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4月30日(月) ガレキ積み そこに木を植え 防潮堤に! 一石五鳥の 良いアイデアかも!

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 岩手県大鎚町で、「鎮魂の森」づくりがスタート。この日は、住民とボランティアが、震災がれきで築いたモデル防潮堤に、深く根を伸ばす広葉樹の苗木を約3,000本植樹した。今回は、長さにして約50mくらいの小規模のものであったが、それには、町民たち約450人が参加したという。10年後には、この苗木は、10mもの高さに育つらしい。
 震災の直後から、がれきを使って堤防を築き、その上に広葉樹を植樹して強化し、津波に強い地域づくりを進めていくべきだと提唱したのは、宮脇昭・横浜国立大学名誉教授であった。確かに、このやり方は、いろいろな問題を包括的に解決するいいアイデアではないかと思う。
 第一には、自然の力を生かした防潮堤として。第二には、被災地に残るがれきを処理する方法として。第三には、自然の樹木を用いて環境整備を促進する意味で。第四には、コンクリートの堤防ではなく、樹木による森なら美観的にも好ましいから。そして第五には、当該地域内外の人たちが一緒に汗を流し作り上げることで、新しいコミュニティーが形成されるという意味で。つまり、「一石五鳥」とも言うべきアイデアだと思うのである。
 人は、悲惨なことさえも、プラスに転化して、社会の発展させていかねばならない。その一つの例が、今回の取り組みにおいて示された気がしたのである。

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4月29日(日) 昭和の日 そがよき日々と 思うのは 余りに今が 殺伐とせしゆえ

 昭和の日。昭和天皇の誕生日がこの日であったことから、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧みて、国の将来に思いを致す」日として、国民の祝日と定められている。

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 このしばらく、昭和の時代を懐かしく回顧する空気がこの国に流れている気がする。NHKの朝のドラマでも、前の「カーネーション」も、いま放映中の「梅ちゃん先生」も、昭和の時代を力強く生きた女性の物語である。あの時代、日本人は、もっと純粋で、将来に希望をいだいていて、周りの人たちと心を響かせ合いながら、たくましく時代を乗り越えてきた…そんな懐旧的な時代描写が、ドラマのあちらこちらで感じられるのである。私の身近にも、「貧しかったかもしれないけれども、あの時代がよかった」と語る人が多いような気がする。
 それも、今の時代があまりに殺伐としているからではなかろうか。今日も、遠距離バスの事故で多くの人が死傷したとテレビが報じていた。将来への不安を語る人が多くなってきている。確かに当時よりも今の方が経済的には豊かな世の中になっているのであろうが、それにもかかわらず、幸福感が得られない。何かがおかしい。そんな気分が社会に満ちあふれている。いったい何が失われてしまったのであろう。そんなことを、この記念日に考えたのであった。

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4月28日(土) 日本が 主権回復 60年 そうか!これから 再出発か…

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 4月28日といえば、サンフランシスコ講和条約発効の記念日である。昭和27年のことであった。これにより、連合国軍による占領状態が終了し、日本が独立を回復したといわれている。それから数えて、今年はちょうど60年。つまり、再出発した日本の国が還暦を迎えたということである。
 日本では、この還暦の祝いで、赤色の頭巾とちゃんちゃんこを身につける習慣がある。暦が一巡したこの時点で、生まれた赤ちゃんに還ると考えられたためだという。
 ならば、戦後の独立国家ニッポンも、これからが再出発である。いろいろな問題を抱えているが、心新たにこれから歩み始めるという気概を持ってもいいのではなかろうか。オールクリアというわけにはいくまいが、せめて頭の中だけでも、そんな発想になって、旧弊にあまり捉われずに新たな道を切り拓くということが大事ではなかろうか。
 おまけに言うならば、実は、この4月28日は、私の誕生日でもある。この日、私は57歳になった。もうそんな年になったのか、と寄る年波を意識する一方、まだまだやらねばならないことがたくさん残っていると、自らを鼓舞した次第であった。

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4月27日(金) かつて流行りし 「大きいことは いいことだ」 ホントにそうかとテレビを見たよ

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 政府は、国連の大陸棚限界議員会が、沖の鳥島の北方(四国海盆海域)や南鳥島の西方(小笠原海台海域)、また南硫黄島海域、沖大東海嶺南方海域の4海域、約31万平方キロメートルを日本の大陸棚として新たに認める勧告を採択したと発表。日本の国土面積にほぼ匹敵する面積の大陸棚について、新たに資源の探査・開発の権利が認められたということで、日本の海洋開発に大きな意味を持つものとなりそうだ。
 また、日銀は、この日の金融政策決定会合で、資産買い入れ基金の増額による5兆円の追加金融緩和を打ち出した。上向き始めた景気の腰を折らず、デフレ脱却を確かなものにするための対策だと説明されている。
 この二つの話題とも、キーワードは「拡大」である。ただ、拡大は同時に、副作用を引き起こす可能性も持っている。大陸棚権益の拡大は、日本周辺地域の領土問題や経済圏域問題に飛び火する懸念はないだろうか。また、資産買い入れ基金の増額は、長期国債を10兆円買い入れることによる対応であるだけに、財政信任を揺らがせる可能性があるのではないか。
 ふと思い出したのが、もう40年も前のことになるが、音楽家・山本直純氏が、気球に乗って指揮棒を振っていたコマーシャルであった。彼の指揮に合わせて「大きいことはいいことだ」との合唱が鳴り響いていた。さた、ホントにそうだろうか…と思った。

