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7月31日(火) 台風だ それも巨大な 台風だ 不安を胸に 論ず政談

20070731

 選挙が終わったばかりで、まだ自民党本部も虚脱状態。衆議院にも、特に動きはなし。そこで、この日は、今回の選挙の反省を込めた執筆を宿舎で行う。

 そして夕刻から、新橋駅前広場で、「第3回ゆちげ街頭演説会」を開催。テーマは、「参議院議員選挙後の日本政治」。今回の選挙を振り返りつつ、今回の参議院議員選挙で、日本政治はどう動き、今後どう動いてゆくべきかということを、往来の人たちに語りかける。そこに東京OAK・TREEフォレストメンバーが数多く駆けつけて下さり、ビラ配布を手伝って下さる。それを終えてから、近くの「せとうち旬彩館」で懇親会。仲間と語り合っている内に、私も、段々と元気を取り戻してくるのを実感。

 しかし、この談笑をしている私の目の前には、これからの日本政治を揺り動かす激しい嵐が吹き荒れていたのであった。

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7月30日(月) 跳ぶ前に いったんしゃがむ 時もある ノロノロ運転 それもまたよし

20070730

 朝、飛行機で上京。

 早速、事務所と宿舎に貯まっていた書類と新聞に目を通しつつ、その処理を行う。しかし、暑い上、選挙を終えたばかりで、しかも、その結果が敗北であっただけに、この日一気に疲れが出てきて、頭はボーっとしてなかなか仕事が進まない。しかし、亀の歩みでも、立ち止まっているよりはマシと、ノロノロ片付けを進める。

 夕刻には、フランスの原子力開発局長であるプラデルさんが、私の部屋をお訪ね下さる。これが、選挙後の初仕事である。今後の日仏原子力協力の問題、もんじゅ再稼働の問題、国際的な原子力を巡る環境変化の問題等、様々なことについて、意見交換を行う。

 人は、跳ぶ前に一度ひざを曲げねばならないと言われるそうだ。今しばらくは、ゆっくりと動き始めてゆくことにしよう。

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7月29日(日) 突然に カタストロフは やってくる この敗北も そう考えるべき

20070729

 第21回参議院議員選挙の投票日。

 私は、午前中に事務所員と反省会を行い、投票と子どものピアノ演奏会に行った以外は、自宅で書類整理と今後の企画の立案。

 夜になって、松山の選挙報告会が開かれる会場へ。

 しかし、午後10時過ぎには、関谷候補の落選が確実になる。そして、選挙責任者からのお礼と本人の挨拶だけという、簡単な報告会。出口調査によると、大差で落選したようだとのことであった。

 選挙中から、いつもと異なる雰囲気に警戒感は持っていたが、演説会の人の集まりも悪かったわけでなく、「自民党王国」と言われた愛媛で、よもや敗れることはあるまいと思っていただけに、強い虚脱感に襲われた。それと同時に、時代の変化を肌に感じた。もうこの流れは戻らない…。自民党が大きく変わらなければ、自民党の時代も、これで終わりになるのかも知れない…。そんな思いがふと胸をよぎったのであった。

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7月28日(土) 戦争に 意味ありとせば 一点に 人の心を 集めるにあり

20070728

 終日、私の選挙区内を回って最後の活動。特に、各地に設けられた選挙事務所を回って、これまでのお礼を申し上げ、更にもう一歩のお願いを行う。

 暑い時期の選挙であった。途中には台風もやって来た。色々な逆風に翻弄された選挙でもあった。

 ローマ人の物語について、膨大な著作を世に出してきた塩野七生さんが、“戦争ということに意味があるとすれば、多種多様な人たちの関心を、その一点に集中させる点にある”といったことを、昔、テレビで語っていたのを思い出した。選挙というのは、武器を使わない戦争である。種々雑多な関心を持つ人たちが、ある候補を当選させるために、1つになる。そのエネルギーは膨大である。そして勝てば、そのエネルギーがその政治家を中心に大きく動き、逆に負ければ、求心力を失い、バラバラになってゆく。

 そんなことを考えると、「選挙」とは、本当に恐ろしいものだと思う。

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7月27日(金) 泣いたとて 笑ったとても もう最後… そう言いつつも 心はクール?

