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8月31日(火) 在野にて 一念(年)発起の 日が沈む 多くの悔いと 少しの満足

 8月の末日。明日から9月。私にとっては、この暦上の意味に加えて、在野の政治一年を総括する最後の一日という意味もあった。
 思い返せば、東京を引き払ってこの四国に戻ってきたのは、昨年8月31日の夜のことだった。あのとき、思いだけは頭の中を全力で走っているが、現実は全く手つかず。目の前には、荒野が広がっていた。これから、いったいどんなになっていくのだろうと、心配がなかったかといえば嘘になる。
 しかし、とにもかくにも、この一年間、試行錯誤の中を走り続けてきた気がする。それをどう評価していいのか、今はまだよく分からない。

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 この一年間の終わりを告げる晩鐘が、私の胸の中で鳴り響いている。いまはただ、この一年間の平安を感謝し、明日からの新しい一年に対して、希望を求めて祈るばかりである。ふと、ミレーの傑作、「晩鐘」の絵を思い出したのであった。

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8月30日(月) 日銀と 政府が打ち出す 対策に 破れたパンツの つぎはぎ思う

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 アメリカに出張していた日銀の白川総裁が、予定を早めて帰国。この日の午前、臨時の緊急金融政策決定会合を開催し、これまでの期間3ヶ月の資金供給20兆円に加えて、期間6ヶ月の資金供給10兆円を追加供給することにした。また、政策金利である無担保コール翌日物金利の誘導目標は、0.1パーセントと低金利水準を維持するとした。
 それに併せて、政府でも、経済関係閣僚委員会を開催し、雇用創出や環境関連投資の拡充を図るなど、新成長戦略を推進する体制強化を確認した。その財源には、9200億円の予備費を活用する予定とのことである。
 これで、政府と日銀が一体になって、厳しい経済環境への対応を打ち出した形だが、残念ながら、インパクトは弱い。新しい何かが打ち出されたというよりも、穴が開いたところを繕っただけという印象だからである。
 菅総理も、党代表選を前に、慌てて対策を打ち出したということだろう。しかし、つぎはぎだらけの対策だけでは、この困難を乗り越えることにはならないと思った次第。

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8月29日(日) それにしても 9月の声聞く 残暑かな 我は伸びける 髪切りに行く

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 この日も猛暑。日本各地で、35度を超えたようだ。異常な暑さである。各地で暑さの記録を更新しているようである。これも、地球温暖化の影響ざんしょ(残暑)かねえ。
 この日、私は、香川県の丸亀市、坂出市のあたりを回った後で、夕刻に理髪店へ。思い返せば、この前に理髪店に行ったのは、6月中旬のことであったから、2ヶ月あまりも前のことである。当然、私の髪は、かなり伸びてしまっていた。店の人に、どのくらいにしますかと聞かれたので、思い切り短く切って下さいとお願いをした。ハサミが入ると、私の髪は、塊になって下に落ちていった。調髪を終えると、自分でも頭がずいぶん軽くなったと感じるほどであった。
 先に述べたとおり、残暑は厳しいが、夜はそれでも少し前ほどの暑さではなくなってきた。この夏も、確かにその盛りを過ぎたようである。その時に、私の髪も、その盛んなる時を終えたのであった。
 長く厳しい夏であったが、もうすぐ、秋の訪れ、である。

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8月28日(土) 地下深く 闇に閉ざさる 者たちよ 日の差す世界を 信じているか?

 テレビを見ていると、チリの鉱山で起きた落盤事故に関するニュースが伝えられている。何でも、坑道内で落盤事故が起こり、その奥にいた鉱夫たちが外に出れなくなっているということのようだ。その数、33名とか。今のところ、水や食料は備蓄されたものがあり、さらに、地上から、細いパイプを通して、色々なものを送り届けることも出来るということだ。この日は、ソニーのプレイステーションポータブルが、地下にいる人たちに届けられたそうだ。通信も、確保されているらしい。

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 今、救出用の穴の掘削を始めるため、機材の搬入が行われていて、もうすぐその作業が始まるとのこと。ただ、地下深いところに閉じ込められているため、3ヶ月か4ヶ月かかるということで、それまで鉱夫たちが、精神的に耐えられるか心配しているということである。
 信じることだ。良きことを信じることだ。自分の力の及ばないことを悩んではならない。つい、そんな声をかけていた私であった。

