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10月31日(火) 表面は 協力色々 あるけれど 出来れば 根ッコの交流願う

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 お昼の時間、ドイツから教育研究大臣が来日しているから、昼食を摂りながらの意見交換会をしたいと、ドイツ大使館からのご案内。教育分野も研究開発分野も、私自身の関心事であるので、出席。ドイツからは、大臣他国会議員が4名と、大使を含んだ大使館員が参加していた。日本側は、私以外は、大島理森・元文相、広中和歌子・元環境庁長官、鳩山由紀夫・民主党幹事長であった。

 大臣側が切り出した話題は、科学技術における協力を日独両国間でいかに行うかという点であったが、今は丁度、教育基本法が国会で議論されている時であり、いつしか話題は日本とドイツの教育の現状と課題に移った次第である。

 私は最後は、例によってイラ短と音楽。大臣のイラ短をその場で描いてプレゼントし、音楽は“敦煌心の旅路”のCDをプレゼントをした。外交は理で始まり、情で大きく広がる。言葉を使わずに共感を生み出すにはどうしたらいいかという点を、もっと研究してみたいものだと思う。

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10月30日(月) この世には 人それぞれの 花がある 自分の花を 咲かすが人生

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 午後1時から、国会議員会館の大会議室で、“人権の街づくり対策基本法並びに人権救済法の早期制定をもとめる第34回愛媛中央集会”の開催。出席してご挨拶を申し上げる。出席者は、愛媛県各地より約100名。

 私の挨拶は、「志の道」における松下幸之助氏の言葉をご紹介して、“どんな人にも、生きるべき価値のない人生はなく、生きるべき意味のない人生はない。生きるべき場所のない人生もない”と、私の信念をお話申し上げた次第である。

 この会の後、西条市で議員をしている矢野さんが私の部屋をお訪ね下さったが、この私の考え方に強い賛同をお示し下さった。全ての人に、各々の花がある。スミレの花はスミレの花を思い切り咲かせることだし、ヒマワリの花はヒマワリの花を立派に咲かせるべきである。それがお互いを較べ合って、どちらが上だ下だとやるから、おかしくなってしまう。これは理屈ではない。信じるか信じないかの問題だ。それだけに、感じ取ることの出来ない人に百万言を語りかけても、この話は分からない。しかし、分かる人には、一言で分かる。この種の問題を、これからの時代の中でどう考えるべきだろうか。

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10月29日(日) 政治とは 人と時代の サンドイッチ 変化の時代は 容易じゃないよ

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 正午より、地元のホテル・ユニバースで、自由民主党愛媛県東予東部地域の自民党青年局女性局合同研修会が開催される。

 私にもショート・スピーチの時間があったので、9月26日に発足した安倍内閣の“美しい国づくり内閣”の基本的な考え方をご紹介する。そして同時に、民俗学者・柳田國男氏の“美しい村というものは最初からそこにあるものではなくて、美しく住もうと努める人がそこに住むと、そこが美しい村となるのだ”という言葉を紹介し、この地域を、私たちの力で日本一美しい地域にするように努力しようと訴えた。

 政治というのは、時代の先を切り拓くことと、時代からこぼれ落ちる部分を拾い上げることが仕事だと前から語ってきた。その中間領域は、サンドウィッチと同じで、両側からしっかりと挟み込んでやることによって、バラバラのものも崩れ落ちずにすむ。しかし、激しく時代が動く時は、時代先行パンと問題捕捉パンの両方をうまくコントロールして、その間に、全ての社会と人を挟み込むことが中々容易じゃないと思う。

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10月28日(土) イラ短の マラソン始めて 一ヶ月 やっぱりこれは 中々のもの

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 この“1日1アイデア・イラ短マラソン”であるが、ここまで約1ヶ月間やってきて、当初予想した通り、中々大変な作業であると思う。10月1日のスタート時点で、“あぁ今日も夕日が沈んでゆく”と叫ぶ走れメロスの心境を描いたが、実際に忙しく日々を過ごしていると、すぐに宿題が山積みとなってしまう。この文章を書いているのが11月14日のことであるから、もう既に半月以上遅れてしまっている計算である。

 しかし、やると決めて走り始めたこのマラソン。途中で簡単にやめるのならば、最初からやらない方がいい。ただ、気付いた点の改善はすべきで、例えば、この文章。折角、イラ短という簡明な表現法を提唱しているのに、それを長文で説明をしては、何をしているのか分からない。11月分からは、もっとアイデアをストレートに表現する短い文章にしようと思う。イラストも、もっとシンプルが良い?

