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10月31日(日) 錦帯橋 その橋桁の 連なりに 先人遺せし 言葉想いし

 前日は、福岡の太宰府から、高速道路を自動車で駆って、山口県の岩国市に夜7時頃に到着。それから、志を共にする仲間たちと、夕食を共にしながら、語り合った。そして、この朝は、この岩国で、「立志の碑」建設運動を推進している、佐古利南先生の案内で、その立志の碑を見て回った。
 この立志の碑を次々に建てている場所は、有名な錦帯橋近くの土手と公園の中である。そして、その石碑に刻み込んでいる言葉は、岩国市出身者ないしは、ゆかりの人物の人生を貫いてきたと考えられる、力の籠もった志の言葉を選び出したものであった。なかなか立派な石碑であった。先生のお話をお伺いしていると、そのデザインにもかなりの腐心をしておられる様子であった。半年に一基ずつくらいのペースで作り続けておられるのだが、並大抵のご苦労ではないとお見受けした次第。

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 碑のある土手からは、錦帯橋が見える。その錦帯橋の橋桁が、この石碑の一人ひとりの人物に見えてきた。こんな形で、次々に連なって、この時代を築いているのだ、そんな気持ちになったのであった。
 この日の昼は、中川秀直先生と、府中町で存分に語り合った。その後、大原美術館などを見て、自宅へ。長いキャラバンであった。

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10月30日(土) 太宰府の 大地に残る 古代の力 我が遺伝子を 目覚めさすかな

 朝、中津のホテルを出て、福岡県太宰府市に向かった。太宰府天満宮への参拝、そして、「中国文明展」を開催している九州国立博物館や太宰府庁跡を訪れてみたいと考えたからであった。 
 午前11時ころ、太宰府到着。当初は、この地を午後1時ころに出発して、次に下関の志士たちの足跡を訪ねてみたいと考えていたのであったが、結果は、出発が午後4時になってしまった。なぜ、こんなに時間がかかったかといえば、中国文明展も、見応えがあったが、それ以上に、太宰府に置かれていた都督府の跡地で、少しでも時間を過ごしたいと考えたからであった。

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 この跡地には、広い土地に、礎石だけが残されていた。その礎石の上に建っていたであろう建物を想像するだけで、当時の賑わいが感じられた。また、この日には、発掘調査中の場所を関係者が案内して下さるという取り組みもあった。そんな現場の話も聞かせて頂いた。
 いつしか、私の体の中の遺伝子が、この場の空気に合わせて動き始めるのを感じた。古代の人の願いや祈りに、共鳴し始めたのであった。

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10月29日(金) 様々な 人の心に 宿る種子 目覚めさせるは 慈雨と太陽

 午前中、宇佐神宮の祖宮といわれる薦神社に参拝。それから、中津港やその周辺の工業団地やトラックターミナルを視察した後、中津出身の私の同級生である森久君と一緒に昼食。さらに、自性寺大雅堂や商店街の様子を見て回る。その後、ホテルに戻って、講演の準備。
 午後6時から、「中津経済クラブ」の会合で、講演。このテーマは、「本物に学ぶ経営」。激しい変化の中で、本物の経営が求められていると思うが、それをいかに考えたらよいかということを論じた。地域を代表する企業の経営者皆さんが集まっていると聞いていたが、真剣なまなざしで話を聞いて頂けたと思う。

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 これで、今回のキャラバンの主目的は無事に終了。中津のまちといえば、福澤諭吉が、余りに因習的なことが多くて、それを嫌って飛び出していった土地ともいわれるが、確かに伝統や形式が力を持っている地域という気がした。それが、少しではあるが、殻を破って動き出しそうな気がした次第である。考えてみれば、種子の生命力を目覚めさせ、成長させるのは、静かに降る優しい雨と、暖かい太陽の光である。今回、私は、その役割を少しは果たせたかと、ちょっぴり満足をしたのであった。

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10月28日(木) 安心院にて 出会ったデッカイ イチイガシ 思わず我は 抱きしめにけり

 午前中は、湯布院の宿所で、中津市に関するイラ短を描く。全部で、12の作品を描いた。これを使って、夕方からの講演会の話をする予定である。これで、講演の準備も一段落したので、その後、湯布院の観光案内所でレンタサイクルを借りて、湯布院内を約1時間、あてもなく回る。

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 そして、昼過ぎから、自動車で再び中津に戻ったわけだが、その道中では、いくつか気になっているところを回った。まず訪れたのが、大分県農業文化公園。そして次には、安心院(あじむ)のイチイガシ。これは、根の回りが12メートル以上もある巨木で、県指定の天然記念物に指定されているものであった。しかも、回りに他の木がなくて、均整のとれた全体の姿を見ることが出来た。おそらく、このイチイガシは、日本の国で私が見た最大の樫の木ではないかと思う。神々しいまでの美しさであった。思わず、この木に身を寄せて、抱きしめたのであった。
 その他、いくつかの場所を回った。そして、夕刻からは、若手中心に140名の人たちが集まっての講演会。地域をいかに活性化していくかというテーマで、約一時間半の講演を行った次第である。

