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12月31日(日) この年も 巡り巡りて 大晦日 天行健なり 明日は新年

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 平成18年の年の暮れ。振り返って、満足半分、後悔半分。功罪相半ばする一年であった。それだけに、多くの壁を前に様々なことを考え続け、行動した一年であったとも言い替えることが出来そうだ。

 ともあれ、人が立ち止まっていても、天は一刻もよどむことなくどんどんと動いていく。そして、明日は、平成18年ではなくて、平成19年となる。新しい年だから、新しい気持ちで始めようと思う。

 中国の詩経の有名な言葉に、“ 天行は健なり、君子以って自彊して息(や)まず”という言葉がある。そのような心境で、この年の境界線を、希望と共に越えてゆきたいと思う。 

 今年1年間有難うございました。そして、来年もよろしくお願いします。

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12月30日(土) 失敗も 残した仕事も 多くある されど同時に 我をほめたし

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 平成18年も残り2日。ここで、この1年間に成し遂げたこと、そして、やり残したことを整理してみる。
 
 この1年も、多くの夢を抱いて、それと同時に強い覚悟を持って活動をしてきた。しかし、今振り返ると苦い思い出が多かった気がする。また、当初の思いからすると、半分くらいの仕事を積み残してしまった気がする。ただ、全力は尽くしてきたという自負と満足感はある。だから、失敗も残した仕事も含め、これだけ頑張ったのだから仕方が無いなと自分で納得をして、自分を慰めている次第である。

 一年は速い。光陰矢の如しである。甘かったのか苦かったのかさえよく分からない。丁度“しょうが湯”を口に含んだような複雑な気持ちである。

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12月29日(金) 10年の 苦難の中に 苔むして 我が学び舎は 心宿せり

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 この日は、新宮のヤング・リーフ・ハウスへ行く。建物のすすはらい(清掃)と来年度の活動計画作成が目的である。

 この1年間も、この場の四国人間論ゼミを、1度も欠かさず開催をしてきた。また、OAK・TREE誌250号記念の全国OAK・TREE大会開催時に、鍵山秀三郎先生にお越し頂いて、入り口の石碑の除幕式を行わせて頂いた。少しずつではあるが、この地に段々と多くの人の暖かい心が宿り始めている気がする。

 いよいよ来年は、ヤング・リーフ・ハウス開設10周年である。“10年偉大なり”とよく言われる。困難なことも多かったけれど、何とか10年間の風雪に耐えて、この建物は歩み続けてきた。そう思うと、この月日がとても愛おしいものだった気持ちになってきたのである。

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12月28日(木) この年も 書類の海に 生きてきた 心もとなき 我が仕事かな

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 終日、自宅で書類整理。1年間忙しく過ごしていると、もう大変な書類の山である。年末までに時間を見つけては、段々と片付けてゆかなくてはならないと思う。

 しかし、書類は、目に見えるものなので、蓄積したものが形としてよく分かるが、ならば私自身のこの1年間はどうだったであろうかと思う。1年間、全力投球を続けてきた。日本各地を走り回り、多くの人に話をし、勇気づけてきた。執筆も、毎月のOAK・TREE誌をはじめとして、随分多くの文章を書き残してきた。それで、日本の国はどれくらい変わったのであろうか。私の力で、この国をどれくらい動かすことが出来ただろうか。

 そんなことを考え始めると、何とも心もとない気持ちになってしまったのである。

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12月27日(水) 困難を 乗り越え築く 紙のまち 夢追い人に 道示すまち

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 四国中央市回り。このまちは、今は日本一の紙製品出荷額を誇る市になっている。全世界の紙の1%がこのまちで作られているらしい。

 このまちは、客観的に見て、大規模に紙を生産するのに必ずしも適地ではなかった。狭い平野、少ない水資源、労働力だって十分にあったわけではなかった。しかし、先人が、土地が無いなら土地を作ればよいと、海を埋め立てて広大な工業用地を作り、水が無いなら山の向こうを流れる銅山川から引いてくれば良いと、ダム建設と大規模疎水事業を行い、労働力は、全国各地から集め、原材料は世界中から輸入を行った。

 このまちを見ていると、全ては、少数者の強い意志によって物事は動くのだと思う。このまちの歴史には、夢追い人を勇気づける力があると思う。

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12月26日(火) 間接に 人の話を 聞くならば 世間の声も 霧の摩周湖

