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12月31日(土) 激動の 1年終える 大晦日 思い返して マァマァでしたね

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 平成23年の大晦日。終日、橿樹舎の整理をしながら、この一年を振り返ってみた。
 テレビを見ていると、多くの人が、今年も激動の一年であったと語っていた。確かに、3月11日には、東日本大震災があり、2万人に及ぶ人たちが、死亡ないしは行方不明という大災害となった。またその後の福島第一原発の事故は、広範な地域の人たちの生活を根底から揺るがした。そのほかにも、ヨーロッパにおける経済・金融の危機、アラブ諸国における民主化運動、タイでの大洪水、年末になっては、北朝鮮の金正日総書記の死去など、話題には事欠かない一年であったと思う。
 問題は、それら様々な事件や問題を通して、日本の国と日本人が将来を展望する、しっかりとした思いやビジョンを胸に持つことができたかどうかということである。この点に関しては、いささか心もとない気がしている次第である。
 私自身も、この一年間にはいろいろなことがあった。思い返していると、走馬燈のように次々といろんなことが思い浮かんでくる。しかし総じていえば、まあまあの年だったという気がしている。
 ともあれ、明日からは新しい年、平成24年である。私自身にとっても、この新しい一年、大きな希望とともに歩む一年にしたいものだと心に願った次第である。よきお年をお迎え下さい。

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12月30日(金) 民主党では 一体改革 決定す イラ短日記は 大台達成

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 この日、民主党税制調査会が前日に了承した「消費税率の二段階引き上げ案」を、民主党政策調査会が正式に決定。それを受けて、政府税制調査会は、税制改革案を決定した。これにより、少し前に決定された社会保障改革案と併せて、政府としての「社会保障と税の一体改革」素案が整ったことになる。年が明けた第一週に、「政府・与党社会保障改革本部」で正式決定という運びになるようである。
 これで、翌年の通常国会に提出する予算案と税制案が整ったことになり、日本の進路をめぐっての議論を行う材料が準備できたことになる。これから先も、多くの困難を前にしているが、ここに至るまでの関係者の労を多としたい。
 一方、私の方は、今日のこのイラ短が、インターネット上に掲載している「イラ短日記」の第2,000号になる。毎日、話題になった事件や政治的な動き、さらに私自身の活動状況などを、イラ短で表現し続けてきた歩みも、今日で大台達成ということである。ほんのささやかな取り組みではあるが、ここに至るまでに、6年弱の年月が必要であった。ここにかけてきた時間とエネルギーは、ほかの人が簡単に追随のできるものではないと自負するものである。
 私の人生におけるイラ短描画目標は、5,000枚である。まだ先は遠いが、こちらも、奮起して頑張っていきたいと思った次第。(第2,000号イラ短)

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12月29日(木) 離党組 新党結成 目指すとや また国会では 熱病兆せり

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 前日に、消費税増税やTPP交渉参加問題など、野田総理の推進する政策に批判的な国会議員が集団離党届けを提出したが、そのうち、9名の衆議院議員が、1月4日に新党の結成を総務省に届け出る方針ということである。おそらくは地元選挙区で、強い批判にさらされて、このままでは選挙を戦うことができないという危機感を抱いたのであろう。また、小沢一郎元代表の野田政権批判に呼応した動きと見えなくもない。これと別のグループは、鈴木宗男元衆議院議員が中心となった「大地・真民主党」に参加するということである。
 振り返れば、毎年、この年末期に、新党が誕生している。それは、新たな年に新たなスタートを、という思いもあるであろうが、やはり基本的には、政党助成金を受け取るための期限がこの時期であるからであろう。だから、この年末期は、新党誕生病の流行期ともいうことができよう。
 政治家という職業にあこがれを抱いて永田町にやってきた人たちが、スポットライトを浴びるのはごく一部の人たちであり、その他大勢は、マスコミに登場するlも少なく、政策形成にも力をふるうことができず、単なる投票要員にしか過ぎないと絶望するとき、一国一城の主を夢見て、衝動的に暴走することもあるのだろう。
 しかし、数が力の永田町では、まだ実力を持っていない少数の反乱軍は、基本的には生き残っていくことが困難である。そのいばらの道をこれからどう歩いて行くのか、注視していきたいと思う。

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12月28日(水) 午前4時 アセス評価書 県庁へ 運び込めるが 「闇討ち」なのか?

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 政府は、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に向けた環境影響評価書を沖縄県庁に提出。それが、午前4時過ぎという時刻に、県庁の守衛室に搬入という形であったために、またも物議を醸す結果となった。そもそも、この書類は、前日に運送業者によって搬入しようとしたものであったが、反対派の妨害にあって、搬入できなかったものである。そこで、沖縄防衛局としては、野田総理の対米約束を果たす意味からも、このような対応をせざるを得なかったのであろう。その運び手となった沖縄防衛局職員に対して、さまざまな罵声が投げかけられていたようであるが、彼らにしてみれば、その任務を黙々とこなしたというにすぎない。彼らを批判しても、仕方のないことである。
 マスコミの報道では、この真夜中の搬入について、「闇討ち」という言葉を使っていたが、気にかかったのは、闇の中で襲いかかることを指す言葉を、この場面で使うことが適切なのかどうかということであった。闇討ちというのならば、何に対して襲いかかる行為を行ったということになるのだろう。正々堂々と振る舞えば、強硬な妨害にあって、場合によれば、死傷者が出てくるかもしれない。そこでこの配慮を行ったということにすぎないとすれば、この搬入が問題なのではなく、議論が成り立たないことが本質的問題のはずである。ここまで議論が複雑化した原因こそを重視したいと私は思うのである。

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12月27日(火) 武器輸出 三原則を 緩和せり 義経守る 決意と共に??