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10月27日(水) 淡窓が みんなよろしと 咸宜園 5000名もの 引力思う

 朝から、まず中津市内で、昨日回りきれなかった場所を回る。それから、山国川を上流地域に自動車を走らせた。まず、「青の洞門」で有名な競秀峰へ。ここでは、山中の遊歩道も散策。そこから、耶馬溪の景色を眺めながら、上流地域の山国エリアへ。ここでは、「かかしワールド」を見学。そして、さらにそこから、日田市へ。

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 日田市では、広瀬淡窓が開いた塾、「咸宜園」を訪問。閉館間際に滑り込んだのだが、係の人が丁寧な案内をして下さる。その話によれば、何でも、この咸宜園には、全国各地から多くの若者が集まり、全部でその数は、4800人にも及び、日本最大の塾であったようだ。ちなみに、「咸宜」とは、「みなよろし」という意味で、年齢も、地位も、出身地も問わず、様々な人、みなよろし」と入塾を許したということである。
 そこでの疑問は、なぜ、こんな九州にまで、多くの若者が勉強に集まってきたのかということであった。何が魅力となって、若者たちを引きつけたのか。これには、様々な説明もあるが、まだ腹にすとんと落ちる説明というのは聴いたことがない。この巨大な引力の源はいったい何なのか。大きな宿題が出された気分である。この日は、湯布院で宿泊。

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10月26日(火) 諭吉とは 怠惰な社会に 耐えかねて 独立自尊の 道歩みし人

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 一日、中津市内の調査活動。朝から、レンタサイクルを借りて、まちの中を走る。最初は、駅前からスタートして、多くの寺が集まっている寺町を回り、その後に訪ねたのが、福澤諭吉が少年時代、青年時代を過ごした家、そして、記念館であった。ここには、諭吉少年が勉強したという土蔵も残されていたが、こんな薄暗く狭い場所で勉学に勤しんでいたのかと思うような部屋であった。また、記念館では、諭吉の人生を紹介する約1時間に及ぶビデオが上映されていたが、それも、最初から最後まで見た。それを通して、福澤諭吉が随分身近な存在になった気がした次第であった。
 この中津市では、このほかに、中津城、村上医家資料館、大江医家資料館、商店街、大手スーパーなどの様子も見て回った次第である。
 その中で、色々なことを感じ考えた。特に、福澤諭吉の人生に思いを巡らせる中で、なぜ、このまちと決別する形で、諭吉はまず長崎で学びそして、大阪、江戸に活躍の舞台を求めたのかということを考えた。やはり、時代が変化する中で、旧来の考え方や風習に囚われて、自分の頭で考えようとしない人たちに耐えられなかったのだろうか。

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10月25日(月) 宇佐神宮 1500年もの 時空超え 理屈も超えて 人を集める

 午前中は、臼杵市役所に、中野・臼杵市長を訪ねて、意見交換。また、吉田・教育長とも、教育を巡って意見交換。

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 そこから、昼前には、中津市に向かったのだが、途中で、これもせっかくの機会と、隣町にある宇佐神宮への参拝を思いつく。この宇佐神宮は、全国各地にある、約5000に及ぶのではないかとも言われる八幡神社の総本宮であり、歴史も古く、霊験もあらたかと伝えられている。実際、訪れてみると、社叢も、楠と一位樫を中心に、深く豊かな森になっていて、強い霊気を感じた次第である。神社の建物も、独自様式で作られているものであった。和気清麻呂の博物館も、宝物館も、見て回り、この神宮の歴史や祭神などについても、勉強させて頂いた。
 この宇佐神宮の創建は、西暦では、600年頃と言われる。もう約1500年の年月である。これほどの長い時間の後にも、信者たちが参拝に訪れるというのみならず、観光客も多くやってきている。何が、そんな求心力を生み出しているのだろうと、考えた次第である。

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10月24日(日) ミカン山 かつての美園が 捨てられて 葛茂れる 姿ぞ悲しき

 昼前に、新居浜市の自宅を出て、三崎半島に自動車で向かう。実は、三崎港から、大分県にフェリーで渡るためであった。ただ、この日に臼杵市で行われる予定の会合が、事情があって急遽キャンセルになったので、少し時間が出来た。そこで、その道中に、元県会議員の高門清彦君の家を訪ねることにしたのであった。

