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4月30日(火) 文科省 有志集いて 勉強会 揺らぐ日本の 根を確かめけり

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 東京滞在の2日目。この日は、午後4時から、文部科学省内での勉強会であった。実は、下村博文・文部科学大臣就任直後に、このしばらくの文部科学省を見ていると、省内でもっと教育そのものについて、活発に談じ合う気風が必要であるように思う、とお手紙を差し上げたところ、ならば一度上京時にその話をして欲しいということになり、この日に赴いたのであった。私からは、あくまで自主的に参加を希望する人だけの勉強会にしてほしいという意向を伝えていたのだが、この日集まったのは、局長2名を含む約40名の官僚皆さんであった。大臣も、参加を希望しておられたそうだが、これは外国出張中で叶わなかったということである。
 この場で私が申し上げたのは、そもそも教育というものをどう捉えるべきか、文部科学省がいかなる省になるべきかといった、青臭い書生論と言われかねないものであった。しかし、誤解を恐れずに言うならば、そんな植物で言えば根っこにあたる、原理原則論を大事に守り育んでいくのが、文部科学省なのではないだろうか。
 夜は、「霞ヶ関アカデミア」。政治家や官僚が、いかに考え行動すべきか、「西郷南洲翁遺訓」を教材にして、活発に語り合った。

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4月29日(月) 昭和の日 妻と一緒に 上京す 車窓に恥じらう 東京タワー

 「昭和の日」。 4月29日は、昭和天皇の誕生日であり、昭和時代には、天皇誕生日として祝日となっていた日である。それが、平成の時代になってから、国民生活の中にゴールデンウィークの休日として定着している日を取り消しては影響が大きいと、「みどりの日」として引き続いて国民の休日とし、さらに、その日を改めて「昭和の日」と定め直したものである。
 この日、私たち夫婦は、東京に上京した。昨年末以来、ずいぶん長い間東京に行っておらず、いろいろな会合開催に迫られていたのに加え、訪れてみたい場所があったからである。

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 朝の高松空港発の飛行機便で羽田空港へ。そしてそこからモノレールで都心へ向かった。そして、山手線で秋葉原へ。その途中、車窓から外を眺めていると、ビルの間から、時々東京タワーが姿を見せた。東京タワーといえば、昭和時代の象徴である。その電波塔としての役割を、東京スカイツリーに譲っていこうとしている今、その姿は、何かしら恥じらいを帯びたものになってきつつある印象であった。「東京や 昭和も遠く なりにけり」。
 この日の夜は、かつて東京の勉強会に集っていたメンバーがより集まり、会合開催。約40名の方々が集まってくださった。

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4月28日(日) 何事も 確かに批判は あるだろが そんなに憎いか 主権の回復

 昭和27年のこの日、連合国の占領下に置かれていた日本が、サンフランシスコ講和条約発効によって、主権を回復した。他の国々で言うならば、おそらくは最も重要な祝日である「独立記念日」に相当する日だと言ってもいいだろう。この日を、国家として祝日にすべきである、という議論はかねてからあった。それを、安倍政権になって、初めて国としての記念式典を開くことにしたということである。
 しかし、マスコミ上の論調は、異常なものである。この主権回復の時に、沖縄、奄美、小笠原が含まれておらず、これら地域を放置したままで日本の主権が回復したと主張するのはおかしい、という論調が強く打ち出されている。そしてそれにもかかわらず、政府主催の式典を開くというのは、沖縄等への侮辱にもあたると論じているのである。

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 いかがなものであろうか。日本政府が、その後、残された地域の復帰を求めて運動をしなかったというのならばまだしも、それぞれの政権が、佐藤政権による復帰実現まで、努力を重ねてきたはずである。もっと素直に受け取っていいことなのではないだろうか。
 この日は、私の誕生日でもある。その日を「屈辱の日」などと言われると、私の心も痛い。

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4月27日(土) 松下さん 亡くなりてより 2回り 面影胸に 人生の道

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 4月27日といえば、松下政経塾を創設された松下幸之助塾主がお亡くなりになられた命日である。1月に、昭和天皇がお亡くなりになられ、年号が昭和から平成に変わった、その直後のことであった。だから、今日で没後24年。十二支の暦で言うならば、ちょうど2回りとなる日であった。
 この日、岡山県から、「志の道」を訪ねてくる人たちがいた。岡山人間論ゼミを運営してくださっている森さんを中心にした14名の方々であった。そのほとんどの方々が、今回初来訪の方々である。
 昼過ぎに、「志の道」標柱石のところで集まって、この道を歩いた。その第一碑が、松下幸之助塾主の石碑であった。「自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある」という言葉に始まる一文を刻み込んだ石碑である。その時、私の胸の中には、松下塾主の生前のお姿があった。自分の孫よりも若い青年に向かって、懸命に語りかけていただいたあの本気の姿に、私たち塾生は、この思いを裏切るまいと、困難な人生の道を切り開こうと、懸命に立ち向かっていったのであった。あるいは、この碑の説明について、少し思いが過剰になってしまったかもしれない、そんな気もしたのであった。