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 引き続き、地元回り。色々な方々の声をお聞きしながら回っていると、様々な意見や情報が耳に入ってくる。私たち国会議員が普段、マスコミ上の情報だけを基に判断しがちなことの危うさと頼りなさを痛感。

 しかし、これは、政策の問題だけでなく、事務所運営でも同様のことである。こんな小さな事務所であっても、必ずしも情報が的確にキャッチボールできているわけじゃない。間に人が1人入るだけで、情報は、簡単にフィルターがかかってしまい、片寄った情報となってしまう。

 政治は一種の情報産業である。より正確な情報がやりとりできるように留意してゆかねばならないと思うが、さて…。

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12月25日(月) 日照りにも 大雨にても たくましき 雑草の如き その根強さよ

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 これから地元の挨拶回り。今日が新居浜市、明日が西条市、そして明後日が四国中央市である。昨日一日寝ていたお陰で、体温も37.4度くらいまで下がり、軽度の活動ならば、ほとんど支障なく身体を動かせるようになった。余り無理をしすぎないように注意しつつ、主に企業回りを行う。

 そんな中で、訪問した先々で、色々なご意見をお聞きする。大企業は、いざなぎ景気を越える長期の景気拡大といわれる中で、非常な好業績を上げているが、その一方で、中小企業の皆さんの顔色は余りさえない。売り上げは伸びているが、単価が中々上がらなくて、石油が値上がりしたり、労働コストが高くなる中で、大変な苦労をしている様子。

 これから、格差問題の解決に、大きな力を注いでゆかねばと考えた次第である。

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12月24日(日) 病気とて 考え変えれば 福の神 年末までの 公約達成!

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「終日、嘔吐と下痢でダウン。昨日から体調がおかしかったのだが、今朝になって、熱も39度8分もある。ここに来て、1年間の疲れが一気に吹き出したようで、丁度行事も何も無かったので、一日寝て過ごす。これだけ熱があると、いくら寝ても起きたくならないで寝ていられるのが不思議である。こんな感覚は、久し振りのことである。

 病気は辛いもので、かからなければならない方が良い。しかし、良いことが1つあった。それは、嘔吐と下痢が続いたお陰で、体重が減り、体重が90㎏の壁を一気に突き抜けて、89.6㎏となったことである。この暫くダイエットに努めて、91㎏くらいまでは減っていたが、そこから中々減らずにいたのである。それが、ついに80㎏台へ。
 政は正なり。言ったことを守るのが政治家であるが、中々難物であった体重の公約も年末ギリギリに、病気のおかげで果たすことが出来た。そう思えば、病気も有難いものである。

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12月23日(土) 心から 響き合うこそ 大事なり 日本も我も まっ裸なり

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 終日、韓国議連21世紀委員メンバーと同行して四国内を移動。この日はまず、新宮の「志の道」と「ヤング・リーフ・ハウス」をご案内した後、琴平近くの有名なうどん店で讃岐うどんの昼食。それから金比羅宮に登り、更に坂出港からクルージングで瀬戸大橋を視察。以上で全日程が終わり、高松空港までお見送り。

 真の友好は、お互いの心の響き合いから始まる。それには、見栄えのするところ、都合の良い所ばかりを見せていては駄目だと思う。日本の国の問題点も、また私自身の弱点も、全てを曝け出す気持ちが必要だと思う。今回、かなり率直に私の考えをお話させて頂いた。果たして今回の旅が、日韓関係に何を生み出すのか、興味深く思う。

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12月22日(金) 地方から 日本を見れば これまでと 違う日本が 見えるものかも

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 私は、自民党の政策審議委員を務めている関係で、来年度予算の復活に関する合同会議に出席。大体の目途がついたところで、羽田空港から高知へ。実は、昨日から、韓国の国会議員5名が、四国訪問中であった。

 メンバーは、宋永吉・韓日議連21世紀委員長を代表とする21世紀委員会の超党派メンバー。通常訪日というと、東京、奈良、京都といった場所が多いのだが、今回は、一度、日本の田舎を訪問したいとの要望で、私の足元の四国をご訪問頂くプランを作ったものであった。確かに、地方を訪ねる中で、政治の動向や、経済的利害と関係の無い人たちの暖かい人情に触れることで、日本に対するこれまでと違う思いも生まれるだろうなと思った。

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12月21日(木) ロボットの 面壁九年 進化の中で 人間社会も 共に変化す