20070727

 投票日まであと2日。私の選挙区での、最後の最後のお願いの日である。朝からずっと候補者に同行して、街頭演説等で私もマイクを握る。

 選挙ではよく、“泣いても笑っても、もうすぐ投票日”だという言葉が語られる。これは、全力を尽くして戦ってきた人間にして、初めて語ることの出来る言葉だと思う。つまり、厳しい選挙戦を戦い抜いてきた人間の、裸の心から発せられる言葉である。選挙では、終盤になると、必ずそんな人たちが現れてくる。そして、その人たちを中心に、会場は、異様な熱気に包まれるのである。

 しかし、今回の選挙では、そんな雰囲気が全く無かった。共に涙をこぼしながら戦ってきたという感慨が無く、クールな雰囲気のままに、選挙が終わりを告げようとしている。
 もちろん、私も持てる力を尽くしたつもりだ。しかし、私自身もどこかクールという感じなのである。

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7月26日(木) あきらめぬ 心が道を 切り拓く 孔明言ったね 死して後已むと

20070726

 この日は、東へ西へと随分自動車で移動した1日であった。

 そして夜は、三島市民会館で、関谷勝嗣候補の個人演説会。1000席の会場がほぼ満席であった。
 しかし、関谷候補の演説が、まるで敗北宣言をするかのような内容であった。候補は長い間かけて、この選挙を目標として精力的に準備を行い、しかもこの暫くも、もう2ヶ月間にわたり、も県内において、力を尽くす活動をしてきたにも関わらず、ほんの少し前に名乗りを上げたサッカー選手に、優位を奪われている実状に、やるせない気持ちがこみ上げてきたのであろう…。その心情は、理解出来ないものではない。

 しかし、まだ戦いが終わったわけではない。そして現実に、目の前に1000名を越える人たちが、大切な時間を割いて駆け付けているのである。逆風の中でも、孤独な戦いをするのが候補者である。もう一歩、最後の力を振り絞らねばならなと思う。諸葛孔明の言葉“死して後 巳む”の決意である。

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7月25日(水) 自らの 足で歩くと 考えず ただ待つだけの 建設業界?

20070725

 西条市建設業協会の若手の皆さんとの会合。この方々とは、随分以前にも話し合いをしたことがあったが、改めて、「公共事業は、今後も予算の減少傾向は変わらず、建設業界の環境は更に厳しくなるのだから、自分たちで、今後どう対処すべきかと考え、切り拓いてゆく動きを作ってゆこうじゃないか」と訴えた。そして今後のこととして、策には、私も、「国土交通省をはじめとする各省庁の動きについて、情報提供をして、一緒に考えてゆくという意欲を持っているので、一緒に将来を切り拓く取り組みをしようと考える人がいるなら言、ってくれ」と語りかけたが、反応なし。

 土木・建設業が問題を乗り越えるには、まず下請け根性を脱却することが必要である。自らを拠点に戦う覚悟が生まれて、初めて道は拓けてくる。そのことに早く気付いて、一歩を踏み出して欲しいものだと、切に願う気持ちである。

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7月24日(火) 陽明の 事上磨錬の 教えをば この選挙にて 我が物とする

20070724

 四国中央市で青年の会合。市議会議員の井川剛先生が、若い人たちに呼びかけて開いて下さった。参加者からの話の内容は、日本政治と政治家に対する素朴な疑問が多かった。

 例えば、「こんな会を開いても、所詮、選挙のためのパフォーマンスに過ぎないのだろう」とか、「自分たちが何か発言したって仕方がない、何も変わらない」といった声であった。しかし、それらに対して、1つひとつ丁寧に答えてゆく内に、少しは警戒感も薄らいできて、政治を自分たちの問題として捉えてゆこうという雰囲気も生まれてきたのであった。

