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10月31日(金) 日銀が 追加緩和を 決定す 禍福の縄は より太くなる?

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 日銀が、金融政策決定会合で追加的な金融緩和方針を決定。その内容は、マネタリーベースの増加ペースを、現在の年間60~70兆円から、10~20兆円増やし、年間約80兆円とするというもの。これに合わせて、長期国債買い入れを増額し、年間約80兆円とすると同時に、その残存期間も大きく延長する方針である。
 この発表は、かなりサプライズなものであったようで、市場は大きく反応。為替市場では、円安が急速に進行。そして、株式市場では、前日に比べ750円あまり高い1万6,413円でこの日の取引を終えた。
 日銀がこの時期に追加緩和を決定したのは、ひとつには、この12月に予定される消費税増税に向けての環境整備のためであろう。日銀の黒田総裁は、かねてより消費増税実施論者であり、先の消費増税後の景気動向が思わしくないことから、あえてここでカンフル注射を決断したということであろう。また、安倍政権の掲げるデフレ脱却と2%の経済成長に向けて、来年度予算編成前にこの方針を発表したということでもあろう。
 私の率直な印象は、日本の銀行と日本政府がまさに不可分のあざなえる縄となって、日本の経済状況を作り上げていこうとしているということである。「禍福はあざなえる縄のごとし」という言葉があるが、これが禍と出るか、福と出るか、アメリカでは量的金融緩和を終了したと発表された直後でもあり、綱渡りの状況となってくるだろうと思う。

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10月30日(木) 丸一日 かけて日本に 帰国せり 体も心も カレーになって…

 デリー郊外のインディラ・ガンジー国際空港から、午前3時10分発の中華航空機で、北京に向かう。そして、ここで航空機を乗り換えて、関西空港へ。関西空港到着は、午後8時30分。ここからは、バスト自家用車を乗り継いで自宅に戻る。結局、自宅に帰り着いたのは午前1時10分。日本とインドでは時差が3時間半あるから、それを考え合わせれば、この移動だけで、24時間余りを要したことになる。 丸一日ということである。インドはやはり遠いなぁというのが、率直な印象。

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 今回のインドの旅では、各地の仲間たち28名が一緒に旅した。日本からの移動時間を除いた実質的なインド滞在時間は、4日間弱と決して長い時間ではなかった。しかし、内容的に言えば、かなり濃密な旅であったと思う。参加された方々も、それぞれに何かを感じ取り有意義な旅だったと語ってくれた。
 インドは、日本人にとって不思議な土地だと思う。古代より日本は、様々な文化や宗教を、中国を経由して輸入してきた。日本文化の様々なところに、その足跡が残っている。だから、親しみを感じるところがある。しかし、日本とは異質なところも多くある国である。現代日本人にとって、インドといえばなんといってもカレー。この旅を通して、自分が常識として持ってきた様々なものが溶け出して、カレーになってしまったような印象である。

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10月29日(水) インド人 暮らしは確かに 貧しいが 日々逞ましく 生きているなり

 インドの旅も5日目。インド滞在の最終日である。
 この日は、まずデリー市内の「国立博物館」に向かった。インドといえば、世界4大文明発祥地の1つ、インダス文明が起こった土地である(厳密に言えば、遺跡はむしろ現在のパキスタンに多いが・・・)。そして数多くの歴史が刻まれた土地でもある。その歴史や文化について、その全体像を理解しておきたいと考えたのであった。博物館内には、数多くの石彫の神々が展示されていた。それらに込められたインドの人たちの願いや祈りに思いを巡らせた。
 その後昼食。それから向かったのが、世界遺産「クトゥブ・ミナール」。インドで最古のイスラム遺跡とされているもので、高くて美しいミナレット(塔)が、そのシンボル。さらに、近代的なブランド店などが並ぶカーン・マーケットで買い物。

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 それから一度ホテルに戻って、荷造りをした後、オールドデリーにある屋外レストランへ。佐藤世事さんの友人のロータスさん一家が、私たちを招いて下さり、インド最後の夕食会。私たちから炭坑節を紹介するなど、楽しい時間を過ごした。そしてデリーの国際空港へ。
 インドと別れるにあたって、この4日間のインド滞在を振り返る。インド人は逞ましい、それが率直な思いである。

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10月28日(火) 人間は 環境いかに あろうとも 自分の根ッコで 生きてるんだね

 インド旅行も4日目。今日は、インドの人たちの生活ぶりを見る一日であった。
 朝ホテルを出発し、まず向かったのがオールドデリーの中心にある「レッドフォート」。ムガール帝国時代の王城である。見事な城壁が残されていた。ただ、その内部は、破壊されてしまった建物も多いらしく、昨日、アグラ城の見学をしているので、同じような遺跡を見てもどうだろうかというので、内部には入らなかった。
 そして、そこから「オールドデリーのマーケット」を歩いて回った。多くの人々が行き交い、道路にも、数多くの自動車や単車、または馬車や牛車などが溢れ、とても賑やかな活気に満ちた街であった。そして、そこで買い物などをした後、自転車を改造して作った「リクシャー」と呼ばれる乗り物に乗って、バスの駐車場まで戻った。この時間が、インドの混沌とした雰囲気に直に触れることが出来、参加者にとってとても刺激的であったようだ。

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 そして、昼食をとった後、お茶屋で紅茶などを買った後で向かったのが、デリー市内の一般の家庭であった。ガイドのビルさんのご親戚の家だということであったが、一家揃って温かく迎えていただいて、その生活ぶりを見せていただいた。また、少し意見交換も行った。インドの人たちとの心の触れ合いを感じた時間であった。
 インドの人たちの生き方に深い関心を寄せることができた一日であったと思う。

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10月27日(月) お妃の 霊廟造りし 王の人生 桁外れ故 時空超えしか?