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10月27日(金) ユヌス氏が 唱えしマイクロ クレジット お金は人を 育てるべきもの

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 衆議院財務金融委員会の一般質疑・新しく閣僚となった人たちに対して、金融問題や財政問題、経済問題等について、質疑が行われる。特に、貸金業の高金利問題がマスコミ等に大きく取り上げられている時だけに、この点に関する質問が多かった。

 その議論を聞きながら、今年のノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏のマイクロ・クレジットのことを思い浮かべていた。氏は、バングラディシュでグラミンという銀行を創設した人であるが、貧しい人たちにお金を貸すと共に、金銭・職業教育を行い、その人たちが自らで事業を営み、貧困から脱却することを支援した功績によって、ノーベル賞を受賞したものである。

 お金は、人生を豊かにするためにこそある。ならば、お金が人を滅ぼす道具になったとすれば、間違いだ。一度、このユヌス氏の活動やその理念をきちんと勉強してみたいものだと思った。

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10月26日(木) 若者に 反発心も あるだろう されど伝えん 人間の道

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 国会の直ぐ近くにある二松学舎大学で、就職活動を前にした3年生を対象とした特別講義を行う。テーマは、“夢出せ!知恵出せ!元気出せ!”という恒例のものであったが、今回はこれから3回の連続講義が予定されているので、第1回目として、まず“夢”について、お話をする。参加学生は約100名。
 話の内容は、今の青年たちは、回りの環境や運命といった、自分の外にある力によって人生が決められてゆくと考える傾向が強いが、そうではなくて、自分自身が胸の中に抱く夢によってこそ、人生が動き、形作られてゆくのだというものであった。そして、愛媛県に作っている“志の道”の言葉を紹介して、社会へ出て行く青年たちを激励した。
 精神面の話が中心であり、学生達の表情を見ていると、そんな話に反発を覚えている人も中にはいたが、多くの学生は、私の主張に大旨質問をして頂いたようだ。若者に向かって人生の基本的生き方、考え方を教え伝える事、これが日本社会の基本問題だと思う。

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10月25日(水) 政権が 動き始める このチャンス 宇宙の果てから 日本を包もう

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 夜、JAXAで、久しぶりの“日本大風呂敷クラブ”

 今回は、4名から“宇宙開発の夢”を提案して頂いて、意見交換を行ったのだが、随分自由闊達な意見が出る様になりこの大風呂敷クラブも、一定の成長を遂げていることを実感。

 最後に、私からも一言求められ、申し上げたのが、こんな事であった。「今、安倍政権が誕生し、“美しい国づくり内閣”を掲げて動き始めている。こんな時こそ、チャンスである。“宇宙から発想した美しい国づくり”の提案をしようじゃないか」と。

 参加された方々も、胸にうずきを感じるものがあったのであろう。すぐに賛同して下さり、この取り組みを始めることとなった。宇宙は、無限の広がりである。未知の世界である。それだけに、地上の限定された発想を容易に乗り越え、新しい発想を生み出してくれる。知恵を生み出す母親となる。そんな可能性を胸に抱いたのであった。

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10月24日(火) 何だって 歌にならない ものはない 科学の世界の 歌ってどうだ

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 宇宙誕生の秘密を探るために必要な実験機器として、リニアコライダーという超大型加速器の建設を企画している研究者が、私の事務所をお訪ね下さった。そして、色々とお話をしている内に、この様な大規模プロジェクトには、国民の幅広い理解が必要であり、かつ、このような機会に、国民に科学の啓発を行うことが国民にも極めて大事だという結論に至った。 

