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2月28日(木) 美しい 街にしたいと 門川市長 大きな川の 門を作ると

 東大阪市での朝のモーニングセミナーの後、私たちは京都に向かった。私の活動の良き理解者である、門川大作・京都市長にお会いするのが目的であった。ただ、門川市長は、今がちょうど 3月市議会の最中でもあり、とてもお忙しく、面会時刻が午後3時からであったので、私たちは、それまでの間、宇治平等院や醍醐寺などを観光し、それから京都市役所へ。

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 約束の時刻に市長室にお伺いすると、門川市長はトレードマークの和服姿で登場。主な話題は、京都に美しい街並みを取り戻すために、大きな看板の設置を原則禁止にするという、「看板条例」についてであった。 いよいよこれから看板が取り外す段階だという。門川市長は、これまで掃除の活動にも力を入れて取り組んでこられたが、さらにこれからは、ハード面での美化推進にも力を注ぎ、京都の街を美しい街に再生していこうとしておられる。
 ふと思いついたのが、市長の名前からの連想。「門川大作」の名を、昔流に右から左にかな交じり文に読み下すと、「大きな川の門を作る」となる。今回始めた取り組みが入り口(門)となって、それがいつの日か全国に広がり大河となる…そんな事を想い考えたのであった。

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2月27日(水) 「本物の 人生」語る 講演会 夜と朝との ダブルヘッダー

 妻と一緒に、朝、自家用車で橿樹舎を発って、まず向かったのが神戸。以前にも、このイラ短日記に書いたことがあったが、昔、私が日韓議員連盟の21世紀委員長を務めていた頃に、韓国側副委員長を務めていた李成権先生(当時、韓国の国会議員)が、在日韓国神戸総領事になられ、神戸の総領事館におられるので、訪問して意見交換。そして、その後向かったのが、東大阪市。市内の司馬遼太郎記念館などを訪れた後、夕刻から、市内のホテルで講演会。

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 今回お招きいただいたのは、「大阪鴻池倫理法人会」。その初代会長が、私の勉強会によく顔を出してくださる土岐さん。そのご縁で、東大阪まで一度来て話をして欲しいと依頼をされたのであった。しかも、この夕方からの会に続いて、翌朝の第200回記念のモーニングセミナーでも講演をして欲しいとのこと。両講演会には、重複するメンバーも多いとのことであったので、統一講演テーマを「本物の人生」として、その前篇を夕刻に、そしてその後編を翌朝にお話させていただくことにした。ダブルヘッダー講演会である。参加しておられたのは、それぞれが約40名。とても熱心な方々で、有意義な時間を過ごさせて頂いた。
 なお、今回のイラ短は、 この2つの講演会の間には、深夜(晋也)があった、との表現???

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2月26日(火) 一票差にて 予算成立 同じ日に 気球が墜落 不吉な予感!

 参議院で、安倍政権が初めて組んだ補正予算が採決され、衆参ねじれ状態にある国会において、わずか一票差とはいえ、見事に可決、成立をした。また、日経新聞とテレビ東京が実施した直前の世論調査では、安倍内閣の支持率が70%であり、発足後2か月の間に、 8ポイント支持率が上昇、安倍政権は、上昇気流の中に順調に移行しているようである。

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 しかし、先行きは決して楽観できるものではない。衆参ねじれ現象自身が解決したわけではないので、日銀総裁人事を始めとして、各種人事案件が円滑に承認されると言う保証は無い。また、これから来年度当初予算の議論が行われるわけであるが、そうなると、懸案のTPP問題や普天間移設問題、膨大な金額になっている財政赤字問題などに、明確な方針を打ち出していかざるをえなくなる。ひとつひとつが、綱渡りをするような懸案であり、それらをうまく渡っていけるかどうか、心配の種は尽きない。
 時ちょうど、エジプトのルクソールで、日本人の乗った気球が墜落し、その安否が心配されている。この気球のように、墜落しなければいいが…とは、傍観者ならではのコメントだろうか。

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2月25日(月) 漢江に 再び奇跡を 生み出すと 就任演説 朴大統領

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 韓国初の女性大統領、朴槿恵女史が、就任式に臨み、就任演説を行った。
 この就任演説でのキーワードは、「経済復興」「国民幸福」「文化隆盛」の3点であったようだ。その中で特に力を入れたのが、経済問題。かつては年平均成長率が10%を超えていた韓国経済も、昨年は2%まで下落。しかも財閥系の大企業は、業績が拡大しても国内での雇用を増やさないため、国民のなかに経済格差が拡大し、それが昨年の大統領選の最大の争点にもなったようである。
 朴・新大統領は、財閥による輸出依存型のこれまでの経済を、中小企業の振興や内需の拡大というかたちで、新しい経済に切り替えていくことを狙っているようであるが、現実には、なかなか困難な課題であるようだ。
 韓国国民は、朴槿恵・新大統領に、「漢江の奇跡」を実現し、韓国経済を大きく発展させた父親、朴正煕・元大統領の姿を連想しているようである。おそらくは、新大統領も、父親を目標として、これから先の韓国建設に立ち向かっていくのであろう。
 韓国は隣国。特に日中関係が困難な中で、韓国との友好関係はこれまでに増して重要になっている。新大統領の活躍を期待したいと思う。

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2月24日(日) 幕末期 王政復古の 震源は 藤田東湖と 正気の歌かも?