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 高門君とは、積もる話もあったが、せっかくの機会と、近所のミカン山を案内して頂いた。高門君運転の軽トラックで山に登ってみて、驚いた。この地域のミカン園には、随分昔に訪れたことがあったが、好条件の園地で栽培されるミカンは、糖度も高く、農家の生産意欲も、とても高い地域であった。それが、今は、この程度の収入ではとてもやっていけないと、放置されてしまい、そのミカンの木には、葛がまとわりついて、すっかり木の全体を覆い尽くしていたのであった。当然、木は枯れ、害虫も繁殖してしまう。そんな放置園があちこちにあった。地域全体の農業が、今や崩壊の瀬戸際にあると言っても、過言ではないだろう。また、ここで大きな問題を投げ掛けられた気がした次第である。
 この後、佐賀関に渡り、知り合いを訪ねた後、臼杵で宿泊。

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10月23日(土) 自由とは 無秩序ならじと G20 人為と無為が せめぎ合うかな

 韓国の慶州で開催されていたG20財務省・中央銀行総裁会議が、共同宣言を採択して閉幕した。その共同宣言で気にかかるのは、一方では、国際的な為替レートの決定を、より市場で決定される為替システムに移行すると宣言しているのだが、もう一方では、為替レートの過度な変動や無秩序な動きを警戒し監視するとし、また、過度の不均衡は削減し、各国の経済収支を持続可能な水準で維持するためあらゆる政策を追求するとしていることである。

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 つまり、一方では、人為を廃した市場に足場を置いて、より自由な国際金融を作り上げようと言っているのだが、そのもう一方では、各国が協調して、制限的で人為的な政策を推進するのだと言っているのである。
 これは、基本的には、相矛盾する宣言決議であると思われる。しかし、現実の国際金融や経済は、様々な矛盾を抱えながら、かろうじて運営されているわけであり、この種の矛盾が完全に解消されることは、とても期待できるものではない。対立する関係の中で、中庸を求めて、せめぎ合うということではなかろうか。

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10月22日(金) 世界中 既成政治を 飲み込んで 新時代へと 動き出すかな

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 アメリカ中間選挙の投票日まで、残りが10日。テレビを見ていると、オバマ大統領の与党である民主党が大苦戦らしい。そして、その原因のひとつが、保守派グループ・ティーパーティーの激しい動きにあるということである。
 このティーパーティーというのは、1773年のボストン茶会事件にちなんで名付けられたものだ。当時、アメリカを植民地として経営していたイギリス政府が、英領北米植民地に対する茶の輸出独占権を東インド会社に与えるとしたことに対して、ボストン市民の一団が、ボストン港に入港した東インド会社の茶船を襲って、積み荷の茶を海に捨てたという事件である。これを契機にして、アメリカ独立戦争へと状況が急速に動いていったという。
 ティーパーティーの政策は、基本的に、小さな政府を指向し、税金を低く抑えることが中心テーマらしい。政府にできるだけ依存せず、自分自身の力で生活することが基本思想であり、福祉や医療に重心を置くオバマ政権に真っ向から反対していこうとしているようだ。
 考えてみれば、このしばらく、世界中で、政治が混迷してきているようだ。社会を襲う大きな波が、既成政治を次々に飲み込んで、新しい局面を作り始めているのだろうと言ったら、言い過ぎだろうか。

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10月21日(木) 想像を 絶する雨に たたられて ズタズタとなる 奄美大島

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 昨日から、奄美大島は、大雨のようである。この調子では、この3日か、4日の間に、総雨量が1000ミリメートル、つまり、1メートルにも達することになりそうだとの報道もある。日本の年間雨量の約3分の一から2分の一が、短い期間に降ってきているということだ。異常な豪雨である。
 その大雨のせいで、あちことで、土砂崩れを発生したり、浸水を起こしたりしているようだ。お亡くなりになったり、行方不明になった人たちのことも、ニュースは伝えていた。心から、ご冥福とお見舞いを申し上げたいと思う。
 聞くところによると、土木工事などの設計にあたって、想定雨量は、せいぜい一時間雨量で、50ミリ程度なのだそうである。だから、その想定を超える雨が降れば、災害が起きても、それは手抜き工事というわけではないということだ。ここまでの雨が降れば、もう逃げるしかないということか。今後の復興に、希望を失わずに立ち向かって頂きたいと願わずにはいれなかった。
 それにしても、このしばらく、災害が多い。多すぎる。考えるべきことがあるのではないだろうか。
(今日から、九州キャラバン。一週間、アップを休みます)

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10月20日(水) 今日もまた クマ出没と ニュース言う 我もしばらく クマの冬眠

 OAK・TREE11月号の原稿を出稿。今月も、難産。在野の政治家として、限られた情報や体験の中から、絞り出すような気持ちで執筆をしているのだから、毎回大変なのは当たり前だと思う。そのせいか、この頃は、少し、観念的な文章が多くなりすぎていないかと心配である。

