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1月31日(水) 改革は 外圧だけでは 進まない 内から動かす 力が必要

20070131

 終日、執筆と会合、来客応対。そして、夕刻から、文部科学省へ出向き、若手官僚達と教育問題を巡るディスカッション。

 今、安倍内閣は、「教育再生」を内閣の最重要課題と考えて、教育再生会議を立ち上げて、活発な議論を行っている。それに呼応する形で、自民党の内部にも、教育再生特別委員会が立ち上げられている。その様な教育論議の華やかな中で、文部科学省内の実務責任者クラスの人達が、どんな思いで仕事に取り組んでいるかをお聞きし、一方、私自身の考え方も役所に注ぎ込んでいこうというのが、この会の趣旨であった。

 教育再生は、外圧だけで成就できるものではない。同時に内部の革新派若手将校の力が必要だ。そんな思いを胸に、これからもっと活発に論じ合ってゆきたいと思う。

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1月30日(火) 本会議 騒がしいぞと 言われるが ここは貴重な 国政サロン

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 引き続き代表質問。国会議員は、本会議場の議席で何をしているかと言えば、その質問や答弁を聞きながら、各々の問題に対する自分自身の考え方とのギャップを確かめて、自分自身の考え方の修正をしたり、また、その差が埋まらない時は、逆に、どんな政策や活動でその差を減じてゆくかといったことを考えているのである。それだけでなく、議席近くの他の議員と随時意見交換をして、より良い知恵を生み出したり、また意気投合をして、新しい政治運動を立ち上げるキッカケを作り出すということもある。

 もっとも、時々こちらの話が高じて、行き過ぎてしまう事もある。 

 いわば、本会議場は、新時代を生み出す熱きルツボであり、国政サロンと言って良いかも知れない。

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1月29日(月) 国会の 言葉はまるで ブリザード 心の中まで 凍て付くようだ

20070129

 国会本会議で代表質問が行われる。今日は自民党、民主党、そして明日が、公明党、共産党、社民党、国民新党である。

 野党は、ここが言論によって政権を攻撃する戦場であるから、当然と言えば当然のことであるが、言葉を尽くし策を尽くして、そして情の力まで駆使して攻めてくる、政策の誤りだけでなく、政権の存立基盤自身を否定しようとして、関係者の人格批判まで行う。聞いていれば、レトリックの連続である。批判する言葉の中に、数多くの論理矛盾もあるが、野党はそんなこともおかまいなしである。とにかく叩いて叩いて叩き尽くすのが、野党質問者の責務ということだろう。しかし、共に育てる発想を欠いた議論は、長く聞いていると、段々と聞き苦しくなってくるものだ。

 夜、南極地域観測50周年記念パーティーがあったが、ブリザードの吹き荒れる不毛の南極の姿が、国会と重なって見えてきたのであった。

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1月28日(日) 人間も 社会も共に 自らの 意味求めるものなり ならば政治は それ指し示すべし

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 午前中、四国中央市の消防出初式。そこで、挨拶を述べる機会を頂いたので、こんなことを述べた。

“私たちには、守るべきものがある。私たちには、育てるべきものがある。そして、私たちには、次代に引き継ぐべきものがある。守るべきものとは自然であり、伝統・文化である。育てるべきものとは、青少年、また経済など今の社会の様々なものである。次代に引き継ぐべきものとは、私たちの国・地域の国柄、地域柄等であり、また、誇りである。これらを尊ぶために、個人と社会に安心と安全が保証されなくてはならず、消防関係者皆さんの更なるご努力をお願い申し上げたい。”と。

 社会は、そして、1人ひとりは、各々に存在の意味と価値を求める。それがあいまいになった時に、改めてそれらを明示するのが、政治の大きな仕事だと思う。

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1月27日(土) 生きていて 思い悩める その時は いざ帰らんか 我が故郷へ

