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9月30日(木) 短距離じゃ 強権国家が 強いけど 長距離走なら 結果逆なり

 北朝鮮の金正日総書記の三男、金正恩(キム・ジョンウン)氏が、28日の朝鮮労働党代表者会で、党中央委員に選出されると同時に、中央軍事委員会副委員長に就任して、金総書記の後継者になることが国の内外に示された。そして、この日、その金正恩氏の画像が初めて伝えられた。まだ20歳代の後半と伝えられていたが、妙に老けて見える気がした。また、表情の乏しさも、大会の中での画像のせいかもしれないが、少し気に掛かった次第である。
 それはともかく、今回の人事を見ていると、近い親戚で主要部分を固めたようである。金総書記の意向がそのまま反映される強権的な政権と見た。

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 一般的に、強権的な政権は、瞬発力は強い。陸上競技でいうならば、短距離走は、めっぽう強い傾向がある。しかし、それならば、長距離走も速いかといえば、そうではない。逆に、長距離になると、脆さが表れがちである。北朝鮮も、おそらく、そんな一面がこれから見えてくるのではないか。そんな気がした。

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9月29日(水) 1年余 経てようやくに 大机 我が仕事場に 鎮座するなり

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 終日、デスクワーク。といいつつ、実は、橿樹舎の整理にずいぶん時間を費やした。
 その結果、この日、橿樹舎一階のフォレストルームに、ようやく大机を展開することが出来たのであった。何だ、机を一つ置いたくらいで、何を大げさなといわれそうであるが、これは、私にとって、この1年来の目標であったのだ。昨年9月1日に、東京の事務所と宿舎の荷物を受け入れるために、この机をたたんで垂直に立てかけ、そこに生まれたスペースに、東京からの段ボール箱を天井近くまで積み上げていたのである。そして、その一畳弱の広さの机をいつになったら横に広げられるかと、その日を心に期しながら、これまで整理整頓を行ってきたのであった。それが、ようやく約一年と一ヶ月の後に、果たすことが出来た…というわけである。
 ただそれだけの話である。しかし、この話の奥には、莫大な時間とエネルギーが宿っているのである。この一事は、現象としては小さな一歩だが、橿樹舎の歴史にとっては、大きな一歩である。そんな気持ちであった。

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9月28日(火) 何とまあ 受動喫煙 死者数は 交通事故死と ほぼ同じとか

 受動喫煙が原因で肺がんや心臓病になって死亡する成人は、国内で毎年約6800人に上るという推計値を、厚生労働省の研究班が発表した。受動喫煙によって、肺がんや虚血性心疾患にかかる危険性は、そうでない人の1.2倍から1.3倍になるという研究が、様々な調査によって明らかになっていて、この数値を基に推計をしたものだという。かなりラフな推計であると思われるが、それにしても、相当大きな数字であることは間違いがない。

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 毎年の死者の中で、この数字に近いのが、交通事故による死者数である。昭和45年が過去最高で、年間死者数が1万6765名であったが、関係者の努力によって、その後減少し、平成15年には、7702名、平成20年には、5155名で、昨年平成21年には、5000人を割り込んで、4914名になっている。(この数字は、交通事故のあと24時間以内の死者数であり、実際は、事故後24時間を過ぎて死亡する人もいるから、もう少し大きな数字と考えた方がよいかも知れない。)
 交通事故を減らすために政府や警察が注いでいる力に比べて、受動喫煙に対する取り組みが何とも甘い気がするのは、私だけではないと思うのだが…。

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9月27日(月) 耐え難き 酷暑の後に 深まるは 日本の秋と 社会の闇なり

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 雨のせいもあってか、ずいぶん涼しくなった。少し前まで続いていた猛暑の記憶も、段々と体からは消えていきつつある。ようやく本格的な秋が訪れてきたような気がする。そんな気持ちで辺りの風景を見回してみると、確かに、秋の風景になりつつある。残暑が厳しかっただけに、これから一気に秋が深まっていくことになるのだろうと思う。
 それにしても、日本社会の闇も、どんどんと深まってきている感じである。先日の中国漁船の船長釈放問題にしても、何が何だか分からないままに、感情的な対立ばかり深まってきているようである。大阪特捜の検事逮捕問題も、法の番人としての信頼を失墜させ、日本人の遵法精神などにも影響を与えることになりそうである。日本人の心の問題に関しても、何ら有効な手が打てないままに、深みに落ち込んで行っている印象だし、様々な社会問題も、政治家の多弁にもかかわらず、解決されないままである。経済財政問題も、先が見えない。
 秋とは、もうすぐ厳しい冬を迎えるという季節である。心していきたいと思う。

