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8月31日(金) 「よくもまぁ こんなに長く 放ってましたね」 「エェ 何だかとても 慌しくて…」

20070831

 8月の最後の日。振り返ると何とも慌しい1ヶ月であった。

 参議院選後の混乱と後処理、臨時国会への対応、種子島・屋久島の旅、中国訪問、概算要求への対応等、毎日、全身全霊を傾けての仕事をしているのだが、目に見える成果はとなると、中々難しいものがある。人生は、余程しっかりと考えて生きていないと、正にうたかたの夢となりかねないと思う。

 午後、歯医者に行く。3月頃、歯に詰めていたものが外れて、治してもらった時に、他のところに虫歯があるから、早めに治療した方がいいと言われていたものの、毎日色々な仕事に追われていると、中々その気になれず、結局、そのままここまで放置していたものである。歯科医も少しあきれていた。

 これからは、出来るだけ仕事を整理して、私がやらなくていい仕事は極力他の人に回し、残された人生の中でこれだけは自分の使命感と努力において成し遂げたのだと語れるものを仕上げてゆきたいと思う。

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8月30日(木) この雑誌 我が分身に なりにけり そして世界を 動かすものなり

20070830

 この日が部会・調査会等のピーク。朝から数多くの会合が開かれて、活発に議論を行う。
 私にとっては同時に、余りに忙しくて遅れてしまっていたOAK・TREE誌を仕上げる日でもあった。そこで、夜遅くまでかかって、ほぼ完成していたOAK・TREE誌の最終校正を行った。いよいよ明日出稿である。
 実は、膨大な時間とエネルギーを注いで作り続けているこの雑誌に、何の意味があるのかとよく聞かれる。私はこの頃、この雑誌が私の人生そのものだという気がしてきている。そして、日本社会・人類社会のラフ・スケッチだという気持ちもしてきている。
 今、私がこの雑誌発行を止めれば、確かに時間は出来る。他のことをやるエネルギーも生まれてくるだろう。しかし、それで自分の人生の充実感が生まれるかといえば、恐らくノーである。ここまで23年半、エネルギーを注ぎ続ける内に、私の分身のような存在になってきているのである。そして、それはいずれは世界を動かす力になるはずだと信じているのである。ご理解を頂けるであろうか。

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8月29日(水) 格差ある 地方を振興 するためにゃ 交通コストを 下げなきゃならぬ

20070829

 引き続き、この日、中国地方開発委員会でも進行責任者を務める。それは、委員長が先般の選挙で落選したため、私が副委員長として、代理を務めたのであった。この場も、四国地方開発委員会と同じく、各県知事・議長(代理含む)が参加して、その要望を聞かせて頂いた。提言された論点は、四国地方開発委員会とほぼ同じであった。

 私からは、特に、中国・四国連携の重要性について語り、そのためにも、本四連絡橋料金引き下げに力を尽くしてゆくことを約束した。これから年末にかけて、道路特定財源の活用について、結論を出してゆかねばならないが、その中で、この財源を有料道路の料金引き下げに使って、交通・運輸コスト低減を通して、地方振興をすすめてゆくという道を切り拓いてゆきたいと考える。これならば、自動車税の引き下げを求める自動車業界や運輸業界の理解も得られるだろう。

 私にとっても、これからの大きな課題である。

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8月28日(火) 自治体は 総合商店 省庁は 専門卸で ギャップあり そこで我等が 分水器になる

20070828

 昨晩遅く、中国より帰国。日本では安倍総理が内閣改造を行い、新内閣が発足。

 永田町では、概算要求を巡る議論が活発になる。早速、私が委員長を務める四国地方開発委員会も開催。四県知事(代理含む)と県議会議長からの要望をお聞きして、活発な意見交換。

 ここで取り上げられた論点は主に3つ。1つは窮乏する地方財政への対処。2つ目は、都市と地方の格差、また同一県内における格差問題を捉えての地方振興策の展開。3つ目は、本四連絡橋や高速道路の料金引き下げの問題であった。

 会の最後に、これら課題に対する私の考え方を語り、今後、力を合わせて問題解決にあたってゆくことで合意した。

 地方は、各々が規模は小さくても総合商店である。それに対して国の側は、実権を持つのが各省庁という専門卸業その感覚の違いが、様々な問題への対応を遅らせている。ここは政治家が、総合プロデューサーとして、その配分の仕事に知恵を出して働かなくてはならないのだと思う。

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8月27日(月) 中国の 政治抱える 多次元の 解を求めて 和諧社会!