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 インドの旅の3日目は、アグラの訪問。世界で最も美しい霊廟として知られる「タージ・マハル」のある町である。
 午前6時半にホテルを出発。少し前に完成した高速道路を使ってアグラへ向かう。心配した渋滞はほとんどなかったが、それでもタージ・マハルに到着したのは、午前10時過ぎであったから、移動に約3時間半の時間を要したということである。
 タージ・マハルは、インドムガール帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーンが、愛した妃のために、22年の歳月を費やして建てた見事な白大理石の建築物(墓)である。この皇帝は、この建築物のために帝国の財政を危機に陥れたとして、息子によって幽閉されてしまう。世界遺産に指定されていて、よく知られている建築物である。
 そして昼食後に訪れたのは、アグラ城。広大な敷地に堅固な城が築かれていた。先に述べた皇帝が幽閉された場所も、この城の中であり、そこに訪れると、そのバルコニーから、遠くタージ・マハルが展望できた。
 その後、町の中の大理石製品の土産品店やヤムール川の対岸からタージ・マハルを眺められる場所に行った。夕日を受けて黄金に輝くタージ・マハルが見えるという前触れであったが、これは少し期待はずれ。
 これで、アグラ観光は、終了。午後5時を過ぎていた。そこから再びデリーへ戻る。デリーのホテル到着は午後10時前。ホテルで簡単な夕食をとりながら、懇親を深める。

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10月26日(日) ガンジーは 頑固ジイさん 略せば“頑爺” 印独立後 凶弾に死す

 今日は、インドの首都デリーで、マハトマガンジーの足跡を辿る旅を行った。
 最初に訪れたのが、「ラージ・ガート」。昭和23年1月30日夕刻、ガンジーは、狂信的ヒンズー教徒に、銃で暗殺されたのであるが、その遺体が火葬に付されたという場所である。今は、ガンジーを偲ぶ記念公園になっていた。
 続いて訪れたのが、「ガンジー国立博物館」である。ガンジーの人生が、数多くの写真や資料で紹介されていた。大英帝国からの独立を勝ち取るために、ガンジーは、インド国民に呼びかけて、有名な非暴力・非協力運動を展開した。この取り組みは、指導者に絶大な信頼が得られなければ、とても為し得ない運動であったと思う。それがいかなる運動であったのか、改めてその展示を見て感じ考えたのであった。
 それから昼食。デリーの有名なカレー料理店での昼食。とてもおいしかった。

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 そこからさらに訪れた場所が、ガンジーが晩年を過ごし、暗殺されたという場所。ここも、「ガンジー・スムリティ博物館」という名称の記念館になっていた。
 一日、ガンジーの足跡を訪ね歩いて感じたのは、やはりガンジーは、「頑固ジイさん」であったということである。それを略せば「頑爺(がんじい)」。人間は少し頑固でなければ、偉大なことを成し遂げられないのだと感じたのである。

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10月25日(土) 混沌の 中に宿れる エネルギーを 求め仲間と インドへの旅

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 朝自宅を出て、関西国際空港へ。そして、関西国際空港から、まず北京国際空港に飛び、そこで飛行機を乗り継いで、デリー国際空港へ。結局、デリー市内にあるこじんまりとしたホテルに到着したのは、現地時刻で朝の3時半頃。初日からかなりの強行軍である。
 今回の旅の参加者は、総勢28名。これから、実質4日間のデリーとアグラの旅が始まるのだが、この旅で目的としていることには、主に10の視点がある。各地の遺跡をめぐって、インドの歴史や文化に思いを巡らせること、インドの人たちの文化や生活ぶりを見学して、インドの人たちについて理解を深めること、ガンジーなどの足跡を訪ね、近代インドの思想に触れることなどである。
 インドといえば、一般的には、経済発展に遅れた、後進国のイメージが強い。しかし、かつては大帝国を築いた時期もあったし、釈迦をはじめとする偉大な思想家を生み出した土地でもある。日本とはかなり異なった環境の中で、インドの人たちは今何を求め、何に向かって進んでいこうとしているのか、短期間の旅ではあるが、その中でじっくりと観察していきたいと考えている。そして、日本で失われている「人々の生きるエネルギー」を、インドの混沌とした社会の中から見出してみたいと考えているのである。

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10月24日(金) スキャンダル 曝露を競う 政治とは 国民不満の 波乗りサーフィン?

 小渕大臣と松島大臣が辞任をして、「政治とカネ」をめぐる問題もこれで一段落かと思ったところ、今回は、新任の宮沢経産大臣の資金団体が、広島市内のSMバーに政治活動費を支出していたことが明らかとなり、また新たな火種が生まれている。宮沢大臣自身は、そこに行ったわけではないとしているが、「SMバー」という場での接待
というのが、国民の好奇心をそそり、かつての「ノーパンしゃぶしゃぶ」での接待を連想させ、今後、大きな炎になってくるかもしれない。
 この調子だと、まだしばらくは、永田町は、スキャンダルを中心とした話題で混乱を続けそうである。

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 このような状況が生まれてきているのは、その背景に、国民の政治に対する不信や不満が募ってきているからではないかと思われる。消費増税の問題、閣議決定による憲法解釈変更の問題、また、アベノミクスによる好景気が喧伝されてはいるが、中小企業や地方にはその恩恵が感じられていないという問題など、さまざまな国民のやり切れない思いが、日本政治に対して渦巻いている気がしてならないのである。それから不信や不満が引き起こす波の上を、サーフィンボードが滑っていく。行方も定めずに…。あぁ日本よ、どこへ行く?