 そこで、提案をしたのが、歌である。リニアコライダーという言葉の持つ未知の世界への好奇心、そして、粒子が超高速でぶつかり合うところに生まれる新粒子が、男と女の恋によく似ている気がして、若者が口ずさんでもらえる、愛の歌を作ってみようではないかと提案した。そこは、世界最先端の研究者。新しいチャレンジへの好奇心はとても強く、たちまち意気投合。私がまず歌詞を書いてみることになった。 

 こうなると頭の中が、リニア・コライダーに占拠されてしまった。新発想を見い出すために、光速に近い頭脳の回転が求められている。

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10月23日(月) 宇宙とは 無限の知恵の 玉手箱 ふたを開けば アリャ、アインシュタイン

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 宇宙飛行士の土井隆雄君がアメリカから日本に帰省していたので、航空学科の同期生での夕食会。同期生同士の話し合いであるから、とりたてて何かの話をしたというわけではないが、気のおけない仲間の和気あいあいの楽しい時間であった。

 私たちは、人が空を飛び、宇宙に出て行くことによって地表面に生活圏を制限されて長い時間生きてきた人類に、大きな新しい可能性を切り拓くものであると夢見て、大学時代に学んでいた。その当時を思い返しつつ、今の宇宙開発の現状を見ると、いささか夢に乏しくなっている気がしてならない。私たちが学んでいた頃は、アポロ11号の月面着陸の後のことであり、多くの人が、宇宙に夢をもって、知恵を注ぎ、新しい可能性に挑戦しようとしていた頃であったから、多くの夢があった。今、夢が少ないと感じるのは、ある意味で、そのときに夢が出尽くしたのかも知れないとも思う。

 しかし21世紀、新しい夢をそろそろ描き出してみたいものだと話し合ったのであった。

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10月22日(日) 日本に 無きが家族の セレモニー 銅婚式にて 火種点さん

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 午前中、地元事務所に、新居浜市でデザインスタジオを開設して意欲的な活動を展開している曽根輝夫さんに来て頂いて、“銅婚式”についての打ち合わせを行う。

 この銅婚式というのは、一般的に結婚7年(一説には10年)の結婚記念日に行われる式であるが、50年の金婚式と、25年の銀婚式ほどには、有名ではない。しかし、今、日本社会では、家族のあり方を巡って、色々な問題が提起されているところであり、家族ということをもっと多くの人が考え合う機会が必要と、子どもが産まれて家族の形が出来上がるこの時期に、家族揃って、銅にゆかりあるこの地域に来て頂いて、家族の絆を深めて頂く取り組みを考えようと、この銅婚式イベントの企画を始めたのである。

 実質今日からのスタート、そこでとりあえず一度問題整理を行ったのであった。

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10月21日(土) 歴史には 人の数だけ 見方あり 鏡の中の 我が思考法

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 午前中、自民党新居浜支部の役員会。それを終えて、新宮のヤング・リーフ・ハウスへ。四国人間論ゼミである。今回のテーマは「諸葛孔明の人生と思想」。この夏に蜀の都であった成都を訪れ、孔明を祀っている武候祀を訪ねた思い出等も交えながら、お話をさせて頂いた。

 面白かったのは、いつも私からの話の後で、参加者が相互に意見交換を行うのであるが、1つの歴史的事件について、その意味を巡って、参加者から色々な見方が出されたことである。恐らく一定の知識・見識を持つ人であれば、歴史に対して各々に自分の見方というものを持っているのだと思う。

 実は、私たちは、歴史的事実を鏡として、そこに自分自身の知識ストックに基づいて、自分自身の発想法を見ているのだろう。良く“歴史は鏡”といわれるが、まぁこんな意味だったかと、合点がいった次第。

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10月20日(金) 地元とは 金帰日来 その車中こそ 我が書斎なり またベッドなり