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 テレビを見ていると、クマが日本各地で出没しているらしい。随分多くの人が襲われて、怪我もしているそうだ。今年、何故人里にクマが数多く出てきているかということを解説していたが、この夏の猛暑の影響ではないかということである。猛暑のせいで、山の果実などの生育が遅れたり、実りが減少したりして、お腹を空かせたクマが、仕方なしに、人里に降りてきているのではないかということである。10月も下旬となれば、クマもそろそろ冬眠に備えて、腹一杯に食べなくてはならないのであろう。クマも、大変なことである。
 そんなことを思っていると、そのクマが自分自身に思えてきた。OAK・TREE出稿の日まで、精一杯に頭の中にあるものを誌面にせっせと貯め込んで出稿すれば、しばらくは、冬眠。クマの気持ちになって、キャラバンに読書にと、自由な日々になるのである。

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10月19日(火) 混迷の 世に道拓く 光生む 火打ち石たれ 志の道

 この日の午前中、「志の道」や、「ヤング・リーフ・ハウス」のある新宮の中学一年生が、「志の道」を歩くということで、私がその案内を行った。新宮中学校の一年生は、総勢14名。山の中の学校は、何処も子どもの数が減少していると聞くが、この新宮でも、例外ではないようだ。それに、教職員5名と公民館長、婦人会の方が同行。

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 中学生たちは、以前から、ここに石碑が建てられていることに気づいてはいたようだが、じっくりとその言葉の意味を考えてみることはなかったと言っていた。それはそうだと思う。石碑があっても、それをただの石だとしか感じなければ、この石碑に対して、それ以上の関心が生まれてはこないだろう。だから、最初に私は、この石碑を石が立っているものだと考えてはいけない、生身の人間が立っていて、皆さんに語りかけているのだという気持ちで対面して欲しいのだと語った。そんな気持ちになってこそ、この石たちは、一人ひとりの心に語りかけてくるのである。
 石碑の言葉と一人ひとりの心がぶつかり合う。石碑の言葉同士もぶつかり合う。そこに生まれる火花から、いったい何が生み出されてくるのだろう。そんなことを考えてみた。

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10月18日(月) エッ嘘だ 巨大台風 13号は 瞬間風速 90メートル!

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 南方洋上に、台風13号が発生し、発達。しかし、その規模が桁外れに大きい。昼のニュースだと、中心気圧が、895ヘクトパスカル(一説では、約860)。900を切る台風は、17年ぶりだとか、ニュースが伝えていた。その最大瞬間風速は、何と秒速90メートル。この速さは、時速にすれば、324キロメートル。新幹線の最高速度よりも速い。そんな風に吹かれたら、人も物も、簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。今後の被害が心配だ。
 それにしても、今、世界で吹き荒れる時代の風、文明の風というのも、ものすごい。これまでの社会が常識だとして疑うことすらもしなかったようなものを、どんどんと吹き飛ばしている。この風の中では、人間の本質や、自然の原理といわれるようなもの以外は、飛ばされて消えていってしまいそうである。私たちが最善のものとしてきた、民主主義といった政治ルールにしても、自由経済という経済ルールにしても、これから先にどんなになっていくのか、予測できない状態である。
 巨大台風を前に、人々は、青ざめる。この文明次元の嵐に対して、私たちは、どう対応したらよいのだろう。

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10月17日(日) 秋祭り 湧き立つ里を 逃避して 我山中に 心沈めり

 新居浜では、日本を代表する勇壮な祭りの一つといわれる秋祭り。重さ2トンに及ぶ大きな太鼓台を、150人から200人のかき夫が一斉にかき上げる。10台あまりの太鼓台が集まって、競い合ってのかき較べをするというのが、この祭りの名物である。
 私も、若いころは、この太鼓祭りに心を燃やしていた時期がある。その頃は、多くの人が力を合わせ、心を合わせて、太鼓台をかき上げるということに、単純に強い感動を覚えていた。

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 しかし、今年は、少し心境が違っていた。子どもが大学生になって、新居浜にいないということも、その理由の一つだろう。また、もう私も、55歳。今更若い人たちに交じって祭りに参加という年齢ではないという事情もあった。しかしそれ以上に、この日本の国の諸問題が、この祭りの間も胸の中に重くのしかかってきていたのであった。
 そこで、新宮のヤング・リーフ・ハウスにでかけた。里が祭りで湧き立っているときに、私は、山中に、深く心を静めて、この国の行く末を考えていたのであった。

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10月16日(土) 中国の 反日デモって 何だろう ぐずれば何か 出てくるのかい?