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4月26日(木) 限りなく 黒と見えても 無罪なり 1か0かの デジタルゲームじゃ

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 この日、東京地方裁判所は、資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐって、強制起訴された民主党元代表・小沢一郎被告に対して、無罪を言い渡した。その一方で、元秘書たちが作成した政治資金収支報告書が虚偽記載に当たると認定。また、その記載に関して、小沢被告の一定の関与(秘書たちが小沢被告に無断で行うはずはなく、共謀との主張に対して相応の根拠はある)も認めたが、「元代表は違法性の根拠となる具体的事情まで認識していなかった可能性を否定できず、共謀を認めて刑事責任を問うことはできない」と結論付けている。
 この判決を読んでも、実は、何が何やらよくわからないというのが私の率直な印象である。おそらく問題視されている罪状はあるだろうと推定されるが、証拠として提出されたものだけでは、法的には裁けないという結論であったからである。しかし、法と証拠に基づいて為されねばならない裁判というものは、結局は有罪か無罪かという、1か0かのデジタルゲームであって、そのどちらかに判断しなければならないとすれば、証拠不十分で0と判断せざるを得ないということである。
 これはおそらくは、一般国民の良識には合致しないものであろう。「黒いカラスであっても、裁判所が白だといえば、白なんだ」という乱暴な主張だからである。しかしこれが現実。司法の限界ということをもっと考えなくてはならないのかもしれない。

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4月25日(水) 原発も いずれは過去の 遺物となるか? 生命を終えた 脱け殻として

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 仙台駅を正午前に出る東北新幹線に乗って戻る予定であったので、午前中の時間、仙台市博物館を訪れた。ここには、仙台の古代から現代にいたるまでの様々な歴史が展示されていた。その中で、私にとって特に興味深かったのは、伊達政宗に関する展示(彼の使った甲冑の後方には日の丸の旗があった)、慶長遣欧使節・支倉常長のドラマ映像、山本周五郎の小説「樅の木は残った」の題材となった「寛文事件」をめぐる特別展、そして、この地で学んだ魯迅の碑・像などであった。
 いつも博物館に行って展示物を見ているときに思うことは、かつて生きて活発に活動していたさまざまなものが、博物館の中では、そのある瞬間だけが切り取られ、変化を否定され固定されていることへの違和感である。その生きていた時の様々な姿は、観察者がそれぞれに想像して膨らませていけということか。
 そんなことを思いながら新幹線に乗って、スマホでニュースチェックをすると、敦賀原発の原子炉下に活断層があるかもしれず、それならば、この原発は廃炉になる可能性があるとあった。また、経済産業省の有識者委員会が、再生可能エネルギー買い取り制度の購入価格原案を示したともあった。この調子なら、原発も、いずれは博物館の展示物になってしまうかもしれないな、などと思ったのであった。

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4月24日(火) 震災の 復興進める 底力 そいつは夢と 知恵・元気なり

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 朝、東北新幹線に乗って仙台へ。昼前に到着。それからレンタカーを借りて、仙台港に向かう。この港は、昨年三月の大津波で甚大な被害を受けた場所である。それがどう復興しているか見ておきたいと考えたのであった。
 驚いた。わずか一年余りで、ここまで復興できるのか、といった印象であった。港のあちこちで工事が行われていたが、すでに船舶が入港し、荷役業務も行われていた。その港の後背地では、相当の被害を受けたはずの社屋や倉庫・工場などが、すでに日常の活動を始めていた。心強く思った次第である。
 その後、まだ少し時間が残っていたので、多賀城市に行き、多賀城史跡や東北歴史博物館などを見学して後、夜の講演会場に向かう。今回の講演は、「仙台SMIクラブ」が招いてくださったものである。SMIとは、サクセス・モチベーション・インスティテュートの略で、人生と事業の成功を求めて学び合う経営者たちが集まっている組織である。私はそこで、「本物の経営とは何か」をテーマに、約一時間半の講演を行った。本物であるためには、「夢と知恵と元気」がなくてはならないという私の主張は、SMIの創始者ポール・マイヤー氏の主張とほぼ一致するものであった。
 この基本理念のもとに、確かに、震災被災地は復興に向けて底力を発揮している…そんなことを考えた一日であった。

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4月23日(月) 漠として 何とも締まらぬ 世相なり そこで語るは 武士道精神

 午前中は、全日本教育連盟を訪問。新年度からの新役員皆さんにお会いして、意見交換。特に、「教師の幸福論」ということについて、その考え方をお話しする。続いて、文部科学省を訪問し、森口事務次官はじめ、幹部の方々と意見交換。さらに、神田で旧知の編集者とお会いして昼食をともにする。それからしばらく、神田の書店・古書店などを回った後、ホテルに戻り、夜の会合の準備。

