼稚園を除くと、各学年に生徒が10名くらいしかいないが、ただひたすら一燈園創始者の西田天香氏の思想を継承する人間の育成ということを掲げて、教育活動にあたっている学校である。勿論、学校単独で経営が成り立つはずがなく、どのように経営がなされているのか、建学の精神を守るためにどんな取り組みを行っているのか等について、学ばせて頂いた次第である。

 最後には、先日開催した“第1回 日本を変えたすごい人サミット”の反省と今後の取り組みを語り合う実行委員会である。大旨、高い評価であったが、同時に見直すべき点もいくつか指摘され、今後1年間、更に試行錯誤をしつつ、地歩を固めてゆくことで合意した。

 そして、午後8時半頃、京都駅発ののぞみで上京。終日、京都の地で色々なものを見、様々なことを語り、そして、あれこれと考えさせられた1日であった。やはり、自らが問題意識を抱くことは、その現場に飛び込んで当事者と意見交換をしたり、実態視察を行うことが一番である。少し先を展望できるようになり、胸の中の問題が、軽くなった気がした次第である。

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4月6日(木) 激動の 時代の波に 引き裂かる 日本社会と 人の心よ

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 朝8時から、各種会合が党本部で開かれる。環境問題を経済活動との関係でいかに考えるかということをテーマとした環境調査会、竹中総務大臣出席の下で、今後の交付税改革問題を論ずる総務部会。営困難な内航海運の問題を取り上げた海運・造船対策特別委員会等である。
 
その後、実は急な事ではあったが、私の選挙区内の県議会議員が集まるので愛媛に戻って欲しいとの事。3月末で地元事務所を一時閉鎖したことについての説明をして欲しいとの事であったので、急遽戻ることに決めて、羽田空港から空路松山へ。午後1時から話し合い。内々の会のことなので、その会の内容には触れないが、皆さんと私の間で、政治活動や選挙に対する基本的な考え方にかなりのギャップがあることを痛感する。これは、今、政治の世界も大きく変化しつつあるところであり、次の時代展望がハッキリと見えてくるまでは、考え方が様々となる諸子百家状態になることはやむを得ないことだと考える。
 
当初思ったよりも早く会合が終了したので、自民党県議控室や県庁内で少し意見交換をした後、新年度が始まったばかりの松山大学を訪れ、学長等と大学教育を巡る意見交換。大学も、今は激しい競争の中でいかに生き残るかを賭けて、懸命に努力している様子を肌に感じた。ここでも、改革を現実のものとすることの困難さを訴えられた。
 
その後、飛行機で再び上京。

この1日を振り返ると、まさに難題山積難行苦行である。色々なところに変革が求められつつも、これまでの慣行や常識との葛藤の中で、多くの人が苦しんでおられる様子である。ならば、私も苦労するのは当然だな、などと妙に納得した次第。

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4月1日(土) 普段とは 一味違う 新年度 春の嵐と 花のしぶとさ

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 平成18年度、新年度が始まる。

 本来ならば、希望と共にこの新たな1日を迎えるところであるが、胸は重い。それは、新居浜に置いてある地元事務所の職員が辞め、この日から一ヶ月余、事務所を閉鎖することにしたからであった。

 この判断は、時代が変わり、政治も変化しなくてはならない時に、地元事務所のあり方も、根本的に変わらなくてはならないのではないかという考えに基づくものであった。ここで慌てて替わりの人を入れて、俄づくりの事務所で体裁だけを繕うよりも、一ヶ月余の間、事務所を閉じることで、事務所のなすべきこと、そして体制を、ゼロから見直すことにしようと考えたのであった。

 これには厳しい批判があった。身近なところからの批判は、正直こたえるものがあった。しかし、政治の仕事とは、公のために何が良いかで判断すべきものであり、その判断sされが誤りであり、それで私が政治家として不適格と判断するならば、次回選挙で別の人を選んで頂いたらいいとの覚悟の下で取り組んでいるのであるから、批判があるからといって方針変更をすることはない。

 午前中、辞職した2人の職員と仕事の引き継ぎを巡っての話し合いを持つ。午後には東京事務所の田丸秘書がやって来て、事務所内の書類等を確認し、今後のことを打ち合わせる。

 夜は、自動車整備振興会東予支部政経懇話会で1時間余りの講演。そして、新居浜で開発した黒米酒のお披露目会。普段通りに、坦々と仕事をこなしてゆく。

 事務所閉鎖と目の前では大騒ぎであるが、心を騒がせさえしなければ、何も変わることがあるわけではない。天地自然の営みから見れば、そんなことは何も変化が無いのと同じ。捉われ心を離れ、大局に生きる気持ちで進もうと思う。

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