5月31日(日) 高知には 維新の血潮 流るるか 荒波前に 攻めゆく人達
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昼前、自民党新居浜支部女性局の皆さんが東京への研修旅行の中で、党本部を訪問。森喜朗元総理、山谷えり子女性局長からのお話があり、その後昼食。また、同行の市議会議員皆さんには、国土交通省の都市整備局、鉄道局関係者との勉強会を開き、新居浜市の抱える課題について意見交換。
尚、この日は、衆議院で約1ヶ月前に提出された補正予算案を巡っての手続きが行われて、補正予算が成立をした日でもあった。
私は、永田町での仕事・生活というのは万華鏡の様なものだと思うことがある。時の流れと共に、あっという間に見ている景色が次々に変わってゆく。
しかし、そんな目の前の変化が色々とあるからといって、遠くを見ると現実はほとんど何も変わっていない…。これは少しネガティブな見方か。
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霞ヶ関が揺れている。1つは、麻生総理が提起した厚生労働省分割案。厚労大臣や自民党等からの反発が強いのを見て、分割にこだわらずと総理は発言を修正。省庁再再編問題の余りに軽い扱いに驚く。
もう1つは、障害者団体向けの安価な郵便制度の不正利用を巡る問題。政治家からの依頼によって、違法と知りつつ厚生労働省が対応をした事案の様であり、かなり、根の深い問題となる可能性が出てきている。
これまで、霞ヶ関で通用していた“この辺りまでは大丈夫”といった常識は、目の前で崩れていっている様だ。その背景には、国民の不安があり、それが政治・行政への不満や不信に結びついているということだろう。ならば、まだまだ、これから先も、様々な問題が生まれてくるということだ。
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鳩山由紀夫代議士が民主党代表に就任して、初の党首討論。
総選挙を前にして、各々が自らの所信を印象づけると共に、相手の問題点を浮き彫りにするため、その論調は、どうしても、対決型とならざるを得ない。しかし、私の場合はテレビでこの様子を見たのだが、余り議論が噛み合っていないという印象であった。お互いに、相手を警戒し、相手のペースに巻き込まれまいとして論じ合うのだから仕方ないこととは言え、国家・国民を足場に持つ共感が感じられなかったのが、少し淋しい気持ちであった。
夕刻は、永田町人間学講座。テーマは、アメリカ独立の父とも言われる「ベンジャミン・フランクリン」。大きな見識と人格力で、アメリカ居住民のみならず、諸外国からも尊敬を受ける人が中心で動けばこその、独立実現であった。政治の世界は、今、こんな大きな人を求めているのではないか。
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朝、イエローハット本社に鍵山秀三郎先生をお訪ねして、意見交換。その後、韓国大使館を訪れ、盧前大統領の御霊前への献花等。
この日は、午後衆議院本会議後、神田学士会館で開かれていた“小さな親切運動”の総会に参加。そこで御挨拶をしている時に、ふと、こんなことを思った。
“この運動のキーワードは、当然「親切」という言葉だが、何故「親が切る」という熟語が、kindnessの意味になるのだろう。「親しむこと切なり」という意味かもしれないが、何かこの熟語には、随分深い意味が込められているのではないか”と。
その思いを参加者に率直にお話をしたが、みんながハテナと首をかしげていた。言葉には必ず、その言葉が作られた原点の思いが宿っているはずだ。その思いを大切にしたいものだと思った。
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地元のアカデミックデー。まず午後1時半から、ヤング・リーフ・ハウスで、四国人間論ゼミ。テーマは「イエス・キリストの言葉と現代的意味」。そして、その後引き続いて、地元のOAK・TREEフォレスト。こちらのテーマは「混迷の世に、そもそも政治とは何かと考える」。
共に、現代の時代・社会に対して、根源的な部分からの問題提起を行うものであった。当然、こんな根の深い問題に、簡単に答えを出せるわけではない。様々なことに思いを巡らせ、何とか答えを導き出したいと悪戦苦闘するが、なかなかそのゴールにたどり着くことが出来ない。
しかし、それでいいのだと思う。この活動は、頭と精神のトレーニングを参加者と一緒にやっているということだと思うのだ。