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 この日の夜は、「第四回霞が関アカデミア」。テーマは、「武士道精神」。今の時代は、年を経るに従って混とんとした世相になってきているが、それは、日本人自身の心の中にしっかりとした足場を失っているからである。ならば、その足場とすべきものはいったい何か、ということになるが、私はやはり「武士道精神」こそが、もっともそれにふさわしいものだと考えている。そこで、新渡戸稲造著「武士道」を足場にして、その他文献も参考資料に使いながら、日本人の心に長く宿ってきた武士道ということを、官僚皆さん方にお話しした次第である。
 新渡戸氏は、武士道とは、今も生きている桜の花のようなものであると語っている。桜の花とは、一輪ずつの花ではなく、何千何万も咲くすべての花を一体のものとして愛でる、つまり、誰か特別の人でなく、この日本に生きた多くの人々の生きざまの集合体として武士道があるという意味である。そして、桜の花は、美しいままに散っていく…。

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4月22日(日) 子規が生き 生命を終えた 旧居では へちまの花に まだ間に合わず

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 昨晩は東京神田で宿泊。今日は日曜日なので、官公庁や企業もお休み。そこで、今日は遠慮無く少し羽を伸ばしてやろうと、午前中は秋葉原の散策。そして昼過ぎに大学に通う娘と合流して、前々から気にかかっていた場所を訪ねることにした。
 まず訪れたのが、根岸の子規庵。正岡子規が34年余りの人生の最期を過ごした場所である。子規は、この家に病臥しながら、文学の近代化のために命の最後の炎を燃やし尽くしたと言われている。元の建物は昭和20年4月の戦災で焼失したが、その後、その当時の建物や庭が再建されて現在に至っている。絶筆となった三句も、ここで作られた。「糸瓜咲て 痰のつまりし 仏かな」「痰一斗 糸瓜の水も 間にあはず」「をととひの へちまの水も 取らざりき」。これらは、亡くなる前日の9月18日に作られた。当然、私たちが訪れたこの春の季節には、まだ糸瓜の花も咲いておらず、その句を深く味わうことはかなわなかったが、それでも子規の壮絶な生きざまの一端に触れることができた気持ちがした。
 その後、今注目されている、谷中商店街を訪れ、さらに、山岡鉄舟が建立した全生庵で鉄舟の墓に参り、ボストン美術館展を開催している国立博物館で、その展示の鑑賞をした。そしてさらに、娘と一緒に再び秋葉原に行き、裏通りでの買い物と夕食。そんなのどかな一日であった。

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4月21日(土) 下野をして 約3年の 月日経て 集いし仲間 約40名

 昨晩は、「沼津水野塾」の講演の後、同じ会場で夕食弁当を食べながらの意見交換会。そしてさらに、有志が三島駅近くの会場に移動して、夜遅くまで懇談会。なんとも密度の濃い勉強会であった。そしてそのまま、三島駅近くのホテルで宿泊。

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 今日は、朝食を終えた後、一人で三島の町中を散策した。実はこれまで、三島は、いつも新幹線で通り過ぎるばかりで、下車したことがなかった。きれいに水辺整備をした源兵衛川、皇族の別邸であった楽寿園、三島にゆかりの文学者の碑が建てられた水上通り、そして伊豆国一宮として今も人々の信仰を集める三嶋大社などを歩いて回った。それから、水野さん、吉澤さんと合流して、静岡市の清見寺を訪問。足利尊氏がこの寺を崇敬し、当時には、日本十刹の七位に列する寺であったという。
 その後、水野さんと別れて、私は上京。新橋で、かつての「東京OAK・TREEフォレスト」の同窓会。久しぶりに昔の仲間が寄り集まるということで、いろいろな方々が来て下さった。全体で約40名。私が「在野の政治活動」を始めるということで東京を離れてから、もうすぐ3年である。今の私には、全く地位もなければ力もない。それにもかかわらず、よくもこんなに多くの方々が集まってくださったものだと、仲間の友情に深く感じるものがあった一夜であった。

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4月20日(金) 沼津には 過ぎたるものが 二つあり 水野の塾と 千本松原

 朝早く自宅を出発し、新幹線で静岡県の三島駅へ。実はこの日は、国際エコノミストの水野隆徳氏から、自らの地元で開催している「沼津水野塾」で講演をしてほしいと、依頼されたのであった。午後1時半頃に三島駅に到着。水野さんほかの出迎えを受け、自動車で会場の沼津御用邸に向かう。その道中、海岸に細長く広がっている「千本松原」を見せていただく。雲がなければ、ここから眺める富士山はとても見事だとのこと。この日は残念ながら、富士山を見ることはかなわなかった。

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 講演会は、午後3時から。まず、30分余り、水野さんからの話。日本の伝統精神を学ぶ重要性を語られた。そしてその後、私から約1時間半の話。「本物」ということをキーワードにこれからの時代を考える必要性を語った。
 参加者は約40名。こぢんまりとした勉強会であるが、参加者の真剣さは並大抵のものではなかった。高い集中力とその場に流れる静かな響き合い。長い年月をかけて継続して開催してくる中で培われてきた気風であると思った。
 静岡県といえば、よく「駿府には 過ぎたるものが 二つあり 富士のお山に 原の白隠」という短歌が取り上げられる。その流儀で表現すれば、沼津で誇るべきものは、この水野塾と千本松原かなと思った次第。

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4月19日(木) 恥知らず 力ばかりの 世相こそ ひどく社会を 荒ませるかな