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9月26日(日) 人生を 生きる道標 ココロザシ 賢明であれ 強靱であれ

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 「教師人間論ゼミ」開催。今回のテーマは、「小島直記著『志に生きた先師たち』を読む」。
 この本は、私が、松下政経塾生であった頃に読んだことがあり、その時から数えれば、もう約30年にもなるが、それだけの時を経ても、強く印象に残っていたものであった。特にその冒頭部に紹介されていた教育者としての会津八一の話が感動的であった。そこで、今回の教師人間論ゼミでは、教師自身の志を問いかけようと、この本を選び、会津八一の生き様を語りかけたのであった。
 併せて、この場では、先日、広島県三原市で講演した「本物の教師」ということについても、お話し申し上げた。これは、今の教育界の混迷を乗り越えて行くには、教師が本物にならなくてはならないのではないかという問題提起であった。
 このしばらく、多くの人が、志の大切さを語っている。しかし、心の奥底を揺さぶられるような話に出会うことは少ない。それはおそらく、話をしている人自身の志が問われているからであろう。私自身はどうか…重く受け止めたい。

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9月25日(土) 満州の 旅より戻り 一ヶ月 日々重くなれり 我が負うもの

 OAK・TREEフォレスト勉強会の日。この日のテーマは、「中国・満州の旅を終えて、今、考えていること」。
 この8月に5泊6日の日程で訪れた満州で経験したこと、そしてその満州について学んだことなどについて、意見交換をする会であった。茨城県から佐藤さん、大阪府から土岐さん、兵庫県からは園木さんが駆けつけてくれた。そのせいで、少人数の会ではあったが、心の響き合う良い話し合いが出来たのではないかと考えている。

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 振り返れば、旅から戻ってきたのが、8月24日であったから、ちょうど一ヶ月経ったところである。私は、この一ヶ月も、この旅について、色々なことを考えてきた。様々な本も読んだ。そんな中で、この日本の歴史を、過去から未来につないでいくという大切な役割をより強く感じてきたのである。そして、その責任は、毎日少しずつ重くなってきている印象である。
 私は、日本人は、満州における日本人の歴史を知ってこそ、荒波の時代にも、しっかりとした足場を持つ生き方が出来るという気がしている。これからは、そんなことを色々な人に語っていきたいと思っている。

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9月24日(金) 妥協的 政治もここに 極まれり 志なく 見識もなし

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 沖縄の尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事故で逮捕拘束した船長を、沖縄地検は、この日、処分保留のまま釈放をした。日々強まる中国からの圧力に対して、完全に屈服した形である。記者会見をした、鈴木亨次席検事は、「我が国国民への影響や今後の日中関係を考慮すると、これ以上身柄の拘束を継続して操作を続けることは相当ではないと判断した」と語った。この判断の背景にいったいかなる動きがあったのかは、現在のところ明らかではないが、何らかの政治的な圧力があったのは間違いない。その最終判断を行ったのが、菅総理であったことも、常識的に、疑いようのない事実ではないか。
 次席検事は、巡視船の損傷はたいしたことなく、乗組員の負傷もなかったからこの判断をしたとも語っていたが、それならば、外交圧力が高まる前に、もっと早く船長を釈放すべきであった。
 今回のことで、日本の国の威信は、大きく傷ついた。検察内部のモラル崩壊も心配だ。現政権の妥協的政治の限界を見る思いである。

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9月23日(木) OAK・TREE ようやく出稿 300号 この日にゃイチロー 200本打つ

