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3月31日(木) 三月は 惨月なれり 散々に 簒奪されけり 山河残して

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 3月の最終日。そして、多くの組織や学校なども、年度の最終日である。そこで、一つの区切りとして、このしばらくのことを振り返ってみた。
 この3月は、日本にとって、最悪の月であった。「惨月」であった。特に、3月11日の宮城県沖大地震とそれに続いた大津波、さらに福島第一原発の事故による被害は、目を覆いたくなるものであった。対象地域の人々は、多くの命を奪われ、それまでに築き上げてきた財産を失い、同時に、夢や希望も見えなくなってしまったかのようである。何もかも奪われてしまった、と語る人たちに、私たちはいったい何を語ることができるだろう。いったい何を為すことができるだろう。人間の無力さを痛感した、このしばらくの時間であった。
 それにしても、山や河や海、自然は、そんな人間の世界をあざ笑い、何事もなかったかのように、春の日差しの中で花を咲かせ、新しい芽を出してきている。「国破れて山河あり」そんな気持ちになった。私たちは、よきにつけ、悪しきにつけて、この自然とともに生きていかねばならない。その意味をいろいろと考えさせられた時間でもあった気がするのである。

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3月30日(水) 疾風が 吹き荒れ狂う この国に 見い出し得ぬか 勁草の人

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 今日のイラ短も、福島原発の問題。東京電力の勝俣恒久会長が、事故後に初めて記者会見し、社長が病気で入院をしたので、代わって社長の代行を行うとした。この件については、海外メディアでは、日本の指導者層は、困難な事態を前にすると病院に逃避することが多いといった記事が出されたとも報じられているらしい。
 それはともかくとして、現在の困難な事態において、国民が強い信頼感とともに付き従っていこうと考えるようなリーダーがなかなか姿を現してこないのが不思議である。信念や見識があるのかどうかよく分からないような頼りない人たちだけがテレビに登場して、何を言ってるのかよく分からないようなことを語っている。国民は、それを見て、ますます不安を募らせ、どうしようもない不満や不信をどこにぶつけたらいいのか分からないといった状況である。
 「疾風、勁草を知る」という言葉がある。普段(風の弱い時)は、強い草も弱い草も同じように見えているが、その野原に強い風が吹いてくると、弱い草はその風になびいて倒れ、強い草だけがそのままに立った姿で残っていることを表現したものである。この国難と言うべき強風の中で、この勁草のごとく立ち聳える本物の人物はいないのか?と、声を大にして叫びたい気持ちである。

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3月29日(火) 本予算 成立せりと 言いしかど よく見りゃただの ハリボテなりけり

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 平成23年度予算が、この日、参議院本会議では否決されたが、衆議院の議決優先規定により、成立した。
 しかし、東日本大震災への対応のために、これから先に10兆円 を超える震災対策の補正予算を編成せねばならず、今回成立した予算も、おそらくは、すべてを執行せず、この震災対策に振り向けるという対応をせざるを得なくなるだろうと見られていて、形ばかりの予算成立ということである。
 特に、野党の反対もあって、民主党マニフェストの目玉であった、子ども手当や高速道路無料化などは、なし崩し的に消滅ないし変質することになるのではないだろうか。また、菅総理が経済を重視するとして打ち出した、5%の法人税減税も立ち消えになるだろう。
 いわば、この予算は、ハリボテ予算である。そのシンボルとして、私は達磨を描いてみたが、その顔は、既に青ざめている。そして、目の前に生まれている深刻な事態に、この達磨は、手も足も出ないと嘆いているのである。財政的に余裕のあるときならばまだしも、ぎりぎりの運営を続けている日本財政において、今回の事態は、日本の国が一気に奈落の底に落ち込んで行く可能性も孕んでいるように思えてならないのである。

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3月28日(月) 日本の 森を育む 勉強会に 何故か私も 招かれ語りぬ

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 何日か前に、突然、前・臼杵市長の後藤国利さんから、日本の森の問題を考える勉強会を始めたいと思うので、是非参加してほしいとの電話があった。会場が大阪であったので、正直なところどうしようかと迷ったのであるが、後藤さんがわざわざ自分で電話をかけてくるということならば、これは余程のことだろうと思って、参加を決めた。
 久しぶりに大阪に出かけたので、午前中には、関西師友協会を訪ねて、いろいろな問題について意見交換。そして午後1時から、この勉強会であった。正式には、「森づくりと道づくりの基本勉強会」と、案内状にはあった。
 講師は、壊れにくく森を育てる道づくりの先覚者である、大橋慶三郎氏と、間伐問題を中心に森を育てることを研究している、鋸谷茂氏の二人であった。それぞれに考えさせられる内容をもつお話であった。
 そして最後に、後藤さんの指名によって、私が感想を含めたスピーチを10分あまりすることになった。そこで、私は、日本は、山と海の国である。その資源を十分に活用してこなかったことを顧みて、これからは森づくりの問題にも関心を持って取り組んでいきたいと述べた。おそらく、私が取り組む「人間の森」づくりとも、結びついてくる部分が生まれてくるに違いないと思った。