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前日、盧武鉉前韓国大統領が崖から飛び降りて自殺。朝からその話題がテレビで大きく取り上げられている。
私は、日韓議連の役員の1人として、何度か盧大統領にお会いしたことがあるが、とても爽やかな印象の人であった。この暫く、家族・親族への不正資金疑惑が取り上げられていて、自殺の少し前にも本人自身への事情聴取が行われたということだ。精神的に追い込まれていたのだろうか。それとも、この自殺も、本人にとって美学の表現であったのだろうか。
人気とはうつろいゆくもの。光り輝いた時をいつまでも残してゆこうとするのは、至難の業である。色々な人の人生を見ながらそう思う。
この日は娘と共に大阪へ。そして、そこで娘と別れて私だけが愛媛へ。その車中、人生を思う。
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終日、色々な会合や省庁からの説明、来客応対等。
夜は、“山田方谷の思想を現代に活かし、諸問題解決への道を切り拓こうとする会合”。中心は全日空の大橋会長であり、他に、山田方谷の子孫の野島透さんや水戸徳川家15代当主の徳川斉正さん等。今の日本の混迷は、明確な経世理念とそれに基づく強いリーダーシップを欠くところに生まれているのではないかという私の思いを、参加者皆さんがしっかりと受け止めて頂いた会合であった。
山田方谷は、陽明学者である。方谷を尊敬するならば、良知に基づいて格物(ことをただす)に至らなくてはならない。この日本社会を具体的に正してゆかなくては、単なる机上の空論をもて遊ぶに過ぎないことになる。その1つの足場となる話し合いであった気がする。
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永田町人間学講座で、日本の伝説の政治家・聖徳太子を講じる。“和を以て尊しとなす”という一文で有名な十七条憲法の全文を読み込み、日本政治の源流を探ろうとする講座であった。
当時の日本は、仏教受容に反対する物部氏と積極的受容に動く蘇我氏の対立が激しくなっていた時であり、太子は摂政として並々ならぬ苦労をしたのであろう。その困難を見事に克服したことにより、聖徳太子は、日本政治史上に、理想的政治家として名を残すことになった(聖徳太子は実在せず、人々の願望が理想的政治家としての聖徳太子を作り上げたのだとの説もある)。
尚、夜は、この日が娘の誕生日でもあったので、一緒に映画『天使と悪魔』を見に行く。この映画も、結局は、権力闘争の映画だった。アァ、世に権力を巡って争いの種は尽きない…
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午前10時半から、議員会館会議室で“『坂の上の雲』とは何か~テレビ放映化を機に考える~”というテーマの公開ヒアリングが開催された。超党派で各党の国会議員が集い、世界の恒久的平和を実現するために開いている勉強会とのことであり、“坂の上の雲”は私の地元愛媛のテーマでもあるので、私も参加した。
問題提起者は、一橋大学名誉教授中村政則氏。司馬史観に批判的な人らしく、色々な論点を出しておられたが、“当時のロシアには、日本への侵略的意図は全く無かった”と簡単に結論づけられた点に疑問を感じ、その点を質問した。しかし、残念ながら十分に納得できる解答は得られなかった。
この日は、漢字能力検定協会の大久保前理事長とその息子が背任で逮捕された。これから背任の意図の有無が裁判で争われるのだろう。
“意図”というのは難しいものだ。
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関西地方で新型インフルエンザ感染者が出たせいで、娘が通う予備校も、一週間の閉鎖となる。そこで、大阪にいても仕方がないので、東京へ出てくるようにと言い、娘と暫く一緒に生活することにする。恐らく、もうすぐ私の議員生活も任期切れとなるから、東京で娘と過ごすのもこれが最後だと思う。この時間をいとおしく思い、有意義に過ごしたいものだ。
尚、この日は、4月に行った健康診断の結果が出ているとのことで、医務室へ行く。今回は体重が1年間で3㎏減り、合わせて、尿酸値の数値も改善していたが、血圧値だけが、前年よりも悪化していた。検査の日に少し体調が不良であったせいでもあるが、総合評価は、“医師に相談を”という「D」ランク。とは言っても、極端な数字ではないので、医師からは特段の指示はなし。健康について考えた一日。
