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2月18日(金) 長宗我部 四国統一 論じたが 聴衆興味は 地元の猛将

 夕刻から、高津人間論ゼミ。今回のテーマは、織田信長が天下取りに邁進していた頃、四国において、まず四国統一を目指して活躍をした「長宗我部元親」であった。
 長宗我部氏は、元々は、土佐の戦国大名の中でも、最も弱小と言われた一族であったそうだ。元親の祖父の時代には、周辺大名たちから攻撃され、敗れ、祖父は、その戦いの中で自害。父・国親(当時はまだ幼児)の代に、代々の居城であった岡豊城に戻り、それ以降、着々と、自らの支配地域を拡大していくのである。それが、元親に引き継がれ、元親の代には、ほぼ四国全体の統一を成し遂げる(1585年)。しかし、その直後に、予想を遙かに超える秀吉の大軍に攻められて、長宗我部軍は降伏。領地は、再び土佐一国とされてしまうのである。

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 その元親の四国統一に際して、伊予の国で共に戦ったのが、新居浜の金子城に拠点を置いていた、金子元宅であった。怒濤の如く押し寄せる秀吉軍に対して、武士の大義を掲げて最後まで戦い抜いた勇猛果敢な姿は、相手の將からも、武士の鑑と高く称えられたという。参加者の表情を見ていると、どうも、長宗我部元親よりも、この金子元宅に関心を持ったようであった。

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