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 引き続き今日も予算会合花盛り。様々な会合に忙殺される。そんな中で、TEPIAホールで開かれた「ロボット大賞」の事前見学会に出席。数多くの応募の中から、いくつかの部門賞が設けられていて、今年の大賞は、お掃除ロボットが受賞をしていた。

 展示を見ていると、ロボットがかなり社会のニーズに近づいてきていることを感じた。工場の中からロボットが飛び出して、現実社会や生活の中に入ってくる流れの中で、外見からして、ロボットがソフトな雰囲気を漂わせるものに変わってきている。社会の注目度も高い分野であるだけに、実用に向かっての一歩が各分野で生まれてくれば、今後、どんどんと進化が進んでゆくこととなるだろう。

 これから先、どんな成長を示すこととなるのか、大いなる希望と共に、受賞ロボットを見せて頂いた次第である。

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12月20日(水) 少しだけ 借金減らすと 言うけれど まだ足りないね このダイエット

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 財務省予算内示。各種会合が、朝から夜まで続く。

 今回の予算の特徴は、国債発行額を過去最大の約4兆5400億円減額して、25兆円余にまで引き下げたことである。それにより、基礎的財政収支は、本年度当初予算から約6割減の4兆4332億円となり、2011年度にこの収支を黒字にする計画に大きく一歩近づいた。しかし、この背景は、経済の好調による税収増が約7兆6000億円見込まれたことによるものであって、まだまだ歳出削減努力の手を緩めるわけにはいかない。しかも、現在の国債累積残高が、約550兆円もある。

 再来年度予算のことを語ると、鬼が笑うかも知れないが、ここからがまた出発という気持ちである。

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12月19日(火) 国会の 土俵にやっと 水入りて 年明け勝負に しばしの休息

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 国会閉会日。重要法案成立のために、保険をかけて、4日間会期延長をしたが、無事、先週中に処理を終えていたため、この日は単に形式的閉会手続きを行っただけであった。

 振り返って、約3ヶ月間の臨時国会。安倍政権船出の国会であったが、色々な問題提起がなされた国会でもあった。安倍政権は、戦争と占領時代を引きずり続けた日本政治に決別して、新時代を切り拓く政治を目指している。そこで、国民の心に絡む政治課題にも積極果敢に挑戦してゆこうとしているが、その取り組みに安倍政権自身がどう取り組んでよいか、まだ暗中模索である上に、野党等も、どう対応してよいものか、戸惑いがある。

 ここで水入り、新年からが本格的勝負である。

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12月18日(月) 知財にも 古き時代の 壁がある 風通すため 破壊するべし

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 財務省の予算内示を明後日に控え、段々と予算を巡る会合や説明が多くなってきた。当然、身辺に慌ただしさが増し加わってきている。そんな中で、この日は、弁理士制度推進議連も開催され、今後必要とされる改革課題等について議論を行った。

 世の中は激しく動いている。知的財産権を巡っても、時流は大きく動き、諸制度の妥当性も揺らいできている。そんな変化の中にあって、国民の利便性と経済合理性等を判断基準として、必要な改革を恐れずに押し進めるのが、小泉政権を引き継いだ安倍政権のイノベーション路線である。しかし、既得権益を巡って、目前に峻え立つ壁は高く厚い。この知財分野でも、その壁がある。そんな壁を打ち破り、新しい秩序を作るのが我々の仕事である。これからも心して取り組んでゆきたいと思う。

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12月17日(日) 人間は シンボルありて 生きるなり されば善なる ものと歩まん

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 この日の行事は、この年最後の吟詠大会と、クリスマスを前にしたドリームツリー(巨大なクリスマスツリー)の点灯式。
 
 吟詠とは、主に人生の生き方を短い言葉に託して吟ずるもの。ドリームツリーは、クリスマスを迎える喜びをこのツリーに託するもの。共に、人の心のシンボルというべきものだと私は思う。

 人は、人生を生きる中で、何らかのシンボルを必要とするもののようだ。そして、そのシンボルを見つめながら、自分自身に内在するものを開花させてゆこうとするのが人生。

 ならば、シンボルは、善きものではなくてはならない。今の時代、逆に悪いものをシンボル化する傾向が強すぎるのではないだろうかとふと思う。

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12月16日(土) フォレストと 人間ゼミの 最後っぺ 今年の言葉 どこへ消えしか