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10月23日(木) カナダでは 議事堂内での 銃撃戦 イスラム国の 関与と言うが…

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 今日も、衝撃的な事件報道が世界を駆け巡った。
 カナダの首都オタワにある国会議事堂を、「イスラム国」の支持者とされる、マイケル・ゼハフビボー容疑者が襲撃し、そこで警察と銃撃戦となり、射殺された。容疑者は、国会議事堂襲撃前に、戦没者記念碑の警備にあたっていた兵士を射殺したということだ。
 テレビ報道を見ていると、 9月22日に、イスラム国スポークスマンとみられる男が登場し、「米欧や、イスラム国に反対する連合に参加する国の不信心な市民らを殺せるなら、アラーを信じて殺害せよ」とインターネット上で語りかけている映像が流されていた。アメリカをはじめとする有志連合が、イスラム国が活動するイラクやシリアで空爆作戦を始めたことに対して、その報復的行動を呼びかけたものであろう。
 今回のカナダでの事件が、この呼びかけに呼応してなされたものであるか否かは、今の段階で明らかではないが、すでに、世界各地で様々な事件が起こり始めている。血で血を洗うような際限のない争いがこれから始まるということであろうか。とんでもない時代が幕を開き始めている気がしたのであった。

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10月22日(水) 服一枚 脱がせるだけで 大騒ぎ これからどうなる 福島原発

 東京電力は、水素爆発で大破した福島第一原発1号機の原子炉建屋を覆っていた、建屋カバーの解体に向けた作業に着手。この日取り組んだのは、カバーの屋根部分に穴を開けて、放射性物質の飛散防止剤を散布するという作業。この後、飛散防止剤の効果を確認する監視作業を行い、来年3月から約1年間をかけて、建屋カバーを解体した後、さらに約1年半かけて建屋上部の瓦礫を撤去する予定。使用済み核燃料プールに保管されている392体の燃料を取り出すのは、2017年度になるのだそうだ。

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 この建屋カバーというのは、事故の約半年後に、放射性物質が飛散するのを防止するために設置されたものであるが、それを撤去するというだけで、こんなに手間がかかるものなのか。
 例えが適切かどうかわからないが、今回の作業は、一枚上に羽織った服を脱がせようとするような作業である。それでこれほどの手間と時間が必要だというのであれば、本体を完全に撤去してしまうまでに、一体どれほどの手間と時間がかかることになるのだろうか。
 ようやく解体作業が始まったので、一歩前進という印象ではあるが、これから先のことを考えれば、まだまだ先は遠い、というのが率直な印象である。

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10月21日(火) 住民が 自らトップを 選ぶにも 戦い不可避と 示す香港

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 香港で、学生達による道路占拠が始まって3週間余りになる今日、ようやく学生の代表と香港政府側の話し合いが実現した。しかし、結局は、お互いがそれぞれの主張を行っただけで、相互の溝を埋める話し合いにはならなかったようである。
 デモや占拠というのは、直接的な暴力を行使しない民主主義的な戦争であると思う。そして、その戦いを完遂するためには、指導層の強い決意と周りの人達のサポートが必要である。香港の学生たちが主導し、その動きを多くの市民たちが支えている姿を見ていると、今回のデモは、かなりの覚悟を備えた運動であることが見てとれる。それは、香港の人たちが中国に復帰するときに獲得した「 一国二制度」を死守するために、あるいは命をかけての戦いに臨んでいるとも言えるのではあるまいか。そしてそれを、多くの香港市民たちが、陰に陽に支えようとしているように思われる。
 彼らの運動は、私たちに、民主主義社会に生きる厳しさを教えてくれているのではあるまいか。決して民主主義というのは、勝手主義ではないだろう。自らが身を切ることになっても、社会として守るべきより尊い価値がある、そうであってこそ「民主主義」は、よりよく機能できるものなのだ。私もそう思う。

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10月20日(月) 閣僚の ハードルぐんと 高くなりけり 女性大臣 2人辞任す

 かねてから、閣僚在任が問題視されていた、 2人の女性閣僚が辞任した。小渕優子・経済産業大臣と松島みどり・法務大臣である。その辞任理由は、小渕大臣については、政治資金収支報告書に記載された内容に疑義があったこと。おそらくは、その会計内容までは、本人もおそらく知らなかったと思うが、「国民に理解がいただける説明ができない」として辞表を提出。松島大臣については、地元で配布した「うちわ」が法律で禁止されている寄付行為に当たるのではないかとして追及され、本人は、「これは政策資料として配布したもので、うちわの形をしているにすぎない」としてきたが、結局は、 「安倍内閣に迷惑をかけられない」として辞表を提出。
 その直後に安倍総理が「閣僚の任命責任は自分にある」と語り、またその日のうちに新閣僚を任命したことからすると、おそらくは、これからの国会審議の混乱を恐れた安倍総理自身が辞表の提出を求めたということなのだろうと思う。

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 それにしても、今回の問題で改めて、閣僚就任のハードルが高くなったことを痛感する。私自身の認識としても、国会議員は、法律違反とまでは言えなくても、グレーゾーンと思われるようなことを、少なからずやって議席を維持している人たちだと思う。このレベルの問題で閣僚に就任できないとなると、多くの人がそのハードルを越えられないのではないか、というのが正直な気持ちであった。

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10月19日(日) 日本を 教育したる 人々は 人の生き様 問いかけし人?