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3月27日(日) 心田を 耕すことが まず基本 その後に種を 播き育つべし

 引き続いて今日は、教師人間論ゼミの日。テーマは、「二宮尊徳の人生と教育思想」。年度末の日曜日であり、教師皆さんにとっては、転勤や新年度の準備などがあってとりわけ忙しい日であったようであるが、それでも、熱い思いを胸に抱く方々が集まってくださった。

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 今回取り上げた二宮尊徳は、江戸末期の疲弊しきった農村集落を、教育によって立て直した人物である。弟子の仕事も含めれば、尊徳のやり方で、全国各地の600余りの村々を再建したと言われている。その二宮仕法といわれるものの基本は、まず「人々の心田を耕す」ということであった。
 つまり、人間の生きざま・考え方の素地となる心田が、何らかの命を大きく育むのにふさわしい、よく耕されたものになっていなければ、そこにただ形式だけ種を播いてみても、それが大きく育つことにはならないというのである。この取り組みは、すぐに成果を生み出すものではない。最も地道で見栄えもしないものである。しかし、この心の田を丹念に耕して、豊かな人生の土作りをするということにこそ、教育の最もベーシックな取り組みがあるのだと考えた次第であった。

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3月26日(土) 人育て 四国動かす 学校は いかなるものぞと 語り初めけり

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 OAK・TREE フォレスト勉強会の日。今回のテーマは、「四国を動かす学校の基本的な考え方」。この4月からスタートしようと考えている「四国マグマアカデミー」と、昨年来各地で開催してきた「四国マグマ塾」を、どのような考え方で動かしてゆこうとしているかということについて、参加者に対して思うところを存分に話をした次第である。
 実は、学校などと言っても、特別の校舎があるわけではない。特別の教師もいるわけではない。カリキュラムも整備されたものがあるわけではない。いわば、無い無い尽くしの学校である。しかし、ほかの学校と比べて、優れたものがあるとすれば、それは、私が胸に抱いている思いの大きさと強さである。現代という時代、地球という社会、ここに宿っている全ての問題を相手にして、その根本から抜本的に問題解決を図っていきたいという祈りに近い思いが、この学校の底流を形成しているのである。
 だから、これはやらねばならないことであるし、やる以上は、立派な活動を生み出したいと願っている。しかしそれが、最終的にどんな結果を生み出せるかとなれば、とても明言できるものではない。それが正直なところである。

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3月25日(金) 安全の 過信が招く 被ばくかな 防護の壁が 五重と聞かされ

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 東京電力福島第一原発3号機のタービン建屋で、作業員3名が被ばく。このうちの2人は、汚染された水たまりの水に直接に接触していたが、その濃度が、一立方センチ当たり約390万ベクレルであったらしい。そして、被ばく量は、173から180 ミリシーベルトだったという。これは、緊急時に許される最大被ばく量とされる250ミリシーベルトを下回ってはいるが、入院して経過を観察することにしたようだ。
 ここで問題は、作業員たちが、放射線被ばくを受けているという警報装置からの信号を受け取っていたにもかかわらず、作業を続行していたことである。そういう命令であったのか、それとも、警報装置が誤作動したと勘違いをしたのか、事情はよくわからないが、危険な環境での作業者として、少し判断が甘かったと言わざるを得ない。
 今回の事故については、初動の緩慢さが指摘されているが、日本の原発関係者全体に、危機管理面の甘さを指摘せざるを得ない。これは、これまであまりに、原子炉は五重の防護壁が設けられているから絶対に安全と言い過ぎたせいではなかっただろうか。今回のことで、この基本的認識は改められるに違いないが、安全信仰が孕む基本問題を考えざるを得なかった。

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3月24日(木) 我が雑誌 今度は四日の 仕事なり 無茶を承知の 強行軍なり

 OAK・TREE4月号原稿を、今日出稿。とはいっても、本文の修正などが最終的にどうしても間に合わず、一部の作業を明日に残しての出稿とならざるを得なかった。
 今回特筆すべきは、執筆と編集を超特急で行ったことであった。3月初旬から中旬にかけて、娘と一緒にヨーロッパを旅し、帰国してからも、何かと雑務や勉強会に追われて、なかなか執筆に取り掛かれず、そのせいで、本格的に執筆を始めたのが、今週の月曜日のこと。それで今日、木曜日に出稿したというわけだから、実質4日間で、ほぼ一冊の雑誌を作り上げたということである。

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 その分、朝から夜まで、この仕事だけにかかりきりであった。次から次へと執筆を行い、また目の回る思いで、編集作業も行ったのであった。おそらくは、今号が、これまでのOAK・TREE 制作の歴史の中で、最短時間で仕上げた号ということになるのではなかろうか。かといって、内容的にも、読み返してみて、決して手抜きをしたわけではない。やればやれるものである。自分の力に、少し自信を持つことができた気がしたのであった。

