8月16日(日) トランプさん 「米韓演習」 縮小だって・・・ 外堀埋めたら 状況変わると・・・
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この日、 8月3日の「熊本大地震」の後に「イオンモール熊本」で起きた爆発事故に関して、施設運営者であるイオンが、入館を要望する専門店の従業員に対して、再入館を認めていた事実があったと発表。遺族に謝罪したという。
社内マニュアルによれば、来店客の避難誘導を行った後、従業員も屋外避難を行い、その避難者たちは館内に戻らないということがルールになっていたそうである。しかし、従業員の多くがマイカーで通っていて、その鍵を回収しなければ自宅に戻れないという事情があったり、トイレを使用したいという要望などが出され、それに対して、一時入館を入管を認めた事実があったということである。
おそらくこれは、爆発事故さえなければ、普通の判断であったに違いない。事故があったせいで、責任が厳しく追求されている。このようなことをどう理解したらよいのであろうか。
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財務省が、「国の借金」が、今年6月末時点で、1346兆6833億円であったと発表。この3か月間だけで2兆8407億円も借金が増えたという。さらに6月末に成立した補正予算を反映すると、2026年度末の借金は更に膨らみ、1492兆8000億円にまでなるのだそうだ。
2026年1月1日時点の日本人の人口は約1億2000万人であるから、単純に計算すれば、赤ん坊までも含めて、国民1人あたり1122万円に相当する国の借金である。GDP比では、2.5倍以上に達している。先進諸国と比べてみても、ダントツトップである。
このような状況でも、日本の国債は国内で消化できているのだから、まだ大丈夫だという人がいる。しかし、この状況で、日本円に対する信頼が低下し、過度の円安が進み、国民生活を苦しめている。もっと真剣に考えねばならないと、私には思えるのであるが…。
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この日は、長崎に原子爆弾が投下された日から、丸81年目。爆心地に近い平和公園では、恒例の「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が開催され、平和を祈る声が満ち溢れた。
実は、この日は、日本がポツダム宣言を受け入れる決断を行う上で、とても重要な日でもあった。宮中で「最高戦争指導会議」が開催され、鈴木貫太郎・首相から、「ポツダム宣言を受諾し、戦争を終結させるほかない」その意向が示されたが、対立は続き、会議は結論を出せない。その最中に、長崎原爆が投下されたのであった。そしてその後、昭和天皇の臨席を仰いでの御前会議が開かれ、そこで、昭和天皇の「御聖断」が下されたのが、翌朝の2時ごろであったと言われている。この日には、ソ連軍の大規模侵攻も始まっていた。
ギリギリでの終戦受け入れの決断。その緊迫感が伝わってくるような気がする。
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「人間論ゼミ」の日。この日取り上げたのは、「終戦宰相」と呼ばれることもある、第42代首相・鈴木貫太郎であった。鈴木は、日本各地に大規模空爆が行われ、敗戦の色が濃くなってくる中で、昭和天皇からの強い要請もあって、昭和20年4月7日に、首相に就任。それ以降、この戦争を終結させることが自らの努めであると強く思い定め、持てる力を尽くした。そして、広島・長崎への原爆投下やソ連の参戦など、益々厳しくなる戦況の中で、最終的には、昭和天皇による「御聖断」によって、国を分裂させる事なく、見事に終戦の決定に導いたのであった。
おそらくは、この時期、鈴木貫太郎・首相でなければ、本土決戦や国の分裂という事態までも起こり得たのではなかったかと思う。その大任を果たした鈴木首相の本領は、「誠」であった。見事な生き様であったと思う。
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この日、農林水産省が、「2025年度のカロリーベース食料自給率」を発表。それによれば、前年度から1%低下して、37%であったとのこと。日本政府は、この食料自給率に関して、食料安全保障上の問題があるとして、2030年度には45%にまで引き上げるという目標を掲げているが、このままでは、その目標を達成できる目処が立っていないようである。もっとも、生産額ベースでは、自給率が66%で、前年度比で2%の上昇であったとのことであるから、農家経済上は、若干の好転をしているといえるかもしれない。
しかし、人間にとって、食料は生存上必須のものである。一週間も食物が口に入らなければ、餓死者が相当の数になるだろう。資源が乏しい国・日本にとって、食料、そして石油を代表とするエネルギーについて、もっと真剣な対応が求められるのではないだろうか。
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広島に「人類初の原子爆弾」が投下され、今日で丸81年。恒例の「平和記念式典」が開催され、原爆が投下された午前8時15分には、約5万人の参列者が黙祷を捧げたという。テレビでは、近年、数少なくなってきている被爆一世たちの声も紹介されていた。その声を聞いていると、原爆の使用が現実問題として浮上してきている、今の国際状況を受けてか、強い危機感を表明する人が多かった。
