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5月31日(火) 人間は 自他を害する ことさえも 今さえよけりゃと 因果な生き物

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 世界禁煙デー。これは、1989年にWHOによって制定されたもので、これから一週間が禁煙週間ということになる。
 私の地元には、禁煙運動にとても熱心に取り組んでいる、加藤さんという医師がいる。診療所の待合室横の一室を禁煙展示室としているほどである。そして、煙草を吸う病人があると、諄々とたばこの害を説いておられるそうである。
 その人の影響もあって、私は国会議員在職中に、俗に「禁煙議連」と言われていた議連にも参加して、この問題について学び、議論を行っていた。そこで分かったことは、たしかに煙草は、健康問題としてみれば、百害あって一利なしというべきものであり、さらに、その当人のみならず、副流煙の影響で、周辺の人たちまで害を及ぼしていくというものであった。しかしその一方で、この煙草の周りには、長い年月をかけて、さまざまな社会的仕組みや利益配分システムが組み上げられていて、簡単にはそれを廃することが困難であることもよく分かった。
 煙草の害は、すぐに目の前に現れてくるものではない。その一方で、これを禁止することによって生まれる損害は、すぐに顕著なものとなる。そこで、目の前のことの方が強い発言力を有することになってしまうということだろうか。考えてみれば、人間社会のいろいろなところに同様のことがある。今さえ良ければというのは、世界共通の問題かもしれないと思う。

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5月30日(月) 時を経て ようやく果たす 快挙かな 前月中の OAKの配送!

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 OAK・TREE6月号の印刷が出来上がり、さらに配送準備も、この日のうちに終了したと連絡を受けた。通常、ここまでの作業が終われば、その先の配送に4日間から5日間を要しているから、恐らくは、6月の2日か3日には、読者の手元に届くことになるだろう。ようやくOAK・TREE誌発行の発行スケジュールが、当初想定の範囲内に収まるようになったということだ。
 私が、東京から四国に戻ってきた当初は、原稿出稿がその号の月初め、そして読者に届くのが、その月の20日ごろ、という状況であったから、よく、「勉強会が終った後にその会を案内しているOAK・TREE誌がようやく届いた。何をやっているのだ」といったお叱りの声をいただいていた。そこで、印刷や配送の作業を、東京から四国に移し、さらに、出稿も少しでも早められるようにと努力を重ねてきたのであった。その結果、ようやくここまでやってくることができたかと、感慨ひとしおである。
 長い年月の果てに、ということでは、この日、卒業式で教職員に国旗に向かっての起立を指示した校長の職務命令が、思想・良心の自由を定めた憲法十九条に反するかどうかが争われた訴訟の最高裁における判断が、ようやく合憲と示された。これで、長い年月にわたった学校現場の混乱も、少しは収束していくことであろう。これも快挙というべきか。

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5月29日(日) 台風が 5月に来襲 「中庸」にゃ それも政治の 責任とある

 昨晩は、岡山県玉野市にある妻の実家で宿泊。そこを昼前に発って、新居浜の橿樹舎に戻ってきた。
 少し急いで戻ってきたのには、理由があった。台風2号が四国に接近していて、あまりのんびりしていると、強風で瀬戸大橋が渡れなくなる懸念があったからであった。まだ正午時点では、風は心配したほどではなく、瀬戸大橋上も、制限時速が50kmに規制されている程度であり、お陰で無事に戻ることができた。
 それにしても、この時期の台風が、日本列島を直撃するというのは、とても珍しい。大体は、台風8号だとか9号くらいになって、ようやく日本列島に近づいてくるものである。これも、異常気象の一つであろうか。

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 ふと思い出したのが、儒教の基本書の一つである「中庸」にあった記述である。ここには、王様の徳について書かれている部分があって、徳が欠ける王のもとでは、世の中の陰陽のバランスがおかしくなって、自然災害までも引き起こされると書いてあった。その因果関係は証明することはできないが、今年になって、東日本大震災が起こり、世の中が不安定になり、多くの人々が不安の中に日々を過ごしている。こんな自然災害さえも、政治の責任という考え方に、少なからず共感する自分自身に気がついたのであった。

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5月28日(土) 本物に 学び究める 人作り それは結局 教師の覚悟

 昨日は、産業技術記念館見学の後、隣接地にあった「ノリタケの森」も見学。それから、東海市にある星城大学に向かい、夕刻から、この大学の教職課程を受けている学生たちを相手に、「本物の教育、教師」をテーマに講義。

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 そして引き続き、今日は、この大学に「元気創造研究センター」が設置されたことを記念するシンポジウムが開催された中で、基調講演を行うとともに、パネルディスカッションにも、パネラーとして参加した。
 このパネルディスカッションでは、ずいぶん面白い議論も行われた。そして最後には、コーディネーターである水野学長から、取りまとめを兼ねた形での最後の発言をと促されたので、私はこんなことを語った。
 「教育の場の主人公は、あくまで教師である。だから、本物の教育を実現しようとするならば、必然的に、教師が本物にならねばならない。それには、いくつかの条件があるが、やはり教師自身が、本物の教師になると覚悟して取り組んでいくということが何よりも大事ではないだろうか」と。
 実は、この東海市というのは、江戸時代第一の教育者と評される、細井平洲の出身地である。その関係で、この日の午前中は、元教育長の深谷さんに、あちこちをご案内していただいた。本物の教育者がいた土地、そこで今、本物の教育が生み出されようとしているということであろうか。

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5月27日(金) 愛知には もの作りする 心あり 無から形を… 外は広いぞ!