20070827

 午前中、北京にある中国社会科学院日本研究所を訪問。蒋立峰所長をはじめ研究者皆さんと、日本政治の現状、また、日中関係について議論を行う。昼食後、ホテルに戻り、そこで、現代国際関係研究所の徐国雄氏とお会いして、更に、中国の現状や日中関係について、ご意見を聞かせて頂く。

 私の関心事は、先の全人代で胡錦涛国家主席が提唱した“和諧社会建設”という国家目標に対して、どのような具体的政策が打ち出されているかという点であった。まだ今のところは、具体的な動きは生まれていないということのようである。

 中国は、貧富の格差が余りに大きく、それが国民の不満を高めているといわれる。対外的には、台湾問題に加え、国際的地位の高まりと共に、政治・経済等における対外摩擦も大きくなってきている。これら問題をどう処理してゆこうとしているのか、隣国日本としては、目を離せない状況だと思う。

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8月26日(日) 20年 医師留学の 支援して 生命を結ぶ 尊き交流

20070826

 朝、松山空港から関西国際空港へ。そこで森喜朗・元総理をはじめとするメンバーと合流して、北京へ。

 実は、この日、「笹川奨学金制度20周年記念式典」が北京の人民大会堂で開催されるということで、森・元総理に随行させて頂いたのであった。人民大会堂では、中国のナンバー4といわれる賈慶林・政治協商会議主席との懇談も行われた。それから、笹川奨学金の記念式典であった。

 式典は、1000名以上の参加の下で、日本側・中国側から各々挨拶が行われたのだが、この笹川奨学金により、毎年100人ずつ中国各地の医師を日本に留学生として受け入れ、日本の医療を学んだ後に帰国させて、中国の医療水準を高めてきたことに対して、高い評価がなされていた。確かに、医師は人の生命を救う尊い仕事であり、国民から尊敬を集める人たちが親日的であることは、とても強固な両国友好関係の礎になるに違いない。大変な仕事であるはずだが、それを20年間にもわたり、挑戦してきた努力に対し、心から敬意を捧げたい。

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8月25日(土) 一日に 少しずつでは あるけれど レンガ積みゆく この充実感

20070825

 午後2時から、土居文化会館で、東京オペラ協会主催のミュージカルオペラ“魔法の笛と鈴”が演じられる。これは、主要な役は、東京からのプロオペラ歌手が歌い演じるが、その他の役は、地域の方々が演じるというものである。障害児も舞台に参加し、あらゆる人が共にオペラを演じるという形になっているところに、このオペラ運動の原点があるようだ。

 その後、新居浜市議会の「仙波議長就任祝賀会」。約1ヶ月前に開催するはずだった会合だが、台風来襲と重なり延期されていたものである。

 そこから、東平(とおなる)の銅山自然の家へ、。この日、香川大学地域マネージメント学科の学生約60名が、井原学科長と共に、別子銅山登山のため来訪。私からも、歓迎の挨拶と共に、この銅山の由来や、伊庭貞剛という人物のことをお話申し上げる。

 それから更に松山へ。翌朝朝早く関西国際空港から飛ばなくてはならないので、ここで宿泊した次第。

 慌しい1日であったが、地域の中に、色々な色のレンガを積み上げた気がする1日であった。

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8月24日(金) 観光は 土地と人との 響き合い 全て輝け 光輝け

20070824

 午後2時過ぎまで東京で仕事をして、午後2時50分発の新幹線で地元へ戻る。午後8時新居浜に着いて、すぐに国領川河川敷へ。この地域で採れる里芋を鍋に入れて煮込む「いもだき」が、これから始まるので、その開場披露の会であった。

