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7月31日(日) 節電の 15パーセントを 聞き違え 内閣支持かと 誤解をしたよ

 政府が、東京電力と東北電力の管内で電力使用制限令を発動して、約一ヶ月が過ぎた。当初、うまく運用できるかどうかに懸念が残ったが、結果的に言えば、一日の最大電力需要を、昨年夏に比べて15%削減するという目標は、ほぼ達成されたようである。震災時に世界から称賛された、日本人の秩序尊重姿勢は、この節電への取り組みでも、十分に発揮されたということであろうか。

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 ところで、私はときどき、ニュースを聞きながら仕事をしていることがあるのだが、この日も、ニュースをつけたままほかの仕事をしているときに、突然15%という数字が耳に入って来て、誤解をしてしまったのが、これが菅内閣の支持率を示す数字ではないかと思ったことであった。翌日の新聞紙上でみると、7月末時点での菅内閣支持率は、19%だったそうで、まあ似たり寄ったりの数字であるが、それでも思ったよりは少しは支持率が高かったようである。それにしても、菅首相がいつごろやめるべきかという設問に対しては、65%の人が、8月末までにはやめるべきだと回答しているのが、国民の現政権への不満や不信を示す数字と言えるだろう
 なんにしても、低空飛行である。くれぐれも突然の墜落で混乱に輪をかけることのないように配慮していただきたいものだと思う。

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7月30日(土) 台風と いうわけじゃない 大雨に 危険水位は 政治も同じ?

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 前日から、新潟県・福島県で記録的な豪雨。新潟県では、五十嵐川堤防が決壊し、濁流が住宅地に流れ込んだという。また、信濃川も堤防ぎりぎりまで水位が上昇し、数多くの人たちが避難をしているらしい。各地の避難者を合わせれば、40万人にも及ぶということである。台風来襲時に、大雨により大被害が出るということはよくあることであるが、まったく台風に関係なく、これほどの豪雨が降り続くというのは、珍しいことではないかと思う。やはり、自然界も調和を失った姿になってしまっているということであろうか。
 テレビを見ていると、堤防ぎりぎりのところまで濁流が渦巻きながら流れている映像が流されていた。そして、危険水位を超えて堤防決壊の恐れがあるので、既に多くの人が避難をしているとの記者のレポートがなされていた。それを見ながら、これは日本政治も同じかもしれないと思った。日本政治に対する国民の不信感は、もうすでに危険水位に達しているのではないかと思う。政治の機能不全、加えて政治家たちの言動の軽さにより、国民の忍耐という堤防は、もう少しで切れてしまうのではないか。しかし、だからといって、国民に、避難する場所がある訳じゃない。そんな目で、日本政治を見る必要もあるのではないかと思った次第である。

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7月29日(金) 松山で 色んな人と 会いにけり 遠方の友 久々の人

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 終日、いろいろな方に次々にお会いした一日であった。
 まず午前中、松山で、福田敏男・名古屋大学教授にお会いした。この福田教授は、医療関係のロボット開発でよく知られた人で、私が議員在籍中、ロボット関係の取り組みをしているときに、よく意見交換をしていた人である。ちょうど松山に来られるというので、その宿泊ホテルを訪ねた次第である。それから、大学時代に同級生であった、池内正之君。娘さんが松山勤務になり、その引っ越しの手伝いに松山に来ているとの連絡があったので、せっかくの機会と、池内ファミリーと昼食をともにする。それから、次にお伺いしたのが、前愛媛県知事の加戸守行さんの家。近況報告を兼ねて、お訪ねし、意見交換。いつもながら、様々な含蓄ある情報を頂いた。
 そのほかにも、いく人か松山でお訪ねした後、新居浜に戻り、青年教育活動で、日本全国を駆け巡っておられる上甲晃さんと、市内で夕食。現在の日本政治の問題を中心に意見交換。
 この頃、四国を拠点に地道に活動していると、昔からの友人たちに会う機会も少なくなっていたが、何の縁か、この日に集中的にいろんな人にお会いして意見交換することができた。
 「朋あり遠方より来る。また楽しからずや」の心境であった。

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7月28日(木) 米債務 上限超える 事態なり 財政赤字が 政争の具となる

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 アメリカの財政赤字問題が大きく取り上げられている。特に、オバマ大統領が、この8月2日までに政府債務の上限額を引き上げることができないと、財務省の資金繰りが困難となり、デフォルトに陥り、深刻な経済危機を招来する可能性があると表明して以来、毎日この問題が報じられ続けている。
 この背景には、リーマンショック克服のために、アメリカ政府が積極財政路線をとって、国内経済に膨大な財政資金を投入してきたことがある。その結果、アメリカ政府は急激に公的債務を肥大させてきたのである。
 さらにアメリカの場合に、問題をさらにややこしくしているのは、来年末にアメリカ大統領選挙が予定されているということである。そして、民主党と共和党では、この財政支出に対する考え方が根本的に異なっているところから、その主張が支持者を巻き込んで正面からぶつかり合う形となり、それが政局と絡み合いながら、事態をより複雑なものにしていると指摘できそうである。この様子を見ていて、アメリカ政治は、国内の対立に目が奪われて、これから先、内向きの国になってしまうのではないかと危惧する人もいる。
 他国のこととはいえ、国際的影響力のあるアメリカのことである。これから先も注視していきたいと思う。

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7月27日(水) 津波には 予測以上に 大げさに 警報出すとや 狼少年?