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 前日夜遅く、名古屋駅に到着。駅近くのビジネスホテルで宿泊。この日は午後2時過ぎまで時間があったので、名古屋市内のこれまで訪れたことのなかった施設を回ることにした。その一番の目標は、「産業技術記念館」であった。この施設というのは、もともと豊田佐吉が自動織機を製造していた工場であった。そこに、この織機を開発するに至るプロセスの説明がなされたり、世界中のさまざまな織機などが展示されていた。また、トヨタの自動車製造プロセスやパーツなどの説明展示もなされていた。
 私は、この展示に強い感動を覚えた。これほどまでに、製造現場のことがよく分かる展示がなされている施設というのは、世界に類を見ないのではなかろうか。それほどに、丁寧で誠実な展示が行われていたし、さまざまな実演が行われていたことにも、感心をした。
 豊田佐吉のビデオも見た。貧しい家に生まれ、母親が機を織るのに苦労しているのを見て、その改良に取り組み、世界最高の自動織機を開発するのである。その佐吉最後の言葉、それは、「障子を開けてみろ。外は広いぞ」というものであった。深く考えさせられた次第である。

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5月26日(木) 拓殖の 若人たちへの ゼミ講義 その背後には 後藤新平

 午前中、もうすぐ離任される、権哲賢・在日韓国大使を、娘とともに韓国大使館に訪ねて挨拶。それから、全日本教職員連盟事務局を訪ねて、久保井・委員長と、日本の教育について懇談。
 そこから向かったのが、東京西部の高尾。ここに立地する拓殖大学八王子キャンパスで、甲斐信好教授のゼミ生を相手にする講義があったからである。キャンパス到着後に少し時間があったので、構内にあった恩賜記念館を訪問。ここに展示されていた、歴代学長の足跡や遺墨などを見学した。ここで、とりわけ大きなスペースを割いて展示していたのは、第三代学長・後藤新平に関するものであった。東日本大震災後、その復興を巡って関心が高まっている中で、関東大震災の後にその復興に取り組んだ氏の顕彰を兼ねた展示ということであったのであろう。

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 その彼の気宇壮大な思いを胸に、私は、学生たちに語りかけた。学生として、いかに学び、いかに生きていくのか、その時の基本的な考え方と姿勢は、いかなるものであるのかなど。後で考えてみれば、確かにその私の言葉の背後には、後藤新平の魂があった。願いが宿っていた。後藤は、終生、若者を愛した。そしてその若者を育成することに力を尽くした。その人生に、深く敬意と感謝の念をささげた次第である。

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5月25日(水) 東京で 諸氏と語るは アカデミア 閉塞日本に 虎口開くと!

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 朝早く新居浜を発ち、JRで上京。午後より、東京の各地を回る。
 まず訪問したのが、人事院の江利川総裁。昨年来提案をしてきている、「永田町と霞が関でのアカデミア開設」問題について、ご相談申し上げる。長く続く政治の混迷の中で、官僚皆さんの間にも仕事に対する意欲の衰退が案じられ始めている。そこに、人間学に基づく新しい教育カリキュラムを導入できないかと提案した次第である。聞いてみれば、行政官研修の中で、すでに一部では、その取り組みを始めているとのことであった。この点は、今後さらに、協議を進めてみたいと考えた。
 次に訪問したのが、三菱総研の野口君。あまり時間がなくて、十分な話はできなかったが、いま問題意識を持って取り組んでいることについて、相互に意見交換。さらにそこから、致知出版社へ。藤尾社長に、永田町の混乱も含めての近況報告。
 そして夜は、娘と合流して、東京の知人たちとの夕食懇談会。談論風発の楽しいひとときであった。
 東京を歩いてみても、日本社会は閉そく状況にあるというのが、率直な印象であった。それを打ち破るために、あえて虎口を開く取り組みに立ち向かわねばならないと考えた次第である。

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5月24日(火) 来週にゃ 不信任案 提出か? それにつけても 緊張感なき 田舎芝居よ!

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 この暫く、菅内閣に対する内閣不信任案提出をめぐる議論が、永田町で勢いを増してきているようである。報道によれば、来週にも、この内閣不信任案が提案される見込みとも、言われている。
 この内閣不信任案は、最優先審議事項であり、これがひとたび提案されれば、国会ではその他の審議が一切停止されてしまうことになっている。つまり、これは、国会の政府に対する最後の切り札とも言うべき重要度の高いものであり、常に緊張感の中に、提案されるべきものとされてきた。
 しかし、今の国会も政府も、この内閣不信任案提出をめぐって、言葉ばかりが盛んに飛び交っているが、まったく緊張感がない。それはおそらく、このドラマの主役となる菅総理自身が、この問題をきちんと受け止めていないせいであろう。主役に緊張感がなく、ただ惰性で舞台上に立ち竦んでいるというだけでは、ドラマが面白くなろうはずもない。菅総理が、その受け流し効果を狙って、へぼ役者を演じているのならば、それはそれで大したものだと思うけれど、そうではあるまい。ただ、その役をこなすだけの力量と覚悟を欠いていて、どうすればいいか分からないままに立ちすくんでいるのだろう。
 要するに、今の永田町の政治ドラマは、せいぜい田舎芝居程度のものだということである。