20070127

 この日は「志の道を歩く会」「四国人間論ゼミ」「地元OAK・TREEフォレスト」と勉強会が続いた一日。
 
 勉強会というと、私が一段上に立ってそこから、参加者を教導する会と受け取っている方が多いけれど、実は違う。私の勉強会は、むしろ自分の頭の中を整えるために、共に考え合う形が多い。普段、雑多な仕事を次々にこなしていると、いつしか回りの仕事に振り回されて、その遠心力で、自分自身がバラバラになってしまいがちだ。そして、自分が一体何を考えているのか、何者なのかといったことが、自分でも分からなくなってしまう。

 そんな時に、自分の頭の中を整理しつつお話しすることで、少しでも自分を取り戻すことが出来る。そして、参加者にとっても、同様に自分を見直す機会となるようだ。言わば、私自身の頭の中に、自分が帰るべきふるさと作りをしているようなものである。

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1月26日(金) 憲法や 教育問題 立ち向かう 総理の支えは 福澤諭吉

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 国会で政府四演説が行われる。安倍総理の施政方針演説は、当然のことながら前国会での所信表明演説と、軌を一とするものであったが、今回の演説ではより考え方を鮮明にしたり、具体的な時期を明示したものであった。

 この演説の結びでは、安倍政権が目指す「美しい国づくり」について、その基本的考え方を論じた。日本が目指すべき「新しい日本のカントリーアイデンティティー」を明確にし、それを基に、それを内外に発信するプロジェクトの立ち上げと、その形を法文に表現する憲法改正の議論を展開したいと述べた。そして、最後には福沢諭吉の“士の気風とは、「出来難き事を好んで之を勤るの心」”という一文を引用して、困難を越えた新時代に挑戦する姿勢を強く示した。

 「美しい国創り元年」・・・多難な道だが、その成就を祈りたい。

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1月25日(木) 行くほどに 厳しき道で あればこそ 大局に立ち 足下着実!

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 第166国会の開会日。安倍政権にとって、昨年の臨時国会は、首相就任に伴い、これまでの懸案をまず処理する国会であったから、この通常国会が、いわば政権が、これからの日本をどう導いてゆくかを巡っての正念場国会とも言えるだろう。しかも、この国会のさなかに統一地方選挙や国会議員の補欠選挙があり、また終了後の7月には、これからの日本の政治状況を大きく左右する参議院議員選挙もある。

 マスコミ上には、安倍内閣の支持率低下との報道がしきりに流されているが、これは瞬間風速に過ぎない。大局を見失わずに、強い信念の下に歩んでゆくことが、大切である。私も可能な限りの応援をしてゆこうと思う。

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1月24日(水) 国会が いつの間にやら 黒怪に(?) ちょっと淋しい 気がしてくるね

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 終日、OAK・TREE執筆と来客応対。そして、会合出席等。

 明日に通常国会開会を控え、永田町全体が慌ただしい雰囲気になってきた。しかし、マスコミ上には、政治家の事務所費不正流用疑惑や不適切発言問題等、スキャンダルばかりが取り上げられていて、これからの日本の方向を巡る報道は、極めて少ない。勿論、政治家個人の疑惑について、その真相が明らかにされ、きちんとした是正措置が取られることは必要であるし、大切なことである。しかし、国会が、それだけでほとんど塗りつぶされるような姿はとても好ましいとは思えない。

 私も、政治生活約25年(来年4月で。)この国の政治に参加して、仕事をしてきたが、日本人は、建設的な議論が余り得意ではないのかなという気がしてならない。

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1月23日(火) 世の中に 良識求めて 歩むなり 成就はるかに 我が遍路道

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 全日空の本社に、大橋洋治会長をお訪ねする。大橋さんがお生まれになったのが、山田方谷先生と同じ岡山県高梁市ということで、昨年、私が出版した「山田方谷の思想」のご縁で、先日お会いしてお話申し上げたことのご相談であった。それは、この暫く力を注いでいる「人間学初級知識検定制度」の件であった。この日本全体で、人間学を学び、人間力を高める取り組みを進めてゆかないと、日本社会は、これからの荒波の時代を乗り越えてゆけないとの私の強い問題意識に基づくものである。

