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6月30日(土) 実物と テレビの印象 異なれり 参加者多く かく語りたり

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 安倍総理が愛媛県の宇和島市に行かれた後、私の地元、新居浜市にやって来る。そして、関谷勝嗣参議院議員を激励する大会で、30分弱のご講演。

 選挙で現役総理がこの地を訪れるというのは、森清先生の時代の福田赳夫総理以来のことではなかろうかと思う。すると、30年ぶりということになる。前評判も高く、会場の文化センター大ホールは、満杯の参加者であった。

 後で参加した人に、感想を聞いてみた。みんなが一様に語るのは、総理の話はテレビで見ていた印象と、目の前で直接話を聞いたのでは、印象が全然違うということであった。多くの人が集まったその場の雰囲気のせいもあるだろう。しかし同時に、マスメディアの問題もある。マスメディアは、事実を伝えるのではない。メディアのフィルターを通した片寄った像を国民に伝えているのである。改めて、メディアの責任について考えた次第であった。

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6月29日(金) 日本の トップに対する 不信任 テレビゲームを 見ている気分

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 国会に内閣不信任案が提出される。しかし、私は、国会対策や議院運営の役目に就いていないので、ただ本会議開催を待つだけの身である。時丁度、学校給食振興期成会やネットワークロボットフォーラム等の会合があったので、これら会合に出席。参加者と意見交換等を行う。来客も、この機会にと来所される方がいた。

 本会議開催は、午後8時から。この後、参議院本会議において、日本年金機構法案や国家公務員法等の一部を改正する法律案等の採決が予定されていたので、不信任案の審議は混乱もなく、午後10時頃に整然と否決され、無事本会議を終えることが出来た。

 しかし、その提案趣旨説明やその後の討論を聞いていると、これは、相手にいかにダメージを与えるかというテレビゲームと同じであると思った。テレビ画面を通して、どう与党の悪いイメージを国民に伝えるかというフィクションドラマでもある。いつから政治は、こんな空疎なものとなってしまったのかと、心の中を冷たい風が吹き抜ける。

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6月28日(木) 久々に 国会に戻りて リフレッシュ 梅雨の晴れ間と 我覚えたり

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 野党が国会に内閣不信任案を提出する構えがあるとの事で、国会議員に禁足令が出る。そこで、当初の地元予定を切り上げて上京。

 この日夕刻、参議院の厚生労働委員会で年金関連法案が採決され可決。内閣委員会では、野党委員長でもあり、採決をしないまま審議の打ち切り。しかし、内閣不信任案は結局、翌日の提出となったため、この日、衆議院本会議は開かれないことになった。

 そこで私は、夕刻4時に国会事務所に着いたが、もっぱら、事務所の書類整理。23日に地元に戻って以来の1週間分の書類整理を行った。また、この際に頭の中の整理をしておくべきことにも時間を費やした。

 たった一週間、地元での生活をしていただけであるが、国会事務所で、自分だけの時間を持つと、それがとても新鮮なことに思えた。梅雨の晴れ間のようなとてもよいリフレッシュの時間である。

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6月27日(水) 政治家の 心の中の エンジンは 人前に立ち 語りて動く

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 午前10時から、川之江の後援会事務所開き式。午後1時半から、西条市で「東予港港湾整備促進期成同盟会・通常総会」。そしてその後、四国中央市でも3つの大会…と、会合が続いた。この1日で、1000人弱の方々にお会いして、その度に愛媛選挙区で立候補を予定している関谷勝嗣先生への支援をお願いする。

 やはり、政治家は、様々な会合で応援演説を始めると、あぁこれから選挙だという実感が胸に湧いてくるもののようだ。段々と、私の心の中で、発電機が回り始めてきていることを感じる。国会の会期延長を決めた結果、参議院議員選挙投票日は、7月29日である。もう残りが1ヶ月余。年と共に、選挙にかける運動期間が短縮してきているとは言え、私もそろそろ本格的に動き始めねばと思う。

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6月26日(火) 無限への 祈りと願い 抱けども 神ならぬ身の 現実を知る

