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9月6日(木) 大津波 押し寄せしより 1年半 三陸海岸 草の海原

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 田野畑村到着の翌日は、朝から自動車で村内を回って被災状況の視察。その後、村役場を訪れて、工藤・副村長と中島・総務課長にご挨拶と懇談。早野・元村長には、体調不良で休んでおられるとのことで、お電話でご挨拶を申し上げた。
 それから、当時お世話になった伊達さんが、今、隣町の岩泉町の町長をしておられるので、岩泉町役場をお訪ねした。その後、三陸海岸を南下。宮古市の田老地区、山田町、大槌町、釜石市の沿岸を南北に貫く国道45号線を走りながら、津波の被災地状況を見て回った。がれきなどは、もうすでに別の場所に移していたが、それでもかつては数多くの建物があったはずの地域に、ほとんど建物が残っておらず、また、残った建物も、被災したままで放置されているものが多く、その光景に、津波被害の甚大さを思わざるを得なかった。
 「国破れて山河在り」とは、唐代の詩人・杜甫の五言律詩「春望」の最初の一句であるが、私も同じ感慨を胸に抱いた。人間が営々と築き上げてきたものが、自然の猛威の前に儚くも崩れ落ちた後に広がっていたのは、雑草の海原であった。人為的なものが失われても、自然は、まるで何もなかったかのように、その営みを続けている。人間の営みとは一体何なのだろうと考えさせられた一日であった。

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