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 「あつものに懲りてなますを吹く」という言葉がある。一度熱いなますを食べて、口にやけどを負った人は、それから後は、冷たいなますまでも、吹いて冷まして食べるようになるということから、一度失敗したことに懲りて、無益な用心をすることを指す言葉である。
 この日、気象庁は、東日本大震災の時に、地震計が振り切れてマグニチュード計算に時間がかかったため、津波の高さ予想を低く見積もってしまい被害を拡大させてしまったという反省から、津波警報の改善策の基本方針を改めることにしたと発表した。それは、マグニチュード8以上の巨大地震の場合に、津波警報の第一報において、その海域で想定できる最大規模の予測値を発表するか、または「経験のないほどの巨大な津波の恐れ」という言葉で表現することにしようというのである。つまり、巨大津波の可能性のある場合は、最悪を想定して用心するに越したことはないということである。
 しかし、心配なのは、大津波が来るぞと警報を出して、それが何度か外れることがあると、住民がその警報を軽視することになりはしないかということである。ちょうどオオカミがくるぞと村人たちをだまして楽しんでいた少年が、本当にオオカミが出たときに助けを求めても、村人が相手にせず、食われてしまったという話を思い出した次第である。

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7月26日(火) 朝一番 訪ね参りし 大窪寺 OAK母にして 結願の寺

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 昨日の夕刻から、キャラバンカー「宝船・ビタミン号」を走らせて、東讃地方へ。各地の夜の様子を視察した後、国道沿いの休憩所で車中泊。そしてこの朝、まず一番に訪問したのが、大窪寺であった。ここは、四国88箇所霊場めぐりの最後の88番札所である。そこで、結願の寺ともいわれる。朝早い時間だと、山中の寺という事情もあって、まだほとんどを参拝者もやってきていない。そんな清新で静謐な雰囲気の中で、お参りをした。心が洗われるような気がした。
 大窪寺とは、私の気持ちの中では、ゴロ合わせであるが、「OAK母の寺」であると考えている。OAK・TREE 運動の母なる寺である。そこには、原爆の火が灯されていた。原爆被爆地で採集した火を、それ以来、絶やすことなく灯し続けてきているのだそうだ。そして多くの人が霊場巡りに使った杖が、数多くこの寺に奉納されていた。その杖を眺めていると、多くの人々の祈りが集まっている気がした次第である。
 OAK・TREE 運動も、心のともしびを絶やすことなく燃やし続けていく運動でありたいと思う。そして同時に、多くの人の心が寄り集まってくる運動であってほしいと願っている。そんな思いを持ちながら、しばらくのあいだ、この境寺で佇んでいた。静かなこころ豊かな時間であった。

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7月25日(月) 中国の 高速鉄道 事故の後 起こるは政府の 内部衝突

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 中国東部の温州市で、23日夜、落雷による停電で高速鉄道が停車しているところに、別の列車が追突し、大事故を引き起こした。中国政府が、国家の威信をかけて推進してきた高速鉄道網における、初めての大事故である。それだけに、日本のメディアも、この事故を大きく取り上げて報じている。しかも、この25日には、当局が、事故を起こした車両を砕いて地下に埋めたことから、それが証拠隠滅と非難されて、中国国内でも大きな話題になっているようである。
 私にとって、少し意外だったのが、被害者家族などが、外国メディアのテレビカメラの前で、公然と当局を批判している姿であった。先に述べたとおり、この高速鉄道建設は、国策として中国政府が力を尽くして取り組んできたもので、それがこんな形で公然と批判の対象になっているということは、これまでの中国の常識を破るものであった。
 なぜかと考えていて、私なりに合点がいったのは、鉄道事業というのは、江沢民派のテリトリーだと聞いたからである。中国では、来年、国家主席を含む新指導部が選出されることになっている。水面下では、恐らく激しい権力闘争が繰り広げられているであろう。そこにこの事故である。江沢民重病説も流れる中、胡錦濤派が、ここで一気に江沢民派を追い落としにかかっているということではないか。そう考えると、一連の動きがうまく説明ができる気がした次第である。

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7月24日(日) 地デジへと テレビ放送 移行の日 我講ぜしは 中江藤樹よ!

 この日、もう何年も前から準備を進めてきた、テレビ放送の地デジへの移行が行われた。これで、昭和28年に始まったアナログ放送は、約60年の歴史に、幕を下ろしたことになる。このアナログ放送からデジタル放送への移行は、世界的潮流になっているもので、限られた電波資源を有効に使うと同時に、機能的にも、より高画質・高音質でありまたデータ放送とのリンクなどもできるというものである。テレビ放送技術において、大きな革命が行われたともいうことができよう。

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 ちょうどこの日に、私は、若葉書院の教師人間論ゼミで、中江藤樹を取り上げて、講じていた。藤樹は、当時、儒学において主流であった朱子学に対して、新しい学問である陽明学を日本で初めて論じた学者である。おそらくは、旧来の学問を超えた新しい学問を広めるというのは、並大抵のことではなかったであろう。実際、藤樹がこの陽明学を講じた時から約250年のちになって初めて、この陽明学が大きなうねりになって、明治維新を引き起こし、新しい日本を生み出していくのである。
 抜本的な部分の変革というのは、このくらい大変なものである。今回、デジタル放送への移行を進めるにあたって、多くの人が力を尽くして取り組んでこられた。その尽力に対して、心から敬意を表したいと思う次第である。