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 この日も地元回り。午前中には、出来る限り机の前で政策面の検討や選挙に向けての基本的な考え方の整理を行っているので、午後一番から回り始める。そうすると、一日あたり、大旨25軒から30軒である。久し振りに訪れるところも多く、長いところでは、約1時間も話し込むこともある。“あんた、長いこと顔を見なかったな、死んでしまったのかと思っていた”と憎まれ口を叩く人もいる。

 政治家は、日常超多忙である。私も、振り返ったら、仕事以外何もしてこなかったという気がする。それでいて、まだ足りないことばかり。全ての人の希望に応えようとしても、それはとても無理。人間の為せることではない。

 しかし、これでいいのだと思う。神ならぬ人間がやっていることだから、自分が全力を尽くして仕事をしていると確信さえできれば、それで十分。何しろ無限遠への挑戦なのだから。

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6月25日(月) 政治家が 時代の先を 生きるには 自ら務めて 考えるなり

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 私は、参議院議員選挙に向けて地元を駆け回る日々である。そこで、OAK・TREE7月号ゲラ原稿を最終チェックしたものを、ファックスで国会議員会館の事務所に送る。これで、いよいよ出稿である。胸をなでおろす。

 随分以前、私は、“第3の波”で有名なアルビン・トフラー氏にお会いして、言葉を交わしたことがあった。トフラー氏は、“政治は多くの場合、社会の様々なものの中で、一番最後に変化する性質を持つものだ”と語っていた。私は、少し前から地元回りを始めているが、そこで色々な人と話をしていると、その通りだと思う。

 社会の大多数は、現実の中で生きている。時代の先端を生きる人は少なく、そこで、大多数の声に基づいて政治をやれば、やはり保守的にならざるを得ない。

 こんな私にとって、時代の先端、人生の先端を切り開く役割を担っているのが、このOAK・TREE誌である。改めてこの雑誌の意義を考えた次第である。

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6月24日(日) 世の中の 風は厳しく 吹けるなり その基辿れば マスコミ風神

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 終日、地元回り。参議院議員選挙を前にして、地域有権者の皆さんが、今の日本政治に対して、一体いかなる思いを胸に抱いているのか、じっくりお話をお聞きし、それにどんな対応をしてゆくべきか、知恵を出してゆかねばならないと考えて、行事の合間を縫って、思いつくままに、訪問を始めたのであった。

 なかなか厳しい風である。決して野党が良いというわけではないが、「自民党には少し反省をしてもらわなくてはならない」といったご意見がとても多い。具体的政策課題では、やはり年金未統合問題が最も多く、次いで、政治と金の問題、また、格差問題、閣僚失言問題等である。結局、マスコミ上で大騒ぎしている問題を、そのまま有権者達は語っている。これは、国民の思いをマスコミが代弁しているのか…。それとも、マスコミが国民を誘導しているのか…?

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6月23日(土) 武士道は 死ぬことなりと 見つけたり 我が政治道も この覚悟なり

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 JRで地元に戻る。その車中で読んだ本は、山本常朝の談話を田代陣基が書き留めたとされる書、「葉隠」であった。

 「武士道と云うは、死ぬことと見つけたり」の言葉で有名な本である。

 こんな一文があった。

 「2つのうち1つを選ばなければならない場では、死ぬほうに進むほうがよい。むずかしいことではない。腹をすえて進むのだ。(中略)毎朝毎夕、いつも死ぬ覚悟をしていれば、武士道の自在の境地に達することができ、一生失敗することなく、家職をまっとうすることができるであろう。(山本博文著“武士道のことが面白いほどわかる本”P158)

 政治家も、武士と同じく生命懸けの仕事である。国家と国民のために、目先の利害に惑わされずに最善を尽くす生き方をしなくてはならない。それには、死を覚悟すること、それほどの覚悟が大切と、この意味を読み取った。

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6月22日(金) 要求を 通すためなら 無理を言う 北朝鮮見て 国会連想

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 アメリカの北朝鮮核問題を巡る主席代表であるヒル国務次官補が、昨日、平壌で金桂冠外務次官と会談。北朝鮮は、寧辺にある核施設の稼働停止などを検討する意向を示したと言う。併せて、拉致日本人問題についても、その帰還を求めたと報じられている。難交渉である。