 私は、自分自身の時間の許す限り、現地現場を訪ね、そこでの声を聞くと同時に、色々な提案をして、地域の人自身が、自ら動き始める運動を進めてゆきたいと考えている。この若者たちとも、改めて論じ合ってみたいと思った次第。

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7月23日(月) 知恵を出す そんな議論に 先立って 入ってますかと 扉を叩く

20070723

 この日も3つの会合。

 1つ目は、新居浜商工会議所・青年部有志の方々との懇談会。この地域をこれから発展させてゆくには、若い方々が、まずは雄々しく多くの夢を描き出すことが大切であると語りかけ、今後の活動の可能性を問いかけた。
 2つ目は、音楽愛好者の会合。堅苦しい話はそこそこにして、共に歌を歌い、これからの郷土の文化振興への思いを語り合った。

 3つ目は、西条市の若手経営者の会合。経営者が抱える問題を中心として、このふるさとをいかに振興してゆくかということを語り合った。

 このような会合は、今はまだ、話し合いのために訪問した家で、扉をノックしている程度のことである。だからこれから扉を開いてもらい、中に入れて頂いて、本格的な話し合いを始めねばならないのである。まだ遠い道のり、しかし、今後、そんな形で話し合いが進んでゆくことを願う。

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7月22日(日) 選挙では 人の顔見て 握手して 頼みますよと 言わねばならぬ アァ情報社会と 大きなギャップ

20070722

 午前中、前・新居浜市議会議員の神野幸雄先生の叙勲祝賀会。冒頭でお祝いの言葉を申し上げて、すぐに松山市へ。国会議員と自民党県連役員とで、選挙を巡っての意見交換と方針決定を行う会合であった。その後、選挙区に戻り、色々な方々をお訪ねして、選挙の情報収集。

 振り返ってみれば、この1ヶ月、各地を走り、色々な人にお会いし、こちらのメッセージを伝えると共に、皆さんのご意見や陳情をお聞きし、また選挙状況を巡る情報を集める日々であった。

 科学技術は進歩し、情報は瞬時に世界中に送り届けられる時代である。高度情報社会とも言われている。しかし、選挙や政治活動は相変わらず泥臭い活動である。このギャップはいったい何なのだろうと、ふと考えてしまった次第。

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7月21日(土) 参加者が 心を開き 響き合い 1つに溶け合う 夏祭りかな

20070721

 2日間、候補者の選挙区入りに随行したので、この日は、主にデスクワーク。

 OAK・TREE9月号の残原稿を書き上げ、これまでの原稿を修正・加筆して、大体の形を仕上げる。また、自宅の書類整理を精力的に行う。

 夕刻は、多喜浜小学校で、“塩田讃歌と踊りの夕べ”。要するに盆踊り大会なのであるが、今回は、塩田讃歌を作ったということで、その振り付けも行って、披露を行うという趣向であった。

 地域の皆さん、老若男女が集まって、太鼓櫓を幾重にも囲んで共に踊る。明るい旋律とリズム、そして、見事に揃った踊りの動き…。見ている人も含めて、みんな笑みをたたえている。怒っている人や考え込んでいる人はいない。みんながみんな、心を開放して、心から響き合っている場である。

 これこそが地域の和の源泉、これからも、地域で大切にしたい行事だなと思った。

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7月20日(金) 暑い…連日の猛暑 寒い…有権者の反応 何かおかしい

20070720

 関谷候補が、昨日と今日、私の選挙区に入ったので、随行して各地で街頭演説。その日訪れた多くの地域では、これが最後のお願いであり、私もマイクを握らせて頂いて、暑さの厳しい中をお集まり頂いた方々に、御礼とお願いを申し上げた。それにしても、暑い…。日陰にいても、汗がほとばしり出てくる感じである。

 この選挙も、残りが約一週間。テレビでの論戦も、ますます熱を帯びてきて、有権者の選挙への関心も高まってきている。手応えも生まれてきた。そして、街頭演説に集まって来られる方々の数も多い。