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 OAK・TREE10月号の原稿を出稿。今回も、難産であった。特に、このしばらく各地に出向かねばならない用事が多くて、机の前で執筆や編集、校正に取り組む時間がなかなかとれなかったのであった。その結果、これまでよりも、3日か4日遅れての出稿となった次第である。
 しかし、そのお陰で、記念すべき300号の出稿日が、アメリカ大リーグで活躍中のイチローが、10年連続200本安打を達成した日と重なることになったのである。テレビでは、ここに至るまでのイチローの根性物語が、放送されていたが、何だ、根性だけならば、私だって負けちゃいないさ、などと、嘯いていたのであった。
 ともかく、この300号に至るまで、私の場合は、26年半の年月であった。もうやめようと思ったことも、何度もあった。いくら書こうと思っても、ペンがどうしても進まないというスランプの時もあった。そんなことを乗り越えて辿り着いた今日の日である。だから、私にとっては、イチローの前人未踏の記録にも匹敵する歩みであったのではないかと思ったのであった。

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9月22日(水) ロボットにゃ ロボットとして 拓くべき 道あるはずだ 霧の中にも

 朝から、大阪門真のパナソニック本社内にある、ロボット研究開発のオープンラボを訪問。これからロボット、特に生活面において役に立つロボットの開発が急務だと、会社役員から、一度その開発現場を見てアドバイスをして欲しいと、招かれたのであった。

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 まず開発の概要をお聞きした上で、開発中のロボットを見せていただいた。率直に言って、ずいぶん色々なロボットが開発されているのだなという印象であった。特に、障害者が寝たままの状態のままで簡単に車いすに変わるベッドというのは、かなり力を入れて研究を進めている感じであった。それから、自動で髪を洗うロボットというのも、興味深いものであった。
 おそらく実用化となれば、安全性の問題やコストの問題があって、これからいくつもの壁を越えて行かなくてはならないのだろうと思う。しかし、この分野にニーズは間違いなくあるのだから、後は、さらなる創意工夫と重い壁を動かす忍耐力である。今はまだ、霧の中にいるようなところがあるだろうが、必ず道はあると、確信をしたのであった。

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9月21日(火) この国の 礎たるべき 法曹の ゆらぎに思うは メッキのあやうさ

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 大阪地検特捜部検事・前田恒彦が逮捕された。その容疑内容は、証拠隠滅。厚生労働省の村木厚子氏の裁判において、前田検事が、押収したフロッピーディスクの内容を書き換えたという容疑である。端的に言えば、自分たちが描いた筋書きに合わなくなった証拠を、筋書きに合うように改ざんしたということである。もっとも、前田検事自身は、これは意図的な書き換えではなく、偶発的なものだと主張しているようだが、こんな話はとても信じられるものではない。
 それにしても、と思う。最近は、検事はまだ珍しいが、裁判官や弁護士に関する不祥事が、余りに多すぎるのではないか。これら職業に就いている人たちのことを、よく「法曹」というが、これらの人たちを別名「法の番人」と呼ぶように、国民が深く信じて、その守りをゆだねてきた人たちである。その信頼感は絶大で、その職業倫理は、燦然と光り輝いていた。それが、このぶざまな事件である。国民の間には、もう何を信じていいか分からないという気分が流れている。
 つまり、所詮メッキはメッキ、あくまで本物でなくてはならないのだと、痛感したのであった。

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9月20日(月) 前進の フリして後退 アメリカも ようやくSTOP これから何処へ

 全米経済研究所は、この日、2007年の12月に始まった景気後退が、昨年6月に終了したと発表。何でも、この景気後退期間は、18ヶ月にも及んでいて、第2次世界大戦以降では、最長だったらしい。
 しかし、これでアメリカの経済は、一気に上向いてきたのかといえば、そうではない。相変わらず、失業率は高く、貿易赤字も、輸入の減少によって少しは改善しているらしいが、抜本的な問題解決にはまだまだ遠い道のりのようである。サブプライム問題によって、深刻な打撃を受けたアメリカ経済は、そんなに簡単に全快したりはしないだろう。ただ、一度破綻したゼネラルモーターズも、すぐに黒字転換したという話もあり、気分的にはかなり好転してきているということか。

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 この問題を考えていたとき、頭に浮かんだのは、マイケル・ジャクソン。前に歩いているような足の運びにもかかわらず、実は、後ろ向きに進んでいくというムーン・ウォーカーという有名な技。これは、実はアメリカ経済のことを揶揄して表現したものではないかと思ったのであった。