 教師人間論ゼミ。今日のテーマは、「藤田東湖の人生と正気の歌」。
 藤田東湖というのは、幕末期の水戸学を代表する学者。水戸学というのは、水戸黄門として知られている水戸藩2代目藩主・ 徳川光圀公に始まる古代からの日本の歴史を重視する学問の流れであって、幕末期の王政復興運動の理論的支柱になったものである。藤田東湖は、この水戸学の流れの中で、 藩校「弘道館」の設立に力を尽くし、その中で、明確に尊皇思想を打ち出し、「尊皇攘夷」という基本思想を全国に広めた。

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 藤田東湖は、その人生の中で、その思想の純粋さと過激さゆえに、三度死を覚悟する場面があったと言う。しかし、その過酷な人生の中でも、その節を曲げず自らの思想に殉じようとした生きざまが、広く全国各地の志士達に支持され、大きな影響力を持ったようである。
 彼は、幕命による幽閉中に、中国南宋の政治家・文天祥の「正気の歌」 に和するとして、日本の国の素晴らしさを歌った自らの「正気の歌」を作った。それは、全国の志士たちに広まり、彼らを勇気付けたと言う。乱世を、自らの信念に基づいて毅然と生き抜いた一人の思想家、その生き様を考え合ったゼミであった。

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2月23日(土) 多次元の 方程式を 解くごとし 日米関係 vs 日中関係

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 ホワイトハウスで、安倍総理とオバマ大統領の初めての日米首脳会談が行われた。この会談での主要論点は、民主党政権時代に迷走してしまっていた、TPP問題と日米同盟をめぐる諸問題の2点であったようだ。
 まずTPP問題については、「全ての物品が交渉の対象にされる」原則を確認した上で、「日米両国に国際貿易上の敏感な問題が存在する」ことも認め、それら問題については、TPPの交渉の中で決定することとした。それを受け、安倍総理は、「聖域なき関税撤廃が前提でないことが明確になった」として、早期に交渉参加する意向を表明。
 一方、日米同盟をめぐる問題に関しては、在日米軍再編問題や北朝鮮の核・ミサイル開発問題、尖閣諸島をめぐる日中関係問題などが議論されたようである。そして、日米同盟を一層強化することにより、これら問題に対して、一定の道筋をつけたと言えそうである。
 全体的な印象としては、アメリカと中国の二大強国の狭間にあって、多次元方程式を解かねばならない立場となっている日本が、その複雑な状況下で、まずアメリカの基軸に対応するスタンスを明確にしたということか。ただこれも、議論の入り口に立ったに過ぎず、まだまだ厳しい外交が続きそうである。

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2月22日(金) 若者が 人間学を 学習し 確かな成長 牛歩だけれど…

 高津人間論ゼミ。今回は、少し前に開催した四国人間論ゼミで取り上げたテーマ「濱口雄幸の人生と政治思想」を再度取り上げて、参加者に語りかけた。
 実は、この高津人間論ゼミであるが、初回勉強会開催が、 2010年4月9日のことであった。だから、あと1ヶ月半で、活動が丸3年ということになる。この間、ほぼ毎月一回、特に四国の人物を取り上げて参加者にそのご紹介をしてきた。だから、すでに30回を超える勉強会を開催してきたということになろうかと思う。

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 その中で感じてきたことは、青年団メンバーが数多く参加している勉強会だが、これら若者達の心が、とても落ち着いてきたということである。しっかりと腰を据えて、この勉強会に参加するようになった。おそらくは、いろいろな先人の生き方を学ぶ中で、自ら何かを感じ、そして考えて、心の中にしっかりとした根を生やし始めてきているのではないかと思う。人間学には、確かに大きな力が宿っている。
 もちろん、若者たちは、すぐに目の前で変化するわけではない。牛の歩みのごとく、ゆっくりと、しかし着実に成長してきている…それを、頼もしく思っているのである。

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2月21日(木) プーチンと 森・元総理が 会談す 雲間に見えたは 北方領土