 夕刻6時くらいから始められた会なので、私が到着した頃には、もう既に人もまばらであったが、そこでこんな挨拶をさせて頂いた。

 “少し前に政府が発表した観光立国推進基本計画によると、四国にも大きなチャンスが生まれてくる。その時に、四国中央部のこのエリアに1つの核エリアを形成してゆくことが大切だ。観光は、地域の魅力と食と土産品。これから地域の食を磨き、観光面でも、この地域の輝きを増し加えてゆきましょう”と。

 観光の基礎は、土地が持つ力とそこに住む人が発する光である。

 地域がもっと光輝くように、様々な創意工夫を加えつつ、私からも色々な提案をしてゆきたいと思う。

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8月23日(木) 花粉症… 原発反対… 共通点は 誤解が生み出す 過剰反応!

20070823

 この日も、概算要求レクと、幾つかの会合。

 その中に、林野庁からの「花粉発生源対策プロジェクト」の検討状況の説明があり、また、資源エネルギー庁からの電源立地に関するレクもあった。そして、私の頭の中で、この1の全然別の分野である2つの問題が結び付き合ったのであった。

 つまり、花粉症とは、人の目では見えない小さな花粉が、人の体内に入って、それが有害物と誤認して大騒ぎを引き起こすという症状である。一方、電源立地問題、つまり原子力発電所問題では、特に今は、中越沖地震による柏崎刈羽原子力発電所の被害が大問題となっているのだが、これもごく微量の放射性物質が外部に漏れ出したということで大騒ぎである。

 両者共に、過剰反応が引き起こししている問題であるならば、対策は、問題を客観視し、的確な手を打っていくことである。誤解やあいまいさが、不安を増大させ、過剰反応を生み出してはならない。

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8月22日(水) コルビュエは マクロとミクロの デザイナー??? 晩年過ごせし 小屋の不可解…?

20070822

 永田町は、まだ地元で活動している国会議員が多いせいか、本格的な動きではない。しかしそれでも、少しずつ自民党内の会合が開かれたり、概算要求提出前の予算説明に、官僚が訪れてきたりという状況である。

 夜になり、ふと思い立って、六本木ヒルズにある森美術館に、「ル・コルビュジエ展」を見に行くことにする。ル・コルビュジエは、近代建築を切り拓いた著名な建築家で、日本でも、上部の近代見述館の設計者としてよく知られている。

 興味深かったのは、その展示法である。コンピューターグラフィックや音楽を多用し、建築を生活文化の表現として、多用な手法で展示をしていた。代表的作品の実物大模型まで作られていた。
 
 私が興味を抱いたのは、コルビュジエが、壮大な建築物を多く作り、世界各地の都市設計まで手がけながら、本人の晩年の住まいが、10坪くらいの小さな家だったことである。そして、彼は、“この家が最高の家だ”と語っていたらしい。考えさせられたことであった。

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8月21日(火) これからの 国会審議は 地雷原 細心注意で 進む他なし

20070821

 自民党税調の津島雄二会長のコメントが新聞紙面に踊っている。“今年末の税調審議の中で導入が検討される予定であった、消費税について、その問題提起が、今の国会状況では困難になりそうだ”というものであった。

 確かに、この夏の参議院議員選挙で、民主党は消費税率を上げないことを公約とした。だから、消費税増税を含む税制改正案を国会に出しても、恐らく、参議院では否決されることになるだろう。国民は、基本的には、税が上がるよりは、据え置きの方が良い訳だから、それを衆議院で3分の2の数で再議決するといっても、それは、簡単なことではない。有権者からの増税反対の声の中で、造反する与党議員が出てくることも考えておかなくてはならないだろう。

 今、国会のねじれ現象の問題が、テロ特措法延長問題だけで論じられているが、そうじゃない。様々なところに問題が生まれてくる。新たな問題も次々に出てくるだろう。地雷原を歩く慎重さが必要だと思う。