 「教師人間論ゼミ」。今回のテーマは、「齋藤孝著『日本語教育した人々 』を読む」。
 著者の齋藤孝氏は、明治大学文学部の教授。ベストセラー『声に出して読みたい日本語』の著者でもある。
 齋藤氏は、この本の中で、 4名の先人を紹介している。幕末期に多くの志士を育成した教育者・吉田松陰、『学問のすすめ』でよく知られる明治期の教育者・福沢諭吉、明治期を代表する小説家・夏目漱石、そして、現代日本人の考え方に大きな影響を及ぼしたとされる小説家・司馬遼太郎氏である。そのそれぞれの人の考え方を紹介し、それがいかに日本人の精神形成に影響を与えたか、ということを論じた本であった。

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 この本を読み、またゼミの参加者に語りかける中で、私が感じたのは、要するにこれらの人たちは、その時代性の中で、人間としていかに生きるかということをみずから問いかけ、考え抜いた人たちではなかったかということであった。そしてそこから生まれた知恵を、人々に語り掛け、または書物にして世に問い掛けた人たちであったということである。
 人間の精神とは、自らがその思想を認め受容しない限り、受け継がれていくことにはなるまい。ならば、現代の世に、いったいどのような思想が求められているのだろうか。自らの心に問い掛ける勉強会であった。

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10月18日(土) 国産の ジェット機体が 初公開 経産大臣 姿はなけれど…

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 三菱航空機が開発を進めている初の国産ジェット旅客機「三菱リージョナル・ジェット(MRJ)」の機体が完成して、初公開された。日本で開発された旅客機といえば、「YS11」。 これは、売れば売るほど赤字になってしまうとして、途中で生産が中止されてしまったが、そのYS11が初就航したのが1965年のことであるから、半世紀ぶりの国産旅客機ということになる。初飛行は、来年の4月から6月ごろ。そして、全日空の量産初号機納入は、 2017年の4月から6月ごろとなりそうである。燃費が、従来の同型機と比べて約2割改善することが、最大の特徴なのだそうだ。すでに国内外6社から、計407機の受注を獲得しているそうであるが、今後、さらに受注を広げ、世界の空を雄飛することを期待したいと思う。
 この報道において、気がかりだったのは、当初出席予定していた、小渕優子・経産大臣が、自らの政治資金団体の問題を抱えていて、混乱が予想されるとして、出席を取りやめたことであった。この種の式典に、大臣が出席しようがしまいが、今後のスケジュールに何らかの影響が生まれるということではないだろう。ただ、縁起担ぎとして言えば、急上昇中だった小渕大臣が、ここで失速し、墜落モードに入ってしまったということと重ね合わせて、なんとなく嫌な気がした、ということである。

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10月17日(金) “韓国で またもや事故が 起こりけり” またレッテルを張る マスコミ報道

 韓国・ソウル近郊の城南で、野外コンサート中、観客が乗っていた換気口の蓋が重みで抜けて、 16人が死亡、 9人が重傷と伝えられている。この下は、地下駐車場となっていて、観客たちは、 10メートル以上も落下したという。この事故で亡くなられた方々に、心からお悔やみを申し上げたいと思う。

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 今回の報道を見ていて、気がかりだったのは、「韓国でまたも重大事故」というレッテルを貼った報道が目に付いたことである。セウォル号の沈没事故以降、朴・韓国大統領は、二度とこのような事故を起こしてはならないと、事故防止を呼びかけている中にもかかわらず、次々に事故が起こっているので、そのような表現をしたくなる気持ちは分かるが、ならば、日本でそのような重大事故が起こっていないかといえば、そうではあるまい。日本でも様々な事故が起きている。だから、 「五十歩百歩」という表現がふさわしいのではあるまいか。
 今、日本のマスコミ界や出版界では、韓国や中国を誹謗する報道や記事を行えば、視聴率が上がったり、売り上げや伸びたりすると言われている。しかし、近隣の国を低く見て、自らが優越感に浸ろうとするような劣情に迎合するものは、結局は不毛の対立を生み育ててしまうのではあるまいか。隣国との関係は古来から難しい問題ではあるが、それだけにお互いに留意せねばならないことがあるのではないかと私は思う。

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10月16日(木) 秋祭り… 豊穣祝う 喜びって 現代日本の どこにあるのか?

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 10月半ばといえば、日本の各地で豊穣を祝う秋祭りが行われる時期である。私の住む新居浜でも、今日から「新居浜太鼓祭り」が始まった。今日はまだならし運転のようなもので、本番は、明日と明後日である。
 そこで、今日は、祭りの最終日を迎えて、最も盛り上がりを見せている隣町、西条市の祭りを見に行った。「伊曽乃神社例大祭」である。その最後の場面は、祭りを終えて神社に戻っていこうとする神輿を、加茂川の中で、何台かのだんじりが邪魔をして、祭を終わらせまいとする「川渡り」という行事があり、その場面を見に出かけたのである。台風19号の来襲直後のことであり、川が増水しているので、この行事の中止も検討されたそうであるが、今回は、だんじりの数を減らせてともかく開催したということであった。 なかなか優雅な祭りであった。
 日本の秋祭りというのは、先にも述べたように、多くの場合、豊穣を祝う祭である。長い時間をかけ、幾多の辛苦を乗り越えて、ようやく得られた豊かな実りに対して、神に感謝の思いを捧げる祭りとされている。
 しかし、現実には、日本の農業就業者数は総人口のわずか2%余り。しかも、 65歳以上がその6割を超えるとされる。そして米の産出額は、全国で2兆円余で、GDPのわずか0.4%に過ぎない。だから、この秋祭りに、豊穣の喜びを感じている人は、ほとんどいない。形式だけの祭り、そんなものが、果たしていつまで続いていくのだろうかと、不安も覚えたのであった。