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8月27日(金) イヤなこと 誰がしたかが 分からぬ工夫 増税論議と 死刑の執行

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 法務省は、この日、東京拘置所の刑場をマスコミに初めて公開した。死刑の廃止を訴えてきた千葉景子法務大臣の指示によるものだという。
 テレビニュースでも、この公開問題が、トップニュースとして流されていた。それを見ていて、ああ、こんなやり方をしているのかと考えさせられたのが、「執行室」隣の「ボタン室」と呼ばれる部屋に、刑執行のボタンが3つ並んでいて、3人の刑務官が合図とともに同時にボタンを押して、誰が直接執行したことになるかが曖昧になるという仕掛けであった。刑務官の心の負担を軽くするための仕組みだとのことだが、ハテ?
 ふと頭をよぎったのが、これから始まるであろう消費税の増税論議。国家財政を立て直すのは、全政党の責任と、夏の参院選の中でも、菅総理が全党参加の協議機関の立ち上げを提案していた。その提案が、テレビ画面上の3つの並んだボタンの映像と重なって見えてきたのであった。

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8月26日(木) 小沢さん 選挙に出馬と 宣言したが 所詮コップの 中の嵐さ

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 民主党の小沢一郎・前幹事長は、この日、鳩山前総理との会談の後、党代表選に出馬する意向を表明した。これで、民主党代表選は、現代表の菅直人総理と、小沢一郎・前幹事長の一騎打ちとなる公算が強くなった。9月1日に告示、14日に投票という日程で、次期総理選任の意味も持つ選挙の火蓋が切られることになる。
 今回の代表選は、昨年の9月以来、民主党が中心になる形で、政権交代を果たしたものの、政権が目指すものがはっきりと見えず、迷走を繰り返してきたこれまでの流れを断ち切って、政権基盤を強化するものとなるのか、それとも、選挙を通して党内に大きな修復不可能な亀裂を生んで、民主党が分裂する素地を生み出すものとなるのか、現状では、何とも言いようがない。今後の選挙戦の中での議論内容や選挙後の民主党内の動き、また国民の評価がどう動くかを見守らねばならないが、さて…。
 私は、現状では、結局、この選挙も、コップの中の嵐ということに終わってしまう気がしてならないのである。

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8月25日(水) この旅を 荷ほどきしながら 考えた あれ円高の 実感なかりき

 昨晩遅く、中国満州の旅を終えて、自宅に帰着。昨日は、風呂に入ってそのまま寝てしまったので、今日は、その旅の荷ほどきやこの一週間にたまった新聞や郵便物の処理が、中心の仕事。
 ニュースを見ていると、円高がさらに進行中とのこと。昨日は一時、1ドル=83円台にまで円高が進んだようである。これは、日本にとって、約15年ぶりの円高水準ということになるそうだ。

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 ふと、中国の旅を振り返る。あれれと思う。この5泊6日の旅の中で、なぜ円高の実感が湧かなかったのだろうか。その答えは簡単。今回の旅は、様々な土地を訪れ、色々な史跡を次々と見て回ったが、その訪問地が遠く離れていたせいで、移動ばかりが多くて、ほとんど買い物をしなかったのだ。買い物をしなければ、円高を実感できるはずもない。
 この旅は、かつて満州で生きた日本人の心を求める旅であった。私たちの心が、物に勝利した旅でもあった気がしたのであった。

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8月24日(火) ハルピンから 一日かけて 日本へ 道中頭は ゴーヤのジュース

 今回の旅の最終日。とは言っても、この日は、日本に戻る移動日であり、観光はゼロ。
 朝早くホテルを出発して、そのままハルピン空港へ。そこから、空路で大連に移動し、そこで飛行機を乗り換えて、関空へ。関空到着が、午後5時半頃。そこで、関空組は解散。私は、さらに川人さんの自動車で梅田まで送っていただき、四国に向かう高速バスに乗車。午後11時前に徳島県三好市のバスターミナルに到着。そこで、駐車していた私の自動車に乗り換えて、自宅へ。自宅到着は、午後11時半であった。一日中、移動していたということである。その間、約18時間。

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 その間、私は、今回の旅を振り返っていた。あんなこともあった。こんなこともあった。それを簡明な言葉で表現しようとして、困ってしまった。まだ頭の中が整理されていないせいでもあるのだろう。何と表現して良いのかが分からず、困ってしまったのであった。例えれば、ゴーヤのジュース。甘いのか苦いのか???分からん!!!