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 森喜朗・元総理が、モスクワのクレムリンを訪問し、ロシアのプーチン大統領と会談。プーチン大統領は、日本とロシアの間に「平和条約がないのは異常な事態」と述べて、その条約締結にあたっての最大の懸案である北方領土問題解決に意欲を表明したという。そして、この領土問題は、一方だけが痛みを感ずる決着ではなく、「引き分け」による決着を目指さなくてはならないと説明したという。
 安倍総理は、今年の大型連休中にもロシアを訪問し、プーチン大統領との会談を行う予定で、その日程を調整中であるが、日露双方が本気で妥協点を見出そうと努力するならば、いよいよ領土問題に解決が見えてくるかもしれない。これまでどんよりと曇っていた雲間から、少しばかり北方四島の姿が見えてきた印象である。
 昔、森総理がプーチン大統領と会談をするときにプレゼントしたいと、私にイラ短を描くようにと依頼されたことがあった。早速描いてお届けしたあのイラ短は、その後どうなったのだろうか。その時のことを思い出しながら、今日は、森元総理とプーチン大統領のイラストを描いてみた。 今後の交渉の順調な展開を期待したいと思う。

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2月20日(水) 橿樹舎の 地元校区の 公民館で 南洲翁の 思想語れり

 引き続いて今日は、橿樹舎がある地元・船木校区の公民館が主催する事業として、「人間論ゼミ」を開講。テーマは、船木公民館の徳田館長が鹿児島県出身であることから、西郷隆盛を語ってほしいとのリクエストがあり、「西郷隆盛の人生と思想~南洲翁遺訓を読む」とさせていただいた。

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 西郷隆盛は、明治維新期の激動の時代の中を、無私の精神で人々を導き、明治維新の大業を成し遂げた人物である。その基本精神は、「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己を尽くし、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし」という『南洲翁遺訓』に収められた言葉に明らかである。常に天に向かい、おおらかに自分の誠を求め続けた人であったと思う。
 このゼミは、今後、 2か月に1回位の頻度で開催したいとのことであった。橿樹舎の地元で、動き始めた尊い学習活動である。私も、微力を尽くして、この取り組みに協力したいと思う。そして、地域の人たちがよりよく生きる思想を胸に抱く土地になることが、この橿樹舎を輝かせていくことにもつながってくると思うのである。

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2月19日(火) 岡山で ビジネス塾が 産ぶ声を! その礎には 山田方谷

 岡山市にある卸センターのオレンジホールで、「岡山方谷塾ビジネススクール開講記念講座」が開催され、「この国を救う~山田方谷の思想」をテーマに講演。約300名の方々が参加していた。
 この講演に先立って、卸センターの役員の方々との意見交換も行ったが、その話では、近年、小売商業の不振が続き、それを打開するために、山田方谷の思想や手法をよく学んで、これから参考にしていきたいとのこと。いよいよ、幕末期に活躍した山田方谷という偉大な先人が、単に昔こんな立派な人がいたよというだけでなく、今現在を生きる自分たちにとってどんな意味を持つ人なのか、という関心に変化しつつあることが、とても興味深かった。

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 このビジネススクールは、これから先、山田方谷の人生や思想を学ぶ一方で、経営に必要とされる具体的な教科についても教育していく方針のようである。人間を育成して、問題解決を導き出す、それこそが、山田方谷の基本思想だと私は思う。このビジネススクールが、これから先大きく成長し、岡山経済界の大きな礎になることを心から期待したいと思う。

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2月18日(月) 女子ジャンプ 今期8勝 沙羅選手 彗星のごと 総合優勝!

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 スロベニヤのリュブノで行われているワールドカップ第14戦において、日本女子ジャンプ界のエース、高梨沙羅が優勝。今期すでに8勝目を上げて、W杯個人総合優勝を決定。
 高梨選手は、今16歳。ワールドカップ初登場が一昨年のことであり、 昨年は個人総合3位であった。それを考えると、驚くべき成長ぶりである。
 インタビューでの受け答えを聞いていると、根っからの素直な性格が伺え、その性格に加えて、想像を超えたハードな練習が、この結果を生み出したのであろうか。とにかく年齢が若いだけに、これから先の活躍が期待される。さらなる成長を心から祈りたいと思う。
 問題は、報道の過熱ぶりである。確かに、これまで日本人の誰もが成し得なかったW杯での総合優勝を果たしたのだから、それは立派なことだと思うが、そうは言っても、まだ人間的な成長を伴っていない若者である。 一つの競技に優れているというだけで、英雄に奉り挙げられてしまうことが、本人のこれからの人生にとっていいことなのかどうか。一考すべきものがあると思った。

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2月17日(日) ライオンと 呼ばれし総理 濱口雄幸 狙撃に遭いて 男子の本懐