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9月19日(日) 青年の 1人ひとりに 夢があり それが集えば 地域のビジョンだ

 「第2回平成牛麓舎」の2日目。この日は、午前中が、人生の生き方・考え方を巡る講話とその演習。そして午後には、これから具体的に高梁のまちにいかなる夢を描くかということに関する、活発な議論を行った。その結果、ずいぶん多くの提案が出された。そして、それら提案を市役所の職員を初めとする色々な方々に聴いていただくことにしようということで、舎生がそれぞれの提案を発表することにした。

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 午後6時から、その発表会と懇親会。舎生それぞれが、自分の思いを語った。なかなかしっかりとした発表であったと思う。参加された方々からも、好意的な感想が寄せられた。
 私は、地域の将来ビジョンというものは、その土地の青年が描き出す夢の集合体ではないかと考えている。青年が魅力的な、そして希望にあふれる夢を数多く描き出すならば、地域ビジョンも、魅力的なものにならないはずはない。ここに集う青年たちが、是非、その先駆けになって欲しいと願わざるを得なかったのである。

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9月18日(土) 日本に 良知の炎 灯さんと また開きたり 方谷の塾

 岡山県高梁市で、「第2回平成牛麓舎」を開催。今回は、大学生を中心に、20歳代の青年を対象に、約20名の参加者を見込んでの募集をしたが、結果は、大学生は、0人。社会人が6名であった。
 いささか肩すかしの感がないではなかったが、しかし、これが現実。これからは、この現実を足場とし、教訓として、青年教育を今後いかに展開していけばいいのか、じっくりと考えてみたいと思う。

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 ところで、今回は、「自分自身の人生とまち作り」をテーマにした研修会であった。そこで、近藤・高梁市長の講話や高梁市内のウォーキングなども行って、まず現実をしっかりと見つめることを行った。そしてそれに、それぞれが自分の人生という経糸を通して、参加者一人一人が、自分の人生という布を織り始めるきっかけを作った次第であった。
 確かに、この「平成牛麓舎」は、まだまだ小さい学舎である。しかし、その思いは、ばかでかい。この迷走する日本の国に、きちんとした良識の炎を灯し広げていく一灯になるのだと心に誓った活動である。そうだ、山田方谷先生の思いを宿した活動をここに作り上げるのだ。

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9月17日(金) 菅総理 今度は改革 本気だね 一気に進むか 政界再編

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 14日の民主党代表選挙で、再選を果たした菅総理が、昨日から党人事に着手し、今日は、内閣の改造である。
 昼前から、次々に内定情報が入ってきて、午後には、皇居での認証式。さらに、その後、初閣議と急ピッチで、新体制が構築され、動き始めた。
 その人事を見てみると、これは、菅総理、かなり本気で状況を動かす覚悟だなと感じさせられるものであった。議員票ではかなり接戦をした小沢グループからの登用は少なく、しかも、党や内閣の運営上の要となるところからは、完全に外す形になっている。おそらくこれでは、小沢グループは納得をしないだろう。国民世論の追い風を頼りにして、中央突破の構えである。しかし、このやり方では、一度国民世論の支持を失えば、たちまち政権は失速して、空中分解となる懸念もある。その時は、いよいよ自民党も巻き込んでの政界再編という覚悟か。
 どこまでやれるか、とにかくやってみればいい、と私は思う。

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9月16日(木) ツメ切りが 看護行為か 犯罪か こんな裁判 何かおかしい

 終日、OAK・TREE10月号の修正と編集作業を行う。暑さも少し和らいできて、クーラーが無くてもそれほど気にならない。あぁ一ヶ月が確かに過ぎて、秋になったんだと、仕事をしつつ皮膚感覚の中で感じた次第である。
 ところで、この日、これはいったい?と感じたのは、ニュースの中で取り上げられていた、ツメ切り裁判のことであった。何でも、北九州八幡東病院の上田里美看護課長が、患者のツメを深く切って出血させたとして、訴えられていた裁判の控訴審で、一審の有罪判決を破棄して無罪が言い渡されたというものである。
 こんな問題が、全国ニュースで流されたのは、意外性のあるテーマだったからであろうが、それにしても、何故、こんなことが裁判になったのかが、よく分からない。平素の看護行為に対して患者側がかなりの不信感を持っていたからなのか、または、売り言葉に買い言葉となってしまって、引くに引けなくなって裁判に訴えたのか、何にしても、裁判に訴えなければ、この程度の問題に決着がつけられない社会というのが、情けない。???という気持ちである。