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7月23日(土) 平和ゆえ 退屈したか! ノルウェーで 突然発生 連続のテロ

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 ノルウェーで、連続テロ発生。まず、現地時刻で22日午後3時半ごろ、首都オスロの首相官邸が入っている政府ビル前に止めてあったワゴン車が爆発。さらに、その一時間半後には、オスロから約30キロ離れたウトヤ島で開催されていた与党労働党の青年部集会で、若者らに向けて約1時間にわたって無差別発砲を行ったという。オスロの爆弾テロの死者は7人、そしてウトヤ島では、相当数の若者が殺害された様子である。
 この容疑者は、アンネシュ・ブレイビクという32歳の男で、逮捕後、犯行を認め、「この犯行は非道だが、自分の中では必要なことだったと思っている」と述べているらしい。島では、命乞い派をする若者に対して、まるで犬でも撃ち殺すかのように、平然と発泡をしたという。残忍この上ない確信的な犯行であったようだ。
 これまでノルウェーは、社会的に安定していて、とても治安のいい国だと聞いていた。その国で、こんな非道な犯行が起こるというのは、正直なところ意外であった。今回の事件は、単独犯であったようであるから、社会全体が異常というわけではない。たった一人の異常な人間が引き起こした事件ということだろう。それにしても、平和というのは、ある意味で退屈なものなのかもしれない。それに耐えられなくなった一人の人間が、妄想に取りつかれると、こんなことをしてしまうということか。空恐ろしい気がした次第である。

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7月22日(金) 30年 宇宙に夢を 運びける スペースシャトルの 最後の勇姿!

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 スペースシャトル「アトランティス」が無事に任務を終え、アメリカフロリダ州のケネディ宇宙センターに帰還した。これが、スペースシャトル計画最後のフライトであった。これまでに135回の飛行が行われ、二度の事故で14人の犠牲者を出したが、それを除く133回のミッションでは、見事な成果を生み出した。初飛行が、1981年の4月であったから、約30年間にわたり、世界の宇宙開発の中核輸送機として、数多くの物資を宇宙に運ぶと同時に、さまざまなミッションを行ってきた。アポロ計画を終えた宇宙先進国アメリカが、その威信をかけて実現した、当時最先端の宇宙輸送船であった。今回が最後のミッションであり、スペースシャトルはもう二度と空を飛ぶこともないのだろう。一時代の終わりを目の前にしている気がして、心寂しい思いを禁じ得なかった。
 そもそも、私が政治の道に入ったのは、このスペースシャトルのせいであった。この機体は、何度も使用できる飛行機型にすることにより、打ち上げコストを大幅に低減できるという前宣伝であった。ならば、もう日本の国でロケット開発に取り組んでも無駄だとの判断で、松下政経塾に入塾することとしたのであった。
 私の人生とも、深くかかわりのあったスペースシャトル。その引退は、私自身の人生にとっても、一区切りの時であるのかもしれないと思った次第。

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7月21日(木) 丑の日に うなぎ食べれば 夏負けず それを広めし 平賀源内

 この夏の土用丑の日。この日に、ウナギ料理を食べると、夏の暑さに負けないで過ごすことができると言い伝えられていることもあり、ニュースを見ていても、ウナギ料理を食べる人たちの様子が紹介されていた。
 わが家でも、昼の食事が、ウナギ。自分ひとりの生活の時は、食事のことに気を使うことは全くなく、季節料理に思いを巡らせることもなかったが、今は、妻がいろいろと気を配ってくれている。

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 そもそも土用丑の日にウナギを食べるという風習は、平賀源内の着想に始まるものらしい。知り合いのウナギ屋が、ウナギが売れないで困っているとこぼすのを聞いて、丑の日に、「う」の字がつくものを食べれば、元気が出るという宣伝を始めたものらしい。それが大当たり。いつの間にか、夏の風物詩の一つにもなったようだ。
 平賀源内といえば、讃岐志度出身の発明家である。先日も、香川キャラバンの途中、平賀源内記念館に立ち寄ったが、少年時代からのアイデアマンであり、長じても、単に発明家というだけでなく、画家としても、劇作家としても、当時、広く知られていたようである。いわば、日本のレオナルド・ダヴィンチとも言うべき人だと思う。一分野に長ずる人は、多分野にも長ずると言うが、その通りの人生であった。

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7月20日(水) 最高の スモウ人生 送ったと 爽やかな顔 魁皇引退

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 大関魁皇が引退届提出後に記者会見を行い、23年間にわたった力士生活に幕を下ろすと発表。つい何日か前、通算勝ち星が1,047勝となり、千代の富士(1,045勝)を抜いてトップの記録を打ち立てたところであるが、長く土俵上で相撲をとり続けた力士であるだけに、そのほかにも数多くの記録を残した。例えば、歴代一位の記録だけでも、幕内勝ち星(879勝)、幕内在位(107場所)、大関在位(65場所)、大関勝ち星(524勝)、幕内出場(1,444回)などである。
 おそらく、完全燃焼し尽くした力士生活であったのであろう。ニュース番組で紹介された顔の表情は、晴れ晴れとしていた。15歳から力士生活をはじめ、38歳まで、土俵上の勝負に人生を賭けた生活であったのだろう。だから、少しはにかむように、これからの生活で、普通の服装と言われても困ったなと語っていたのが印象的であった。それくらい、相撲に打ち込んだ人生であったのであろう。
 人生は、着地が一番大事だと語ったのは、ホンダの創業者、本田宗一郎であった。引き際にどれほど充実感と満足感を持って、その時を迎えられるかということである。魁皇の引退会見を見ながら、自分自身の人生も同じことだろうなと考えた次第である。

