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10月13日(火) 最高裁 “不合理とまで 言えない”と 判決が出て 怒る原告!

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10月12日(月) 「大阪都 構想」掲げ 再挑戦! 松井市長の 首差し出して! 

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10月11日(日) 「悲願へ」と 渇望感に 身を焦がし 人生歩むが 幸之助なり

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10月10日(土) 東京五輪 あの祭典から 半世紀余り・・・ 当時の日本にゃ 人が生きてた・・・

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 今日10月10日は、今から56年前に、アジアで初めてのオリンピック・「東京オリンピック」が開会した日である。それにちなんで、長い間「体育の日」という「国民の休日」でもあった。
 あの当時、私はまだ9歳の小学生であった。オリンピックと聞いても、あまり実感が湧かず、正直なところ、周りの人たちが達が大騒ぎをしている理由がよくわからなかった。ただ、そのオリンピック競技に対して、大人たちが、それを話題としてにぎやかに語り合っていた姿が強く記憶に刻まれている。そしてその当時の社会の明るさが、やはり印象深く脳裏に焼きついている。今の日本と比べると、なんだか別の国のことだったかのような印象でもある。
 そうなのだと思う。あの時代の方が、人々は、喜怒哀楽の感情を顕わにしながら、今よりも人間らしく生きていたのではなかっただろうか。そんなことが妙に懐かしく思われた、一日であった。
 

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10月9日(金) 国連の 「世界食料 計画」が 「平和賞」なり 食って大事だ! 

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 今年のノーベル賞受賞者が次々と発表される中で、今日は、「ノーベル平和賞」の受賞者が発表された。今年の受賞者は、「国連世界食糧計画(WFP)」であった。このWFPは、今から約60年前に、国連の中に設置された組織で、紛争地に食糧を供給したり、途上国の子供たちに栄養価の高い給食を提供したりするなどの活動を行っていて、今も、世界88カ国の9,700万人にその支援を行っているという。
 日の当たらない場所での地道な活動を展開している組織であり、これまであまり注目される事もなかったが、非戦闘員の命を守る意味においては、極めて重要な活動を継続してきたとを評価することができるだろう。
 今の世界で、飢餓人口は、約8億2,100万人にも及ぶのだそうである。地球人口9人に1人が、飢えに苦しんでいるということになる。このような組織の重要性が、今回のノーベル賞受賞によって改めて認識されることを期待したいものである。

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10月8日(木) 今回は 副大統領 候補の討論 やっぱりビジョンは 見えてこなかった・・・

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 今日(アメリカ時刻では、10月7日)、アメリカ大統領選挙の副大統領候補間で、テレビ討論会が行われた。共和党は、現副大統領のマイク・ペンス氏、そして民主党は、上院議員のカマラ・ハリス氏である。両党の大統領候補がともに高齢であることから、もしもの時には、副大統領が大統領の残期間を代行することになっている。それだけに、今回は特に、この副大統領上での討論会に注目が集まったようである。
 少し前に行われた大統領候補間での討論会が、討論会の体をなしていなかったと強い批判を浴びたこともあってか、今回の議論は、比較的冷静に進行したようである。しかしそれでも残念だったのは、今回もやはり、アメリカ政治の今後について、そのビジョンが示されなかったことである。もっとも、大統領候補がビジョンを語らない選挙戦を展開しているのだから、その補佐役の方が、それを飛び越えてビジョンを提示するのは無理な話ではあるのだが・・・。

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10月7日(水) 全日空 リストラ発表! そのせいか・・・ 出張帰国者 待機を免除に!

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 これまで従業員の雇用維持と待遇改善を重視する企業とされていた全日空が、悪化する経営状況に耐えられず、いよいよ希望退職者を募集すると同時に、社員の冬のボーナスをゼロにするほか、給与もカットすることを労働組合に提案したという。これほどに乗客数が減少すれば、もう背に腹は代えられないということなのであろう。
 そんなことも背景にあってか、政府は、海外からの帰国者・入国者に対する制限の追加緩和策を打ち出すという。これまでは、帰国・再入国したときに、自宅や宿泊施設などで、2週間の待機を求められていたが、帰国時に、その後2週間の移動経路や滞在場所などの予定を記入した書類を提出し、公共交通機関を使用しないなどの条件を満たせば、この待機措置を免除するというのである。
 病気感染のリスク管理と経済活動の両立が、菅内閣の基本方針であるが、それがこんな形でも動き始めたということである

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10月6日(火) 大統領が 退院した日 来日中の 国務長官 「対中包囲」と!