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3月23日(水) 放射能 汚染の野菜と 言うけれど 何が何やら ちっとも分からん

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 日本政府は、この日、福島県産のホウレンソウやキャベツなどの葉物野菜やブロッコリーを食べないように求める「摂取制限」を発動した。また、福島県に近接する宮城、山形、埼玉、千葉、新潟、長野の6県に対し、野菜などの幅広い品目に対して、検査を強化するように要請をし、検査体制も整備した。この摂取制限措置は、原子力災害特別措置法に基づく措置で、発動したのは今回が初めてだという。原発事故の影響が、さまざまな分野に広がり始めていることを肌に感じた次第である。
 ところで気にかかったのは、枝野官房長官の発言であった。検査の結果、国が定めている基準値を超えているから、摂取制限を発動したが、食べても問題はないという言い方であったが、この言い方は、論理的におかしいと言わざるを得ない。危険だから食べてはいけないと、国家権力において命ずるのであって、食べても問題ないのならば、それを禁ずる権限は、国にもないはずである。後で起きてくる補償問題を頭においての発言だとすれば、責任逃れも甚だしい。
 危機に際しては、そのメッセージを受け取る人を迷わせないことが肝要である。この様子を見ていると、官邸がいまどのような状態なのか、何が何やらちっとも分からないと言わざるを得ない。

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3月22日(火) 原発に ようやく電気が 届いたと 報じるニュースに 何かおかしい??

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 東京電力は、この日の夕刻までに、福島第一原発の電源復旧作業を行い、すべての号機で、外部電源を受け取る体制を整えたという。震災の日から数えて、すでに12日が過ぎている。放射線被ばくを受けながらの作業であり、また、交通網も寸断されている中で、作業機器や部材を運び込んで作業を行うわけであるから、通常の作業とは異なるのは当然であるが、それにしても、12日間というのは少し時間がかかりすぎたのではないかと思えてならない。
 テレビでは、制御室に照明が灯ったことを、さも事故対策として大きな前進であるかのように報じていたが、それを聞きながら、私は首をかしげていた。制御室で電気が使えない状態であったということは、原子炉内と炉外の様々なデータは、全くといっていいほど入手できていなかったということではないのだろうか。それで、どのように炉を停止させ、問題解決を図る対策を打ち出していたのだろうか。考えれば、背筋が寒くなるような実態である。
 私は子供時代、エジソンが、白熱電球を改良してそれを実用的なものにした発明物語を読んで、胸を熱くした人間である。それから130年余り。部屋に電灯がともることが大事件という場面に遭遇して、何かおかしいなと感じた次第。

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3月21日(月) 震災も 原発事故も 大事だが そればかりでは 世界が見えぬ

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 宮城県沖大地震とその後の大津波によって、東北地方と関東地方の太平洋岸地帯が大被害を受けてより、今日で丸十日。被害地帯に数多くの救援隊が入って作業を進めるにつれて、その実態が段々と明らかになってきているが、恐らくは、死者数2万人を越える戦後最大の自然災害ということになりそうである。さらに、福島第一原子力発電所における問題は、毎日毎日新たなる問題を生み出していて、簡単に終息をしそうにない。そんな様子を見ていると、今回の災害は、国家の基本を揺るがすまでの大災害となる様相を強めており、それだけに、これからの復興の取り組みにおいては、きちんとしたビジョンと強い覚悟を持った取り組みを望みたいと思う。
 それにしても、閉口しているのは、テレビや新聞が、この災害問題と原発問題だけを取り上げて報じているため、それ以外のことが全く分からなくなってしまったということである。この災害を大問題と考え、そこに感情移入さえしている国民の心に沿った報道を心掛けているのはよく分かるが、それにしても、これではやり過ぎである。マスコミ界において、もう少し良識的な番組編成や紙面構成があっていいのではないかと思った次第。

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3月20日(日) 孫文が 夢を形に 国を立て 今年はそれから 丁度百年!

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 四国人間論ゼミの日。この日のテーマは、「辛亥革命100年、孫文の人生と思想」というものであった。
 孫文(1866~1925)は、中国の革命家・政治家。辛亥革命により、清国を打ち倒し、中華民国を建国、臨時大総統に選出されるが、その直後に、その椅子を袁世凱に譲る。しかし、袁世凱が、約束した共和制国家の建設に取り組まず、専制化を推し進めたため、これに反対し、中国国民党を結党し、中国の真の独立と、自由・平等を求めて運動を進めたが、1925年、その途上で60年の生涯を北京で終える。その時の最後の言葉が、「革命いまだ成らず」という有名な言葉であった。
 孫文といえば、「三民主義」。当時の中国の政治と社会を変えるために、民族・民権・民生の理想の旗印のもとに、人生を捧げ尽くした男であった。今の日本・世界の政治の混迷を見るにつけ、この孫文の人生から、時代を切り開く生き方・考え方を学ぼうとして、掲げたテーマであった。
 余談になるが、かつて中国で文明シンポを開催したとき、私に対して、「日本の孫文」というニックネームをいただいたことがあった。もう10年近く昔のことであるが、話をしながら、そんなことも思い出した次第であった。

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3月19日(土) 地震より 1週間経て 被災地に 復興目指す 気力が出でしか?