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8月23日(月) 五千もの 故国に戻れぬ 魂が 鎮まる地なれば 涙こぼるる

 この日も、朝早くにホテルを出発。私たちは、ハルピン市中央部のホテルに宿泊していたのだが、ここから東方約300キロにある、方正県にバスで向かったのである。その目的は、戦争に関して、この土地だけに設置が認められたという「日本人公墓」にお参りするためであった。

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 この方正県には、戦争終結直前に、多くの日本人、特に満蒙開拓団に関係する人たちが集結していたという。ここからハルピンに移動し、そこから南下、大連などから日本に帰国する準備をしていたそうだが、ソ連軍が想定よりも早くやってきて足止めされたため、帰国できなくなってしまったのであった。そして、病気や飢えにより死んだり、また、女性たちは、約450人が集団自決したと言われている。結局、約5000人に及ぶ日本人が、故国に戻ることがかなわず、この地で命果ててしまった。その人たちの墓が、周恩来首相の許可を得て、この地に建てられたというわけである。
 この日は、偶然、中国の盂蘭盆の日であった。私たちの訪問が、少しは御霊を慰めることになっただろうか。

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8月22日(日) ありゃこんな どこにもあるよな 風景で 日本の歴史が 動いたんだね

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 午前中、瀋陽のまちの観光。といっても、ただの観光ではない。朝早くホテルを出発してまず向かったのが、満州事変のきっかけになった柳条湖の鉄路爆破事件の現場。この爆破事件が起きたのが、昭和6年9月18日であったことから、この場所に「9・18歴史記念館」が建設され、観光地にもなっていた(私たちは、到着時にまだ開館されていなかったため、記念館内部は見ることが出来なかった)。柳条湖という名は、地名がそうと言うだけで、線路には、何も特別の鉄橋などがあるわけではなかった。
 続いて向かったのが、張作霖爆殺事件の現場。満州軍閥の首領であった張作霖を、関東軍の一部強硬派が列車ごと爆殺したのである。この場所には、その事件を示すものは何もなく、ただ当時と同じ路線を電車が何もなかったかのように走っているだけであった。
 何にしても、鉄道の線路を見る限り、何の変哲もないものであった。こんなところから、日本の歴史が大きく動いたのかと思うと、何か肩すかしを食ったような気持ちであった。
 この日は、その後、鉄道で、ハルピンに移動。

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8月21日(土) あぁこれも あの建物も 日本が 作りしものとや 360°の化石

 午前中、大連のまちの中を観光。かつて日本人が数多くこの土地で生活していた頃の建物を次々と見て回った次第である。特に、私たちの希望で、大連に本社を持っていた満鉄関連の建物をあれこれと見て回った。満鉄本社、調査部の建物(実際は、そのとなりの図書館)、病院、そして、そのホテル部門の大和ホテル、社員が暮らした社宅など。加えて、当時の日本人が学んでいた学校や日本人街なども、ガイドの説明を受けながら、バスの窓から観光。

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 特に考えさせられたのが、大和ホテルがある中山広場のロータリー回りに残されている建物群。そのほとんどが、日本の手によるものであったことである。贅を尽くした建物が、その当時のままに残されていた。
 これは、化石だ、と私は思った。約100年前のまちの殻が、その当時のままに残っている。そこにかつての日本人の姿は、当然のことながら、ない。不思議の国にやってきたような気持ちになった。
 この日は、昼前に、バスで瀋陽に移動。約6時間の長いバスの旅。

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8月20日(金) 激戦の 跡地に立てば 蝉しぐれ 過ぎゆく夏と 兵士の嘆き

