« 8月11日(木) 山彦が 海彦と共に この日本 守り支えて 弥栄の国 | トップページ | 8月13日(土) 兄が逝き 身内が寄りて 新盆す いたはずの人の いない淋しさ »

8月12日(金) 御巣鷹に 日航ジャンボが 墜ちてより 31年… 我が半生だ

 今日は、群馬県の御巣鷹の峰に、日航ジャンボ機が墜落してちょうど31年になる日である。朝からテレビを観ていると、慰霊登山のために、山を登っていく人たちの姿が画面に映し出されていた。
 この事故が起きたのは、私が30歳の時。愛媛県議会議員に当選して2年余り後のことである。この日の夜、テレビを観ていると、最初は、確かニュース速報の字幕で500人余りが乗ったジャンボ機が行方不明になっていると報じられ、それから時が経つにつれてだんだんとその報道のトーンが厳しいものになっていった印象が残っている。結局、520名が死亡し、4名だけが生還したが、単独の航空機事故としての死者数は、今でも世界で最多ではないかと思う。尚、この事故を引き起こした原因は、機体がしりもち事故を起こした時の修理が不適切なものであったということのようだ。当時、とても大きな衝撃を受けた事故であった。

Mx4500fn_20160812_143931_006

 加えて、今日テレビの報道を観ながら気付いたことは、自分の人生にとってみれば、これまでの61年の人生の中で、そのちょうど中間点に位置している事故であったということである。言うならば、この事故の前と後で、人生前期と人生後期を分けて考えると、それぞれがどんな人生だったのだろうか、そんなことも考えてみた。
 身近な人を亡くした遺族にとっても、おそらくそんな感覚で、自分の人生を振り返っていることだろうと思う。

|

« 8月11日(木) 山彦が 海彦と共に この日本 守り支えて 弥栄の国 | トップページ | 8月13日(土) 兄が逝き 身内が寄りて 新盆す いたはずの人の いない淋しさ »