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 今日は、新型コロナウィルス感染によって、軍病院に入院していたトランプ大統領が退院して、ヘリコプターでホワイトハウスに戻った話題が大きく報じられている。
 それとともに、昨晩来日したアメリカのポンペイオ国務長官が、今日は菅首相と会談するとともに、日米豪印の4カ国外相会談を開催したことも大きな話題になっている。この会談では、このしばらく国際社会に急速に影響力を強化している中国に対して、その周辺諸国が連携して立ち向かうことや、今後もこの外相会談を定例化することにも合意したという。
 ポンペイオ国務長官は、アメリカ出発前に、トランプ大統領と、電話で十分に打ち合わせをした上で来日したという。うがった見方ではあるが、今回の「新型コロナウィルス感染拡大問題」に関して、中国の責任問題もきちんと議論してくるようにという指示もあったのではないかと思われるのだが・・・どうだったのであろぷか。

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10月5日(月) 今日からは ノーベル・ウィーク! メディアでは 日本人だけ 関心目標? 

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 今日は、ノーベル医学・生理学賞受賞者が発表される日。これから先約1週間にわたって、物理学賞・化学賞・文学賞・平和賞、そして経済学賞と、次から次えと受賞者の発表が行われることとなっていて、この一週間は、「ノーベル・ウイーク」と呼ばれている。おそらくは、毎日のニュースで、これらの受賞者の話題が提供されるのであろう。
 それにしても、気がかりなのは、日本のメディアの報道ぶりである。相も変わらず、今回日本人が受賞するかどうかという話題だけに、そのフォーカスが当てられている印象である。元来、ノーベル賞とは、人類社会全体への貢献を称えるものとして設けられた賞であるはずである。それならば、その受賞者の国籍がどこであるかということは、あくまでも付随的なものであるべきではないだろうか。おそらくは、この賞を創設したアルフレッド・ノーベルも、こんな日本の報道ぶりを、天界から苦々しく眺めているのではないかと思うのであるが、いかがであろうか。

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10月4日(日) 知るほどに 心に広がる 無常感・・・ 「世界人類 終焉シナリオ」 

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 今回の「フォレスト・トレンド勉強会」で取り上げたのは、ジョエル・レヴィ著『世界の終焉へのいくつものシナリオ』という本であった。現代において、人類文明を終焉に導きかねない諸問題を取り上げて、その問題がどのくらいの可能性で発生しそうなのか、そしてそれが起きた時の人類社会や文明へのダメージはどのくらいなのか、そしてこの両者を勘案する中で、人類社会はどれほどの危機感を持つべきなのか、といったことを論じている本であった。
 この本に取り上げられていた危機は、28項目にも及んでいた。それらのうちで、特に危険度が高いとされていたのは、地球温暖化や飢饉、巨大火山の噴火などであった。今人類社会で大問題となっている「ウィルスによるパンデミック問題」も取り上げられていたが、これは、ワクチン開発や免疫獲得などによって、人類滅亡にまでは立ち至っらないという評価であった。
 それにしても、私たちは、こんなにも数多くの木々に囲まれて生きているのかと、再認識させられたのであった。

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10月3日(土) 選挙まで 一ケ月という この時期に トランプさんが 入院だって・・・?