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 午前7時すぎ、北九州市小倉区の路上で、近くに住む元福岡県警警部・広石保雄氏がバイクに乗った男によって拳銃で撃たれ、全治一ヶ月の重傷を負った。広石氏は、昨年の3月まで長い間、暴力団工藤会の捜査に携わっており、工藤会幹部を逮捕した事件捜査も主導していたため、今回の事件は、工藤会による犯行ではないかとして、警察は、殺人未遂容疑で小倉南署に捜査本部を設置したという。
 また、同日インドは、核弾頭搭載可能な弾道ミサイル「アグニ5」の発射実験を初めて実施し、成功を収めたという。このミサイルは、射程が5,000キロであり、中国全土を射程に収めている。日本ではあまり話題にはなっていないが、拡大主義を続ける中国に対抗する必要上、インドはこのしばらく、急速に軍備拡張を進めていて、自前の原子力潜水艦や空母などの整備も進めているという。
 このほかにも、この日、北朝鮮の宇宙空間技術委員会が弾道ミサイルの開発続行宣言する報道官談話を発表。または、韓国国防省も、北朝鮮全域を射程に収める巡航ミサイルの独自開発を行い、すでに配備済みであると発表。
 こんなニュースを見ていると、日本国内のみならず、世界各地で力と力がぶつかり合う事態が生じていると言えそうだ。恥と自制を知らず、力だけに頼る世相というのが、気がかりである。

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4月18日(水) 大臣て 何とか細き 首だこと 春の嵐に なすすべもなし

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 自民党、みんなの党、新党改革の野党3党は、前田武志・国土交通大臣と、田中直紀・防衛大臣の問責決議案を参議院に提出。20日の参議院本会議で採決する予定であるが、この決議案には、公明党なども賛成する見込みであり、可決は間違いない。
 さて、問題はその後である。問責決議案が成立すれば、その大臣が出席する委員会では、審議に応じないというのが、野党側の言い分である。自分たちが、その人に大臣の資格がないとして、国会の名においてそれを決定しておきながら、その大臣を国会に呼んで審議するとなれば、筋の立たないことになってしまう。だから、国会審議は、これから先、複雑骨折の様相を呈することになるだろう。結局は、国会に審議をお願いする政府側が弱い立場であり、問責決議された大臣は、いずれその職を辞さざるを得なくなるだろう。
 しかし考えてみれば、大臣というのも、何ともか弱き役職である。春の嵐に、何もなすことができず、ただその風に身を任せて漂うだけである。昔は「末は博士か、大臣か」などと言って、権力と名誉を備えた人間にとっての頂点のように言われてきたが、今はもう、その影もなし。国を動かす責任者であるはずの大臣が、こんな扱いを受けるということで本当にいいのだろうかと思う。

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4月17日(火) 東京都 尖閣諸島を 買うと言う 小さな島の 大きな波紋

 アメリカ訪問中の石原慎太郎・東京都知事が、沖縄県石垣市の尖閣諸島をその予算で買い取る意向を示した。購入対象は、尖閣諸島の五つの島のうち、魚釣島、北小島、南小島の3島。もうすでに地権者と話し合いを重ねていて、契約締結が目前というニュアンスの話であった。それに対して、藤村修官房長官は、記者会見の中で、必要があれば国による購入の可能性にも言及をした。また、中国外務省は、早速、「日本による一方的ないかなる措置も不法であり無効だ」と反論を行った。

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 この三つの島は、その面積を合わせても、4.5平方キロメートル余りの小さな島々である。だから、少し前まではほとんど関心も払われない島であったが、海底油田の存在可能性が語られるようになってから、急に中国や台湾が領有権を主張し始めたものである。以来、これら国々の漁船や海洋資源調査船などが、領域を侵犯する事件が相次いでいて、対外摩擦の発火点となっている。
 この小さな島々が、これから先、さらに大きな波紋を広げていきそうな不穏な空気が流れてきた。野田政権は、この問題に対して、一体いかなる対応を取るのであろうか。中国訪問を前にして、また頭の痛い問題が生まれたようである。

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4月16日(月) 日中韓 この3国で まとまれば 地球社会の 知恵袋かも

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 日中韓の経済、政治、学術分野の協力関係を議論する第7回「日中韓賢人会議」が、ソウル市内のホテルで、政策提言をまとめ閉会。この会議は、日本は日本経済新聞社、中国は新華社、韓国は中央日報社と、それぞれの国を代表する新聞社が共催する形で開催されているものである。ここには、各国を代表する人たちが参加していて、例えば日本からは、福田康夫・元首相や松本紘・京都大学学長、大田弘子・政策研究大学院大教授などが名前を連ねている。
 この政策提言では、原発安全を確保する「日中韓原子力安全諮問会議(仮称)」の新設や日中韓FTA実現に向けてタスクフォースの設置、「アジア版世界遺産」の制度創設などが打ち出された。これらは、取り立てて目を引く独創性の強い提案というわけではないが、それはやはり一定の地位を持つ人たちが集まって議論を行ったせいであろうか。
 それにしても、この3カ国が知恵を出し合って議論したというのが興味深い。これまで世界の主流であった西洋文明ではなく、儒教や仏教などを足場とする国々が、それぞれの国の違いを乗り越えて、世界の問題を議論し、提案を取りまとめていこうとする賢人会議である。閉塞感が強まってきている地球社会に、新しい可能性を切り拓く知恵袋となる可能性を感じ、今後の展開に期待をいだいたのであった。

