11月30日(日) 日本が 独立回復 果たすため はった煙幕 今も漂う?
「四国マグマ・アカデミー」。今回取り上げたテーマは、「サンフランシスコ講和条約」。昭和20年9月2日、日本がミズーリ号上で降伏文書に調印して以来、連合国軍によって占領状態となっていた日本が、これによって独立を回復したという記念すべき条約である。昭和26年の9月8日に調印が行われ、昭和27年の4月28日に発効した。
この講和会議は、サンフランシスコのオペラハウスで開催され、日本を含む52カ国が参加した。しかし、ソ連とポーランド、チェコスロバキアは調印していない。インドは会議そのものに参加していない。インドネシアは調印したものの、批准しなかった。ビルマは不参加。台湾の国民党政府は講和条約締結したが、中国本土の共産党政府は参加を認められなかった。日本にとっては、必ずしも国際社会が揃ってこの条約締結を歓迎される状態ではなかったということである。
この交渉は、主に、吉田茂首相とアメリカ国務省のジョン・フォレス・ダレス長官顧問の間で協議が進められた。吉田首相は、何よりも独立回復を優先する思いから、微妙な問題に対しては煙幕を張る戦術で対応したようである。その結果、米軍基地問題や領土問題、またいわゆる歴史問題など、今現在に至るも曖昧なままの問題が数多く残ってしまった。日本の戦後史のスタートとも言える大事な交渉であったと思う。
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