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5月23日(月) 懸案の メイル同報 システムが 妻の手により 動き出すなり

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 終日、デスクワーク。OAK・TREE6月号の最終的な修正作業を行う。今回は、これまでよりも約3日間、早く作業が進んでいる。この調子ならば、6月初旬には、読者みなさんの手元にお届けできそうである。
 それからもう一つ、この日のエポックメーキングは、かねてより懸案であった「メール同報システム」の第一報を送り届けることができたことであった。これは、昨年の春に、OAK・TREE読者から即時性の高い情報提供を行うために、メールアドレスを寄せていただいていたのであるが、その後、なかなかソフト立ち上げ作業に取り組めず、心ならずも放置していたものであった。それを、少し前から妻が仕事として引き受けてくれ、メールアドレス入力や同報ソフトの運用学習をしてくれて、この日の夜、ようやくそれを稼働させることができたのであった。
 この同報システムを、私は、「森風(もりかぜ)ネット」と命名したいと思う。OAK・TREEの森の中を、さわやかに吹き抜ける風のように、多くの人に心地よい情報提供をできればと考えている次第である。この情報提供を希望される方は、橿樹舎までご連絡いただければ幸いである。
 なお、メール送付後、多くの方々から早速の返事をいただいた。心より感謝している次第である。

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5月22日(日) 愚かさが 世にはびこれば 国滅ぶ それ正さんと 学校創れり

 「教師人間論ゼミ」の日。テーマは、「土光敏夫の人生と教育思想」。
 まず、土光氏の簡単な略歴をご紹介し、その後、教育的意味を持つ言葉を取り上げて解説を行った。そして最後は、母・土光登美女史が、ないないづくしの中から学校を設立するに至る過程をお話しした。それが、土光敏夫氏の教育観を形成するものであった気がしたからであった。

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 母・登美は、日本がどんどんと戦争の荒波の中に入っていく昭和十年代に、学校設立を思いつく。その理由は、日本の国民が年々愚かになっていくことに耐えられなかったからだという。登美は言う。「国は、悪によって滅びず、愚によって滅ぶ」と。そして、国民の愚かさを、権力は是正することはできず、それを正すことができるのは、ただ教育だけであると信じ、学校設立に動き始めたのだというのである。お金もないから、当時70歳を過ぎていた登美は、「自分の死後に供え物をもらっても仕方がないから、その気持ちがあるなら、先にこの学校のためにそのお金をいただけないか」と知り合いに頼んで回ったと聞く。すごい気迫である。
 この母親に、敏夫氏は一番よく似ていたらしい。経団連会長、また臨時行政調査会長として、気迫のこもった仕事をした土光氏には、この母親の血が流れていたのであろうか。

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5月21日(土) 被災地に 足踏み入れる 首脳たち パンダとうちわと フーセン総理

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 翌22日の日中韓首脳会談を前に来日した、中国の温家宝首相と韓国の李明博大統領が、福島市の「あづま総合運動公園」体育館を菅総理とともに訪問し、避難住民を激励した。これは、菅総理の強い要請によって実現したらしく、菅総理はTVカメラの前で笑顔を振りまいていたが、この実現には、ずいぶんと紆余曲折があったらしい。
 そして、視察後には、福島産のキュウリやミニトマトを三首脳で試食してその安全をアピールしたが、これは、菅総理が、厚生大臣の時代に、O157問題が起きた時、「原因としてカイワレ大根の可能性は否定できない」と語り風評被害が広がった際に、テレビカメラの前でカイワレ大根を食べるパフォーマンスを行ったシーンを連想させるものであった。外国首脳を巻き込んで、このような軽薄なことをさせる神経というものが、私にはとても理解できないが、草の根運動家を自認する総理には、こんなことも、ごく当たり前のことなのであろうか。
 ともかくも、菅総理は、これで得点を稼いだ気持になっているのであろうが、外交的に見れば、中韓両首脳に対して、大きな借りを作った形になっているのではないか。ふわふわと中空を漂うフーセン総理の見識のなさと頼りなさを痛感した次第である。なお、パンダは、温家宝首相の避難民へのプレゼント、うちわは、李明博大統領のプレゼントである。ご参考までに。

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5月20日(金) 中東の 民主化求める オバマさん ついに玉突き イスラエルにも?