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 宮城県沖の大地震・津波災害以降、テレビでは、ほとんど一日中、この話題だけを報道し続けてきた。これから先、何万人の死者となるかわからない戦後最大の災害であり、また、福島第一原発については、その危機が継続中であるという事情からも、メディア各社のこの判断は、妥当性の高い判断だったと思う。
 しかし、昨日でこの災害から一週間を迎えて、報道姿勢もずいぶん変わってきた。まだ災害報道のウエートは高いままであるが、その中に、通常の番組が少しずつ織り込まれるようになってきた。また、番組中に拾い上げる被災者の声も、突然の災害に驚き、悲嘆し、立ちすくんでしまっている人たちの声だけでなく、この苦難の中から、何とか立ち上がっていこうと訴えかける声も、だんだんと紹介されるようになってきた。同時に、不通だった道路が通行できるようになったり、なかなか届かなかった物資が小さな村まで届けられるようになったといった報道も多くなってきた。
 私たちは、テレビというフィルターのかかった情報に接しているわけだから、実態は必ずしも正確にはわからない。しかし、今、被災地が新たな段階に入りつつあるということは言えそうだ。今、被災者の中に、だんだんと復興を目指す気力も生まれてきているのであろうか。

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3月18日(金) 災害を 食い物にする 円高に 国際社会が 共同行動!

 この日の朝、日米欧の先進七カ国(G7)が、日本の円高阻止のために、十年半ぶりの協調介入に踏み切った。前日には、僅か2時間か3時間の間に、円の対ドルレートが、4円も高騰した。その理由は、今回の大地震・津波被害を受けた日本企業が、その対処(特に生命保険・損害保険などがその支払いのために、ドル資産を円に換える必要性がある)のためにドルを円に切り替えるとなれば、円高が急速に進行する筈であるという見立てに基づいたものだと分析がなされていた。
 しかし、この大規模災害を受けて、ただでさえ弱体化している日本企業の体力は著しく衰弱する可能性があり、そこにさらに異常な円高が加われば、日本経済は危機的状況に立ち至りかねない。そこで、日本の財務省と中央銀行が先進七カ国に働きかけて、円高阻止の動きを作り上げたということである。

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 それにしても、今回の大災害を食い物にしてまでも、自らの利益確保を狙う投資家たちのふるまいというのは、すさまじいものである。私たちの良識をはるかに越えたものである。かねてから、投資家たちの傍若無人なふるまいには、何らかの規制が必要ではないかという議論があったが、改めて、考えるべき問題がありそうな気がした次第。

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3月17日(木) 二階から 目薬差すと いう譬え あぁこれだねと テレビ見つめる

 使用済み核燃料プールの過熱により、水が蒸発し、核燃料棒が空気中に露出して溶融し、放射性物質を大量に放出する懸念が生まれている福島第一原発三号機に対して、今日、放水作戦が展開された。ただ、原発周辺では放射線量が高いため、上空に長時間滞在して注水することはできず、結局、高いところを移動するヘリコプターを使って、汲み上げた水を散布することにしたようだ。その映像がテレビで紹介されていたが、風のある中、しかもとかなりの速度で移動しながら散水するのであるから、三号機中の核燃料プールにどれほどの水を注水できたかは、はなはだ心もとない印象であった。

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 そのテレビ画像を見ながら頭に浮かんだのは、「二階から目薬を差す」という言葉であった。何とも頼りないふるまいを表現する言葉であろう。このような実効性を認められないことまでも繰り出そうとするのは、とにもかくにも自分たちは努力をしているのだというパフォーマンスなのであろうか。
 その意味では、映像で紹介もされ、たしかに話題性を呼ぶ取り組みであるには違いなかった。しかし、危機管理という側面から見るならば、首をかしげざるを得ない取り組みであったと思う。

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3月16日(水) 無い袖は 振れぬとばかり 関東じゃ やむにやまれぬ 計画停電

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 3月11日の宮城県沖大地震とその後の津波によって、東京電力と東北電力において発電所が大きな被害を受け、供給可能電力量が大きく減少し、需要が供給可能量を上回る可能性が出てきた。そんな事態になれば、電力供給が不安定となり、その結果、大規模停電を引き起こしかねない。そのため、地域ごとに順番を決め、計画的に強制的に停電させることにした。これが、「計画停電」である。
 この14日に、日本で初めての計画停電が行われたが、その後も需要動向を見ながら、必要に応じてこの計画停電が行われることになっている。この時にはエリア全体で送電が停止される形となるため、交通信号までも役に立たなくなる。家庭生活や企業活動面においても、大きな制約要因となるだろう。
 しかし、いろいろな問題があるからといって、どうしようもない。供給できる電力量は限られていて、しかも発電設備を増設するといっても、簡単にできるわけではない。無い袖は振りようがないのである。ふと思い出したのが、吉田松陰の下獄時の短歌、「かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂」。
 今回の震災では、このやむにやまれぬ問題がいろいろと噴出して来そうである。