 政府は27日の安全保障会議において、従来からの国是であった「武器輸出三原則」に基づく武器禁輸政策を大幅に緩和することとした。具体的には、国際共同開発・生産への参加や人道目的での装備品供与の解禁がその主な内容である。
 この武器輸出三原則というのは、1967年に佐藤内閣が国会答弁において、①共産圏②国連武器禁輸国③紛争当事国への武器輸出を認めないと表明したことに始まる。その後、三木内閣において、三原則の対象以外の国にも武器輸出を自粛する方針を定めた。しかし、その後は、現実対応が必要になるたびに、例外規定を定めつつ見直しを進めてきたものである。
 今回の緩和は、それ以来40年余りを経て初めて行われた抜本的な方針変更であり、さっそく「憲法の平和原則と精神を踏みにじるもの」だとか「死の商人と認識される」などの批判が出ているようである。

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 官房長官の談話では、「平和国家としての基本理念に基づく」姿勢は堅持するとし、目的外使用や第三国移転については「厳格な管理が行われることを前提とする」としているが、果たしてそれが現実的にどこまで可能かということについては、疑問符を付けざるを得ない。源義経がいよいよ追い込まれた時に、武蔵坊弁慶は、攻めてくる藤原勢を前に、立ったままで往生を遂げて、主君である義経を守ったとされるが、今回の見直しは、本丸の「平和憲法」を守りぬけるか否か…ザッツ・ザ・クエスチョンである。

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12月26日(月) 「想定」の 壁を築きて その外を 一切見ないが 事故の原因

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 東電福島第一原発事故の原因調査にあたってきた政府の「事故調査・検証委員会」が、中間報告書をまとめ、野田総理に提出した。それによれば、原子炉の炉心溶融を防ぐための冷却における東電の対応に問題があったと認定をしている。また、政府の対策本部が機能不全状態に陥っていたとも言及。さらに、津波に対して過小評価を行ってきたあ原子力関係者の姿勢に対する批判も織り込まれている。
 一言で言えば、人災的要素が強く示唆された報告書であり、今後の原子力発電所をめぐる議論に大きな一石を投じたものと評価することができるだろう。
 興味深かったのは、この委員会の委員長である、畑村洋太郎・東大名誉教授が、「想定外」という言葉について、こんなに語ったことである。「人間は、その行動範囲を一度決めると、その外側については考えなくなり、その存在自身に気づかなくなる。それが想定外だ」と。
 つまり、想定というのは、人間が作った壁のことである。その壁によって、自分自身の世界と外の世界を区切るのである。その壁を築くときには、不確定な要素が数多く残ってるはずなのに、ひとたびその壁が作られると、絶対的存在になってしまう。そんなことが、私たちの周りに数多くあるのではないかと思った次第。

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12月25日(日) 四国にも 雪積もるなり クリスマス 坂の上には 雲輝けり

 クリスマスである。かつてのクリスマスといえば、街全体が明るく輝いて、もっとにぎやかな楽しい日であった気がするが、何となく日常の延長線上の一日といった印象。これには、今年3月の大震災や原発事故の問題が暗く影を落としているせいもあるだろうし、私が年をとったせいもあるのかもしれないが、やはり日本社会全体が停滞感を強めているということではないかと思う。

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 気候的に言えば、前日の夜から日本列島を寒波が襲い、この四国でも、雪が降り積もった。私が住む新居浜は雪が舞った程度であったが、若葉書院がある新宮地域は積雪があった様子で、この日に予定していた平成23年最後の勉強会「四国マグマ・アカデミー」は休校とした。熱き思いも、天には通じなかったということである。
 それからもう一題。それは、NHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」が最終回を迎えたことである。三年間、年末になると楽しみにしてきたこのドラマが、日本帝国海軍が、ロシアのバルチック艦隊に対して完全勝利を収めた会戦場面を放映し、日露戦争を勝利に導いた立役者であった秋山兄弟の最期を描き出して、全編終了となった。このドラマを見ながら、現代ニッポンにおける「坂の上の雲」とはなんだろうかと考えさせられた次第である。
 この一日の雑感を列挙してみた。(第1,995回イラ短)

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12月24日(土) この国は 破滅に向かって 確実に 歩んでますね この調子だと…

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 クリスマスイブのこの日、政府では、来年度政府予算案を閣議決定。
 それによると、一般会計総額がる90兆3,339億円であり、前年度当初比で2.2%減。しかしこれはあくまで見かけ上の数字であり、実際には、基礎年金国庫負担に関する支出を、当面は歳出に計上する必要のない現金交付国債(仮称)で賄う形にしているのと、今回は東日本大震災からの復興経費については3兆7,754億円の特別会計を新設したため、実質的には、96兆円を上回る予算額となり、過去最大の予算規模となった。歳入のうち、国債に依存する割合は、49%となり、これも過去最悪。
 この予算案を見ていて気掛かりなのは、将来の消費税増税を織り込んでの予算組みとなっていることである。毎日新聞によれば、この予算を家計に例え、年収が423万円の家庭で、借金が7,090万円になっている姿と同じだと書いている。これで、給料アップに相当する消費税増税ができなければ、この家庭経済は、確かに危機的状況に立ち至らざるを得ないだろう。
 いよいよ日本は、国家として崖っぷちに立っていて、さらに追い込まれている状況といっていいだろう。このままだと破滅…それが実感されてきたこの年の暮れである。

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12月23日(金) 陛下には 傘寿を前の 誕生日 内憂外患 それも象徴?