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スリランカで長い間続いてきた内戦がようやく終結したと言う。国民の17%を占めるスリランカ北東部に住むヒンドゥー教徒タミル族と、人口の74%を占めていて国全体を掌握する仏教徒シンハラ族との民族戦争であった。「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」の降服によって、タミル族側の敗北となった。随分多くの命がこの争いの中で奪われたようである。恐らくは、この対立のしこりは、これからも長く残ってゆくことになるのだろう。
それにしても、世界各地で宗教の違いを基にして、長期にわたる争いが行われている。それら宗教の教義には、積極的に他を認め、他を許すことが語られているにも関わらず。これは、経済や自治を巡る対立に、政治家が宗教組織を利用したということか。それとももっと根深い人間の業か。
色々と考えさせられることがあった。
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この日も終日、デスクワーク。夕刻から映画『スラムドッグ&ミリオネア』を見に行く。
インドのスラムでの主人公の子ども時代の生活、そしてその後成長してゆく中での様々な体験、これらがクイズ番組と重なりながら進行してゆくという映画。とても速いテンポで進行してゆくのが心地良かった。アカデミー賞の作品賞をとった映画というには、ストーリーそのものには少し物足りない部分もあったが、インドという国を知る上で興味深い映画であった。
この日、民主党代表選が行われ、鳩山由紀夫代議士が代表に就任。小沢一郎・前代表との距離感が今後の課題であろうが、鳩山氏は細川連立政権時の官房副長官でもあり、小沢氏のやり方はよく知っていて、結構うまくバランスを取るのではないかと思う。
テレビノ鳩山氏を見ていても、何となく、『スラムドッグ&ミリオネア』と重なるところがあった。
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夕刻より、“敬天愛人フォーラム”という西郷隆盛の顕彰運動に取り組んでいるグループに招かれて、講演を行う。このフォーラムでは、ビルの1フロアを事務所と教室にしていて、そこに、西郷像や掛け軸等を展示し、翁の偉業をたたえていた。
まず、西郷南洲翁遺訓の一節を全員で朗読した後に講演。私からは、次期総選挙不出馬に至った考え方と南洲翁の考え方の共通点等について率直なお話を申し上げ、更に今の日本社会に武士道精神を育ててゆく必要性を語った。
このフォーラムも、長い年月にわたる活動を続けているが、会員がなかなか増えないという悩みを抱えているようである。日本政治が、経済の問題にばかり目を向ける一方で、心の問題を軽視してきたツケがあちこちに生まれてきているようだ。
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連休のせいで、今日が5月になって初めての永田町人間学講座。今回より大テーマを「古今東西・伝説の政治家の人生と思想」とする。その第1講は、インド独立の父と呼ばれた「マハトマ・ガンジー」。
ガンジーは、お金も権力も持たなかった。外見はと言えば、丸裸に腰巻きを巻きつけただけという恰好であった。言わば、今の政治家に求められているものと対極にいるような人であった。しかし、そんな1人の男が、世界最強の帝国と言われた大英帝国からインドを独立させる中心的存在となったのである。
ここに、私たち現代の政治家が学ぶべき大きな教訓があると思う。ガンジーの人生とは、真実と非暴力という絶対価値から生まれる、全一性を体現した生き様であった。今、そんな政治家がいるだろうか。混迷する日本政治において考えるべきことがあると思う。
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日本航空機がロサンゼルス空港でエンジンにコンテナを吸い込んでしまい、欠航になったと報じられた。テレビでその様子を見ると、ジェットエンジンの吸込口にあの大きなコンテナケースがスッポリと飲み込まれていた。もっとも、このコンテナは、飛行機に積み込むために極限まで軽く作られているのだろうから、エンジンの吸込力が強ければ、こんなことも起こるのだろう。
それにしても、民主党の代表選は、5月16日に立候補受付をしてそのまま投票という運びになるという。次の総理になるかもしれない人を選ぶ選挙が、こんなことでいいのかという気がする。次の日本を運ぶことになるかもしれないコンテナケースが、軽々と空に舞い上がり、エンジンケースへと飛び込んでゆくのだ。アァ!
