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11月30日(水) 長門では 金子みすゞの 記念館 理想主義者に 酷な現実

 さらに、キャラバン続行。午前中は、下関市内で、赤間神宮や日清戦争講和記念館(春帆楼)、藤原義江記念館、また日和山公園の高杉晋作像などを観光。そこから海岸ルートで長門市へ。その途中には、美しい橋として有名な角島大橋も訪れた。

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 長門市では、金子みすず記念館。金子みすずは、当時から童謡詩人として知られたが、結婚がうまくいかず離婚。その娘を奪われる前日に、自殺したという薄幸な人生であった。享年26歳。記念館には、みすずの人生と作品を紹介する展示が行われていたが、そんな苦しい人生の中で、よくもこれだけ理想主義の香りを漂わせる詩を数多く書き上げたものだと胸が熱くなる思いであった。いやむしろ、理想主義者であったがゆえに、現実との葛藤に身も心も焼き尽くしてしまった人生であったのかもしれない。
 このしばらく、彼女は再評価されてきていて、各地で詩の朗読会や彼女の詩にメロディーを加えた音楽会などが幅広く行われてきている。現代人が彼女の詩に救いと癒しを求めている気持ちが、この記念館を見学しながらよくわかる気がした次第である。(第1970号イラ短)

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11月29日(火) 志士たちが 下関にて 集うなり 平成日本の 功山寺だと

 キャラバン2日目。朝、岩国市のホテルを出発し、まず向かったのが、防府市。ここは、周防の国府がを置かれていた土地であり、防府天満宮や毛利庭園、国分寺などを見学。さらに、愛媛県ともゆかりの深い俳人・種田山頭火の生誕地でもあったので、生誕地跡を訪れると同時に、その近所にあった墓にお参りをした。

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 そこから次に訪れたのが、下関市の功山寺。高杉晋作が挙兵をした場所である。ここで、高杉晋作像に対面。また長府博物館の見学も行い、歴史的な文物に触れた。
 そして、夜は、講演会。ここには、下関市内のみならず、各地からの有志が集まってきていた。ここで、「吉田松陰、その人生と思想」をテーマに約1時間半、講演し、その後、場所を移して懇談会。この参加者たちは、遠い距離をものともせず、集まってきたメンバーだけに、熱い思いの満ちる闊達な会合であった。
 私たちは、功山寺訪問の後であっただけに、ひょっとすれば、この場所が、平成ニッポンにとっての変革のスタート点になるかもしれないという気までしてきたのであった。この日は、下関で宿泊。(第1969号イラ短)

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11月28日(月) 呉市長 岩国市長と 面会す 夜は仲間と 教育談議

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 キャラバン活動に出発。今回は、29日の夜に下関市内で講演を行う日程となっている関係上、対象地に山口県を選択した。そして、せっかくの機会でもあり、下関に向かう途中で、かねてから気になっていた人に会ったり、一度訪ねてみたいと考えてきた場所を訪れたりした。
 この日は、自宅のある新居浜から、山口県岩国市まで移動。その道中に、広島県呉市で、小村・呉市長に面会し、意見交換。そして、話題の博物館「大和ミュージアム」を見学した。それから、岩国市に向かい、錦帯橋近くの公園に次々に設置されている「立志の碑」を佐古先生にご案内いただいて見学。そこから、松下政経塾同期の岩国高校・松根校長を訪ね、さらに岩国市役所に、かつて衆議院議員としてともに活動していた福田・岩国市長を訪問した。
 そして夜には、佐古先生が教育関係の方々に声をかけてくださり、岩国市内で酒食を交えての懇談会。
 キャラバンの初日は、このようにさまざまな人に会い、いろいろな場所を訪れ、旧交を温めたり、見聞を広めたりした。少し忙しかったけれど、とても有意義なキャラバンのスタートであった。

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11月27日(日) 四国より 先に大阪 動けるか どこまで本気か 分からないけど…

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 注目の大阪市長選挙と大阪府知事選挙が行われ、即日開票の結果、市長選挙は「大阪維新の会」代表の前大阪府知事・橋本徹氏、知事選挙は同じく維新の会幹事長の松井一郎氏が当選。既成政治の変革と大阪都構想実現を訴えた「大阪維新の会」が市と府の両トップを独占した。しかも、民主党と自民党が支援した対抗馬に対して、大差での勝利であった。新聞の見出しを見れば、「既成政党に焦り」とか「国政に旋風」といった勇ましい言葉が並んでいて、この胎動は、大阪だけにとどまるものではなく、国政までも動かしてゆくに違いないといった論調を打ち出している。
 今、国民の既成政党に対する不信感は並大抵のものではない。公約を文字通りに受け取る有権者は、もうほとんどいないといってもいいだろう。政治家の言葉に対する不信も相当のものである。日々、身の回りに閉塞感が強まってくる中で、それを打破してくれる政治勢力を期待し始めているということであろうか。
 私も、今、四国で在野の政治活動を行いながら、何とか新しい時代を切り開いてみたいものだと常々考えている。まだ小さな運動しか生み出せていないが、大阪での動きを見て、これは自分も少し頑張らなくてはいけないなと、気持ちの中で少し伸びをした次第である。