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7月19日(火) 馬路村 1メートル越す 豪雨なり 7月中ばに 巨大台風

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 大型で強い台風6号が、四国地方に来襲。この19日には、高知県馬路村で、一日の降水量が851.5ミリに達して、一日降水量の国内最多記録を打ち立てたそうだ。なお、この前後の降水量まで含めると、馬路村では、1メートル20センチを超える降水量だったという。わずか3日間で、小学校の低学年生徒の身長に匹敵する雨が降ったというのだから、とんでもない豪雨だったのだろうと思う。
 実は、この馬路村には、昨年、訪問したことがあった。高知県の海岸線からひたすら山奥に向かって自動車を走らせて、約30分。山あいの谷間に、この村はあった。確か、日本一美しい村を目指すといった看板が立てられていた記憶がある。どこにでもありそうな山村であるが、この村が違うのは、懸命になって村の特産品を育てていることであった。とくに有名なのは、ここでとれる柚を使って、独自の飲料を生産していることであった。その名も「ごっくん馬路村」というもので、明るく勢いのある文字とイラストで、このブランドを表現していた。この商品は、日本各地で好評で、ずいぶん売れているのだろうと思う。小さな山里の大きな挑戦である。心から応援したいと思う。
 今回は、大雨をこの村が「ごっくん」と飲み込んだわけである。七月中ばに巨大台風来襲という異常気象。この異常な世をごっくんと飲む政治が必要だと思った次第。

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7月18日(月) なでしこは 純粋な愛が 花言葉 しなやかにして あきらめない愛?

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 朝、目が覚めると、午前6時前。眠気まなこのまま、ニュースを聞こうとラジオをつけると、女子サッカーワールドカップ決勝戦の延長試合の最中であった。同点だという。これはもう寝ているわけにはいかないなと思い、起きあがり、テレビをつけた。その延長戦でも同点のまま決着がつかず、結局は、PK戦ということになった。そして、日本側ゴールキーパーの海掘の見事なブロックもあって、日本が勝負を制し、優勝ということになった。
 後になって、試合のダイジェスト部分をテレビを放映していたのを見たが、全体的にはアメリカ側が優勢に試合を運んでいたようである。日本は常にアメリカに先行され、その度に追いつくという展開であった。特に、延長戦において、コーナーキックからシュートを決めた沢の足技は、神がかったものであった。
 小さな体で戦って世界一。しかも、全員が礼儀正しく誠実な人たちであった。日本の多くの人たちが、この勝利に強い感動を覚えたに違いない。日本チームは、「なでしこジャパン」と呼ばれる。その花言葉は、純粋な愛なのだそうだ。その純粋さが良い。純粋だからこそ、しなやかになれる。自分にとらわれずあきらめない生き方ができるのだろう。いろいろと考えさせられることの多い今回の「なでしこジャパン」であった。

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7月17日(日) 作業する 汗にまみれる 服も汚れる そこでそのまま 水ごりをする

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 昨日に引き続いて、今日は、OAK・TREE フォレスト。今回のテーマは、「日本の水産政策と今後の展望」。漁獲量が減少する一方で、魚価が下がり、漁業経営そのものが困難になりつつある現状において、その問題を語り合ってみようという趣旨の勉強会であった。しかし、この勉強会も、参加者はたった一人。考えてみれば、OAK・TREEの読者に漁業関係者は少なく、漁業を取りまく切実な問題を感じている人たちのところには、この勉強会の案内が届かなかったということであろうか。
 それはともかく、この日の勉強会の後、ヤングリーフハウスの水源確保の工事を行った。ホースを付け替え、また、川から直接、ヤングリーフハウス配管に水が流れ込むように管路も改良した。暑い中で、草木の生い茂る藪の中をはいずり回りながら、この工事を行ったので、作業が終わったときには、汗だくだく、服はどろどろ。そこで、その恰好のままで川の中に飛び込んだ。この日も気温は30℃くらいあったと思うが、源流の水は冷たく、体がしびれるほどだった。妻も一緒に飛び込んだ。そして、「これは修行よ」などと言う。つまり、山伏などが、滝に打たれて行う水垢離だ。そんな気持ちになれば、確かに水の冷たさも気にならない。
 もっとも、いい年の大人が二人、服を着たまま、川に浸かっている姿をほかの人が見れば、津軽半島に生息するサルたちが、冬の日に温泉に浸かっている姿を連想したかもしれない。夏の夕刻、ヤングリーフハウスにおける自然の中での一コマであった。

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7月16日(土) 国難と 呼ぶべき事態に 至れども いまだ動かず 地底のマグマ