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 午後、ヤングリーフハウスで四国人間論ゼミ。テーマは、「幸せな家庭とは」。これから銅婚式プロジェクトを動かすにあたって、その基本として幸せな家庭像を少しでも明確に描き出してみたいという思いに基づくテーマ設定であった。そして、夕刻からは、地元OAK・TREEフォレスト勉強会、約60名くらい集まって下さる。

 これで、今年の地元における勉強会は終わり。勉強会の仕事納めである。振り返ってこの1年間、随分多くのことを語り、また文章に書き記してきた。それらの言葉は一体どこへ行ったのであろう。少しでも、人々の心の中に残るものがあったであろうか、と少し気にかかった。

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12月15日(金) アレルギー 多くの取り組み 進めども 患者増えゆく この摩訶不思議

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 臨時国会の閉会日。ただ、教育基本法案や防衛庁の省昇格法案が参議院で最終段階であり、不測の事態が起きてはならないとのことで、若干の会期延長を行う本会議が開かれ、閉会日は、19日の火曜日まで延ばされる。

 この日は、ハクション議連も開催。来年度予算と今後の取り組みについて説明を受け、意見交換をした。このハクション議連は、もう活動実績が10年を越える。免疫・アレルギー科学総合研究センターや花粉観測システム立ち上げなど、色々な実績は上げてきたが、ならば、アレルギー症がこの社会から減ってきているかといえば、逆だ。年々患者の増加が報告されている。

 来年は、いよいよ問題解決にメスを入れてゆくぞと、心に決めた次第である。

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12月14日(木) 月面の 一歩と較べりゃ アリの足 されど気概は 宇宙に広がる

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 この日は超多忙。朝から各種部会、そして、私が事務局長を務める環境ビジネス議連。その後、清和研総会、衆議院本会議とあり、それから、二松学舎大学での講義。これは今日が最終講義であった。

 そして、夕刻からは、東京は有楽町マリオン前で、「第1回東京ゆちげ街頭講演会」。多くの方々のご協力の下、約1時間にわたり、12のミニ講演を次々に行う形で展開した。小雨の降る中でのことであり、通行人は少なかったが、これはアポロ11号アームストロング船長の月面への第一歩と同じ。“この一歩は小さな一歩であるが、人類にとっては大きな一歩である。”そんな感慨を胸に抱いた次第である。これからこのゆちげ講演会を全国で行うことにしたいと思う。
 その後、東京OAK・TREEフォレスト忘年会。

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12月13日(水) ロボットに 党大会の 晴れ舞台 党を動かせ 日本を動かせ

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 久し振りにロボット政策推進議員連盟を開催。各省庁から、来年度ロボット関連予算の獲得見込みと、合わせてロボットに関するトピックスを報告して頂いて、参加議員との意見交換。

 ここでいくつもの提案が出された。その1つが、来年開催される自由民主党党大会(1月17日(水))に、安倍政権の掲げるイノベーションをイメージさせるロボットを登場させようということであった。ただ、既に党大会準備員会で、式典内容等は作業が進行しているので、脇役的な部分での登場となるだろう。それでも、自民党に新しい一面を加える事になるだろう。

 ロボット政策推進議連としても、そのお披露目となるの取り組みである。

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12月12日(火) 中間に 人が入れば 入るほど 何が何やら 伝言ゲーム

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 荒川貴雄君が大阪からやってきた。私の事務所で働くことを希望している青年である。来春、大学卒業であり、その前に、大学生を300名くらい集めて、人生の生き方、考え方を研修させる会を開催しようと、今その準備を進めているところである。大学生に対する人間学運動を始める起爆剤となる可能性を持つ青年である。だから率直に話をさせて頂いた。

 私の事務所程度の小さな組織でも、よく誤解が生じる。私自身は非常に明快に方針を示しているつもりでいても、現実の動きが全然別の方向に向かってしまうことがある。それは、間に色々な人が入った場合に多い。各々が思い込みに基づいて判断したものを重ねると、何人か経る内に全然別のものとなる。伝言ゲームと同じである。それだけに、ダイレクトに本質的なことを語り合う気風が、組織には必要だと考えている。

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12月11日(月) 人間が 大空飛べる はずがない そう思うなら それは出来ない

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 夜、全日空の大橋会長にお招き頂いて、少人数の懇談会。これは、大橋会長の故郷が岡山県高梁市であり、幕末期にこの地で活躍された山田方谷先生を経営上の師の1人としておられることから、山田方谷先生に強い関心を持つ人が集まって、語り合おうではないかという趣旨の会であった。人物を中心に、響き合う心を持って語り合う会は、とても楽しい会であった。