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10月15日(水) ちはやぶる 御嶽山に 雪降る日 安倍政権にも 冬の予感が…

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 約1ヶ月前に突然噴火し、多くの人たちが犠牲となった御嶽山に、 初冠雪。これまで、犠牲者の捜索に、自衛隊員や消防団員など、数多くの人たちが関与してきたが、山頂付近ではすでに零下になる日も多く、二次災害の危険性が高まってきているため、今年の捜査を終了せざるを得ないとする声が出てきているようである。
 この日、永田町では、小渕優子・経済産業大臣の政治資金収支報告書に対する問題が指摘された。小渕後援会の恒例行事である観劇会の収支が一致していないという問題である。さらに他の問題も、指摘されている。少し前に、松島法務大臣の「うちわ配布問題」や江渡防衛大臣の「政治資金収支報告書を訂正問題」などが相次いで指摘されている上に加わった、新たな問題である。特に今回の問題は、問題とされている金額が大きいだけに、深刻に受け止めている人たちが多いようである。
 第二次安倍政権が発足して以来、約1年10カ月、安倍政権は高い支持率に支えられて、これまで順調に政権運営を行ってきた。先の内閣改造までは、 1人の大臣辞任もなく、堅実に政策課題に取り組んできた。
 しかし、このしばらくの内閣を取り巻く環境は、だんだんと厳しさを増し加えている印象である。安倍政権もこれから、冬の季節を迎えることになるのか…。立冬まではまだ3週間、冬というには少し早い気もするが…。

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10月14日(火) 閣議にて 特定秘密 保護法の 政令決定 防寒シートと!

10月の中旬ともなってくると,、朝夕がずいぶん冷え込むようになってきた。これまでの半袖下着の上にシャツを1枚着ただけの服装から、もう1枚何かをしたいと思い始める季節である。

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 この日の閣議では、特定秘密保護法に基づく秘密の指定や会場のあり方を定めた運用基準と、法の施行と秘密指定のできる行政機関を19機関とする政令を決定した。この法律案が審議されている中でも、大きな問題とされた監視機関の問題については、内閣府に「独立公文書管理監」と置くこととしている。そして、意図的な情報隠しなどに関して告発の受け皿となる内部通報窓口を設けることともしている。また、秘密を指定できる行政機関については、全61機関の内で、外務省や警察庁、防衛省などの19機関に限定した。
 この政令決定に対するマスコミの反応は、政府が情報隠しなどを意図的に行ったり、秘密文書を廃棄したり、秘密指定範囲を拡大したりするなどの恣意的運用を防ぐには不十分であるというものである。これは、マスコミが取材を行う上で様々な支障が起きる可能性があることであり、ある意味では当然の反応だと言えるだろう。
 政府は、特定秘密保護の必要性について、それは国際社会からの要請であるとしてきた。国際社会が相互不信感を強める中で冷え込んできているということであろうか。これは防寒シートだというのである。

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10月13日(月) 体育の日に 巨大台風 来襲す 運動会だと 言わんばかりに…

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 巨大台風19号が、日本列島を直撃。列島を縦断するコースを進んでいる。
 気圧は、一時は南方洋上で910 hPaまで下り、スーパー台風とまで言われたが、高知市周辺まで達した午後5時には、 975 hPaまで弱まってきてはいる。しかしそれでも、最大瞬間風速は45メートルとされ、大きな暴風圏を維持したまま、東北東方向に移動を続けている。また、各地に大雨を降らせている。
 これからさらに、関西地方、中部地方、関東地方と移動していくと見込まれているが、このコースを進めば、甚大な被害が発生することが懸念される。警戒を怠らず、少しでも被害が軽微なものとなるようにと祈る気持ちである。
 それにしても、今年はよく台風がやってくる。しかも、週末ごとに日本列島に来襲している印象であり、観光地や商業施設などの経済的な影響が気がかりである。また、ちょうど収穫期を迎えている農作物も多い時期だけに、農業の被害も心配である。心からお見舞い申し上げたいと思う。さらに、今日は、「体育の日」。スポーツ行事を予定していたところも、数多くあったに違いない。
 台風は、人為でコントロールのできない自然現象だから、どうしようもないことではあるけれども、空を見上げて恨めしく思っている人たちに、思いを巡らせた一日であった。

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10月12日(日) 大逆事件の 幸徳秋水! 天皇制を 認めていたとは 知らなかったな…

 「四国人間論ゼミ」の日。巨大台風19号が来襲するかもしれないという中での開催であったので、直前のキャンセルもあり、参加者は3名。
 今回取り上げたテーマは、「幸徳秋水の人生と思想」。
 幸徳秋水は、今の高知県四万十市で生まれ育った、明治時代のジャーナリストであり思想家である。彼が、足場としたのは、社会主義であり、アナーキズムであった。帝国主義国家が持つ様々な問題に目を向けて、その解決のために生涯を捧げた。また、戦争に反対し、非戦主義を貫いた人間でもあった。