 しかし、かねてから感じてきた通り、これまでの選挙で感じてきた熱気が、今回は弱い。演説会に来て頂いた方々の中にも、今の政府に対する不平・不満を顕わに口にされる方が少なからずいる。

 何かおかしい…そう思いつつも、これも暑さの中でみんな疲れているせいなのだろうかと思う。

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7月19日(木) 常識に 捉われないこと そうすれば 死もまた殻を 脱ぎ捨てること

20070719

 この日、日本の臨床心理学の第一人者である、河合隼雄・前・文化庁長官がお亡くなりになられる。79歳であった。

 私は、河合先生の幅広い知識と深い見識に敬意を抱いていて、色々な会合でのご講師を依頼させて頂いた。また、先生が書かれた色々な本も読ませて頂いた。

 先生は、捉われることが少なく、とても自由な考え方をされる方であった。文化の問題も、文化庁の枠に縛られることなく、経済や教育・福祉等の問題と関連づけて語られることが多かった。そして、聴衆の皆さんに対しても、にこやかな笑顔を振りまきながら、「常識に縛られて悩むことなんかありませんよ、もっと自由に考えたらよろしいですよ…」と、メッセージを送られた。

 そんな先生を偲んでいると、「これで窮屈な肉体にも縛られないですむことになりました。ハッハッハッ!」と、笑っておられる気がしたのであった。

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7月18日(水) この会は 選挙のため? いやもっと 大きなことを 考えてるよ

20070718

 この日は、3つの懇談会。その1つが“手をつなぐ親の会”での意見交換会。2つ目が土居ライオンズクラブ開会前のご挨拶。そして最後が、新居浜医師会役員との懇談会であった。

 このところ、毎日2つか3つずつ、参加者と意見を交える会合をセットさせて頂いている。それは、選挙といっても、今回は、多くの人を集めて大声を張り上げてお願いをするだけでは、有権者から必ずしも十分な理解と支援が頂けない気がしていたからであった。

 今、社会の中には、様々な問題があり、色々な考え方がある。有権者と言って、1掴みに出来る時代ではなく、それだけに、手間と時間は必要であるが、きちんと説明をして、深い理解を頂くというプロセスが是非とも必要だと思ったのである。

 そして、それは選挙のためというよりも、むしろこれからの地域を発展させてゆくためにも必要なことなのであった。

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7月17日(火) 義を愛し 不正憎みし 人の逝く 小さな巨人と 我弔辞読む

20070717

 前・新居浜市議会議員の小野利通先生のご葬儀。これまで長いお付き合いであったため、弔辞を読ませて頂いた。

 その冒頭、私は、利通先生のことを、“小さな巨人”と表現させて頂いた。その言葉通り、先生は、体は小柄であったが、そこに宿る気迫は、巨人と呼ぶにふさわしいものであった。正義を愛し、不正を心から憎んだ。そして、困難がやってきても、それを自らの気力で振り払って立ち向かってゆく、気骨のある方であった。またポストで仕事をするのではなく、自らの人間力で仕事をする方であった。

 だから、多くの人が先生を慕っておられた。特に、先生の回りには、若い人たちが数多くおられた。

 そんな先生がお亡くなりになられた。しかし、何故か、余り淋しさは感じなかった。亡くなられても、どこかで生きておられる…そんな気がする方であった。

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7月16日(月) 政界も 地震来襲 構造の 弱き場所から 崩れゆくかな

20070716

 午前10時13分、新潟県中越沖地震が起きる。震度6強。次々に被災状況がテレビ・ラジオで伝えられてくるが、かなり大きな被害のようである(後で取りまとめられたものによると、死者11名、住宅被害は8000棟以上)。

 一方、私の方は、相変わらず地元で活動。この日は、青年会議所有志皆さんとの懇談会。そして、小松町の方々との懇談会等。そこで色々な意見交換を行うが、その話を聞いていると、政治の世界も大地震。これまでの実績や慣行、組織といったものが、全て音をたてて崩れていっている印象である。