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 アメリカのオバマ大統領は、ワシントンの国務省で演説をして、中東和平交渉の前進が急務とし、イスラエルとパレスチナの両国家共存のための国境線は、1967年の第三次中東戦争前の境界線に基づくべきだと明言。イスラエルの占領地からの撤退を要求した。米大統領が、67年以前の境界線を交渉の前提にすべきと発言したのは、今回が初めてのことである。
 実は、これまでのアメリカ政府は、基本的にはイスラエル寄りの姿勢であった。アメリカ在住のユダヤ人たちの政治的影響力が強かったせいであると言われている。オバマ大統領は、その既成の路線に対して、大きく舵を切ったことになる。これは、数多くのイスラム国において、民主化運動が激化していて、アメリカもそれを認め支援する立場をとっていることから、この問題についても、その整合性を保とうとすれば、強権的にパレスチナ支配を行っているイスラエルに対して厳しい姿勢を取らざるを得なかったということであろう。
 いわば、玉突き事故の影響がこの問題にまで及んだということであり、イスラエルの強い反発を考えれば、その実現は容易ではない。問題は、外交問題を統括するクリントン国務長官である。長官は、イスラエル寄りと言われてきた。今後政権内で、どんな形で議論が展開することになるのか、興味深いところである。

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5月19日(木) 上関(かみのせき) 原発計画 頓挫かな? ついに始まる 玉突き連鎖!

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 山口県の二井関成知事は、中国電力が山口県上関町に建設計画中の上関原子力発電所について、その予定地の公有水面埋め立て免許延長を認めない方向で検討に入った。福島第一原発事故以来、原子力発電所の安全性に対して疑問符がつけられる中で、いよいよ玉突き連鎖が始まったようだ。
 この発電所は、海面埋め立て免許を約2年半前の08年10月に取得し、09年10月に着工したものであるが、反対派の抗議活動により、工事はほとんど進んでいないらしい。この海面埋め立てをめぐる免許は、「着工から3年」が期限となっていて、12年10月までに完成しなければ失効だという。このままでは、完成は間に合わず、免許延長がなければ、現実的に原子力発電所は建設できなくなるという。
 今回の事故は、その事故自身で甚大な被害を生み出しているが、加えてその波及がどこまで及んでいくか、見当のつかないところがある。その核分裂連鎖がとんでもない広がりを生みだしてくるならば、ひょっとすると、人類社会の文明そのものまでも変質させてしまうかもしれない。これからの動向を注視していきたいと思う。

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5月18日(水) 五月晴れ 若葉書院の 坂道を にわか普請で 整備せるかな

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 午後になって、四国中央市新宮町の若葉書院に妻と出掛ける。この週末の勉強会に使う資料作成とOAK・TREE誌の原稿執筆が目的であった。夕刻になって、目的としていた大体の仕事を終了したので、次に取り掛かったのが、敷地周辺に植えられた紫陽花の木に纏わりつき始めた葛の蔓を切断する作業と、隣接する林道から敷地に入ってくるところの坂道にできた窪みにセメントと砂利を流し込む作業であった。
 これら若葉書院の環境整備に関連する作業は、最初はどうすればいいのかさえ分からなかった。それでも、あれこれと試行錯誤しながら、知恵を絞って取り組んでいるうちに、曲がりなりにも少しは効果の出ることができるようになってきたのではないかと思う。とはいえ、にわか普請である。あくまで素人仕事であって、プロから見れば、仕事のうちにも入らない程度の雑なことをやっているのだろうと思う。
 しかし、それでいいのである。若葉書院の取り組みというのは、できるだけ他人に頼らないで、自分の主体性と能力で何かを為すというところにある。その結果が、他人から笑われるような仕事だというなら、それはそれでよしなのである。自分で知恵を絞り、汗を流した仕事には、少なくとも自分の心は満足しているのであるから。

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5月17日(火) 乱世じゃ 火事場なればと 我れ先に ただ思いつきを 語り乱れる

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 13日に枝野官房長官が、東電の債権に関して、「金融機関が債権放棄しないということは、とても考えられない」と述べ、債権放棄を促したのに対し、15日には、玄葉国家戦略担当大臣(民主党政調会長)が、「それは言い過ぎであり、そんなことをしたら、東電に金融機関が追加融資をしなくなる」と述べて、閣内不一致が表面化した。さらに海江田経済産業大臣も、この問題は、自分の所管事項だとして、枝野官房長官の発言に不快感を示しているらしい。
 今や政府は、もう既に政権としての体をなしていないとも言えそうである。テレビの前のパフォーマンス総理の限界ということか。また別の見方をすれば、自分を売り込むことしか考えていない政治家を登用して内閣を構成しているのだから、それでは円満に運営できるはずがないとも言えそうである。
 ともかく、政権を支え政治を動かさねばならない人たちが、相互の打ち合わせも不十分なままに、それぞれに自分の思いつきを奔放に語るわけだから、政治が乱れないはずがない。おそらくは、乱世というのは、こんな形で進行していくのであろう。これにさらに、官僚や経済界や諸団体の思惑が絡み合って、どんどんとわけがわからない状況を作り上げていくことであろう。これは、罪多き政権と言わざるを得ない。

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5月16日(月) 春過ぎて 夏来たるらし しかれども 衣湿れる 経済動向