 ただ、人の心に関係するものは、中々難しい、この日の話し合いも、具体的進展が生まれるものではなかった。しかし、色々な方々に対して、こんな形で世の中を照らす光があるのだとお示しすることも大切なこと。へこたれず、これが88カ所巡りの難行苦行と思い、歩んでゆこうと思う。

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1月22日(月) 建て物や 設備は所詮 飾り物 心寄りてこそ 真の輝き

20070122

 全国で青年育成運動を展開しておられる上甲晃さんご夫妻が、昨日まで松山で青年塾を開催しておられた関係で、この日、新宮の「志の道」と「ヤング・リーフ・ハウス」をお訪ね下さる。そして、少し前に作った「ヤング・リーフ・ハウスのマンダラ図」に基づいて、この地に籠めた思想をお話申し上げると、ご夫妻は、随分深いご理解とご関心を持って頂けたようである。そして、上甲さんが主催する青年塾を、この地で開催することを提案して頂いた。
 
 この様な施設は、志ある人が、また志を求める人が、関心を持って多く集まることこそが、その本質的存在意義である。建物や様々な設備は、単なる容れ物であり装飾物に過ぎない。上甲さんのご提案のように、これから多くの方々を集める施設になってゆくことを願った次第。

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1月21日(日) 慣行を 投げ捨て理想の 選挙戦 こうして人も 時代も変わる

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 愛媛県知事選投票日。夜になって、知事選挙報告会会場に向かう。午後9時前に、早々と当選確実がメディアで発表され、加戸知事夫妻が会場に入場して、報告会開始。

 加戸候補の第1声は、“今回、私は随分ワガママな選挙をやらせて頂きました”というものであった。後援会名簿も集めない、個人演説会も開かない。電話作戦もやらない・・・等々、ないない尽くし選挙であった。やったのは、加戸夫妻が街宣車に乗って県内をくまなく回り、街頭演説と握手作戦をしただけ。選挙違反のない、クリーンで、とても安上がりの選挙であった。

 恐らく、これまでの選挙に慣れた人からは、戸惑いと批判があったろうと思う。しかし、こうして時代は動いてゆき、人々の認識も変わりゆくのだ・・・と、我が意を得た気持ち。

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1月20日(土) 人間は 多忙が故に 豊かならず 日々求むるは 成長実感

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 終日、特に予定なし。そこで、今年元旦以来、あまりに忙しくしていて、身辺の整理も出来ていなかったので、主に自宅で書類整理や貯まっている仕事の処理。またOAK・TREE誌の原稿執筆・修正等を行う。

 ふと思う。“山高きが故に尊からず”この流儀で言えば、人間は、“多忙が故に豊かならず”である。やはり、取り組んでいることの意義や価値を自分できちんと認識しつつ、そこに可能な限りの創意工夫を注ぎ込み、更に、その仕事の後に、確かに自分自身の成長実感を感じられてこそ、充実した仕事である。
 
 今年は是非、そんな仕事を一杯に詰め込んだ実り多き一年にしたいものだと思う。

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1月19日(金) 政治家が 百万言を 語るより 心動かす 一曲優れり

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 この日は、終日、知事選挙対応。各地で行われた加戸候補の街頭演説に同伴。まず加戸候補がこれからの県政への思いを語られた後、私もマイクを握って応援演説。その間、加戸候補は、奥様と一緒に集まって頂いた方々の中に分け入って、握手作戦。終わると、ガンバロウコール。

 そして、候補は街宣車に乗って、その場を去ってゆく。その時にスピーカーから流れるのが、“愛媛の歌”。県政100周年記念の年に、県民から募集した詞に、中田喜直氏が曲をつけたものだそうだ。思わず心が熱くなる、とても良い歌だ。

 政治家が百万言の言葉を語るよりも、歌一曲の方が、余程人の心を動かす力があると感じた次第。

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1月18日(木) 言い方で 同じことでも 正反対 プラス思考が 大切ですね