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11月26日(土) 高梁に 友あり遠方 より来たる 楽しからずや 心響けば

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 岡山県高梁市から、「志の道」と「若葉書院」に、約20名の訪問者があった。近藤隆則・高梁市長を筆頭に、市役所の職員や、地域の運動家などが、マイクロバスに乗ってやってきたのである。
 その目的は、高梁市は、今も多くの人々の尊敬を集める山田方谷先生を顕彰し、その人生や思想を継承するための場としての「方谷の道」建設を検討していて、「志の道」をその一つのモデルとして見学したいということであった。加えて、せっかくの機会でもあり、若葉書院で、私から、儒学を今の時代にいかに活かしていくかというテーマでのお話しをしたり、また、これからの時代のまち作りの基本的な考え方についても、お話しさせていただいた。
 言わば、これからの地域づくりに関する総合的な研修会を開催したようなものであった。
 これからの地方自治体は、ますます財政的に厳しさを増しくわえてくるに違いない。多額の財政資金を投入して、様々な施設を作り上げていくというような取り組みは困難になってくるだろう。すると、どうしても、人づくりに足場を置いて、その人たちが存分に持てる力を生かして地域を発展させていくという道筋を切り開いていかねばならないということだ。その参考になるものが、「志の道」と「若葉書院」にあるということだろうと私は思う。

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11月25日(金) 新聞じゃ オリンパス役員 退陣と 女性宮家の 問題並べり

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 この日話題になったこと二題。一つは、過去の損失隠し問題で大きく揺れているオリンパスのマイケル・ウッドフォード元社長が、現経営陣の退任を主張したと報じられたこと。それに対して、高山修一社長は、現経営陣のもとでの経営再建を目指す考えを示したということである。
 もう一つは、藤村修官房長官が、「女性宮家」創設の検討に言及したこと。現在の皇室では、若い世代に女性皇族が多く、これから先、婚姻によって次々に皇籍を離れていくことになると、皇室としての活動に影響が出かねないとの懸念がある。加えて、皇位継承者がいなくなってしまい、血統が絶えてしまうという懸念もある。そこで、「女性宮家」を創設して、今からこれら問題に備えをしておこうというわけである。
 この二つの話題は、ともに継承をめぐる話である。昔から、ある組織の代表者になれば、その任務の一つは、後継者の育成であるといわれてきたが、奇しくも、今日は、この継承をめぐる二つの話題が日本経済新聞の三面で、隣り合わせに掲載されていた。とかくこの世は難しい…そんな夏目漱石の声が聞えてきた気がしたのであった。

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11月24日(木) 「本物」は 木なら根ッコの 意味なれり 全ての人に 宿るものなり

 今日は、一日に、二つの会場で講演を行った。一つは、毎年お呼びいただいている愛媛大学医学部での講義。専門課程の授業がほとんどとなる三年生に対して、人生や社会への目を開かせていこうと、石原謙教授が中心になって開催している講座の一こまを担わせていただいている。今回のテーマは、「本物の人生、本物の仕事」とさせていただいた。
 もう一つは、四国中央市の旧・川之江市地区婦人会主催の講演会。約250名も集まる講演会であった。ここでのテーマは、「現代日本に求められる本物の生き方・考え方」であった。

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 両方とも、「本物」ということを主題とする話であったが、聴衆皆さんは、とても熱心に私の話を聞いていただけたと思う。これは言い替えれば、現代社会は、表面だけを美しく飾ったものが多くて、その欺瞞や頼りなさに対して、何かおかしいと感じておられる方々が多いということを意味しているのではなかろうか。
 「本」という字は、「木」という象形文字の根の部分に横に一本線を加えて作られている字である。つまり、根の部分こそが大切だということを意味する字である。目に見えない根の部分にこそ関心を持って生きていきたいという気分が生まれているということではないかと感じた次第である。

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11月23日(水) 毒舌や 社会批判の 落語だが 民親しめる 談志も逝けり

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 落語家で参議院議員も務めた立川談志さんが21日に亡くなったと報じられる。享年75歳。がんであった。
 談志さんは、落語家としての活躍の一方で、毒舌家としても知られ、落語界や政治、社会に対して、痛烈な批判を行った。繊細な感性の持ち主であったのであろう。いろいろな問題の奥に宿る本質的な部分を直感的に把握して、それをストレートに表現したために、身辺によく火花が散ることがあったようである。参議院議員にしても、度重なる放言が批判され、途中で辞職するという結果になった。
 しかし、その率直さと威勢のよさが、国民には好感を持って受け止められ、晩年になってもその人気は衰えなかった。まさに、異色の落語家であったといえよう。
 彼の行き方考え方が国民的な共感を得てきたのは、その言動にわが意を得たりと感じる国民が多かったせいであろう。日本社会全体に、何かしら率直さが失われてきて、もやもやとした思いだけが蔓延している。そんな状態はやはりおかしい、と裸の王様に真実を語った少年のような役割を、談志さんは担っていたということかもしれないと思う。心からご冥福をお祈り申し上げたい。