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4月26日(金) 原因は 不明のままだが 対策は 十分打てりと 運行再開

 今年1月に、内蔵バッテリーが異常高熱になり、飛行中に煙を発したことから、これは深刻な事故に至りかねないとして、運行停止が続いていたボーイング社の最新鋭旅客機「B787」に対して、米連邦航空局(FAA)と国土交通省が、正式に運行再開を承認した。運行停止から既に3ヶ月あまりとなり、当該機を導入した航空会社やボーイング社自身に経営的影響が深刻化してきたのを受けての判断であるようだ。
 ここで問題視されているのは、バッテリー内部で異常な高熱を発する「熱暴走」を引き起こした原因が特定されていないことである。いろいろな記録を解析した結果、その直接の原因を受け止めることはできなかったという。それに対して、今後同様の事態が生じたとしても、その影響が運行に影響及ぼさないだけの対策を十分に施したとして、運行再開を認めたということである。

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 これは例えて言えば、深刻な症状を示して入院した患者を、その症状を生み出した原因ははっきりとしないけれども、もしもまたその症状が現れて倒れることがあったとしても、救急車や病院の受け入れ体制を整えたから、どうぞ退院してもらって結構だ、というのとよく似ている。極めて現実的な対応であったと言わざるを得ない。

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4月25日(木) “核兵器 いかなる時にも 不使用”じゃ 傘があっても 意味がないだろ

 ジュネーブで開催中の核拡散防止条約(NPT)再検討会議に向けた準備委員会で、「核兵器の人道的影響に関する共同声明」が発表された。この共同声明の中には、「いかなる状況下でも核兵器が再び使用されないことが人類生存のためになる」という文言が含まれているそうである。
 問題は、世界唯一の被爆国としてこれまで一貫して核兵器に反対してきたはずの日本政府が、この共同声明に最終的に賛同しなかったことである。その理由は、「いかなる状況下でも」ということであるならば、「段階的に核廃絶に向けた手続きを重ねるという日本政府の方針と違った」ということであったらしい。しかし、この判断は、国際社会からも、核兵器廃止論者からも、言行不一致と取られかねないものである。

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 日本は、核兵器全廃を一方で訴えながら、その一方では、アメリカの強大な核の傘によって国が守られているという大きな矛盾の中にある。そして、核武装国である中国や北朝鮮と厳しく対立する中で、今すぐにアメリカの核の傘を離れるということができないという現実がある。だから、致し方ない判断であったと言わざるを得ないだろう。
 しかし、原理原則を曖昧にすると、結局は国際社会からの信頼を失う。それが心配である。

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4月24日(水) 現実は 手段がいつしか 目的に! そんな危惧あり 学力テスト

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 文部科学省は、小学6年と中学3年を対象にして、全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)を一斉に実施。この学力テストで実施した教科は、国語と算数・数学で、基礎的知識をみるA問題と、知識の応用力を測るB問題から構成されていた。 一部の私立学校では実施しなかったようであるが、全国の国公私立約3万校の約228万7,000人が受けたということである。文部科学省は、8月下旬に、都道府県別の正答率などを公表する予定。
 この全国学力テストは、教育の改善を図るために必要な基礎データを取るために実施されたものであるが、当初は単なる「手段」として導入されたにすぎないものが、いつの間にやらそれ自体が「目的」となってしまうというのは、世の常。特に、教育の世界というのは、目の前でその効果を測る手段が少ないため、この全国学力テストを使って、ここの教師や学校の評価を行おうとする動きも散見されるようである。そうなると、このテストで良い点を取ることを自身が、「目的」化してしまうわけであり、そんな危惧や懸念が示されているのも事実である。
 この傾向があまり異常なものにならないように願うと同時に、学校にとっても、教師にとっても、生徒たちにとっても、教育成果が測られる機会があるというのは重要なことであり、有意義なものとなることを願いたい。

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4月23日(火) 浜松の 茶畑大きく 崩れたり 大雨などの 理由もないのに…

 昨晩遅く、台湾の旅から自宅に戻ってきた。明けて今日、 TVニュースを見ていると、浜松市の天竜区で、茶畑のある台地の崖が、大きく崩落したと報じていた。何でも、その幅が70メートル、高さは80メートルに及ぶ大規模な崖崩れだそうだ。流出した土砂の量は、推定4万立方メートル。そして、今後もさらに崩れる可能性があるとして、静岡県と浜松市は、厳重な警戒を続けているという。
 不思議なのは、この崖崩れに先立って、大雨が降ったり、大地震が起こったりといった、 何らかのトリガーとなるようなことが何もなかったということである。それなのに、こんな大規模な崩落がなぜ起きてしまったのだろうと、テレビに出ている人が首をかしげていた。