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4月15日(日) 幸福な 教師になって 下さいな 子どもの心に 火を点すには

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 教師人間論ゼミの日。今回のテーマは、「教師の幸福論」。
 私は元々職業政治家時代、教育分野を一つの専門としていた。だから、自民党の中で、初代の「文部科学部会長」を務めもしたし、「文部科学省副大臣」にも就任した。政治教育を本気でやってみようと、「自民党中央政治大学院」の学院長も務めた。だから、多くの人が、私のことを「文教族」の国会議員とみていたようだ。
 そこで、私は、多くの教育者と語り合う場面もあった。そこで一様に感じていたのは、教育者というのは、どうもあまり幸せそうな顔をした人がいないな、ということであった。何かしら重いものを背負いながら人生を生きているのだ、とでも言いたそうな表情の人が多かった。当時は、多くの子供たちの人生を背負っているのだから、その責任の重さに対して、こんな表情が生まれてくるのかなとも思っていた。
 しかし、どうもこれは勘違いであったかもしれない。基本的に、教師は不仕合せなのだ。それも、自分自身の境遇に対して、大きな不満を胸に抱いていて、自分で自分を不幸にしている教師が多いのだと、そんなに考えるようになった。
 しかし、それでは、教えを受ける子供たちも幸福になれないのである。だから、教師は、幸福でなければならない。そして、幸福になるために、学ばねばならないのである。今、そう私は考えている。

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4月14日(土) のどかなる 春の一日 甥ッコが 瀬戸海原に 船出するなり

 今、高松市で働いている私の兄の長男、つまり甥ッコが結婚式を挙げるということで、この日は終日、高松で過ごす。とはいっても、一緒に行った妻や娘が髪を結ったり着付けをしたりしている間、男はこんな時には何もすることはないので、その時間を使って、香川県立ミュージアムに行き、ちょうど開催中であった「フランス絵画200年 光と風景 ミレー、コロー、そしてモネ、ルノワールへ」と題した企画展を鑑賞することができた。

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 結婚式は午後3時から。そして披露宴は午後4時から。この披露宴会場は、JRホテルクレメントの最上階であった。窓からは高松港、そして屋島、瀬戸内海が展望できた。春ののどかな気持ちに、瀬戸内海はよく似合う。明るい日差し、温かな春風、ゆったりとした海…。新郎新婦は、そのパノラマを背景に、幸せを振りまいていた。もっとも、新郎の方は、みんなから注目されるような舞台は苦手のようで、ずいぶん硬い表情であった。その分、新婦の方が、はちきれんばかりの笑顔で、カバーをしていたようである。
 この二人は、今日ののどかな瀬戸内海の海原に、船出をしていくのである。その船旅の幸多からんことを心から念じた次第であった。

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4月13日(金) ひょっとすりゃ ミサイル発射の 失敗は 三方よしの ベストアンサー?

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 午前7時40分ころ、北朝鮮は、東倉里の射場からロケットを発射。しかし、このロケットは発射2分15秒後、空中爆発を起こし、墜落。打ち上げは失敗に終わった。これに要した費用は、ある記事によれば、8億5,000万ドル。北朝鮮住民の一年分の食料不足分を購入できる金額だという。おそらくこの失敗は、北朝鮮指導部にとって、大きな打撃になっただろう。
 しかしこれも考えようかもしれない。この失敗は、新しい指導者となった金正恩にとっても、北朝鮮国家にとっても、また国際社会にとっても、ひょっとすれば、三方よしの最も良い結果を生んだかもしれない。つまり、金正恩は、結果はともあれ、国際社会からの強い圧力に屈することなく、打ち上げを遂行したということで、強い指導者イメージを築いたのではないか。(失敗は、あくまで技術者の問題であるということだ。)北朝鮮国家にしてみれば、国際社会の圧力、とりわけアメリカからの圧力が、この失敗により少し緩むことが期待できる。また、発射に批判的だった中国の顔もこれでつぶさないで済んだかもしれない。国際社会にしてみれば、この失敗は、当面の北朝鮮の脅威が遠のいたという認識を生んだのではないか。
 奇しくも、この失敗こそが、ベストアンサーであったかもしれないという気がしたのであった。

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4月12日(木) 韓国じゃ 与党がトップを 切り捨てて 勝利せしとや 総選挙では

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 北朝鮮のミサイル発射問題の陰で、あまり大きな話題にならなかったが、韓国では、この4月11日が国会議員の総選挙であった。
 その結果は、定数300のうち、党名をハンナラ党から変更したセヌリ党が過半数の152議席。一方、革新系の民主統合党は127議席にとどまり、統合進歩党は13議席。残りの8議席は小党と無所属。当初は、李明博大統領の人気が低下し、与党ハンナラ党にとって厳しい状況であったが、その中で3カ月前にハンナラ党に非常対策委員会を発足させたときに、パク・クネ女史がそのトップに就いて、党名を変更したり、現職議員の40%を公認から外すなどの荒療治を行い、また、李大統領の政策とも一線を画して、むしろ革新系の政党が掲げる福祉政策や雇用創出策を取り込んだ対策を打ち出した。
 それが功を奏した形となったということだ。今年の12月には、大統領選挙が控えているが、今回、セヌリ党を勝利に導いたパク・クネ女史が、おそらくは大統領候補として登場してくることとなるだろう。今の段階から、年末の大統領選挙の激戦を予想する論調が打ち出されてきている。
 それにしても、韓国の政界というのは、ドラスチックである。人気が無いとなれば、仲間の大統領までも簡単に切り捨ててしまう。そんな国民性を理解しながら、隣国・韓国とは付き合っていかねばならないということだろうか。

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4月11日(水) 無礼だの 出来そこないだの 人格を 否定し合うが 党首討論?