しかしそこに、私は、そこに何かしら冷めたような雰囲気も感じ取っていた。温度計が示す気温は確かに高いのだが、じめじめとした暑さではなく、どこかドライな風を感じていたのである。現実政治の動きの中で、理想論よりも、まずは自分達の身を守る現実論を重視しなくてはならない、といった思いが広がってきているせいであろうか。81年という年月は、やはり人を変えていくもののようだ。
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政府は、「食料品に対する消費税を来年4月から2年間に限って1%に減税する方針」を、閣議決定。消費税率引き下げは、1989年に導入されて以降、初めてのこと。それだけに、まだ数多くの課題が残されていて、この秋の臨時国会でこの減税法案を成立させて、来春にその実施に至るまでには、幾多の難題が待ち構え、蛇が出るか鬼が出るか、分からない困難な道のりが続いていきそうである。
しかし、国民に信を問うたこの2月の総選挙で掲げた「公約」を実現することが何よりも重要だと主張してきた高市総理の強い意志が、とにもかくにも、ここまで状況を動かしてきた。そして、ほぼシナリオ通りに事態を動かしてきた手腕は、なかなかなものだと思う。
今は一定の「政治規範」というものが失われてきている「戦国時代」。何でもありだ…。
今後の展開を見守っていきたいと思う。
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熊本県内に甚大な被害をもたらした大地震から、今日で1週間である。メディアでは、この1週間を取り上げて、国や県、市町村、諸団体などの復興への動きを広く紹介してきた。当初は甚大な被害に対して驚きの目で報じられることが多かったが、ここまで来ると、被災した人たちに対してどのように生活再建を手伝うことができるかといった視点からの報道が多くなってきている印象である。
それを見ながら、私が感じたのは、まずは被災者の心の復興から、事を始めていかねばならないだろうということであった。多くの人達が尽力して、インフラの復興に努めている。崩壊した家屋の後始末に努めている。しかしこれらの取り組みは、まだこれから相応の時間を必要とするだろう。だからまずは、心の立て直しから始めねばならない。情を同じくして助け合うことが、何より大事である。
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この日、自民党内で、「税制調査会と社会保障制度調査会の合同会議」が開催され、来年4月から「食料品に関する消費税を2年間に限り1%にする」と同時に、その2年後には、「給付付き税額控除制度を導入する」という政府の基本方針案を了承。ただこの会議でも、その消費減税をめぐって財源問題をどう措置するのかなど、煮詰められていない様々な課題が問題視され、異論が噴出したのだそうだ。
確かにこの消費税の問題は、国民生活に広く影響を及ぼす問題であり、国会議員である以上、強い関心を示すのは当然のことだが、気がかりなのは、長期的な日本ビジョンを描き出す仕事が横に置かれ、国会議員たちが、目の前の問題に終始してしまっている点。
このしばらくの国会議論を聞いていても、この日本は、攻めよりも守りに入っているのではないか、という気がしてならない…。
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この日、この7月31日の外国為替市場で行われた円急騰が、日米両政府の協調介入によるものであったことが明らかになった。この日米両政府による協調介入は、極めて例外的な措置であり、2011年の東日本大震災直後以来、15年ぶりのものであったそうだ。
アメリカがこの協調介入に踏み切った背景には、単に日本政府の窮状を助けるという意味合いだけではなく、怜悧な計算があったに違いない。過度の円安は、日本製造業の輸出を有利にし、米国経済にマイナスに働くという判断とともに、日本の債券安が、アメリカの債券市場にも連鎖して、金利高を招く懸念があるという計算であったようだ。
先日の日銀発表は、金利の据え置きであったが、この公的金利を上げるべきだとするアメリカからの圧力が強まってくることが予想される。なかなか容易な話ではなさそうだ。
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8月の「祈りの日」。この日は若葉書院勉強会の日であったが、 気温が40度近くなるとも予報されていて、体調を崩す参加者が出てもいけないという懸念から、中止とした。ただそれでも、静かに自分の頭の整理を行う作業を行おうと、若葉書院に向かったのであった。
その道中で訪れたのが、四国中央市にある「関行男・海軍中佐の墓」。太平洋戦争で日本の敗色が濃くなる中で、フィリピンレイテ沖で、初の特攻攻撃を行った「敷島隊」の隊長として、散華した青年である。23歳であった。
その死から数えれば、すでに82年。肉体は存在しないが、おそらくは彼がこの世に残したいと願った思いがあるはずである。その一部だけでも、私の心の中に宿しておきたいと考えて、墓前に祈りを捧げたのであった。
暑かった…。気温も高かったが、私の心の中も、同様に暑かった…。
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