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 昔、ハーバード大学のガルブレイス教授が、「不確実性の時代」という本を出して、大きな話題になったことがあった。確かに今の日本も、予知できないことが次々に起こる社会になってきている気がする。殺人事件や詐欺事件で犯人を捕まえてみると、なんでこの人がこんな事件を起こしたのだろう、と周りの人が驚く場面がよくある。何らかのことが起きるには、確かにその原因がどこかにはあるのだろうが、その関係が簡単には分かりにくい世の中なのであろう。難しい時代になったものよと考えたのであった。

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4月22日(月) 帰国日にゃ ホテル近くを 散策す 孔廟 保安宮 老師府などなど

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 台湾の旅も最後の日。私たちが宿泊していたのは、台北駅からすると少し北側になるが、地下鉄などの交通の便も良いサントスホテルであった。そして、そのすぐ近くには、「孔子廟」があり、またそのすぐ横には、台北三大廟の1つである「保安宮」があったので、私たちは、朝食の後に、揃って散歩に出かけてみた。
 残念なことに、孔子廟は月曜日で閉館日。しかしそれを補って余りあることに、道教と仏教の寺である保安宮では、ちょうど主神である保生大帝の生誕を祝う祝賀祭が行われていて、台湾の宗教行事の一端に触れることができた。
 さらに、道路沿いに建てられた街路地図を見ている中で、「老師府」と書かれた場所があって、なんだろうかとそこも訪れてみると、昔の立派な先生の居宅だったところを文化財として保存しているという場所であった。
 これらの散歩の道中には、台湾の人たちがバイクに乗って通勤している姿や、朝の商店街の様子なども観察することができ、台湾の人達の生活ぶりにも触れることができて、一気に台湾に愛して、深い愛着を覚えるようになった。
 これが、手作りの旅の醍醐味。皆さんにも、時間が許すならば、自分の足で歩きまわってみることをお勧めしたいと思う。

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4月21日(日) 6名の 日本教師の 志 山ふところに 抱かれ眠れり

 台湾の旅3日目。今日は、朝から清掃実習。台北市北部の丘の上にある「陽明山小学校」がその会場。
 午前8時半から開会式。そして9時から11時までが、清掃実習。その後、 12時までが、感想発表、そして閉会式であった。私が掃除場所として割り当てられたのは、校舎の女子トイレ。しかし、参加人数が多くて、しかも台湾の方が便器清掃に取り組んだため、私は、その入り口の手洗い場を中心にその掃除に取り組んだ。

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 この清掃実習の後、私たちは、蒋介石総統が官邸として使っていた建物(士林官邸)を見学した後、この近くにあった「六氏先生の墓」を訪れた。日本は、日清戦争の後に清国から台湾を割譲されたとき、まず教育に力を入れ、芝山巌に学校を開設し、意欲ある優秀な日本人教師を派遣した。その教師たち6人が、日本統治に反対する人たちによって襲撃され、惨殺されたのであった。そこに、墓が作られたが、残念なことに、戦後やってきた国民党政権によって破壊され、その後に、卒業生有志によってこれが再建されたというものである。
 見事なのは、この殉職した教師たちの覚悟である。 反対者たちの襲撃の中で、この教師たちは教育の重要性を必死に説いたという。そして、教育の中で死ぬならば、それは本望、と堂々としていたらしい。
 今その墓は、緑豊かな山懐に抱かれていた。ご冥福をお祈りしたい。

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4月20日(土) 台湾に “美化”の文化を 育てたる 人々集えり 祭りの如くに

 台湾での2日目。この日はまず午前中、昨晩合流した佐藤さん・会田さんと共に、中華民国建国の父・孫文を紀念する「国父紀念館」と、台湾で長い間統治した蒋介石氏の顕彰施設であり、また墓でもある「中正紀念堂」を訪問。昼食を終えた後、「台湾美化協会」の年度大会が開催される「台北市天母国際会議センター」へ移動。

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 会場に着くと、案内係、受付係、通訳などのボランティアが、すでにそれぞれの持ち場に就いていた。参加者も、数多く集まっていた。そこに登場したのが、鍵山秀三郎さん。今回の大会が第11回目ということで、すでに顔なじみになっている人も多いのだろう。鍵山さんは、温かい歓迎の言葉と拍手の中で迎えられていた。
 「台湾美化協会」の会長は、徐重仁さん。少し前まで、台湾の代表的な流通企業グループの社長を務めていた方であるが、事情があってその仕事を離れたため、今回の大会は、その企業グループから独立した形で開かれた。さてどうなるだろうかと危ぶむ声もあったが、逆に真心から参加する人たちが多く、かえって熱気のこもった大会であったようだ。記念講演は、上甲晃さん。掃除への取り組みと、自らの青年育成運動について、ユーモアを交えながらお話しをされた。さらにその後は賑やかな交流会。心が響き合い、祭りに参加しているような気分であった。

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4月19日(金) 旅行カバンに 多くのハテナを 詰め込んで 一路目指すは 台北の街

