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8月31日(水) 降りしきる 雨よ涙の 剣山 人生節目に 凌ぐ絶頂

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 家族3人で、徳島県の剣山に登山する。台風が接近しているせいか、雲行きは怪しいが、天気予報を見る限り、とりあえず今日はまだ大丈夫だろうと、決行。
 剣山は、標高が1,955m 。関西で、石鎚山に次ぐ第二の高峰である。古くから霊山として知られている。とはいっても、標高1,700mまでは、リフトが整備されているので、最後の標高差約250mを登ればいいだけである。したがって、特別の登山装備は必要なく、普段着と日常使っている靴で挑戦する。しかし、山の天気は変わりやすいもので、山頂近くに辿り着いた時、大雨となった。準備していたビニールの簡易合羽をかぶって、山頂を目指す。まもなく、なだらかな山頂に到着。風が強く、ガスが出ていて、視界は100m程度。まったく周りの景色は見えなかった。
 そこで思い起こしたのが、少し前に訪れた中国・泰山について杜甫が詠んだ「望嶽」の詩。泰山を称えた上で、「いつの日か、必ずこの山の絶頂を極め、周囲の山々を一望に見回して、それら山々を小さい山だと見下してみたいものだ」という詩である。私は、心の目で、周りの山々を見回した。私の誕生年が、西暦1955年。剣山の標高年である。この悪天候の中で、この登山の意義を考えていたのであった。
 時丁度、私の在野生活2年、その最後の日のことであった。

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8月30日(火) 党人事 見れば虎穴に 入りたるか 死の覚悟こそ 生きる道なり

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 前日に民主党代表に選ばれた野田君は、さっそく今日、衆参両院本会議での首相指名選挙で、第95代首相に選出された。そしてその後、党人事に着手。党幹事長には、輿石東氏、政策調査会長には、前原誠司氏、そして国会対策委員長には、平野博文氏を選任した。報道では、特に幹事長人事について様々な論評が出されていたが、私も、この人事には正直驚いた。党運営の要に、小沢一郎氏に極めて近いと言われている輿石氏をあてて、深刻な対立関係に陥った時に、果たしてどう対応するつもりなんだろう、と危惧をした。
 しかし、ひょっとしたらこれはとてもいい人事かもしれないと考え直した。それは、現在の民主党の中には、かなり根深い対立があるのは事実であり、野田君が総理として、また民主党代表として、何かをしようとした時に、党内に波風が立つのは避けられない。ならば、その対立関係を代表する人たちを最初から執行部に入れておいて、執行部内で議論し調整した方が、問題に早く結論を出すことができるということになる。その前提が党内融和であるが、それが党内で共有されている以上、どの勢力も議論を避けることはできない。
 ふと頭に浮かんだのは、中国の故事でいうところの「虎穴に入らずんば虎児を得ず」の教えである。これからの先行きがどうなるかはとても見通せるものではないが、とりあえずはなかなか大した手を打ったものである。

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8月29日(月) 野田君が 民主のトップに 選ばれり ドジョウ政治だ 劉備玄徳

 菅直人首相の退任に伴う民主党代表選挙が、党所属国会議員によって行われた。5名が立候補する選挙であったが、二回目の決選投票で、野田佳彦候補が、小沢一郎氏の支援を受けた海江田万里候補を約40票差で破り、民主党新代表に選出された。
 実は、もうご存じの通り、野田氏は、松下政経塾の第一期生。私の同期生である。寮では同室になったこともあるし、私が昭和58年に初めて愛媛県議選に挑戦した時には、約8ヵ月にわたって、住み込みで応援にあたってくれた。その後は、所属政党も異なり、政策的な面でも関心事が違っていたので、ともに仕事をする場面はほとんどなかったけれども、今も、私が最も信頼している同期生である。

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 彼は、代表選の演説でも話していた通り、決して見栄えがいい政治家ではない。また才能がほとばしり出るような政治家でもない。本人が言うとおり、泥臭く地道にこつこつと歩んで行こうとするタイプの政治家である。その生きざまや考え方は、中国の三国志でいえば、劉備玄徳ではなかろうかと思う。特に何かが際立つというわけではないけれども、いつの間にかその人徳を慕って、多くの人が周りに集まってくる。そんなタイプである。活躍を心から期待したいと思う。

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8月28日(日) 子どもには 能力伸ばす 時期ありと 教育なせるは モンテッソーリ

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 教師人間論ゼミの日。テーマは、「モンテッソーリの教育思想と実践」。
 モンテッソーリは、イタリアの教育思想家。若いころは、医師になることを目指してローマ大学の医学部に進学。イタリア初の女性医学博士号を得るが、当時は日本の歴史でいえば明治中期。イタリアでも女性差別の時代であり、一般病院には就職ができず、やむなく精神科医となる。そこで、精神障害を持つ子供への治療教育を行ったところ、一定の成果を上げることができ、そこでその教育法を幅広く展開。さらに、医師をやめ、教育や哲学、生理学や精神医学などの研究に没頭する中で、のちにモンテッソーリ教育と呼ばれる独自の幼児教育方法を確立した女性である。
 彼女は、子供たちが「自分の興味から始めて、やればやるほど楽しくなり、なおかつ心の傷が癒え、最後にはきちんと力が付いている教育」を実現するために、生涯通じて力を尽くした。そのポイントは、人は幼児期、自分の様々な能力が飛躍的に伸びる時期がそれぞれにあり、その時に、自らが強い興味や関心を持つことに集中して取り組ませることが、最もその能力を伸ばし、また情緒を安定させる教育方法であるというものである。
 現代日本教育において、一考すべき問題提起があるように感じた次第。

