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5月19日(金) 最盛期 一万人余の 山の街 今は人なく ただ鎮まれり

 全国各地の仲間たちが愛媛県に集まって、今日から2泊3日の日程で、「志の集い」がスタート。今日は平日ということもあって、時間の取れる人たちだけが集い、まず「旧別子銅山」への登山を行った。
 この別子銅山は、開坑が1690年。元禄3年のことである。それ以来1973年まで、日本を代表する銅鉱山として、大量の銅を産出してきた。完全に閉山して30年余りであるが、今も数多くの鉱山遺跡が残されていて、多くの人たちがここを訪れている。

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 私たちが登山したのは、「旧別子」と呼ばれる、開坑以来大正初期まで、別子銅山の中心であった地域である。ここには、2,000人を収容したといわれる大劇場の石垣や接待館・醸造所の跡などが残されている。かつては急峻な山肌に1万2,000人もの人たちが生活をしていた場所である。そこが、静かに鎮まり返っている。この山中が、昔は四国で最も賑わいのあった土地だと言われても、ピンとこない。。
 人間の営みの凄さ同時に、人為のはかなさを肌に感じた登山であった。

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