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 天皇誕生日。天皇陛下には、満78歳の誕生日を迎えられた。
 今年は、少し前まで気管支肺炎のために入院をしておられたことから、記者会見は行われず、文書で誕生日を迎えた感想を発表された。それによれば、健康状態は十分に回復したとして、国民が気遣ってくれたことへの感謝を述べておられる。また、東日本大震災に関しては、多くのことを語っておられ、被災された皆さん方に対する気遣いを示しておられる。さらに、今年が太平洋戦争開戦70周年にあたることから、再び戦争になることのないよう平和に思いを致す重要さを語っておられる。
 私は、この機会に、天皇陛下が常に自分自身を無にして、国家と国民のために深く祈られ、国家の象徴としてふさわしくふるまってくださっていることに、大きな感謝をささげたいと思う。天皇陛下の徳によってこそ、この日本の国が統合されているということを実感しているからである。
 しかし、いつもにこやかな御表情の天皇陛下も、実際は、内憂外患の日々をお過ごしであろう。自分自身の健康問題、皇族内部の諸問題、そしてこの日本の国を取り巻く深刻な事態…。国家の象徴としての御存在である以上、それらすべてを、自らの責任と背負い込んでおられるのではなかろうか。
 陛下も、もうすぐ傘寿、御健康と御長寿を心からお祈り申し上げる次第である。

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12月22日(木) サヨウナラ またも消えゆく マニフェスト 風船みたいな 政治の言葉よ

 政府は、約二年半前の総選挙時に、マニフェストで建設中止を謳っていた群馬県の八ツ場ダムについて、その建設再開を決定。来年度の予算に、ダム本体の工事費を計上することにした。前田武志国土交通大臣は、この方針を記者発表すると同時に、この日の夜、建設予定地に出向き、これまでの混乱を謝罪した。

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  この決定には、さまざまな問題がある。まずは、有権者との契約という触れ込みで取り入れたマニフェストを、結局は実現不可能ということで、次々に自分自身の手で否定していくことが果たして許されるものなのかどうかという点である。通常の商取引などでは、契約を破棄すれば、破棄した側に一定の制裁が課せられるはずであるが、それがいったい何なのか、どうもはっきりしない点がある。
 そもそも、政治や行政の世界を多少でも知っている人間であれば、最初から空証文としか思えないような項目を、安易にマニフェスト上に掲載した人たちの責任は、どうなるのか。さらに言えば、契約という以上、それがいかに不合理なものであったとしても、それを順守する責任が当事者に伴っているはずであるが、それはどうなっているのだろうか。
 今の日本政治は、あまりにも言葉が軽くて、国民が、この「風船政治」に不信を語るのは当然のことだと思う。

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12月21日(水) 空海が 修行せしとか 舎心ヶ嶽に 響き求めて しばし身を置く

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 昨晩は、阿南市で宿泊。朝、阿南市内の様子を「宝船ビタミン号」を走らせて視察してから、阿南市役所へ。そこで岩浅市長、山本参議院議員としばらく懇談ののち、世界で初めて青色発光ダイオードを商品化した企業として有名な「日亜化学」の本社へ。事業発展の様子や発光ダイオードの技術などについて、見学。
 それから私が向かったのは、那賀町。阿南市の西方にある広大な面積を持つ山間の町である。ここで、ロープウエーに乗って、太龍寺へ。この太龍寺は、弘法大師が若いころに修業をしたとされている場所に建立された寺である。弘法大師は、この岩場で、虚空蔵経を唱え、悟りに至ったと伝えられている。その岩場が「舎心ヶ嶽」と呼ばれていて、その岩場の上に、大師の座像が設置されている。
 私は、その場でしばしの時間を過ごした。大師が眺めたであろう山々や海を眺めながら、大師の願いや祈りに心響かせようと時を過ごしたのである。この日は初冬としては暖かく、心静かな時間を過ごすことができた。
 その後、山村部の現状や国道195号・193号の整備状況を視察して、夜、自宅帰着。有意義なキャラバンであった。

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12月20日(火) 師走なり 残るは仕上げの 10日間 心もそぞろに キャラバンに出る