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8月27日(土) 今回も まだまだ動かぬ マグマかな 社会は確かに 動いてるのに

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 「四国マグマ・アカデミー」の日。四国の大地奥深いところで巨大なエネルギーを秘めたマグマを育ててみようと企画し取り組み始めた活動であるが、残念ながら、今回も参加者は2名。このような新しい取り組みは少しは広報や啓発もしなければならないだろうと、関係者に若干の働き掛けもしてみたのであるが、今のところその効果は現われていないようだ。
 一方で、社会の現実は、日々激しく動いている。政治も経済も社会も、あっという間に過去は否定され、新しい未来を待望する声が満ちあふれている。その変化の中で求められているのは、新時代のビジョンであり、そのビジョン実現のために働く人材である。その役割を担わんと取り組んでいるマグマ・アカデミーであるが、まだまだ現実問題との接点が十分に認識されていないということであろう。
 しかし、すぐに目の前で成果が示せる程度の取り組みでは、とてもこの混迷の時代に道を示すことはできない。もっともっと深いところに発して、時が至った時に一気に爆発するような巨大なエネルギーを、時間をかけて養っていかねばならない。そんな目に見えにくい取り組みこそが、今の時代の要請である。だから、じっくりと腰を据えて、取り組んでいかねばならないと改めて考えた次第である。

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8月26日(金) 菅総理 執念燃やせし 法案の 成立により 潮の退きゆく

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 太陽光発電や風力発電などによる再生可能エネルギーによる電力の買い取りを電力会社に義務付ける「再生エネルギー特別措置法案」が、この26日、参議院本会議で全会一致で可決、成立をした。この法案では、電力会社が、その電力全量を発電側に有利な固定価格で買い取る代わりに、それに要する費用を「賦課金」として家庭や企業の電気料金に上乗せするとしていて、再生可能エネルギー開発の技術革新を促し、原子力発電への依存度を引き下げる効果が期待されている。しかしその一方では、電力コストの高騰を招く懸念がぬぐい切れず、長期的に日本にとって、吉と出るか凶と出るか、判断が困難な部分も残っている。
 ともあれ、これで菅総理が退陣の三条件とされたものが、すべて満たされた形となった。そこで、菅総理は、この日、正式に退陣を表明。早速、翌27日には、民主党代表選が告示され、29日にはその投開票が行われるというスケジュールが動き始めた。これまで長い間、総理が辞めるのか辞めないのかともどかしい気分がまん延していた永田町であるが、これで一気に状況が動き始めた様子である。
 菅政権は、あっという間に過去に流されていくことになるだろう。政治家にとって、何とも儚い時代である。

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8月25日(木) 中国の 軍事報告 マスコミじゃ 小さな報道 大きな疑問?

 アメリカの国防総省が、中国軍事動向に関する年次報告書を公表。それによれば、ウクライナ製の空母「ワリャク」が来年末にも正式に就航すると同時に、中国初の国産空母も4年後に就航する可能性があるとの見通しを示し、中国軍が艦船の近代化を推し進め、海洋進出を進めようとしていることに対する懸念を表明した。また、アメリカ政府をはじめ世界中で多くのコンピューターがサイバー攻撃を受けているが、その発信地が中国であることに対して、警鐘を打ち鳴らしている。さらに、中国の国防費が、公式発表では7兆円 程度とされているが、実質的には12兆円余りではないかとの推計も示されている。

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 中国が、特に海洋進出に備えた軍備を近代化し、増強していくことは、日本をはじめ東アジア諸国との摩擦を増大させるものであり、長期的に見て、日本にとって大きな脅威になりかねないものである。
 しかし、その脅威に対する日本のメディアの扱いは、あまりに小さく、また表面的に論じるだけのものであった。政界内部の瑣末な問題に対しては、大々的に報じるメディアが、国の重大問題に対して、なぜこの程度の記事しか書けないのだろう…。私の大きな疑問である。

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8月24日(水) 日本の 国債格下げ 聞きながら 何とも感じぬ 自分がくやしい

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 アメリカの格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは、24日、日本国債の格付けを従来の「Aa2」から一段階引き下げて、「Aa3」とした。ムーディーズによれば、最高位の「Aaa」には、米国、フランス、ドイツ、英国、オーストラリア、カナダがあり、それに続く「Aa1」には香港、「Aa2」にはイタリアとスペインがあり、今回日本国債が格付けられた「Aa3」には、ほかに中国と台湾があるという。つまり、主要先進諸国の国債の中では、最下位ランクに位置付けられたと言っていいだろう。日本が先進諸国痛で最悪の財政状況が続いていることがこの引き下げの理由であり、さらに、日本においては首相が次々と交替しており、一貫した財政状況改善の取り組みが困難であるという見方も、この引き下げの理由になったと説明しているようである。
 実は、この財政問題にかかわる日本の国にとって基本的かつ重大な問題であるにもかかわらず、私は、この報道を聞いて、少しも心を動かさなかった。少し前にスタンダード&プアーズが同様の引き下げをしていたこともあるが、もう自分がジタバタしてみたところでどうしようもないことだとの諦観が心に宿っているせいでもあろう。そのことに気づき、悔しい気がしたのであった。