 地震では、外見がいくら立派でも、構造強度の弱いところがまず破壊される。政治も同じ。時代に対応出来なくなり、脆くなってしまっているところから崩壊が始まっているようだ。よくよく、政治家も、地震災害から教訓を引き出してゆきたいものだと思う。

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7月15日(日) 裏方で 大事務める 骨たちよ 日本社会を よろしく頼む

20070715

 夕刻より、松山で、第42回四国接骨学会の開会式。四国各地より多くの方々が集まっておられた。私も祝辞を述べる。その要点は、骨をテーマにとする問題提起が3題。

①日本社会から背骨が失われたと言われるようになって久しい。背骨はいかに再生されうるものなのか。

②仕事面では、“骨折り損のくたびれもうけ”のような仕事ばかりが多く、“骨を折った甲斐があった”と言える仕事  が少なくなってきたと言われる。どうしてなのだろうか。

③日本人の心の中に気骨がなくなったと言われる。心の骨はどう育てればいいのだろう。

 これら問題提起に共通することは、骨は目に見えないものであるが、とても大切なものだということである。日本全体で、心身共にカルシウムをもっと食べて、強い骨を育ててゆかなくてはなりませんね。

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7月14日(土) 嵐を前に 疎水感謝の 集いあり 備うは水と 食・エネルギーなり

20070714

 巨大台風4号が、四国に接近。それでも午前中は、まだその影響は小さく、川之江農協で 疏水感謝祭が行われ、参加。

 この地域は、今でこそ日本を代表する製紙業が立地をしているが、昔は水が乏しく、農家も水不足で苦しむ状況であったという。そこで、江戸時代に山向こうの銅山川より水を引いてくる構想があったが、それがようやく実現したのが戦後のこと。長い年月にわたる多くの方々の努力があって、今の地域の発展がある。先人たちに心から敬意を捧げたいと思う。

 私は、これからの生活を支える上で必須のものを挙げろと言われれば、水と食料とエネルギーであると思う。これらを長期的展望と戦略の下で、いかに確保してゆくか、国家戦略としても、地域振興策としても、十分に考え抜いてゆきたいと思う。今から嵐に備えておかねばという気持ちである。

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7月13日(金) 前門は 選挙の狼 後門は 仕事の虎で 万事休すだ

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 昨日、参議院議員選挙の出陣式と松山市内での街頭演説に参加した後、上京。

 6月27日(水)に地元に戻り、それから約2週間も上京していなかったので、東京での懸案の処理、書類の整理のため、議員会館事務所で精力的に仕事。加えて、党本部や清和政策研究会で、選挙状況の情報収集にもあたる。そしてこの日午後3時前のJRのぞみで地元へ。その道中、岡山市で人間論ゼミの打ち合わせも行う。 

 それにしても、国会議員のところに届けられる書類の多いこと。2週間不在にしていると、とんでもない書類の山である。それらに目を通しつつ、不要なものは捨て、必要なものは残し、選挙後に改めて読み直すこととする。その残した書類もまだまだ高い山。

 あぁ、前門は選挙の狼、後門は仕事の虎である。万事休すという気持ちになってしまった。

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7月12日(木) 参議院 選挙突入 しかれども 胸つかえあり 言葉にならず

20070712

 第21回参議院議員選挙の公示日。午前10時からの関谷かつつぐ候補出陣式に参加。そしてその後、中川秀直幹事長が駆けつけて行われた、松山市内の街頭演説にも臨席。

 前々から気になっていたのが、関谷陣営には熱気が弱いことである。私もこれまで、随分多くの選挙戦を戦ってきたが、聴衆の中にこんなに熱気が宿らない選挙は、経験したことがない。これには、選挙を単なる“お祭り騒ぎ”ではなく、冷静な目で各々の候補者の主張や人物を判断して、投票行動を決めてゆきたいとする有権者の考え方もあるのだろう。しかし、やはり有権者は、今回の選挙では、無条件に与党候補に投票するという気持ちにはなっていないようである。胸の中に何か引っ掛かるものがあって、堂々と支持を表に出して行動出来ないという、もやもやとした雰囲気を強く感じてならない。