 一方、我が日本の国会は、終日禁足。国会の会期延長を巡る衆議院本会議が予定されていたからである。結局、夜遅く開会され、会期延長を決定。今国会では、対決姿勢が強くの対野党交渉も難儀であった。

 北朝鮮にしろ、野党にしろ、自分たちの要求が通らないならば、話し合いに応じないという考え方の人たちとの交渉というのは、本当に大変である。私たちは、話し合えば理解しあえると往々にして考えがちであるが、現実はそうではないようである。世界の平和と調和を実現しようと考えれば、こんなこともよく検討しなくてはならないということである。

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6月21日(木) 外交は 政治家同志の ショーでなく 国民相互が 理解深めたし

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 夕刻、アフリカ議連が開催される。アフリカの全ての国に対して、担当国会議員を決めて、これからはきめ細かく対アフリカ外交を進めてゆきたいとの提案が行われ、その責任者も決定。この場では、中国が、アフリカ諸国に対して積極的な外交攻勢をし掛けていて、外交面で日本が劣勢になっていることを指摘する声がTicaDに多かった。

 そこで、私からは、来年横浜市で開催予定のTicaDアフリカ首脳が数多く来日されるので、各都道府県でそれら首脳を受け入れて頂いて、接待の競争をさせてみてはどうかと提案を行った。警護の問題や予算の問題等があって、簡単に実現できるものではないと思うが、その場では一定の支持の声があった。

 国際化時代、日本の各地から新しい動きが生まれて欲しいものだと思う。真の交流が大切だ。

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6月20日(水) 響かない 声届かない 政治家の 回りで風が 変わった様だ

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 自民党の幹部に、愛媛県選出の国会議員が呼び出される。用件は、夏の参議院議員選挙に対する対応についてであった。

 この頃は、選挙も随分科学的になっている。候補予定者の支持率等について、事前のサンプル調査を行って、その結果を基にして、対策を打ち出しているのである。その調査結果は、私たちにも教えては頂けないが、結論だけ言えば、保守王国と言われた愛媛選挙区も、かなり厳しい状況にあるということであった。そして、これからは自分の選挙だという気持ちで力を尽くして運動を進めるようにとの指示であった。 

 今夏の参議院議員選挙で、愛媛県では、関谷勝嗣先生が立候補予定である。政治経験が豊富であり、政治力もある。愛媛県のみならず、国政においても重鎮であり、これまでの選挙では、全くの新人が野党候補として出てきても、運が立たず、単なる信任投票といった感じの選挙であった。

 しかし、今回は、嵐である。日本国民の心が変化している。それを見抜いてしっかりと対処せねばならない。

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6月19日(火) 歩みても また歩みても そのゴール 更に遠ざかるなり 果てなき旅だ

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 午前10時から、ハクション議連。いつもなら、8月末の概算要求が出そろった段階で、各省庁の次年度に向けての考え方を聞かせて頂いていたのだが、それでは、私たちの新規施策への要望がうまく取り入れられないことに気がついて、今回からは、概算要求のとりまとめが始まる前の段階で開催し、各省庁に対して、様々な意見を述べることにしたのであった。 

 その基本的な問題意識は、このハクション議連をスタートしたのが、平成7年。当初の思いでは、10年間くらい活動すれば、十分その使命を果たして、活動を終了できるという気持ちであった。しかし、12年経った今も、まだ解決に至らない。人体とは、それくらい複雑なものであり、病気との闘いも容易ではないということではあるが、同時に、研究の態勢や医療における諸規制にも問題がある。そんな点も、これから精力的に切り込んでゆきたいと考える。

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6月18日(月) 半世紀 歌い続けし グループを 我名づけたり 高松塚と

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 「自民党・音楽文化振興議員懇談会」が、この度設立以来10周年の節目を迎え、この記念パーティーを、全日空ホテルで開催した。国会議員・音楽関係者合わせて、約80名の参加。