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8月23日(火) 帰国の日 ニュースの話題は リビアにて カダフィ政権 崩壊せしこと

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 朝早い便で、北京空港を出発。日本に帰国。
 その機中では、慌しく駆け巡った今回の旅を振り返ってみた。大連・旅順に始まり、山東省の済南、泰安、曲阜を巡り、最後は北京であった。実質的にはたった4日間の旅に過ぎないが、もうずいぶん長い期間、旅を続けてきたような不思議な気持ちであった。それだけ多くのことを感じ考えてきた旅であったということであろうか。
 私たちの飛行機は、途中で大連に一度着陸し、そこで中国の出国手続きをせねばならなかったので、少し時間がかかったが、それでも昼過ぎには、岡山空港に着陸。一連の旅をすべて終了した。トラブルのほとんどない良き旅であった。関係者に感謝をしたい。
 帰国してみると、テレビや新聞では、リビアのカダフィ政権の崩壊を報じていた。不思議なことに、これが遠くの国の出来事と感じられなかった。このしばらくの中国の旅の中で、頭の中が国際的な感覚になっていたということであろうか。地球社会が、ずいぶん小さく感じられ、世界各地の事件が、すべて自分と関わりのあるものだという気がしたのであった。

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8月22日(月) 北京にて 研究者らと 日本を 語り合いたり 旅の最後に…

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 曲阜で、午前中に少し自由行動時間があったので、街中を妻や娘と散歩。論語の石碑公園まで行ってみたが、どうも裏口に行ってしまったようで中に入れず、時間切れ。急ぎ輪タクでホテルまで戻る。
 曲阜から北京への移動は、高速鉄道。少し前に高速鉄道の大事故があったばかりで、懸念はあったが、こういう時期にはかえって安全対策が施されていて安全なのだと決行。静かで揺れの少ない車体であった。また、明るく近代的な駅舎であった。中国が高速鉄道に対して膨大なエネルギーを投じている様子がよく分かった。
 北京では、まず盧溝橋を訪問。昭和12年に、ここで夜間演習中の日本軍守備隊に対して、発砲があったことから、日中両軍が衝突。日中戦争が本格化し拡大することになる、そのきっかけとなった場所である。ここでは、その盧溝橋事件に思いを巡らせた次第である。
 そして、夕刻には、北京市内にある中国社会科学院・日本研究所を訪問。そこで、「中国から見た日本」をテーマに、意見交換。さらに、懇親会で親交を深める。多くの研究員が参加してくださり、有意義な時間であった。
 私たちは、海外に出掛けてこそ、自分の国のことがよく分かる。旅の最後にあたり、そんな貴い時間を持つことが出来た気がする。

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8月21日(日) 曲阜にて 儒学のルーツを 訪ねけり 今もアクティブ 孔子の心よ

 孔子の故郷、曲阜での一日。午前中に、世界遺産に指定されている「三孔」の見学。つまり、孔子をお祀りする場である孔廟、歴代の孔子の子孫の生活の場であった孔府、孔子一族の墓である孔林を次々に見て回った。その途中には、孔子の一番弟子と言われた顔回を祀っている顔廟にも行ってみた。
 そして午後は、孟子に関する同様の場所、孟廟と孟府、さらに、孔子が生まれたとされる尼山まで足を伸ばした。

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 ガイドによれば、これまでいろいろな日本人観光客を案内してきたが、一日でこれだけ多くの場所を精力的に回ったグループは初めてだと目を丸くしていた。
 なお特筆すべきは、私たちは、ただ単にこれら遺跡を見て回ったというのみならず、孔廟の大成殿前では、参加者一同で論語の素読を行ってみたり、顔廟の楽亭という音楽を演奏する場所で、一緒に歌を歌ってみたり、少しでも孔子をはじめとする儒家の皆さんの気持ちに近づけるように、工夫を凝らしてみた次第である。
 これらの取り組みを通して、儒教精神の根っこに少しでも近づくことができたとなれば、遠路はるばるやってきた価値があったということになろう。孔子の心を現代にもアクティブなものにしてみたいと考えたものである。

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8月20日(土) 泰山に登りたり 岱廟を見学せり 最後は 巨大舞台を観賞せり

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 泰安市での一日。朝一番、ホテルを出発して、一路泰山へ。この山は、中国の王が、天と地に即位を知らせ、天下の太平を感謝する封禅の儀式が行われる山としてよく知られ、道教の聖地である五岳の中で、最も尊い山とされている。山頂の標高は1,545m。1987年にユネスコの世界遺産(文化遺産+自然遺産)に指定を受けている。
 この山は、環境保護と交通渋滞防止の意味で、一般バスはふもとのバスターミナルまでしか行けず、そこからは専用の小型バスに乗り換え、さらに途中からロープウエーに乗って、山頂近くまで登った。すでに数多くの人たちが山に登ってきていた。ここは、古い時代から多くの人が心を寄せてきた霊山であり、さまざまな寺院が建てられ、数多くの石碑も建立されていた。古い時代から中国の人たちのこの山に捧げた祈りとは一体いかなるものであろうかという問題意識の中に、五感を総動員して、感じ取る努力をした次第である。
 昼過ぎに下山。昼食後、泰山に登る皇帝が滞在するための施設、岱廟や登山口周辺部の見学なども行った。そしてこの日の夜は、自然の山を生かした巨大舞台での演劇「封禅大典」の観賞。幅50m 、高さ50m もあろうかという巨大な階段状舞台で、古い時代からの王たちと泰山の結びつきを舞台化した作品であった。近代的なデジタル技術も駆使した、とても印象的な舞台であった。