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8月20日(月) 日本の 政治がいかに あろうとも 地動説なり 世界経済

20070820

 朝、新居浜の事務所会議を行った後、JRで上京。参議院議員選挙があり、その後も、お盆前後の自分の世界の仕事等をしてきたが、これからいよいよ本格的に政治活動の再開である。

 心機一転、厳しい政治環境の中での政治活動に向けて決意新たである。そんな心持ちで、JR車中で新聞に目を通していると、米国のサブプライム・ローン問題を震源とする金融不安問題が大きく論じられていた。それは日本経済にも形を落としていて、日経平均株価が1万6000円を割り込んでいた。

 日本の政治がどんな状況であろうと、また日本がお盆で全体的に動きが止まっていようと、世界経済はそんなことを斟酌などしてはくれはしない。そして、ここで判断を誤れば、国の経済を狂わせてしまう。ガリレオは言った。“それでも地球は回っている”と。回りの声は声として、地動説の客観性を政治家が備えることが大切だと考えた。

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8月19日(日) 手作りの 人や自然に 触れる旅 胸に湧く声 I shall retarn!

20070819

 朝、民宿を出発。この民宿前の美しい海岸で、少しの時間を過ごす。それから、道の駅風の地域産品販売所を訪れたり、ヤクスギ工芸の店で記念の杉のハシを作ったりしつつ、東海岸をずっと回り、再び宮之浦へ。ここで、上屋久町歴史民族資料館を見て、昼食を取ってから、屋久島空港へ。そして、昼過ぎの飛行機で、来た時と逆に、鹿児島空港を経て、松山空港へ戻る。

 4泊5日の旅であったが、とても充実感の伴う旅であった。旅先での色々な人々との触れ合いがあり、また、圧倒的な自然の輝きがあった。娘と2人だけの手作りの旅というのも良かった。体全体で様々なことを感じ取り、考えることの多かった旅であった。また機会があるのならば、改めてじっくりと時間をかけて、もっと色々なものを見て回り、感じ取ってみたいと考えた次第である。

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8月18日(土) 我々が 島の一部に なりたいと 願えば叶う 自然尊し

20070818

 前日の夜、宿泊したのは、“苺一笑”というペンション。広島出身の、私と同年齢くらいの男性が経営していたが、何故ここでと聞くと、妻の実家がこの屋久島なのだそうだ。若い人が島や山に戻れないのは、仕事がないからだとよく言われるが、確かに生計が成り立つのなら、こんな形で、島で生活したいと考える若い人も多いだろう。

 この日は終日、島内を走り回った。安房のまち、屋久杉自然館、屋久島世界遺産センター、ヤクスギランド、千尋の滝、中間のガジュマル、メヒルギ群落、大川の滝、屋久島青少年旅行村等々自然の中で体験的に遊ぶ施設も訪れた。夜は、尾之間温泉も訪れた。この夜の宿泊は、モッチョム岳のすぐ下の農家民宿であった。

 まだ2日目なのに、これだけ精力的に島のことを知ろうと私たちが近づいてゆくと、島の住民は温かく私たちを迎え入れてくれた。その一体感が、また旅の魅力である。

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8月17日(金) 屋久島は 世界遺産の 自然なり 四国未来の 夢描くなり

20070817

 朝、大型水中翼船トッピー号で、屋久島の宮之浦港へ。

 ここでもレンタカーを借りて、まずは、港の臨接地にある屋久島観光文化センター。それから、“もののけ姫の森”や巨大な大杉がある白谷雲水峡へ。そこで約3時間かけてのトレッキング。そこから宮之浦に戻り、屋久島を反時計回りにぐるっと一周、約130㎞のドライブ。その道中、色々な観光スポットや施設に立ち寄る。西部林道では、何カ所かで、ヤクザルやヤクシカにも出会った。

 この屋久島は、1993年に世界自然遺産に指定され、今や環境観光、自然体験の聖地のようになっている。日本人のみならず、外国人も数多く訪れて、賑わっていた。自然を活用して、どのような観光の展開が可能なのか、この知恵は、四国にも役立つはずだ。