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 朝から、旅順に。この地は、渤海湾入り口にある天然の良港、旅順港を中心にしたまち。軍事的にきわめて重要度の高い土地であり、日清戦争では、清の北洋艦隊がここを拠点にしたし、その後は、ここをロシアが租借して、軍港としての整備を行った。そのため、ここが日露戦争における命運を分ける戦いの地となった。
 聞けば、これまではずっと、軍港としての性格上、外国人の立ち入りを禁止していたそうであるが、私たちが訪問する少し前に、自由化されたところなのだそうである。お陰で、この旅順の色々な場所を訪ねることが出来た。旅順港を直下に見る「白玉山」。乃木将軍とロシアのステッセルが会談を行った「水師営」。激戦の地としてよく知られる「203高地」や「東鶏冠山」。「旅順博物館」や「関東軍司令部旧祉博物館」など。
 かつて、映画でこの場(203高地)での戦闘を見たことがあったが、その時、木のほとんど無い山であったが、今は、木々が大きく育って、豊かな緑に満たされていた。そしてそこで鳴いていたのが、数多くの蝉。心にしみいるようであった。

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8月19日(木) 国離れ 展開されたる 教育に 自主独立の 気概を見たよ

 朝8時に関西国際空港集合。午前10時発の全日空便で、中国の大連に向かう。快適な空の旅。約2時間のフライトの後、到着。成田発の別働隊が少し遅れての到着なので、私たちは、先に大連の街中観光。テレビ塔に上ってみたり、ロシア人街を歩いてみたりする。

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 午後5時に、大連日本人学校へ。ここで、成田組とも合流。現在、中国で生活する日本人たちの意識や海外における教育のあり方を見せていただこうと考えての訪問であった。学校では、校長はじめ、教職員が暖かく私たちを迎えて下さり、学校の運営方針などをお聞かせいただき、質疑応答の後、学校施設も、隅々まで見せていただいた。
 参加者一同、この場の教育に高い評価を与えた。考えてみれば、この学校は、絶海の孤島のような学校である。問題が起きても、基本的に自分たちの力だけで解決していかねばならない。それが、かえって強い自主独立の精神を育てているのだろう。この気概に満ちる教育姿勢に、強い共感を覚えたのであった。

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8月18日(水) 絶対に 旅出ち前には 出稿と この日も終日 メロスの心

 終日、OAK・TREE9月号の最終編集作業。いよいよ明日から約一週間の中国・満州地域への旅が始まるので、その前に、何としてもこの原稿を出稿してしまい、身軽になって旅に出たいと考えたのであった。
 そこで、朝早くからこの作業に取りかかったのであるが、途中で思わぬトラブルがあったりして、結局、仕事を終えたのが、午後5時過ぎ。それからわずか10分間で、旅の準備をして、自宅を娘とともに飛び出した。明日は、午前8時に関西国際空港に集合なので、大阪で前泊することにしていて、そこへ向かう高速バスの最終便出発時刻がもうぎりぎりになってしまっていたからであった。結論を言えば、何とかセーフ。どうにか無事に、大阪にたどり着くことが出来た。

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 しかし、この慌ただしい出発に伴う犠牲も少なくなかった。端的に言えば、旅に持参する予定であったのに、忘れてしまったという物が多くあったのである。
 日が沈む前に、友が待つ刑場に辿り着かんと最後の力を振り絞ったメロスの気持ちがよく分かる気がしたのであった。

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8月17日(火) 出発を 前に山積む 仕事かな 残暑厳しく いやはや何とも

 今日は、朝早くから、仕事。実は、明後日から中国の旅が始まるのだが、関西国際空港出発時刻が午前10時で、その集合時刻が8時なので、前日の内に大阪まで移動しておくことにしたのである。
 そうなると、出発前に残された時間はわずかで、それまでに片付けておかなければならない仕事が山積である。しかも、厳しい残暑。今日も、日本中が真夏日になっているようである。その暑さの中で、早朝からひたすら仕事に立ち向かっているというわけである。

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 残仕事の量を見ていると、とても全ては片付きそうにないが、少なくとも、OAK・TREE9月号の出稿だけはしておきたいものだと、最後の一踏ん張りである。まあ、出発してしまえば、後に心を残さない性格なので、残された時間でベストを尽くすばかり。ああ、それにしても、暑い。頭が朦朧としてくるようだ。

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8月16日(月) 急速な 経済成長 中国が 日本追い越し 2位となるらし

 内閣府が発表した今年4~6月期のGDP速報値で、日本は、前期比0.1パーセント増。年率換算で、0.4パーセント成長に鈍化した。日本経済の先行きに不透明感が広がってきた印象である。