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 今年最後のキャラバン。向かったのは、まずは高松市。四国経済産業局、四国地方整備局、四国財務局、四国運輸局の局長を訪ねて意見交換。そして、JR四国や香川県教職員連盟もお訪ねした。いろいろな人と話し合い、新しい情報を得ると同時に、来年に向けての思いを語り合った次第である。
 その後、徳島県阿南市に向かう。阿南市の岩浅市長は、もともとは県議会議員で、「四国翔の会」という若手県議の会合で一緒であった。また、衆議院にも同じ時に初当選。党は異なったが、議席を共にする時期があった。そこで、一度話をしようと連絡をしたところ、ちょうど山本順三・参議院決算委員長もやってくるので、一緒に食事をしないかという話になり、急遽、夕刻に阿南市に到着できるよう、自動車を走らせたのであった。その日の夜は、久々に顔を合わせたメンバーで、酒杯をかわしながらの懇談。楽しい一夜であった。
 振り返って、このキャラバン活動。この一年間も何かと忙しくて、年初に思ったほどには各地に出向くことができなかったが、四国の現実を見つめ、思索を深めるうえで、一定の成果はあったと考えている。「宝船ビタミン号」も、何とか装備が整ったので、来年には更なる展開を行いたいものだと考えた次第。(第1990号イラ短)

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12月19日(月) 金正日 死して残すは 何の皮 鉄面皮とか 皮算用…かな

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 正午のニュースで、突然、北朝鮮の金正日総書記の死去が報じられた。二日前の午前8時30分に、現地指導に向かう列車の中で急性心筋梗塞を起こしたということである。北朝鮮の情報に敏感であるはずの韓国も、また世界一の情報網を持つアメリカも、事前に何らかの情報を得ていた様子はないので、北朝鮮では、この二日間、極秘裏に没後対応を進めていたということであろう。
 ニュースでは、その速報を聞いた人たちの反応ぶりが報じられていたが、その死に対して、哀悼の意が全く示されなかったというのも、日本に対して敵対的な対応を行ってきた金正日ならではのことであろう。
 「虎は死して、その皮を残す」という。ならば、金正日は死して何を残したのであろうか。「先軍政治」を標榜し、国内を軍が持つ武力で抑え込み統制してきた金正日であるが、それが有効なのは国内だけであり、国際社会では全く通用しなかった。それだけに、ある時は虚勢を張ってみせなくてはならなかったのだろう。それが「鉄面皮」の演出になったり、また、交渉のための材料として原爆を開発するなど、「皮算用」を行ったが、それらは必ずしも有効ではなかった。北朝鮮も、いつまでも今の政治体制が続けられるわけがない。新しい政治体制が生まれたときに、彼の人生はどう評価されることになるのだろう。独裁者というのは、大きな歴史の中では、おおむね悲劇的である。

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12月18日(日) 教育の 原点それは 良心と 同志集めて 私大作りし

 今年最後の「教師人間論ゼミ」。テーマは、「新島襄の人生と教育思想」。
 新島襄は、明治維新からさかのぼること25年、1843年、江戸安中藩邸に生を受けている。激動の時代の中で、自由を求め、元治元年、21歳の時に鎖国の国禁を破ってアメリカに渡航。以後、約10年間にわたり、アメリカの大学などで学んだり、ヨーロッパの教育制度を研究する機会に恵まれた。明治7年、31歳で新生日本に帰国してのちは、日本の青年たちに最善の教育機会を与えるべく学校設立事業に取り組み、幾多の学校を立ち上げて、教育に取り組んだ。晩年は、当時はまだ大学と言っても、官立の東京大学一校しかない時代に、私立大学の設立に奔走し、「同志社大学」を立ち上げたという人生である。

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 人間論ゼミでは、その新島襄が、20を超える新聞や雑誌に公表して協力を呼び掛けた「同志社大学設立の旨意」を教材に使って学びあった。彼は、これからの日本には、自治自立の人材を養成していかなくてはならないと、私立の大学設立の重要性を訴えかけたのであった。その原点には、独自一己の内面的価値判断を重視する、のびやかな自由人の育成、つまり「良心を手腕に運用する人」の育成があった。
 現代日本において、この志を改めて評価する必要性を痛感した次第であった。(第1988号イラ短)

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12月17日(土) 引っ越して 3年余りが 過ぎやっと 整備せるなり わが駐車場

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 11月の下旬、新居浜市の橿樹舎に、自動車が通常で6台(最大で15台)止められる少し大きめの駐車場を整備したが、その時、経費節減のために、区画の線引きや、菜園部分との境界ブロック積みなどは、自分たちでやることにしたのであった。その工事を、沢津青年団有志などの力を借りて、今日行った次第である。
 昼過ぎから工事を始め、すべての作業が終わったのは、夕刻5時半。冬至を前にしたこの時期だから、午後5時を過ぎると辺りはすっかり暗くなってしまったが、自動車のヘッドランプで照らしながら、作業をやり終えることができた。ご協力いただいた皆さん、特に藤田社長に、心から感謝を申し上げたい。
 考えてみれば、私がこの船木大久保の地に、中古住宅を購入して引っ越してきたのが、もう3年前の11月のことであった。それ以来、建物の塗装をやり直したり、古くなったエアコンを付け替えたりと、少しずつ改良を加えてきたが、今回の駐車場整備で、ほぼ整備完了である。
 したがって、これから先は、この建物を十分に活用して、より高度の仕事を行っていくことが課題である。来年1月から、本格的に動かし始めて見たいと思う。よろしくお願い申し上げたい。(第1987号イラ短)

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12月16日(金) いつどこで 線を引くかは 政治的 判断ですね 冷温停止も