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3月15日(火) 駆け込みで 確定申告 済ませけり 我もいよいよ キリの人生

 3月15日 といえば、確定申告の最終日。私も、今日、駆け込みでこの手続きをすませたところである。と言いつつ、実は、2月の下旬に早めに終えてしまおうと、確定申告の相談会場に出向いていたのであるが、そこで一件、書類の不備を指摘され、その書類を請求したりしているうちに、ヨーロッパへの旅に出ることになり、結局、この日に最終日のすべり込みとならざるを得なかったのである。
 今回の私の申告所得は、今、何らかの定職に就いているわけではないので、講演料などの一時所得だけであり、その総額は、81万円余りであった。一方、所得控除額は、195万円にも及び、したがって課税対象所得はゼロ円。したがって、所得税はゼロということになった。いわば、あなたは最低所得者であるというお墨付きを、税務署からいただいたということになるわけである。

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 これで、いよいよ私も、キリの生活者ということである。そしてそれは、私の望みでもあったことである。
 少し前にお亡くなりになられた、森繁久彌さんは、「人生は、ピンとキリだけ知ればよい」と題した本を残された。この両者を知りさえすれば、社会全体のことがだいたい分かるということだろう。そのとおりだと私も思う。

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3月14日(月) 原発が 次々トラブル この事態 日本国家の 炉心溶融?

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 震災後しばらくは、津波によって壊滅的な被害を受けた地域のことを前面に出して報道していたメディアは、今日あたりから、報道の中心を、福島第一原発問題に移行してきたようである。この問題は、これら原発を想定を超えた津波が襲ったことによって、水没してしまった非常時電源が作動しなくなり、原子炉内の水の循環ができなくなったことに起因したトラブルであるようだ。その結果、炉内の水位が低下し、常に水の中に置かれていなければならないはずの燃料棒が、水面上に出てしまい、その冷却されなくなった燃料棒が溶融し始めているという、極めて危機的な状況が生まれているということである。そして、放射性物質が炉の外部に漏れ出してもいるようである。
 圧力容器の爆発という最悪の事態を避けるために、電力会社も国も力を尽くして対処しているようであるから、何とか最悪の事態は食い止めていただけるものと信じたい。しかし、今回の事故で、原発は何重にも安全装置が設置されているから、絶対に安全であると言ってきた安全神話とも言うべきものは、見事に崩壊してしまったと思う。
 そしてそれは、原発だけではなく、おそらくは、技術先進国家として高い信頼を得てきた日本の国家そのものにも、大きな問題を投げかけるものであろう。いわば、今回の事故で、日本の国家の炉心溶融が始まった気がしてならないのである。

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3月13日(日) 帰国して 西日本には 被害無く 同じ国の 落差に驚く

 午前9時ごろ、関西国際空港に到着。早速入国手続きなどを行い、バスを乗り継いで四国に戻る。その道中、バスの窓から外の景色を眺めていて、大きな違和感に襲われた。それは何かといえば、テレビや新聞などを通して伝えられていた東日本被災地域の悲惨な状況に対して、目の前にある風景は、普段と何の変化もないとても平和なものであったからである。
 それは当然といえば当然のことで、大きな震度を示した地域は、宮城県や岩手県、福島県を中心とした東日本地域に限定されていて、西日本地域では、せいぜい震度2か、1程度にすぎなかったのである。

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 それにしても、同じ一つの国の中で、一方に地獄図とも言うべき惨状があり、他方には、全く何の被害も受けていない日常がある、というのは、かえって残酷なことであるという気がしてならなかった。この世には、完全な平等などあるはずがないといえば、それまでのことであるが、同じ国民として、苦難も、悲哀も、また逆に、喜びや幸福も分かち合う存在でありたいという思いが、胸の中でうずいていた。これからの復興の道筋の中で、いかにその思いを共有し合っていけるだろう…バスの中で、そんなことを考え続けていたのであった。

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3月12日(土) オランダの 空港で求めし 新聞は 紙面を越えて 惨状伝えし

 パリを発って、日本への帰路に就く日。パリのシャルルドゴール空港から、再びオランダのスキポール空港へ飛び、そこで飛行機を乗り継いで、日本に向かったのであった。
 そのスキポール空港で、乗り継ぎに3時間くらいの待ち時間があり、そこで立ち寄った売店に、日本経済新聞の欧州版が販売されていたので、早速購入した。そして今回の震災の状況や被害について詳細に書かれている記事を読んだのであった。