 言い古された言葉ではあるが、この選挙には、嵐の予感がしてならない。そしてそれは、今後の日本政治に大きな混乱が起きる前触れなのではないだろうかと思う。

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7月11日(水) 格差とか 弱者切り捨て キャンペーン 吹き荒れる中 我反論す

20070711

 昼の時間に、松山市の石油会館を訪問。愛媛県石油商組合の役員会において、今回の参議院選挙への協力依頼を行うためであった。

 実は、この暫く、経営不振のガソリンスタンドの問題を巡って、色々な取り組みを行ってきた。特に、元売り側が、小売ガソリンスタンドに対して圧倒的に強い立場にあるため、不公正な形の契約を結ばされていたり、一方的な価格決定がなされていたりという問題を巡っては、自由・公正競争の観点から問題があると、自民党の石油・エネルギー調査会やガソリンスタンドを考える会等で活発な議論を行い、一定の成果を得ていた。

 そこで、それらの報告も行い、格差問題や弱者切り捨てといった、激しい野党側キャンペーンにおいて、自由民主党が弱肉強食の社会を創ってゆこうとしているとの悪宣伝が行われていることに対して、強く反論をした次第である。

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7月10日(火) 混乱も 未来を拓く ゆりかごと 言ってる余裕が あるのでしょうか

20070710

 昼過ぎ、森喜朗・元内閣総理大臣が松山空港に到着。それから、全日空ホテルで「囲む会」。その後、愛媛県知事、松山市長、関谷かつつぐ事務所を訪問された後に、新居浜へ。

 午後6時半から、地元の大会開催。約1300名の方々が集まって下さった。会場の椅子がとても足らず、随分多くの方々に立ち見で聞いて頂く形となる。それが申し訳なく、私も、壇上に席があったが、会場側で聴衆と一緒に立ち見をさせて頂いた。

 森・元総理の話は、安倍総理が「美しい国づくり」を政権目標としている意味を分かりやすく参加者に語りかけるものであった。特にその中で、教育の問題を長くお話された。そして最後には、“参議院で野党が過半数となると、日本政治は混乱する。長い時間をかけてようやく政治が安定し、日本経済も活力を取り戻してきている。今再び、政治の混乱を生み出してはならないと思う”と、この選挙への決意を語られた。

 厳しい選挙が予想されるが、我々が共有すべきは、この決意なのだと思う。

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7月9日(月) マニフェスト 約束するのは いいけれど 与党・野党で 随分違うね

20070709

 参議院議員選挙の公示を前にして、民主党がマニフェストを発表。これで各党の公約が出揃う。

 今回の民主党マニフェストは、「3つの約束、7つの提言」を柱にしたもので、特徴は、主要な公約実現のために必要とされる経費とその財源を、大掴みではあるが、そこに書き表していることである。与党側の“絵に描いた餅”批判に対して、一定の説明をしようとした点は、評価出来るものである。

 しかし、消費税率を引き上げないでも基礎年金財源が十分に得られるとしている点、補助金の一括交付化等で6.4兆円、天下り根絶等で1.3兆円、特別会計の原則廃止で3.8兆円削減できるとしていることの計算根拠が、必ずしも十分でない点が気になる。また、国の将来を決める憲法への言及がほとんどない点なども気になった。 

 ともあれ、今後、活発な政策を巡る論戦が展開されることを期待したいと思う。

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7月8日(日) 選挙にて 厳しく問われる 民意をば 遠き国より 見つめし人あり

20070708

 昼過ぎ、参議院議員選挙の自民党公認候補予定者である、中山恭子さんが新居浜入りされる。つい3日くらい前に急遽決まったことなので、これまで中山さんとご縁のあった方々と一緒に会場を構え、参加を広く呼びかけて出来上がった会であった。参加者が、約130名くらいであったろうか。