 今日も、そんな問題意識でメモ、メモ、メモ…である。それにしても、ここで借りたレンタカーは、小さな島だから軽自動車でいいと思ったが、失敗。坂道に入ると、パワーが出ない。そんな時は、クーラーを切って走るか、自然の風を受けてのドライブも良いものである。

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8月16日(木) 世界一 美し射場を 訪れて 北辰見えたか 吾子の未来に

20070816

 朝、ホテルの前の浜辺を2人で歩く。娘はきれいな貝殻を拾うのに熱中。

 午前10時、種子島宇宙センターを訪れて、このセンターの現状をお聞きすると同時に、センターの様々な施設を見せて頂く。私は、これまで宇宙開発問題に強い関心を抱いて取り組んできた国会議員の1人と自負しているが、実は、このセンターを訪問するのは10年ぶりのことであった。それだけに、施設概要、今後の整備の見通し、問題点等、様々な質問を行い、勉強をさせて頂いた。それから、センター敷地内の宇宙科学技術館をたっぷり時間をかけて見て回ったこの訪問は。娘の夢実現に、少しは参考になったのではと思う。 

 その後、シュノーケリングのツアーに参加して、亜熱帯の海で様々な魚を観察。そして、ロケット輸送のために整備されたという道路を視察しつつ、種子島を南から北へ縦断する形でのドライブ。

 夜は、西之表市で宿泊。

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8月15日(水) 種子島 宇宙の夢を 語りつつ 星空眺む 豊かな時間

20070815

 朝、娘と一緒に家を出発。まず、小野家の墓、そして妻の墓にお参りをした後、松山へ。そして、県民文化会館での戦没者追悼式に参列。

 実は、それから娘と共に、松山空港から種子島へ向かった。当初は、翌16日に月周回衛星「かぐや」を積載したHⅡAロケット13号機が、宇宙センターから打ち上げられる予定であり、宇宙工学分野への進学も大学選択候補の1つとなっている娘に、その打ち上げを見せてやろうというのが当初の目的であった。しかし、トラブルで打ち上げ延期。どうしようかと迷ったが、考えてみれば、娘との旅行というのも、もうこれから先はあまりないことかも知れず、予定通りに出発することにしたものである。

 種子島では、空港でレンタカーを借りて、島内各地を走った。南の島は、海と空が美しい。そして、夜は、車が通らない見晴らしの良い農道に入って、30分くらい、2人でゆっくりと美しい夜空を眺める。

 父と娘、2人で過ごした、心豊かな時間であった。

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8月14日(火) 教育が 悪くなれりと ニュースあり 学校・家庭 社会の全て

20070814

 今日は、自宅でのデスクワーク。特にOAK・TREE誌の原稿執筆に力を注ぐ。この3日間は、余り雑事に心惑わせることなく、自分の世界で仕事に取り組んだ。何よりの休養であったと思う。

 ところでニュースを見ていると、日本の教育について、国立教育政策研究所がアンケートを行ったところ、2人に1人が「悪い方向に向かっている」と解答をしたと報じられていた。対象は、文部科学省が発行するメールマガジンの読者ということだから、教育の専門家が多く解答を寄せたもののようである。ちなみに、「良い方向に向かっている」と答えた人は、13.6%であった。悪化の理由には、①家庭の教育力の低下(52.4%)、②社会のモラルの低下(35.74%)、③学校への要望に対する条件整備が不十分(31.4%)が、トップ3であった。

 教育においては、学校、家庭、社会の3者が力を合わせて取り組む必要があるとよく言われるが、これらの各々に問題ありという結果…考えさせられた次第。

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8月13日(月) 人気なき 自然の中の 仕事小屋 私の心の リハビリセンター