 その最期に、私から、先月末以来、日本経団連と相談をしている人間学初級知識検定制度について、その説明をさせて頂いたところ、参加された方々から、建設的なアドバイスを幾つか頂いた。

 この日本の国に、人間としての良識を取り戻す運動などというと、つかみどころがなくて、しかも遠大な目標のようであるが、要するにまずは、この思いを持つ人たちの輪を作る事なのだと気がついた次第である。出来ないと言っていては、今、飛行機が空を飛んでいるはずがないではないか。

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12月10日(日) 通風を 友とし日ぐらし 文筆家 覚悟決めれば それもまたよし

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 この日も、在京で仕事。昨日書類整理でほとんどの時間を使ってしまったという反省があったので、今日は朝から猛烈に執筆。私はよく、筆が速いですねと言われ、どの位の速度で原稿を書くのかと問われる。一度この執筆速度を計算をしてみたが、だいたい400字原稿用紙にすると、その1枚を約10分くらいで書くペースが最も調子が良い様である。そして、この日は、1日で原稿用紙にして30枚以上を書き上げた次第である。

 それから特筆すべきこと1件。今年初めての痛風発作が、昨日夕刻に起きる。その結果、この1日、全く動けず。これも、天の意志であろう。観念して、執筆に取り組んだ次第である。それもまた良しである。

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12月9日(土) 書類とは 関心無ければ 紙クズで 思い抱けば お札と同じ

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 この週末は地元に戻らず、東京で山積する仕事に立ち向かう。ここでまず、宿舎の書類整理から取りかかったのが間違いであった。書類というのは、分量的に少ないように見えても、1つひとつ目を通しながら、必要なことを頭の中に焼き付けつつ処理をしてゆくと、結構時間のかかるもの。午前中で片付けられるかと思った仕事であったが、一段落して気がつくと、もう夕刻であり、結局、一日仕事となってしまった。

 書類というものは、関心のない人にとっては、ただの紙クズでしかない。価値ゼロである。しかし、思いを抱いている人には宝物。札束と同じである。

 それだけに、私はいつもワクワクしつつ書類整理をしているのだが、この心境は、回りの人に中々ご理解を頂けない様だ。

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12月8日(金) この感じ バーミヤン破壊に よく似てる 道路特定財源論議

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 この暫く、永田町は、道路特定財源の一般財源化問題で揺れている。マスコミの政治報道も、この問題一色。四国ブロック両院議員会でも、この道路特定財源の一部を本州四国連絡橋の料金引き下げの財源として使って頂きたいと、中川秀直幹事長に要請を行う。

 そんな中で考えた。物事は、その時の勢いで、一気にバラバラに壊してしまうのは簡単なことだ。しかし、後になって、やっぱりああしていれば良かったと思った時は、大変だ。この道路特定財源は、とても大きな財源で、今後これだけのものを新たに作ろうとしても、中々出来ないものである。
 ふと、タリバンによって無惨に破壊されてしまった、アフガニスタンのバーミヤン仏教遺跡のことが頭をよぎっていた。

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12月7日(木) 200年 住める家屋を 礎に 暮らしも社会も ニューコンセプト

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 財務省による平成19年度予算内示を約2週間後に控えて、自民党本部は慌ただしい雰囲気。連日、各省庁、各分野の予算獲得見通しが報告され、活発な議論が行われている。 
 その1つに、この日、“住宅土地調査会”があった。そのテーマが、“200年住宅”の実現であった。日本の家屋は寿命が短い。その結果、安っぽい家が多くなり、街全体にも重厚さが乏しい。それに、建設廃材の処理費等も含めれば、総合コストも、長く住み続けられる家の方が良いのではないかという考え方である。

 この長期住宅実現への取り組みは、長い目で人のライフスタイルも変えれば、社会のあり方も変えてゆくという面白いテーマだと思う。

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12月6日(水) 地方では まず道だよと よく言うが まずは夢だと 私は思う

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 清和政策研究会の幹事会。私は清和研で常任幹事と政策委員長代理を務めている。この日は、道路特定財源の一般財源化問題が政策課題として浮上している中で、地域活性化のための道路高度活用事業に、この財源を振り向けることを提案した。

 私は、過疎に悩む地方が必要としているのは、道路そのものよりも、その道路をいかに活用して、より良い地域を作るかという夢であり、知恵であると考えている。また、その夢を実現するために道路整備が必要というのならば、その道路は将来にわたって有効に利用されるわけだから、鋭意整備を進めるべきだと考える。つまり、まず道ありきではなく、まず夢ありきということに、発想を切り替える必要があると考えているのである。