20070118

 朝の東京OAK・TREEフォレスト会合の後、急ぎ羽田空港へ。

 私の地元である愛媛県第3選挙区に加戸知事候補が入られ、各地で街頭演説をされるので、私も戻ることにしたものであった。

 72才の加戸候補。連日の選挙運動でお疲れかと思ったら、元気そのもの。街頭に集まって頂いた有権者の間を小走りしつつ、握手を奥様と一緒にしておられた。

 演説のしめくくりは、“私は72才だが、今日は前後逆転させて、27才とすることにした。妻は66才だから、逆にしても66才。そこで40才引きの特別バーゲンで26才。若い力で愛媛県政を動かしてゆきます!”というものであった。アレ・・・奥様の66才は上下逆転すると、99才で白寿・・・こんなことを書くと、怒られそうですね・・・

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1月17日(水) 憲法や 美しい国を 旗印! 総理演説 志や良し!

20070117

 午前10時10分より、第74回自民党党大会の開会。最初に、書家と安倍総理による書道パフォーマンスが行われ、目を引いた。出来上がった字を見ると、安倍総理も中々の腕である。

 この大会で、総理は、改めて憲法改正問題を今夏の参議院議員選挙の争点とすることを表明し、これが自由民主党立党の原点であり、この旗を掲げる以上、諸選挙にも勝利を納めてゆかねばならないと力強く語られた。また、美しい国づくりに向けて、諸改革も動かして、新しい国づくりに進んでゆきたいと演説をしめくくられた。

 これだけ大きな目標に立ち向かうとなれば、総理も、難行苦行の連続であろう。しかし、“志や良し”である。私も、陰ながら出来るだけの応援をしてゆきたいと思う。

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1月16日(火) イノベーション? 観念的な 言葉だね ならロボットに 働いてもらおう

20070116

 朝10時からの政策審議会に始まり、今日から本格的に永田町での仕事が動き始める。次々に来客があったり、清和政策研究会の政策委員会の打ち合わせも行われた。夜は、業界団体の新年会や愛媛県から上京された自民党関係者との懇談会も。

 その日程の中で、トピックは、明日の党大会で使うロボットのデモンストレーションを、自民党本部の幹事長室で行ったこと。安倍総理の唱える「イノベーション」ということを国民皆さんに強くアピールするために、これからロボットをもっと活用してはとの思いを込めて、2体のロボットに自民党の政策を語らせ、党歌を歌わせることにしたものである。 
 
 中川幹事長をはじめ5名くらいの副幹事長に見て頂く。明日の本番が楽しみ。

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1月15日(月) 簡単に 通しはせぬが 頑張れと これは私の 面接試験?

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 経済同友会の北城恪太郎代表幹事にお会いする。用件は、かねてから取り組んでいる“人間学初級知識検定制度”を、これからどう展開してゆけば良いかということについてのご相談であった。
 約30分間、意見交換させて頂いたが、企業経営の立場からは、人間学の大切さを社員に語りかけたり、各社の研修の中に取り入れるということは可能だし、その啓発を行うことは是非進めてゆきたいが、検定試験とまでなると、中々困難とのこと。

 新しいことをやろうとして、簡単に事が成就することはまずない。加えて経営者は、まず相談者がどこまで本気で、どこまで検討している話なのかをきちんと確かめるのが当然のこと。

 こう思うと、今日のことは、私自身の面接試験であったのだろうと思う。

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1月14日(日) これからの 本格仕事を 目の前に 頭に浮かぶは 孫悟空 千手観音 etc.