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 夜になって、中国の各地で、尖閣諸島の領有権を巡っての反日デモが起きているという報道が流れてきた。場所によっては、日本の商店の窓ガラスが割られたりもしているようである。正直なところ、またか、といった印象である。日本商品のボイコットを呼びかける動きにもなってきているようだ。
 こんな報道を聴きながら、私は、中国の政府も政府なら、国民も国民だ、と思った。他を困らせて、自分の言い分を通そうとする振る舞いは、子どもの常套手段である。そんなものを、正当な国民の権利、国家の権利と考えているとするならば、国際社会の中で、これから中国は孤立して行かざるを得ないだろう。戦後、日本にやってきたマッカーサーは、日本の民主主義をまだ14歳の少年と評したことがあったが、今の中国も、せいぜいそんな段階にあるということか。いや、もっと子どもかも知れない。
 もっとも、世界を見渡せば、同様の国々もまだまだ多くあるから、中国は、そんな国々のお山の大将を目指しているということか。しかし、そろそろ考え直すべき時ではないだろうか。

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10月15日(金) 谷亮子 隠し技もと 思ったが やっぱり足は 2本だったね

 この日は、松山市で、教育関係者を次々に訪問。OAK・TREE10月号で、「本物の教育、本物の教師、本物の学校」論を展開したが、その考え方に対して、ご意見を聞かせていただいた。久しぶりにお訪ねする方も多く、懐かしい気持ちと共に、新しい情報もお聞かせ頂き、有意義な時間であった。そして、夜は、東京からの遠来の客と夕食会。

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 この日のニュースで興味を惹かれたのが、谷亮子選手の柔道選手引退の報であった。「ヤワラちゃん」と呼ばれ、多くの人に愛された柔道少女も、既に35歳。この夏の参議院選挙で、見事当選し、今は国会議員である。当選直後から、国会議員と現役柔道選手の両立は無理ではないかという声があったが、本人は、この両立はもちろん、家庭の妻・母としても、立派に金メダルを取れるように努めたいという趣旨の発言を繰り返してきた。が、結局は、柔道家の道を断念したということである。
 人間は、2本足。本気で取り組めるのは、やはり2つということかも知れないなと思う。

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10月14日(木) 瀬戸内の 島々巡る 芸術祭に 平日なのに 人の洪水

 朝から、香川県のキャラバンに出掛ける。特に今回は、高松市沖にある女木島と男木島に船で渡って、今開かれている「瀬戸内国際芸術祭」の様子を見ておきたいと考えたのであった。

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 実は、正直なところ、驚いた。何に驚いたかといえば、人の多さにである。船といっても、小型のフェリーボートである。それが、平日であったにもかかわらず、そのフェリーの座席が満席であるのみならず、デッキも人であふれていた。また、島に渡って、その島内を見学の後、次の船に乗ろうと桟橋に出てみると、10分前にずいぶんな行列が出来ていた。
 今回の瀬戸内国際芸術祭は、香川県が力を入れて開催したイベントであるようだが、ここまでとは思わなかった。先日のニュースでも、目標30万人を、遙かに超える60万人余が、まだ期間を残して、既にこの芸術祭に訪れたということであった。たかが芸術、されど芸術である。
 この日は、島巡りから高松港に戻って以降、JR四国、四国経済団体連合会を回った。そして、香川県庁で、先日初当選を果たされた浜田知事にもお会いした。さらに、丸亀市で、塚本・元県議会議長にもお会いし、意見交換。充実した一日であった。

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10月13日(水) 地下深く 閉じ込められたる 鉱夫たち 2ヶ月を経て 救出されけり

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 8月5日に起きた坑道落盤事故によって、地下約700メートルに閉じ込められていた鉱夫たち33人が、10月13日夜、全員無事に地上に帰還した。事故から69日後のことであった。
 当初は、クリスマスくらいまでかかるといわれていたから、多くの人たちの真剣で献身的な仕事が、この結果をもたらしたのであろう。まさに「奇跡」と評価したくなる今回の救出劇であった。
 特に、リーダーとして振る舞ったルイス・ウルスア氏の強い責任感と的確な判断力は、いかに評価してもしすぎることはないであろう。完全な閉鎖空間、しかも、地熱のせいで、常時35度を超える高温高湿の地下空間で、一人の精神異常者、病人を出すこともなく、共に耐え抜いて、全員を生還させたことは、やはり、優れたリーダーあればこその結果と、心からの敬意を捧げたいと思う。
 日本政治にあっても、こんなリーダーの出現が待たれるところである。
 それにしても、暗い坑道に閉じ込められたと同じような境遇に苦しむ人たちが、世界中にまだたくさんいる。そんな人にも、これから関心を払っていく必要があるだろう。

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10月12日(火) 少年が 管制交信 問題と 騒ぐが似たこと よくある話さ