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 この時点では、地震の規模は、マグニチュード8.8(後の正式発表では、9.0 )とされていて、これは、阪神淡路大震災の時のマグニチュード7.3に比べて、約178倍に及ぶものであると書かれていた。しかも、震源が比較的浅いところにあり、しかも、今回の地殻のずれが広範囲に及んだために、きわめて大きな津波を発生したのだと書かれていた。紙面には、さまざまな写真も掲載されていたが、地域全体が完全に破壊され尽くされている姿には、言葉もなかった。
 その惨状は、とても紙面に表現しきれるものではなかった。そこで、その紙面に掲載された情報を足場に、想像はどんどんと広がっていったのである。死者はおそらく1万人を超えるだろうと思われた。その人たちのご冥福をお祈りすると同時に、被災された皆さん方が希望を失わず、力強く立ち上がることを願った次第であった。

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3月11日(金) パリの朝 外国ニュースで 日本…が 地震と津波に 襲われしと知る

 パリのホテルで、朝になって目を覚まし、何の気なくテレビをつけて見ていると、突然、日本で起きた大地震のことを、BBCワールドが報じ始めた。日本とフランスでは、時差が8時間。日本でこの地震が起きたのが午後3時前。つまり、フランス時間でいえば、午前7時前ということになる。私がテレビをつけたのが、ちょうどその頃であったから、日本国内の人たちとほぼ同時刻に、この報道に接したことになる。

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 最初は、マグニチュードのずいぶん大きな地震のようだから、これは少しは被害が出るなといった程度の認識であったが、時が経つ内に、テレビでは津波の被害を報じる衝撃的な画面となり、その津波がどんどんと家や田畑を飲み込んでいく映像を見ている内に、背筋が寒くなるような思いとなった。これはとんでもない被害が出ているに違いないと思ったが、外国にいては、何らなすすべもない。せめて、在仏日本大使館を訪れて、被害情報だけでも頂くことにしようと、この日、大使館を訪れた次第である。
 それにしても、BBCが、この大地震に接して、急きょ番組編成を切り替えて、ぶっ続けでこの地震ニュースを報じ続けていたのには驚いた。報道の感覚がこんなに違うのかと感じた次第であった。

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3月10日(木) 朝一番 ヴェルサイユ行き 昼パリを 二人で歩き 夜オペラ観ゆ

 午前中は、オプションツアーで、ヴェルサイユ宮殿を訪れる。ルイ14世から16世までが拠点として使った宮殿であり、とても豪勢で華麗な建物であった。その中には、様々な絵画や彫刻も陳列されていて、さながら美術館といった風情であった。
 その後パリに戻り、このオプションツアーの参加者とともに昼食をとった後、私たち二人は、ローマの時と同様に、パリの中を、地下鉄を使ったりしながら、歩き巡った。訪れた先は、オペラガルニエ、シャンゼリゼ通り、凱旋門、エッフェル塔、コンシェルジェリ(マリーアントワネット幽閉の場)、ノートルダム大聖堂、バスチーユ広場などであった。

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 パリの街は、とても美しい。歩いているだけで、とても心が爽快な気持ちになってくる。
 なおこの日、特筆すべきことは、オペラの殿堂としてよく知られるオペラ・バスチーユで、ヴェルディの作品である「ルイーザ・ミラー」を観劇したことであった。さすが世界の最高峰と評価される舞台で行われていたオペラだけあって、とても完成度の高い素晴らしいものであった。
 この日は、いろいろな形でパリの文化に触れることができた。とても有意義な時間であったと思う。

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3月9日(水) 移動日と 朝2時半に 起こされて パリ見て回るも 夢うつつなり

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 ローマからパリへの移動日。このツアーの予約をした時は、この2都市間を「午前中に移動」としか、スケジュール表には書かれていなかったので、飛行機でせいぜいが2時間くらいの移動時間だろうと簡単に考えていたのであるが、実際に具体的なスケジュール表をいただいてみると、まずローマからオランダのスキポール空港に移動し、さらにそこから飛行機を乗り換えてパリに移動するというスケジュールになっていた。しかも、使っている航空会社は、オランダ航空だけ。おそらくは、安価なツアーであったので、同一航空会社の往復割引などを使おうとして、こんな形にならざるを得なかったのであろう。
 それにしても、ホテルの出発時刻が朝の3時半。遡って、午前2時半のモーニングコールであった。前日は夜にオペラ曲のコンサートに行っていたから、ほとんど眠っていない。そして、パリのシャルルドゴール空港到着が午後2時前であり、その後、旅行者の案内で、パリ市内観光とルーヴル美術館訪問がスケジュールに組み込まれていたが、その間、眠け眼、夢うつつ気分で見て回った次第であった。
 安価なツアーには、それなりの難行苦行が伴うものだと思った次第。

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3月8日(火) 一日で 20キロも 歩きけり まち全体が 博物館だと

 続いてこの日も、ローマでの自由行動日。まず、昨日入ることができなかったサン・ピエトロ寺院に行き、その荘厳な教会建築と付属博物館を見た後、ポポロ広場へ。そこから、広大な面積を持つボルゲーゼ公園へ。その美しい公園をじっくりと時間をかけて見て回ってから、次にはスペイン広場、そしてその周辺地域を散策。その中には、ローマ滞在時のゲーテが住んでいたとされるゲーテハウスもあった。