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 アメリカ大統領選挙に、今回も「オクトーバー・サプライズ」! 共和党候補に正式決定し、運動を進めてきていたトランプ大統領が、新型コロナウィルスに感染し、この日、ワシントン近郊にある「ウォルターリード米軍医療センター」に急遽入院したのである。大統領本人は、大統領専用ヘリコプターに、自分の足で歩いて搭乗していたから、この入院時点での病状は、さほど深刻でない印象ではあったが、この感染症の病状は急変するともいう。十分な医療体制のもとでの早期の全快をお祈りしたいと思う。
 この突発事に対して、世界中のメディアは、さっそく今後の大統領選挙への影響とその行方に強い関心を示している。これまで劣勢に立ってきたトランプ大統領が、この病気によってさらに劣勢になるのか、それとも、この病を見事に克服して、強い大統領像をアピールするのか・・・。なんにしても、世間から注目される人は、病気ひとつにも大変なことであると思った。

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10月2日(金) 真民さんの 中学校で 語ったは “自分の花を 咲かせよう”なり

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 松山市に隣接する砥部町唯一の中学校「砥部中学校」で、1年生を相手にしての講演を行った。そのテーマは、「自分の花を咲かせよう~坂村真民先生の祈りと詩」であった。
 実は、仏教詩人として広く知られる坂村真民先生は、その後半生をこの砥部町で過ごされた。そして、教職を去った後は、もっぱらここで、「祈りと詩」にその人生を捧げられた。その人生と業績を称えて、砥部町の名誉町民にもなっておられ、8年前には、町立で「坂村真民記念館」も建設されている。町民が親しみを覚えると同時に、誇りにもしているのが、真民先生というわけである。
 そこで、中学校に入ったばかりの若き人たちが、より深く広く「真民先生の祈りと詩」を理解してもらいたいものだと願って、講演した。 1年生約200名、真剣に話を聞いていただけたと思う。この子どもたちの良き人生を心から念じたのであった。

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10月1日(木) 東証の コンピューターが ダウンして 汚点が2つ “どうしよう”かな?

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 今日、東京証券取引所のコンピューターがダウンして、全銘柄の売買を終日停止。市場に相場情報を伝えるシステム機器の障害がその理由であったという。
 東証といえば、世界を代表する証券取引所の1つである。それだけに、取引ができなくなる事態は絶対に避けねばならないと、取引システムには、何重にもバックアップの体制がとられていたはずなのに、なぜこのようなトラブルが発生したのか、今の段階ではまだ不明である。しかしその打撃は、かなり大きなものであったのだろうと思う。
 東証では、 2005年にも、システム障害を引き起こし、取引ができなくなることがあった。つまり、今回で、 2度目。東証の汚点が2つとなった。この2つの点を濁点として、「と」を「ど」にすると、「東証」は「どうしよう」となる。・・・つい顔がこわばってしまうようなジョークとなってしまったかもしれない。

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9月30日(水) 人生の 経験・知恵が あるはずの 候補が揃って 老いの一徹!

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 11月3日投票のアメリカ大統領選挙を前に、トランプ大統領とバイデン前副大統領が、初のテレビ討論会。
 私も、この様子をテレビで視聴したのであるが、途中で嫌になって、テレビの電源を切った。世界の今後に大きな影響を及ぼすアメリカ大統領選挙であるから、どのような形で今後の展望を論じ合うのだろうかと思っていたところが、両候補の間で行われたのは、非難の応酬。しかも、相手の発言中に乱暴な言葉で割り込んでみたり、感情的な発言に終始したりと、とても聞けたものではなかったからである。
 この2人の候補は、ともに高齢である。人生経験も豊富であろうし、様々な困難を幾たびも乗り越えてきて、知恵も豊かであるはずなのに、そんな深みのある議論はほとんど何もなく、ただ自分が注目されさえすればそれで良いといった、サル芝居であった。「老いの一徹」という言葉もあるが、自己主張と頑固さばかりが目についてならなかったのである。


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9月29日(火) 今日ついに コロナウィルスの 死者数が 100万人を 越えたと聞けり