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 前日のオバマ大統領によるイラク戦争終結宣言(アメリカ時間では、14日)に続いて、今日は、野田総理による福島第1原発事故の収束宣言が行われた。もっとも、この収束宣言というのは、あくまで事故を起こした原子炉が冷温停止状態に達したという宣言であり、これから先も、放出された放射性物質の除染問題、住民帰宅問題、原子炉の廃炉問題など、大きな問題が山積したままである。とりあえずは、国内的にも国外的にも、原子炉が再び暴走し、大量の放射性物質を放出するような懸念が極めて小さくなったという宣言を行い、ここで政治的に一区切りをつけたということだろう。
 だから、これは、極めて政治的な宣言である。さらに言えば、政権として次の段階に移行する決意を表明したものでもある。だから、テレビを見ていると、この宣言が遅すぎたという人もいれば、あまりに拙速だと論じている人もいるが、もともと明確な客観的判断基準があってこの宣言がなされたわけではないわけだから、いろいろな意見が噴出してくるのは当然のことである。後は、政権が、当該自治体とともに、住民生活再建問題や経済振興問題なども含めて、諸般の問題を一身に背負って解決に取り組んでいくということである。
 とりあえずは、この段階に到達できたことを喜び、関係者の労を多としたい。

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12月15日(木) オバマさん イラク戦争 終結と 宣言したけど 大丈夫なの

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 オバマ大統領がイラク戦争の終結を宣言。2003年3月に、ブッシュ大統領がフセイン政権に対して戦争を開始して以来、8年9カ月を経ての終結宣言であった。その間に、派遣されたアメリカ兵は延べ150万人。その内、約4500人が戦死し、約3万2000人が負傷したという。戦費は約1兆ドル。その負担が、米経済に深刻な問題を引き起こし、さらに世界に波及した。これから先に、帰還兵に対する医療・看護費が1兆ドルに達するという試算もなされているようである。それだけの犠牲を払いながら、イラク国内は必ずしも治安回復を果たせていないという。
 この戦いは、当初は大量殺戮兵器をフセイン政権が所有しているという理由で始められたものであったが、結局、原爆も細菌兵器も発見できず、戦争の意義はあいまいなものとならざるを得なかった。また、戦闘対象が見えないテロリストを相手に続けざるを得ない、つかみどころのない戦いでもあった。それだけに、アメリカ国民には、戦勝気分は皆無ということであり、国民の国家に対する信頼感も著しく低下することになった。恐らくは、国民精神面でも、大きな傷跡が残ったのではないだろうか。
 オバマ大統領は、その戦いの重荷をこれから背負っていかねばならない。本当に大丈夫?というのが、正直な気持ちである。(第1985号イラ短)

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12月14日(水) 見えぬもの 見せてくれるが 科学なり ヒッグス粒子の 発見なるか?

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 昨日13日、欧州合同原子核研究機関(CERN)は、二つの国際研究チームが行った実験によって、万物に質量を与える原因とされる「ヒッグス粒子」発見の可能性が高まったと発表。大きな話題となっている。
 このヒッグス粒子というのは、1960年代にイギリスの科学者、ピーター・ヒッグス博士によって、理論的に存在が予言されたものだそうである。新聞の解説を読むと、物質や宇宙の成り立ちを説明する「素粒子の標準理論」を構成する素粒子の中で、唯一存在が実証されていないものなのだそうだ。宇宙全体にあまねく存在し、万物に質量を与えるといわれている。現状では、この存在の確からしさがッ、98.9%なのだという。この数字が、99.9999%になれば、その存在が公認されることになるのだそうだ。天文学的数字というべきものであり、私は詳しいことはわからないが、とてもすごい研究が進行しているのだなという印象であった。
 そもそも科学というものは、それまで見えなかったものを見せてくれるものである。顕微鏡の発明により、ミクロの世界が見えるようになり、新しい知識を得た。望遠鏡などの発明により、よりマクロの世界を知ることができるようになった。現在の社会的困難を乗り越える視点を、科学は与えてくれるのだろうか。そこに私は大きな興味がある。(第1984号イラ短)

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12月13日(火) 奇跡とか 希望と言われた 一本松が 力尽き果て 立ち枯れしとや

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 大地震の後の大津波にも耐えて、地域復興のシンボルとなっていた岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」が、立ち枯れてきて、もう蘇生は絶望的と発表された。国の名勝とされた高田松原は、震災前には7万本もの松が茂っていて、日本百景にも選ばれていた。それが津波の直撃を受けて、そのほとんどが根元から折れてしまい、この一本だけが残っていたという。それだけに、その生命力を称え、復興のシンボルとされてきたものである。
 立ち枯れた理由は、津波による塩水によって、根が腐ってしまったせいだという。残念な話ではあるが、地域では、この枯れ木を保存する取り組みも行われるようであるし、また、バイオテクノロジー技術などを使って、この木の遺伝子を引き継ぐ子孫を育てていく計画も進んでいるらしい。
 私は、この松の話を聞きながら、その姿に日本列島を重ね合わせていた。この日本の国も、さまざまな理由によって、根腐れを起こしてしまっているのではないだろうか。そしてその結果として、経済停滞や財政赤字、モラル低下などの問題を引き起こしてしまっているのではないだろうか。そんな考えかたをしてみると、今の日本の問題がうまく説明できるような気がしてきたのであった。(第1983号イラ短)

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12月12日(月) ロケットは 95点で 及第と 聞きて至らぬ 自分を思う