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 新聞を読んでいると、4月以降の経済動向は、急速に悪化しているということである。その原因は、言うまでもなく、東日本大震災の影響である。4月13日に内閣が発表した月例経済報告においても、その基本評価は、「景気は、持ち直していたが、東日本大震災の影響により、このところ弱い動きとなっている。また、失業率が高水準にあるなど依然として厳しい状況にある」というものであった。さらにその先行きについても、「当面は東日本大震災の影響から弱い動きが続くと見込まれる」としている。5月に入っても、依然として、その傾向は続いているようである。
 辺りを見渡せば、一面新緑の生命力に満ちる風景である。春というよりも、初夏の風情である。万葉集の中には、「春すぎて 夏来るらし 白栲(しろたえ)の 衣干したり 天の香具山」という有名な短歌がある。春から夏への移行期には、さまざまなものの命がはじけ飛ぶような喜びを歌ったものであろうか。その時に、日本経済は、むしろ晩秋のような侘びしさと重苦しさをはらみながら、立ち竦んでいるのである。
 景気というのは、経済の気分でもある。せめて心だけでもはつらつとして、この重苦しさをはじき飛ばしていきたいものだと思う。

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5月15日(日) 住民の 心に始まる まち作り そは転回か コペルニクスか

 岡山県高梁市の文化交流館で、「山田方谷先生藩政改革160年記念フォーラム」を開催。そのタイトルは、「市民の心から始まるこれからのまち作り」であった。
 現代はよく、江戸末期の混迷する社会に似ていると言われることがある。確かに、今も、既成の考え方や社会システムが時代変化の中で十分に機能しなくなり、それが原因となって、社会の混乱を生み出してきているところがある。そこで、この高梁市の先人、山田方谷先生に学び、そこからこの時代を切り拓く知恵を生み出してみようというのが、今回のフォーラムの趣旨であった。

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 今回の基調講演は、前臼杵市長の後藤国利氏であった。氏は、臼杵市長を3期務め、その間に財政再建を行うと同時に、独自のまち作りを推進された。その原点にあったのは、市民の心作りであったという。
 これまでのまち作りは、まず国策があって、その下に地方自治体の具体政策があり、市民は、それに従えという形で展開されることが多かった。それを逆に、市民の心がまず第一ということにしてはどうかと提案したのである。言わばこれは、まち作りの発想の「コペルニクス的転回」である。

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5月14日(土) 三度目の 牛麓舎なり 印象は だんだんよくなる 法華の太鼓

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 岡山県高梁市で、「第3回平成牛麓舎」を開講。今回は、朝9時から夕方5時までの一日コースとした。
 まず午前中には、儒学の歩みと山田方谷の思想を中心に、講義。午後からは、この平成牛麓舎から、具体的なまちづくり運動を支援していこうと、参加者が相互に語り合いながら、市への提案を取りまとめる作業を行った。
 その結果、16項目に及ぶ提案を取りまとめることができた。最後に、参加者の感想も一言ずつ聞かせていただいたが、とても有意義だったと、積極的な評価を頂けたようである。
 振り返って、この取り組みは、昨年中、春と秋の2回、開催をした。手探りで試行錯誤しながら、いかに実効性の高い研修会を開催できるか、取り組みを続けてきたが、今回3回目となって、一定の方向が見えてきたような気がする。そして同時に、この会を受け入れていただいている高梁市の皆さんの側も、あまり戸惑うことなく、準備をし、参加をしていただけるようになってきているようだ。
 日蓮宗では、勤行の時に、団扇太鼓を打ち鳴らすそうだ。それを法華の太鼓と呼ぶようだが、それは叩けば叩くほどよく鳴るものなのだそうだ。この平成牛麓舎も、回を重ねるごとに、だんだん良くなってきている。それがうれしい。

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5月13日(金) Ikinatino(いきなりの) Panic atono(パニック後の) Sakaotosi(逆落とし) 権威に対する 拒絶反応!

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 政府は13日、東京電力の福島第一原発事故の賠償支援策を決定。公的資金などを投入して、巨額の賠償負担を負う東京電力の経営破たんを回避し、金融市場の動揺を防ぐとともに被害者の救済を急ぐ考えである。
 その支援策の要点は、国の交付国債と日本各地の電力会社の負担金を財源として、原発賠償機構(仮称)を新設して、事実上の公的管理下で、東電の賠償と電力供給を支援していこうとするものである。細かなことはこれからは詰めていくことになるようであるが、今回の一連の問題の責任の所在も明確でなく、これから先の債権放棄問題や、電力料金値上げ問題なども絡んで、先行きに不透明感が漂っている。そして最終的には、国民負担において、この問題解決が図られる可能性もあり、国民からの強い反発が起きる可能性もある。なんにしても、今回の原発事故を通して、超一流企業・東京電力の看板はずたずたになってしまった。
 この日のニュースで、私の関心を引いたのは、万能細胞「人口多能性幹細胞(iPS細胞)」を元のマウスに移植したところ、遺伝情報が同じはずなのに、異物を攻撃する拒絶反応が起きたとの報告であった。今、日本の国の中で起きている、権威に対する様々な拒絶反応も、これによく似ているのかもしれないと思う。

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5月12日(木) 水位計 狂っていたって こりゃ何じゃ 群盲が生む メルトダウンよ!