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11月22日(火) 橿原の 宮で求めし 樫苗木 大久保の地に 居を構えけり

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 橿樹舎のすぐ近くに土地を購入し、駐車場に使用するための工事を行ってきたが、少し前にそれが完成。舗装したアスファルトもようやく固まった様子なので、この20日に橿原神宮に行って手に入れてきた樫の苗木二本を、妻と一緒に、この駐車場敷地内に植樹。今はまだ高さが30センチか40センチぐらいしかない幼木であるが、しっかりとこの大地に根を張って、大きく成長してもらいたいものだと願う。
 樫の木は、英語で言えば、OAK・TREE。そして、この土地の地名は、船木字大久保であり、この大久保は、音からいけば、「OAK母」とも表記できる。つまり、OAK・TREEにとってみれば、その母なる土地ということになるのである。こんなことを考えるときに、この苗木も、何かの縁を持って、この土地で育ってゆくことになったのだという気がしてくる。
 この苗木が、しっかりと根を張り、幹を太らせ、枝を広げていくには、おそらく十年にあまる年月が必要であろう。その時には、この木陰に、多くの人が憩う場所になってほしいと願う。
 その頃に、OAK・TREE運動も、同じように大きく成長しているのだろうか、植樹をしながら、そんなことも思った次第である。

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11月21日(月) 消費税 増税方針 決めてはみたが リアリティ欠く 空中楼閣?

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 政府と民主党は、社会保障と税の一体改革で焦点となっている消費税増税について、現行の5%の税率を2015年までに二段階で引き上げて、10%にする方針を固めた。まず、2013年度中か2014年度初めころに税率を7~8%に引き上げて、残りの2~3%を2015年の4月か10月に上げるという方針であるようだ。
 この税の問題は、日本の財政破たん、さらに円の信認低下を引き起こさないためには、どうしても避けられないものであり、かねてから野田総理が覚悟を持って取り組むと表明してきた最重要課題である。今回の方針表明により、いよいよこれからこの方針に基づいて法案化作業が行われることになるが、様々の抵抗や反対が予想される問題であるだけに、総理自身が、基本方針を死守する覚悟で取り組んでいただきたいものである。
 それにしても、与党内でも、この問題に関して、大きな不協和音が生まれてきているようである。これでは、与党内さえ固まらない「空中楼閣法案」になりかねない懸念がある。おそらくは、野田政権の真価が問われる状況が、来年の通常国会において生まれてくることになるだろう。しかし、政権というのは、ほかの人ではとてもできないだろうと思われるような大きな困難に直面し、それを乗り越えてこそ、強くなる。これからが、野田政権の正念場となるだろう。

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11月20日(日) 南朝の 都となれる 吉野山 冬の桜と 怒れる仏よ

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 昨晩は、関西師友協会での講演の後、この講演会に参加してくれた中国旅行の仲間たちと、旅の反省会。夏の旅行を懐かしく思い返す楽しい時間だった。
 引き続き今日は、その仲間たちとともに、小旅行。まず訪れたのが、桜の名所として知られる吉野山。後醍醐天皇が南朝を開き、その都としたのが、この吉野である。後醍醐帝ゆかりの吉水神社をまず訪れて、佐藤素心宮司からお話をお聞きし、宝物を見せていただく。それから、金峯山寺蔵王堂で修験道についての見聞を広める。そしてここで名物「柿の葉寿司」を食べて、それから向かったのが明日香の橘寺。さらに、日本国創建の地とされる橿原宮。その後、メンバーは解散。
 私にとって、特に印象深かったのは、やはり吉野山。よく知られた桜は、冬の風の中で、すっかり葉を落とした幹と枝だけの姿で数多く立ちそびえていた。それは、春の季節の華やかさと逆に、侘しさを強く感じさせられる風景だった。また、蔵王堂の中に安置された蔵王権現立像は、人を寄せ付けない憤怒の表情だった。何にそんな怒りを示しているのかと、思いを巡らさざるを得なかった。
 日本の歴史上、時の権力に追われた人たちが身を寄せたのが、この吉野であった。私は、その人たちの怨念を肌に感じざるを得なかったのである。(イラ短第1,960号)

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11月19日(土) 降りしきる 雨ぞ真事の 涙なり 儒学の教え かざし歩めば

 朝、東京から大阪へ移動。昼過ぎから、大阪駅の近くにある会場で、関西師友協会主催「照隅講座」で講演。テーマは、「儒教と現代~孔子の故郷を訪ねて」。この夏に、30数名の仲間とともに、中国山東省の曲阜などを訪ねて、儒教のルーツに触れ、感じ考えたことをもとにお話をした。