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9月15日(水) 三原より 高梁までの 道中に 立ち寄りたるは 金光教会

 朝、三原を発って、岡山県の高梁市へ向かう。昼食をとりながら、この週末に予定している「第2回平成牛麓舎」の打ち合わせを行おうという話になっていたからであった。ただ、昼までには少し時間があったので、その道中に、浅口市にある金光教の本部を訪ねてみることにした。それは、私が金光教の信仰を持っているからというのではない。この混迷の時代に、多くの人が心を寄せている場所がいったいどんな場所なのかという、半ば好奇心に基づいたものであった。

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 行ってみると、金光町の街中にその聖地はあった。その辺り一帯に、さまざまな施設が並んで建てられていた。私は、本殿にお参りをした後、その辺り一帯を散策しながら、この宗教を立てた人たちの思いや願いを感じ取ろうとした。また、少しばかり、本や講話のCD などを購入した。
 人は、何を宗教に求めているのか、この場所を訪れて、大きな課題を背負った気持ちである。

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9月14日(火) 民主党 代表選の 最中に 我講演せり 諭吉の如く

 民主党代表選が行われ、菅直人・総理が、小沢一郎・前幹事長を大差で破り、代表の座を守った。これで菅内閣の足場を固め、本格的に政治課題に立ち向かっていくことになるのだろうか。これから先の小沢グループの動きが、日本政治の波乱要因になってくるだろうが、政治リーダーに困難はつきもの。腹をくくって難局に立ち向かっていけばよいと思う。
 ところで、この代表選の最中、私は、広島県三原市で、市内小中学校の校長などを相手に講演をしていた。テーマは、「今、教育に期待すること~本物の教育、本物の教師、本物の学校」という、教育問題を基本的な考え方から正していこうという内容のものであった。

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 ふと頭をよぎったのが、戊辰戦争のさなか、上野の山に彰義隊が籠もって、官軍と戦っている最中に、福沢諭吉が、自らの塾生に普段と変わらない勉強を求めたという話。目先のことに振り回されず、学び研究する姿勢、これが大事だと思う。

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9月13日(月) 振り返り 加戸県政とは 泥沼に 白く咲きたる 蓮の花なり

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 この日、これまで3期、11年半余にわたって、愛媛県知事を務めてこられた加戸守行氏が、自らの後援会総会の席上、退任を公式に表明した。最初に県知事選に出馬されたとき、まだ60歳代前半であった知事も、もう75歳という年齢である。ずいぶん長い期間、愛媛県政改革と県勢発展に力を尽くし、誠心誠意歩んでこられた知事に心から感謝を捧げたいと思う。
 振り返って、ご苦労の多いお仕事ではなかったかと思う。激しい選挙戦の後、県政にきちんとした道をつけようと努めたが、必ずしも思い通りにならなかったことも多かったに違いない。就任直後には、宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」の衝突沈没事故の対応に、日夜追われた。最近は、国の財政緊縮路線の下、県財政改革やプロジェクト推進に持てる力を尽くした。
 本人は、自身の仕事に、60点をつけておられたが、私は、現実の環境の厳しさを勘案すれば、100点満点でもいいなと思う。政治という泥沼に、清冽な白い蓮の花を咲かせようと、戦い続けたのであるから…。

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9月12日(日) ありのまま 生きるあなたで いいんだと 分かってもらえて 私になれる

 四国人間論ゼミの日である。この日のテーマは、「諸富祥彦著『生きづらい時代の幸福論』を読む」。
 8月にこの同じテーマで人間論ゼミを行ったが、とても時間が足りなくて、もう一度、9月に同じテーマで開催することにしたのであった。様々な人の幸福に関する主張を本から学び、それから、幸福とは何だろうかと語り合った。

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 その中で、特に考えさせられたのが、カウンセリングについて論じられている部分であった。著者曰く、カウンセリングは、そこで結論など出せなくても、悩み苦しんでいる人の話を誠意を持って聞くだけでいいんだと。何故かといえば、他人から、そのままのあなたでいいんだよと認められて初めて、その人は、自分自身をきちんと見つめるようになれるからだというのである。そして、そのままの自分でいいんだと感じられることが、自分の幸福感を生み出すことになるとも語られていた。
 そうなのだろう。自分は、むりやり自分を曲げなくても、このままでいいんだと感じられるとき、心の底からの喜びを感じるのである。

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9月11日(土) 世を変えた テロから数えて 9年過ぎ お里の便りも 絶え果てた…かな?