20070813

 昨日に引き続いて、自分1人の仕事とする。ただ新盆の日でもあり、気になっていた方の仰墓前参りに行き、それからヤング・リーフ・ハウスへ。

 ここは、山中に一軒だけ建っている建物なので、全く何の気兼ねもなく、天地に我1人という心境になって、静かに机に向かって仕事を行うことが出来る。そして、少し気分転換をしたいと思えば、建物の外に出るだけで、自然の真っ只中である。その風景も美しく、私は、京都の寺社の名庭園に匹敵するものだと思っている。心がどんどんと深く深く沈んでゆく。日常生活の中で雑事を追われ、散り散りになってしまった心が、いつしか、丸くまとまってきて、私に対して静かに心の声を聞かせてくれるようになる。

 ここは、私の心のリハビリ・センターでもあるのだと思う。

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8月12日(日) 仏門の 写経にあたる 良き時間 デスクワークに 無我の没入

20070812

 これまで選挙後2週間、見守っていたの仕事を大体片付けたと思っていたが、よくよく見ると、随分長い間処理出来ずに残っていた様々な仕事が多くあることに気がついた。執筆を依頼されていた文章、今後の活動計画、書類整理等である。OAK・TREE誌9月号の執筆も急がなくてはならない。

 そこで、今年は、お盆前のこの期間をひたすら仕事を片付けるための期間と考えて、デスクワークを中心に取り組むこととした。

 朝から夜まで、デスクワーク。自分1人でコツコツと小石を積み上げてゆくような仕事。ふと気がついたのは、自分1人の世界に没入して仕事をしていると、何と心静かな時間になることだろうということだった。

 私にとっては、このような時間が、仏門の写経の時間に匹敵するもののように思えたのであった。

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8月11日(土) 寒なれば 真の強さが 示される 我が心には 「葉隠」があり

20070811

 地元での四国人間論ゼミとOAK・TREEフォレスト勉強会。四国人間論ゼミのテーマは、武士道の教科書と言われる「葉隠」。そして、OAK・TREEフォレストでは、参議院議員選挙に自民党が大敗した理由と、今後の政局を巡るお話をさせて頂いた。参加された方々も、この厳しい事態の中での勉強会であり、強い関心を抱いておられた様子であった。

 論話の中に“歳寒うして、而る後に松柏の寒に耐えるを知る”という言葉がある。“調子の良い時は、どんな人でも同じように葉を伸ばすことが出来るが、厳しい冬が訪れると、本当に強い木だけが葉を落とさないでいるので、真の強さが分かる”という意味である。

 私も、この厳しさの中だからこそ真価を発揮せねばならないと思う。
 これまでに貯えた力を存分に出してゆきたいと心に誓う。

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8月10日(金) 閣議にて 概算要求 基準が決まる あぁ国会は 内憂外患

20070810

 昨日、自民党内で承認をした来年度予算概算要求基準が閣議で了解された。その概要は、一般歳出上限は47兆3000億円。今年の当初予算に較べ、3000億円の伸び。そして、重要施策の特別要望枠は、6000億円程度とされている。この重点要望には、①成長力の強化、②地域活性化、③環境立国戦略、④教育再生、⑤生活の安全・安心の5分野が対象となっている。8月末には、各省庁から、予算要望が出されるので、1つひとつチェックして、その妥当性やより有効な活用法を検討してゆきたいと思う。

 臨時国会は、今日で、4日間の会期を終えて閉幕。9月に予定される次の臨時国会が本舞台。この先の時間を使って、様々な課題の論点を整理しておきたいと思う。それにしても、大変内憂外患という言葉を思い出した。

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8月9日(木) 来年度 予算巡りて 議論あり 今の自民は 荒城の月

20070809

 午後1時から、自民党の政調全体会議。そして、2時半からは政策審議会。8月末から9月初旬に予定される各省庁からの本年度予算の概算要求提出を前にして、その要求基準を議論して承認する会合であった。

 来年度も、基本的には緊縮財政であり、公共事業を含む一般歳出は、高齢化対応等の一部を除いては、対前年度比3%減という方針が示された。それに対して、これ以上公共事業費を削減しては、地方の建設・土木業がもう維持出来なくなるとか、社会福祉方面の自然増分を極力圧縮するといった方針に反対という声はあったが、結局は毎年増加する巨額の財政赤字を前に、政府側から提案された案が承認される。