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8月19日(金) 爾霊山 記念碑前で 参加者と 戦死者悼みて ふるさと歌う

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 昨日夕刻、大連空港に到着。成田空港から飛来したメンバーと合流して、まず大連市内の車中観光。そしてその後、大連名物の海鮮料理店で旅の結団式。宿泊は、かつての大和ホテル、現在の大連賓館であった。
 今日は、朝早くから旅順に向かう。昨年も訪問したが、今回初めてという参加者も多かったので、改めて訪れた次第である。旅順港を見下ろす白玉山、激戦が展開された203高地、東鶏冠山などを訪ね、その後、昼すぎの航空機で、山東省・済南空港に向かう。とても慌しい旅順巡りであった。
 しかしそれでも、心に残る訪問であった。特に、203高地では、「爾霊山記念碑」前で、参加者一同で、ここで戦死した兵士達の望郷の思いに対して、日本の歌「ふるさと」を歌った。私がハーモニカを吹き、みんなで声を合わせて歌った。涙をこぼす参加者もいた。歌の力を、改めて感じた次第であった。
 済南では、少し前に建設されたばかりの「山東省博物館」を訪れる。孔子に関する展示室も備えた、とても立派な博物館であった。山東省の歴史について、ここで概要を把握することができた。ここで、大阪や福山からの参加者とも合流。
 中国の旅、まずは順調なスタートである。

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8月18日(木) 中国へ 5泊6日の 旅に発つ 日本政治の 混迷を背に!

 中国旅行出発の日。岡山空港を昼過ぎに発つ航空機で、中国・大連に向かう。これから五泊六日の旅である。日本各地からの参加者が、大連空港や済南市で合流して、総勢34名で、中国の霊峰・泰山や、孔子や孟子が生まれ育った儒学の故郷・曲阜などを訪ねることにしている。

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 この旅の目的は、 ①曲阜では、儒学の源流を訪ね、その現代的意味を求める、②泰山では、中国人の心に触れる、③旅順、済南、北京などで、日本と中国が交わる歴史を学ぶ、④現代中国の実態を観察する、⑤中国から、現代日本を考える、という5つの項目を挙げた。こんなに語ると、ずいぶん大仰な旅のように思えてくるが、所詮は、実質4日間の短い旅である。それぞれ入口の問題意識を持てればいいという程度の旅しかできないだろうと思うが、それでも思いを大きく持って旅した方が、より充実した有意義な旅になるだろうと考えた次第である。
 日本の国政は、相変わらず混迷の中にある。そんな時だけに、外国から日本を眺めてみることに一定の意味がある、そんな気がした旅立ちであった。

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8月17日(水) 事故せしは 天龍名物 川下り 操船ミスとや あぁそうなんだ!

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 この日、午後2時15分ごろ、静岡県の天竜川で、23人が乗った川下り船が岸壁にぶつかって転覆。死亡者も出る事故となった。この船には、船首と船尾にそれぞれ8年目と3年めの船頭が乗っていたということであるが、天候などには問題がなかったようで、ベテラン船頭の操船ミスによる事故と考えられているようだ。加えて言えば、このような事故に備えて、救命胴衣が準備されているが、それが着用されていなかったことにより、死傷者を出す事態が生じたとも言えそうである。いわば、関係者の油断が生み出した事故ともいえそうだ。
 深刻な事故というのは、多くの場合、こんな形で起こるものだと思う。想定外の事故といえば、福島第一原発の事故が思い起こされるが、想定によればこんな事故は起こり得ないという安易な思い込みとそこから生まれてくる油断が、甚大な事故を生み出してくる。新聞を見ていると、この日、北海道の高橋はるみ知事が、定期検査の調整運転が長期化していた泊原発三号機の営業運転再開を認める判断をしたと報じられていた。くれぐれも、油断のない運転再開をしてほしいものだと思う。

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8月16日(火) お盆なり 先祖供養の 墓参り 仕事の合間に 駆け巡りたり

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 今日も、OAK・TREE誌の執筆と修正、編集作業に追われる。朝から夕刻まで机の前に張り付いての仕事である。
 そして、夕刻より、墓参りと中国旅行のための買い物。お盆とはいえ、なんだか気忙しく一日の時間が通り過ぎていったような気持である。
 しかしそれでも、墓の前にたたずんだ時には、悠久の時ということと、その中を生きていく命の流れを感じることができる。今は亡き人との思い出の中に、目の前のことを離れて人生全体に思いを巡らせる気持が生まれてくる。墓参りというのは、生きている人にとっては、そんな日常生活を離れた時空間に身を置く儀式なのかもしれない。
 私たちの人生は、数多くの人たちとの交わりの中にある。そしてその中で、私たちは、様々のことを思い、考え、時には悩み苦しみ悲しみながら、生きていくこともある。しかしそれらすべてを含めて、今の私たちがあるのだ、そんなことを感じさせられる尊い時間である。人間が、長い時間軸の中で、総合的に、そして根本的に自分の存在を考える大切な日なのかもしれない、そんなことを考えた次第である。