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 平成24年度当初予算が成立し、次の大課題である「消費増税関連法案」が国会に提出された後、初の党首討論が開かれた。この法案は一般法案であるので、衆参両院で可決されるか、参議院で否決されても衆議院の2/3の賛成で再議決されるかしなければ、成立させることはできない。したがって、参議院で与党が半数を切る現状では、自由民主党をはじめとする野党の協力なしには成立させることは困難である。
 そこで、野田総理は、この党首討論の場でも、「トップ同士の腹合わせ」のための党首会談を呼び掛けた。しかし自民党の谷垣総裁は、まずは国会の場における議論を優先すべきであるとして、それを拒否。そのやりとりの中において、「無礼千万」とか「ウソの片棒は担げない」といった、あまりに感覚的で過激な表現も出てきた。他の野党の代表の発言中にも、「談合」だとか「八百長相撲」「できそこないの自民党」などという表現もあった。
 党首討論は、短時間でのやりとりなので、どうしても瞬発力の強い表現がなされるのであろうが、論理の積み上げをすべて省略して、一気に相手の人格否定に及ぶ発言というのは、いかがなものであろうか。これが国会の議論なのか、という大きな疑問を感じた党首討論であった。

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4月10日(火) 100年前… タイタニックの 初航海 直後の沈没 知る人もなし

 英国の豪華客船・タイタニック号が、英南部の港町サウサンプトンを出港してから、今日でちょうど100年。英国では、記念航海の開催など記念行事が次々に行われているという。
 タイタニック号は、全長269.1m 、総トン数46,328トンの北大西洋航路用に建造された巨大客船。処女航海に出て、4日後に氷山にぶつかり、翌朝沈没。犠牲者数は、1,500人余りであり、当時、世界最悪の海難事故であった。そのドラマは、1997年にも、映画が公開され、世界中で大ヒットした。出航時、そして処女航海の華やかな情景が、氷山との衝突とともに一気に暗転。阿鼻叫喚の地獄絵図に変わってしまう。その明暗の落差が、タイタニック号の悲劇を大きく際立たせていた。

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 そのタイタニック号の運命に、自らの人生を重ね合わせる人もいるのだろう。企業や国家の急激な没落を連想する人もいるのだろう。今がいくら順調だからといって、明日のことは誰にも分からない。日本の国だって、日本の政治だって、明日のことなど分かりはしない。そんな気持ちで、この混迷の時代を生きていかねばならないのだなと考えたのであった。

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4月9日(月) 北朝鮮 人工衛星 打ち上げと 強弁しつつ ロケット公開

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 北朝鮮が、8日、一部海外メディアや専門家に対して、ロケット発射場を公開。そこには、すでに三段目までが発射台に組み立てられたロケット「銀河3号」があった。加えて、このロケットに搭載予定とされる地球観測衛星「光明星3号」も、公開された。
 このロケット発射に関しては、国際社会は、実際にはミサイルの発射実験ではないかと強く非難し、国連安保理決議違反であるとしている。それに対して、北朝鮮側は、これはミサイルではなく、あくまでも平和利用のための宇宙開発であると強弁をしているのである。確かに、平和利用の衛星だけしか打ち上げられないロケットであれば、決議違反にならないかもしれないが、地球観測衛星の替わりに核弾頭を積めば、そのまま大量破壊兵器になってしまうような物騒なものを、国際社会の常識が通用しない北朝鮮が保有することを簡単に見過ごすわけにはいかないだろう。
 世に「詭弁」と言われるものがある。表面的には正しく見えても、その奥に、相手を欺いたり困らせたりする意図が含まれている悪意に満ちた弁論のことである。この詭弁を弄していると、結局は、自分自身が論理矛盾の陥穽に陥ってしまうことになりがちである。若き新指導者・金正恩のもとで、果たして北朝鮮は、どんな道を歩んで行こうとしているのであろうか。日本も、無関心ではいられないことである。

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4月8日(日) 伯爵が 住まいし家の 雨漏りて 清貧の中 生命終えけり

 引き続いて、「四国人間論ゼミ」の日。今回は、「板垣退助の人生と自由民権思想」をテーマに掲げて論じたのであるが、これには各地からの参加者、14名。また、特筆すべきこととして、「週刊文春」の記者とカメラマンが、取材のために、東京から若葉書院に来院。この場に臨んだ。
 板垣退助は、高知生まれの政治家。維新期、土佐藩の軍事責任者を務めたことから、その功労により、新政府では土佐藩を代表する参議として、国の中枢に参画。しかし、征韓論に敗れて下野して以降は、在野から自由民権運動を指導し、憲法の制定と国民議会の開設に力を注いだ人生であった。そして国会開設後は、国会議員として活動。しかし、理論肌であり、どろどろとした政治の世界においては十分に力を発揮できず、明治33年に引退後には、社会活動家として晩年を過ごした。