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 そこから一度ホテルに戻って、服装を改めたのち、トレヴィの泉を訪れ、そこから向かったのが、オールセインツ教会。ここでこの夜、数々のオペラ歌曲を披露するコンサートが開かれることになっていて、日本出発前に、インターネットで予約をしていたのであった。とてもすばらしいコンサートであった。
 以上、一日にローマで歩き回った歩数は、3万歩弱。私の歩幅は大体65センチであるから、おおよそ20km の距離を歩いたということになる。まちというのは、そこで使う交通手段によって、随分その印象を異にするものである。ただ単にバスで通り過ぎるだけであれば、象徴的な建物や風景が断片的に記憶に残るだけであるが、歩いて回ると、まち全体が自分の体と溶け合ってくるような気がしてくる。おそらく、娘の記憶にも、そんな体感を伴うものを残せたのではないかと思う。

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3月7日(月) ヴァチカンと ローマの遺跡を 巡り見て 胸に迫るは 古人の祈り

 最初の訪問地は、ローマであった。この町は、紀元前7世紀ごろからこの地域の中心として発展し、特にローマ帝国時代には、その都として大きく発展した町である。

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 私たちは、前日の夜にローマに到着し、市の中心から少し離れた場所にあったホテルに宿泊していたので、朝から、トラムや地下鉄などを使って、まち歩きに出かけることにした。最初に訪れたのが、ヴァチカン博物館。世界を代表する美術館の一つと言われていて、私たちが到着したのが、午前10時過ぎであったにもかかわらず、すでに長蛇の列。約一時間並んで、ようやく入場することができた。システーナ礼拝堂をはじめとして、見事な絵画や彫刻が並べられていた。
 その後は、ローマ時代の遺跡めぐりである。ナボーナ広場、パンテオン、フォロ・ロマーナ、コロッセオなどを次々に歩いて回った。古い時代の遺跡が、よく保存されていた。
 ローマは、建築技術に優れているとよく言われる。それはただハードとして見事というだけではなく、深い精神性も宿していると思った。そしてヴァチカンは、世界中のキリスト教の総本山とも言うべき場である。多くの人の祈りが感じられた。つまり、時代を超えた多くの人々の祈りが込められた町、それがローマではないかと私は思う。

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3月6日(日) 娘との 約束果たすと 親子にて 向かった先は ローマとパリだ

 前日夜、大阪市内で宿泊し、今日の朝、関西国際空港から娘とともにヨーロッパに向かった。目的地は、ローマとパリである。

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 この旅行は、娘との約束に基づくものであった。娘が大学受験を前にして、懸命に勉強している姿を見て、つい親心から、「合格したらヨーロッパに連れてってやる」と言ってしまったのであった。しかし、約束は約束。昨年春に大学に入学して以降、なかなか時間的な余裕がなくて、この約束を果たすことができなかったが、この春休み中なら、時間が取れるだろうと、計画したものであった。七泊八日の旅である。費用は、一人当たり約20万円の格安フリーツアー。娘と二人で、古代以来の歴史的遺跡が数多く残っているローマの町と、さまざまな分野で文化の花が咲き誇るパリの街を、ひたすら歩きまわってみようと考えている。
 もう娘も二十歳であるから、子供時代卒業である。これから先は、父親と一緒というよりも、友人と一緒に旅をしたいと思う年齢だろう。だから、こんな旅も、ひょっとしたら今回が最後かもしれないなという気がして、少し心寂しい気持ちを胸に、日本を発ったのであった。

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3月5日(土) 中国の 全人代が 開幕す 中心議題は 国家の安定

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 中国の国会にあたる全人代、つまり、全国人民代表大会が開会した。今回の全人代では、このしばらく、イスラム圏諸国における独裁的政権が、次々に民衆の激しいデモの中に崩壊している時であるだけに、中国政府が、どのような方針を打ち出してくるのかという点が注目されている。
 会議は、これから約一週間にわたって行われていくわけであるが、漏れ聞こえてくる声を集めてみると、中国政府は、国家としての安定性こそが極めて重要であり、欧米式の複数政党制や三権分立などは導入せず、共産党による一党支配体制を断固堅持するという方針を打ち出すようである。つまり、共産党による支配という基本原則は、その原則を動かせば内乱さえ引き起こす可能性があるとして、絶対に譲歩せず、そのためには、批判者に対する武力行使も辞さないという強い姿勢をしめすだろう。
 その一方で、国民の不満を低減させるために、経済成長を今後も着実に推進し、さらに、中国内で拡大している所得格差の是正のためにも力を尽くし、公平・正義が実現されるように努めるという方針が打ち出されるようである。
 つまり、飴と鞭を使い分けながら、国家統治を行っていくということである。

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3月4日(金) 着々と 軍備増強 中国が 狙い定むは 世界の覇権?