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 今回用いたのは、絲屋寿雄著『幸徳秋水研究(1987年10月25日、日本図書センター)』という本であった。膨大な資料に基づいて書かれた研究書であるが、私が意外であったのは、幸徳秋水は決して天皇制を否定してはいなかったということであった。「個人主義的で利己的な専制君主は、社会主義者の敵であるが、大衆とともに生きんとする君主ならば、むしろ喜んで奉戴せん」とまで、書き記している。階級闘争を主張するマルキストからすると、とんでもない主張だと思うのであるが、これは、子供時代に受けた儒教教育の影響ではなかったか。
 また、幸徳秋水は、「大逆事件」において死刑となるが、実際は、天皇爆殺の企画には関与していなかったらしい。歴史上の常識というのは、事実誤認に基づくものが結構多いものだな、というのが率直な思いであった。

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10月11日(土) 欧州に デフレリスクが 忍び寄り 経済論議に 不協和音が…

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 ワシントンで開かれていた20カ国・地域財務相・中央銀行総裁会議が閉会した。
 今回のG20会合では、低迷する景気へ危機感が漂っていたという。これまで急成長が注目の的であったBRICS諸国も、喘いでいる。ロシアの成長率はマイナスとなり、ブラジルは資源価格の下落によりゼロ成長に陥っている。中国もインドも、成長率が大きく鈍化する傾向にある。先進国経済も、必ずしも好調とは言えない。欧州には、デフレリスクが忍び寄ってきている。日本経済も、このしばらく成長率が鈍化している。そして、アメリカはこれまでに比べれば好調という状況のようであるが、しかし、円安・ユーロ安の状況に対して、いつまでこのドル高を容認するか、警戒感が見られたという。
 要するに、世界中でそれぞれの国が様々な問題を抱えていて、世界経済の持続的な成長シナリオに揺らぎが生まれてきているというのである。それだけに、今回のG20会合では、不協和音が目立ち、明確な処方箋を示せなかったらしい。
 かつては全世界のGDPの半分を占めていたアメリカ経済も、今は約2割である。アメリカが指揮棒を振れば、全世界が動くという状況ではなくなっている。「Gゼロ」などとも言われる状況である。指揮者がいなければ、合唱はうまくいかない。不協和音が出るのも当然だ。

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10月10日(金) 東京の オリンピックから 半世紀の日 ノーベル賞には マララのアララ…

 10月10日といえば、かつての「体育の日」。なぜこの日が「体育の日」という祝日になったかといえば、今日からちょうど50年前に、東京オリンピックの開会式が開かれた日であったからである。
 この半世紀前の東京オリンピックは、日本の国が第二次世界大戦の敗戦から立ち上がった姿を国際社会に示すという意味を持っていたと同時に、アジアのみならず世界中の有色人種中心の国の中で初のオリンピック開催という大きな意義も持っていた。日本の国にとって、本当に大きな歴史的イベントであったのだと思う。

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 ちょうどこの日、「ノーベル平和賞」の受賞者発表があった。今回の受賞者は、 2年前に銃撃され、瀕死の重傷を負ったにもかかわらず、女性や子供の教育権を国際社会に訴え続けたパキスタンの少女、マララ・ユスフザイさんと、インドで児童労働に反対する運動に取り組んできたNGO代表、カイラシュ・サトヤルティさんの2人。マスコミの取り扱いは、もっぱらマララさんに焦点を当てたものであった。それは、17歳での受賞というのが、これまでのノーベル賞受賞者として最年少であったこともあるだろうし、銃撃を受けてもそんな暴力に屈せずに戦い続けている姿がドラマチックだということもあるだろう。ノーベル平和賞は、政治的意味合いを持ったものである。その政治的アピールのシンボルとしての平和賞受賞であったということであろう。

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10月9日(木) 自民党 税調議論を 始めけり 増税辛味を 隠す味つけ?

 自民党の税制調査会が、来年度税制改正に向けた議論に着手。今回の税制改正の議論は、来年10月に予定される消費税10%への引き上げ問題や法人税軽減問題、外形標準課税の拡大、配偶者控除制度などの見直しなど、大きな税制改正が懸案になっているだけに、難しい判断が求められる場面が多くなりそうである。

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 私も、かつてはこの時期になると、党内の様々な会合で、税制の問題を論じてきたが、税金の議論というのは、一方に減税によって喜ぶ人がいれば、もう一方には増税によって批判の声を強める人がいるという、難しい問題である。特に、これからの時代は、積み上がった膨大な財政赤字の解消を行わねばならず、またその一方で、高齢社会の中で、医療や年金、福祉の費用が必然的に増大するわけであるから、基本的には増税基調の対応をしなくてはならない。そんな中にあって、批判の声を可能な限り少なくする様にしていかねばならないわけであり、その塩梅が強く求められることとなるだろう。
 それは、料理における味の工夫によく似ている気がする。少量の調味料を加えたり、料理のプロセスを少し変えてみたりするだけで、食感はずいぶん変わってくる。これからの税制論議の中で、増税の辛みや苦みを緩和するような調理の工夫が求められるということであろう。

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10月8日(水) 日米の 防衛協力 新指針 切れ目を持たない 皆既月食?