 私たち夫婦は、朝早く自宅を出て、広島空港へ。午前9時に広島空港を出発する中華航空便で、台湾に向かうためであった。
 今回の台湾の旅は、「台湾美化協会」の大会と掃除実践に参加するためであった。加えて、この機会に、台北の街の中を調査して、この夏に予定している仲間たちとの「台湾の旅」の企画立案の参考とする目的もあった。
 そこで、出発前に台湾について学び研究して、それを22の問題意識を取りまとめた。その疑問を旅行カバンの中に思いきり詰め込んで、台湾に向かったのであった。

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 台湾の空港着が現地時間で午前10時30分。途中で土産店に立ち寄ったので、ホテル到着が12時半頃。それから、国立台湾博物館、台北228紀念館、国立歴史博物館などを回り、さらに問題意識の整理を行った。
 そして夜の8時過ぎ、成田空港からやってきた佐藤さん、会田さんと合流。夕食をとり、さらに夜市に出かけ、足裏マッサージまで体験した。本格的な活動は、明日以降であるが、今日はそのプレリュードといったところだったろうか。

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4月18日(木) 衆院で 0増5減が 審議入り あれれ野党は どこへ消えたの?

 4月16日に2013年度予算案が衆議院を通過したことにより、これからの国会の焦点は、重要法案の処理、特にこのしばらく各地の高裁で違憲判決が出され、選挙そのものの無効まで言及されてきた、フ小選挙区の区割り問題に移行することになりそうである。
 この選挙区制度は、その制度設計が各政党の消長に直接に結びつくと考えられていることから、事前の協議は難航を極め、調整が成立しないまま、結局、与党は憲法違反状態をこのまま放置するわけにはいかないと、最も影響を軽微にとどめた「0増5減」案を基にした公職選挙法改正案を国会に提出。そして、この日、この問題を審議する特別委員会での審議入りを決めた。

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 しかし、この特別委員会に、審議の決め方が強引であるとして、野党側は出席をせず、与党側だけで審議を行うという異常な展開となった。
 問題は、憲法違反状態をいかに解消するかということであり、これには与党のみならず、野党も、国政を担う政党として、大きな責任を負っているはずである。それにもかかわらず、このような問題でさえ、真っ当な議論が行なえない国会というのは、ただただ情けないことだと思ったのであった。

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4月17日(水) 高齢者 3000万を 突破せり 日本政治の 力試さん

 総務省がこの16日に発表した、 2012年10月時点の推計人口によれば、日本の歴史上初めて、 65歳以上の高齢者が3,000万人を超えたということである。 65歳以上の高齢者が総人口に占める割合は24 .1%となり、これも過去最高である。一方、総人口は、この1年間で28万人余り減少。人口減少も、定常化してきている印象である。日本社会を構成する基本要素である人口構成が、大きく変化してきていると言えそうである。

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 ふと連想したのが、山中鹿之助。戦国時代の尼子家家臣であった山中鹿之助は、困難を前に、三日月に向かって、「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と祈ったことで有名。山中鹿之助は、その理由を「自らの成長を苦難によって試したいのだ」と語ったとされている。(アレレ、イラ短では、七難八苦が、なぜか四苦八苦になってしまっているが…)。
 この人口減少下での高齢化の進展は、日本の国にとってその基盤が大きく揺れ動くことであり、確かに大きな困難である。しかし、それに立ち向かっていこうとする気力を失わないならば、必ずや道は開ける、ということではないだろうか。日本の国の政治の力がこれから試されるのだと考えるべきであろう。

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4月16日(火) マラソンの 由来はギリシャの 伝令兵が 長距離走って 倒れし故事とや

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 市民参加のマラソンとして国際的に広く知られている「ボストン・マラソン」のゴール付近で、爆弾テロ事件が発生。 3人が死亡し、 140人以上が負傷したという。
 ボストンは、私もずいぶん昔に一度訪問したことがあるが、ボストン大学やケンブリッジ大学(正確には隣町)、マサチューセッツ工科大学(同)など、 100を超える単科・総合大学が立地し、文化活動も盛んな、落ち着いた雰囲気の町である。このしばらくは、犯罪率も激減しており、治安の良い町としても知られていたようだ。
 そんな町で、しかも平和の象徴とされるスポーツ競技において、数多くの被害者を生み出すテロ事件が起きたのである。早速オバマ大統領が記者会見に臨み、全力を挙げて犯人を逮捕することを表明。アメリカ全土が、緊張感に包まれた。
 しかし、今でこそ、スポーツと言えば、平和を連想することが多くなっているが、各競技を見ると、元々は戦争に由来するものが多いのも事実である。このマラソンも、紀元前450年頃、アテネ軍とペルシャ軍がマラトンで戦い、アテネが勝利したことを伝える伝令兵が、約40 kmを駆け抜けて、アテネに勝利を伝えた後に息絶えたという故事に由来するものらしい。それにしても、何とも物騒な世の中である。

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4月15日(月) レオナルド・ ダ・ヴィンチ生まれた 記念日に 我はOAKの 出稿果たせり