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民主党の小沢一郎代表が、突如記者会見を開き、代表辞任を発表。永田町全体が慌ただしく動く。
記者会見の様子を見ていると、辞任決意の理由は、“自分は、政権交替のために、力を尽くして取り組んできた。そしてもう一歩というところまで来たが、西松建設事件という政治捜査に巻き込まれてしまい、このままではその思いが果たせないかも知れない。そこで、代表を交替してでも、その目標を達成するのだ”ということのようであった。
民主党の代表といえば、総選挙後には総理大臣になる可能性の高いポストである。それがこんな形で軽々しく扱われてしまうことに、私は大きな疑問を抱いた。国家の大義よりも、総理大臣の責任よりも、自分の執念の方が優先ということが、おかしなことだと思うが、それをきちんと伝えられないマスコミの姿勢にも疑問がある。
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この日も、もっぱらデスクワーク。特に山積みの書類整理とに汗を流す。私の書類整理は、書類をファイル別に分けて、きちんと見栄えよく使いやすくなるように整理するという意味ではない。ただひたすらに読み込んで、私の頭の中に整理してゆくという意味である。だから、読んでこの内容・背景は分かった、と頭にインプットできたら、その書類はゴミ箱行きである。言うならば、読書に近いものである。
この整理対象は、国会で議論される法案や予算等、政府が出す報告書ばかりではない。新聞や雑誌等を読み込むということも多い。人間の生き様・考え方に関する文章も多い。
そんなにしながら、どんなことにも対応できる頭づくりをしているのである。そして、これからの幅広い活動の礎を築いているのである。
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終日、議員宿舎でOAK・TREE誌の執筆と書類整理。
この日のニュースで関心を持ったのが、足利事件で無期懲役が確定していた受刑者のDNAが、犯罪立証の決定的証拠とされてきた女児遺品に残されたDNAと一致しなかったというものであった。科学的結果と聞くと、それだけで真実と思い込んでしまいがちだが、そんな傾向に警鐘を打ち鳴らすものだったと思う。何事も決めつけてはならないという教訓だ。
もう1つは、女優・森光子による放浪記2000回達成であった。若い頃からずっとこの舞台に立ち続けて、今89才に至るまで、全力で演じ続けてきたという。その笑顔がとても輝いていた。
OAK・TREE誌の原稿を書きつつ、この年数になっても、私自身が柔軟な思考を保っているだろうか。そして、この雑誌をどこまで書き続けることが出来るだろうかなどと思い考えた次第である。
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終日、執筆や整理。また国会では本会議等。
この日は夕刻より、渋谷の映画館ユーロスペースに「寺山修司映像詩展~田園に死す」を見に行く。青森の恐山の近くで育った寺山自身の子ども時代・青年時代を重ね合わせ、人生を問いかける映画であった。
オシロイを塗りたくった仮面風の人物が数多く登場してくる。都市と田舎が重なり合う。意味不明の場面が突然出てくる…等々、理屈で捕らえれば、全く訳の分からない映画である。現実離れしている。しかし、それが寺山の狙いだろう。1つひとつの場面がとても強い刺激を持っている。その映像と現実との違和感の中に、人が何を感じ、考えるのか、そんなボールを次々と投げつけられているような気がした映画であった。
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昨夜上京。朝から、宿舎で執筆、書類整理等。
国会も、衆議院予算委員会が動き出し、連休前に国会に提出された総額15兆円に及ぶ大型補正予算案についての審議が始まる。日本中が一斉に動き始めた印象である。