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8月15日(月) 終戦の 日には池田の 阿波踊り 在野に生きるは 幸福なれり

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 8月15日は、終戦記念日。この日は、議員在職中には、愛媛県主催の戦没者追悼式をはじめとして、各地の慰霊行事に参加するのが慣行であり、朝から忙しく駆け巡っていたものである。しかし、バッジを外せば、その案内もないので、終日机の前で仕事をする。特に、この夏は18日から中国への旅を予定しているので、その前にOAK・TREE9月号原稿を出稿してしまおうと、朝から力を入れて執筆や修正作業に取り組む。
 そして夕刻から、娘とともに、徳島県三好市の阿波踊りの見物。祭りも、話題が豊かな祭りは、年々華々しくなり多くの人を集めている半面、話題性に乏しい祭りは、年々衰微していると聞いていたので、池田町の阿波踊りはどんな具合だろうと、様子を見に行ったのである。訪れてみると、確かに少し寂しい。しばらくその祭りの様子を見て、それから、近所の温泉に入って、帰宅した。
 なんということもない一日であるが、幸福感に満ちた一日であった。在野に生きる自由さというものは、何ものにも替え難い尊い時間を与えてくれるものだと思う。

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8月14日(日) 中国は やっぱり大きく 揺れている 権利の主張が 常態化せり

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 中国東北部の大都市・大連市で、住民の大規模デモが発生したと報じられる。この地区にある化学工場の閉鎖を求めるデモであった。「大連を返せー」とシュピレヒコールを叫ぶ若者の姿が、テレビ画面で紹介されていた。
 このデモは、当初は、化学工場問題の解決を求めるデモであったようであるが、段々とエスカレートする中で、政府官僚の腐敗問題なども取り上げられるようになり、政府は慌てて、住民要求をその日の内に受け入れて、化学工場の閉鎖と撤去を約束したということである。中国にしては、異例の対応であると報道は伝えていた。
 少し前に起きた高速鉄道事故対応にしても、また今回のこのデモへの対応にしても、確かに中国は変化していると思った。圧倒的に政府と共産党組織が強力であり、住民要求をただ圧殺していたという時代から、もうそれだけでは対応できない段階に入ってきているということだろう。その背景には、自由に情報をやり取りできる情報ネットワークの進歩もあるだろう。留学や外国勤務の中国人が増加する中で、外国の価値観が社会に浸透している現実もあるのだろう。また、大国となってきた中国に対する、諸外国からの厳しい目も圧力になっているのだろう。
 ともかく、今、中国は揺れている。この国民側から生まれてきた強い権利主張に対して、これから中国はどう動いていくのだろうか、興味深い点である。

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8月13日(土) 不義理して 心残りの 仏たち 思い出尽きぬ 新盆参り

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 新盆参りの日。昼前から、娘を運転手にして、各地を回る。
 新盆というのは、忌明けが過ぎて初めて迎えるお盆のことで、昨年夏以来お亡くなりになられた親しかった方々の家を訪ねて、新仏にお参りし、故人を偲ぶのである。私の場合、議員の職を辞してから、支援者の慶弔に関する情報が入りにくくなり、葬儀の時に参列できなかった方も多く、そんな方々を回った次第である。
 政治家をしていると、人間関係は通常では考えられないくらい広いものになってしまう。しかし、それらの方々の中には、単に形式的な付き合いをしていただけの人もいれば、逆に、思いを共有しながら心を許して歩んだ人もいる。形式的な付き合いの場合、バッジを外して以降の人間関係を求めると、かえって相手にご迷惑をかけてしまうこともある。だから、その見極めをしながら、その訪問先を決めた次第である。そうなると、もう新盆にお参りに行く先も、ごく限られた人だけになってしまった。
 政治家というのは、華々しく見える職業であるが、その実、本当に心を許し心響かせながら付き合っている人間というのは何とも少ないものだなと、少し心淋しく思った次第である。

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8月12日(金) 円高が ジリジリ肌焼く 猛暑かな 震災直後の レベルに迫りて

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 日本各地で猛暑日が続く。テレビニュースのトップには、この暑さをめぐる報道が多くなっている。
 また、円高問題も、大きな話題になっている。東日本大震災の直後、急速に円高になったが、その後、日本の窮状に対して、世界各国が協調為替介入を行ったことで、小康状態になっていた。しかし、先日の米国債格付け引き下げ報道の後、再び円は急騰していて、76円台前半まで高くなっている。震災直後の最高値に、もう一歩というレベルである。
 この円高は、日本の経済界にさまざまな影響をもたらしている。日本の製造業は、円高になれば、輸出価格が上昇することになり、国際競争力を失ってくる。そこで、製造業からは悲鳴が聞こえてき始めている。企業によれば、もう耐えられないと、製造拠点を海外に移転するところも続出しているようである。逆に、電力会社などは、原子力発電が停止したままで、コストの高い火力発電所を稼働せざるを得なくなっているのであるが、石油や石炭などのエネルギー資源が安価に入手できることになり、一息ついているところもあるようである。企業それぞれの事情があるようである。
 それにしても、この円高は、真夏の太陽のようなものである。じりじりと肌を焼き焦がすように、日本社会にいろいろな部分に影響を及ぼしていくに違いない。

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8月11日(木) よさこいは マグマが動く 祭りかな 巨大な力が ほとばしり出ず!