 今日は、レオナルド・ダ・ヴィンチの誕生日。今から561年前の1452年に生まれている。
 彼は、絵画、彫刻、建築、音楽、科学、数学、工学、発明、解剖学、医学、地誌学、植物学など様々な分野で顕著な業績を残し、人類史上で「最も多彩な能力を持つ人物」であると評されている。ヘリコプターの概念も、彼が考えついたものとされ、そこから、この4月15日が「ヘリコプターの日」とされたのだそうだ。
 これだけ多彩な活動をした人物というのは、本や資料を読んでその人物像を追いかけて見ても、なかなかその実際の姿をつかむ事はできない。叶わぬ事ではあるが、もしも可能ならば、私がぜひ会ってみたいと思う人物の1人である。

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 ところで、今日は、 OAK・TREE誌5月号を出稿した。実際には、まだ完成稿までにはかなりの作業量が残ってはいるのだが、ここでとりあえず印刷所に原稿を持ち込み、作業の節目を作るのである。そしてこれから2~3日をかけて、修正を加えたり、足りない原稿を書き加えたり、さらに校正作業も行い、その上で印刷に移行するのである。おそらくは、レオナルド・ダ・ヴィンチも、自分の作品を手放す時も、こんな気持ちだったのだろうななどと思いながら、出稿の作業に取り組んだのであった。

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4月14日(日) 旧き良き 日本愛した 李登輝さん “日本人よ、 武士道忘るな!”

 今日は、「教師人間論ゼミ」。今回取り上げたテーマは、「李登輝著『武士道解題』を読む」というものであった。 この夏に行う台湾の旅の準備学習の1つとして、このテーマを取り上げたのであった。
 李登輝氏は、台湾の元総統であるが、 大正12年に、日本統治下の台湾で生まれ、その後、京都帝国大学農学部で学んだり、陸軍にも自ら志願し入隊したという経歴を持っている。そして、日本の強い影響力のもとで学んだ自らの青年時代を振り返り、当時、とても良い勉強をすることができたとし、旧き良き日本を心から深く愛してくださっている方である。

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 その李登輝氏が、心から尊敬しているのは、国際連盟の事務局次長も務めた、新渡戸稲造博士。そして新渡戸氏が残した「武士道」という本を愛読書とし、その中に書かれた日本の伝統的価値観の尊さを改めて今の時代に問いかけ直したいと、自らが2003年に出版したのが、『武士道解題』という本である。
 この本には、李登輝氏の幅広い学識と日本の尽きない愛情が溢れんばかりに書き表されている。日本人が一読して欲しい本だと思う。そしてこの本は、こんな一文で締めくくられている。「最後に、もう一度繰り返して申し上げておきたい。日本人よ自信を持て、日本人よ武士道を忘れるな、と」。考えさせられた言葉であった。

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4月13日(土) 国産みの 島で起こった 大地震 新たな日本の 胎動なのかも?

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 午前5時半ごろ、兵庫県淡路島を震源とする強い地震があった。震源の深さは約15 km 。マグニチュードは6.3と推定され、関西地方で震度6以上の地震が起きたのは、 1995年の阪神淡路大震災以降では初めてとなる。この地震による死亡者はいない見込みであるが、家屋等にはかなりの被害が生じている様子である。心からお見舞いを申し上げたい。
 淡路島といえば、古事記に出てくるオノコロ島とされ、国産みの島と言われる。天浮橋から、イザナギとイザナミの2柱の神が、混沌を鉾でかき混ぜ、その鉾から滴り落ちたものが積もって、この島になったとされているものである。その国産み物語にちなんだ、様々な遺跡や神社がこの淡路島にはある。
 こんな古代の神話を思い返す時、今回の地震も、天上界のイザナギとイザナミの持っている鉾から滴り落ちたものが引き起こしたものだと連想することもできる。そんな連想の翼を広げれば、新たな時代の国産み物語が、この淡路島で始まっていると想像することもできよう。
 混迷する日本社会に、この淡路島から、新たな日本づくりの胎動が始まっているのか…、そんなことも考えた今回の地震であった。

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4月12日(金) マザーテレサ 心の闇とは 何なのか? イエスを伴侶に 生きてきたのに…

 高津人間論ゼミ。テーマは、「マザーテレサの人生と信仰」。
 マザーテレサとは、一生涯をインドのスラム街の人たちの救済に捧げた修道女である。その深き人類愛と徹底した献身に対して、 1979年には「ノーベル平和賞」が与えられ、世界中の多くの人々に愛された。
 なぜ、インドの道端に行き倒れている人たちの救済に当たらねばならなかったかといえば、彼女の信仰が、それを命じたからである。つまり、彼女がまだ若かった頃に、イエス・キリストから、「すべてを捨て、最も貧しい人の間で働くように」との啓示を受けたのである。そして、イエス・キリストの「この小さい者たちにしてくれたのは、私にしてくれたのである」という言葉を信じ、貧しさの中に苦しみ孤独の中に死に行く人たちの中に、自らが伴侶となることを心に誓ったキリストを見いだしながら、その活動に取り組んだというのである。

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 しかし、マザーテレサが残した指導司祭への手紙の中には、自分の心の闇に苦しむ姿も赤裸々に書き綴られていた。自分自身が神を見い出せない苦しさ、神から見放されているのではないかという辛さ、そしてそれにもかかわらず、神のためにと、献身し続けた姿。その人間的な深い苦しみを持ちつつも、必死に道を求め続けたその生き様に、深い感銘を受けたのであった。

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4月11日(木) 1年で こんなに顔が 変わるのか? 北朝鮮の 将軍様は!