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 私の東京と地元との往復は、金帰日来が通常パターンである。つまり、金曜日の夜に地元へ戻り、日曜日は、また夜東京に戻るという生活である。そして、私の地元である新居浜市というのは、飛行機を使うと、松山空港、高知空港、高松空港から各々1時間15分から1時間半くらいかかる土地であって、JRの新幹線と在来線特急を使うのに較べて、1時間くらい違うというに過ぎない。秘書に空港まで送り迎えさせるのも、無駄なことだし、何よりも、列車の中で、片道5時間の時間が生まれるのがありがたくて、私はもっぱらJRでの往復である。そうすると、1ヶ月に4往復で、5時間×8=40時間が列車車中に生まれるのである。

 そこで、列車車中は、私の書斎となる。また時に、仮眠所ともなる。この日は15:50東京駅発ののぞみでの帰省であったが、もっぱら四国人間論ゼミの準備と別子山地域のアイデア作りを行う書斎であった。

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10月19日(木) ラガーマン 18年の信念は 祖国発展 政清人和

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 昼に清和政策研究会総会。会場入り口にいるマスコミの数が、普段の3倍くらいいる。永田町では、何かが起こるときに、こんな光景が生まれる。この日は、長い間、清和政策研究会の会長を務めてこられた、森喜朗・元総理が、かねてから予告していた通り、会長を辞任する発表を行う会合であった。そして、自分の後継者として、町村信孝・元外相を指名した。これで、森派は町村派となるわけであるが、国民の政治意識が大きく変化している中で、政策集団も中々運営が大変であると思う。

 森会長は、辞任表明のお話の中で、これまでの歩みを振り返っておられた。事務総長に就任して以来、18年間、総理大臣在任中の1年間は役職を離れておられたが、一貫して、この清和研の育成に力を注いでこられた。政治には変化も必要であるが、同時にオーバーシュートしない安定感も必要である。政策集団は、そのスタビライザーとしての大きな役割を果たしてきたと私は考えている。お話を聞きつつ、この日本の国の発展と政清人和の政治実現が、森会長の信念であったと感じた。

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10月18日(水) ライフワークの 文明求めて 3000里 あぁ夢はるか 母はいずこに

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 午後2時から、新世紀文明国会議員懇談会。今回は、11月に韓国ソウルで開催される“新世紀文明国際シンポジウム”で行われる研究発表の概要説明であった。

 有馬朗人先生、川勝平太先生はじめこれまで3年間にわたった文明研究プロジェクトで主査を務められた先生方が揃って、お話をして頂いた。一方、議連側も、森元総理、町村元外相、福田元官房長官等、多忙を極めている方々がお集まり下さった。

 この文明研究は、恐らく私にとってのライフワークとなるものだと考えている。是非、日本の伝統精神・思想を活かして、世界中の人々に幸福と平和をもたらしてゆきたいと考えている。しかし、そのに較べて、現実の厳しきこと等、折角おまとめ頂いた論文に目を通す時間もない環境の下で、ああ夢はるかと嘆息したのであった。

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10月17日(火) 中東は 多次元矛盾の 集積地 天才なりとも 解に至らじ

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 日本財団ビルで、虎ノ門DOJOという勉強会が開かれ、それに参加。テーマは、“イスラエルから見た中東情勢”元イスラエル大使の茂田宏氏の講演であった。

 そのお話をお聞きして、改めて中東問題の困難さを思い知らされた。そして同時に、国際社会は、正義を判断のモノサシとし、利害調整を委協への呼び水としながら、この地域の和平を何とか実現しようとこれまで努力をしてきたが、果たして、このやり方で解決できるのだろうかと思った。

 正義は、双方に各々の正義がある。一方が正しくて、もう一方が間違っていると、双方が同じ考えになれるならば、問題は、とっくに解決しているはずだ。また利害というのも、単純ではない。イスラエル、パレスチナの国・地域の各々の内部にも、複雑な利害関係を抱えている。一本のモノサシでとても測り切れるものではない。

 この話を聞きながら、川勝平太先生が、21世紀には、真→善→美の順ではなく、逆に日本的な美に始まり善を問いかけ真理に至るという道順の文明が大切でないかと、著書に書いてあったことを思い出した次第である。

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10月16日(月) 隣国と なればぶつかる こともある されど空気に 境目はなし