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 四国人間論ゼミ。今回のテーマは、「濱口雄幸の人生と政治思想」。
 濱口雄幸は、高知県出身の政治家。昭和初期の4年から6年まで総理大臣を務めた。その間に、長い間日本の懸案であった金解禁問題やロンドン条約締結(補助軍艦の総トン数の規制)などの問題に決着をつけたが、その後、東京駅ホームで、右翼青年の狙撃を受ける。その傷は回復したものの、以来体調を崩し、翌年4月総理大臣を辞職、さらにその8月にはこの世を去った。
 狙撃直後に、濱口雄幸が「男子の本懐」と語ったことが有名となり、作家・城山三郎氏は、このタイトルで、濱口雄幸と井上準之助の2人を取り上げた小説を発表している。この2人が、国家のために、命をかけて仕事に取り組む姿が、とても感動的な小説である。政治家かくあるべしと考えた次第である。
 濱口雄幸は、総理時代、その風貌から「ライオン宰相」と呼ばれた。彼は、国家の重要な仕事に従事する以上、どこで事件に遭遇するかわからず、その自らの命を天に委ねていたという。その威風堂々たる生き様も、このニックネームにふさわしい。今の政治家に、大きな示唆を与える人生であったと思う。

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2月16日(土) G20 国際金融 議論とは 自由と管理の クレバス問題

 モスクワで開催されていた「主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議」が、共同声明を採択して閉幕。
 今回の会議の焦点の1つは、「通貨安競争」をいかに避けるかという点にあったようだ。韓国や中国が、これまで自国通貨を安く据え置くことによって、自国製品の輸出を有利に展開してきたことはよく知られているが、加えて、日本の「アベノミクス」導入に伴う急激な円安、アメリカの金融緩和によるドル安などに対して、金融政策は、自国の経済回復と物価安定に向けられるべきものだとし、「市場で決定される為替相場システムに向け行動する」との原則を改めて確認した。

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 しかし、今の時代、お金は、世界中を自由に流通しているものである以上、国内対策として導入される金融政策が、そのまま国際的な影響を及ぼすものになるということは否定ができない。だから、原則自由ということを語っても、国内政策における金融管理を禁止しないことには、それは建前ということになってしまう。だから、率直に言うならば、今回の議論を通して、通貨の自由と管理という問題に横たわるクレバスは、さらに広がってきた印象なのである。

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2月15日(金) 隕石が ロシアに落下と 大騒ぎ 上から下から 地球が揺れる

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 ロシア中部、チェリャビンスク州に、隕石が落下。その衝撃で、数多くのガラス窓が割れ、多くの人が負傷した様子。今日夕刻以降のニュースは、その隕石が大気中を光り輝きながら飛翔する映像とともに、その多大な被害状況を伝えていた。天文専門家によれば、この隕石は太陽方向から飛翔してきたようで、それだけに観察が困難で、落下を予知することができなかったということのようだ。
 ここしばらく、地球上では数多くの自然災害が続いている。約2年前の東日本大震災、そしてそれ以降も各地で大地震や津波による被害が発生している。異常な日照りや大雪などの災害も多い。台風やハリケーンによる被害も頻繁に伝えられている。そして今回は、宇宙からの隕石飛来による被害。
 これら諸現象に因果関係が何かあるのかどうかは知らないが、地球全体が、上から下から揺さぶられているという印象である。昔から、自然災害が相次ぐときには、社会にも革命的な変化が起きるとよく言われてきた。これからの地球社会、そんな大きな変化が起きてくるその予兆だということだろうか。

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2月14日(木) 春が来た 山にも里にも 野にも来た ついでに私の 体にも来た

 立春を過ぎて、暦の上ではもう春。そうは言っても、まだ2月中旬といえば、厳しい寒さが続いている。しかし、日差しは、少し前に比べるとずいぶん明るく優しいものになってきた印象である。橿樹舎の窓から外の風景を眺めていても、野山全体が春の風景になってきている。

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 そうなると、口をついて出てくる歌が、「春が来た」である。「春が来た、春が来た、どこに来た、山に来た、里に来た、野にも来た」という有名な文部省唱歌である。この歌を口ずさんでいると、鼻のあたりがむずがゆくなってくる。そして、激しいくしゃみ。そうなのだ。春と言えば、花粉症の季節でもある。私自身も、もう30年来、この病に苦しめられてきている。その季節がやってきたのである。
 そういえば、昨晩の「ためしてガッテン」でも、この花粉症が取り上げられていた。新聞記事や広告の中にも、花粉症の文字が多くなってきた。野にも山にも明るい光が溢れる季節というのは、杉の花粉が溢れる季節でもある。これから先、 2か月ぐらい、春の訪れの喜びとともに、その悲哀を感じ続けなくてはならないのだ。
 まぁしかし、私も年をとってきたせいか、昔ほど症状が重くなくなってきている気がする。年をとっていくというのも悪いことばかりではないな、そんな気持ちになって、周囲の明るい風景を見ていると、悲喜こもごもの春の風情に、我が人生を重ね合わせて、これもまた良しと思うのであった。

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2月13日(水) 米国の 真のエンジン 中間層 再点火こそ 最大責務