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 ニューヨーク貿易センタービルなどを狙った、「同時多発テロ」事件から、今日でちょうど9年になる。あのとき、日本時間では夜遅い時刻で、私は、赤坂の古い議員宿舎で寝転がりながらテレビを見ていたのだが、なんだこれは?と、最初は何が起こったのか理解できないというくらい、異常なことであった。そして、しばらくして、これは現実だということが分かって、背筋が寒くなったことを思い出す。
 あれから、ずいぶん時間が経った。あの後、アメリカ軍は、このテロの首謀者が隠れているとされたアフガニスタンに攻めていき、さらに、背後でテロリストを支援していると疑われたイラクにも、攻撃を加えた。当初は、すぐに決着がつくとされた、テロリスト掃討作戦は、どんどんと泥沼に入っていき、いまだ、首謀者とされたビン・ラディンも捕まっていない。あれやこれやと、この年月の間にあったことが、走馬燈のごとくに脳裏を走る。
 なぜだか、「赤とんぼ」の歌を思い出した。お里の便りも絶え果てたとは、心寂しい表現である。

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9月10日(金) 故郷に ゆかりの偉人を 語り合う その足跡に 余慶求めて

 高津人間論ゼミの日。夜7時半から、高津公民館で、開催。この日のテーマは、「伊庭貞剛氏の人生」。明治中期に、別子銅山で、公害問題を解決するために、全身全霊を尽くして戦った人である。

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 この高津人間論ゼミでは、この新居浜市や四国に関係する人物を一人ずつ取り上げて、その人生や思想を語っている。偉人というと、往々にして立派すぎて、あまりに遠いところにいる人という印象になりがちである。そんな雲の上の人では、自分自身の人生と重ね合わせて考えようという気持ちにもなりにくいであろう。そこで、少しでも身近の人を取り上げて、参加者が学んでみようという気持ちになるようにと考えたのであった。
 この立派な人物を学べば、人はより幸せな人生を生きていけるようになると思う。二宮尊徳は、「積善の家に余慶あり」と語った。ならば、偉人の足跡にも余慶は宿っているに違いない。その余慶を、この学びの場の中で、拾い集めていこうではないかと、呼びかけたい気持ちである。

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9月9日(木) 丸亀で 一宵語りぬ どろんこが マグマに変わる 夢を見たのさ

 香川県の丸亀市で、「四国マグマ塾」。今回は、元・香川県議会議員の塚本修先生の導きによって、この会を開くことが出来た。参加者は、6名。
 数は少ないが、強者揃いであった。この日に寄って下さった方々は、以前から、「どろんこクラブ」という名で、子供たちの育成をサポートする活動を行って来ている人たちであった。この頃は、お遍路さんの休憩所整備を行ったり、町並み保存活動なども行っているらしい。そんな人たちを相手に、これからの政治のあり方や地域起こしの考え方などを話させていただき、意見交換を行った次第である。

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 その話をしつつ、考えたのは、どろんこも、熱く熱くなってくれば、大きなエネルギーを宿したマグマになるのではないかということであった。ちょうど、丸亀市というと、讃岐富士と通称される飯野山の麓にあるまちである。その讃岐富士が、空高く溶岩を噴き上げる姿を夢見たのであった。

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9月8日(水) ある場所は 台風由来の ドシャ降りで 他の場所では 猛暑日続けり