 この日、国土交通省は、福岡航空交通管制部の管制官が、職場体験実習に参加していた中学生2人に、飛行中の旅客機に対して無線で管制指示をさせていたと発表した。もちろん、この指示は、管制官の監督の下で行われていたことであり、安全上の問題は何もなかったものと思われる。ただ、国土交通省の内規に「管制業務は(資格を)有する職員以外の者に行わせないものとする」とある条文に違反したということで、公表され、処分対象になったということのようだ。

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 しかし、こんなことは、世の中に一杯あることではないか。自動車免許を持たない人でも、仮免許を受ければ、指導員同乗の下でならば、公道を走れるというのもよく似ているし、医師など、様々な資格を要する専門職にあっても、きちんとした監督が為されてさえいれば、研修中の人が、その専門的な仕事に就くことが許されることもある。この場合は、管制官がきちんと中学生に指示し、監督をしていたわけだから、特段の問題があったとは思えないのだが、いかがであろうか。今回の問題は、余りに形式ばかりを重んじた対応と、私には思われるのであるが。

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10月11日(月) Ethicと Scienceとが 細胞で 調和と対立 日本はどうする?

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 アメリカのジェロン社が、様々な細胞や組織に変化する胚性幹細胞(ES細胞)を、人体に対して組み入れる臨床試験を開始したと発表した。脊髄損傷を受けて2週間以内の患者に対して、その神経の再生を手助けするため、ES細胞から作った「オリゴデンドロサイト」と呼ばれる神経系細胞の前駆細胞を注入したということである。
 アメリカでは、ブッシュ大統領の時代には、倫理的な問題から、キリスト教保守派の反発が強くて、ES細胞に関する研究がなかなか進まなかったとのことだが、オバマ大統領になってからは、急にその状況が変わってきているようだ。
 未だ日本の国では、このES細胞を人体に応用する際の指針が定まらず、具体的な治療に活用できないでいるが、その間にアメリカは、一歩抜きん出たといえるだろう。
 倫理は、Ethicであり、科学は、Scienceである。その頭文字をとれば、ESとなるというのも、意味深長である。研究レースに遅れないためにも、日本でも、早急に研究開発の基本指針を定めることが必要ではないだろうか。

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10月10日(日) 人格の 成長こそが 教育の 理想と生きし 河合教授か

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 四国人間論ゼミ・教師人間論ゼミ合同勉強会。テーマは、「河合栄治郎の人生と教育思想」。
 この河合栄治郎という人は、経済学者であり、また、思想家でもあった。戦前・戦中の軍部が台頭する時代に、堂々とファシズム批判を展開した気骨ある人物であった。そして同時に、教育者としても、「人生の教師」として、多くの青年を導いた。
 この河合氏の教育思想は、「人格の成長こそが、教育の目的であるべきだ」というものである。現在も、また、河合教授が活躍された時代も、教育界に強く根を張った考え方は、教育は、それによって、金銭的成功を得たり、立身出世をするためのものという考え方であった。いわゆる功利主義を足場とする教育の考え方である。しかし、河合氏は、それは、究極の目的にはなり得ないと断じるのである。真・善・美の調和統一である人格こそが、人間にとって根源にあるものであり、その人格を高めていくこと以外に、教育が目指すべき目的はあり得ないと明快である。色々と考えさせられた人間論ゼミであった。

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10月9日(土) 人為にて 国統治せる 中国は 何とも不思議な 盆栽国家

 ノルウェーのノーベル賞委員会は、ノーベル平和賞に、中国の著名な民主活動家・劉暁波氏を選出した。この劉氏は、天安門事件以降、中国の民主化運動において活発に活動し、2008年12月には、共産党の一党独裁体制の廃止を訴えた「08憲章」を起草して発表。拘束され、裁判の結果、昨年12月、懲役11年、政治的権利剥奪2年の実刑判決を受けて、収監されている。彼が、困難に屈せず、「長年、中国で基本的人権の確立のため、非暴力的な手段で闘ってきた」ことが、受賞理由だという。

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 興味深かったのは、この受賞に対する中国政府の反応であった。すぐに報道に制限を加え、インターネット上の情報も規制。それまで大手サイトに設けられていたノーベル賞コーナーも、一斉に姿を消したという。この決定前には、外交ルートを通じて、ノルウェー政府に「両国関係に否定的影響を及ぼす」と圧力をかけたとも伝えられている。
 中国政府の幹部たちは、国家のことは、全て人為的にコントロールできると信じているようだ。それが、不自由な萎縮した国家のイメージを作ってきている。ああ、何と窮屈な盆栽国家であることよ。

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10月8日(金) 空海が 今の日本に 教うるは なりきれズバリ 即身成仏