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 同時に、今回の発表で話題になったのが、いよいよ日本が、GDPで中国に追い抜かれてしまったようだということである。この期間の日本のGDPは、ドル建てで1兆2883億ドル。それに対して、中国は、1兆3369億ドルで、中国が486億ドル上回ったのである。成長力の基調が、中国が遙かに高いので、これから先は、さらに差が開き、世界経済は、アメリカと中国の2強体制に移行していくということになるのだろう。
 日本人としては、少し寂しい気持ちを禁じ得ないが、人口規模が大きく異なり、また、成長軌道に乗ってパワー全開の中国の成長力に、成熟化した日本は、とてもかなわないということだ。

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8月15日(日) 亡き妻の 17回忌を 迎えけり 終戦の日の 涙と交じわる

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 平成6年に亡くなった妻・若葉の17回忌法要がこの日に行われた。もう亡くなって、16年あまりの月日である。あのときにわずか4歳であった娘も、今や20歳。確かに、もう16年もの年月が過ぎてしまったのだと思う。
 時ちょうど、終戦記念日。日本の国が、敗戦を受け入れた日である。この点は、意味深長である。実は、私にとっても、妻を病気で亡くしたことは、人生で最大の敗戦であった気がしているのである。今も、心の中に、重いものが残っている。また、名誉や地位、富貴など、現世の成功と呼ばれるものに一線を引いて考えるのも、この経験があればこそだろう。
 そんなことを考えると、私にとっても、敗戦の日であり、さらに言えば、終戦の日という意味もあったかも知れない。いくつもの涙が交じって、心の中を流れている気がしたのであった。

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8月14日(土) 高速が 1000円ならば さもありなん 今日と明日とが 帰省のピークと

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 ニュースを見ていると、高速道路が大渋滞と言っていた。そしてそれは、今日が土曜日で、高速料金が1000円の上限制度適用の日だからとも報じていた。映像を見ると、確かにすごい車列である。こんな速度でのろのろと動いていたのでは、いつ目的地に着けるか分からないなと、運転者に同情半分の気持ちになった。
 私自身も、この頃、各地を自分の自動車で駆け巡っていて、上限1000円というのはずいぶん助かる。この8月初めに新潟まで講演に出掛けたときも、この制度を利用していくと、本当に安い値段で移動できたという実感があった。おそらく公共交通機関で新潟までの往復をするなら、7万円か8万円くらいかかっただろう。それが、この制度を利用すると、移動に要した高速道路料金とガソリン代で、1万円あまりではなかったかと思う。
 コストの高低は、確かに人の行動を変えると思う。世界が今、経済原理を共通言語として動き始めていることも、理解できる気がしたのであった。

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8月13日(金) 夜もふけて 出掛けた映画が アリエッティ 我が身つまさる 借りぐらしかな

 この日も終日、OAK・TREE9月号の執筆と編集の仕事が中心。この18日から、中国への旅に出掛けるので、何とかその前に出稿してしまいたいと、力が入る。

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 そして、夜は、娘と一緒に映画鑑賞。見に行ったのは、宮崎駿氏が主宰するスタジオ・ジブリの作品ということで話題になっている「借りぐらしのアリエッティ」。民家に寄生するこびとが主人公の映画であった。設定のおもしろさ、話のテンポの心地よさはあったが、今ひとつ胸を打つものが少なかった印象。
 主題は、借り暮らしということだったのだろうか。家の片隅で、人知れずひっそりと生きているこびとたち。人に気づかれれば、引っ越しをしなくてはならない。しかし、そんな中にも、喜怒哀楽に満ちた生活があり、仲間がいる。
 これは、地球という巨大なガイアの中で生きている人間を表現したものだろうか。そういえば、私も、日本の国の狭い地域の片隅で、ひっそりと生きているのであった。

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8月12日(木) 暑いぜよ 頭クラクラ 目チカチカ 何と…新居浜気温が 全国第2位

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 先月に引き続いて、今月も、新居浜の中島さんと岡山の佐藤さんが、仕事の手伝いに駆けつけてくれる。しかし、橿樹舎の仕事場には、まだエアコンが設置されていないので、扇風機で暑さをしのいでいただく。
 それにしても、暑い。熱気が部屋に籠もって、汗だくだくになりながらの仕事である。頭がボーッとしてしまう。目がチカチカしてくる。そんな中を、OAK・TREE誌9月号の執筆、入力、校正等の作業を手伝っていただく。申し訳ない気持ちであるが、仕方がない。
 実は、この日の新居浜市の最高気温は、37度で、全国第2位の暑さだったのだそうである。暑かったはずだ。
 そんな中で作業を行ったOAK・TREE誌。苦労が多かった分、根性が入ったものが出来ているはずだと、つい自己満足してしまった次第。9月初旬にはお届けできると思う。楽しみにしていて下さいな。