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 台風9号が、福井県に上陸。福井が、日本の国土への初上陸地点になったのは、この台風が初めてとのことである。この台風は、雨台風であった。日本各地に激しい雨を降らせ、あちこちに豪雨災害を引き起こした。
 その一方で、日本各地で、この日も猛暑日を記録した。つまり、雨が降ったところは、無茶苦茶な雨になったが、そうでないところは、カンカン照りであったということだ。
 日本の白地図上で、雨の降った場所を黒く塗っていくと、なんだか乳牛の縞模様みたいになった。そうか。宮崎県を中心に大問題になった牛の口蹄疫は、少し前に終結宣言が出されたが、雨量の高低癖は、日本列島で今もなお継続中ということだ。
 それにしても、中庸ということを知らない昨今の天候であることよ。この夏は、無茶苦茶な暑さであったが、この冬には、逆に寒い冬となるのだそうだ。社会もこれに同じである。

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9月7日(火) 暦では 秋もう既に 一ヶ月 過ぎて今なお 猛暑続けり

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 暦の上では、8月7日が立秋であったから、秋を迎えて、今日でちょうど一ヶ月。しかし、暑い。今日も、日本の各地で猛暑日を記録したのだそうだ。この頃は、テレビを見ていても、この暑さを報じるニュースが多い。この夏は、熱中症でお亡くなりになった人も、ずいぶん多かったのだそうだ。9月になって、この暑さなら、さもありなんと思う。
 ところで、この異常な暑さには、泣いた人、笑った人様々であったようだ。これだけ日本列島全体の平均気温が高くなれば、消費動向も、生活スタイルも、集客状況も、ずいぶん違ったものになっていたと想像することは難くない。しかも、この暑さは、7月からずっと続いていたわけだから、一時的な変化だけではなくて、体質的な部分まで変化を生み出している可能性もある。
 昔から、異常気象が、社会変革の原因になってきたとする研究もあるようだ。この夏の暑さは、この日本にいったいいかなる変化をこれから生み出してくるのだろうか。そんな視点でも、社会をしっかりと見ていきたいと思う。

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9月6日(月) 地方には 3割カットの 交付金 自由に使えと 出す小沢さん

 民主党の代表選挙も、残すところ1週間あまりとなった。まだ告示から1週間にもならないが、テレビ報道などを見ていると、もう既に、この選挙に新鮮な感動はなく、少しマンネリ化しているようである。

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 そんな中で、目を惹くことがあったのは、全国知事会の麻生渡会長(福岡県知事)が、記者会見して、小沢一郎・前幹事長が、国から地方への補助金を一括交付金にして、地方が自由に使えるようにする替わりに、その総額を約3割カットするとしていることに対して、「補助金の大半は、減額困難な社会保障に当てられているから、巨額の削減が行われたら、対応が困難」と、疑問を呈したということである。
 確かに、その疑問は当然のものであり、小沢候補は、これに対して、どんな答えを準備しているのだろうか。小沢さんの政策論は、かねてから、発想は確かに興味深いが、少し荒削りの印象が強い。腕力で最後はねじ伏せるということか。常識的な考えでは、回答不可能なくらいの難問題を投げかけて、談論風発を狙っているということか???

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9月5日(日) 日本じゃ 何故か無視だが ポーツマス 条約締結 105年なり

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 1905年9月5日、日露戦争の終結に際して、ポーツマスで講和条約が締結された。アメリカのルーズベルト大統領の斡旋により、約1ヶ月の交渉を経て結ばれたものであった。この条約によって、日本は、ロシアが管轄していた長春ー旅順間の鉄道と関東州の租借地を手に入れると同時に、南樺太を領有した。さらに、朝鮮における一定の権限を手中に収めることになった。しかし、賠償金を得ることが出来ず、国内では、この条約に反対する人たちによる焼き討ち事件などが起きたと、歴史の本には書いてある。
 それ以来、今日で、ちょうど105年になる。日本の歴史においては、大きな意味を持つ条約であるはずだが、この日、日本国内で特に何かの話題になったということではなかったようだ。
 私の場合は、少し前に、日露戦争の激戦地などを旅順で訪ねたこともあって、強い関心があった。やはり百聞は一見にしかずということか。夏の旅を懐かしく思い起こした次第である。

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9月4日(土) 弓削の島 船から降りて なつかしき 同志訪ねて 語り合ったよ

 前日は、魚島の観光センターで宿泊。朝、魚島港を発って、自宅に戻る。ただ、その途中で、弓削港で船を乗り換えなくてはならないが、そこでの乗り換え便を一便遅らせて、少し弓削島を回ってみることにした。
 まず訪れたのが、松下政経塾の後輩がやっている、「島カフェ」。観光客をもてなすと同時に、島の産品を各地に販売する仕事もしていると聞いていた。その様子を自分の目で確かめようと考えたのであった。