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 そもそも「儒教」の「儒」の字が意味しているものは何かといえば、つくりの下部の「而」はひげを表す象形文字、そのひげに雨が降り注いでくれば、そのひげは、しっとりと湿りを帯びてくる。だから、そんな湿り気のある人間を育てる学問が、儒教ということである。
 ちょうどこの日は、かなり激しい雨が降り注いでいた。心の中にまで、雨が降り注いでくるような印象の日であった。現代は、心が乾き切った人たちが数多くなった時代である。心が乾いているから、風が吹いたらどこへ飛んで行ってしまうかわからない。それが、様々な社会問題を引き起こしている。だから、心の中に湿気を取り戻すために、儒教はこれから如何にあらねばならないのか、そんなことを参加者に語りかけた次第であった。(イラ短第1,959号)

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11月18日(金) 国中枢の 人間力を 高めんと まずアカデミアの 初回会合!

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 昨晩は、夜9時前に岡山駅を発つ新幹線最終便で名古屋に。そこで一泊し、今日の朝、上京。東京には午前10時半頃に到着し、それから、長くご無沙汰をしている知り合いを回って、挨拶したり意見交換。そして、夜は、「第一回霞が関アカデミア」会合を開催。
 この「霞が関アカデミア」というのは、霞が関で国を動かしている官僚たちの人間力を高めようと、約一年前から動き始め、準備を進めてきたものである。古代ギリシャのプラトンが、「国家の指導者は、哲学者が望ましいが、それがかなわないならば、指導的立場にいる人たちが、哲学をもっと学ぶべきである」と考え、アテネの郊外に「アカデミア」という名の学校を開設したことにちなみ、この名を借りた学びの場を作ってみようと考えたのであった。
 参加した人数は、約十名。しかし、とても意欲的な人たちが集まってきて、良いスタートが切れたのではないかと思う。混迷の世を切り拓くのは、あくまで志ある人間である。特に指導的立場にある人たちが、人間力を高めて、困難に立ち向かう強い意志を持つ国家でなければ、この日本の国の未来に明るい希望が生まれてこない。そんな思いを持って始めた勉強会であった。(イラ短第1958号)

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11月17日(木) 武蔵では ギネス認定 スカイツリー 我も背伸びて ギネスに挑戦?

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 この日、来春の開業を目前とした東京スカイツリーが、ギネス・ワールド・レコーズ社のアリステア・リチャーズ社長から世界一の認定書を交付された。
 東京スカイツリーの高さは、634メートル 。自立式の電波塔としては、世界一の高さとなるらしい。この高さにしたのは、高層ビルがたくさん立ち並ぶ関東圏で、テレビ放送などの電波を送出するタワーとして、600メートルを超える高さが必要であったことによるらしいが、せっかくそこまでの高さにするならば、世界一にして、話題を獲得しようと、少し高さを積み増したということである。その高さが634 メートルとなったのは、昔、この関東地方を「武蔵」と呼んだことから、そのごろ合わせで決められたのではないかという説もある。
 このニュースを聞きながら、私自身の取り組みの中に、何かギネスに認定されるようなものはないかなと考えてみたところ、二つ思いつくものがあった。一つは、このイラ短日記であるが、この年末で2,000枚をこのブログ上に掲載する予定である。「イラ短」という言葉は、私の造語であり、おそらく2,000枚達成は、ギネスものであろう。それからもう一つは、人間論ゼミの開催回数が、300回に達することである。一人の人間が、300人の人物を論ずるというのも、記録になりはしないだろうか…などと考えた次第。(イラ短第1,957号)

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11月16日(水) 転げ落ち 寒さつのれる 財政を 助けてくれる 犬はいないか

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 北海道・浦臼町で、祖父と3歳の女の子が自動車で事故に遭って、車ごと河川敷きに転落。その2人の命を救ったのが、「ジュニア」と名付けられたラブラドール・レトリバー犬であったことが話題になっている。
 この日の夜の気温は、強い寒気の影響で、0℃くらいまで冷え込んでいたという。自動車は事故のせいで窓が破れた状態であり、その寒風が車内まで吹き込んでいたらしい。凍死しかねない状況であったようだ。それを、人間よりも体温が高いラブラドール・レトリバー犬が、2人をずっと温め続けて、その命を救ったということである。めでたし、めでたし…。
 ふと連想したのが、日本の財政赤字。日本財政は、健全な国家財政を示す堤防上から転げ落ちてしまい、寒風吹き荒れる中で、どうしたものかと、困ってしまっている。その累積赤字の規模は、既に国民総生産の2倍に達していて、通常の手段では、とても解決策が見出せないレベルになってしまっている。助けてくれるものがあるならば、何にでもすがりつきたいという状況だろう。
 そこで、頭にタンコブを作った国会議事堂が、自分を温めて助けてくれる犬はどこかにいないかと、空しい夢を見ているのである。今日は、そんなイラ短を書いてみた。

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11月15日(火) 同じ日に 生まれて死んだ 人生で わがなすことは われのみぞしる??