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 アメリカのジョンズ・ホプキンズ大学の集計によると、今日、全世界の新型コロナウィルスによる死者数が、100万人を超えたという。累計感染者数は3,327万人ということであるから、全世界での感染率は約0.5 %、そして感染者の中での死亡率は約3%ということになろうかと思う。インドでは一日あたりの死者数が1,000人を上回り、世界最多となっていて、沈静化しつつあるとされるアメリカでも、750人に及び、予断を許さない状況が続いているという。
 そんな世界の中で、一人気を吐いているのが、中国である。 9月8日には、国内で23日間、新たな感染者が一人も出ていないとして、医療関係者などを招いての「勝利式典」を開催したという。そして世界に向けて、こんな中国に見習えと強くアピールしている。
 それに対し、国際社会は、強く反発。中国の「唯我独尊」的体質が露わとなってきつつあるようである。 

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9月28日(月) 所得税 納税しない 人物が 大統領とは 偉大な国か?

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 昔からよく、赤貧洗うがごとき環境の中から志を持って立ち上がり、偉業を成し遂げた人を称える国を、「偉大な国」と呼ぶことがあった。しかし、今のアメリカでは少し話が違ってきているようだ。
 今回、トランプ大統領の納税記録の一部が明らかとなり、大統領就任前の15年間のうち、10年間は連邦所得税こ支払っておらず、大統領選で当選した年と翌年の納税額がそれぞれ750ドルであった、とNYタイムズが報じたという。それに対して、トランプ大統領は、「フェイクニュースだ」と反論したものの、その納税記録を公開する姿勢は見せず、事実上、その報道を認めた形となっている。
 つまり、トランプ大統領が「アメリカを再び偉大な国にしよう」と訴えるスローガンとは、「大金持ちが納税しないですむ国こそが偉大な国だ」という意味だと受け取られかねない事態である。このようなことが果たして通用するのであろうか。

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9月27日(日) 正代が 初優勝を 決めた日に 論ずは「衰退 日本人」なり

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 大相撲の千秋楽。両横綱が欠場して混戦が予想されていたこの秋場所で、結局、正代が初優勝を決めた。成績は13勝2敗。今回の優勝で、大関昇進もほぼ確実ということである。
 正代といえば、その代名詞は、「ネガティブ力士」。今から5年前に新10両に昇進したときの記者会見で、対戦した力士を聞かれて、「全然ない。できればみんな当たりたくない」と答えたことからつけられたものなのだそうだ。もっとも本人によれば、これは決してネガティブな心情に発したものというよりも、ちょうどその時がオフの気分だったから、そんな発言になっただけということのようである。
 この日の勉強会のテーマは、「中野雅至著『これからの20年、3極化する衰亡日本人』を考える」であった。激しい変化の中で、いかに日本人が生きていくべきかを問いかけた本である。ネガティブな心情ではなく、前向きに困難に立ち向かう日本人であってほしいと願う。

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9月26日(土) 最高裁 判事に「保守派の 女性」をと 米大統領は 深謀遠慮?

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 トランプ大統領は、今月死去したギンズバーグ・最高裁判事の後任に、保守派の女性判事として知られるエイミー・バレット・シカゴ連邦高裁判事を指名。ホワイトハウスで、その発表とともに、記者会見も開催した。
 この問題は、大統領選挙を1ヶ月あまり先に控えた時期であるだけに、トランプ大統領の「選挙利用」との批判があり、大きな議論を呼んでいる。トランプ大統領の言動からすると、この起用は、①保守派であること、②女性であること、③大統領選の激戦区である中西部のラストベルトで活動していたこと、などが理由となったもののようである。そして、トランプ大統領は、国民から選ばれた大統領の当然の職責として、批判があっても、この指名の議会承認を、選挙前に断行する、としている。
 トランプ大統領の発言はそれぞれが説得力のあるものだが、選挙への深謀遠慮が見え隠れするために、なかなかすんなりと進みそうにない。トランプ大統領にとってみれば、大統領選の話題提供の意味もあるのかもしれないと思う。

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9月25日(金) 10月からは 全世界からの 入国を 順次緩和と 総理が表明