 中山さんは、これまで、北朝鮮に連れて行かれた日本人拉致被害者の救援にあたってこられた方である。その関係で、全国各地を歩いてこられた。新居浜にも3度来られて講演をされたとのことである。その時に親しくなられ、また、信頼感を持たれた方々が、この場に集まって下さった。

 中山さんは、これまでの活動についてお話された後、“この選挙は、私が当選するかどうかではなく、この結果を北朝鮮が注視していて、ここで票が集められなければ、日本人は拉致被害者帰国問題に、あまり熱心ではないと判断される。だから、絶対に負けられないのだ”と力強く語った。

 選挙で問われている民意の重さということを思った次第である。

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7月7日(土) 人生の 花を咲かせし 足跡を 後続く人に 教え伝えよ

20070707

 西条市文化会館で、西条市栄典受賞者祝賀会。この1年間に、勲章と褒賞を受けられた方々が、この会館の大ホール壇上に揃って、会場に集った市民代表と共に、その受賞を祝い合うという趣向の会である。西条市において、以前からずっと続けられている行事である。

 考えてみれば、こうして頂ければ、受章者も、あえて個人で祝賀会を盛大に開く必要がない。また、市民側も、過剰な気遣いをしないで済む。とても合理的であると思う。

 私は、これら受賞者の方々が、幾多の苦難・困難を乗り越えながら、自分自身の花を咲かせてこられたその人生に、心から敬意を捧げたいと思う。そして、そんな光輝く生き方こそが、人生の最も大切な財産なのだと、後に続く人たちに是非教え伝えて欲しいとお願いを申し上げた。

 多くの人と共に、光り輝く人生を祝い合う会。参加していて、とても清々しい気持ちになった次第。

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7月6日(金) 豪腕と 脆さ同居の 小沢さん 金属ならば 高張力鋼

20070706

 昨日、小沢一郎・民主党代表は、“野党過半数が実現出来なければ、代表をしている意味はない”と言明。それが、今日の新聞やテレビで大きく取り上げられている。

 小沢代表は、かつて自由党党首の時には、“狼が出るぞ”と人を驚かせることが多く、「狼中年」というニックネームが付けられたことがあった。勝負所を決めると、その一点で強引に活路を切り拓こうとするタイプの政治家のようである。それだけに、豪腕の印象は強いが、その一方で、うまく事が運ばなくなった時の脆さも抱えている印象がある。金属で言えば、強い焼きの入った鋼鉄というところ?

 今回の選挙も、残りがもう3週間。この小沢代表の言葉が、今後の選挙の中で、果たしてどのような影響を及ぼすことになるのであろうか。

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7月5日(木) いつの世も 壁なき時は なかりしか 先人に学べ 夢・知恵・元気

20070705

 この日午後、「近代化遺産活用協議会・新居浜大会」が開催され、参加。この“近代化遺産活用運動”というのは、明治になり、日本が西洋列強に追い付き追い越せと近代化を推し進める中で、建設された建物や導入された機械等、後世に残すべき貴重な産業遺産をきちんと保存すると同時に、観光・教育等にもっと活用してゆこうとするものである。

 私たちは、これら遺産を通して、先人たちが近代化の過程で抱いた“夢と知恵と元気”を感じ取り、また学び取ってゆかなくてはならないと考える。今の時代は、閉塞感の強い時代とよく言われるが、歴史を振り返れば、いつの時代でも、社会のどこかに、この行き詰まり感というものがあるものだ。それらを、先人がいかに乗り越えてきたかを学んでゆけば、今を生きる私たちへの多くの教訓が含まれていると思う。

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7月4日(水) 入りが減り 出ずるが増える 生活苦 だから今こそ 知恵が必要

20070704

 この日も、地元回り。この日は、西条市である。色々な企業や団体の代表者、また地区のお世話人さん等を次々に回ってゆく。

 夜は、知り合いから、小松町で同級会をしているので顔を出して欲しいと言われ、スナックで談笑している場へ飛び込み。何でも、毎月一度寄り合って、情報交換をしつつ、楽しい時間を過ごしているのだと言う。