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12月5日(火) 知恵を生み 情報集める そのために まず大事だね 問題意識

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 午前、トロンショーの開会式に出席。この目的には、トロンの技術を活用してユビキタス社会を構想するということもあったが、私の場合は加えて、これからのロボット技術にどう活用できるかという問題意識があった。

 私は、これから日本のロボット産業を育成するには、少しでも早くロボットを家庭に送り込まなくてはならないという思いを持っている。そのためには、ありとあらゆる可能性を探ってゆきたいと考えている。そんな問題意識で会場を歩き、説明員と言葉を交わしていると、様々なヒントがあった。

 やはり、何か事を行うには、強い問題意識が必要である。それがあればこそ、情報も集まるし、知恵も生まれてくるものだ。

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12月4日(月) 習うより 慣れろと言われる 外国語 通勤途中の 日課としよう

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 夜、PGA(Parliament's Gloval Action )の夕食会。
 世界各国から、数多くの国会議員が集まっていた(50カ国、130人)。
 私が座った席の隣には、日本語を話す在日カナダ大使のジョゼフ・キャロンさんがいたので、もっぱら、キャロンさんと話す。こういう場に来ると、いつも、英語を自由に話せないので、肩身が狭い思いをしてしまう。
 これまで、英語をしゃべれるようになろうと、どれ程の努力をして来ただろう。しかし、いつも忙しさの中で、三日坊主になってしまう。そこで、いまだに簡単な日常会話を越える会話が出来ないし、少し専門用語がはいってくると、たちまち聞き取れなくなってしまう。習うより慣れろと言われるが、これから毎朝、毎日の新聞の概要を英語で3分間スピーチをすることをこの場で決意。

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12月3日(日) つらくとも 自分の足で 歩くべし 自分の知恵で 生きてゆくべし

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 松山で、「愛媛県障害者福祉推進大会」。500名くらいの参加者であっただろうか。知事、県議会副議長、関谷参議院議員の後に、私からの挨拶。障害者自立支援法に関して、障害者皆さんが政府に対して不満や不信を抱いている気がしたので、少し思いを込めた話をさせて頂いた。

 その基本は、障害者も各々に自ら歩むべき道を持って歩んでいるのだから、もっと強く主体性を持って歩んで欲しいし、受け身ではなく、社会に対して、小さな事であっても何らかの貢献をしてゆこうと考えて欲しいということであった。

 人は、生命ある限り、自分自身の足で歩まねばならないと私は思う。自分の足が使えない人は、創意工夫して、何らかの方法を使い自分の力で歩むことを考えなくてはならない。その生き方こそが、人を輝かせる生き方であると信じているからである。

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12月2日(土) 人生の跡 見返れば 雪の山 険しき山ほど 光り輝く

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 朝、恒例のラジオ体操と掃除の会。今回が今年最後の会である、それだけに、河川敷清掃の後の井出君の所感発表の後に、私はこの年を総括する思いを込めたこんな話をした。

“皆さん、清掃をした後のこの場所を眺めてみて下さい。ピカピカに光り輝いている気がしないですか。私たちは、何かに打ち込んで一生懸命取り組んだ跡を見ると、とても輝いて見えるのです。人生だって一緒。苦しいことや辛いことがあっても、それに真剣に立ち向かい、全力を尽くしてゆけば、必ず振り返った時、その時代が輝いて見えるに違いありません”と。そして、伊庭貞剛氏の俳句を基に、一句…「人生の 跡見返れば 雪の山」”

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12月1日(金) 嘘だって 百万言にて 真実に ならば夢でも 語り抜くべし

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 午前11時半より、ホテルニューオータニで、「明日の地域づくりを考える四国会議」の中心メンバーと四国選出自民党国会議員による懇談会。

 挨拶は、大西 淳・四国経済連合会会長。地方が自立して、自らが企画を打ち出して取り組んでゆきたいとのお話。振り返ってこの一年間、私たちと一緒になって色々な取り組みを行ってきたが、そんな私たちの努力に、世相の変化や安倍政権の地方自立の政策指向も加わって、確かに経済界の意識改革が進んでいることを実感した。

「嘘も百万回言えば、本当になる」などという言葉もあるが、繰り返し主張し続けることの重要さを感じた次第。

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