 私は、設立時の事務局長、そして、今現在は幹事長であり、島村宜伸会長のご挨拶の後に、この10年を振り返っての足跡報告と今後の音楽界への期待を語らせて頂いた。

 その後、ボニージャックスのコーラスと崎本譲氏のハーモニカ演奏。共に日本を代表するアーティストであるだけに、心に深くしみわたった。

 この日のキーワードは、「10年偉大なり、20年畏るべし、30年にして歴史なる」という、鍵山秀三郎先生がよく使われる言葉であった。

 ボニージャックス曰く、「私たちはもうすぐ50年。ならば、どういう言葉で表現すればいいのでしょう」と。
 私は答えた。「ボニージャックスは、50年にして高松塚古墳となる」と。その心をイラ短に表現させて頂いた。

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6月17日(日) 与党から 立候補する 候補さえ 政権批判 あぁ混迷の世よ

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 この日も松山市。午前11時から、アイテムえひめで県看護政策推進会議。とはいっても、実際は、この夏の参議院議員選挙に立候補を予定している組織内候補、松原まなみさんを激励する大会であった。

 注目すべきは、松原さんは自民党公認候補として戦うことになっているのだが、応援弁士を含めて、堂々と、これまでの国の政策を批判していることであった。これまでならば、与党候補として立候補するわけだから、一応は国の政策を是認し、その上で、改革や問題点を訴えるというのが、一般的な話である。しかし、有権者の心に響く話をしようとすれば、もうそんなレベルでの話ではとても間に合わないということか。

 世の中は、激しく動いている。その動きに、日本政治は十分に対応できていないということだろうかと考えさせられた次第。

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6月16日(土) 現場こそ 夢・知恵・元気の 泉なり 中央頼りを 放念すべし

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 午前10時半から、松山市で、自由民主党主催の「地域活性化推進会議」が開催される。自由民主党所属の地方政治家や友好団体関係者等、約250名が集まっていた。

 この会は、村上誠一郎代議士が、党地域再生調査会長として取りまとめた地域振興政策集を基に、地域自身がアイデアを出し、知恵を出し、汗を出して、地域作りに取り組むことの重要性を訴え、また、国の側からそれを支援してゆく決意を表明する会であった。

 私からは、これからは、地方自身が「夢出せ!知恵出せ!元気出せ!」の考え方で、自らが企画を出し、努力を行うべき事を述べておいた。

 夢も知恵も元気も、その源は現場にこそある。それが霞ヶ関にあるとこれまで考えてきたのは、明治以来の中央集権的発想と高度成長期の豊かな財政が作り出した幻であったのだと思う。

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6月15日(金) 戦いに 勝利納める その鍵は 制空力と 強力歩兵

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 夕刻、この夏の参議院議員選挙に立候補を予定している関谷勝嗣参議院議員が新居浜入りされるので、それに間に合うように、東京から戻ってくる。そして、市内4ヶ所での国政報告会に、私も参加をして、自民党の考え方や関谷先生の仕事ぶりについてお話をする。

 各会場共、会場一杯に人が集まり、私たちの話を聞いて頂いた。ただ熱気は薄い。やはり、年金問題、松岡大臣自殺問題、格差問題等について、胸に引っ掛かる思いがあって、何が何でも自民党と言い切れない気持ちがあるのだろうと推察する。

 選挙というのは、大きく2つの要素の組み合わせが必要である。1つは、大きなムード。その政党や候補者に好意的なムードが流れていないと、運動が広がらない。そしてもう1つは、一票を着実に集める活動。この地道な活動がないと、ムードだけに流されて、選挙が上滑りをしてしまう。 今回は、大きなムードがよくない。それを是正するのが第一歩である。

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6月14日(木) 国政の 閉塞感の その理由 この国向かう ビジョンの欠如

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 清和政策研究会政策委員会で、参議院議員選挙に向けての政策のあり方を語り合う。

 まず私から、この暫くの日本社会において、いかに国民意識が変化しているか、そして、、それに対応するために、いかに政治が対応してゆかねばならないかという点について論じ、その後、参加国会議員と意見交換を行った。大局に立った議論であり、個々の政策をどうするかといった局所の議論ではなかったが、参加者に聞くと、大旨好評であった。