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8月11日(水) 円高く 株下落する 熱暑かな 日本企業が 干し上がるなり

 この日、外国為替相場の円は、ロンドン市場で一時1ドル=84円72銭にまで上昇した。これは、1995年以来、15年ぶりの円高水準だという。その一方で、株価は、下落を続けている。

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 日本企業、といってもその業態は様々であるので、一律に評価するわけにはいかないが、輸出企業を中心にかなりの打撃を受けているのではないかと思う。特に、このしばらくの日本経済の再生を支えてきた、自動車・電気などへの影響が気がかりである。この経済環境では、じりじりと照りつける強い日差しの中で、日本企業は、干上がってしまいかねない。輸出産業が不振になれば、これら産業は、広い裾野を持っているので、多くの中小企業にも悪影響を広げていくだろう。そうなると、多くの従業員の給与やボーナスにも影響して、国内の商業・サービス業なども、不振にならざるを得ない。
 日本経済が熱中症になってしまう懸念を、胸に抱かざるを得ないのである。

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8月10日(火) 借金が 900兆を 超えにけり 何とも気楽な ゆでガエルだね

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 この日、財務省は、国債、借入金などの国の債務残高が900兆円を超えたと発表した。正確には、6月末時点で、904兆772億円に達したということである。国民一人あたりにすれば、約710万円。
 この数字は、国民総生産(GDP)476兆円の約1.9倍に及ぶ膨大なもので、その解決は容易なことではない。消費税率を上げることで、問題解決を図ろうという議論も行われているが、消費税率を10パーセントにしても、税収が計算上12兆円増える程度であり、プライマリーバランス達成にもほど遠い。金利が1パーセント上昇しただけで、消えてしまう程度の金額である。そんな厳しい財政状況の中で、子ども手当、高速道路無料化、高校無償化、農家への直接保証などの大きな支出項目が並んでいる。その財源は、事業見直しで得られると強弁してきたが、そのめどは全く立っていない。
 このままでは、日本はゆでガエルであり、座して死を待つしかない。その危機感は、どこにあるのだろうか。

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8月9日(月) 我が家の 居間の整理を してたころ 甘粛省では 大規模水害

 この日の夜、我が家で、小さなホームパーティーを開催するので、終日、家の整理。特に、ダイニングキッチン形式になっている居間を重点的に片付け。帰省中の娘が、精力的にその整理にあたり、お陰でずいぶんきれいに片付いた。

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 その片付けをしながら、テレビのニュースを見ていると、中国の甘粛省南部で、大規模な土石流が発生して、大きな被害が出ている模様とのこと。甘粛省は、私も、たびたび訪問していて、この省の責任者である陸浩・共産党書記には、かねてから親しくおつきあいをさせていただいている。土石流が、集落を飲み込み、しかも、その土砂が河川の流路をふさいだため、水位が上昇しているということである。さらに、この土砂による堤防が崩れれば、下流域に2次災害を引き起こす恐れもある。
 おそらく、省関係者は、この対策で大変だろうと思う。心からお見舞いを申し上げたい。

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8月8日(日) 幸福は 追っかけ得られる ものじゃなく 為すべきこと為す 我が家にあり

 人間論ゼミの日。今回は、私自身が、8月中旬から下旬にかけて、中国・満州への旅に出掛けることもあって、四国人間論ゼミと教師人間論ゼミを一緒にして開催をした。テーマは、「諸富祥彦著『生きづらい時代の幸福論』を読む」。

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 9名の偉大な心理学者の幸福に関する見解を紹介しつつ、「真の幸福」とは何であるか、また、「真の幸福」をてにいれるためにはどうしたらよいか、を著者が探求していくという本を基にしたゼミであった。この日は、時間不足で、全体を論ずることはかなわず、前半部分だけしか取り扱うことがかなわなかったが、とても興味深い議論ができたのではないかと考えている。特に、フランクルの論において、幸福は追い求めてはだめで、自分の為すべきことに無我夢中になって取り組んでいると、自然発生的に幸福は結果として生じてくるものだというのが面白かった。
 幸せの青い鳥は、探し求めても見つからず、気がつくと、自分の家にいたという話を思い出した次第であった。