 2011年度の中国国防予算案が発表された。前年度実績に比べて、12.7%増の6,011億元(約7兆5,000億円)であり、アメリカに次いで世界第二位の巨大な軍事予算である。しかも、近年中国が力を入れている、ステルス戦闘機の研究費や空母の改造経費などは、政府内のほかの部門で計上されているものであり、この発表された予算の中には入っていないらしい。研究者は、全体の軍事費は、公表されている予算の約1.5倍に及ぶと推測をしている。

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 中国政府は、この予算は、「中国には13億人の人口と広い国土、長い海岸線があり、国家としての独立と主権、領土を守るために必要なものである」と主張しているが、アメリカや中国周辺諸国は、この説明に納得せず、強い警戒感を示している。特に、海軍力・空軍力を強化する方針を示していることが、中国政治の不透明性と相まって、この軍事力増強が、太平洋における中国の覇権確立の動きではないかとの懸念を生み出しているのである。
 中国は、古い時代から中華思想の国である。つまり、中国を中心として世界の秩序を考えようとする強い傾向を持つ国である。経済力を強め、軍事力を高め、さらに政治的影響力を強化し、世界全体を中国を中心に動かしていこうという意図が見え始めてきている気がするのであるが、いかがであろうか。

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3月3日(木) あぁ今日は ひなまつりだね そのせいか あかつき覚えず 眠る国会

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 国会では、この3日から、参議院において予算案審議に入る予定であったが、協議が成立せず、見送りになった。
 国民生活上のさまざまな問題が深刻化したり、イスラム圏諸国で政権批判の動きが強まるなど、社会情勢が激動する中にあって、何とも歯車のかみ合わない国会の姿である。しかし、マスメディアも、決してそれを強く批判しているということではないようだ。この日の報道の中心は、先日来話題になってきたインターネットを使った大学入試カンニングの容疑者として、19才の予備校生が逮捕されたということであった。そしてまた、国政で言うならば、民主党の佐藤夕子議員が離党届を提出したということであった。
 つまり、国民側も、あまり国会の審議に期待をしているわけではなく、開かないなら開かないでいいではないかという意識なのであろう。言論の府としての限界を考えざるを得ない現状である。
 「春眠、暁を覚えず」という。ポカポカ陽気の春の日には、ひな祭りの白酒でも飲んで、花を愛でて、ゆったりと過ごせばいいではないか、ということか。違和感を禁じ得ない。

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3月2日(水) メールには 人迷わせる 悪魔住めるか? またもや道を 誤まる人あり

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 このしばらく大きな話題になっていた、京都大学などの入学試験問題が、試験時間中にインターネットの質問掲示板に投稿された事件の容疑者がほぼ特定されたと報じられている。何でも、そこで使われた携帯電話の所有者が判明したということである。これで捜査は、一気に進んでいくことになるだろう。
 今回の事件、道具としてインターネットが使われたということが、新しい話題であった。旧来型のカンニングペーパーの持ち込みなどであれば、おそらくは全くなんの話題にもならない程度のことであったのではないか。つまり、インターネットという未知の道具がどのように使われたのかという点に、推理小説を読むのとよく似た関心を呼び集めたということではないかと思う。私の娘などは、「この程度のことがニュースのトップにくる日本という国は、とても平和な国なのね」と語っていた。私も同意見である。
 数年前には、偽メールを基に国会で質問がなされたことについて、民主党代表が辞任するという事件もあった。
 新しい道具には、これまでにない新しい可能性があるが、それは同時に、新しい問題も生み出してくる。その道具が、神となるか悪魔となるか、それは使う人の意識に依存するということだろう。

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3月1日(火) ジャンボ機が ラストフライト… 今はもう デッカイことは 良いことじゃない!

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 この日、日航ジャンボ機が、ラストフライト。これで、日本の航空会社が運航するジャンボ機が、日本の空を飛ぶことはもうないだろう。
 このジャンボ機が、日本の空を初めて飛んだのは、1970年3月11日のことであった。それから数えて、30年余り、日本の空で、数多くの乗客を運んできた。特に、このジャンボ機は、頭部が膨らんだ独特の形をしていて、フルに座席を設置すれば、550人もの乗客を運べるパワフルな大量輸送機であったから、多くの航空ファンに注目され、愛され、親しまれてきたようである。
 私も、大学では、航空宇宙工学を学んでいた関係もあり、当時、最新鋭であったこの機体に、強い関心を持っていた。わざわざプラモデルを買ってきて、作ったこともあった。この機体は、正に、時代の最先端の輝きを持っていたのである。
 30年も経てば、確かに時代は変わってしまう。今は、大量輸送よりも、機動性や効率性が重視される時代になってきた。デッカイことが、必ずしも魅力ではなくなってきた。ジャンボ機は、その時代の波の中に、今、静かに消えていこうとしているのである。さようなら、栄光のジャンボよ!

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