 今日は、金正恩氏が朝鮮労働党第一書記に就任をし、北朝鮮の最高指導者となってちょうど丸一年である。
 テレビでは、この記念日に、かねてから予告されていたミサイル発射が行われるかもしれないと、ずいぶん多くの時間を割いてこの報道をしていた。そこでは、金正恩氏のこの1年間を振り返る映像も流されていたが、そこで強く感じたのは、金正恩氏の顔が、このたった1年間の間にすっかり悪人顔になってしまったなということであった。それは、前権力者の金正日氏の場合も同じであり、あえて極悪非道の悪人を演じている印象もあった。

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 どうも北朝鮮では、この男は何をやり始めるか分からないと、人々から恐れられなければ、権力を維持できないということなのだろうか。外から見てこれだけの統制が行われている国家というのは、おそらくその内部は激しい権力闘争の世界なのではないだろうか。そこで生き残っていくためには、身近の部下たちから徹底的に恐れられなくてはならないのだろう。そして、国民からは、一面では愛されながらも、もう一面では怖い存在でもなくてはならないのだろう。また外国からも、何をしでかすか分からないと警戒されねばならないのだろう。
 考えてみれば、孤独で厳しい役割である。若き金正恩氏がそれに本当に耐えられるのかどうか。関心を持って見守りたいと思う。

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4月10日(水) 30年 政治人生 歩み来て 我が生き様の 歴史を思う

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 4月10日。この日は、私にとっての記念日である。何の記念日であるかといえば、私が27歳であった昭和58年、愛媛県議会議員選挙に挑戦をして、初めての当選を果たした日である。つまり、私が、政治の世界に第一歩を記した日ということになる。それ以来、今日で30年。そこでふと思い出した言葉が、「10年偉大なり。 20年畏るべし。 30年にして歴史なる。」
 愛媛県議初当選から10年目は、平成5年。衆議院議員選挙で初当選を果たした年である。偉大な一歩を記した年であったということか。 20年目は、平成15年。文明問題への取り組みを広く提唱して、中国や韓国とともに「第一回新世紀文明国際シンポジウム」を開催した年である。人類社会に向けての畏るべき取り組みを始めた年だと言えるかもしれない。そして今年が30年目。サテ、今年は一体どんな年だと言ったらいいんだろう…。
 なんにしても、ここまで力を抜くこともほとんど無く、この道を営々と歩み続けてきたのは確かである。この政治人生における生き様が、いったいどのような歴史を生み出していくことになるのだろうか、これから先も長い道のりとなりそうだと思った。

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4月9日(火) 北朝鮮 テレビ画面は 鮮明だけど 国家意志には ピントが合わず

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 北朝鮮に関する話題が多くなってきている。この日も、北朝鮮は、韓国にいる外国人に対して、韓国外へ退避するように勧告を行った。衛星からの観測によると、北朝鮮国内でミサイルの発射準備とみられる動きがあるという。 11日には、金正恩第一書記の就任1周年ということであり、金正恩体制の権威を高めるための行動が行われるかもしれないと、日本でもパトリオットミサイルを配備するなど、警戒を強めてきている。
 この北朝鮮の一連の動き、特に金正恩の映像は、 TV画像で逐一伝えられている。近隣諸国やアメリカに恐怖心を与えるような映像が次々に発出されている。そしてその映像は、昔の北朝鮮のぼんやりとした映像とは違い、極めて鮮明な映像になってきている。
 しかし、その派手な映像表現に比べ、北朝鮮が持つ国家意志というのが、画面を通してもよく見えてこないのである。北朝鮮の場合は、ごく一部の指導層の人たちが、戦争への突入などの重要事項を決定しているのであろうが、その指導層の人たちの心が全く見えてこない。そのアンバランスさが、とても奇妙な印象なのである。

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4月8日(月) 信念の 鉄の女と 呼ばれしが 年には勝てず 錆びて朽ちけり

 夜になって、緊急ニュースが飛び込んできた。「鉄の女」と呼ばれたサッチャー・元英国首相が死去したというのである。
 サッチャー氏は、 1979年から11年間、英国の首相を務めた。その間、強力な指導力で国営企業の民営化や規制緩和を進めて、英国経済を復活に導いたと高く評価されている。また、1982年には、アルゼンチンと争ったフォークランド紛争に於いて、一切の譲歩を行わず、戦い抜いて、英国の威信を守った。その強い信念こそがサッチャー氏の本領であり、その強靭な精神を称えあるいは批判する言葉として、血も涙もない「鉄の女」というニックネームが与えられたのであろう。

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 しかし、そのサッチャー氏も、晩年には痴呆の症状が現れ、さらに最期は、脳卒中で死去した。 87歳であった。さしもの「鉄の女」も、時の流れには勝てず、硬くて鋭利だったその鉄の素地も、ついに錆びて朽ち果てていったということであろう。
 虎は死してその皮を残すというが、サッチャー氏は、その人生の後に、世界の新しい秩序を残した。その果敢な人生を高く称え、心からご冥福を祈りたい。

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4月7日(日) “坊っちゃん”は 地方の町を 馬鹿にする 小説だなんて とんでもないね!