この日のニュースで興味深かったのが、アメリカでの顔面移植手術を取り上げたもの。顔面のほぼ全体を失った女性に対して移植により顔を再生させることに成功したというものであった。事故に遭う前の顔相とはすっかり異なったが、手術により子どもたちにも怖がられなくなったと報じられていた。
顔は人間を特定する証明書のようなものと思ってきたが、それまでも偽造ができる時代ということか。人間とは何かという永遠の疑問が、これから更に深まることとなりそうだ。
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朝、新居浜を出て、大阪へ。実は、この日、近畿愛媛県人会の総会と懇親会が開催されることになっていて、私もは今回が最後となるので、御挨拶を兼ねて参加した次第であった。
この県人会は、大阪の気風のせいか、いつもとてもにぎやかである。歌あり、踊りあり、落語ありと、舞台上も色とりどりだが、会場もあちらこちらで大声の話し合いと笑い声。大阪の活力ここにありという印象である。形式ばらず率直な物言いが心地良い。
それから、娘と合流して、映画へ。タイトルは『デュプリシティ(二枚舌、二重性)』。発毛剤を巡る開発競争の中で、いかに企業の裏方が暗躍し、相互にだまし合いを展開するか、いささか荒唐無稽の観もあったが、その極端さがそれなりの面白さ。
私もこれまで、東京と地元のデュプリシティであったかもしれないと思う。
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小雨のため、予定を変更して、朝一番から、ヤング・リーフ・ハウスでの会合。「人間論ゼミ」を始めて今年で25年。この混迷の世に人間を学ぶことの大切さを啓発しようと、今後の人間論ゼミの展開を論じ合う。
この時、フランクルの話を紹介した。そこに出ていた“世界の成否は本当に正しい人が36人いるかどうかにかかっている”ということを述べた後、この場の人数を数えると、なんと私を含めて丁度36名。これは神による啓示や否やと考えたのであった。
それから、「志の道」を歩く会。時間が限られていたので第4碑までを歩いた。
5月5日は「子どもの日」。この日は子どもが夢を持ち健やかに育つことを願う日と言われるが、まず大人から、夢を持ち力強く生きる世の中にしなければと思った次第。
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午後から、新居浜市内で、OAK・TREE運動25周年を記念する「全国支援者会議」を開催。東京・長野・愛知・京都・奈良・大阪・兵庫・岡山・広島と四国四県から、40名余の心の熱い方々がお集まり下さる。
まず、私から、今日の会への参加、これまでの活動への支援のお礼を申し上げた後、この25年間の運動の歩みを振り返り、また今後の活動の考え方をお話した。その後、小グループでのディスカッションを経て、今後の活動方針を決定した次第である。
25年の年月は重いものだ。私がこの活動を始めたのが28才の時。その年月を証明してくれているのは、書棚に並ぶOAK・TREE誌のバックナンバーの厚さと、ここに集った心燃やす人たちである。
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この日も、会合準備が中心。午前中は橿樹舎の整理を進め、午後はヤング・リーフ・ハウスの掃除と会場準備。テレビでは、相変わらず高速道路を中心に交通ラッシュが報じられている。加えて、新型インフルエンザを巡る報道が多い。
それにしても、マスク姿の人が、大勢で移動している様子は、異様である。見方によれば、感動的ですらある。感染を恐れるならば、不要不急の移動を控えればいいと思うのだが、もう決めていたことだからと動く律儀な日本人。また逆に言えば、インフルエンザは大したことないようだと思いつつも人目を気にしてマスクをする日本人。大したものだと思う。
ならば、もう一歩進んで、日本人の精神に広がる新型インフルエンザ問題に対しても、もっと本気で対処してはどうかと思うのだが…?
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