 午後、株式会社しゃらくの社内木鶏会メンバー23名が、新宮の「志の道」を案内してほしいとやってくる。そこで、約一時間かけて、「志の道」を一緒に歩く。そしてその後、若葉書院で「志」をテーマに、約一時間のお話をする。
 その会合を終えた後、妻と娘ともども、高知市へ向かう。有名な「高知よさこい祭り」の中日であり、その祭りの様子を見ようと、事前に自由席チケットを手に入れていたのであった。

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 午後6時過ぎから、祭りの夜の部が始まった。この祭りは、踊りを中心にしたものであるが、とてもパワフルである。先導する自動車は、大型トラックやクレーン車を改造したものであり、そこに発電機や高出力アンプ、大型スピーカーなどを積み込み、大音響で踊り子たちを引っ張っていく。その先導車の上には、歌い手たちが乗っていて、パワフルな歌を歌い、また、扇動する。踊り子の数は、チームによって異なるが、50名くらいから200名くらいまでさまざまである。
 私たちは、約2時間半祭りの様子を見ていたが、その場を離れたときには、目の前がくらくらする思いであった。このよさこい祭りというのは、地底のマグマを表現したものだと私は感じた。人々の心の中に宿っている巨大な力が、この祭りの中で一気にほとばしり出ていると感じたのであった。

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8月10日(水) 夏休み ようやく娘が 帰省せり 家族3人 酒飲み談ず

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 ほぼ終日、机に向かい、OAK・TREE誌の執筆。この8月は、お盆を過ぎてから中国に約一週間の旅をするので、その前にOAK・TREE9月号を出稿してしまおうと、その執筆に力を注いでいるのである。おかげで、何とか出稿を済ませてから旅に出ることができそうである。
 この日は、夜になって、娘が帰省。大学の前期の試験が、8月5日まであり、その後も少し友人との約束事があったので、帰省が遅れていたのである。朝早く高速バスで東京から大阪に出、そこからまた高速バスを乗り継いで新居浜に戻ってきたのであるが、その到着が夜の10時過ぎ。体はつらかったけれど、新幹線を使って帰ってくるのに比べると、費用が半分で済んだのだそうだ。わが娘ながら、なかなかしっかりしていると思う。
 娘は、この春休みには、一緒にヨーロッパを旅した後、約束があるからと上京。その関係で、私が突然に4月に結婚してから初めての帰省ということになる。そこで、この夜は、戻ってきた娘を含めて家族3人、一つのテーブルを囲んで、酒を酌み交わし、あれやこれやと語り合った次第である。ほのぼのとした家庭、その良さを感じた時間であった。

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8月9日(火) 砥部町の たんぽぽ堂を 訪ねたり 真民さんの 朴の葉頂く

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 松山市に用事があって出かけた後、隣町の砥部町に行く。砥部町役場で、中村剛志町長にお会いして、いろいろな意見交換。中村町長は、人の心を重視した町政を展開している方で、私とも思いが通じ合うものを持っている方である。
 その後、後半生をこの砥部町で過ごされた詩人、坂村真民さんのお宅を訪ねる。重信川のほとりの住宅団地の中に、その建物はあった。先生没後は、その娘さん夫婦が住んでおられる。その家の隣に、この地に移り住まわれた時に建てた古い家も残っていた。せっかくなのでその家も見せていただいた。そして、その家の外に出てふと見ると、目の前に大きな葉っぱをまとった一本の木があった。朴の木であった。真民さんが一番愛した木である。天に向かって力強く伸びゆく木として、この木を愛すると、詩に書いてあったと思う。
 真民さんがもう一つ愛した植物は、タンポポである。地面に張り付くように生えていて、人に踏まれても踏まれてもそれに耐えて美しい花を咲かせるタンポポ。そこから自分の居宅を「たんぽぽ堂」と名付けられたそうである。
 一方に高く力強く聳え立つ朴の木。そしてもう一方に、小さくつましくしぶとく生きるタンポポ。その対比がとても面白いものと思われたのである。
 帰り際に、その朴の木の葉を拾おうとしたら、家人からプレゼントされた。いい思い出の品となった。

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8月8日(月) 久々の コメ先物に 値がつかず 総理候補も よく似たものさ…?