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8月7日(土) 幕降りし 臨時国会 振り返る 国家の危機に ピントが合わず

 昨日、臨時国会が閉幕。参議院選挙後の院の構成が行われたほか、菅内閣になって始めて、予算委員会での論戦も行われた。日本としての大きな懸案が積み上がっている中での国会であったので、何か新しい展開が見えてくるかとの期待もないわけではなかったが、残念ながら、通り一遍の議論に終始した印象。これは、菅総理自身が、自らの消費税導入を巡っての発言で参議院選挙に大敗をしたという反省があったせいで、予防線を張った答弁に終始したからでもあるだろうし、自民党を初めとする野党の調査力・追求力不足も否めなかったのではないかと思う。

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 しかし、こんな国会では、国民の政治不信を強めてしまうのではないか。せめて、事実認定だけでも、与野党間でキチンと行って、そこから、知恵を出し合っていくような国会にならないものだろうか。
 ピントがどうしても合わないカメラで撮った写真を見せられているようなもどかしさを感じていたのは、私だけではないだろう。

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8月6日(金) 日韓の 未来政治を 議論せし 私の相手は 今市長なり

 朝、氷見市の民宿を発って、まず、隣町の高岡大仏の見学。それから、石川県かほく市にある、西田幾多郎記念哲学館へ。この施設は、かねてから一度訪問したいと考えていた施設であった。新時代の思想のヒントが、西田哲学の中にある気がしているからである。展示は、とても興味深いものであった。
 そこから、一路、神戸へ。実は、この日、韓国の仁川市から、宋栄吉市長が来日中で、一度会いたいとの申し出があったので、この帰り道にお会いしようということにしたのであった。

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 宋先生は、少し前まで、韓国の国会議員で、韓日議連の21世紀委員長を務めておられた。私が、日本側の21世紀委員長で、相方であったわけである。その宋先生、この4月の仁川市長選で当選され、この7月から市長。私の推測であるが、今、国際空港が設置され、工業地帯も急成長中の仁川市市長を足場に、韓国大統領を狙っているのではと、思う。短い時間であったが、歓談。それから、四国へ。長い旅であった。

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8月5日(木) 立山にゃ 一足早い 秋の風 娘と過ごす 夏休みかな

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 新潟から、四国に戻る途中に、富山県の立山に立ち寄る。立山駅から、ケーブルカーで標高977メートルの美女平へ。そしてそこからは、バスで、標高2450メートルの室堂へ。この室堂に着くと、さすが高地であるだけに、風が冷たい。地上では、真夏日だと言われていたが、ここはもう秋の風情であった。
 この室堂で、娘とともに約1時間半を過ごす。ここには、まだ雪が溶けきらないままに残っていた。色々な種類の山草が、小さな可憐な花を咲かせていた。太陽が照っているとそうでもないが、雲に隠れると、肌寒い風になる。風景も、日本の風景ではなく、なにかスイスにでもやってきたような気になる。
 みくりが池の回りを一周散策をした。そして、親子それぞれのカメラで、気になるものを撮影し、時に二人そろっての記念撮影をした。高原での夏休み気分に満たされた一時であった。
 この日の夜は、富山県氷見市の民宿で宿泊。そこに萩山峰人さんが駆けつけてくれ、語り合った次第。

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8月4日(水) 国難を 憂う同志と 新潟で 論じ合いたる 熱帯夜かな

 大湯温泉から、新潟市に向かう。その道中、魚沼市、小千谷市を走りつつ、気になるところがあれば、そこに車を止める。時間に追われない旅は、気が楽でいい。そして、再び長岡市に入り、先人顕彰をしていると聞いていた長岡市郷土資料館へ。さらに、ユトリロ展開催中の新潟県立近代美術館も訪れた。
 そこから、新潟市へ。宿泊するホテルで、資料準備などを行い、今回の旅の主目的であった、講演会の会場へ。