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 昨晩上京。この日は終日、宿舎でデスク・ワーク。年末年始に山積した東京での仕事を少しでも片付けるためであった。いよいよ今週中には、17日に自民党の党大会、18日には東京OAK・TREEフォレストも開く。また18日・19日には愛媛県知事候補が私の地元に入るので、その対応もある。もう、新春気分などと言っていられる状況ではなく、政治稼業のアクセルをフルスロットで動かしてゆかなくてはならないのである。

 書類整理、雑務処理に各種文章執筆と、様々な仕事を前に、千手観音のように色々な道具を持つ手が数多くあればいいのに・・孫悟空のように分身の術が使えればいいのに・・・などと、どう仕様もないことを空想しつつ、慌ただしく1日が過ぎていったのであった。

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1月13日(土) 自彊舎で 言志四録を 確信す 老いて学べば 死して朽ちずと

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 午後、新居浜市にある自彊舎で講演。テーマは、「山田方谷の思想と現代社会」。この8日に、湯島聖堂で行ったのとほぼ同じ内容の講演であった。

 この自彊舎というのは、かつて住友で常務まで務められた、鷲尾勘解治氏が開いておられた研修道場である。もうお亡くなりになられて、四半世紀となるが、ご命日の毎月13日には、お弟子さんたちが集まって来られて、勉強会を開いておられる。また、この頃は、新人の方々の参加も見られるようである。

 それにしても、死後四半世紀を経ても、このような会が続いているのは素晴らしいことである。ふと、佐藤一斎の“老いて学べば死して朽ちず”との言志四録の言葉が頭をよぎった次第。

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1月12日(金) 10年の 風雪越えた 足跡と 夢を宿せる マンダラ図かな

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 体調が大分良くなったので、朝から起き出して、書類整理等の仕事。そして、午後には、約束していたカミ商事グループの新年会。そして更に、夜は新居浜青年会議所の新年会に参加。その間に少し時間があったので、ヤング・リーフ・ハウスへ行き、幾つかの仕事を片付ける。

 その1つが、今年、ヤング・リーフ・ハウスが開設10周年を迎えるので、改めて、ヤング・リーフ・ハウスの存在意義と今後の活動展望を表現してみたいと考えて取りまとめてみた、マンダラ図の作成であった。 

 この世の中のものは、全て何らかの意味を持って存在しているはずである。それを理解するか否かは、その人次第。マンダラ図を描きながら、私自身が改めて、このヤング・リーフ・ハウスの存在の大きな意味を感得させられた次第である。

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1月11日(木) 病得て 遠く動くは 苦痛なり 愛を知れとの 神の声かも

20070111

 昨夜一晩、急に吐き気がしたりして、ホテルで苦闘する。朝になり、少し楽になる。しかし、まだ不安があり、この日、愛知県の航空宇宙産業の視察に行く予定はキャンセル。また、列車に乗るのも、もしも回りの方にご迷惑をかける事態となってはとの心配から、少しホテルで休んだ後、かなり良くなってきたので、少し福山市内を歩く。 
 そして、もう大体大丈夫という体調になってきたので、恐る恐るJRで、愛媛の地元へ戻る。約3時間の移動時間であったが、病中の移動は、やっぱりかなりきついものであった。そして、帰宅後、床に伏して、病気との戦い。

 神様は、こんな機会に、おまえも病人の苦労をもっと知れとの教えなのであろうと思った。

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1月10日(水) 鞆の浦 過去現在と 未来とを 一緒に食して 腹おかしくす?

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 岡山から、午前中に福山へ。まず、昔から潮待ちの港として賑わった鞆の浦へ行き、鞆の浦の地域起こしのグループと共に昼食懇談会。その後、船に乗せて頂いて、海上から鞆の浦のまちを見せて頂き、更に、坂本龍馬が滞在したとされる建物を有志の募金により改修工事をしているところを見せて頂いた。この後、2カ所の、企業を見せて頂き、その社長との懇談の後、この福山でも街頭ゆちげ講演会を展開した後、福山人間論ゼミ会場へ。
 
 ところが、この講演会場で、体調を崩す。  

 ノロウィルスかどうかは分からないが、気分が悪くなった後、下痢と嘔吐が急に起こり、止むなく1度中断の後再開をしたが、やはり気分が優れず、話の途中で中止。参加して下さった方々に申し訳ない新年の会合であった。

 病院のベットで、昼間に、過去、現在、未来と色々なことを多く見聞きしたことを思い返しつつ、これらの食い合わせが良くなかったせいか・・・・などと思いつつ養生。

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1月9日(火) 岡山の 同志が集う 勉強会 日々育ちゆく 人間の森