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 その晩年の生活は、至って質素なものであったという。自分の財産は、ほとんどすべて寄付してしまい、東京の住まいなどは、どの部屋も雨漏りがしていて、女中が使う盥まで、その雨漏り対策に使われていたという。
 その安易に政治の世界に染まってしまわず、一途に貫いた生きざまこそが、今もなお板垣退助を尊敬し、慕う人がいる所以なのであろうか。私自身の問題としても、考えさせられた人生であった。

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4月7日(土) ヒットラーの 政権戦略 取り上げて 論じんとせり あぁ空振りだ…

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 OAK・TREEフォレスト・トレンド勉強会の日。「政策勉強会」では、参加者が政治家に限定され、土・日開催ではなかなか集まりにくいという事情もあって、名称を「トレンド勉強会」と改めると同時に、内容面も切り替えを図っているところであるが、残念なことに、今回も参加者はゼロ。
 今回取り上げたテーマは、「ヒットラーの政権戦略」。第一次世界大戦後の混迷するドイツにあって、ヒットラーがいかに合法的に政権を獲得したかということについて論じてみたいと考えたものであった。こんなテーマを取り上げたのは、今の日本においても、既成政治が国民から支持されず、年々混迷の度を深めていく中にあって、国民の中に独裁者待望論のようなものが生まれ始めている気がしたからであった。そしてそんな中で、ヒットラーの政権獲得戦略を学んだに違いないと思われる政治家が、頭角を現し始めている現状に対して、きちんとした自分なりの視座を得ておきたいと考えたのであった。
 ところが、先に述べたとおり、今回も空振り。どうも、まだまだボールがよく見えてなくて、バットをうまく合わせられないでいるようだ。自分自身の取り組みへの反省も含めて、これからのことを考えてみたいと思う。

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4月6日(金) 政界じゃ 3人寄れば 派閥ができる… 激流の中 亀の去りゆく…

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 国民新党の下地幹事長は、昨日夜、消費増税法案の閣議決定に反発し、連立政権からの離脱を宣言した亀井静香代表と、その亀井代表に同調した亀井亜紀子政調会長の2人を解任と発表。これは、党所属議員8人のうち、ほかの6人が出席した議員総会で決議したものだという。
 それに対して、亀井代表は、当初、議員総会の招集権は代表にあり、その決議は無効であるとしていたが、この日になって、自らが「国民新党代表のままで、離党する」とのよく意味の分からないコメントとともに、その問題の終息を宣言。なんともあいまいなままの決着となった。
 古来より、「人が三人寄ればそこには派閥が生まれる」といわれてきた。人間関係の難しさを表現する言葉であろう。特に、永田町という世界は、人間のどろどろとした念が集まっている世界で、私自身の経験でもあるが、その人間関係たるや、その時々の利害関係やさまざまな評判などに影響され、何が議員個人の信条であるのかさっぱり分からない世界である。今回のこの騒動も、裏ではいろいろな思惑が渦巻いていたものであろう。
 ともかく、日本政治も今激流の中に置かれている。特に、次の総選挙まで一年余りなので、これから先は、今まで以上に思惑が入り乱れ、離合集散の世界となるだろうと思う。

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4月5日(木) 結婚後 一周年の 記念日に 我ら別子の マチュピチュに行く

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 私が妻良子と結婚したのは、昨年の4月5日。岡山県玉野市の実家に、朝9時に迎えに行き、ともに奈良県の橿原神宮に出向き、神前にその誓いを行った。披露宴も何もない簡略な結婚式であった。
 それから数えて、今日でちょうど一年。窓の外を見ると、とてもいい天気なので、妻に提案して、大正5年から昭和5年まで、別子銅山の採鉱本部が置かれていた東平(とうなる)を訪れることにした。ここは、その産業遺跡がとても趣があるということで、「東洋のマチュピチュ」と呼ばれ、多くの観光客を集めている場である。
 昼過ぎに出かけ、約1時間、この場所で、時を過ごした。もう今は、だれも住んでいない場所に、展示施設や研修施設が建てられている。平日であったせいか、この地を訪れている人もほとんどいなかった。時ちょうど、春の花々が咲き始めている時期で、その美しい自然に心動かされた。この地のかつての栄光を思うと、隔世の感あり。まさに「国破れて山河あり」の趣である。
 この日は、国会では、平成24年度予算が成立した。しかし、この予算は、隠れ財源まで含めれば、大きく借金に依存する予算であり、これから先の国の行方が心配でならない。鉱山の遺跡を目の前にしながら、国家の行く末を心配したのであった。少し、無粋な結婚記念日であったかも知れない。

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4月4日(水) 野田総理 クローズアップ 現代で 力説せるは 志なり