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 高津人間論ゼミの日。この日のテーマは、「弘法大師・空海の人生と密教思想」。
 空海は、ご存じの通り、平安時代初期に活躍した仏教の僧である。国内で修行を積んだ上で、中国の唐に留学し、長安にあった青龍寺で、師の恵果から密教の秘伝を授けられて、帰国。そこから真言宗を立教して、それを広めるとともに、高野山を開いたり、満濃池のような土木工事を指導したり、また、日本初の庶民の学校・綜芸種智院を開学したりした。その生命は、今も、四国88カ所霊場巡りの形で、人々の心の中で生き続けているのである。
 この弘法大師を語るとき、その核心は、やはり「即身成仏」の教えではないかと思う。それは、ひろさちや氏によれば、仏になりきって生きることだという。つまり、一つずつ石を積んで頂上(仏)に至るのではなく、最初に、頂上に行き着いて仏になってしまえという教えなのである。理屈に頼れば、くどくなる上に、迷ってしまう。だから、なりたいものにまずなりきってしまえという教え。これは、今の日本で最も大切な教えではないかと思うが、いかがだろうか。

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10月7日(木) 就職も 市場(いちば)のセリの 如きもの 人は育てて 実ると思わず

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 来春卒業予定の高校生の就職活動が、この9月16日に始まったということだが、それから約1ヶ月を経た今、就職希望の高校生は、かなり苦戦をしているようだ。就職氷河期と言われた2004年度に比べても、求人倍率がさらに下回っているらしい。実際、学校への求人数は激減しているらしく、これには、就職担当教師も、頭を抱えているという。そしてこれは、高校生だけではなくて、大学生の場合も同じ状況であるようだ。
 企業は、今進行している円高や株安が、かなり経営状況を圧迫しているらしく、新規雇用の枠拡大の余裕がないということのようである。まだ卒業までは、5ヶ月余りだが、この新卒生たちは、これから時間が経つにつれて、段々と追い込まれていく形になるのではないだろうか。
 そしてそれだけでなく、一方では、大学の場合、優秀な学生については、ずいぶん早い時期の青田刈り現象も顕著らしい。もう、大学3年生の初めころに内定を受ける学生もいると聞く。
 何かおかしい。企業は、求人にあたって、市場で商品をセリで落としていく感覚なのではないだろうか。人は育てるべきもの。そして、その結果として、実りを生み出すものと考えるべきではないだろうか。

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10月6日(水) ノーベル賞 大騒ぎだが 要するに 事の本質 見ていないだけ

 スウェーデン王立科学アカデミーは、この日、2010年のノーベル化学賞を、根岸英一・米パデュー大学特別教授と、鈴木章・北海道大学名誉教授、そしてリチャード・F・ヘック・米デラウェア大学名誉教授の3氏に授与すると発表した。この研究は、1970年代に、「クロスカップリング反応」と呼ばれる、有機化合物を合成する画期的な方法を発見したことに対するもので、受賞された方々には、心からお祝いを申し上げたい。

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 ところで、この発表の後、日本のマスコミは、大フィーバーであった。日本人がノーベル賞を受賞したことが、誇りだとか、名誉だとか、英雄だとか、少し言葉が大げさすぎるのではないかと、思わざるを得なかった。
 それにしても、この研究自体は、もう30年以上も昔のものである。それが、この年月の間に、色々な分野で活用されるなど、大きな意味を有する研究であったと、その業績が評価されて、ノーベル賞の授与が決定されたというにすぎないのである。つまり、研究そのものは、このノーベル賞を受けたからといって、何も変わった訳じゃない。それを、これまで全く無視をしていて、受賞したからと突然大騒ぎというのじゃ、宝くじに当たったと大喜びしているのと同じじゃないの…これが、マスコミ報道に対する率直な思い。

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10月5日(火) ゼロ金利 国債・社債の 買い入れと 日本金融 バーゲンセール

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 日銀は、この日開催した金融政策決定会合で、追加金融緩和策を決定して発表した。その内容は、政策金利をこれまでの0.1パーセントから、0~0.1パーセントに引き下げた上で、1パーセント程度の物価上昇が見通せるまでは、このゼロ金利を継続することとした。また、国債や社債などの金融資産を1年かけて買い取ることとし、そのためにこれまでの対策に要したお金と併せて、その基金の規模を35兆円にするとした。
 この実質ゼロ金利決定は、日銀にとっては、金利を通した金融政策手段を放棄することを意味していて、大きな葛藤があったに違いない。また、幅広い資産買い取りのための基金の創設は、本格的に量的緩和政策を採用したことを意味している。
 この包括的な緩和政策がうまく機能するかどうかは、政府の経済政策とうまくかみ合うかどうか、また、経済界や国民が、その趣旨を理解して協力的な対応を行うかどうかにかかっている。とにかく、この金融政策の大安売りともいえる取り組みが、呼び水となるか否か、注視していきたいと思う。

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10月4日(月) 小沢氏を 強制起訴との 決定に 永田町では 雨後のタケノコ

