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June 25, 2006

方谷の ふるさと訪ね墓参り また論じたよ 先師の思想

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6月25日(日)
 この前日は、岡山市で、岡山備前方谷会主催の山田方谷先生に関する講演会・シンポジウムであった。約180名の方々が参加をして下さった。講演後の反響も、とても大きなものがあった。

 そして、今日は、山田方谷先生の故郷、備中松山藩、つまり、高梁市での会合である。実はこの高梁市では、一昨年に生誕200年のプレ行事として、シンポジウムを開催した。そして昨年も、“雲中の飛竜・方谷先生の思いをかたちに”と題したフォーラムを開催した。今日で、3度目である。ならば、方谷先生の人生がいかなるものであったかといったことを学ぶ段階ではなく、いよいよ高梁市の市民皆さんが、方谷先生の思いを胸の中に抱き、具体的行動を起こす段階に至ったという気持ちがしたのであった。

 そこで、今回は、多くの人を集めるのではなくて、これから何らかの活動を起こしてゆきたいと考えている指導的な人たちに集まって頂きたいとお願いをした。その結果集まって下さったのが約70名であった。そしてこの人たちに対して、約1時間半、私から、まち作りの為に方谷先生の思想をどう応用すべきかということについて、お話しをさせて頂いた次第である。

 その後、一旦休憩。参加者に考える時間を与えるためであった。その間に、方谷先生の墓前にお参りをし、それから、晩年を過ごされた大佐町に作られた山田方谷記念館を訪問。丁度ここに集まっておられた方谷会の皆さんとも意見交換。その途中には、地域で意欲的に陶芸作品を作っておられる方のところもお訪ねした。
 そして、午後5時にその会合を再開。参加者から発表をして頂くという前触れに恐れをなしたか、今度は参加者約20名。しかし、20名もいれば、十分に町作りは出来る。色々な案を持ち寄って頂いて、運動の基礎を固める。その後、懇親会に少し顔を出して地元へ。

 夜10時半、自宅へ戻る。この日、頭の中は山田方谷先生一色であった。

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