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 この日の夜、午後7時30分から、野田総理が、NHKの番組「クローズアップ現代」に登場して、政治の現状に対する考え方や、自分自身の政治姿勢について語った。
 このタイミングは、先週末に消費税率引き上げ法案が閣議決定、そして国会提出ということになったが、与党内部にも混乱があり、また野党側もどんな形でこの法案に対処するか、先行きが混沌とした中で、国民に対して総理の率直な思いを語りかけ、隘路を抜け出るきっかけをつかみたいということであったのだろう。
 この冒頭、総理は改めて、この法案の重要性を語り、与野党国会議員たちに対して、審議への協力を呼び掛けた。そして、こんなことを語ったのである。「私は、心から国家、国民のために仕事をしようというのが、志である。国民の皆さんにご負担をお願いするというのは、つらい、切ないことである。しかし、それをやらなければ、私が政治家になった意味がない。その集大成として、この仕事をやり遂げたいと思っているのだ」と。
 確かに、政治というものは、時に国民に対して厳しいことを求めなくてはならないことがある。そしてそこで、自分の信念において、国民に説明をし、理解を求め、乗り越えていかねばならないことがある。そこでは、ぶれないことが大事である。改めて、この難局に、野田総理の志の揺らがざることを願った次第であった。

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4月3日(火) 政界は 今じゃ銀座の ストリート ブランド店が 立ち並ぶなり

 超大型台風並みの強風が、日本列島を襲った。各地で被害が生じて、報道によれば、110人が重軽傷を負ったという。また、新幹線や瀬戸大橋、また各地の高速道路が不通になり、航空便の運休も相次ぎ、交通も大きく混乱をした。

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 この日、私は、高松市で講演をした。私を呼んでいただいた会は、「龍馬プロジェクト」と称する会で、全国各地の党派を超えた若手政治家たちの勉強会であった。その会のスローガンは、「若者の圧倒的な行動力で、地方から国を動かすうねりを創る!」というものである。現在の日本政治停滞に対して、地方議員側から国を動かす取り組みを始めてみようとするものである。この日の勉強会には、京阪神地方や九州、四国内から約20名の参加者であった。
 私は、もうすでに政治の世界で活躍しておられる若手議員の皆さん方を相手にしての会であるから、最初に問題提起を約45分間行った後は、質疑応答の中に、参加者が平素胸に抱いている疑問や意見をぶつけて頂く形とした。その中で、よりシャープに現在の地方議員の皆さんが抱える問題に対する私の考え方を述べたのであった。活発な議論の中に、参加者それぞれに何か得るところがあったのではなかろうか。
 その姿を見ながら、今の日本政界は、東京の銀座通りのような姿だと思った。老舗の大手百貨店などが存在感を弱める一方、新興のブランド店が輝きを増してきている。こんな活動が、次の時代を切り開くのかもしれないと思った。

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4月2日(月) ミャンマーじゃ スー・チー・グループ 圧勝す 笑顔の下は 冷たい氷塊?

 4月1日に行われたミャンマー連邦議会補欠選挙について、この日、同国選挙管理委員会は、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チー女史をはじめ、国民民主連盟(NLD)候補者40名の当選を発表。NLD独自の集計によれば、今回NLDから立候補した44名中、43名が勝利を収めたとのことである。今回争われた議席数は、45議席であり、そのほとんどすべてをNLDが獲得し、圧勝を収めたという結果であった。
 軍政のもとで、長い間鬱積してきた国民の不平や不満が、一気に爆発したということだろう。また、昨年発足したテイン・セイン政権にすれば、この結果を国際社会が評価することによって、ミャンマーの民主改革を示す意味合いを持ったということだろう。

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 しかし、問題はこれから先である。この圧勝は、一部議席を争う補欠選挙であったこともあり、連邦議会内におけるNLDの政治力を保証するものではない。NLD支援者にしてみれば、これだけの民意が示されながら、現実政治における力に結びつかないことが、新たな不満の種になるに違いない。また現政権側にしてみれば、こんな形で議席を得た政党となれば、議会内でNLDの問題を露わにして、人気を下落させる手も打ってくるだろう。
 そう考えると、勝利後のスー・チー女史の笑顔の奥底に、冷たい氷の塊を感じてしまったのである。

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4月1日(日) 穏やかに 晴れわたりたる 新年度 夜半に嵐の 吹かぬものかは

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 平成24年度が始まった。昨日と打って変わって、今日は穏やかな晴天。日本列島全体がのどかな春の一日となったようである。今日から始まる平成24年度が、今日の天気のようであってほしいと願うが、おそらくはそうはいくまいと思う。
 春の天気は、とても変わりやすい。一日ごとに変化するといっても過言ではないだろう。春の短歌といえば、親鸞が詠んだとされる「明日ありと 思う心の 仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」が有名であるが、これも、春の季節の転変極まりない天気を前提にしたものであろう。
 日本政治は揺れている。先日の消費増税法案の閣議決定に伴い、政権与党内部では、陰に陽にいろいろな動きが起きてきているようである。今日は日曜日で、国会議員のいない永田町は平穏であったようであるが、明日以降、選挙区から国会議員たちが永田町に戻ってくると、たちまちさまざまなことが起きてくるだろう。まさに「夜半に嵐の吹かぬものかは」ということになるのではなかろうか。
 日本政治はこの一年、激しい変化の嵐の中を進んでいくことになるのだろう。それが、日本の国と国民にとって、良き歩みとなることを心から念じたいと思う。

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