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 11月15日といえば、坂本龍馬が生まれ、そして死んだ日として、よく知られている。これは、あくまで旧暦において11月15日ということであり、太陽暦で言うならば、生まれた日が、1836年1月3日であり、死んだ日が、1867年12月10日となるわけで、実は、一ヶ月近く離れてしまうわけであるが、龍馬ファンにとってみれば、こんなことは小さな問題ということだろう。今日は、朝から、テレビやラジオで、しきりに龍馬が取り上げられていた。
 ところで龍馬といえば、わずか32年間の短い人生の中に、浪人の立場から、薩長同盟や幕府の大政奉還の実現、また、「船中八策」において、新時代の大構想を描き出した、すさまじい生きざまが印象的である。そして同時に、彼が残した言葉には、人々の心に炎を伝える輝きと力強さを感じる。例えば、多くの人がよく取り上げるのが、この言葉である。
 「世の中の 人は何とも 云わばいえ わがなすことは われのみぞ知る」
 この「日本の国を、今一度洗濯したい」と志した人生は、波乱万丈のものであったであろう。そんな中を、自分を拠点として力強く生き抜いた人生。今の時代、彼の人生から何かを学び取っていきたいと考える人は、少なくないであろうと思う。

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11月14日(月) APEC 最初のAは Asiaだが 現実見れば Americaかもね

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 ハワイのホノルルで開催されていたAPEC首脳会議が閉会。野田首相は、首脳会議後の記者会見でこの会合の成果を報告。TPP交渉参加問題への考えなどを改めて表明した。
 ところで、テレビを通して、この首脳会議の様子を見ていると、来年に大統領選挙控えたアメリカのオバマ大統領のハッスルぶりが強く印象に残った。それは、今回の首脳会議の中心テーマが、この太平洋圏域における自由貿易の確立ということであったようだから、TPPを先導してきたアメリカが注目されるのは当然であったかもしれない。また、この問題が日本国内で大きく話題になっている時だけに、日本のメディアの報道姿勢も、その点に特に力点が置かれたせいかもしれない。
 しかし、APECとは、あくまで“Asia Pacific Economic Cooperation”であって、元来は、アメリカが主導する性格のものではなかったのではないか。それだけに、中国が、東アジア圏域での経済連携を強化する枠組みの構築を図り、この19日から、インドネシアで東アジア首脳会議をリードする構えを見せて、この動きを牽制し始めているようである。これから先、日本が、アメリカと中国の間で、いかなるスタンスを取るか、注目して見守っていきたいと思う。

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11月13日(日) 今日もまた 若葉書院の 水対策に 没入すれど 悟りに至らず

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 引き続いて、今日も若葉書院で「教師人間論ゼミ」を開催。当初、別のテーマでお話しする予定であったが、持っているはずの資料が見つからず、やむなく大正・昭和期の住友で担当していた田中良雄氏の「職業と人生」を取り上げて、人はなぜ働かねばならないのかということを論じた。参加者には、かえって、この子供たちが疑問に思う基本問題を取り上げたことで、意義深い時間を過ごして頂けたようである。
 ところで、このゼミが終了した後、私は、若葉書院の取水問題に取り組んだ。この若葉書院は、山中にある施設なので、水道設備が整っていない。そこで、川からの流下水を引き込んできて、使っている。ところが、この水がなかなか思うように流れてくれないのである。そこで、この二年来、いろいろと工夫をし改良し、大分状況は改善されたのであるが、今度は、何かがホースの中に詰まったようで、十分な水量が得られないことになった。敷地入口まできているホースからは、勢いよく水が流れ出ているから、それから先の問題だ。そこで、水中ポンプを使って、水を逆流させ、詰りを除こうとしたのだが、残念ながら不成功。一心不乱に仕事に取り組めば、人と仕事が一体化し、よき仕事ができるとの田中良雄氏の言葉を胸に取り組んだのだが、われは未だ悟りに至らずということである。

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11月12日(土) 明治初期 自由民権 運動を 理論で支えし 植木枝盛よ

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 四国人間論ゼミの日。今回のテーマは、「植木枝盛の人生と自由民権思想」。
 植木枝盛は、明治初期から中期にかけて、日本全国に広がった自由民権運動の活動家の一人であり、自由党党首・板垣退助のプレインであった。幼少時から巨人の風があり、仲間と群れるよりも、自分自身で学問をしていたという。その見識については、大正十年に発行された「土佐偉人伝」中に、「幼より敏捷奇額にして読書を好み、師承によらずして独学を以て万巻を渉猟す。およそ和漢古今の書籍一として通覧せざるなく、独創以て一家の見識を立つ」と書かれている。
 植木は、長じて、板垣退助の書生となり、自由民権運動を理念面から支えると同時に、自らも明治23年帝国議会が開設されれば、その第一回目衆議院議員選挙に立候補し当選。しかし、続く総選挙中、胃潰瘍を患い入院中に突然に死去。享年35歳。その異常な死に対して、毒殺説もささやかれている。
 今、高知市には、自由民権記念館があり、その象徴的言葉として、館内に「自由は土佐の山間より」という言葉が掲げられているが、これも、植木枝盛の言葉である。世の中は、一人をもって動くといわれるが、自由民権運動にとって、植木はその一人であったと思う。