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 第3回「四国マグマアカデミー」の日。今回は、事前に四国内のキャラバン活動も行い、このマグマアカデミーについても各地で啓蒙してきたことから、少しは参加者も増えるに違いないと考えていたが、残念ながら、参加者は2名。少し肩透かしにあったような気持であった。
 もちろん、私の思いは、かなり時代の先を走っているに違いなく、すぐに人々に理解していただけるものだとは考えていない。また、この取り組みは、多くの人々に思いを伝えるということ以上に、この機会を使って、私自身の考えかたを整え、将来の日本の絵を描き出す一助にすることが主目的であるから、人が集まらないからといって、なんらそれを悲観する必要はない。
 しかし、この混迷の世に強い危機感をいだき、自らが学び、成長し、そこから活路を開いていこうとする人たちがいまだ生まれてきていないとするならば、ここには強い問題意識を持ちたいと思うのである。
 おそらくは、まだ私の魂からの叫び声が多くの人たちのところに届いていないのであろう。これからもっともっと私自身が知恵を絞り汗を流し、自身の魂のマグマを活性化させてゆかねばならないのだと心に誓った次第である。

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7月15日(金) これからは 総理発言 聞くたびに その立場をまず 聞かねばならぬ

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 菅総理は、一昨日に記者会見で発表した「脱原発依存」の方針は、あくまで「個人の考え」だと表明をした。愚かな話である。記者会見といえば、公式の場であり、そこでなされたいかなる発言も、一国の代表者としての発言になることは当然のことである。それが「個人の考え」にすぎないなどという言い訳が通用するのであれば、これから先の総理の一切の発言が信用されないことになってしまう。外交の場で語られる言葉も、あくまで個人の意見にすぎないということでは、外交交渉など成り立つはずがない。国民は、総理の発言について、いちいちそれがどういう立場から語られた言葉かと確認しなくてはならないことになってしまう。
 結局は、この程度の常識しか持たない人物を、国家の代表として選出してしまったということである。国会本会議場で、菅総理を選出した与党議員はもちろん、このような事態になっても辞職させることすらできない野党議員やその他マスコミや関係者すべてが、その責任を負わねばならないだろう。
 一国を代表する責任者が、自分の発言に責任を持てないということでは、これからの政治はどう動いていくのだろう。もっとも、菅総理は、日本の政治を破壊することに喜びを感じながら、今、日々を過ごしているのかもしれないが…。

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7月14日(木) 原発の 事故の影響 果てしなく 日本列島 雲晴れ間なし

 このしばらく大きな話題となっているのは、福島県産の牛肉から、高濃度の放射性セシウムが検出されたという問題である。これらの牛肉は、すでに日本各地に流通し、販売してしまったものが多いということである。おそらくは、テレビに登場する専門家が語っているように、限られた量の牛肉であるならば、それを食したからといって、すぐに健康上の問題を引き起こすものとはならないだろう。だから、ここであまり大騒ぎをするのはいかがかと思う。

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 しかし、それにしてもうっとうしい話である。どうもこの原因は、屋外に置いていた放射性物質が付着した稲ワラを牛たちが食べたことにあるということのようであるが、それならば、稲ワラだけに放射性物質が付着するわけではなく、あらゆるものに付着したはずだから、これから先、問題がどこまで拡大していくことか見当もつかない。将来、この地域でがんが多発する事態になったときに、その因果関係をどんな形に検証していくことにすればいいのだろう。こんなことをあれこれ考えていると、本当に心が重くなってしまう。日本列島全体が、暗い雲に覆われてしまったような印象である。
 かつて、吉田茂・元総理は、おれは人を食って生きてきたから元気なんだと語っていたそうである。今、天上から、今の日本では、牛の肉を食えないのかと嘆いている気がしてならないのである。

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7月13日(水) 最近の 総理のふるまい 見ていると 忘れないでと 奇行の連続?

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 また突然の総理の奇行。総理は、記者会見で「脱原発依存」を語り、これまでのエネルギー政策の抜本的転換に取り組む考えを示した。問題は、この発表の前に、エネルギー政策を担う経済産業省と事前のすり合わせを行ったり、与党である民主党や国民新党の政策部門に検討を指示したりした形跡が全く見られないことである。
 国家にとって、エネルギー政策というのは、安全保障政策や食糧政策などと並んで、国民の生命財産に直結する基本的な政策である。それが、何らの組織的な検討もなされないままに、ただ思い付きと同じレベルで国家の最高責任者から語られるというのは、極めて異常なことである。独裁国である北朝鮮やリビアですら、果たしてこんなことが行われるのだろうかと首をかしげるような事態である。
 おそらくは、菅総理は、まともな判断能力さえ失ってしまっていると見るべきだろう。政権内部でも孤立してしまい、周りに何かを語っても、まともに受け止めてもらえない焦りから、次々と奇策を繰り出さざるを得ない状況になってしまっているのだろうか。国民から忘れ去られないために、耳目を集める手を繰り出さざるを得ないのだろうか。
 ふと、風船をたくさんつけたゴンドラに乗って孤空に消えていった「風船おじさん」のことを思い出した次第である。

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7月12日(火) 山村の 苦衷難渋 聞くほどに 根を山に持つ 社会想えり

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 引き続き、キャラバン活動。今日は、宿泊地・土佐町に始まり、本山町、大豊町、さらに、徳島県に入って三好市と、山間地域の市町村を回った。これら地域は、幹線道路沿いのエリアは、空き家も少なく、集落としての機能は十分に保たれている印象であるが、そこから支線道路に入り、山の頂に向けて自動車を走らせていくと、随所に崩れかかった家がそのままに放置されていたり、道路も草が茂っていても刈られずにそのままになっていたり、もう人が住む場所ではなくなってきつつあるという印象であった。ある町では、人口がピーク時に比べて8割減にまでなっているとの悲痛な声も聞いた。そして、平均年齢が60歳に近いという超高齢社会にもなってしまっているということであった。
 たしかに、山村は大変な状況である。世の中全体が、規模拡大と効率化の掛け声のもとに動いている社会では、小規模でしかも交通手段が限られる山村は、この物差しのもとでなかなか大都市と勝負ができないという実態であろう。しかし、このまま放置すれば、多くの山村集落が自壊していってしまうだろう。
 そんな厳しい現実を見つめながら、私は、この時代性の中で、あえて山中での生活と経済活動を足場にする文明形態を描き出していく必要があるのではないかと考え始めたのであった。