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 東京電力は12日、福島第一原発一号機で原子炉圧力容器内の水位計を点検し、調整した結果、その水位は、燃料棒の上部から少なくとも5m低かったと発表した。そうなると、これまでは水の注入などにより、燃料棒の冷却が行われていると判断されてきたわけであるが、実は、燃料棒のすべてが露出をしてしまっていて、全く冷却がなされず、その結果、おそらくは燃料棒の大半が自らの熱によって溶融し、圧力容器の底に貯まる形になってしまっていたということになる。そしてさらに、その底に貯まった燃料の熱によって、圧力容器の底が損傷して穴が開き、強い放射能を帯びた水と燃料とが外へ漏れ出していた可能性が高いということである。
 おやおやと思う。これでは、これまでの発表はすべて違っていたということではないか。燃料棒が十分に冷却されていることを前提として、対策も打ち出されていたのではなかったか。その判断の一番大事なデータが全く信用できないものであったということである。
 「群盲、象をなでる」という言葉があるが、全体を見ずに、部分だけをあれこれとみて判断していたとするならば、あまりに稚拙な対応であったと言わざるを得まい。ほとほと愛想を尽かした次第である。

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5月11日(水) 普天間を 嘉手納に統合 提案が 米議会にも 生まれしと聞く

 アメリカの上院軍事委員会のレビン委員長らは、米軍普天間飛行場をキャンプ・シュワ沿岸部の代替施設に移転するとした日米合意案(06年)を見直して、普天間の機能を空軍嘉手納基地に統合するよう求める声明を発表した。
 これは、あくまで議会側からの要請であり、米政府自身は、これまでの方針を堅持し進めていく姿勢に変化がないとしているが、軍事問題に強い影響力を持つ議員たちが連名で出したものであるだけに、今後、方針転換が行われる可能性が高いと思う。更に勘ぐれば、その声明において、キャンプ・シュワブへの移転合意を「非現実的で、実現不可能、財政支出不能な計画」と批判しているらしいが、ここまでの表現をするということは、もう政府も含めて、米側が腹を固めていると推察されないこともない。

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 それにしても、日本のニュースでは、相も変わらず東日本大震災と福島原発の問題ばかりが大きく取り上げられ報じられ続けているが、日本外交にとって、また日本防衛にとって、きわめて重大なこの種の問題を巡る報道が、余りに軽く触れられるだけで終わってしまっている姿は、あまりに異常である。日本はやはり、政界もマスコミ界も、非常識の世界なのであろうか。

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5月10日(火) 借金に まみれた国よ(924兆円) この国は! ふと一時帰宅の 議論を思う

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 財務省は、国債や借入金などを合わせた2010年度末の「国の借金」残高が、924兆 3,596億円に達したと発表。一年前に比べ、41兆 4,361億円 も増加し、過去最悪を更新した。現在、家計の金融資産と負債の差額は1,100兆円程度とされていることから、いよいよ数年先には、政府の債務残高が国民家計の純資産残高を上回る可能性が出てきた。国民一人当たりの借金は、約722万円にもなるという。なお、第一次補正予算を含む財政見通しでは、11年度末には1,002兆円と、1,000億円の大台を超えるということである。おそらくは、今回の大震災への対応を考えれば、今後、数次にわたる補正予算が組まれることになるだろうから、さらに借金は大きく膨らむことになるであろう。日本財政は、底の見えない奈落を眼前にしているといってもいいだろう。
 それにもかかわらず、菅総理に危機感は感じられない。日本政治にとって、累積財政赤字問題は最重要課題といってもいいだろう。しかし、総理の様子を見ていると、少し不謹慎な表現かもしれないが、この財政問題が、この日初めて行われた2時間の一時帰宅気分の問題だったのではないかと感じられたのであった。

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5月9日(月) 一般に 不足の時こそ 知恵が出る 電力不足も プラス思考じゃ

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 菅総理は、10日の記者会見で、2030年までに総電力に占める原子力発電の割合をく50%以上にするとしていた政府のエネルギー基本計画について、「いったん白紙に戻して議論する必要がある」と表明。そして同時に、「再生可能な自然エネルギーと、エネルギーを今ほど使わない省エネ社会構築に、これまで以上に大きな力を注ぎ、エネルギー政策全体を見直したい」との考えを示した。
 私は、これはこれで一つの見識だとは思う。これまでのエネルギー多消費社会が本当に好ましい社会であるのかどうか、そろそろ見直しが必要な時期だと私も思っていた。そして、一般的に言って、何かが不足して困難な状況が生まれている時こそ、新しい知恵が出てくるものである。
 しかし、今回は、あまりに唐突。社会全体を大きく構造変革させていこうとするのならば、多くの人の共感の下に、さまざまな人々が知恵を集める総合的な取り組みを進めてゆかなくてはならない。菅総理が、それだけの下準備と覚悟を持ってやったのならば、大したものである。しかし、これまでと同じく、その瞬間の思い付きと人気取りの思惑だけに基づくものであろうから、おそらくは、途中で何が何やらわからなくなって、苦い思いだけが残るということになってしまうのであろう。いやはやなんとも…である。(9日の浜岡原発停止発表からの連想)

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5月8日(日) 篤山は 書を一冊も 書かざるに 象山仰ぐは 徳行第一!