 「陸山会」の土地購入を巡る政治資金規正法違反事件で、東京第5検察審査会が、「起訴議決」を公表した。
 これによって、小沢氏が強制起訴されることが決まった。その背景などについては、テレビや新聞でずいぶん論じられているので、もうここでは論じない。

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 それよりも、私が関心を抱いたのは、永田町における政治家たちの反応であった。テレビでも、この決定をどう判断し報じたらよいかという点に、戸惑いがあったせいであろうか。色々な人にインタビューをして、それを並列的に坦々と報じるという手法をとっていた。そこには、様々な意見が開陳されていたが、それは、小沢氏強制起訴という嵐がもたらした大量の雨の後に、数多くのタケノコが一斉に頭を出してきたような印象であった。「即刻議員辞職を」「あくまでまだ判決が出たわけでなく、推定無罪の原則で」「ただただ当惑している」「とことん戦うのだ」など。
 この問題が、政治のあり方を巡る真摯な議論に結びつくことを心から願いたい。しかし、その前提として、その議論に耐える能力を持つ国会議員が果たしてどれだけいるだろうかと考えると、心許なくなる次第である。

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10月3日(日) 東西の ドイツ統一 20年 断層地震は 今も続けり

 今日で、東西ドイツが再統一されて、一つの国家になって、20年である。当時は、東西の冷戦終結の象徴的な出来事として、この統一が論じられた。しかし、今日のテレビを見ていると、20年を経てなお、完全な統一は達成されていないようである。経済格差の問題は、両地域間に依然として残り、旧東ドイツの人たちの胸を重くし、この暫くの高い失業率は、旧西ドイツの人たちの不満を呼び起こしているらしい。国家は統一したが、その地下では、古い時代のプレートがそのままに残り、その断層部分で、今もなお地震を引き起こしているということか。

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 そういえば、この日は、新潟県の上越市周辺で、幾度かの中規模の地震が起きたようである。この場所は、ユーラシアプレートと北アメリカプレートがぶつかり合っているフォッサマグナと呼ばれる大地溝帯がある場所である。この断層がある場所で、これまでもよく地震が起きてきたようだが、今回も同じメカニズムで起きているのであろうか。
 つくづく異質のものが、表も裏も一体になることの困難を思わざるを得なかった次第。

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10月2日(土) 正義すら テレビゲームの 世界かな 全て溶けゆく 平成日本

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 大阪地検特捜部の押収資料改ざん事件で、最高検は1日、主任検事前田恒彦容疑者のデータ書き換えが故意だったと認識しながら隠ぺいしたとして、犯人隠避の疑いで前特捜部長・大坪弘道容疑者と、前副部長・佐賀元明容疑者を逮捕した。今日のニュースでは、おおむねその問題がトップであった。特捜といえば、数々の政治家の犯罪や経済事件などを取り扱って、国民の強い信頼に支えられてきた組織である。その信頼が、今回の証拠書き換え問題に端を発する一連の問題によって、大きく揺らぎ始めている。大変な事態だと思う。
 しかし同時に、私は、この報道を見ながら、さながらテレビゲームを横から眺めているような気持ちであった。その心は、確かに報道でも大騒ぎをしているが、冷静になって考えれば、何か空疎なのである。かつての日本では、正義を守るためには、命も惜しまないというまでの覚悟を、指導的立場の人たちは持っていたと思う。その命を賭けた姿勢が、今回の事件ではほとんど感じられず、ただゲーム感覚で論じられているに過ぎない気がしたのであった。
 義がきちんと立たなければ、社会の秩序は形成できないと思う。そんなことを考えると、今、日本の国は、どんどんと溶けて行っているのではないだろうか。

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10月1日(金) 国会で 総理が所信を 語るころ 我訪れしは 自由民権記念館

 高知キャラバンの日。朝、橿樹舎を出発し、まず訪れたのが、香美市の「アンパンマンミュージアム」とその周辺の施設群。子供たちに人気が高いというので、どんな展示をしているのか、以前から一度訪ねてみたいと考えていたのであった。続いては、同じく香美市の「吉井勇記念館」。歌人吉井勇が失意の中、この山中で庵を結び、村人たちと交流しつつ自分を取り戻していったといわれる場所である。さらに、日本の滝百選にも選ばれている「轟きの滝」も訪れた。

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 そこから高知市に移動して、「自由民権記念館」に行く。高知県は、明治時代の自由民権運動の運動家を数多く輩出している。その人たちの思想と覚悟を学ばんと、立ち寄ったのであった。この日はちょうど、幸徳秋水の企画展を開催していた。考えてみれば、このときに国会では、菅総理の所信表明演説が行われていたはずである。
 明治の世における若者たちの政治に対する熱気と、現代の政治、この場にいて、その落差に戸惑いを禁じ得なかった次第。
 その後、高知県庁に尾崎知事を訪ね、意見交換と打ち合わせを行う。

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