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 それから、レンタサイクルを借りて向かったのが、昔、中選挙区時代に、この島の選挙運動でお世話になった、浦野さんが経営する会社であった。この島に来て消息を聞くと、浦野さんは大病をされたという。また、少し前に奥様を亡くされたとも聞いた。少し重い気持ちで会社に伺うと、本人は、会社で仕事をしていた。ずいぶん、病気からは、回復をしたという。思い出を話していると、懐かしい気持ちになってきた。選挙区が小選挙区になって、もう15年あまりの歳月である。かつての同志にお会いできて良かったと思う。

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9月3日(金) 直線じゃ ただ30キロの 魚島に 4時間かけて 辿り着きたり

 朝8時半頃、新居浜の自宅を出発。まず向かったのは今治港。そこで高速艇に乗って、弓削港へ。さらにここで船を乗り換えて、魚島港へ。この魚島港に着いたのは、12時10分過ぎだった。つまり、家を出発してから、4時間弱の移動であった。もっとも、今回初めて公共の船を使って魚島に向かったので、時間的に少し余裕を見たせいで、これだけの時間が必要であったということだ。実際の必要時間は、約3時間というところか。

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 我が家から魚島まで、直線では、約30キロ。新居浜港からだと、20キロあまりで、高速船なら、約30分で行ける島である。ぐるっと大きく回って行ったので、こんな時間を要したということである。
 それはそれとして、この日魚島を訪れたのは、この島の現状を把握するためのキャラバンを行うためであった。そして、夜は、島民皆さんと語り合う、マグマ塾を開催した。小さな離島の住民が、どんな生活をし、どんなことを考えているのか、色々な点に、今後考えるべき様々なテーマを見いだしたキャラバンであった。

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9月2日(木) お隣りで 勝った勝ったと 騒ぐのは 後の戦の 火種なりけり

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 ロシアでは、この日に、対日戦の勝利記念行事が行われたという。テレビ画面で見ていると、ロシアの政治家たちは、日本に対してかなり激しい発言も行ったようである。
 この報道を見ながら、私は、複雑な気持ちであった。ロシアは、当時は、ソ連と呼ばれていたが、日本側は、そのソ連と戦争をしたという気持ちをほとんど持っていないからである。当時、日ソ中立条約が有効期間中であり、その破棄のためには、1年前に通告せねばならないことになっていた。ソ連が日本に破棄の通告をしたのは、昭和20年4月5日のことであり、まだ条約が無効になっていないその4ヶ月後の8月8日に、日本に対して宣戦布告をしたということである。従って、この参戦は、明らかに条約違反である。しかも、日本軍とはほとんど戦火を交えることもなく、北方4島にソ連軍を展開。そのまま、軍を駐留させると同時に、これら島を支配をしたということである。
 日本にしてみれば、戦争もしていないのに勝った勝ったといわれても、ということである。こんな動きが、後の戦争の火種にならなければいいが…。

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9月1日(水) サァやるぞ そんな気持ちで テレビを見れば そこには張り切る 菅・小沢さん

 9月1日、昨日のイラ短にも書いたが、私にとっては、今日が、「在野の政治家」として、2年目スタートの日である。その気持ちが胸にあるだけに、朝から、新たな気力に満ちて、爽快である。

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 テレビを見ると、そこにも、2人の、エイエイオーと、腕を天に突き上げて、戦いに立ち向かっていこうとしている人たちがいた。いわずと知れた、菅・総理と小沢・前幹事長である。今日が、民主党代表選の告示日であり、両陣営の出陣式の様子が、テレビで紹介されていたのであった。その2人の表情は、普段よりも、気力がみなぎっていて、張り切って戦おうとする気持ちが表れていた。
 人生は、基本的には、戦いだ。自らが克服せんとする困難との戦いだ。その中で、人は、自らの持てる全てを投入し、最高の成果を得ようとするのである。そこに、命の輝きが生まれてくるのだろう。
 私は、この混迷する時代・社会と戦っていこうと思う。ただひたすらに。

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