 このしばらく、新聞紙上に二つの「米」の字が踊っている。一つは、「米国債格下げ」の「米」である。格付け会社スタンダード&プアーズが、米国の長期信用格付けを最高水準の「トリプルA」から一段階引き下げたのである。これまで米国通貨ドルが世界において基軸通貨として機能してきたのは、米国通貨に対する強い信認があったからである。それが、今回の格下げにより、ドルへの信認が揺らぐ事態となれば、世界の金融市場は大混乱必至である。

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  もう一つの「米」は、この日、「米先物市場」が久しぶりに再開されたものの、東日本大震災や先日の新潟福島の豪雨災害などにより、今年はコメ不作と考えられ、値が付かないままにこの日の取引を終えたという報道である。先物市場というのは、ずっと先を予想して行う取引であるが、そんな先のことなど誰にも分かるはずがないので、その評価に一定の基準が設けられるはずがない。そこで、様々な駆け引きの場となり、投資家たちの思惑が渦巻く世界となるのである。
 それは、菅総理の後任を巡って、民主党内で生まれてきている動きでも同じことである。この混迷の世にどんなトップリーダーがふさわしいのか、先に何が起こってくるか分からない時代に、そんな評価が的確にできるものではない。だから、民主党代表選が混とんとするのも当然のことだなと思った次第。

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8月7日(日) 鈍牛と 呼ばれし総理 大平さん 彼の理想は 今に輝く!

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 四国人間論ゼミの日。今日のテーマは「大平正芳の人生と政治思想」。四国出身の著名なる政治家として、大平元総理を取り上げて論じた。若葉書院での記念すべき第200回目の勉強会でもあった。
 大平さんは、そのニックネームは「鈍牛」であった。顔相や体つきが何となく牛に似ていたということもあったのかもしれないが、やはり真骨頂は、その粘りの強さであろう。昭和50年代の前半に総理を務めたわけであるが、この時期といえば、石油ショック後の日本経済に調整が求められるうえに、外国からは貿易問題をめぐり様々な圧力がかかっていた時代である。国内政治では、田中角栄元総理の金脈問題・ロッキード事件などにより、混乱を極めていた。そんな時代に、大平総理は、ひたすら忍耐の政治に取り組んでいた。
 しかし、その目は、確かに未来を見つめていたように思う。戦後日本政治の大きな転換点にあることを強く自覚し、それを乗り越えるために、様々な研究会を立ち上げて、時代潮流の行方を見極めた政治を行おうとしたのである。田園都市構想や環太平洋連帯構想などである。文化の時代を展望した政策形成にも取り組んだ。その精神は、今も脈々と日本政治に流れている。いやむしろ今の時代にこそ、これらの考え方が求められているともいえようか。

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8月6日(土) 蝉の声 うるさいまでの 書院では 一人も来ない 勉強会かな…

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 OAK・TREEフォレスト政策勉強会の日。この日のテーマは「国民総幸福(GNH)の思想と日本のビジョン」であった。人々の関心が、モノよりも心に向いてきつつある最近の世相の中で、この日本の国が、国民の幸福ということを中心に置きながらどのようなビジョンを描き出すことができるかということを論じあってみようという会合であった。
 しかし、参加者はゼロ。開始予定時刻を過ぎても、待てど暮らせど、誰もやってこない。実は、以前から、この政策をめぐる勉強会は、あまり参加者の多いものではなかった。その時々に重要だと考える政策課題を取り上げて、論じあうことにしているのであるが、関心事が人それぞれであり、同じ人が継続して参加する意欲が湧きにくいという問題があるのだろう。しかし、これからの日本を考える上で、政策面からのアプローチも必要であり、参加者が多かろうと少なかろうと、たとえ一人もいなくとも、この勉強会は続けていかねばならないと考えている次第である。
 時ちょうど、真夏。若葉書院の周りでは、今を盛りと蝉たちが声をかぎりに鳴いている。蝉時雨という言葉があるが、うるさいまでの合唱である。それに対して、書院の教室は、シーンと静まり返っている。その対照が、また趣深いものだという気がした次第である。

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8月5日(金) 自治体も 青色吐息の 金欠病 入るが減じて 出るばかりなら

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 政府が5日に決定した2011年度普通交付税大綱によれば、今年度の地方交付税不交付団体は、前年度から2割減った59団体となったようである。この数は、直近でピークであった2007年度には188団体であったことからすると、1/3以下になったということであり、法人関係税収の落ち込みや社会保障費の増加が、真綿で首を絞めるように地方自治体財政を圧迫し、交付税依存を強めてきている実態が示された。しかし、財政難は地方自治体だけではなく、頼みの国も膨大な赤字を抱え、その財政運営に苦心惨憺している状況であり、さらにそこに東北地方の大震災への対応が加わったことから、国からの交付税の増額はほとんど期待できず、自治体運営はさらに厳しさを増し加えてくることになるだろう。
 地方自治体の声を聞いてみると、もうこの辺りが限界だという声が強まってきているように思う。これまで何年間もずっと厳しい財政運営が続いてきているうえに、これから先の展望も開けてこない。そんな中で、疲労感が年々強まってきている印象である。それは、青息吐息という表現がぴったりとくるような気がした。(短歌には、「青色吐息」と表記した。少し前に「桃色吐息」という歌がヒットしたことがあったが、人間の吐く息には、いろいろな色があると考えてみると面白いなと思い、こんな表現をした次第である。)

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8月4日(木) 円高も 就職難も 政府には 打つ手がないか 神でなければ