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 菅総理は、この日開かれた「新型コロナ感染症対策本部」で、これまで原則禁止としてきた外国人の入国について、3か月以上にわたって国内に滞在する人たちの全世界からの新規入国を、10月1日から順次認める方針を発表。これまでの禁止措置を続ければ、経済面の打撃が大きくなってきているため、「観光客以外については、日本人外国人を問わず、検査をしっかり行った上で、出来る限り往来を再開していく方針で臨む」と語った。
 この問題は、1か0かの判断ではなく、感染拡大状況や世論の動向を見ながら、微妙なバランスを取りながら臨まねばならない微妙な問題であろう。また、国民や経済界が納得できる説明を、適宜適切に行わねばならない問題でもあろう。
 その意味では、菅総理の能力と姿勢が、厳しく問われる問題となることは間違いがない。新総理の下での日本丸、果たして、この難局をうまくうまく乗り切れるか否か、その能力が早速に問われることになりそうだ。

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9月24日(木) 加州での 15年後の 自動車は ノン・ガソリンだと また取る杵柄

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 アメリカ・カリフォルニア州のニューサム知事が、15年後までに州内で販売されるすべての新車を、排ガスを一切出さない「ゼロエミッション車」にするよう義務付ける方針を発表。カリフォルニア州といえば、かつて1960年代に、世界に先駆けて、厳しい排ガス規制を打ち出し、公害問題に対する先進地として知られるようになった。この約半世紀前の排ガス規制のおかげで、燃費が良く、低公害の日本車がアメリカで爆発的に売れるようになるきっかけとなった・・・。
 つまり、今回の知事発表は、かつての「杵柄」を改めて手にして、世界に新たな潮流を売り出そうとしているものだと言えるだろう。もっとも今回の場合は、すでにヨーロッパ諸国での対応も進んでいることからも、自動車の姿を大きく変化させるものとなるに違いない。自動車がなくなるといういうことではないとしても、急速に進むテレワークなどを見ていると、人や物の移動そのものを最小限に抑えるという社会が生まれてくるのかもしれないと思う。

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9月23日(水) 国連の 首脳演説 米中が 激しく対立 こりゃ「くくれん」ぞ

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 国連総会の一般討論演説が始まり、アメリカのトランプ・大統領は、いま世界に蔓延する新型コロナウィルスを「中国ウィルス」と呼び、この感染症を世界に広げてしまったことに対し、「国連は中国に責任を取らせなければならない」と強く非難した。それのみならず、貿易問題、環境問題などでも,、中国批判を展開したという。
 それに対して、中国の習近平・国家主席は、新型コロナ問題に対して「政治問題化して、中国に汚名を着せることに反対する」と強く反発。米中の二大大国が激しく対立する国連総会となっている。
 そもそも国際連合が設立されたのは、第二次世界大戦の惨禍を目の当たりにした国際社会が、もう二度とこのような悲惨な戦争を起こさないように、議論を通して協調する場を儲けようとしてのことであったはずである。ところがこの対立を見ていると、今は、意見を集約する「国連」ではなく、意見をうまく「くくれん」組織となりつつあるようである。

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9月22日(火) イタリアで 国会議席を 3割削減! 今後はそんな 時代なのかも

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 イタリアで、国会議員の定数削減を問い掛ける国民投票が行われ、その結果、賛成票が約7割になり、これまで上下院合わせて945議席あった議席が、600議席にまで削減されることとなった(上院の315議席が200議席に、下院の630議席が400議席になる)。
 この国民投票は、2年前の総選挙で連立与党入りした市民政党「 5つ星運動」が、既得権益の打破実現のシンボルとしてきたものであった。そして、コロナ危機もあってこれまでにも増して厳しくなっている国家財政への懸念が加わり、国民がそれを強く支持したものと思われる。
 この財政困難は、イタリアだけの問題ではなく、世界各国がとても深刻な状況に陥ってきている。今回のイタリアの議席削減の動きは、おそらく世界に波及していくことになるだろう。日本もその例外ではありえない。また政治改革の御旗が打ち振られる賑やかな時代となってそうである。

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9月21日(月) 富士山に “初雪化粧”! 去年より 一月余りも 早かったって・・・