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7月11日(月) なつかしき “南国土佐を 後にして” 口ずさみつつ 高知のキャラバン

 朝から、高知県へのキャラバン。昔の土佐国府があった南国市に始まり、室戸岬がある室戸市まで、高知県内の十市町村を駆け回り、その市町村役場を訪れ、首長やそれに代わる人と意見交換を行ったり、その道中では、気にかかる場所を訪ねたりした。少しは私の活動が知られるようになってきているのか、前回に訪れた時よりは、いい反応であったと思う。
 そしてこの日の最終訪問地室戸市では、現在申請中のジオパーク指定候補地を歩いて回り、さらにこの地の名物「海洋深層水」を使った風呂に入り、汗を流した後、早明浦ダムの町、土佐町まで一路キャラバンカーを走らせて、そこで車中泊。一日中、自動車を運転していた気がするが、それだけに見聞を広める有意義な活動ができた気がする。

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 少し前に高津人間論ゼミで勝海舟を論じたが、彼は、現実をしっかりと見つめる必要性を感じ、時間を見つけては、方位磁石のついた杖を手に、町の中を歩き回っていたという。その現実感覚こそが、混迷の時代の中で判断を誤らない大きな理由であったらしい。私も、これからの時代、この現実感覚がぜひとも必要だと感じている。
 今日は、南国市に始まり、土佐町に終わるキャラバンだった。ふと「南国土佐を後にして」という、ペギー葉山が歌って流行した歌を思い出した。そうだ、明日はまた、南国から土佐のエリアを後にして、次の土地にキャラバンを行う予定なのである。

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7月10日(日) 求めしは 真の俳句と ポックリ死 まっすぐな道は やっぱりさみしい

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 四国人間論ゼミの日。今日のテーマは、「種田山頭火の人生と俳句」。
 種田山頭火は、明治15年に生まれ、大正15年に流浪の旅に出、昭和15年にこの世を去った。節目が全て15に関係する人生であった。自由律俳句の最もよく知られた俳人である。代表句には、「分け入っても分け入っても青い山」や「鴉鳴いてわたしも一人」といったものがある。本物の俳句を生涯かけて追い求める中で、自分の心の中に生まれてくるものを一定の形式の中に押し込めるということを否定するところから、自由律の俳句作りに取り組むことになったのではないかと私は思う。一途に俳句の道を追い求めた人生であった。
 そして同時に、山頭火が人生の中で強く求めたのは、自分の人生の最期は、だれにも迷惑をかけない死でありたいいうことであった。人一倍寂しがり屋でありながら、人一倍孤独を求めた。その葛藤の中から生み出されてくる俳句に、今も多くの人々の共感が生まれているといえそうである。
 彼の俳句をもう一つ。「まっすぐな道でさみしい」。これには、強く山頭火の心象風景が描かれていると思う。人生を単純にまっすぐに生きようとした山頭火。そこに言い知れぬ寂しさを覚えているのは、私だけではないだろう。

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7月9日(土) 民主党 上から下まで 言葉のダンス 息が合わずに トラブルばかり

 この日、民主党全国幹事長・選挙責任者会議が開催され、地方組織からは、現政権に対する厳しい批判の声が次々に出されたということである。その主な批判は、原発問題では、閣内不一致の問題、そして内閣全体としての今後のエネルギー政策をめぐる基本方向が不明確という点もあったようである。そして政権運営をめぐっては、少し前に辞任した松本・前復興大臣辞任をめぐる任命責任の問題や、政府と党の間の意思疎通の不十分さなどが指摘されたようである。

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 私は、その会議の様子をテレビ画面上で見ただけであるが、言葉が噛み合っていないという印象であった。それぞれがそれぞれの言い分を語っているだけで、相手の言うことに真摯に耳を傾ける姿勢もなければ、そこから何らかの建設的なものを生み出していこうとする責任感もない。ただ、言葉を使って、例えばダンスに興じている様な印象であった。
 しかも、全然息が合っていない。第一次世界大戦後の戦後処理をめぐって、フランスでベルサイユ会議が開かれたとき、「会議は踊る」という表現がなされたが、今回の民主党内の様子を見ていると、踊りにさえなっていないと言わざるを得ない。せめて踊るのならば、基本的なステップぐらいは共有して踊ってほしいものだ。そうしなければ、見ている側も、何が何やら全然わからないという欲求不満がたまってきて仕方がないのである。

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7月8日(金) 人物は 目先で評価は 出来ぬもの ならばお前さん 自分を生きよ