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 少し前に再選されたオバマ米大統領は、上下両院で「一般教書演説」。 2期目オバマ政権の主要方針を示した。報道によると、約1時間に及んだ演説の中で、その約半分は、経済・財政問題に割かれたという。
 特に力点を置いたのは、中間所得層に対する対策であり、大統領は、「中間所得層は、米国の経済成長の真のエンジンであり、それに再添加するのは我々の世代の責務だ」と語った。
 米国では、わずか1%の大金持ちが、国内の多くの富を独占しているという批判が強まっている。そして、この富の偏在が、さまざまな社会的な問題を引き起こしてきている。オバマ大統領は、その是正を図ることを通して、アメリカに秩序と繁栄を取り戻したいと考えているようである。これは、ブッシュ前大統領が強力に推進してきた自由経済政策を是正するものであり、その具体的な政策展開は、世界中に多大な影響を及ぼすことになるだろう。また、TPP推進の強い決意も表明した。
 この一般教書演説では、この経済問題以外にも、中東問題と北朝鮮問題を取り上げて、アメリカの軍事的な主導権を主張したり、エネルギー問題や環境問題にも触れている。また、移民制度や銃規制の問題などにも触れ、アメリカ社会が向かうべき指針を示している。
 少し前まで唯一の超大国と言われたアメリカも、さまざまな問題に苦しんでいる。オバマ大統領が今後、どのような政策を打ち出してくるのか、注目して見守りたいと思う。

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2月12日(火) 恫喝が 効力ありと 信ぜるか? 時代錯誤に 思えるけれど…

 北朝鮮が、 3度目の地下核実験を強行。少し前には、核弾頭を輸送できる弾道ミサイルの実験も行っていて、今回の核実験により、核弾頭小型化のめどがつけられたとすれば、核ミサイルの脅威がますます現実的なものになってきたと、世界各国が強い懸念を表明した。国連安保理事会も、この実験強行は決議に反するとして、早速新たな制裁の検討に入った。また日本政府も、日本独自の制裁強化に動き出している。

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 マスメディアの報道は、 一連の軍事力強化の動きは、孤立感を強め追いこめられている北朝鮮の「弱者の恫喝」であるとしている。これを許しているのは、北朝鮮が極めて強固な独裁国家であるということである。独裁国家は、客観的情勢判断において武力行使の是非を判断するのではなく、独裁者ないしはその周辺のごく一部の人たちの独断において、戦争を開始することができる。その判断が大きく常識を逸脱するものであり得ることが、周辺諸国にその恫喝を受け入れざるを得ない雰囲気を生み出してしまうのであろう。
 金正恩氏は、ファイティングポーズをとり続ける。「僕ちゃんは強い指導者だぞ」と。それに対して、周辺諸国とアメリカは、様々な形で圧力をかけようとするが、隔靴掻痒の感ありである。自由を尊重する民主主義は、国内統治とその発展には有効であるが、同じ土俵に乗ってこない独裁国家に対しては、どうも決定打を欠くようである。時代錯誤のピント外れの手であればあるほど、それが有効になる恫喝の世界。悩ましい問題である。

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2月11日(月) 旅行中 見聞きし気になり 考えた ことども語れり トレンドだねと

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 「フォレスト・トレンド勉強会」の日。 2月は、若葉書院に積雪が残り、それが凍結して、自動車での来訪が困難になる可能性が高いので、新居浜にある橿樹舎でこの勉強会を開催した。とはいっても、まだ橿樹舎の内部の整理が十分でなく、また思った以上に参加希望者が多くて、橿樹舎の中に入っていただくのが困難であったので、隣地にある「大久保自治会館」をお借りして開催した。
 テーマは、「ギリシャ・南イタリアを訪ねて感じた日本」。少し前まで旅してきたギリシャと南イタリアの中で、いったいどのようなことを感じ取り考えたか、そしてそれが日本の国の問題といかに関連するものであるのか、そんなことを参加者に語りかけたのであった。
 改めて、今回の旅を振り返ってみると、本当に多くのことを感じ考えた旅であったと思う。それは出発前に、100項目もの問題意識を書き出して望んだ旅であったからであろう。もちろん、これだけ多くの問題意識に対して的確な回答が得られたわけでは無い。今後の宿題として残った項目もずいぶんたくさんあったと思う。しかしそれでも、明確な問題意識があればこそ、感じ取ることのできた問題も多かったのではないか。思索の足場となる意識をあらかじめ準備していればこそ、現実問題に対して、一定の見解を備えることができたということではないか。
 そんな旅のあり方も含めて、参加者に語りかけた勉強会であった。

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2月10日(日) 情報の ネットで暗躍 犯人が 現実世界で しっぽを出したよ