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 三菱重工とJAXAは、午前10時21分、種子島宇宙センターから、「H2A」20号機を発射。打ち上げを成功させた。今回のペイロードは、政府の情報収集衛星「レーダー3号機」であった。
 これで、H2Aを使った打ち上げは、14回連続で成功。これまでの20回の打ち上げで、失敗はただの一度だけ。つまり、成功率が95%に到達したわけである。この95%という数字は、衛星打ち上げ市場で、最も高い信頼性を証明するものだということで、日本の宇宙ロケットも、これでようやく一人前になったということである。関係者のご努力に心からの敬意を表したいと思う。
 95%というのは、テストでいえば、100点満点の95点である。難しい試験で、これだけの点数を取るのはなかなか大変だなというのが率直な思いである。例えば、自分自身の生き方や考え方において、95点という点が取れるだろうかと考えてみると、とてもじゃないがこれは無理な数字だね…それが正直な気持ちである。
 今回の成功を機に、日本の宇宙ビジネスのますますの発展を心から念じた次第であった。(第1982号イラ短)

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12月11日(日) 良斎は 陽明学者 我を無くし 独を慎み 死して後已む

 今年最後の「四国人間論ゼミ」。そのテーマには、香川県多度津町で活躍した陽明学者・林良斎を取り上げた。
 良斎が生まれたのは、1808年のこと。明治維新に先立つこと60年である。その当時の儒学は、朱子学一辺倒ではなく、陽明学の要素がずいぶん強くなっていたようである。良斎は、大塩平八郎との交流の中から、陽明学に強い関心を抱くようになったようである。陽明学では、「良知」ということを主張する。自分の心の内にこそ、真理が宿されているという考え方である。しかも、その良知は、生まれながらに備わったもので、善なるものであるとするのである。
 そこで、良斎は、「我を無く」し、さまざまな囚われから解放されると同時に、「独を慎む」姿勢の中から、本来の自己を実現することを、ひたすらに追い求め、実践した。その気迫は相当のものであったようである。本人は、この生き方は、「死して後已む」ものであると書き残している。
 良斎は、病気のために、明治の世を見ることもなく、43歳で早世した。しかしその短い人生の中に、求道者としてひたすらに生きたその生きざまは、多くの人の心に火をともしたことだろう。
 今回の人間論ゼミを通して、現代の時代に、私たちが考えねばならないことが、数多く提起されている気がしたのであった。(第1981号イラ短)

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12月10日(土) 月蝕は あっという間に 欠けれども 皆既となれど 赤く光れる

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 満月が地球の影にすっぽりと隠れる「皆既月蝕」が、11年5ヵ月ぶりに、日本で観察された。夜の9時45分からだんだんと満月が欠け始め、11時5分に皆既状態に。私が住む愛媛県新居浜市でも、少しは空に雲がかかっていたが、この月蝕現象を十分に観察することができた。月蝕の場合は、日蝕と違い、月に影を作るのが地球だから、地球大気で散乱された光が、月面を少しだけ照らし出すので、皆既状態でも、月面は真っ暗にはならないという。確かに、私が見た皆既月蝕時の月面は、暗く赤くぼんやりと光っていた。
 こじつけとなってしまうが、この月蝕は、政権の支持率の満ち欠けを連想させられるものであった。政策不信や政治不信が生まれてくると、政権は急速にその支持率を低下させる。一度落ち始めてくると、急速に下がってしまう。しかもほとんどの場合、一方通行である。そしてそうなると、一気に国会議員の離反が始まり、政権維持が困難となり、そこで政権は崩壊する。政権は、完全に消えてなくなってしまうのである。月蝕の場合ならば、皆既状態でも少しは光が残るし、皆既を過ぎれば、再び月は輝きを取り戻す…。
 こんなことを考えたからといって、どうという事もないのであるが、人間の世界と自然界はやはり違うものだと、月蝕の月を見ながら、面白がりながら考えた次第であった。

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12月9日(金) 野田政権 軽重問われた 国会が 問責札かけ 本日閉会

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 第179臨時国会が閉会。その最終日に、自民・公明両党が提出した一川防衛大臣とを山岡消費者担当大臣の問責決議が、参議院で可決した。それに対して、野田総理は、閉会後の記者会見で、「これまで以上に襟を正して職務を遂行してほしい」と、続投させる方針を表明した。
 この臨時国会は、基本的には、3月11日の東日本大震災の復興問題と、深刻化する経済危機対応問題を中心に議論するはずの国会であった。しかし、国論を分断する大問題、例えば増税問題やTPP問題なども議論される中で、与党内部の足並みも乱れ、一方では、野党内でも、基本的な姿勢を決められないままに、政治手法や国会運営などをめぐって紛糾をアピールするという姿勢がみられた。その間には、大阪市・大阪府のダブル選挙で、既成政党に対して厳しい審判が下されたということもあった。政党政治とそれに基づく論議全体が、焦点の合わないものになり、国民には、とても分かりにくい政治状況を生み出した。そしてそれは、おそらくは国民の政治不信を肥大させる結果となるだろう。
 今回の閉会間際の閣僚問責決議はわかりにくい。そして、それへの総理の対応も、わかりにくい。日本政治全体が、泥沼の中に身を沈めて行きつつある印象を持ったのは、私だけではないだろう。

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12月8日(木) 新聞を 見れば問題 ばかりなり 世界各地が 迷走・停滞…etc.