 今、政治家も、そのスタッフも、今までのやり方が通用しない時代だと戸惑っている。大きな方向性を見出したくて、大きなビジョンを求めている時代だと私は感じた。

 しかし、現実は、中々そうはなっていない。自民党の政調会も、基本的には、目前の具体的問題を論じる場である。そこに、現代の政策的閉塞感が生まれていると言っては、言い過ぎだろうか。

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6月13日(水) 決戦を 前に戸惑い そのわけは 逆風よりも 風の無きなり

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 朝、OAK・TREEフォレスト。「夏の参議院議員選挙の争点」をテーマに論じる。私は、具体的な政策的争点の無いことこそが、これからの選挙の困難を示していると思う。

 昼、四国ブロック両院議員会。夏の参議院議員選挙時に、四国としての政策提言を出すかどうかについて、話し合う予定であった。しかしこの場では、むしろ年金未記帳問題を中心とした有権者の反発が指摘され選挙に向けての厳しさが論じられる。

 午後3時、清和政策研究会政策委員会。医療問題について議論する。清和研として、問題解決のための提言をまとめることとして、その柱を了承して頂く。

 以上、この日、私が中心的に運営した会合である。参議院議員選挙を前にして、全体的に選挙シフトが起こっている。しかし、問題はこのつかみどころのないあいまいさ。よく人は、自民党に逆風というが、むしろ私は、自民党に無風というべきではないかと思った。

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6月12日(火) 我が夢は パレスチナにて 盆踊り 分け隔てなく 1つの輪となる

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 パレスチナ外務省長官(外務大臣)のアムロさんが昨日来日され、パレスチナ問題に関心を持つ有志国会議員40名余を前に、ご講演頂く。そしてその後、武部勤・前自民党幹事長、二階俊博・自民党国会対策委員長等と共に昼食会。

 私からは、日本の国は別名“大和”と言われるが、これは英語で言えば“Great Harmony”であり、調和を尊ぶ心を中心として建国された国であるから、その精神を活かして中東和平問題に取り組みたいとお話させて頂いた。そして、地元の“和の会”でお話申し上げた通り、パレスチナで、民族・宗教・国籍等を問わず、みんなで一緒に日本の盆踊りを踊る会を開催してはどうだろうかと提案をした。アムロ長官は、以前に文化庁長官もしておられたので、この提案に強い関心を示されたが、現状のガザ地区は大混乱であり、実現はとても無理との事。平和の尊さを改めて痛感する。

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6月11日(月) 赤ちゃんが すぐ役立つかと ファラデーさん だが元気だね このロボットは

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 夕刻4時から、自民党本部で、「ロボット政策推進議員連盟誕生1周年記念フォーラム」を開催。政・官・産・学各々から70名余くらいの方々がご参加下さり、盛大に開催。

 ロボットは、これから社会の中へ、生活の中へと入ってゆく時代である。そこで最も切実なニーズがあるのは、福祉分野であり、特に、介護をサポートするロボットが早期に実現されねばならないと考えている。そこで、その分野の推進には、厚生労働省の力が必要であり、柳澤伯夫・厚生労働大臣にも参加して頂き、ご挨拶を頂いた。

 尚、この日は、実用化寸前のロボットもその会場に展示して頂いていたので、大臣にそれらもご覧頂いた。

 フォーラムでは、折角の機会でもあったので、「ロボット・人間共生社会宣言」も採択をした。大きな一歩であったと信じている。

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6月10日(日) 日本の 歌や踊りは 人々の 心和ませ 結び合わせる

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 地元で幾つかの会合。出席してご挨拶を申し上げる。

 その1つが、「新居浜和の会」の発表会であった。

 この「和の会」というのは、民謡、日本舞踊、和太鼓、三味線等、日本の伝統芸能の発表会を、4つのグループが協力して開催しているものであった。華やかな舞台の幕間で、私から、次のような挨拶をさせて頂く。

 “今、舞台のそでから皆さんの発表の様子を見ていると、皆さん楽しそうに演じていた。怒っている人はいない。日本の伝統芸能には、人の心を和ませ、お互いを結び合わせる力があると思う。明後日、パレスチナの外務庁長官が来られるが、長い争いに疲れた民衆に、この日本の歌と踊りの力で、心の響き合いを生み出すことを提案してみたい”と。