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 高津人間論ゼミ。テーマは「勝海舟の人生と言葉」。
 勝海舟は、言わずと知れた、幕末期から明治初期にかけて日本の中枢にいて、新時代への移行に大きな仕事を成し遂げた人である。昨年放映された「龍馬伝」では、武田鉄矢がこの勝海舟を演じて好評であった。
 今回どんな点に関心を持って論じたかといえば、あの激動の時代に、多くの人たちが目先の事件や問題に幻惑され振り回されていたなかで、なぜ、元々は下級武士にすぎなかった海舟が、異例の昇進を遂げ、しかも、信念を持って国を動かすことになったのかという点であった。おそらくは、その答えというのは、あまりに当り前の表現であるかもしれないが、海舟が深い見識を持ち、時代を貫く視点を持っていたという点にあるだろうと思う。
 その海舟の最も基本的な生きざまを表現した言葉は、この言葉であろう。「行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張、我に与らず」と。つまり、いついかなる時も、自分の主体性に基づいて生き抜け!という言葉である。そして、人の評価などというものは、十年もたてば全然違うものになるのだから、全くあてにする必要はない。そんなものよりも、現実を自分自身でしっかりと見つめ考えて生きることが大事だということだ。

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7月7日(木) 原発が燃えて 暑い

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 九電のヤラセメール問題が、ますます大問題になってきている。加えて、昨日、海江田経済産業大臣が正式に発表した全原発を対象とするストレステスト実施問題が、全国各地の原発再稼働問題に大きな影響を与え、この夏の電力需給問題に暗い影を投げ掛けている。さらに、電力使用節約の呼び掛けの中で、自宅のクーラー使用を手控える人が多くなり、この夏は熱中症患者が増えているという報道もなされている。
 いろいろな問題が噴出している現状であるが、その原因を探っていけば、言わずと知れた福島第一原発の問題に行き着く。大地震と津波によって破壊された原子力発電所から漏れ出した放射性物質が、周辺地域に深刻な問題を生み出している。そしてこの問題は、日本人の気分にも大きな影響を及ぼし、さまざまな社会現象にも結び付いてきているようである。
 そんなことを万感含んで、詠んだのが、今日の短歌。実は、今度の日曜日には、四国人間論ゼミで「種田山頭火の人生と俳句」をテーマに話すことにしていて、最近山頭火の本を読むことが多くなっているが、その流儀でいけば、自由律の俳句・短歌として、日本の現状を、こんなふうに表現できるんじゃないかと作ってみたものである。いかがであろうか。

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7月6日(水) 九電の ヤラセメールが 問題になっているが そもそも国民の 声って何だ?

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 この日の夜、九州電力の真部社長が緊急記者会見。先月26日に放送した番組において、九電側が子会社に対して、原発の再稼働に賛成する内容の電子メールをこの番組あてに送るように依頼していたことを認めた。これに対して、政府関係者や立地地域住民は猛反発。ヤラセメールを番組に送ることによって、番組で紹介する国民の声がゆがんだ形になってしまったことは、言語道断と批判した。
 この論理は、わからないわけではない。今回の問題は、いま停止中の原発を再起動するかどうかをめぐって作られた番組であるから、裁かれる立場に置かれている電力会社が意図的にその番組の流れを誘導したということには、確かに違和感がないわけではない。しかし、様々な人が、言葉を極めて九電の行為を批判している姿を見ているうちに、何か変だという気持ちがしたのも事実である。それが何かといえば、ならば電力会社が意図的にヤラセメールを送り付けるように工作さえしなければ、本当に国民の声をきちんと拾い上げることができたのだろうかという疑問である。メールやFAXで安易に不特定多数の意見を集めて、これが国民の声だと紹介しているのは何か違うのじゃないかと思ったのであった。
 せっかくの問題提起である。この機会に、国民の声をどうすればより正確に集めることができるかという議論もあってよかったのではないかと思う。

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7月5日(火) 人形の 頭を次々 取り換えて 俺は総理と 胸を張る人!

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 この日の朝、自らの発言が問題になっていた松本龍・復興担当大臣が辞表を提出。その後任には、これまで副大臣として被災地復興問題に対応してきた平野達夫参議院議員を任命。松本氏が、注目される新設大臣ポストに就任して、わずか9日間での大臣交代という事態になった。
 この点は、昨日のイラ短でも書いたように、松本大臣の発言は、表現としては確かに行き過ぎた部分もあったが、基本的には辞任を迫られるほどの問題ではなかったというのが私の認識である。それなのに、こんな形での辞任に結びついたのは、私の想像であるが、裏に菅総理の意向があったということではないかと思う。どうも総理の頭の中には、自分はこれほど知恵を出し努力をしているのに、物事がうまく動いていかないのは、周りの人間のせいだという考えがあるのではないかと思う。だから、何らかの問題が起こり、世論の批判を受けると、その問題を起こした人間を自分の足を引っ張る人間と考えて、すぐに首をすげかえようとするのではないだろうか。
 菅総理は、見かけは民主的人間を自己演出しているが、実は非常に権力的な人間ではないかと思う。部下の首をすげかえては、俺はこんな権力を持っているのだと裏で胸を張っているような印象を私は受けるのであるが、いかがであろうか。

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7月4日(月) ニュースでの 政治報道 聞いてると 馬鹿馬鹿しさに 涙こぼるる