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 この日の昼、ホテルオータニで、“日中関係を発展させる議員の会”が開かれ、参加する。

 中国から、王家瑞中国共産党中央対外連絡部長を始めとする約20名の方々が来日された。今後の日中関係、日中経済協力について、様々な話し合いが行われたのだが、この“議員の会”も、そのセレモニーの1つであった。全体的に言えば、安倍総理が就任後初の訪問国に中国を選び、首脳会談を行った直後の事でもあり、双方共に、和気の満ちる会であった。

 その会での両国のやりとりを聞きながら、私は、日本と中国とは、考え方の違いや体制の違いもあるけれど、全体的に見れば、よく似通った民族性を持つ国なのだと再確認をした。そこで、2年前に作詞・作曲したCDを、訪日団の方々にプレゼントをした。今、心の面で共感し合う交流が、最も大切なことだと考えたからであった。

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10月15日(日) 書に曰く “理屈はいつも死んでいる” 頭をゴツンと 撃たれた気分

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 この日は、午前中、地元行事や事務所内の仕事を行った後、午後12時20分の新居浜駅発JR特急で上京。
 私は、東京と地元の往復に、よくJRを使う。それは、JRを使ってもこの間が5時間余りで、飛行機を使っても、空港から地元へ戻る時間を考えると、それほど時間が短縮出来ないことに加えて、JR車中の方が落ち着いて執筆をしたり、色々な企画作りを行うことができるからである。

 この日は、車中で本を二冊読んだ。その一冊がユニチャーム会長の高原慶一朗氏の“理屈はいつも死んでいる”という本であった。頭の良い人は机の前ですぐ理屈だけで物事を考えるが、多くの問題は現実の中にあると共に、その解決の鍵も、現実の中に隠されているのだから、常に現実を尊重してゆかねばならないと主張している本であった。そして、高原会長が、これまでの長い経営者の経験の中で学んできたことをとても分かりやすく書いてあった。私はこの本を読みながら頭をゴツンと叩かれた気がしたのであった。

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10月14日(土) 文化とは 地球社会の 太陽だ 心暖ため 地球を育む

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 松山市にある聖カタリナ大学で公開講座が開催され、私がその記念講演を行う。テーマは“文化は地球社会の太陽”であった。聴講は、大学生だけでなく、一般の参加者も含め、約100名。

 文化は、自分自身の心を暖かくし、同時に回りにも、その熱を伝えてゆくものということかくの類推で、“文化は太陽”というタイトルとしたものであった。ならば、文化の講演も、ただ整然とした理論を坦々と語っても仕方がない。文化を論じること自身も文化活動なのであるから、聴衆の皆さんの心を温かくするお話をしたいと思い、講演の中で歌を歌ったり、このイラ短を活用したりという形で、様々なパフォーマンスを通して、文化を体感して頂く講演を行った次第である。これまでの日本社会は経済成長を中心として形成されてきた社会であった。その中で、“モノで栄えて心で滅びる”という問題も、数多く生まれてきている。そろそろ、文化活動も活発にし、心豊かに、他国からも尊敬を受ける国づくりを進めてゆくことが大切ではないかと考えた次第である。

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10月13日(金) 釈迦言へり 山川草木 皆仏なり 日本の山は 皆ホットケだって?

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 この日は、地元から、林業と木材加工を業としている近藤さんが上京され、私の事務所をお訪ね下さった。用件は、今、日本の山が荒れてしまっていて、このままでは、林業のみならず、この国自身の将来が心配だという訴えであった。

 この十年余、木材価値が著しく安くなっている。その値段では、間伐をしても、その木材を運び出すお金さえ出ないので、そのまま放置してしまい、豪雨の時にそれが流れ出して、下流域の被害を大きくしているという現実もある。放置林が日本各地に広がっている状況である。

 日本の国では、昔から、山川草木自然の全てが仏であるという教えがあった。だから、この世の中の生きとし生ける全てのものを尊び大切にしてゆかねばならないと教えられてきたのである。その仏である山が、今やホットケ(放っておけ)になってしまっている。昨日は、日本は海をもっと活用する知恵を出さねばと、このイラ短に書いたが、今日は、山をもっと活用する知恵を出してゆかねばと考えた。皆さんに良い知恵はないだろうか。