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 この講演は、新潟市に拠点を置いて、全国各地に歯科医療のネットワークを作りつつある医療法人が開催したものであった。新潟市内のみならず、各地を情報ネットワークで結んで、広く聞いていただいたということである。テーマは、「山田方谷の思想と日本の財政再建」。日本の国が抱える膨大な財政赤字は、そろばん勘定だけで解決されるものではなく、国民の間の良識の形成と指導者の人間力育成が必要であることを論じた。そして終了後は、懇親会。熱く語り合った。
 新潟もこの日は、熱帯夜ではなかったかと思う。

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8月3日(火) ナビ使い 長岡脱出 試みて 渋滞に入る よくある話さ

 午前中は、直江津の視察。直江津と言えば、何と言っても、上杉謙信が居城としていた春日山城がある地として知られている。そこで、謙信が少年時代を過ごした林泉寺、居城の春日山城跡を回り、それから、流罪の親鸞聖人が身を寄せたとされる五智国分寺を回って、新潟市へ。新潟駅で、東京から駆けつけた娘と合流し、知人の家で昼食。
 そこから向かったのは、長岡市であった。山本五十六記念館、河井継之助記念館を見て回り、また長岡戦災資料館や米百俵の碑などを見た後は、ちょうど、この日が有名な花火大会の日でもあったので、それを鑑賞。

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 聞いていた以上に、見事な花火であった。ただこの花火大会には大変な数の人たちが集まるので、少し早めに移動した方が良いとも聞いていた。そこで、終わる直前には自動車へ。そして、急いで町の中心を離れる方向に自動車を走らせた。ところが、ここで誤った。もうここまで来れば大丈夫と、ナビに宿泊地を入力して走らせ始めたところ、何かおかしい。何と、わざわざ渋滞の激しい街中に向かうように、ナビは進路を選択していたのであった。それに気づいたときはもう遅く、大渋滞の渦の中。宿泊地の大湯温泉到着時は、午前様。トホホ…。

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8月2日(月) 糸魚川 巨大プレート 接合点に 我立ちぬ 我日本の カスガイとなれり

 午前中、高岡市の万葉歴史館へ。天平の時代に、この地に越中国守として赴任した大伴家持が多くの短歌を詠んだことにちなんで作られた記念館であった。ビジュアルな展示になっていて、興味深かった。

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 そこから次は、新潟県の糸魚川市へ。知人に紹介されて、今は休館になっている、谷村美術館や庭園を見せていただいた後、フォッサマグナ・ミュージアムと中央構造線の現場を見る。このフォッサマグナというのは、明治時代初期に日本で地質学教育にあたったドイツ人、エドムント・ナウマン博士が発見した大地溝帯のことで、ユーラシアプレートと北アメリカプレートがぶつかり合っている場所とも言われている。その境界線である、糸魚川・静岡構造線が観察できる場所があるというので、その場を訪れてみた。何の気なく見ていると、何の変哲もない岩盤であったが、この右と左で、岩相が全く異なっているのだそうだ。その境界を、私はまたいでみた。つまり…私は、北東日本と南西日本をつなぎ結合させるカスガイになってみたというわけであった。
 この日は、直江津で宿泊。

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8月1日(日) 道元が 夢に出るかと 永平寺 法堂前にて うたた寝をする

 朝、福井県に入る。まず訪れたのは、一乗谷朝倉氏遺跡。戦国時代に越前を支配した朝倉氏の居城があった場所である。結局は、織田信長に攻められて、敗れ、栄華に幕を下ろした。栄枯盛衰の歴史に思いを馳せた次第である。
 その次に、近くの温泉で身を浄めた後、訪れたのが、永平寺。道元禅師が開基した曹洞禅の修行の寺である。この永平寺を歩く内、暑さのせいも、昨夜の睡眠不足のせいもあったのだろう。眠気を催してきたのである。そこで、永平寺の一番奥にある「法堂」と呼ばれる問答などを行う建物の前のいすで、しばらく休憩をした。そのうち、うたた寝を始めてしまったようである。時間にして、約20分程度。

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 ここで残念でならなかったのは、その夢の中に道元禅師が現れなかったこと。この混迷の時代を乗り越える知恵を授けてくれることを願ったが、かなわなかった。
 福井県では、他に、藤野厳九郎記念館や蓮如記念館などを訪ね、夕刻は、金沢で、旧友と夕食懇談会。

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