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11月11日(金) 守らねば 生きてゆけない ものたちを いかにすべきや TPPでは…

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 野田総理は、この日の夜、官邸で記者会見を行って、貿易やサービスの自由化を図る環太平洋連携協定(TPP)交渉への参加方針を表明した。この問題は、輸出競争力を持つ大企業が、積極的参加を主張する一方、安価な輸入品によって存亡の淵に立たされかねない農業や一部サービス業などでは、絶対反対の意思が示されていた。そして、政界では、総理の与党である民主党内でも、賛否両論が渦巻いており、与党の一角を占める国民新党は、参加反対を表明するなど、政党政治の枠を超えて、混乱が広がっていた。
 確かに、業種によって、利害が反するものであるだけに、意見集約は困難を極めるだろう。しかし、貿易自由化は時代のすう勢である。これに日本一国が反対をしたとしても、その趨勢を変化させることはできないだろう。ならば、その大きな流れにおいて、この国の生きる道を追い求めていかねばならないと私は思う。
 おそらくは、このTPPへの取り組みは、国内産業の、自由貿易に対する強弱を顕にしていくだろう。そして、政治というものは、弱きものが滅んでいくのは仕方のないことだと割り切りきれないものである。価格競争では弱い立場にあったとしても、それが存在することに強い意味を持っているものは、やはり守っていかねばならない。そのようなものを、これから日本政治がどう扱っていけばいいのか、それが大きな課題であると思う。

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11月10日(木) 大阪の 浮沈をかけた 知事選挙? ちょっと違うが 気になりますね

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 橋下徹・前大阪府知事の辞職に伴う大阪府知事選挙が告示された。橋下氏の同志である「大阪維新の会」幹事長の松井一郎候補と、民主・自民府連の推薦候補である倉田薫・前池田市長など、7人の新人が立候補をして、11月27日の投票日に向けて、選挙運動が始まった。
 しかし、多くの方々の関心は、知事選よりも、大阪市長選に向けられているようだ。こちらは、「大阪都構想」を打ち出して、そのためには大阪市長となり、大阪府と連携して、この大改革を進めなくてはならないとする橋下徹・前大阪府知事と、橋下氏のやり方を独裁的であり地方自治にはなじまないとして批判する、平松邦夫・現大阪市長の一騎打ちになる見通しである。今回の選挙は、大阪府知事と大阪市長が同日に選挙を行うダブル選挙であるだけに、これから先、大きな話題を呼ぶことになるだろう。
 このしばらく、地方自治体には、国政の下請け機関という意識は弱くなってきている。むしろ、地方自治体の挑戦により、国政を動かしていくのだ、正していくのだといった意識であり、それだけに、私も、この選挙の行方が気がかりでならないのである。

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11月9日(水) 小惑星 近傍無事に 翔け抜けり …総理もひそかに 軌道計算?

 アメリカ航空宇宙局(NASA)の発表によれば、日本時間で9日の午前8時30分ごろ、直径約400mの小惑星「2005YU55 」が、地球から約32万キロのところを通り過ぎたということである。32万キロといえば、地球と月の平均距離が38万4,400km であるから、地球と月の間をすり抜けるように翔け抜けて行ったということである。
 かつてこの地球上を闊歩していた恐竜たちがある時を境に一気に滅亡してしまったのは、地球に小惑星が衝突して、粉塵を大気中に大量に巻き上げたせいで、太陽光が遮られ、地表面の温度が著しく低下したのが原因ではないかと言われている。小惑星といえども、その破壊力は莫大なものである。今回、ニアミスで済んだことは、本当に良かった。

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  ところで、野田総理である。この週末にAPE首脳会議への参加を前に、TPP参加問題に頭を悩ましていることだろう。製品の輸出を手掛ける大企業中心に組織された経団連と、外国産農産物が関税撤廃で壊滅的な状況に立ち至りかねない農協と、この問題をめぐって、立場が正反対となって厳しく対立している。政治家や関連団体なども、対立を深めている。この対立の間をすり抜けていく軌道の計算はうまくできないものか…総理はおそらく、そんなことを考えているに違いない。

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11月8日(火) 20年も 粉飾決算 隠せるか? またも深まる 日本の秋