 この会合の様子を見ていても、前途多難。選挙に敗れるということの困難と悲哀を痛感した次第。

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8月8日(水) 大敗も 考え次第で チャンスにも そんな気持ちで 我ペンを取る

20070808

 昨日、臨時国会が召集され、国会議員が永田町に集まって来ているせいで、会合も多くなってきた。その中には、7月末の参議院議員選挙の反省と今後の取り組みを巡る会合もあった。様々な部会や勉強会も開かれた。また、相談事や報告に訪れる客も多い。

 それにしても、いよいよ、選挙後の政治活動再開という時期であるが、自由民主党には今一つ元気がない。やはり、選挙での大敗、そして、それが現実のものとして、参議院で議長ポストを野党に渡したりという現実が生まれていることに、何かしら胸につっかえるものがあるのだろう。

 私も、私なりにこの選挙を総括して、今後の自民党、日本政治の進路を指し示す仕事に取り組もうと、ペンを手にした。

 こんな時こそ、改革のチャンスである。私なりに力を尽くしたいと思う。

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8月7日(火) 堤防を 築くは大変 しかれども 壊すだけなら 一穴で足りる

20070807

 第167回臨時国会が召集される。参議院選挙後の国会の形を整えるためのものであり、会期は4日間と短い。
 この焦点は、参議院の議長と議会運営委員長の人選。選挙で第一党となった民主党から出すということで合意されていたが、議長には、江田五月氏、議会運営委員長には、西岡武夫氏が選出された。副議長には、慣例により、第二党からということで、山東昭子氏が選ばれた。 

 選挙の日から、これからの国会運営の厳しさを頭の中では考えてきたが、具体的に、歴史上初めて自由民主党以外から議長や議運委員長が誕生した姿に、現実のものとして、その厳しさを肌に感じた。

 堤防を築くには、総合力が必要であるが、その堤防を崩すのは、アリの一穴で足りる。民主党が国会審議を妨害して、政府提案の法案をぶっつぶすというのは容易なことである。議会制民主主義を守る意味からも、良識を求めたいと願わずにはいられなかった。

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8月6日(月) 数学と 政治を結ぶ 方程式は 一体どんな ものなのだろう

20070806

 午後2時から、“数学と政治の架け橋”と題した懇談会。

 数学界の代表の方々9名と国会議員6名が、机を挟んで語り合う。

 そもそも、この会が開かれたのは、今治市にあるハリソン電気で社長をしておられた片瀬豊さんの話がきっかけである。数学協会のお世話をしているのだが、日本の国は、数学を、もっと教育においても政治行政においても大切にしてゆかないと、他国に遅れをとってしまうことになると、私のところへお話を持ち込んで来られたのである。それに対して、ならば、具体的に日本の問題解決の道筋を数学の力を使ってお示し頂きたいと、私からお願いをして、開かれた会であった。

 今回はまず顔合わせであり、各々の言い分を各々に語った形であった。これから、その相互の結びあわせである。そう言えば昔、“順列・組み合わせ”などという言葉を数学の授業で教えられたなと思った次第。

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8月5日(日) 教育の 舞台の主役は 教師なり ヘボ役者では 務まるはずなし

20070805

 朝、岐阜に移動。岐阜市の長良川国際会議場で行われている全日本教職員連盟教育研究大会の総会行事に参列するためである。自己紹介を兼ねて挨拶の機会があったので、こんなことを語る。

 “激動の時代、教育界にも色々な課題があるが、教育の主人公は、教師である。教師が自ら学び、より大きな人間になることが求められている。私はかつて、新井正明先生から、人間には3つの学ぶべき大きな柱があることを教えられた。1つは専門分野である。2つは時代・社会の一般常識・知識、3つは人間学である。今回の研修大会では、第1の専門分野、つまり、教育技術や教科内容について研修をされるようであるが、残りの2つについても、今後の課題として考えて頂きたい”と。