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 四国人間論ゼミの日。今回のテーマは、「近藤篤山の人生と思想」。
 近藤篤山と聞いても、名前を聞いたことがないという人がほとんどではなかろうか。篤山は、江戸末期の儒学者。川之江市出身の儒者・尾藤二洲を師と仰いで学問の道を歩んだ人である。一般には名も業績も知られてはいないが、晩年に教育活動を展開した伊予・小松藩では、「伊予聖人」と高く評価されていたそうであるし、いま現在も、小松では、あちこちに銅像があり、その名が施設などに残され、広く尊敬されている人物である。
 とりわけその名を高めしめたのが、幕末期の異才・佐久間象山が、自らが主宰する塾「象山書院」の看板への揮毫を、「あなた以外に書いていただく人はいない」として、この篤山に依頼し、その時に、篤山を「徳行天下第一の人」と称えたことである。その真意は、必ずしも明らかではないが、篤山が朱子の教えに全幅の信を置いて、自らはそれに加えるものは一切なしとして、本を一冊も書かなかった代わりに、徹底してその教えを守り、その教えのままに行動したという点にあったのではないかと想像する。
 今、弁論の人は多いが、行動の人は少ない。篤山は、現代に対しても、大事なことを教え諭している人なのかもしれないと思う。

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5月7日(土) 普天間が あったればこそと 恩を売る 沖縄米軍 TOMODACHI作戦

 北沢防衛大臣は、沖縄県の米軍キャンプ瑞慶覧で、沖縄に駐留するアメリカ軍のトップであるケネス・グラック調整官と会談し、東日本大震災に対して、米軍が行った被災地支援「TOMODACHI(トモダチ)作戦」に対して、謝意を伝えたという。それに対して、グラック調整官は、この取り組みにおける日米の連携に高い評価を示したうえで、「災害に対応できたのは、海兵隊の普天間飛行場の存在が大きかった」と述べて、沖縄における米海兵隊の存在意義を日本側がきちんと評価するように暗に求めたらしい。それはつまり、普天間飛行場問題について、日本側が、これまでの政府間の約束をきちんと履行するように求めたということだろう。

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 世の中のことは、ほとんどすべてギブアンドテークである。力を借りたならば、次はそれを返さなくてはならない。今回の震災においては、特に、福島原発の問題に対して、最初の時点でのアメリカからの支援提案に対して、日本政府がそれを拒否したということが伝えられていたが、その伏線が、こんなところにあったのかという印象である。
 菅それにしても、内閣は、これからアメリカとの距離をどうしていくのであろうか。「毒を食らわば皿まで」という言葉もあるが、どんな覚悟で、アメリカとの関係を築いていこうとしているのであろうか。

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5月6日(金) 英断と 言えば確かに そうだけど 大丈夫かい 浜岡原発???

 夜になって、菅総理が急きょ記者会見。静岡県御前崎市にある中部電力の浜岡原発について、その停止を要請すると発表した。この発表に対して、賛否両面からの意見が、テレビ上で語られていた。それを聞いていて、原子力発電所というものは、こんなに両極端の考え方を内包していたのだなと改めて感じた。
 問題は、原子力発電というものが、既に私たちの日常生活や通常企業活動の中に深く根を下ろしていて、危険性が高いというだけの理由で簡単に閉炉にするというわけにいかないということである。発電停止にしたときに、不足する電力を一体何を補うのか、いま東京電力に供給している電力をどうするのか、この浜岡原発で現に働いている多くの人たちの雇用をどうするのか、また、炉を停止すれば、中部電力の経営状態は悪くなる、それに対して起きてくる株主代表訴訟をどうするのか…など、数多くの現実的な問題が生まれてくる。それらを考慮しても、安全優先ということで、運転停止要請ということにしたようだが、本当に大丈夫なのだろうか。

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 菅総理の背中を見れば、火が燃えている。今回は、進むも地獄、退くも地獄という中で、やむなく振り下ろした決断の刀ということだろうか。それにしても、総理、少し腰が引けていますね。

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5月5日(木) 橿樹舎の 屋根にシンボル ふくろう君 皐月の空に 立ち向かうなり

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 こどもの日である。爽やかな皐月の空を、あちこちでこいのぼりが悠々と泳いでいる姿を見ているうちに、ふと、わが橿樹舎の屋根に、建物の再塗装の時に取り外したままになっていた「ふくろう像」を改めて取り付けてやろうという気持ちになってきた。ふくろうを漢字で書けば、「梟」、この音読みが「橿」と同じ「キョウ」であることから、この建物のシンボルとして、以前に掲げていたものである。また、ふくろうには、智恵のシンボルの意味もある。それも、この建物を象徴するものとしてふさわしい気がしている。(もう一つ言えば、この日が結婚以来ちょうど一ヶ月。その記念シンボルという思いも込めたものであった)。
 像の取り付けには、ずいぶん時間がかかった。私が持っているはしごでは、屋根まで届かないで困っていたら、近所の人が長いはしごを貸してくれたりもした。そんな悪戦苦闘の末に、ようやく設置が完了。そして、以前と同じように、このふくろう像の中に、ランプ(今度は、LEDランプ)を入れて、夜には輝くようにもした。さらに今度は、夜になると自動的に点灯するようにもしようと考えている。
 人々に幸福を生み出す労働、それを略して「福労」である。そんな気持ちで、私も、天空のはるか彼方を目指して立ち向かっていきたいと思った。

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5月4日(水) みどりの日 広瀬と伊庭と 篤山と 泰斗の森を 逍遥するなり

