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3月22日(水) 秀吉の 夢のまた夢 名護屋城址で 壱岐と対馬の 島影を見た

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 昨晩は、講演後、福岡駅前のホテルで宿泊。駅周辺の様子を歩いて見て回る。
 今日は、朝から、かねてから気に掛かってきたところを次々に訪れるることにする。まず向かったのが、「福岡市博物館」。中国の皇帝から与えられたという金印が展示されている博物館である。それから蒙古来襲時の「防塁跡」、さらには、古代、中国との窓口になっていた伊都国の展示をしている「伊都国歴史博物館」、そして一番の目的地であったのは、秀吉が起こした文禄・慶長の役の時の日本側の拠点であった「名護屋城址」。ここの博物館は、改修のために休館中であったが、城址公園のほうはオープンされていた。当時、大阪城に次ぐ大きな規模の城であったそうだ。今は石垣だけが残されている城址公園を、栄華の時代に思いを寄せながら散策した。天守址まで行くと、玄界灘が目の前に広がっていた。この日は曇り空であったが、海上はよく晴れていて、壱岐や対馬の島影まで展望することができた。秀吉がこの地に拠点を構えた意味がよくわかった気がした。
 その後、「玄海原発」の展示館もその様子を見学後、長崎県波佐見町へ。夜は、ここで講演会。有意義な一日であった。

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