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 午前中、「防衛省移行」の式典に出席。自衛隊発足以来、約半世紀を経て実現したことであり、幸運にもその瞬間に立ち会ったという次第。

 それから、岡山へ。恒例の岡山人間論ゼミの新年会へ出席するためであった。今回は、その会の前に、岡山市内の高倉町で、まず「ゆちげ街頭講演会」。何名かの人間論ゼミメンバーが手伝ってくれた。そしてそれから、モービーディックというビアホール風の会場で約1時間、今年1年間の人間育成の取り組みについて、お話をさせて頂いた。その後、交流懇談会。

 岡山人間論ゼミは、スタートしてから10年余りとなる。よくここまで続いてきたものだと思う。その年月を深く藏し、そこにお世話人の方々の暖かい人柄が加わって、和気が満ちあふれる会となってきた。私にとっても、心の故郷とも言うべき会である。

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1月8日(月) 数多き 聖人君子の 学び舎で 陽明学徒と 日本を語れり

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 朝、事務所で少し書類整理に取り組んだ後、日本武道館で、「鏡開き式・武道始め式」。そして湯島聖堂へ向かう。

 この日は、日本儒学の中心地として歴史と伝統のある湯島聖堂での文化講演会に、講師として招かれていたのであった。テーマは「山田方谷の思想と現代社会」。山田方谷が、かつてこの地にあった昌平黌において学んでいたことから、私をお呼び頂いたのだと思う。今回は、新年最初の講演でもあり、現代社会に山田方谷の思想をいかに生かしてゆくかという点を中心に、力を込めてお話をさせて頂いた。
 
 このような講演をさせて頂いて良い事は、人脈が広がっていくことである。陽明学を学ぶ多くの方々と、今日も新たな人間関係を築くことが出来た。

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1月7日(日) 半月も 離れし東京 初登り 宿舎の新聞 山と積もれり

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 新年になって、初上京。昨年の12月22日に四国に戻って以来、約半月振りの東京である。

 宿舎に着くと、新聞が新聞受けに入り切らなくて、管理人さんのご配慮だと思うが、大きな紙袋の中に入れて頂いていた。私は、日本経済新聞と日刊工業新聞の2紙を講読しているだけだが、この期間中の夕刊も含むと、30部くらいの新聞紙数である。これから時間を見つけては、目を通してゆきたいと思う。更に、国会事務所には多くの書類が山積みになっているはず。また、処理しなければいけない仕事が随分多く貯まっているはずである。

 新聞の山を前にして、さあ今年も頑張るぞと、心に誓った次第。

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1月6日(土) 年賀状 眺めつつ頭は データの更新 合わせて今年の 計画作り

20070106

 元日以来、慌しくて、ゆっくりと年賀状に目を通す時間も無かった。今日になって、ようやく1枚1枚年賀状を見せて頂いた。なつかしい名前があり、また手書きの近況を読んでは、なつかしさを感じた。合わせて、私の頭の中のデータベースの更新作業を行った次第である。

 そして同時に、この一年間の私の仕事についての示唆を含む年賀状も、それらの中に含まれていた。そこで、この人と、今年はこんな取り組みが出来るのじゃないかな、などと、目を通していったのである。
 
 心が暖かくなる、至福の一時であった。

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1月5日(金) 初春の 人々の顔 眺めれば 瞼に浮かぶ 今年のあれこれ

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 元日以来、色々な新年会を駆け回ってきた。“一年の計は元旦にあり”と言われるが、この時期にお会いする方々は、各々に、この一年の目標について、心に期するものを持っておられる方が多い。それだけに、私も、お会いする方々の言葉だけでなく、表情にも気をつけて、少しでも多くの情報を汲み取ろうと応対をさせて頂く。

 今年は、やはり多くの業種で経済が良い形で動いているせいだろう。明るい表情の方が多い気がする。また、政治に対する批判も舌峰鋭くと言うよりも穏やかに語りかけてくる方が多い気がする。