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 みどりの日である。この日に、私はくしくも、故郷の人間の森を逍遥するということになった。
 まず最初に訪れたのが、新居浜市にある広瀬歴史記念館である。この記念館は、住友の初代総理事を務めた広瀬宰平氏の新居浜における大邸宅と庭園を、遺族が市に寄贈して開設されたものである。この壮大な建物や庭を見ながら、幕末期から明治中期にかけて、別子銅山を近代化し、日本経済の発展に大きく貢献をした英雄的人物、広瀬の生きざまに思いをめぐらせた次第である。 そして、この記念館で開かれていた特別展が「伊庭貞剛と別子銅山の環境対策」であり、世界に先駆けた環境主義者、伊庭の人生にも思いを馳せたのであった。伊庭は、人格者として多くの人から慕われ、その高潔な生きざまは、今も、私たちに深い感動を与えてくれている。
 その後に向かったのは、西条市小松町の温芳図書館であった。実は次の日曜日に開催する四国人間論ゼミで、江戸時代の儒者、近藤篤山について語ることにしていて、その準備のため訪れたのであった。篤山は、実践を重んじた儒者で、その徳が高く評価されていて、「伊予聖人」と呼ばれた人物である。
 人物の森で、過去から現代に流れてくる芳しい香りの中を気儘に歩いたような気がした一日であった。

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5月3日(火) 憲法が 64年の 記念日に 若葉書院で 人間語れり

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 憲法施行から64年目の「憲法記念日」。私も、議員在職中には、衆議院憲法調査会で幹事も務めたことがあり、憲法問題には一定の関心を持っていた。小泉総理の時代であった。あのころは、もう少しで、憲法改正に辿りつけるのではないかという印象であったが、その後、総理が次々に変わり、しかも民主党中心の政権が生まれるに至り、憲法改正の動きはすっかり火が消えたようになってしまった。
 実はこの日、新居浜市の丸山さんが、京都と岐阜の友人を連れて、新宮の若葉書院にやってきた。約2時間、人間学について懇談をしたが、国の最高法規といわれる憲法にしても、その基本は、人である。現在の日本国憲法の基本理念は、基本的人権尊重、国民主権、平和主義の3つであるとよく語られるが、これらも要するに、人々がより幸せに豊かに生きていくための理念であって、人間への思いを持たない乾き切った法律論では、そこに答えを出すことは困難だと思う。
 私は、人間に足場を置いて、人間がよりよく生きる、そして成長する、さらに多くの人々が調和する、という根本の理念をもとに、これからの文明社会を考え、ビジョンとして取りまとめていきたいと考えている。そうであってこそ、そこに、新時代の骨格を組み立てうると考えているからである。

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5月2日(月) 10年の 歳月哀し ビン・ラディン 日陰に隠れ 何思いしか?

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 2001年9月11日のアメリカ同時多発テロの首謀者で、国際テロ組織アルカイダの指導者である、ウサマ・ビンラディン容疑者が、米軍によって殺害された。パキスタンの首都イスラマバードの北60キロの郊外に潜伏していたということである。
 オバマ大統領は、早速、ホワイトハウスで演説を行い、「数千人の罪のない男女、子供を殺した責任者だ。ビンラディンの死は、アルカイダ打倒に取り組んできた最大の成果だ」と語った。
 考えてみれば、今年は2011年であるから、あのテロ事件から数えて、もうすぐ十年。世界一の情報網を備え、世界一の軍事力を有するアメリカにして、たった一人の人間を探索し、追い詰め、殺害するまでに、こんなに長い年月がかかるものかと不思議な気持ちになった。しかも、ビンラディン潜伏の場は、パキスタン軍の学校施設の近くであったともいわれ、この潜伏には、アメリカの友好国であるパキスタンの軍の一部が協力していた可能性もあると報じられている。
 なんとも複雑怪奇な話である。
 ともあれ、十年間も潜伏生活を余儀なくされていたビン・ラディン容疑者は、その間、日陰で何を思い考えていたのであろうかと思った。

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5月1日(日) 五月から クールビズとや 日本人 顔つきまでも 猿に近づく

 今年は、東日本大震災に伴う電力不足への対策として、これまで6月1日からとされてきたクールビズ開始を一ヶ月早めて、この5月1日 からとしたそうである。まだ暑さが本格化しているわけではないので、ニュースのテレビ画面を見ていると、上着も身につけない本格的なクールビズの装いをした公務員は、決して多いわけではないようである。しかし、ネクタイを外したリラックススタイルの人は、かなり多く見受けられたような気がした。

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 ところで、テレビ画面で紹介されているクールビズスタイルの人であるが、何となく顔の表情までも緩んでしまっている気がしたのは、私だけだろうか。夏の暑い時に背広を着て、しかもネクタイまで締める必要はないだろうと、より涼しい格好のこのスタイルが導入され、今ではかなり定着してきているわけであるが、それと同時に、気構えまでも安直なものになってきているのではないかと気がかりである。この調子で、服を脱ぎ続けていけば、やがて人は素っ裸ッとなり、猿と変わらないいでたちとなってしまうのではないだろうかと、そんなことまで心配してしまうのである。
 合理的に物事を考え、効率的に仕事をこなしていこうという発想は、間違ってはいないと思うが、それと同時に、それによって失っていくものもあることに、そろそろ目を向ける必要があると思う。

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