 それから、岡山へ移動して、岡山人間論ゼミ。

 世の中のことは、“不易と流行”と言われる。不易なるものに心がひかれるこの頃である。

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8月4日(土) 大敗の 原因それは 自らの 実力不足と 国民離反

20070804

 参議院議員選挙後もずっと日程に追われる日が続いていたので、この日は、自宅での仕事と心を決める。朝から、これまで貯まっていた書類や新聞の処理。また、今後政治的に取り組むべきことの整理等を行う。 
 
 このデスクワークの中で考えのは、この夏の参議院議員選挙大敗北の底流には一体何があったのだろうかということ。勿論、年金問題もあったし、政治とカネを巡る問題もあった。マスコミの異常な報道もあった。しかし、要するに、自民党側にその批判をはね返すだけの力が無かったということである。また、そこにエネルギーを与えてくれる国民の共感が無かったということである。そしてそこには、自民党というだけでなく、日本政治全体の問題と考えるべき、根深い課題も潜んでいるかも知れないと思う。

 夜、愛媛県歯科医師会創立100周年記念祝賀会に出席後、飛行機で愛知県小牧空港へ。名古屋で宿泊。

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8月3日(金) 激動の 時代の四国を 語るには すごい舞台だ 台風来襲

20070803

 昨日の午後から、今治市で“四国フォーラム”愛媛会議が開かれていて、今日も引き続いて、この会合に参加。そのテーマは、“21世紀の世界の中の四国~四国らしさの再発見と次代への継承~”という何とも大風呂敷を広げたものであった。このフォーラムには、四国四県から、四国経済連合会の大西会長をはじめ、金融機関の頭取やマスコミの社長等、錚々たるメンバーが集まり、四国の未来に関して、活発な議論が展開された。

 それにしても、時丁度、台風5号が四国直撃という最中でのフォーラム。激動の時代の嵐の中で四国の進路を考えようというには絶好の舞台であったと言えるのかも知れない。

 正に、地方は年々厳しさを増し加えている。国政の側からも、様々な知恵を注ぎ込んでゆく必要がありそうだ。

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8月2日(木) 人口が 3大都市に 半数だ これじゃバランス おかしくなるはず!

20070802

 総務省がこの日に発表をした、住民基本台帳に基づくこの3月末時点の人口調査によると、日本の総人口は1億2705万3471人であり、前年比1554人の減(前年比0.001%減)で、2年連続で人口減少となった。加えて、東京、名古屋、関西の3大都市の合計人口は、50.01%を占め、今年初めて全国の人口の半数を超えた。

 より具体的に言えば、3大都市では、年0.35%程度の人口増であるのに対し、それ以外の地方圏では、年-0.35%程度の人口が減少しているのである。

 労働生産性が高い仕事が多くあり、それだけ賃金の高い3大都市地域に人口が集まるのは世の常と言いながら、その一方ですたれゆく地方を目の当たりにして、これからの政治が、より大きな知恵を出す必要性を痛感した次第である。

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8月1日(水) 葉月とは 破月じゃないかと 考えた 1つの時代が 崩れる予感

20070801

 8月になった。この月は葉月とも呼ばれる。何かしらこの暑さと似合わない気がして調べてみると、陰暦の8月を葉月と呼ぶとある。つまり、今の暦では、9月上旬から10月上旬の季節とのことである。ナルホドと納得。それにしても暑い。

 この日も1日、色々なことがあった。まず、赤城農林水産大臣の辞任。これは事実上の更迭であったようだ。それから作詞家・阿久悠さんの死去。そして、アメリカのミネアポリスで、ミシシッピ川に架かる高速道路の橋が崩落(日本時間では2日午前8時)。

 何かしら、1つの時代が、音を立てながら壊れていっているような印象を胸に抱いた次第である。ならば、この次なる時代はどのような時代なのだろう。そして、私自身は、そこでどんな役割を果たすべきなのだろうかと考えた。

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