 歌と踊りの力、無益な争いを繰り返す日本の政治の中にも、こんな一面を考えてみたいと思う。

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6月9日(土) 何となく 不満と不安の ガス充てり 爆発寸前 今の政局

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 地元活動の日。午前10時から自民党新居浜支部の会合。午後1時から退職公務員連盟の地区代表の方々との懇談。そしてその後、新居浜市内回り。7月末の参議院議員選挙に向けて、まずは地域の方々の感触をつかむところからスタートである。

 この夏の参議院議員選挙は、波乱が予想されている。その最大の理由は、国民の中に貯まっている不満である。人は、自分にとってプラスの話はすぐに忘れるが、マイナスの話は長く忘れないとよく言われる。

 高齢社会に伴う財政困難の中で、税金は高くなりサービスは低下するという大きな流れは、間違いなく国民の不満を募らせている。そして、マスコミ報道の姿勢も、不気味である。現政権批判のスタンスが、とても強い。これは容易なことではないと思う。

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6月8日(金) 日本人 その古の 心をば 今に復活 スーパーサムライ

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 財務金融委員会や衆議院本会議。

 それらを終えて、塩川正十郎先生の事務所を訪問。

 実は、以前から話を進めてきている「武士道協会」について、その役員人事、会則等の案がまとまったので、そのご相談のために訪れたのであった。先生は、私たちが作成した資料に目を通された後、数点、気になる点をご指摘頂き、最終的に了承して下さった。

 これでいよいよ基本的な方向が固まり、設立総会に向けての作業開始である。日本人が戦後失ってきた日本人の心を、これからの時代に合わせた形で復活させてゆこうとしているわけだ。これは容易な仕事ではないと思う。

 まだこの段階では、小さな一歩を踏み出したに過ぎない。…そんな気持ちで立ち向かってゆきたいと思う。

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6月7日(木) 国と県 その海峡に 架かる橋 いつの間にやら 細くなりけり

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 朝8時半から、都道府県会館の会議室で、愛媛県の「平成20年度重要施策提案・要望」に関する説明会。加戸知事、横田県議会議長の他、県政与党各党の政策責任者、そして県の部長・局長級の方々が揃って、私たち国会議員への説明と要望を行った。

 その内容は、愛媛県も財政困難な状況の中で、様々な新規施策を幅広に展開する余裕がなく、非常に限定されたものであった。また、道路整備、施設整備等について、地方分権化の流れの中で、権限と財源が完全に地方自治体に移行されたものも多く、国への陳情活動を行う必要がなくなってきているという事情もありそうだ。

 こんな場所にも、時代の変化が感じられる。政治も、これから大きく変化してゆかなくてはならないようだ。

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6月6日(水) これからは リデュース リユース リサイクル 人や企業に 思い巡らす

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 午後、品川プリンスホテルで、「リサイクルポート推進協議会」の総会が開催され、参加。このホテルは、永田町から少し距離があり不便な会場であったせいか、国会議員本人の参加は私一人。そこで、来賓として祝辞を述べさせて頂いた。

 「リサイクル・ポート」というのは、港湾臨接地にリサイクル工場等を設置して、船舶を利用する物流によって、広範囲に廃棄物を集め、それを新たな原材料等に再生する機能を有する港湾のことであり、今、日本で約20の港湾が指定されている。私の地元では、三島・川之江港が、紙のリサイクルを行う港湾として、少し前に指定をされたところである。

 この頃、人や下請企業等が、簡単に切り捨てられたり、使い捨てられたりしているとよく論じられるが、こんな面についてもリサイクル的発想が必要と感じた次第。

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6月5日(火) 木育てる 前に行なう 土作り 霞ヶ関の 森を夢見る

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 夜、林野庁の若手官僚の皆さんとの勉強会。 これは以前、自民党の林政調査会で、林野庁が色々な問題に対して、余りに待ちの姿勢にすぎるのではないかと指摘をさせて頂いたことがあったが、その発言を補強するものとして、林野庁の実務責任者たちと率直に意見交換をし合う会合を開催したものであった。