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 平素、私の朝一番の仕事は、新聞のチェックである。昨日一日、いったい何が起こっていたのか、マスコミ上では、何を重視しているのか、そしてそれがこれから先にどのような影響を及ぼしている可能性があるのか、そんなことをまず新聞を一読して、頭の中に整理するのである。
 その新聞紙面を見ていると、なんだか暗澹たる気持ちになってきた。「内閣府が発表した11月の景気ウオッチャー調査によると、街角景気は2ヵ月ぶりに悪化」「欧州債務危機の拡大を受けて、欧州中央銀行が2ヵ月連続の利下げに」「消費増税、攻防が激化」「EU首脳会議が開幕、首脳間に意見の違い」「11月の倒産、3.2%増」「COP17協議大詰め、意見の違い」などである。新聞というのは、さまざまな問題指摘を行うことを使命としているところがあるから、問題の羅列がなされていること自体に、気を重くしているわけではない。そうではなくて、紙面で提起されている問題のそれぞれが、これまでのやり方ではとても解決されないと感じられる深刻な問題であり、そんな問題が山積み状態になっていることに気が重くならざるを得なかったのである。
 もうすぐ平成23年も幕を降ろすが、これらの問題は、引き続いて来年に持ち越しということになるのだろう。私も、この隘路を抜け出るために、さらなる知恵を求めて、努力をしていかねばと考えた次第である。

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12月7日(水) 年末の 挨拶回りを 始めけり まずは山中 新宮村から

 若葉書院で使用しているコピー機のディスプレーに、ドラム交換の警告文が出て、さっそくサービスセンターに連絡をしたところ、この日、ドラムの交換に来てくれるということで、朝、若葉書院に向かう。そして、担当者にこの交換作業をしていただいたのち、折角の機会と、書院で勉強会やあいさつ回りの資料作りを行う。

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 そして、午後3時くらいから、この若葉書院がある四国中央市新宮町(かつて合併前には、新宮村)の平素お世話になっている方々のところへのあいさつ回り。山里でこのような建物を所有し、活動を行っていると、近所の方々にいろいろとお世話になることが多いものである。一年を振り返りながら、気にかかっている人のところを次々と訪ねて行った。
 考えてみれば、もう12月。しかも、それも一週間が過ぎてしまったから、残りは20日あまりである。議員在職時には、この時期になると、朝から夜まで駆けずり回って、支援者のあいさつ回りをしていたものである。今はもう、そんなに多くの方々にあいさつしなくてはならないということはないが、気持ちの上で、その年に区切りをつけようと、可能な範囲で、あいさつ回りをし、または電話でご挨拶を申し上げているのである。これが始まると、いよいよ年末のゴールが見えてくるのである。

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12月6日(火) 原子力 協定採決 なされたが 与党内部も 造反有利?

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 衆議院が本会議で、日本の原発輸出に向けたヨルダンなど四カ国との原子力協定について採決を行ったが、その際に、民主党の10人以上の議員が退席ないしは反対に回ったという。これは、今後、原子力発電をい推進するか否かをめぐって、党内での考え方がまとまっていないことに一義的には起因する問題であるが、同時に、執行部批判のあらわれとも見ることもできよう。新聞記事を見ると、その見出しに「造反」という言葉が踊っている。
 「造反」といえば、有名な言葉が、「造反有理」という言葉である。「謀反にこそ正しい道理がある」という意味で、文化大革命当時に、江衛兵がスローガンとして掲げたものである。しかしよく考えてみれば、今回の造反民主党議員のふるまいは、自らの利益を求めての行動とも見えなくはない。原子力発電推進反対派へのアピールであったかもしれないし、または、野田政権と距離を置き始めている小沢一郎氏にこびを売る動きであったとも見ることができる。要するに、自分が有利になるために、こんな行動を起こしたということではないか。
 草葉の陰で、毛沢東が怒っているかもしれない。「オイ、君、字が違うぞ」と。

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12月5日(月) 結ばれて 8ヶ月となる 記念日に 祝宴ありて 政治の談議

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 この日の夜、今治市で、私たちの結婚を祝う会合があった。かつての中選挙区時代に支援をして下さった方々が、結婚のお祝いもせずに放っておくわけにはいかないと、開いて下さった会合であった。その会の中で、妻からもあいさつをしたのだが、今日がちょうど結婚から8か月の記念日になりますと話すのを聞いて、あぁもうそんなになったか、というのが、私の率直な思いであった。
 この今治のメンバーとは、小選挙区制が導入された平成6年から、選挙という意味では、縁が切れた関係である。もうそれ以来、17年である。それにもかかわらず、私のことに関心を持ってくれていて、何かがあれば、こんな形で集まってくれる人たちである。これは、心の結びつき以外の何ものでもない関係である。それだけに、とてもありがたいことだし、仲間として心安らぐ気持ちになれる場でもある。
 この日も、心を許し合ってにぎやかに語り合う会になった。特に、政治に強い関心を抱いている人たちであるから、自ずから話題も、政治問題になった。日本に、こんな人たちがいる限り、この国は大丈夫だ、そんなことさえも思った次第であった。(第1975号イラ短)

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12月4日(日) NHKで 「坂の上の雲」が 始まった 私の胸には 旅順の思い出