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 今日のトップニュースは、 4人の誤認逮捕を生んだとして大きな話題となったコンピューター遠隔操作事件の容疑者が逮捕されたことであった。この容疑者は、 IT関連企業に勤務する30歳の青年。報道によれば、かつてネット掲示板に脅迫を書き込んだとして逮捕され、実刑判決を受け服役した経歴があるということである。その時の捜査当局に対する恨みが、今回の一連の事件の動機であったということか。
 興味深かったのは、今回の逮捕に結びつくキッカケが、防犯カメラに映った容疑者の姿であったということである。インターネットをフルに活用して、捜査当局を挑発し、またマスコミなどに対して様々な情報を流しながら、その情報の送信元を特定することは困難を極め、ネット状の証拠だけでは犯人の特定に結びつかなかったのに、ほんの少し前に稼働を始めた防犯カメラにたまたま容疑者の姿が映っていて、それが決定的な証拠となったようである。サイバー世界のことを知り尽くし、完全犯罪を狙った男も、リアルな空間に置かれた防犯カメラにまでは思いが至らなかったということだろう。
 この話を通して、人工的に設計され築き上げられたバーチャルな世界と、人知を超えた部分をはらんでいる可能性を持つリアルな世界という2つの世界の存在を改めて考えさせられた。今後に宿題を残す事件であったと思う。

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2月9日(土) 不在中 山積みしたる 新聞チェック さしたることも 無き日本かな

 家にたどり着いてみると、 9日間も不在にしていたのであるから、郵便箱には数多くの郵便物、そして新聞を入れていただくための段ボール箱には、 9日分の新聞、さらにコンピューターの中には、数多くのメール。まず、郵便物とメールに目を通すと同時に、返答の必要な所にはその返事を書く。そしてそれから、山積みになった新聞の処理。実はこれだけでも、相当の時間を要する作業であった。
 今回の旅では、格安ツアーであったせいでもあろうが、宿泊したホテルで日本の放送を視聴できるところはなかった。だから、 1週間余りの間、日本で何が起きているかという情報はほとんど皆無であったと言っていい。

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 それだけに、新聞紙面には、特に注意をして細かく目を通したのであるが、正直なところ、さして目を引く記事はなかった。この旅の期間、日本の国が平穏であったことに安心をすると同時に、何か物足りない気持ちがしてきたのは、旅行の中で、毎日何かしらの刺激を強く受け続けてきたせいなのかもしれない、とも思う。
 やはり日本の国は、基本的にはとても平和な国なのだと思う。安定した国なのだと思う。テレビで大騒ぎしている事件なども、当事者にとってみれば大変なことなのだと思うが、大きな目で見れば、社会全体を揺り動かすようなものは数少ないのではないだろうか。外に出てみると、そんなことがよくわかる。だから、日本人は、特に若い人たちは、努めて外国に出かける必要がある、そう思った。

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2月8日(金) 我が家まで 一昼夜をかけ 戻りたり 一週間余の 旅の終わりに

 いよいよ旅の最終日となる。といってもこの日は自宅までの移動日。
 ローマのレオナルドダヴィンチ空港に到着したのが、現地時刻で午後4時。日本とイタリアの時差は8時間であるから、これは日本時間で言えばちょうど午前0時。そこから飛び立ち、トルコのイスタンブールで飛行機を乗り換え、日本の関西国際空港へ移動。関空に到着したのが、日本時間で午後6時半。入国手続きの後、高速バスに乗って、淡路島へ。そしてそこで自家用車に乗り換えて自宅へ。自宅到着時刻が、翌日0時20分のことであった。
つまり、最終訪問国イタリアの空港に入ってから、自宅に到着するまで、ちょうど一昼夜24時間かかったということである。やはり、ヨーロッパを旅するとなれば、そこに到着するまで丸一日の時間を要するということである。

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 その帰路、私は、ノートを片手に、 8泊9日の旅の全体を振り返っていた。この間に、 9つの世界遺産を訪ねることができた。いろいろな土地の風土に触れることができた。いろいろな先人たちの生き様に触れることもできた。各地の料理を食することもできた。さまざまな刺激の中で、いろいろなことを考えることもできた。これから先に残された課題もたくさんあるが、おおむね満足のゆく旅であったと思う。
 今後、いろいろな会合でこの旅のことに触れることもあるだろう。また、早速OAK・TREEの3月号に、この旅で感じ考えたことを、書き表して、いろいろな方々にその体験をお知らせしたいと思う。心地よい疲労感である。

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2月7日(木) カゼルタの 広い庭園 人工と 自然の境に 多くの神々

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 今回の旅も、いよいよ最後の一日。この日は、午前中、最後の観光地として訪問したのは、カゼルタ宮殿(世界遺産)であった。これは、ブルボン家のナポリ王によって建造された、 18世紀ヨーロッパで最も巨大な宮殿と言われているものである。この中には1,200もの部屋があり、劇場まで備えられていた。私たちは、その一部を観光したが、ベルサイユ宮殿ほどの華美な装飾では無いものの、お金をかけた荘厳な宮殿であった。
 そして私が感銘を受けたのは、その建物以上に、広大な庭園であった。庭園を散策するために、約1時間の自由時間が準備されていたが、それでも時間が足らなかった。資料によれば、この庭園面積は、120ヘクタールもあるという。広いはずである。
 この庭園を散策していて興味深かったのは、人工的に手を加えた部分と、自然をそのまま残した部分を、きちんと区画分けしていたことである。そして、その境界部分には、ローマ神話に登場する様々な神々の像が数多く設置されていた。私の勝手な想像ではあるが、ここにかつてのヨーロッパ人の世界観が表現されていると思った。つまり、人工的な部分は徹底的に人間が心配し管理する。一方、自然の部分には手を加えない。そしてその両者を結び合わせるものとして、さまざまな神々が存在している、と私は見て取ったのである。
 私たちはそれから、南イタリアの田舎のレストラン、土産店などに立ち寄り、ローマの空港へ。そしてそこから日本への帰路についたのであった。