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 母の葬儀の翌日、 TVニュースを見ていると、富士山の「初雪化粧」が報じられていた。これは、気象庁が行う「初冠雪」宣言とは別に、富士吉田市が富士山の降雪を確認して、独自に宣言をしているものだという。
 報道によれば、昨年の場合は、この初雪化粧が10月23日であったという。つまり、今年の場合は、昨年よりも1カ月余りも早く、この宣言が出されたということである。
 今年の夏は、暑かった。観測史上、最も暑い夏であったという。それからすれば、雪が降るのも例年よりも遅くなるのだろうと考えがちであるが、逆に、こんなに早まってしまったということに、意外感がある。
 私の心象風景としては、天も、母の死に対して、もうここでその区切りをつけよと、新しい季節の到来を告げているのではなかろうか、という気持ちがしてきたのであった。

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9月20日(日) コロナ禍で 誰にも知らせず 身内で葬儀! 静かな別れに 母の悲しみ・・・

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 続いて、今日は葬儀。親族だけが集まって、少人数で静かに母を送り出す「親族葬」であった。
 もうこれで母には会えなくなるのだ、と思うと、その悲しみや淋しさもひとしおである。生前の母の言葉を振り返り、様々な思い出を頭の中に蘇らせる。いろいろなことがあった。楽しいこともを数多くあったが、どういうわけだか、母に辛い思いをさせたことばかりが、頭の中に次々と浮かんできて、申し訳ない気持ちになってしまう。
 母は、とても気丈夫であった。どんなに辛く苦しいことがあっても、それを子どもたちに供たちに負わせることなく、自分が背負って生きていた。晩年になると、自分の死を意識し始めたのか、辛かった思い出などをよく語るようにはなっていたが…。
 「人生は、思うにまかせないことが多いけれど、そんなことに負けちゃダメだ」と、母からはいつも励まされてきた気がする。そんな思い出が、この別れの時間に、大きな悲しみとなって、胸から湧き出してきたのであった。

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9月19日(土) 母の通夜 家族みんなで 集まると ひ孫含めて 10名余り・・・

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 今日は通夜。母を斎場に移して、通夜の法事を行った。そこには、母の血を引く人たちが集まってきていた。父と母の間には、 2人の男子が生まれ、その2人が結婚し、そこに孫が生まれ、さらにその孫が結婚して、ひ孫も生まれた。その人数を数えてみると、合わせて10名である。そしてその伴侶を含めれば、15名にもなる。これが小野家の家族である。母の89年半の人生の奮闘によって、これだけの子孫が育まれ守られてきたかと思うと、深い感謝の念が湧き上がってくる。
 兄夫婦のもとで育まれた子どもの子どもたち、つまり母にとっては曾孫にあたる小さな子供たちも駆けつけて来ていた。その一番上の子がまだ小学校1年生という、ほぼ同年代の子どもたちだから、集まると、とても賑やかである。こういう子どもたちが育ってきているのだから、年長の方からこの世を去っていくのも当然の理なのだろうな、という気持ちがして、母の人生が、多くの命を残した意義深いものであったことを改めて讃えたい気持ちにもなったのである。

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9月18日(金) にぎやかに 人の集まる 家が良い・・・ そう語っていた 母の思い出

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 昨夜のうちに、葬儀社の職員が家に駆けつけてきて、通夜や葬儀の段取りを打ち合わせた。そして、今回は、親族以外にはこの訃報を伝えず、限られた人たちだけで母を見送ることとした。これは、もちろん新型コロナウィルス感染のリスクを考えてのことであった。
 この判断には、逡巡もあった。母は生前、広い交友を行っていた。そして家というものは、人が数多く集まってくるのがいい、と常々語っていた。そんなことからすると、盛大な葬儀で見送りたい、という気持ちもないではなかったが、やはり今の世相では、それはいかがなものかという気がして、ささやかに見送ることにしたのであった。
 午前中から、親戚の人たちが次々に弔問に訪れてきた。そして夜には、親族が集まって身内での読経も行った。
 それに対して、母は何も語らない。それがかえって私の心の中の悲しみを深めたのであった。

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