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 続いて、今日は、四国人間論ゼミ。テーマは、「夏目漱石の人生と『坊っちゃん』」。
 夏目漱石は、ちょうど日清戦争が終わろうとしていた頃に、松山にあった愛媛県尋常中学校(旧制松山中学)に赴任。約1年間を松山市で過ごしている。その頃の体験に基づいて、のちに明治39年に小説として発表したのが『坊っちゃん』である。
 『坊っちゃん』は、人物描写が滑稽で面白く、漱石の小説の中で最も多くの人に愛読されている作品と言われている。そしてその物語の舞台とされる松山市では、この坊っちゃんにちなんだ街づくりがなされていて、坊っちゃんという言葉を冠した観光名所や土産品が数多くある。
 その一方で、小説中の坊っちゃんには、東京に比べると田舎はどうしようもないといった、挑発的な言動が見られ、「松山が馬鹿にされている小説」という言い方をする論者もいる。しかしよく読んでみれば、ドタバタ喜劇風の大げさな表現なので、つい小馬鹿にされている表現が気になってだまされてしまうが、実際には、当時の時代や社会を鋭く描き出した見事な作品であると私は思う。漱石の作品の中で、特筆すべきものの1つだと思うのであるが、皆さんのご意見はいかがだろうか。

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4月6日(土) 台湾の 歴史と言えば いつだって パワーゲームに 漂うフォルモサ

 フォレスト・トレンド勉強会。今日のテーマは、「台湾の歴史とこれからの日台関係」 。
 台湾といえば、日本の南西太平洋上にある、面積が日本の九州程度、言い換えれば、おおよそ日本の面積の10分の1の島である。ここに、約2,300万人の人たちが住んでいて、活発な経済活動を展開している。しかし、この台湾は、今も中国の一部であるとして、国家としての独立が許されていない。

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 歴史を振り返れば、本格的な開発は16世紀以降。ヨーロッパで初めてやってきたのはポルトガルの船。この島を見たポルトガル人が、「麗しの島」と語ったことから、ポルトガル語で「麗しい」という意味の「フォルモサ」と呼ばれることもある。その後、オランダがこの地を領有し、さらにスペインがやってきた。それから中国の明朝、清朝が統治したが、日清戦争で日本が勝利を収めたことで、清は、台湾を日本に割譲。さらに、第二次世界大戦が終結して、台湾は中華民国にゆだねられることとなった。
 つまり、台湾は、台湾人自らの手によって、国家を建設したことがないのである。いつも、このエリアの力関係に基づいて、統治者が次々に変わるという「悲哀」の歴史の中を生きてきた。そんな台湾の歴史を、隣国の日本は、もっと深く学ばねばならないのではないだろうか。

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4月5日(金) 2回目の 結婚記念日 2人して 見たはコズミック コリジョンズ

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 4月5日といえば、私たち夫婦の結婚記念日。 2年前のこの日に結婚し、夫婦生活を始めた。
 せっかくのこの記念日だからどこかへ行こうと、もともとの計画では、 2人で初めて裏山(標高が約500メートルくらい)に一緒に登ってみようと言っていたのだが、まだ私の花粉症の症状が厳しく、この時期に山歩きなどすると、その後がたいへんになりそうだということで、この山登り計画は先送り。そして、その代わりに、新居浜市にある世界最大級のプラネタリウムで、宇宙のドラマを見ることにした。そのタイトルは、「コズミック・コリジョンズ」。訳すれば、「宇宙の衝突」という作品で、地球に小惑星が衝突してそこから月が形成されてきたプロセスや、これから先 40億年以内に、私たちが住んでいるこの銀河系とアンドロメダ銀河が激しく衝突する姿を、コンピューターグラフィックスで映像表現していた。力の入った作品で、とても美しく、また考えさせられる作品であった。
 特に、銀河系同士の衝突というのは、宇宙のとてもダイナミックなドラマであり、見ていて面白かった。ふと気がついたのは、結婚記念日に衝突し合うドラマというのは、ふさわしくなかったかもしれないということ。しかし、それも、 40億年も先の話だから、まあいいか…というのが結論。

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4月4日(木) 日銀の 金融緩和も 新次元! その回りには 暗黒物質

 日銀は、金融政策決定会合を開き、今後2年間で前年比2%の物価上昇率を目指す「量的・質的金融緩和」の導入を決定した。そして、この会合の後に記者会見を行った黒田東彦・日銀総裁は、今回の決定は「これまでと次元の異なる金融緩和」であることを強調した。マスコミの論調なども、「現時点で考えられるすべての政策を打ち出したビッグサプライズ」だとしている。