 そこでは、環境論に流されるのではなく、林野庁自身が、そして、林産家自身が、もっと強い主体性を持って、困難に立ち向かうことが基本だと、例によって“夢出せ!知恵出せ!元気出せ!”の考え方を語りかけたのであった。そしてまずは、人生姿勢や困難への対処姿勢について、私との共通土壌を形成することが大切とその点に腐心したのであった。

 これが第1ラウンド。次回からは、具体的な林業政策の問題を活発に論じ合ってゆきたいと考えている。

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6月4日(月) 変化への 対応いかに 為すべきや 「かんわ米」から 1つの教訓

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  農林水産省から、「かんわ米」についての説明にやって来る。

 この「かんわ米」というのは、米の遺伝子中に、アレルギー原因物質に含まれるある遺伝子を組み入れることによって、その米を食べるというだけで、徐々にそのアレルギー反応に体を慣らしてゆき、最終的には、花粉等のアレルギー原因物質に触れても、アレルギー反応が起こらないようにしてゆこうとするものである。 

 言わば、蛙を鍋に入れて少しずつ温度を上げてゆくと、その蛙は熱さに気がつかないままにゆでられてしまうという、「ゆで蛙」の理論である。

 考えてみれば、少しずつの変化であれば、気も付かず、また余り気にすることもなく、いつの間にか、以前と全く違った環境を当たり前の事と思ってしまっているものである。これも、政治に対する1つの教訓?

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6月3日(日) 幕末と 現代日本は よく似てる 我はこれから 方谷になる

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 宇摩史談会35周年記念講演会で、「山田方谷の思想と日本の財政再建」をテーマ

 今、私は、山田方谷先生の心になろうと努力をしている。幕末期の備中松山藩と、現代日本の状況はよく似ている。勿論、時代が150年も違うのだから、具体的な環境や取り組みの手法は異なるだろう。しかし、困難の底に流れている、人々の考え方やその解決にあたる人間の決意や哲学というものは、そんなに異なるものではないと思う。

 私は、このような機会を活用して、山田方谷先生になりきって、多くの人に語りかけてゆきたい。そうすると、きっとそこから問題解決の糸口が見えてくるに違いないと思うのある。

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6月2日(土) 美しい 国作りへの アプローチ 数学ならば 応用問題

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 午後4時半から、私の地元のトラック協会の方々を対象とする講演会。私が講師として、約1時間のお話を行う。テーマは、安倍総理が政権目標として掲げておられる「美しい国づくり」の考え方を、トラック業界に当てはめると、こんな方向性が生まれてくるのではないかという内容であった。

 「美しい国」を目指すことを否定する国民はほとんどいないと思う。しかし、その言葉が国民に必ずしも響いていないのは、具体的な目標が何か、そして、具体的な取り組みをどうするかという点が、国民に理解されていないせいであろう。従って、これから私たちが取り組まなくてはならないのは、応用問題を解くことである。

 私も、様々な方々を対象に、この応用問題の解法をお話する努力をしてゆきたいと思う。

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6月1日(金) 時を経て なお生き続ける 魂が 肉体を得て 今よみがえる

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 この日も、朝未明まで深夜国会。睡眠不足ではあったが、8時からガソリンスタンドの問題を巡る会合があったので、目をこすりながら参加。午前中は、その他にも幾つかの会合。

 午後1時から本会議。その後、JRで地元へ。

 実はこの日の夜、新居浜で来年上演を予定している「伊庭貞剛氏の人生をテーマとするオペラ」の企画会議が行われた。主催は東京オペラ協会。その理事長の石多エドワードさんの顔をよくよく見ていると、伊庭貞剛氏と顔相がそっくりである。この日は、石多さんの奥様も来られていたが、これまた伊庭夫人の梅子さんに何となく似ている。これは機縁である。

 19世紀末に活躍された、伊庭氏の魂がずっと生き続けていて、今、活動する肉体を得て、目の前にいるのじゃないかという錯覚を起こしそうな不思議な気分。

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