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 朝から、松本龍・復興担当大臣の発言が、ニュースとして報じられている。何でも、前日に岩手県と宮城県を訪問したときに、それぞれの知事に対して、命令口調で被災者の心を逆なでするようなことを語ったということである。
 テレビ画面に登場するそれら発言を私も聞いてみたが、「あぁ、松本さんらしい直截な発言だな」と思った程度で、私自身は、さほど大問題にする発言ではないと感じた。おそらくは、松本大臣にしてみれば、男気のある人でもあり、日本史上に残るような大災害に対して、後藤新平が行ったような復興の責任を見事に果たさんと、少し肩に力が入りすぎたということではなかろうか。
 しかし、マスコミ上で報じられる声を聞いていると、とんでもない暴言と評されていた。それに違和感を感じ、新聞紙上に紹介された発言要旨をあらためて読んでみると、合点がいった。実は、テレビ報道では紹介されていないが、松本大臣は、自らの発言に対して、マスコミに向かって「今の部分はオフレコな。書いた社はこれで終わりだから」と発言していたのである。要するに、このようなマスコミに対する脅しともとれる発言に対して、マスコミ側が、野党や被災者を巻き込んで反撃を加えたということなのではあるまいか。
 政争も馬鹿馬鹿しいが、マスコミ報道も馬鹿馬鹿しい。涙が出そうな気持になった。

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7月3日(日) 肉牛も 労働権を 主張せり 赤旗背にして 動かざりけり

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 愛媛県西予市城川町に古くから伝わる奇祭「どろんこ祭り」の日と聞いていたので、この地へのキャラバンを決行。
 この「どろんこ祭り」は、土居三嶋神社の御田植祭りであり、田植えが終わった喜びを神に感謝し、五穀豊穣と無病息災を祈る素朴でユーモラスな田休み行事と言われている。明治14年か15年ころに始められたらしい。
 以前から、この祭りを報じるテレビを見たり、いろいろな資料を見ていたので、いつか機会があればと考えてきたのだが、開催日が毎年7月の第一日曜日であり、議員在職中は様々な行事への参加があって、なかなかここに足を向けるわけにはいかなかった。今回、ようやくにその思いを果たした次第であるが、実際に行ってみると、神社の鳥居前にある小さな田がその舞台であり、そこで牛による代かきや、畦に大豆を植える若者たちが泥だらけになってふざけ合う活劇、また泥まみれになる神楽など、とても興味をそそられる祭りであった。美しい自然の中で、太鼓による単純なリズムが刻まれている。その中で、それに合わせ演じられる泥まみれの取り組み、いつしか見ている私たち自身が、その自然の中に、悠久の時間の中に溶け込んでいくような気持ちになった次第である。
 愛嬌だったのが、代かきをする牛たち。地域で肥育している肉牛を動員してこの祭りに登場させているのだそうだが、すぐに疲れて動かなくなる。赤旗を背にしてストライキしている牛を見ていると、何だか労働権を主張している気がした次第。

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7月2日(土) 終日を 妻の実家で 過ごしけり 玉野でたまの たまらん時間…

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 昨晩の岡山人間論ゼミの後、妻の運転で玉野市の妻の実家に行き、泊めていただく。
 朝起きて、朝食をとった後、妻が生まれ育った玉野の町、特に山田という地域を見てほしいというので、一緒に各地を見て回る。まず最初に訪れたのが、金甲山。瀬戸内海の島々を展望することのできる山頂には、展望台があって、そこから辺り一帯の景色を見回す。この日は残念ながら、雨ではなかったが雲が垂れこめているような日であったので、遠くの島々は霞んでいてほとんど見えなかった。しかし、緑一色の中のドライブは快適であった。それから、昔の塩田関係の遺跡や工場の様子を見て回り、戻ると、今度は、実家近くの散策と墓参り。新居浜の橿樹舎に、そのシンボルとなる樫の木を植えたいと考えているのだが、その林の中で育っている苗木を見て回った次第である。とてものどかな土地で、妻のスローな時間感覚が理解できるような風土であった。
 そして、遅い昼食の後も、家族と話をして過ごした。ようやく夕刻になって、実家を辞して、新居浜に戻ってきた次第である。
 とてもゆったりと流れていた時間であった。自然とともに生きている人々の息づかいを感じる時間であった。めったにない豊かな時間であったと思う。

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7月1日(金) 岡山の 人間ゼミの 祝賀会 結婚いかにと 語りかけたり

 午前中、門真市のパナソニックの生産革新本部を訪問。ロボット事業推進センターの責任者と、これからのソーシャルロボット展開について、意見交換。その後、松下歴史館を訪れて、松下幸之助思想について学ぶ。さらに、梅田に出て、最近完成した「大阪ステーションシティー」の様子を見て回る。それから、新幹線に乗って、岡山駅へ。

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 実は、この日夕刻から、岡山人間論ゼミのメンバーが、私たちの結婚祝いを兼ねた人間論ゼミを開催して下さることになっていたのであった。それは、妻が、この岡山人間論ゼミのメンバーであったからである。開会時刻は、午後7時。当初は、1時間くらいまず「現代の活学としての儒学」をテーマに、お話することにしていたが、考えてみれば、参加された皆さんは、一日働いてお腹をすかせこの会場に駆けつけて下さった方々である。あまり長話は無粋なことと考え、このテーマに触れるだけは触れたが、むしろ、私たちが結婚に至る経緯を報告し、またこの夏に催行する予定の中国旅行の考え方をご紹介し、約30分で話を閉じた。
 それからが、酒を交えての懇親会である。和気が満ちあふれる楽しい会になったのではないかと思う。
 結婚して約3ヵ月になるが、それまで別の場で生きてきた二人が突然に一緒に生活を送ることから生まれてくる誤解や摩擦もいろいろとあった。しかし、それも一興である。面白がりながら生きていくのが人生。そんな気がする。

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