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10月12日(木) 日本の 海は広いな 大きいな ふと思ったのが 塾主の言葉

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 朝8時から、永田町にあるホテルで、海事振興議員連盟の総会。海の仕事に関係する諸団体からの現状報告と問題点指摘をお聞きした後、国会議員との意見交換。私からは、日本人船員不足の問題も、海運問題への国民の関心の薄さも、日本全体として、海の活用への関心が薄らいでいることが原因ではないかと指摘をしておいた。

 考えてみれば、日本は資源の少ない国とよくいわれるが、海の広さは別である。領海の面積にしろ、排他的経済水域の面積にしろ、世界有数の海洋国である。この自然資源を活用しない手はない。色々な人が、様々な知恵を使って、これからもっと高度活用する方法を考え出すべきである。

 その時、ふと松下幸之助・政経塾主のお話を思い出した。塾主はある時、“君ナ、一万円を持っていたとして、私達がそれをどうして使うことが出来るか分かるか?”と私たちに質問をされたことがあった。その答えは、まず私達が一万円を持っていることをきちんと知っていること、そして、第2にそれを何に使うべきかが分かっていることというものであった。いかがだろうか。

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10月11日(水) 乱世は 人間自身の 力こそ 世に事を成す 原動力だ

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 午後、人間学図書の出版で有名な致知出版社を訪れる。

 用件は、これから人間学図書を多くの人に買って頂けるように、インターネットを使って、その販売システムを組み上げてみようじゃないかという提案を詰めるためであった。聞いてみると、この頃は、話題になった本だけが数多く売れるけれども、その他は、いくら良い本であっても殆ど売れないのだそうだ。しかし、ニーズが無いというわけじゃない。私たちの回りにも、人間としての生き方に悩み迷い、教えを求める人たちは多くいる。要するに、今の書籍流通システムでは、このニーズに対して、的確に本の情報提供や販売が出来ていないということであり、ここに、インターネットで両者を結びつける仕組みを作ろうじゃないかと提案をしたのであった。

 社会のことは結局は全て人の問題である。人が力を持っていて初めて、困難な問題も乗り越えられる。今回の話し合いは、その取り組みの第一歩。

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10月10日(火) 文にして 外に形を 描き出し 初めて気付く 我が心かな

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 夕刻から、北朝鮮の核実験批難の決議を採決する本会議が開催されるが、それまでは、余り行事や会合が無かったので、もっぱら執筆。翌日朝の東京OAK・TREEフォレストの資料作成やOAK・TREE11月号の原稿執筆。それから、これからの会合の企画や準備・書類整理等である。

 私は、自分ながら、毎日、随分多くの文章を書いていると思う。それは、他の人に発表をして、それを読んでもらいたいということだけではなく、自分で文章を書くためには、一度頭の中を整理しておかないと、すぐに論理矛盾や考えの至らない点が生まれてくるため、むしろ、自分の頭の中を整理するために書いているといった方が正確だと思う。人の心の中を心の闇などとよく言われるが、それは往々にして、自分自身でも覗くことの出来ない闇。そこに光を当てんとして、書き続けている気持ちである。

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10月9日(月) 核めぐる 北朝鮮の 火遊びに グラグラ揺れる パワーバランス

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 昨晩東京へ戻り、この日は休日なので、一日宿舎で積み上がった仕事の処理。昼のNHKニュースを見ていると、何と、北朝鮮が核実験を強行したとの観測報道が行われていた。

 近日にも行うのではないかとの予想があったので、特に驚きはしなかったが、よりによって、安倍総理が韓国を訪れる日にこの実験をぶつけてくるとは、北朝鮮は何とも乱暴な国だと改めて思う。そして、この火遊びによって、少し前のミサイル発射実験と合わせ、北朝鮮が国際社会にとって極めて危険な国との印象が強まり、北東アジアが、一気に不安定化する可能性もある。