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 光学機器メーカーオリンパスのマイケル・ウッドワード社長解任を契機として、顕になってきていた巨額企業買収問題。この日、高山修一社長が、この買収時に支払った多額の報酬や買収資金というものが、20年も前の投資損失を隠すために使われていたと発表。同時に、この問題に関与していた森副社長を解任。また、山田常勤監査役も辞任の意向を示したそうだ。高山社長は、これら関係者を必要に応じ刑事告発する可能性も語った。
 それにしても、1,000億円を超える巨額の資金が、巧妙な手法を使っていたとはいえ粉飾され続け、20年以上にわたって、株主や市場に対して公正で正確でなくてはならないはずの決算書が、ひどく虚飾されたまま公開されていたという事実は、日本の企業経営への不信感を高めることになるに違いない。
 日本社会は、このしばらく、何かにつけて落日の気配を強めている。日本政治に対する国際社会の失望感は否定しがたく、さらに日本の看板であった経済力や経営力にも、次々に問題が指摘され続けている。
 周りを見渡せば、晩秋から冬に入りつつある日本の風景であるが、日本社会そのものが、今、晩秋の風情になってきていることが、気にかかって仕方がない。

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11月7日(月) 川之江の 経営者らの 独立心 在野の政治に 響きけるかも…

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 終日、机の前でOAK・TREE誌の原稿執筆をしたり、書類整理に取り組んだりして、夕刻から、四国中央市の川之江地区に出かけた。この地区で長い間続いている経営者中心の勉強会「高尾先生を囲む会」の講師として呼ばれたからであった。その会のお世話人と事前に話をする中で、このしばらく私の定番テーマである「本物の人生」についてお話しする予定であった。
 しかし、会場に到着して会が始まるまでの間、古くからの知り合いと話をしていると、「あなたはどうして国会議員を辞めたのか」という点に参加者が強い関心を持っているようだったので、講話の最初は、その話題から切り出すことにした。そして、現代の政治の閉塞感を打ち破るために、あえて「在野の政治」を志したのだといった話をすると、参加者には、その気持ちがよく理解できるという空気が流れた。さすがは、山や谷を自分自身の力で乗り越えてきた自主自立の精神に満ちあふれる中小企業の経営者たちである。環境に依存するのではなく、最後は自分自身の能力と覚悟で困難を切り抜けるという考え方が、私が主張する在野の政治家の生き方と強く響きあったのだろうと思う。志を共にできる人たちが、この地域にはいる、そんな気がした次第であった。

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11月6日(日) 久々に 本物映画に 出会いたり 辛亥革命 「1911」

 フォレスト政策勉強会の日。「日本の失業問題と雇用政策」をテーマに、現代日本の重要問題の一つである若年層の失業問題を考え合おうと準備した会であるが、残念ながら、参加者は、東温市の山本さん一人だけであった。しかし、「それもまたよしホトトギス」であり、その分、山本さんと一対一で雇用問題について論じ合った次第である。

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 この日の夜は、妻とともに、映画を久しぶりに見に行った。前日に日本で公開されたばかりの「1911」という、中国の辛亥革命を描いた映画であった。ジャッキー・チェン氏の映画出演100作目を記念する映画だそうで、ジャッキー・チェンは、革命軍を指揮した黄興を見事に演じていた。その時代の社会情勢や革命成功までの歩みなどが、美しい映像の中にわかりやすく描き出されたよい映画であった。映画を見た後、パンフレットを買い求めたが、この映画製作には、脚本だけでも一年間、撮影に170日間、スタッフは総勢で400人、総制作費は約30億円と、ずいぶん多くの時間とお金とエネルギーを投入した映画であったようだ。いろいろなことを考えさせられた映画であった。
 私は、久しぶりに、本物映画に出会った気がした。皆さんにも、自信を持ってお勧めできる映画である。

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11月5日(土) 訃報聞く 西岡議長は 政界の 一本杉なり ついに倒れし

 第28代参議院議長・西岡武夫さんが、肺炎のため、お亡くなりになられた。昭和38年に衆議院議員初当選以来、衆議院議員を11期、参議院議員を2期務められ、その間、昭和63年の竹下改造内閣で文部大臣として初入閣。主に文教分野で活躍された。しかし、私が初当選した平成5年の暮れには、自民党を離党したため、それ以来政党を共にすることがなかったので、私自身は、ほとんど言葉を交わすことはなかった。

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 西岡さんは、父親が政治家であった関係で、小学生のころから政治家志望であったという。その関係で、小学校時代から、同級生300名全員に、毎年年賀状と暑中見舞いを送っていたというエピソードもあるそうだ。それだけに、政治に対する考え方は、一本筋が通っていて、筋の通らないことでは世論に決して迎合しようとはしなかった。クールビズに対しても、議員の職務は神聖なものであるとして、賛成しなかった。また、参議院議長の職にあるにもかかわらず、菅内閣のあまりに世論迎合的な政治に対して、総理大臣の資格がないとして辞職を求めたことは、大きな話題となった。「野中の一本杉」とも言うべき一本気な政治人生であった。
 このような政治家がお亡くなりになられたことは残念である。心からご冥福をお祈り申し上げたい。

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11月4日(金) サミットじゃ ギリシャ問題 メインなり 世界は確かに 揺れ動いてる