 日米の両政府は、外務・防衛局長級による「防衛協力小委員会」を防衛省で開いて、「日米防衛協力の指針(ガイドライン)」見直しに関する中間報告をまとめた。
 今回の見直しのポイントは、4点。まず第一には、日本政府がこの7 月に集団的自衛権の行使容認を閣議決定したことを踏まえての新たな日米協力のあり方を、新たな指針に反映するとしたこと。ただし、その具体的な内容については、先送りしている。第二には、国際的な安全保障に対して、両国が地球規模で相互協力するとしたこと。海洋における安全保障を重視するものである。第3には、これまでの指針では、平時、周辺事態、日本有事と枠組みを構えていたことから、それらの間に切れ目が生まれ、的確に対処できない領域が生まれていたのに対して、今回は、それらの枠組みを撤廃して切れ目のない対応を可能にしたこと。第4には、新たな安全保障リスクとなっている宇宙やサイバー空間などについても、日米で共同対処する方針を初めて打ち出したこと。これらの方針によって、相対的に影響力を弱めつつある米軍を補強し、日本の安全保障を強化しようとしているようである。

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 この日の夜は、午後8時前に、約3年ぶりの皆既月食が観察された。空に赤銅色で浮かんでいる月を見ていると、宇宙の諸現象は、すべて切れ目なく結び付き合っているのだという考えを深くした。???それだからどうということではないが…。

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10月7日(火) ノーベル賞 暗き日本に 明りを灯す 電源スイッチ みたいなものやな

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 この日の夜飛び込んできたニュース。それは、青色発光ダイオードの発明と実用化に貢献した日本人3人に対して、ノーベル物理学賞が与えられるというニュースであった。これで、ノーベル賞を受賞する日本人は、22名になるということである。受賞者のこれまでの努力に対して、心からお祝いを申しあげたいと思う。
 この受賞報道の中で1つのキーフレーズとなっていたのが、「 20世紀は白熱電球が世の中を照らし、21世紀はLEDが世の中を照らす」という言葉であった。なかなか洒落た表現だと思う。そして、今回のノーベル賞受賞報道は、確かに、日本社会に明りを灯した印象である。安倍総理をはじめ、様々な分野の多くの人々が、この受賞を称え、日本の科学技術の優秀性や日本人研究者の力量を高く評価し、国民が誇りと夢を尊ぶべきことを語っていた。私も、様々な問題の中で、少し暗く沈み始めていた日本社会に、光が射してきた印象を持った。
 そんな思いを、今日のイラ短日記には書いてみた。ノーベル賞受賞というのは、日本社会を照らすスイッチのようなものだなと。しかしそのスイッチ部分には、タイマーも組み込まれている。わずか三日間のタイマーである。つまり、雪崩を起こしたような報道も、それゆえに、3日も経てばおさまり、また再び暗闇に戻る…そんな皮肉である。皆さんはどう受け止められるだろうか。

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10月6日(月) 日本でも イスラム国の 軍隊に 志願する人 現れしとや

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 北海道大学の26歳の男子学生が、「イスラム国」に戦闘員として加わるため、知り合いの渡航を計画したとして警視庁の捜索を受けた。その容疑は、「刑法の私戦および陰謀」というこれまでに聞いたこともない罪名である。
 ニュースでは、この男子学生がなぜこんなことを考えたのだろうかということについて、その背景も調査し報道していたが、この若者は、イスラム教の教えや中東における政治状況などもよく理解しておらず、「イスラム国」の理念への共感や、西洋諸国に対する怒りのようなものが背景にあったというわけではないようだ。
 ならばなぜということになるのだが、私は要するに、テレビゲーム感覚なのではないだろうかという気がする。小さい頃からテレビゲームの中で育ち、バーチャルな世界で戦い、人を殺すということに慣れ親しんできた人が、そのバーチャルな世界にあきたらなくなって、リアルな戦争の場に行きたくなったというだけのことではないのか。そうならば、日本国内にはもっと数多くの予備軍がいると考えなくてはならないのではないかと思う。
 さらにもう一つ感じたのは、この若者が、国境というものをもうほとんど意識していなかったのではないかということであった。自分が体験したいみたいことがあるならば、ほとんど何のためらいもなく、平然と他の国に出かけていくのである。これをどう考えるのか、大きな宿題が与えられた気がする。

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10月5日(日) 台風の 中で開きし 勉強会 嵐の後には きっと晴れると

 「フォレスト・トレンド勉強会」を開催。今回のテーマは、この8月に開催を予定していた「糸川英夫著『 21世紀への遺言』を読む」というものであった。あの時は、台風の影響で豪雨が降り、四国でも高速道路が閉鎖されることとなり、やむなく中止し、延期したのであった。
 そして今回も、台風18号が来襲。開催が危ぶまれたが、日本列島への到来が少し遅れ、また、四国の太平洋側を通り過ぎるコースであったので、開催可能と判断した。それにしても、この糸川博士の本を題材にした勉強会をやろうとすると、その度に台風がやってくるというのに、因縁を感じざるをえなかった。

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 実は、糸川博士は、この『 21世紀の遺言』という本を、 20世紀末に、そして本人がお亡くなりになる数年前に出版している。そしてこの本の中では、世の中では21世紀を悲観的な目で論じているものが多いが、そうではなくて、きっと人類が経験したことのないような素晴らしい時代がやってくるのだと語っているのである。しかし、それには大きな発想の転換や技術面の進歩などが必要とされ、その嵐の時代をいかに乗り越えていくかということが厳しく問われているのだという主張である。
 考えてみれば、台風来襲の中でこの勉強会を開いたのは、まさに奇縁と言うべきものだったと思う。

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10月4日(土) 日野原さん 103歳で 講演す 現役長寿が わが目標と

