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9月18日(日) 世の中は 「生物学」が 原則と 人生歩みし 後藤新平

 「人間論ゼミ」の日。今回は、「後藤新平の人生と思想、そしてその晩年」というテーマであった。
 後藤新平は、幕末期に、今の岩手県奥州市で生を受けた。この地域は、戊辰戦争で幕府側について戦ったので、明治新政府になって、武士の身分を失い、食べる物にも困るような生活になる。さらに様々な社会的差別も受けたようである。しかしそんな中で、後藤新平は、様々な人間関係に恵まれ、また本人の能力と努力もあって、最初は医者として、そしてその後は内閣府衛生局の官僚として、頭角を現していくのである。そして、児玉源太郎が台湾総督に就任した時に、実質的に台湾統治のトップとなる民政局長になるのである。そしてそこで大きな業績をあげた後藤は、その後、様々な重要な役職に就くようになり、満鉄の初代総裁や逓信大臣、内務大臣、外務大臣、東京市長などを歴任する。また、人の育成という面では、拓殖大学第3代学長やボーイスカウト日本連盟初代総長などにも就任している。日本初の放送局、東京放送局の初代総裁でもあった。

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 私は、もう4年くらい前であろうか、岩手県を訪れる機会があったので、その時に奥州市の「後藤新平記念館」も訪問した。その時に購入した色紙が、「人のお世話にならぬよう、人のお世話をするよう、そしてむくいを求めぬよう」と書かれたものであった。
 これは、今も私が大切にしている言葉である。

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