 考えてみれば、力が均衡し合うことで、本格的な武力衝突が起こりにくくなり平和が保たれるというパワーバランス理論というのも、こんなことで不安定になるとすれば、頼りない理論と言わざるを得ない。もっと人間の本質に適い、調和的な平和理論は生み出せないものだろうかと考える。

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10月8日(日) 運動会 老若楽しむ 姿あり 地域作りも まず笑顔だね

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 朝から、様々なスポーツ行事。まず新居浜市民体育祭の開会式(顔出しのみ)。でそれから、四国中央市に行き、川之江の障害者団体運動会、そして、山里の中の新宮町民運動会。

 いつも思うことであるが、運動会に行くと、競技に参加している人たちだけでなく、見ている人たちの顔も、とても素晴らしい。余程のトラブルでもない限り、怒っている人はいなくて、みんなが笑顔で声援を送っている。

 ある人の本の中に、人と人がチームワークを組んで困難に立ち向かうには、まず最初に楽しいこと、うれしいことを通して、心を通わせ合っておくことが大切であると書かれていたのを思い出した。

 厳しいこと辛いことよりも、先に笑顔。これが人間社会の知恵なのかも知れない。秋の日差しの中で楽しく運動会が進行する様子を見ながら、こんな事を考えていた。

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10月7日(土) 様々な 姿見せたる ロボット君 そろそろ出でよ パートナーとして

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 地元で「ロボット産業育成フォーラム」を開催。約100名の方々が集まって下さる。講師は、今年ドイツで行われたロボカップサッカー大会の優勝チーム監督も務められた大和信夫・ヴィストン社長。パワーポイントを活用して、ロボットの現状と今後の可能性について、とても分かりやすいお話を頂いて、更に、休憩時間中には、お持ち頂いたロボットの実演までして頂いた。

 それから、ロボット関係者のパネルディスカッションと、その後の懇親会。終日をロボット問題で過ごした日であった。

 もうすぐロボットは、人々の生活の中に入ってくるだろう。その時に必要なのは、技術だけでなく、取り巻く社会環境の整備やロボットを受容する思想も必要である。今回のフォーラムを通して、改めて大きく全体像を描き出す努力の必要性を痛感!

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10月6日(金) 三連休 列車車中の 人いきれ あぁこの国に 思い満つれり

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 この日は、依頼文章やOAK・TREE原稿の執筆・修正、書類整理、雑務処理等を行い、15:50東京駅発のJRのぞみで地元へ戻る。

 その列車車中、指定席が全て満席だとのアナウンスが流れる。考えてみれば、来週月曜日が体育の日で祝日ということで、3連休であった。毎日慌ただしく生活していると、日曜も休日も何もなくなっているので、世間の休日がすっかり分からなくなってしまっているということである。

 改めて、満席の列車車中を眺めていると、色々な人がいる。それらの人が、各々に仕事や用件を持ち、また遊びに行き人に会うという楽しみを話しながら、列車で移動している。とすると、この車中で、人が動いているという形で、実は、人の心が動いているということになる。この国の問題を考えるにあたり、この心をもっと探ってみたいものだと、ふと考えた。

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10月5日(木) 多元的 文明社会を 論じつつ 胸に浮かぶは 広瀬淡窓

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 新世紀文明国会議員懇談会を開催。この日は、この11月に開催を予定している、日・中・韓新世紀文明国際シンポジウムに先立って、その説明会であった。

 私から、これまでの経緯や基本的な考え方をお話させて頂いた後、未来工学研究所の稗田さんから、これまで3年間継続してきた文明研究の概要をお話し頂いて、それから参加されたメンバー間での意見交換であった。
 現代地球社会の混迷を乗り越えて新時代を切り拓くための文明研究であるとの主旨に、多くの方々からご賛同して頂いたと思う。

 この会の中で、ふと頭に浮かんだ短歌があった。それは、大分・日田の教育者・広瀬淡窓が作ったものである。
 『鋭きも 鈍きもともに 捨てがたし キリとナタとに 使い分けなば』
というものである。

 交通通信手段の進歩の中で、段々と小さくなってゆく地球社会。その中で、多元的文明を調和させてゆくには、こんな使い分けの思想が必要だな…とそんなことを考えた次第である。