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2月6日(水) ポンペイは ローマ社会の 化石なり 2000年もの 固まった時よ

 昨晩は、夜遅くなったが、ナポリまで移動して宿泊。
 今日は、美しい海岸として有名なアマルフィ海岸(世界遺産)をバスで観光。そして、かつて10~11世紀頃に海運商業都市として栄えたアマルフィの街で、 一時を過ごした。
 それから向かったのが、ポンペイ遺跡。西暦79年に、間近にあるベスヴィオ火山が大噴火を起こし、その火山礫と灰によって、地下に全て埋もれてしまったという街である。 18世紀半ばになって、その発掘作業が始まり、当時の街の様子が再び私たちの目の前に現れたのであった。

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 この遺跡はとても広大なものであり、ガイドブックによれば、要所をめぐるだけでも最低3時間は必要であると書かれていたが、私たちの訪問時間は約1時間半程度。したがって、遺跡全体からすればほんの一部分を歩いて回ったに過ぎないということである。しかしそれでも、驚きの連続であった。アポロン神殿遺跡や浴場跡、娼婦の館などは、当時の様子がほぼそのままに想像できるような状況であった。整然と区画された道路を歩いていると、自然と当時の賑わいが肌に感じられてくるのであった。
 2000年もの時間、地下に封印されてきた街・ポンペイ、それはまさにローマ時代の化石都市であった。

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2月5日(火) 古き街 世界遺産の 看板を 掲げて再生 アルベルベーロ

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 朝早く、アテネの空港からミュンヘンに飛び、さらにそこから南イタリアのバーリ空港に飛んだ。実は、当初の予定では、昨晩中に、ギリシア北西部イグメニッツァ港からイタリア南東部バーリ港まで、フェリーで移動することになっていた。しかし、ギリシャはご存知の通り、経済財政危機の渦中にあって、給与引き下げ問題が様々な分野に影響を及ぼしている。そこで、船舶を運行する船員たちの労働組合である「全ギリシャ船員組合」がストライキを敢行していて、当初の予定では早期に収拾されるはずであったのが、うまく行かず、結局、私たちの移動日にもフェリーが運航されないということになったため、急遽、飛行機便に切り替えたということであった。
 ともあれ、なんとか飛行機の座席が確保され、少し遅くなったが、無事にバーリに到着。南イタリア観光に舞台を移した。
 私たちがこの日訪問したのは、石のとんがり帽子屋根で有名な街、アルベルベーロと、山腹全体が洞窟住宅で覆われている街、マテーラであった。両街ともに世界遺産に指定されている。そして私たちは、これら街を歩いて観光した。おそらくは少し前までかなり荒廃していただろうと思われる家々が、観光客向けの土産店や観光施設として再生されていた。そして街全体も、美しく整備されてきていた。世界遺産という看板掲げて地域全体が生まれ変わって来ている印象であった。「世界遺産」の力を痛感したのであった。

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2月4日(月) 断崖の 上に鎮座の 修道院 上を見るのか 下を見るのか

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 さらに旅は続く。今日は、ギリシャ北部の世界遺産・メテオラ観光。
 ここは、中国の桂林を連想させるような巨大な奇岩が林立している場所であった。そしてそれだけではなく、その奇岩の上には、数多くの修道院が建設されているのである。ガイドの説明によれば、ギリシャがオスマントルコの強い圧力を受け、さらに支配を受けた時に、ギリシャ正教の修道者たちが、この場所にこもって、キリストの教えを守ったということのようである。確かにこの場所ならば、軍隊が攻めてきても、難攻不落であろう。私たちが訪れたのは、バルラーム修道院とルサヌー修道院であるが、今は、絶壁に階段が刻まれ、または橋がかけられたりしていたが、かつては外部から物資を運び込むのに、巻き上げ式の釣瓶のようなものを使っていたようだ。
 そのような外界と隔絶して生き延びてきた修道院も、今はすっかり観光地化していた。修道院を維持するためには、観光客からのお金が必要で、こんなことになってきているのだということであった。やむをえざる事と言いつつも、修道士、修道女たちの気持ちはいかなるものか、と思わざるを得なかった。
 このメテオラを広く展望できる場所があり、そこに立って断崖の上に鎮座する修道院を眺めていると、これが修道院は、高い崖の上にあって、天に向かっているのか、それとも地上を眺めているのか、そんなことを考えてしまったのである。