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 フランスでは、G20サミット開催中。今回のこのサミットの中心議題は、国家財政破綻寸前のギリシャ情勢をめぐる議論であったようだ。ヨーロッパ各国からの財政支援や、国債を引き受けている金融機関などの返済免除がなければ、ギリシャはとても財政再建を果たせず、国家が破産をしてしまいかねない状況である。
 そしてこれは、ギリシャだけの問題ではなく、スペインやポルトガル、またイタリアなども、すでに危険水域に入っているようだ。この連鎖を見ていると、まるでモグラたたきのように見えなくもない。
 それだけでなく、ニューヨークで始まった格差是正を求めるデモは、世界中各地に広がり、世界経済の問題の深刻さが露わになってきている。今後、これまでの経済システム自体を否定する動きになってくる可能性もあるだろう。
 こんな状況を見ていると、これまでの時代の延長線上に、演繹的に新しい時代の展望を描き出すことは困難であると考えざるを得ない。ならば、これからどんな社会を描き出していけばいいのか…、それが問題だ。
 天上界では、ギリシャの神々も、サミットを開催しているのかも知れない。神々の力を持ってしても、答えを見いだせない時代だということか。

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11月3日(木) 帰国して 早速キャラバン 徳島で ドイツ館やら 御所温泉を

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 朝5時に起床。急いで出発準備をし、朝食をとって、午前6時にホテルを出発。北京国際空港へ向かう。いよいよ日本への帰国の日である。
 午前8時40分北京国際空港発の飛行機で、関西国際空港へ。約3時間で、関空着。そこで高速バスに乗り換えて、徳島県鳴門市の高速鳴門バスターミナルへ。ここには2時間余りで到着。午後3時半過ぎであった。考えたら、関空で乗り換えに時間が無くて、昼食をとっていなかったので、このターミナルの近くで、地域名物の「なるチュルうどん」と「徳島ラーメン」を食べる。それでもまだ日暮れまでには時間があったので、鳴門市内のドイツ館を訪れ、さらにその近くの板東捕虜収容所や第1番札所の霊山寺などを回る。そしてさらに、御所温泉で長旅の疲れを癒し、また、高速道路のハイウェイオアシスで夕食を終えてから、自宅へ。
 あちらこちらに立ち寄って戻ったので、自宅到着は、午後10時近かった。
 ともかくも、北京訪問は、無事に全日程を終えることができた上に、帰路には、徳島県内キャラバンも、少し展開できた。これから、文章執筆が大変な作業になるが、それはともかく、今回も有意義な旅であったと思う。

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11月2日(水) 昼前に 仕事は全て 片付けて 午後には変身 西太后に

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 実質的に、北京滞在の最終日。午前中は、崔さんと本の構成方針について協議。一定の結論を得た。さらに少し議論の必要があると考えられた点を意見交換。これらの作業が順調に進み、だいたい正午前に予定していたことを終了したので、それから崔さんと一緒に頤和園に行くことにした。
 頤和園というのは、清時代末期の女帝としてよく知られた西太后が、大金を投じて修造した広大な宮殿である。西太后がここに膨大な資金を投入したために、軍隊に資十分なお金が回らなくなり、日清戦争で清国が敗れることになったという説もある。その園内をあちこちと歩いてみたが、中に大きな人造湖もあり、本当に広かった。そして、この中にあった宮廷料理の店で、昼食。
 この頤和園は、今は、公園として、一般市民に開放されているが、今から百数十年前、西太后や清国政府の人達が、この場所をどんなことを考えながら歩いていたのかな、などと想像してるうちに、自分自身も、いつしかその時代の人達の気分になってしまっていたのであった。ふと横を見ると、妻も、西太后にでもなった気分だったのか、何かしらうっとりとした表情をしていたのが、印象的であった。

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11月1日(火) 天壇に 雍和宮やら 孔廟を 巡る一日 仕事もこなせり

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 この日は、崔さんが、日本研究所で日本に関する研究会を開催する予定で時間がとれないとのことであったので、私たちは、午前中は観光に出ることにした。どこへ行ったかというと、北京の南入口にある、ここで皇帝が天に向かって祈りをささげたといわれる天壇であった。その最も中心的な祈りの場が、圜丘壇(かんきゅうだん)と言われる、3段になった石造りの祈りの場であった。その最上段の中央にある円形の石の上で、皇帝は、天と地を結び合わせる祈りをささげたのだそうだ。
 後になって気がついたのだが、私たちがこの場所を訪れたのが、ちょうど11時過ぎ。ひょっとすれば、2011年11月1日11時11分11秒にこの場所に立っていたのかも知れないと、興味深く思った次第である。
 それから、1度ホテルに戻り、訪問着に服を着替えてから向かったのが、中国社会科学院日本研究所。高・副所長と韓・日本学刊編集長に面会して、約1時間、意見交換。その後、その近所にあった雍和宮というチベット仏教寺院や孔廟、また、皇帝が教育活動を行ったとされる国子監などの見学をした。さらにそこから、日本大使館を訪問して、意見交換。さらに、ワンプーチン商店街なども歩き、現代中国の様子を見聞した次第。朝から夜まで、北京の町の中をひたすら歩き回った1日であった。

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