 こんな雰囲気の中にいて、瞼をとじると、そこには、地域経済、住民生活、政治等、この1年のあれこれが次々に映し出されてくる気がするのである。

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1月4日(木) 選挙とは 時代と社会に 政治家が 自分の姿 映し出す時

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 愛媛県知事選挙の告示日。1月21日の投票日に向けて、決戦の火ぶたが切られる。とはいえ、国政上の与党である自民党・公明党が推薦しているだけでなく、民主党や社民党も支持の姿勢であるため、加戸候補の優位は揺らがない。その余裕もあってか、加戸候補は、この選挙戦中、個人演説会も開かず、各地で街頭演説を行うだけの選挙を行うと公言をしている。徹底して、クリーンでお金のかからない選挙を目指しているようだ。

 私も、これまで8回の選挙を戦ってきた。その経験から考えると、選挙とは、有権者の票を頂くという意味があるが、それ以上に、自分自身の生き方、考え方、政治姿勢等が、この時期に有権者という鏡に映し出されるということに大きな意味がありそうだ。

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1月3日(水) 今もまだ 見せる観光? そうじゃない 自分の中に 光を観るのだ!

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 前日は、小豆島各地を自動車で走り回り、色々な場所を訪れた。夜になり、西海岸のペンションに宿泊した。そして、近くのオリーブ温泉という名の温泉にも行った。たった1日のことだったが、島の生活が体にしみ込んでき始めたような気分である。

 今日は、朝から、小豆島の名勝地・寒霞渓を訪れた。この季節には、当然のことだが、もう紅葉等も残っておらず、枯れ木と岩肌だけの寒々とした風景であった。そのせいもあったのであろうが、名勝地としての感動は余りなかった。

 観光地は、確かにその土地の景勝に光を見ようということがあるのだろうが、これからは、もっと人の心の働きかけ、心を動かす、または何かを学んだことへの満足感を伴うという観光、つまり、自分自身の何らかの成長に光を見いだす観光ということを考えなくてはならないのだと感じた次第。

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1月2日(火) 小豆島 娘と訪ねた 分教場 古き日本が フラッシュバック

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 武揚会稽古始め式に出席後、娘と共に、小豆島へ。毎年恒例の2人だけの家族旅行である。今回は、島の生活ぶりや風土を見に行こうと、小豆島へ向かった。

 小豆島の印象はといえば、私にとっては何といっても、壺井栄の「二十四の瞳」のモデルとなった島ということである。

 「岬の分教場」にも行った。「二十四の瞳映画村」にも行った。昔多くの子どもたちが学んだ校舎、その小さな教室は足踏みオルガンもあった。私はそのオルガンで、昔の歌を弾いてみた。とても懐かしい気持ちになった。
 
 昔、物の貧しい時代、人が共に生きてゆくには、助け合わねばならないことも多かっただろう。その中で、深く心を通い合わせることも多かったに違いない。その心が、今もその教室に残っている気がしたのであった。

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1月1日(月) 明けまして 2007年 おめでとう 今年も大きく 宇宙を飛ぶぞ!

20070101

 平成19年の元日は、月曜日。丁度月曜日から元日が始まるというのは、何年に1度あるのだろう。確率論的にいえば、7年に1度となるのだが…。ともかく、天候も良く、爽やかな年始めである。私は恒例によって、朝5時からの朝起き会が初仕事。それから西条市の伊曽乃神社の歳旦祭り。そして切山の新年会。

 今年も、仕事に全身全霊を注ぎ込んで、この1年を充実させてゆこうと心に誓う。

 それにしても、信念に生きようとすれば、色々な批判者が出てくるだろうし、難路苦行の1年ともなるだろう。それでも、私は、広大な宇宙をおおらかに飛ぶような生き方をしたいと思う。

 その心は“天よ、我に七難八苦を与えたまえ”と、山中鹿之介の心境である。所詮低い空をせわしげに飛ぶ燕雀たちには、高い空を雄々と飛ぶ鴻鴿の心は分かり得ないのだから。

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