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2月3日(日) 古代ギリシャを 神託をもて 動かせる デルファイ神殿 遺跡の上の 青い空

 朝、アテネのホテルを出発してまず向かったのが、オシオスルカス修道院。建物内部全体に見事なモザイク画が描かれていた。世界遺産として指定されている修道院である。
 そして次に向かったのが、デルファイ。ここも世界遺産。古代ギリシャ時代に、個人の問題のみならず、ポリスが戦争を行うべきか否かといったような重要な問題に対しても神託を発し、ギリシャ全体を動かしたアポロン神殿があった場所である。現在は、その神域が発掘され、また、隣接地に博物館も建設されていた。ガイドの話を聞くと、その神託を出す巫女のこもる部屋というのが神殿の地下にあって、そこには地中からメタンガスが吹き出していて、トランス状態が生み出されていたということではないかといった解説であった。その真偽は別としても、この山中奥深い場所にあったひとつの神殿が、多くの人々の心をとらえ、ギリシャを動かし、歴史を作り上げていったという事実に、大きな興味を抱いたのであった。

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 デルファイ博物館には、ソクラテスの像だと言われる石像も置かれていた。ソクラテスが世界初の哲学者と呼ばれ、大きな足跡を残すことになったのも、このデルファイの神託がそのきっかけであったと言われている。
 私はこのデルファイのアポロン神殿遺跡周辺で、小一時間を過ごした。その遺跡の上の空がとても青かったことが印象深く心に残った。

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2月2日(土) 真冬とは 思えぬエーゲの 暖かさ 心は溶けゆく アイスクリーム

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 ギリシャの2日目は、終日エーゲ海クルーズ。実は、冬のギリシャは雨季にあたり、天候が不順になることが多いらしく、クルーズ船が出港しないことも十分に考えられたが、私たちが予定していた日は、奇跡的に好天に恵まれ、予定通りにクルーズが行われた(私たちの前日も、また翌日も、天候の問題で、何クルーズ船は出航しなかったらしい)。
 私たちが参加したのは、「エーゲ海一日ミニクルーズ」と呼ばれるもので、アテネ近隣のピレウス港から出航して、イドラ島、ポロス島、エギナ島というそれぞれに個性的な3つの島を次々と巡っていくというものであった。
 とても快適なクルーズであった。私は赤外線で測る簡便な温度計を持っていたので、船上のデッキで計測してみると、なんと20度もあった。だから、薄いコートを身にまとっているというだけで、ほとんど寒さを感ずることがない気温であり、私たちは、夕暮れどきの午後5時から7時過ぎまで、ずっとデッキに佇んで、夕暮れのエーゲ海を堪能することができた。とても穏やかで美しいひとときを過ごすことができた。そして同時に、これからの瀬戸内海観光を考えるうえに求められるさまざまなアイデアも生み出すことができた。とても心地よく、そして有意義な時間であった。
 私の心は、この真冬のエーゲ海に浮かぶ船の上で、いつしか暖かい風の中で溶けゆくアイスクリームのような気持ちになっていたのであった。

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2月1日(金) プラトンが 創りし学堂 アカデミア 静かに眠る 夢の跡かな

 ほぼ予定通り、現地時間で午前9時過ぎ、私たちはアテネ空港に到着。今回の旅は、極安のパック旅行に参加する形をとったので、初めて出会う人たち35名と共に、迎えにやってきていた観光バスに乗り込む。そしてアテネ市内へ。まず訪れたのは、世界遺産であるパルテノン神殿。ギリシャで最も有名な観光地と言っていいだろう。それから、国会議事堂前のシンタグマ広場、近代オリンピック発祥の地となった競技場などを巡って、古い町並みが残っているプラカ通りのレストランで昼食。その後、午後3時頃にホテルにチェックイン。到着初日でもあり、疲れている人がホテルでゆっくりと休めるように、との旅行社の配慮で、後は自由時間。

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 そこで私たち夫婦は、早速独自の行動を開始。まず、プラトンが世界初の大学を設立したといわれる「アカデミア」跡地を探し求めて訪問。ここは、観光地というわけではなく、市民の公園という趣の場所であった。その中に、当時の建物に使われていた礎石などが点々と残り、簡単な説明パネルが設置されているというだけである。思わず胸に浮かんできたのは、「夏草や 兵どもが 夢の跡」という芭蕉の有名な句。それくらい、かつて盛大であったはずの学堂が、いまは静けさの中に眠っている印象であった。私たちは、プラトンの姿を追い求めて、約1時間、この公園をさまよった。
 そしてその後は、アテネのにぎやかな街中を散策し、アクロポリス博物館を訪問。そこで、ギリシャ彫刻の作品群を鑑賞すると同時に、夕食。少し疲れた一日であった。

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