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 今日、NHKで、「坂の上の雲」第三部が始まった。この第三部は、いよいよ日露戦争の場面ということで、どんな描き方をしているのだろうと、かねてから関心を持っていたものであった。これから、旅順のロシア軍要塞での戦闘場面や、203高地をめぐる激戦などが放映されるとのことである。
 ところで、私にとっては、この旅順での戦闘は、昨年と今年、東鶏冠山のロシア軍要塞や203高地を訪問したことによって、よりその関心が強くなっている。二度にわたって訪れたこの土地で、一体どのような戦闘が行われたのか。そこでのさまざまな人間模様はいかなるものであったのか。そんな点に関心を持って、じっくりとテレビを見たいと考えている。
 それにしても、旅順攻撃を命じられた第三軍の司令官であった、乃木将軍は、203高地の戦闘の後に、ここに「爾霊山」の名称を与えたという。この戦闘で亡くなった数多くの将兵に対する慰霊の思いを込めたものだという。私たちはこの夏、その山頂で、参加者みんなで「ふるさと」を歌った。故郷を思いながら散華した人たちへの思いを込めたものであった。そんなことが、このドラマを見ながら、思い出されたのであった。(第1974号イラ短)

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12月3日(土) 日本人 親しみ感ずは アメリカで 近所の中ロにゃ 親しめぬとや

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 内閣府が、外交関係に関する世論調査の結果を発表した。それによると、米国に「親しみを感じる」との回答は、昨年より2.1ポイント上昇して、82%に達し、この調査を始めた1978年以来、最高の数字になったとのことである。
 一方、中国に「親しみを感じる」人は、26.3%、ロシアについては、13.4%と、低い水準にとどまった。
 近所同士は、とかく争い事が起こりやすく、感情問題に結びつきやすい。中国やロシアとも、領土問題などをめぐって、摩擦が起こることが多く、日本人には、親しみを感じにくいところがあるのだろう。
 それにしても、韓国に親しみを感じる日本人は、62.2%に上っていて、隣国関係としては、とても高い数字である。これには、韓流文化流入の影響もあるだろうし、日韓両国の政治指導者たちが細かな気配りを行ってきた成果でもあるだろう。しかし、楽観してばかりではいられない。隣同士というのは、いつ何時、ぶつかり合う場面が生まれるかわからない。心して、対応していくことがこれからも大切だと思う。
 私は、日本はやはり、多少の問題はあっても、アメリカとの関係を基軸に、国際関係を打ち立てていくべきだと思う。国民も、この調査結果を見る限り、そんな気持ちなのだろうと思う。(第1973号イラ短)

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12月2日(金) 率直な 言葉や部下の 問題で 大臣やめろじゃ 仕事にゃならぬ!

 一川保夫防衛大臣が、沖縄を訪問し、県庁で仲井真弘多知事と会談。前沖縄防衛局長の発言について謝罪すると同時に、自分自身の「米兵による少女暴行事件について詳細には知らない」とした自らの発言について釈明をした。しかし、知事は、「県民の尊厳や気持を傷つけている。県民の信頼回復にはかなり厳しいものがある」として、わずか9分間で会談を打ち切った。
 一方、国会では、自民・公明両党が、防衛大臣に対する問責決議案を三議員に提出する方針を決めたことを受けて、与党内部でも、大臣交代が望ましいとの声が広がってきたようである。

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 防衛大臣は、今は、十字架にかけられたような気持ちであろう。
 ふと、イエスキリストのゴルゴダの丘で十字架にかけられて処刑される場面を連想した。イエスは、天を仰ぎみて、「わが神よ、なぜ私を見捨てたのですか?」と恨みごとを述べた後に、「終わった・・・」、「神よ、神よ、すべてを汝に捧げ奉る」と語ったとされている。
 今、一川防衛大臣は、何を思い、何を語ろうとしているのだろう…。(第1972号イラ短)

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12月1日(木) 松陰神社 訪ねけり 心の中に 声聞こゆ 大和心は 今いずこやと

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 午前中、萩市内の観光。特に、松陰神社の訪問。
 実は、一昨日の夜、下関で吉田松陰に関する講演を行ったとき、その会のお世話をして下さった松村さんが、萩市出身の方で、この後に萩に行くのならば、松陰神社の上田宮司に連絡をとっておきましょうと、約束して下さっていたのであった。そのおかげで、宮司さんにあちこちをご案内いただき、特に、松下村塾の建物の中にも入れていただき、講義室でここにお座りなさいと言われて座った場所が、吉田松陰が弟子たちの指導に当たった時に座っていた場所ということで、深く感ずるものがあった。そのほかに、約二年前に開館したばかりの松陰神社宝物殿「至誠館」も、じっくりと時間をかけて、展示物を見せていただいた。
 萩市内では、この松陰神社以外にも、松陰の生家跡、松陰や親族などの墓、投獄されていた野山獄の跡、松陰が教鞭をとった明倫館の跡、さらに、親族や弟子たちと最後の別れをした涙松の跡などをめぐった。とても有意義な時間であった。
 至誠館には、松陰最後の手紙である「留魂録」も展示されていた。その冒頭の辞世の歌「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ぬとも 留め置かまし 大和魂」の叫びが、萩にいる間中、ずっと私の胸で響いていたのであった。(第1971号イラ短)

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