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 この発表を受けて、株式市場や為替市場は、大きく反応。株は大きく上昇し、円はさらに下落した。そして、長期金利も過去最低のレベルになった。投資家たちや輸出産業経営者などは、一様にこの決定を歓迎しているようである。
 しかし、テレビの前で、にこやかに応対していた黒田総裁の足元は、思いっきり背伸びをしていて、大丈夫かなと気がかりである。さらにその周りはといえば、暗黒物質に包まれている印象である。(ちなみに、この日のニュースでは、未だ発見されていない「暗黒物質」存在の証拠が発見されたかもしれない、と報じていた。)
 これから先の日本経済と日本金融、そして日本財政、これら全てが絡み合いながらの綱渡りのような状況になってきそうである。日本政府と日銀が連携しながら、うまく問題を乗り越えていくことを心から祈念したいと思う。

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4月3日(水) ダルビッシュ 完全試合に あと一球… 同じ日済美は あと一勝…残念!

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 今日は、野球の話題が大きく取り上げられていた。
 その一つは、米大リーグ・レンジャーズのダルビッシュ投手が、試合を通じてランナーを1人も出さないという「完全試合」達成まで、もう1人というところで、 27人目の打者に、残念ながらヒットを打たれ、この大記録達成を逃したというものであった。アメリカのメジャーリーグでは、完全試合の記録というのは、 19世紀に2度、20世紀に14度、21世紀に7度の合わせて23回しかないというとても貴重なものだそうだ。ダルビッシュ投手は、試合の後、いつも通りの飄々とした表情であったが、やはり内心ではずいぶん残念だったのではあるまいか。
 もう一つは、甲子園球場における高校野球の決勝戦である。地元愛媛の済美高校が決勝まで進出し、それまでの野球内容からすれば、これは優勝できるかもしれない、と大きな期待を寄せたのであるが、残念ながらエースの安楽投手が連投による疲れのせいか精彩を欠き、浦和学院に敗れてしまった。もう一勝で優勝というところまで行きながら、最後の1戦で敗れるというのも、残念なことであったと思う。
 大記録達成に王手をかけながら、それを果たせなかった2つの野球ドラマであった。

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4月2日(火) 電力の 地域寡占も 時代遅れに? 世界が一つに 結ばれるなら…

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 政府は、電力システムの抜本的な改革方針を閣議決定。 2015年から3段階で改革を進めるとしている。
 これによれば、 2015年には、地域をまたいで電力を融通するための機関を設置。その翌年2016年には、電力の小売り参入を自由化。そして、 2018年~20年に、大手電力会社の送配電網を分社化して、どんな発電事業者からも電力を購入できるようにし、それと同時に、電気料金に課せられてきた規制を撤廃する。これが実現すれば、いま、携帯電話各社が様々な料金プランを準備し、消費者が自由にそれを選択できるようになっている様な料金体系が実現するかもしれない。おそらくは、発電事業者の新規参入が相次ぐことになるのではないだろうか。
 この報道を聴きながら頭に浮かんだのは、もう10年も前になろうかと思うが、西澤潤一博士の話を聞いたときのことである。西澤博士は、超電導電線を使って、世界中を網羅する直流送電網を建設すべきだと訴えておられた。それが実現すれば、世界が一体になって電力融通ができる時代がやってくるのだと語っていた。そんな時代になれば、もう地域独占・寡占的な形の電力会社が存続し続けられるはずがないのである。
 公務員以上に官僚的とも言われた電力会社も、これから先、大きな変化の嵐の中に入っていくようである。

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4月1日(月) ミスターと ゴジラが国民 栄誉賞 新年度には 勝負強さと!

 平成25年度がスタートした日。この日大きな話題になったのは、安倍政権が、プロ野球元巨人監督の長嶋茂雄氏と元巨人選手で大リーグでも活躍をした松井秀喜氏の2人に、国民栄誉賞の授与を検討すると発表したことであった。
 長嶋茂雄氏は、昭和33年に立教大学から巨人に入り、巨人軍の中心プレイヤーとして、また巨人軍監督として、多くのファンに愛された。「ミスタープロ野球」がその愛称であった。
 一方、松井秀喜氏は、平成5年に星稜高校から巨人に入団。国内のみならずアメリカ大リーグでも大活躍。愛称は「ゴジラ」。長島氏より約40歳年が若いのであるが、今回、この子弟が同時に受賞する予定。

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 この2人に共通するのは、「勝負強さ」である。安倍政権が、新年度がスタートするこの日に、この2人の国民栄誉賞について発表したのは、これから先の国政において、選挙区改正や経済復興、沖縄の基地問題、この夏の参議院選挙など、難題が山積する中で、この2人の勝負強さに何とかあやかりたい、とする願いが込められていたのではないか…そんなことを、つい考えてしまったのであった。

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