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 政府・日銀は、進行する円高の是正に向けて、為替介入と金融緩和を同時に実施。政府が、断続的な円売りドル買い介入を行うと同時に、日銀は、追加緩和策として資産買い入れ基金の10兆円増額を決定。その結果は、一時的に、一ドル80円台まで円は下落。しかし、すぐに反転して、再び円高の流れになってきている。
 またこの日、文部科学省の学校基本調査速報で、今春の大学卒業生のうち就職も進学もしなかった人が、8万7,988人になり、之にアルバイトを加えれば、10万 7,134人で、全体の19.4%、つまり大学卒業生(55万2,794人)のほぼ5人に1人が定職に就いていないという厳しい現状が示された。政府も、この問題に対して様々な政策を打ち出して、就職率が向上するように取り組んできているが、結果的には、際立った成果を挙げているわけではないようである。
 おそらくは、この円高問題にも、就職難の問題にも、政府としてはもう手詰まりという印象が強まっているのではなかろうか。市場というのは、基本的には、供給者と需要者との間の力関係で動いていくものである。その市場が巨大なものであるとき、政府が果たせる役割には自ずから限界があるということだろうと思う。かつてやダムスミスは、「神の見えざる手」という言葉で、この市場経済を表現した。神ならぬ人間の限界を考えざるを得なかった。

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8月3日(水) 日本も ほめられたものじゃ ないけれど それでも円高 まだましなんだね

 このしばらく大きな話題になっていた、アメリカ政府の債務上限を2兆1,000 億ドル(約160兆円)引き上げる法案が、デフォルトぎりぎりの8月2日に成立し、とりあえず財政危機は乗り切ることができたようである。それを受けて、ドル相場は上昇するかと思ったが、反対にこの日、一ドル76円台まで円が上昇することになった。アメリカ国債の格下げが懸念されているのに加えて、アメリカ経済の減速への懸念が強まっていて、ドルを売り円を買う流れが続いているということである。テレビ報道を見ていると、経済界からは悲鳴が上がってきている。もう企業努力だけでは、この円高による減収を吸収しきれないという声である。アメリカ経済はかなり深刻な状況に立ち至っているようである。また、ユーロに対しても、円は上昇し続けている。政府でも、円高防止の対策が検討されているようである。

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 それにしても、日本国内の経済状況は、決していいとは思わない。しかし、相場というのは、相対価値で決まってくるものであり、アメリカ経済やヨーロッパ経済に比べれば、まだましな状況だということなのだろうか。とはいえ、せいぜいがドングリの背較べ。良いだ悪いだの言ってみたところで、大した違いではないだろう。難しい時代なってきたなというのが正直な気持ちである。

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8月2日(火) 織田幹雄 三段飛びで 金メダル 我が人生も 三段飛びなり

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 8月2日。単調なデスクワークの一日。そこで何をイラ短日記に書こうかと、スマートフォンでこの日の事件を調べてみると、陸上選手・織田幹雄氏が、1928年8月2日、アムステルダムオリンピックで日本人初の金メダルを獲得とあった。三段跳び(飛びとイラ短では表記)競技で、15メートル 21センチを飛んで、世界一になったということである。これが、日本人初の金メダルであり、同時にアジア初の金メダルでもあったようである。その栄誉をたたえて、国立競技場には、高さ15メートル 21センチのポールが立てられていて、「織田ポール」と呼ばれているのだそうである。
 よく人生も、三段跳びだといわれることがある。ならば私の場合、どんな三段跳びなんだろうと考えていて、思いついたのが、このイラ短の下にある三段跳びの年齢区分である。生まれてから28歳までは、学業の期間。赤ん坊から成長し、小中高の基礎的な勉強を経て、大学では宇宙工学を学んだ。そして、松下政経塾で、政治や経済、社会を学んだ。そして、28歳から56歳までは、ステップ。主に、職業政治家としての歩みであった。県議会議員、国会議員として、いろいろな経験を積んだ。
 ならば、これからは最後のジャンプである。ここで人生の記録が打ち立てられる。世界を動かすほどの仕事ができるのかどうか、今正に思いきり踏ん張って、体が宙に舞い上がろうとしているところであるが、何とか見事な最終着地を目指してみたいと考えている次第。

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8月1日(月) OAK誌が もう届いたと TELがある やっとここまで…… 蝉の時雨る

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 8月が始まる。この日がちょうど月曜日ということもあって、何か心新たという心境である。
 この日うれしかったのは、何人かの読者から、今日、OAK・TREE 8月号が届いたと電話をいただいたことであった。
 OAK・TREE 誌は、原稿執筆は、以前から私自身でやっていたが、ワープロへの入力や誌面の編集は、議員在職中には東京の秘書が行っていた作業で、四国に戻ってからは、その作業も自分でやらねばならなくなった関係上、思った以上に出稿までに時間を要していたのである。また東京の業者を使って印刷や配送作業をしていた関係で、その作業にもずいぶんと時間を要していたのであった。その結果、一年くらい前までは、読者の手元に冊子が届くのが、その月の20日ごろになってしまい、届いた時にはもう勉強会も終わってしまっているではないかとお叱りを受けるのもたびたびであった。以来、作業を効率化したり、印刷配送作業を身近な会社にお願いしたりしながら、徐々に発送時期を早めてきたのであるが、それがようやく、本来の月初めまでに読者に届けられるまでになったのである。やっとここまで来たか…という思いである。
 外では、蝉が大きな声で鳴いている。長い間、土の中での生活をして来たのが、ようやく蝉に脱皮して鳴くことも出来れば、空を自由に飛ぶことも出来る…その蝉の喜びが、私の心にも響くような気がしたひとときであった。

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