 聖路加国際病院名誉院長の内科医、日野原重明氏が103歳の誕生日を迎えた。そしてこの日、「 103歳を迎えての私の夢」をテーマに、東京都内で講演をしたという。
 日野原氏は、約30分間の講演を立ったままで行ったそうだが、その中では、「 6年後の東京五輪も楽しみだ」と、 100歳を超えていることを感じさせない話しぶりだったそうだ。そして講演後には、 「まだまだゴールは遠い。これからも働き続け、現役のまま日本の最長寿を目指したい」とまで話したという。
 新聞記事によれば、日野原氏は、現在も時々病棟を回診し、公園などで月に数回は出張をしているらしい。外国にも出掛けているとのことであり、手帳を見れば、 10年先の予定まで書き込んであるともいう。

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 こんな日野原さんの姿を見ていると、とても年齢のことなど言っていられない気持ちになってくる。私なども、まだ折り返し点を過ぎて少し走った程度の年齢である。あまり年齢のことを気にして、どうリタイアするかということばかり考えていては、お叱りを受けることにもなりかねないなと苦笑したのであった。
 日野原氏には、どうかこれからも夢を失わず、健康に留意され、全世界の高齢者の希望の星になっていただきたいものだと念じたのであった。

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10月3日(金) マレーシアに 留学をする 娘子を 見送りにけり 親の務めと

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 朝早く、ホテルから成田空港に。娘が乗る飛行機の搭乗手続き後、朝食を共に摂り、出国手続きの場所で見送る。
 娘はこれから半年間、マレーシアのクアラルンプールにある「マラヤ大学」で学ぶ。今通っている首都大学東京とマラヤ大学の間に留学生交換の制度があり、それに選ばれての海外留学である。マレーシアでも、引き続いてロボット関係の勉学と研究に取り組むのだそうだ。その契約上、この半年間は余程のことがない限り日本に帰国できないそうだ。親としては、手が届きにくい場所へ行くわけであり、心配がないわけではないが、本人は至って気楽なもの。「ほんじゃ行ってくるわ、パパ」という言葉を残して、日本を旅立った。
 私が大学生の頃は、留学といえば、結構大変だった。それに比べると、今はもうどこか国内旅行にしばらくでかけてくるといった感じである。確かに、国外に出る日本人も、年間に2,000万人弱いる時代である。インターネットを使えば、ごく安価に電話をすることもできれば、メールのやりとりもできる。だから、外国に行くからといって、そんなに遠いところに行くという印象ではない。
 しかし、「ほんじゃ行ってくるわ」じゃないだろう…という気もする。もう少し覚悟があってもいいのではないか、とは親の印象。
 私の乗る飛行機便まで少し時間があったので、娘を見送った後に、成田空港近くの「成田山新勝寺」を訪れる。そしてそれから松山空港へひとっ飛び。橿樹舎に戻る。

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10月2日(木) 40年前 通学路だった 不忍池 今日は旅人 名所を巡る

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 引き続いて今日は、あまりスケジュールを入れていなかったので、さてどうしようかと思ったのであるが、上野にある不忍池周辺地を回ることとした。
 実は、私の大学時代、生活をしていた寮が京浜東北線の大森駅の近くにあり、そこから本郷にある東大航空学科にまで、上野駅で降りて、そこから不忍池を通って通っていたのであった。
 しかし、工学部というのは、朝から夕方までほとんど目一杯に講義があった。だから、上野公園や不忍池は、ただ通過するだけの場所であった。約2年半にわたって、毎日この場所を通っていたはずなのであるが、美術館や博物館などほとんどどこにも行ったことがなかったのである。
 そこで今回は、当時の思い出をたどる気持ちもあって、このエリアを歩いて回ることにした。そして、今回は旅人として、様々な施設を訪れることにしたのである。まず訪れたのが、「東京芸術大学美術館」。さらに、「森鴎外旧居」や「旧岩崎邸庭園」、「三菱資料館」、「横山大観記念館」等を訪れた。様々な美術館や博物館もあり、このエリアが日本を代表する文化エリアであることを再確認したのであった。
 その後永田町に出て、国会議員を対象とする「永田町アカデミア」を開催。
 そしてそれから、翌日マレーシアに旅立つ娘と合流。成田空港近くのホテルまで移動し、そこで共に宿泊。

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10月1日(水) 荒川の 西川区長と 言交わす 一皮剥けたか 相変わらずか

 この日にまず訪れたのは、荒川区役所。実は、今荒川区長を務めている西川太一郎さんは、元衆議院議員。私と同じ選挙で初当選し、商工委員会などでご一緒していた政治家である。少し前に、親交のある月尾嘉男先生から、西川さんが代表を務めている「幸せリーグ」の本をお送りいただき、早速西川さんにお電話をしたところ、上京時にはぜひ訪ねて欲しいと言われていたので、区議会中のお忙しい時間であったとは思うが、お訪ねしたという次第であった。おそらくは、15年ぶりくらいの再会であった。
 西川区長は、この訪問をとても喜んでくださった。そして、荒川区で幸福問題を研究している人も同席をさせていて、幸福とはいったいなにかという問題についても、意見交換を行った。とても有意義な時間であった。

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 西川さんは、国会議員時代、とてもしたたかな政治家という印象であった。表面は温和な表情であったが、駆け引きに長けておられ、なかなか一筋縄ではいかないタフな交渉を行っていた。今回久しぶりにお会いすると、やはり行政の長ともなると、丸くもならねばならないのであろうか、客を前に笑顔を絶やさない穏やかな表情になっていた。しかし、その眼光の鋭さは変わらなかった。政治家には、仏と鬼の両方の顔が必要だとよく言われる。長い政治生活の中で、西川さんは、その両面を身に付けてこられたのだと感じた。
 この日はその後、「永田町アカデミア」と「霞が関アカデミア」を開催。

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