 かなり酒も入っているのか、とても賑やかな語rらいの中で、私も一言ご挨拶。そして、皆さんの政治に対するご意見を聞かせて頂くと、なかなか手厳しい。まずは「年金問題」。そして、このエリアの地域性でもあるが、「産業問題」。その声の中には、“日本の政治家は、自分たちに死ねと言うのか”との声もあった…。年々、収入減と負担増のダブルパンチの中で、生活苦を身にしみて感じ始めているのであろう。

 私は、改めて、これからの政治活動の中で、時間を見つけては地域を歩き回り、色々な人と将来を語り合う「ゆちげ運動」を進めてゆこうと、心に誓った次第。

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7月3日(火) 「しょうがない」 その一言で 辞職とは? 日本はやはり 平和なんだね

20070703

 久間章生防衛大臣が辞任。後任に、小池百合子首相補佐官が就任。

 この辞任は、久間大臣が、アメリカ軍が広島と長崎に投下した原爆について、「しょうがない」とある大学で発言したことに対する、国民の強い批判に対するものであった。しかし、私は、久間大臣のお人柄をよく知っているので、とても原爆投下を正当化するお考えの方とは思えない。恐らく、本人も語っていたように、言葉足らずが生んだ単なる誤解であったのだろう。

 私は改めて、広辞苑を調べてみた。「しょうがない」とは、“始末におえない。施すべき手がない”という意味だと書いてあった。つまり、“アメリカが戦争終結を早めるために原爆投下をしたと、その行為を正当化する発言をしていることは、全く始末におえないことだ”という意味???ならば、辞任するほどの発言ではないはず。

 言葉足らずの片言隻句を取り上げて、大騒ぎする日本。平和な国ならではのことだと私は思った。

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7月2日(月) 半世紀 民と歩みし 自民党 この厳しさは 民離る故

20070702

 この日も、支持者回り。夕刻から、四国中央市のホテルで、自民党支部と友好団体の役員会。支部役員の他、友好団体の代表が約100名集まって下さる。

 この日は、弁士も数多く、1人あたり5分までと言われ、私からは、“今、色々なご批判の声があるが、自由民主党は、ここまで半世紀余、国民政党として歩んできた。それは、国民皆さんから強い批判が生まれた時に、反省すべきは反省し、改革すべきは改革し、常に国民と共に歩んでゆこうと努力してきたからだ。今後も、反省すべき点は真撃に反省しつつ、皆さんと共にやってゆこうと考えているので、宜しくお願い申し上げたい”と語った。

 最後に、トラック協会の地域支部長が、こんなふうに語った。「我々、運輸業者が落としてはならないのは、トラックの荷物と関谷先生だ」と。うまいことを言うものだと思った。

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7月1日(日) 支援者を 訪ね歩きて 積む小石 鬼が出てきて すぐに壊さる

20070701

 7月になる。参議院議員選挙が、7月29日に行われるので、この1ヶ月は選挙に明け暮れることになりそうである。朝9時からのNHK国会討論会を見る。各党代表の舌戦が、テレビの中でも始まっている。

 11時から知り合いの結婚式。それから、選挙区回りである。

 午後一杯を休みなく回ると、大体30軒から40軒を回ることが出来る。選挙の状況は、大旨自民党に厳しいものとは言え、私が訪ねてゆくと、訪問先の方はとても喜んで下さる。それが励みとなって、もう一軒、もう一軒と、訪問先を積み重ねてゆく。1つ1つ石を積み上げるような、そんな地道な活動である。

 しかし、そんな時に、一度、閣僚の不適切な発言やカネを巡る疑惑が報じられると、その石積みがあっという間に崩れてゆく。三途の河原では、子どもたちが石を積み上げたところに鬼がやってきて、それを次々に突き崩してゆくという。地元回りをしつつ、ふとそんな話を思い出した。

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