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10月4日(水) 日本は 海と山との 国なれば これらをもっと 活かす知恵出せ

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 午前11時より、虎ノ門パストラルで、“水産基本政策の確立を求める全国漁民大会”。今、漁家が、石油高騰、漁獲高低迷に苦しみ、経営悪化の中にその存続すら危惧されるとして開かれた大会である。全国から約1000名の皆さんが集まり、問題をアピールし、決議を採択した。 

 そこに臨席しつつ、我が胸を去来した思いは、漁業がその中に知恵を練り込んだ産業になっているのだろうかということであった。日本は、国土の70%が山であり、その国土の回りは全て海である。言うならば、山と海の国と言っていい。しかし、国民総生産(GDP)の殆どが、限られた平野部で生み出されているという現状は、発想を切り替えて、創意工夫をこらすことで、山と海を資源として大きく活用することで、変革してゆけるはずではないか。

 今後、私も、この視点で問題を見つめ、打開策を打ち出してみたいと思う。

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10月3日(火) イノベーション イノベーションと 言の葉の舞う 確かな一歩は 政治改革

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 この日も、衆議院の代表質問。公明党、共産党、社民党から3名が質問を行う。

 安倍総理の発言を聞いていると、イノベーションという言葉がよく出てくる。革新とか変革という意味の言葉である。この言葉を経済学の立場でよく使ったのが、少し前に亡くなったP・F・ドラッカーである。彼は、技術のイノベーションだけでなく、経営システムや社会全体のイノベーションが、社会進化の中で必要であると主張した人である。

 ならば、政治がイノベーションを唱えるということは、とりも直さず政治自身の革新もその中に入れられていなくてはならないはず。言い替えれば、政治・行政システムの革新と技術面のブレークスルーの両面を推進して、そこから社会全体のイノベーションを導き出すのだと考えるべきだと思うが、いかがであろうか。

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10月2日(月) 美しい 国をつくると いうことは まず永田町から きれいにしよう

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 安倍政権発足後初の代表質問が、衆議院本会議場で行われる。民主党からは、鳩山由紀夫幹事長と松本剛明政調会長、そして、自民党からは中川秀直幹事長が質問に立つ。質問内容は、教育改革、経済成長戦略、歴史観、東アジア外交、自立支援法、高齢者問題、再チャレンジ政策等、多岐に亘ったが、その背景に流れていたのは、“美しい国づくり”の思想がいかなるものであるかということであった。これは、安倍総理自身が自らの内閣を“美しい国づくり内閣”と命名した趣旨を質問の中で問いかけたものである。

 ふと思う。これから美しい日本の国作りを進めてゆくのならば、まず足下から正せと言うではないか、ならば総理官邸や国会等があるこの永田町自身が、美しい場所になることが、第一歩ではないか。風景も、雰囲気も、議員の心も、美しい永田町になれば、日本の国全体が美しくなる。そんな気がした次第である。

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10月1日(日) 一日に 一アイデアの イラ短を 描く決意は “走れメロス”だ

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 「1日1アイディア・イラ短マラソン」のスタート。

 私はこれから毎日、頭に思い浮かんだアイデアを、イラ短として表現してゆくことを決意した。年中休み無く走り続けるという意味で、マラソンという名を付けた。1年365日、1回も欠かすことなくアイデアをイラ短作品にして発表し続けることが出来れば、年間マラソンの完走賞である。

 その決意は、太宰治の“走れメロス”である。王との約束、そして友人の生命を守るために、幾多の困難を乗り越えて走り続けて、夕日が正に沈まんとする瞬間に、約束の刑場に走り込んだメロス!途中で幾度、走ることを諦めようと心の中で葛藤を繰り返したことか。しかし、その誘惑に負けずに走り抜いたメロスの心を、今、私の心としよう。

 今、時代は、そして日本社会は、新たな発想を求めている。その発想のイラ短を発表し続ける中に、その格闘の中に、新たに日本の姿が描き出されることを願い、今日この日より走り始める次第である。

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